素直な気持ち、素直じゃない言葉



byドミ



チョコレートいうんは、ものごっつう甘うてちょっとだけ苦い、大体は女が好きなお菓子やな。
でもな、この日女から男へ贈るチョコには、一杯一杯の想い、込められてるんや。
普段素直に自分の気持ちを言えへん分、精一杯気持ち込めて、ドキドキしながらこの日に渡すんやで。
いくら憎まれ口と一緒に受け取ったから言うても、込められた気持ちに全然気い付かへんのは、鈍感にも程があるっちゅうもんや。



(1)男性陣の不安



2月に入り、帝丹大学は学年末試験を終えて春期休暇に入った。

今年帝丹大法学部1回生の工藤新一は、休暇になった途端、待ち構えられていたかのように警察からの依頼が相次ぎ、忙しい日々を送っていた。

「ただいま」

今日も事件を解決して夜遅く帰宅した新一が玄関の戸を開けると、しんと静まり返って冷え冷えとし、真っ暗であった。
その事に気落ちしている自分自身に気が付き、新一は苦笑する。
それが1年前までは当たり前だったのだ。
人間とはなんと我侭で身勝手なものだろうかと、新一は思う。



新一が黒の組織を倒し、元の姿を取り戻して帰って来た時、ずっと待たせていた幼馴染の毛利蘭と無事恋人同士になった。

昨年は2人共に私立帝丹大学への進学を決め、受験が終わっていたので、恋人同士としては初めて迎えるそのバレンタインデーの日に、思う存分甘い時間を過ごした。
そして高校の卒業式を終えた後、2人は入籍し、工藤邸で一緒に暮らし始めた。
限られた友人達と親族が参加しての結婚式はひっそりと執り行われたが、世間にお披露目するのは2人が成人してから・・・という事になっている。

つまり、今現在新一と蘭は夫婦であり、2人で暮らしている訳で、新一が工藤邸に帰って来ると蘭の笑顔(プラス暖かな空気と美味しそうな香り)が出迎えてくれるのが日常となっているのだ。
たまに今日のように、蘭が出かけていたりしてその出迎えがないと、新一は喪失感を感じるようになっていた。

今日の蘭は、試験が終わった後の打ち上げと、卒業生の送別会を兼ねて、空手部の飲み会に出かけているのだ。

新一は時計を見た。
そろそろ、迎えに行っても良い頃合だろう。
新一は蘭から聞いていた2次会のカラオケボックスへと向かった。



  ☆☆☆



「毛利、もう1軒飲みに行こう」
「縄田先輩、止めて下さい。私、未成年なんですよ」
「何を馬鹿な事を。高校卒業した後は、そんな固い事言うやついねえって」
「でも私、もう帰らなきゃ」



蘭を迎えに来た新一が遭遇したのは、丁度2次会が終わってカラオケボックスを出たばかりの蘭が、先輩男子空手部員からしつこく絡まれている姿だった。

『・・・やろう!』

新一の腸が煮えくり返る。

昔から蘭の容姿は人目を惹き、蘭に寄って来る男の数は半端ではない。
この帝丹大でも、(夫婦という事は伏せてあるが)有名人である工藤新一とカップルである事は広く知れ渡っているにも関わらず、コナかけて来る男は大勢いた。
縄田という帝丹大商学部2回生の空手部員もその1人で、同じ部である事を良い事に、機会があれば言い寄って来る。

今日は酒の勢いもあるのか、縄田はいつにも増して強引に蘭を連れて行こうとしていた。
他の空手部員達はトラブルを恐れてか、そ知らぬ振りをしている。

「あの・・・空手部のみんなと一緒の所なら付き合います。でも、縄田先輩と2人でどこかに行くなんて出来ません!私には決まった相手が居るんです!」
「工藤新一、だろ。けど毛利、毛利みたいな良い女が、それもまだ若いのに、男をひとりしか知らないなんて勿体ないよ。それにあいつも忙しいようだし、寂しくなる事もあるんじゃねーの?」
「・・・余計なお世話ですよ、センパイ?」

冷たい新一の声に、蘭と縄田が振り向く。
今迄気丈に振舞っていた蘭が、新一の姿を認めた途端にその目に縋るような色を浮かべたのに新一は気付き、こういった場合だと言うのに少し嬉しかったりした。

新一は蘭を引き寄せ、背後に庇いながら油断なく身構える。
この縄田という男、純粋に空手の技量だけなら蘭より劣るが、男女の力の差があるので、人気のない所に蘭を連れ込まれたのならそれこそどんな目に遭わされるか分からない。
新一自身は空手はやっていないが、反射神経と身の軽さには自信があり、前田聡や京極真のような余程の使い手が相手でない限りは、なまじな事では負ける事はなかった。

しかし、縄田は思いの他あっさり引いた。

「工藤が迎えに来たんなら、仕方ないな。工藤、寂しい思いをさせて毛利を泣かせるなよ。じゃあ、毛利、またな」

そう言って去って行った縄田の後姿を見ながら、新一は息を吐いた。
縄田が蘭の事を諦めたとは思えない。
今回あっさり引いたのは、おそらくまだ周囲に帝丹大空手部員が居て一部始終を見られていた事と、力尽くで新一を排して蘭を連れて行く事は無理があると判断した為であろう。

「蘭。大丈夫か?」
「うん。新一、ありがとう」

気遣わし気に声を掛けた新一に、蘭はにっこりと笑って答える。

「じゃあ、毛利さん、また合宿でね」
「それじゃ、また」

今迄遠巻きに見ていた部員達も、ホッとしたように次々に蘭に別れの言葉を掛けて去って行った。

春季休暇中に行われる空手部の合宿は、幸い男女別であり、その点は心配ない。
けれど、あの縄田という男が居る限り、蘭に危険は付き纏う。
かと言って、蘭に空手を止めろとか空手部の付き合いを控えろとか酷な事を新一は言いたくなかった。

「ねえ、新一」

帰り道、蘭が新一に声を掛けて来た。

「ん?何だ、蘭」
「あのね・・・変なお願いだけど・・・これからその・・・空手部の飲み会とかレクレーションの時、新一にも来て欲しいの・・・」
「は?部外者の俺が参加したりして良いのか?」
「だって、それは別に部活そのものって訳じゃないんだもん。勿論、新一が忙しくてなかなか無理だって事はわかってる。だから・・・新一が行けない時は私も行かないから」

新一は黙り込んでしまった。
蘭がこんなおねだりをするとは、余程に身の危険を感じたに違いない。
あの縄田と2人切りになってしまったりしたら、力でねじ伏せられるかも知れないという恐怖を蘭は感じ取ったのだろう。
しかも今日の様子だと、同じ空手部員達は全く当てにならないのだ。

暫らく黙っていた新一を、蘭がおずおずと見上げる。
新一はやっと口を開いて言った。

「蘭。大丈夫だ。オメーを不安にさせたり危険な目に遭わせたりはぜってーさせねーからよ」

新一の言葉は直接に蘭のおねだりに答えた言葉ではなかったが、蘭はちょっと目を見開いて新一を見た後、満足そうに微笑んだ。



後の話になるが、空手部の春季合宿が行われる頃、商学部2回生だった筈の縄田は既に帝丹大学に籍がなかった。
縄田本人の行方も杳として知れない。

その事については様々な噂が流れたが、真相は闇の中である。









空手部打ち上げに伴う縄田の事件が起こってから2日後。
新一は、蘭から旅行の計画を聞かされていた。

「園子と、和葉ちゃんと、3人で旅行?」
「そうなの。吹渡(すいと)山荘に2泊3日で。駄目?」
「駄目って事はねえけど・・・」

吹渡山荘とは2年前、コナンだった自分が蘭、園子、毛利小五郎と共に行った高原のペンションである。
この時期に、蘭が女性3人で行こうとする目的は容易に想像がついたし、新一にはその事を咎める気は毛頭なかった。
しかし、その場所は2年前に事件があり、巻き込まれてあわやと言う目に遭った所だった。
あの時、京極真が現れなければ、どうなっていたかわからない。
例えば、蘭が本当に撃たれそうになったとしたらおそらくコナンであった自分は何も考えずに飛び出して庇っただろうと思うが、そうしたところで蘭が助かった保障は何もないのだ。

それに、事件は別にしても、女3人だけで旅行に行ったら、スキー客などからナンパされる可能性は充分過ぎる程にある。


新一は、蘭にはOKの返事をしたものの、その後暫らく考え込んでいた。


その新一の元へ、京極真から電話が掛かって来た。

『工藤君!園子さんが蘭さん達と一緒に行くのは、2年前に殺人事件が遭って、園子さんが危険な目に遭った所じゃないですか!』
「・・・ああ。そうらしいですね」

あの時その場に居なかった事になっている新一は、聞いた事であるかのようにそう答えた。

『私は心配です!また、園子さんの身に何か遭ったらと思うと・・・!』

園子の事しか考えていない真の言葉に、新一は自分と共通したものを感じ取って苦笑した。

「ええ、勿論俺も、蘭の事が心配ですよ。それで京極さん、提案があるのですが」



  ☆☆☆



そして間もなく、今度は大阪の服部平次から新一の元へ電話があった。

『工藤。なんや突然女だけのスキー旅行やて、一体何考えとんのや、あいつら』

平次の言い回しに新一は一瞬戸惑い、そして苦笑する。
どうやら平次は、女だけの旅行の意図を丸っ切り知らないようである。

「ははあ。和葉ちゃんは女だけのスキー旅行だと、そう言ったんだな」
『・・・なんや。違うんか?』
「さあな。和葉ちゃんがそう言うならそうなんだろ」
『工藤〜〜。お前まで俺に隠し事するんか?あいつらだけで旅行させて心配やあらへんのか!?』

そう言えばこいつらはまだ幼馴染だったなと新一は内心苦笑する。
平次と遠山和葉は、今2人とも改方学園大学部に籍を置いているが、うまく切っ掛けを掴めずに恋人同士へのステップアップを果たせずにいるのだった。

「心配って、何がだよ?蘭には俺という夫がいるし、園子には京極さんという彼氏がいる。ナンパされても応じないと思うぞ、蘭と和葉ちゃんは腕が立つし。あ、けど和葉ちゃんはフリーだから、旅先で誰か良い人が居れば彼氏出来るかもな」
『・・・ドアホ!誰がそんな心配するかい!あいつは乱暴者やさかい、俺がお目付け役で付いとらへんと、誰ぞが和葉の合気道の犠牲になるんやあらへんか、それが心配なんや!』

平次の物言いに、新一はつくづく素直じゃないやつと溜息を吐いた。
しかし、自分もコナンになるという特殊な体験がなければ、切っ掛けをなかなか得られずに、平次と似たような状況だったかも知れないと思い直す。

「・・・なあ服部。色気も素っ気もねえ話だけどよ、女達3人が旅行に行ってる間、男性陣も旅行に行かねえか?」
『ななな何やて?男同士で旅行やなんて、何悠長な事言っとんねん!』
「・・・でなあ、実は京極さんとはもう約束してて、一応スキー旅行という事で予約したペンションがあんだけどよ。そこが『偶然にも』吹渡山荘の隣のペンションなんだ。あ、隣つっても少し離れてるけどな」
『・・・・・・』

結局、服部平次が1も2もなくその話に乗ったのは言うまでもない。




(2)に続く



++++++++++++++++++++++++++


(1)の後書き


今年は実現が危ぶまれたバレンタインのお話です。長くなりそうなので、続き物になってしまいました。
企画が終わるまでには完結させようかと思っています。(←ヲイ)

そして相変わらずやっちゃってるよ、私。
あの縄田って男、構想段階では居なかったのに、出て来た途端に字数を食っちゃって。

おかしいなあ、今回は平和メインの筈なのになあ。何故新蘭メインのお話のようになっちゃってるんだろう?やはり縄田を出したのがいけなかったのか?

いつもの事ですが、大阪弁のおかしな点はご容赦下さい。(特に冒頭・・・大阪弁の独白なんて・・・ははは)

次回は女の子達視点でのお話になる予定です。



 (2)「吹渡山荘へ」に続く。