素直な気持ち、素直じゃない言葉



byドミ



(2)吹渡山荘へ



蘭が、2年ぶりに吹渡山荘に行こうと決めたのは、和葉から電話で愚痴を聞いたからだった。

『蘭ちゃん、ええなあ。去年の工藤君のお返し、手作りのクッキーやってんやろ?アタシが心を込めて手作りチョコ贈った言うのに、平次のお返しはコンビニで買うたクッキーやったんやで!!』
「それは、和葉ちゃん、仕方ないんじゃない?普通男の人って手作りする方が珍しいし」

蘭がそう宥めるように言うと、和葉の声が涙声になった。

『アタシが平次に文句言うと、平次もそう勘違いしてたけどな。アタシは何も、平次が市販のクッキーをくれた事怒ってんのやないで?そんなんやのうて、アタシがどんな思いで平次に手作りチョコ渡したんかにも気付かへんで、義理チョコへのお返し思うて義理クッキー言うんが頭に来たんや!アタシ、一大決心して初めて手作りチョコ贈ったんやで!』
「和葉ちゃん・・・」

蘭は流石に掛ける言葉につまってしまった。

昨今、バレンタインデーは本命チョコより義理チョコの方が多く出回るくらいで、女の子の告白と言うよりお祭りのような一大イベントと化してしまったきらいがある。(まあどの道本来のバレンタインデーとは全く異なっているのだが)
それでも、普段憎まれ口を叩き合い、気心が知れている分、改まっての告白がしにくい和葉が、どのような思いで昨年平次にチョコを上げたのか。
その気持ちは、同じ女であり、増して同じように幼馴染相手にずっと片思いをしてきた蘭には、とても良くわかったのである。

和葉が平次を好きなのは傍からはバレバレであるし、平次もおそらく和葉の事を憎からず思っているだろうと思われる。
しかしこの2人はいまだに切掛けを掴めずに、幼馴染のままで恋人同士にステップアップしていない。

蘭は、新一と只の幼馴染同士だった頃を懐かしく思いだす事はあるが、あの頃に帰りたいとは思わない。
やはり心が通じ合った今の方がずっと幸せだと思っている。

別に告白というのはバレンタインデーの専売特許ではないが(新一と蘭のお互いの告白は、新一が長い不在から戻って来てすぐだった)、切掛けを掴めないでいる和葉達には、このバレンタインデーは良い機会かもしれない。
そう考えていると、ふいに閃くものがあった。

吹渡山荘である。

蘭が園子、コナン、小五郎と共に一昨年吹渡山荘を訪れた時、事件に巻き込まれあわやという目にも遭ったが、あの時園子と蘭が想いを込めて作ったチョコレートは、確かに相手に気持ちが届いた。
蘭は、コナンだった新一が泣いている蘭を見かねて精一杯の芝居を打ってくれた事を思い出すと、なんだか嬉しくて幸せな気持ちになる。
同時に、その時に感じていた切なさも思い出してしまうのであるが。

『何やそこ、そんなに効果あるのん?』

蘭から吹渡山荘の事を聞いた和葉の言葉には、疑わし気な響きが混じる。

「うん、確かだよ。京極さん、『園子さんからチョコを頂戴する男はどこです!』って、血相変えて飛んで来たんだから。それにね・・・新一も、バレンタインデー当日、事件の合間を縫って事務所に来てくれて・・・。私がソファーで転寝してる間に上着を掛けてくれて私の寝顔を証拠写真に取って、『小腹が空いたから』ってそこにあったチョコを食べて、行ってしまったのよ」

蘭はコナンが新一だった事を知っているが、和葉は知らない。
だから蘭はその時コナンだった新一が誤魔化しの為に行った事をそのまま和葉に伝えた。

『ハア?工藤くん、来てるんやったら起こしてくれたらええのに、何やってたん?それに勝手にチョコ食べてしまうやなんて、工藤くんホンマに何考えとったんやろ。そのチョコには名前が書いてあって自分宛てやってわかったんやろうけど。なら尚更起こしてくれたったらええのにな』
「名前は書いてなかったの。だって、その日新一が帰って来るなんて思ってなくて、どこに居るのかわかんないのに渡せる訳ないって思ってたんだもん。だからね、新一ったら、ハートを逆さまに見て『桃形のチョコ』なんて言ったのよ」
『工藤くんって、意外とアホなんやな。けどそれやったら、想いが通じたいう事にはならへんやん』
「ううん。想いは通じたよ。新一はバレンタインデー当日にチョコを受け取ってくれた。答が帰って来たのは何ヶ月か先の事だったけど、ちゃんと想いは通じたの」

和葉は暫らく考えていた風だったが、今年は何とか現状を打破したいと思っていたのだろう、結局蘭と一緒に吹渡山荘に行く事を承諾した。



  ☆☆☆



『吹渡山荘?私も行こうかな』

蘭から話を聞いた園子は、電話の向こうでそう言った。

「え?でも園子、せっかく京極さんが今日本に帰って来てるのに、良いの?」

蘭は戸惑う。
京極真は相変わらず外国へ修行に行っている事が多いが、(蘭や新一と同じ帝丹大学に行っている)園子が春休みに入ったのと同じ頃、日本に帰って来ていた。
今ラブラブの時間を過ごしている筈の園子に遠慮して、蘭は園子を今回旅行に誘うのを止めたのである。
園子は溜息を吐きながら意外な事を言った。

『う〜ん、我ながら贅沢だって思うんだけどね。真さんが帰って来た最初は良かったのよ。でも最近時々ね、息が詰まりそうになる事あってね。昨日もスカートが短過ぎるって言われちゃって・・・ちょっと頭冷やしたいなあって思ってんの』

かくして、女3人で吹渡山荘へチョコ作りに出かける事が決まったのである。









「良く来てくれなさったな。まさかあんた達がまた来てくれるなんて思ってなかったわい」

吹渡山荘に着くなり、出迎えてくれた山荘のオーナー・湯浅千代子がそう言った。

「お世話になります」
「たまたまだって言われても、やっぱあの時作ったチョコが効果あったから・・・ね、蘭?」

蘭と園子がそう言い、和葉もペコリと頭を下げた。

「一昨年の事件でケチが付いて、去年は流石にチョコ作りのお客さんは来なかったんじゃよ」
「へ!?一昨年事件があったんですか?」

千代子の言葉に、和葉が目を丸くして言った。

「あれ、そう言えば和葉ちゃんに事件の事話してなかったっけ?」

蘭が言うと、和葉が怒鳴る。

「聞いてへんで!もう蘭ちゃん、いくらアタシが事件慣れしてる言うたかて、黙ってるやなんて人が悪いで!」
「ごめんなさい。でも、今回お父さん達が一緒じゃないから、大丈夫なんじゃないかと思って・・・」

蘭がそう言うと、今度は園子から突込みが入った。

「でもたまには小父さんがいなくても事件になった事あったじゃない。絢ちゃんの時とか、米原先生の時とか・・・」
「もう、止めてよ園子!今回は私達だけしか居ないんだから」

山荘の入り口でそのような会話(言い合い?)をしていると、突然犬の吼え声が聞こえた。
蘭が屈み込んで笑顔になり、大きな犬に声を掛けた。

「久し振り、サブロー!あ、ジローの方かしら?」

蘭が言うと、千代子が答える。

「今日はジローの番だから、ジローじゃよ」
「へ〜、ごついけど賢そうで可愛い犬やな」

ジローを初めて見る和葉が笑顔でジローの頭を撫でる。

「もう1頭、そっくりなサブローって犬が居るのよ」

横から蘭が声を掛ける。

「雪山で救助犬として活躍してた子達でね・・・何かあってもきっと私達を守ってくれるよ」
「・・・けど平次が居らんとこでの事件は願い下げや」

和葉の言葉に、平次への想いが窺えて、蘭は苦笑した。



  ☆☆☆



吹渡山荘で過ごすのは2泊3日。
チョコレート作りはさほど時間が掛かる訳ではないから、蘭達はスキーにも行く計画を立てていた。
最初の日にチョコレートを刻んで湯煎し、型に入れて固める作業を済ませてしまう。

「後は明日固まったチョコに飾り付けをするだけやな」
「うん。和葉ちゃん、メッセージ何入れるかもう考えた?」
「・・・まあ平凡に名前入れるんが妥当なんやろうけど、去年もそれやったし、今年は少し趣向を変えよ思うてんねん」
「私、今年どうしよっかなあ・・・」

園子も考え込んでいる。

「ねえ園子。何かあったの?」

蘭の言葉に園子はちょっと苦笑いする。

「だってさあ、真さんったら、私と会う度に服装や格好にケチばかりつけるのよ。そりゃあ私だって、できれば真さん好みの格好をしたいと思うけどさ・・・段々最近ずれてんじゃないかって気になってきたの」
「「ずれてる?」」

蘭と和葉が異口同音に言った。

「真さんが初めて私を見た時って、私帝丹の制服着てたわけよ。だから真さん、私の事真面目でお堅い人だって勘違いして、そのイメージで私の事好きになったんじゃないかって、最近すごく不安なの」

園子の言葉に、和葉があっけらかんと反論する。

「それはないんちゃう?園子ちゃん、もろ茶髪やん?京極はんもそこまで勘違いはしてへん思うで」

蘭も和葉に同調するように言った。

「そうよ、園子。京極さんが服装の事なんかでうるさく言うのって、多分、イメージの押し付けとかそんなんじゃないと思うわ」

園子は顔を上げ、友人達を見て言った。

「そんなんじゃないって、どういう意味よ」
「それは・・・」

蘭が口を開いた時、おそらくドアがきちんと閉まっていなかったのだろう、突然勝手口のドアが開いて風が入ってきた。
蘭は話を中断してドアを閉めに行った。

まだ日が沈んでいないので、室内よりまだ外の方が明るかった。
蘭がドアを閉める際に外の景色をちょっと見ていると、かなり遠方の建物の影に、怪しくこちらを窺う人影が見えた。

「え・・・?あの後姿は・・・」





「ねえ蘭、さっきの・・・真さんがそんなんじゃないって、どういう意味?」

ドアを閉めて戻って来た蘭に、園子が話の続きを促す。

「う〜ん、私は多分こうじゃないかって思ってる事があるんだけど・・・でもやっぱり園子が直接京極さんに訊いた方が良いと思う。男の人って女とは色々感じ方も考え方も違うみたいだから、お互いに話をしなきゃ通じないよ。こっちがどう思っているかも、相手が何考えてるかも」

突然、和葉があっけに取られたような表情で呟いた。

「平次・・・何しとんのや、こんなとこで・・・」

和葉の視線の先には窓がある。
園子が素っ頓狂な声で叫んだ。

「へ!?服部君が!?一体どこに!?」
「向こうの木の間からチラリと見えたんや。あれは確かに平次やった」

窓から見える遠くの森に、園子の目には全く人影は見えない。

「誰もいないよ。和葉ちゃんの見間違いじゃない?」

園子はそう言ったが、蘭が苦笑して返す。

「あ、やっぱり?実はね、私がさっき裏口開けた時、新一の姿を見かけたの。この分だったらきっと・・・」



「居たわ、真さん・・・」

今度は園子が呆然として言った。
2年前と同じ、サングラスにニット帽姿の京極真の姿を、園子は遠くの建物の影に認めたのである。



(3)に続く



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(2)の後書き

う〜ん。
この話、何か先が読めてしまいそうだな〜。
えっと、蛇足ながら、女性陣3人がそれぞれの彼氏をすぐに見つけたのは勿論「愛の力」であって、男性陣は普通だったら女性陣からは気付かれないような場所から見守っている訳です。
でも男性陣の行動って、傍から見ればストーカーでしかないですね(苦笑)。


(1)「男性陣の不安」に戻る。  (3)「女心は永遠の謎」に続く。