今日は何の日?

〜続・素直な気持ち、素直じゃない言葉 ホワイトデー編〜




byドミ



恋する女性にとって冬の1大祭典になってしまった、2月14日のバレンタインデー。
本来は全く違う、キリスト教の宗教行事の日であるのだが、お菓子会社の陰謀が功を奏し、日本では女性から男性にチョコレートを贈る日として定着してしまった。


一方、ホワイトデーは。

柳の下の2匹目のドジョウを狙い、バレンタインデーの1ヶ月後である3月14日を「バレンタインデーのお返しの日」として計画された、全く日本独自の行事である。

実はお隣の韓国も日本で出来た「ホワイトデー」を取り入れている、らしい。
その上更に、もう1月後の4月14日は「ブラックデー」という、バレンタインデーとホワイトデーにうまく行かなかった独り身の男女が、黒い衣装に身を包んで集まり、ジャージャー麺を食べ、食後には必ずブラックコーヒーを飲み干して、お互いエールを送り合い、来年こそはと誓いを立てる行事が出来たというが、それはまた別の話。

ホワイトデーはバレンタインデー程ではないにしても、それなりに盛り上がり、お菓子会社の陰謀も一応の成果を収めたと言える。

もっとも、お菓子会社以上に潤ったのが、実は宝石・貴金属類を扱う会社だという説もある。
どんなに高くても精々数千円程度のチョコレートを貰って、ホワイトデーには何万もする指輪やペンダントを贈らされる羽目になる男性は多いという。

当初は、「(お返しにマシュマロを贈る)マシュマロデー」「(クッキーを贈る)クッキーデー」などと呼ばれていたが、なかなか名称が統一しなかったが、その内どこが提唱したものか「ホワイトデー」で名前は定着した。
ホワイトデーはバレンタインのチョコのように品物は限定されていないが、お返しのお菓子としてはクッキーやキャンディが主流になっている。
けれど、義理チョコへのお返しならともかくとして、恋人同士のお返しとしてはお菓子よりもアクセサリーの方が主流になっているかも知れない。









「は!?『男性の為のクッキング講座・超簡単なクッキーの作り方』ぁ?服部、オメー、そんなのに行くのか?」
『去年市販のクッキー贈ったら、和葉からヘソ曲げられてもうたんや』
「・・・そう言ったって、それは仕方ねえだろ。男は料理するやつでも、菓子まで作るのは珍しいしよ」
『どこぞの誰かがその珍しい事してくれたよって、和葉はそれが世間の普通や思うてるんやで?責任取ってくれてもバチは当たらへん思うで。とにかく和葉は手作りチョコにオレが気付かんかったんを知って1年も前の事なんに、執念深う怒っとんのや。機嫌直して貰うには手作りで返すんが1番や思うてな』

平次が新幹線の中で和葉から平手打ちを喰らっておよそ1ヶ月。
結局和葉はあれから口を利いてくれず、冷戦状態が続いているのだと言う。
あまりの事に、新一は頭痛を覚えていた。

「なあ服部」
『ん?何や、工藤』
「あれから和葉ちゃんが口利いてくれないという事は・・・オメーさ、まだ和葉ちゃんとは幼馴染のままなのか?」
『まだ・・・って・・・あいつとは餓鬼ん頃からずっと幼馴染や』

新一は溜息を吐いた。
ひょっとしたら今年もまだこいつらは進展ねーかもな、いやもう見込みがないのかも知れない、と新一は思い、暗澹たる気持ちになった。

「服部。和葉ちゃんが怒った理由はクッキーが手作りじゃなかったからだって本当に思ってんのか?」
『俺が和葉の手作りに気付かんと、市販のクッキー贈ったから怒っとんのやろ?他に理由がある言うんか?』
「まあ良いさ。オメーが気付かねえならそれでも」
『何や工藤、バレンタインデーの時も今回も、何歯に衣着せてんのや!?言いたい事は、はっきり言うたらどないや!?』
「で?その為に俺はどこに行かなきゃいけねえんだ?大阪か?」

新一が溜息を吐きながらも平次の頼みを聞いてくれるらしい事が分かった為か、平次の声と口調は機嫌が良いものになる。

『やっぱり工藤は俺が見込んだ通りの男や、付きおうてくれるんやな、おおきに』

そして案の定、平次が告げたクッキングスクールの場所は大阪であった。


新一にしてみれば、和葉が機嫌を損ねた原因が新一にあるという平次の弁も大いに疑問であるし、責任を取る方法として何故、大阪くんだりまで出掛けて平次と一緒にお菓子教室を受講しなければならないかが、更に大きな疑問であった。
それに新一は、蘭を通じて和葉の不満の本当の所を聞いているので、尚更に平次の言葉は言い掛かりとしか思えなかった。
しかし、方向性を間違っているような気がするものの、とにかく必死な平次の姿を見ていると放って置く事も出来ず、結局付き合う事にしたのであった。
それに案外、下手に言葉を重ねるよりも手作りクッキーの方が、和葉の心を解かすのに効果があるかも知れないという気もした。









「『男性の為のクッキング講座・超簡単なクッキーの作り方』ですか。私もご一緒して宜しいでしょうか?」

京極真がそう言って、新一は目を剥く。

「あの・・・大阪ですよ?」
「修行の為に世界各地を回った身には、大阪位隣町のようなものです。それに・・・私も園子さんに心を込めた手作りの物を贈りたいですし」


そして結局、男3人、何故か大阪でクッキー作りに挑戦となった。

新一は元々料理が出来るし、昨年手作りクッキーを蘭に贈った実績があるので、まず問題なく作れる。
真は実家が旅館で料理作りの手伝いもやっていたから、おそらくクッキー位すぐに作れるだろう。

1番問題なのは平次である。
元々器用な性質ではあるが、何せ服部家の台所は静華がガッチリ握っていて、料理というものをした事がないのだ。

新一達は新大阪駅で落ち合った後、お菓子教室が始まるまで時間があるので、お好み焼屋で腹ごしらえをしながら、色々な話をしていた。

「オメーんちのお袋さん、家事を全て自分が切り回して息子にも手伝わせないなんて、結構古風なんだな。考えてみれば、今時珍しくいつも着物姿だし」
「それはちゃうで。おかんはただ我儘なだけや。俺が手伝うとむっちゃくちゃなるから言うて今迄手伝いひとつさせんどって、今んなって『それやったら和葉ちゃんが大変やから家事位せえ』言うてんのやで?」
「へえ、そうだったのか。そう考えると・・・俺の母さん、奔放なようでいて、実は偉大だったのかもな」

新一の母・有希子は、幼い新一が好奇心のままに台所に入って来ると、いつもニコニコして、一緒に色々な物を作ってくれた。
今にして思えば、幼い子が台所に入って来ると目も離せないし危険だし、色々煩わしく散らかされるので仕事量も増え、大変だった筈である。
けれど有希子はその大変さをおくびにも出さず、いつでも楽しそうだった。
お蔭で新一は自然と料理を覚え、1人暮らしになった時も不自由せず、助かったものだ。
奔放で放任しているようでいて、山ほどの愛情を貰っていたのだと、今から考えれば良く解る。

それにしても、平次の母親である静華は、和葉とは電話で長話をする位に仲が良いらしいが、平次のお嫁さんは和葉とすっかり決めてかかっているのだろう。
けれど、肝心の2人がまだ「只の幼馴染」のまま足踏みしているのである。
平次の話をよく聞くと、最近は静華の方が(わざと平次と和葉が2人きりになるよう仕向けるなど)色々とお膳立てしているらしいが、平次はその「母の気配り」にも気付いていないようだった。
その点には敢えて触れずに新一は言った。

「けどよ服部、まあ事情は解ったけど、この先男も料理くれー出来ねえと困るぞ。人間、食べないと死ぬからな。今はコンビニもあってレトルト食品も沢山あって、料理出来なくても何とかなる時代だけど、いつどんな事になるかわかったもんじゃねえだろ?」

それまで黙ってお好み焼きを口に運んでいた真が口を挟む。

「その点は同感ですね。いつ大きな災害が襲って来るかも分かりませんし、何でも出来るに越した事はないですよ。いざと言う時愛しい女性を守る為にも、男が料理のひとつやふたつ、出来なくてどうします?服部くん、これを機会に料理教室に通うのも良いかも知れませんよ」

平次は頭を掻いて苦笑いしていた。
真と園子の場合、家事についてはむしろ真の方が主導権を握りそうだと新一達は思ったが、口には出さなかった。

平次とて探偵としての修行を積む中で、サバイバル術も覚え、料理の1つや2つ出来ない訳ではない。
しかしそれはキャンプで実力を発揮出来ても、台所での見てくれ重視の料理をするには向いていなかった。
けれど今回、「手作りのクッキーを和葉に贈る」べく頑張る決意をしている。
その事自体は悪くないかもと新一は思った。


会話をしている内に、ふと新一は、真は元々口数が少ない方とは言え、今日は時々ボーッとして上の空の事が多いのに気付いた。
少し赤くなったり、時に(普段の真を知る者からしては不気味な事に)にへら、と呆けた笑いを浮かべたりしている。

「・・・もしかして京極さん、この前のバレンタインデーで、園子と・・・園子さんと何か進展がありましたか?」
「え!?く、工藤君、何故それを!?」

新一がカマかけてみると、真は突然わたわたと狼狽し焦った顔になった。

「げっ。ホンマでっか!?」

平次が焦り顔で尋ねた。
真は観念したように頷いて言った。

「私の邪な欲望を、園子さんが受け入れて下さったんです」

その後真はまたにま〜っと怪しい笑いを浮かべ、平次は虚脱したような顔になり、新一はやれやれと肩を竦めた。
平次にしてみれば、「先越された!」という思いであったろう。

「和葉ちゃんとそうなりたかったら、頑張れ」

新一が平次の肩を叩く。
平次はまだ虚脱したような顔をして返事をしなかった。
いつものように「あいつとはそんなんやない」と言い返す気力すらないようだった。



  ☆☆☆



さて、件のお菓子教室では。
まだ小学生位の男の子から中壮年の男性まで、結構な数が参加していた。
「男の為の」と銘打つだけあって、初心者でも比較的作り易い方法を指導してくれる。
自分の力量に合わせて、いくつかの作り方の中から選ぶ事が出来るようになっていた。
新一と真は、料理に慣れているので、延ばした生地を型抜きする方法を選び、平次はいちばん簡単な「棒状に丸めて端から切り落としていく」方法を選んだ。

「粉をふるう?何七面倒臭い事やらなあかんのや?」
「まあまあ服部。応用を利かせて手を抜くのは、慣れた名人級の人がやる事だ。初心者は、習った通りにやらねえと」

簡単な方法の筈なのに、平次はまだるっこしくてヒスを起こしそうになる。
けれどやはり思うところがあるのだろう、観念したように作業を始め、出来るだけ丁寧に作業を進めて行った。


材料を混ぜ合わせて作った生地を、棒状にまとめる。
できるだけ形が整うようにと、平次なりに気を使いながらの作業である。
そして、端から包丁で切り落としていく。
これも厚みが平均するように、出来るだけ気を配りながらの作業を行った。



オーブンに入れてスイッチを入れると、やがて香ばしく甘い香りが漂いだす。
確かに美味しそうな香りであるが、教室中に充満する甘い香りに、平次は少し辟易していた。



  ☆☆☆



「何でや?オレは真面目に頑張ったんに、何でこないな出来になるんや?」

焼き上がったクッキーを見て、平次が憮然として呟いた。
1番シンプルで失敗の少ないタイプを選んだ筈だ。
そして形を整える時、切り分ける時、出来るだけ綺麗になる様に気を使って作業をした筈だ。

なのに、出来上がったクッキーは形も歪み、大きさも不揃いだった。
オーブンは最新式なので流石に焦げる事はなかったが、香ばしく色が着いている物と白っぽいものがある。

新一と真はと見ると、流石に市販のように美しく形の揃ったクッキーとまでは言い難かったが、平次から見ればかなり凝ってバラエティに富んでいた。

真は麺棒で薄く延ばした生地を型で抜いて、ハートや星や、様々な形のクッキーを作っていた。
しかも白一色ではなく、ココアの茶色や人参を混ぜたオレンジ、抹茶の緑と色がたくさんあった。

一方、新一は、ココア生地や抹茶生地と普通の白い生地を組み合わせた、模様のあるクッキーに挑戦していた。
新一は

「型抜きしたもの同士を組み合わせて引っ付けただけだよ」

と言って笑ったが、四角の中にハートや星型や花模様が入っているのを見て、芸の細かさに感心する。

平次は自分の作ったクッキーが何ともつまらないものに思えてしまった。
本当にこれを和葉への贈り物とすべきか、迷う。

突然新一が、平次の作ったものを1つ摘んでひょいと口に入れた。

「お、おい、工藤!」

平次が叫ぶ前で、新一は悪びれた様子もなく口を動かす。

「へえ。うめぇぜ、これ」
「なっ・・・!アホぬか・・・」
「嘘じゃねえよ、オメーも食ってみなって」

新一が更に1つ摘んで平次の口に押し込んだ。

口に広がる甘みを押さえた素朴な香ばしい味。
平次は我ながらその味に感動を覚えていた。

「ほお。結構いけるもんやなあ」

平次は照れ隠しのようにそう言う。

「チョコレートなんかは材料の味がストレートに出ちまうから、手作りでも市販品と味の違いはそう判らねえけどさ。クッキーの手作りは結構いけるだろ?」
「まあ、せやな。やっぱり気持ちが篭っとんのやからなあ、ははは」

平次が頭を掻きながら笑ってそう言うと、新一から今度は冷たい突込みが入る。

「バーロ。オメー作るのに必死で途中から和葉ちゃんの事忘れてたくせに。手作りのお菓子は新鮮な良い材料をふんだんに使うから美味えんだよ、焼きたての香ばしさも出るしな」

新一から身も蓋もない言い方をされて、平次は憮然となった。

「まあ素人が市販品のようなお菓子を作るのは無理だ。ただ、手作りだと手間隙掛かってんのは確かだし、それだけ心が篭ってるって事をアピールする訳だな」


真はと言えば、新一と平次の会話を他所に、難しい顔をして自分の作ったクッキーを引っくり返しながら見詰めていた。
難しい顔をしていた真だったが、形が崩れた物をひとつ口に運び、やがて会心の笑みを浮かべた。
おそらく造形的には今ひとつ満足出来なかったのだが、味には得心が行ったのであろう。


教室中で似たような光景が繰り広げられていた。
やはり「男性の為のクッキング講座・超簡単なクッキーの作り方」と銘打つだけあって、誰が作っても味には満足出来る、贅沢に材料を使ったレシピになっていたようだった。

新一は内心で苦笑いしながら蘭が言っていた言葉を思い出す。

「お菓子作りはね、形が崩れたりとか、うまく膨らまなかったりとか、普通の料理に比べて難しい部分もあるけど・・・新鮮な卵とか牛乳とかを使って手作りしたお菓子は、失敗作でも味は良いものなのよ」

蘭は、子供が出来たらそれが男でも女でも、一緒にお菓子作りをしたいと夢見ているようだった。
子供に手作りの楽しさと素晴らしさを教え、一緒に美味しいものを食べる・・・それはどんなに素敵な事だろうと新一も思う。
新一は密かに、時には自分も、忙しい合間を縫ってその空間に一緒に混ざりたいと思っている。

まだ未来設計を思い描く前の段階で足踏みしている平次には、決して言えない事であったが。




その後は、焼けたクッキーが冷めるのを待って、それぞれにアドバイスを受けながらラッピングをした。
ラッピングも今はワンタッチで出来る便利なものが種々揃っている。
材料に凝り、ラッピングにも凝り、としていると、あっという間に市販品より値段は跳ね上がって行く。

「なあ工藤、手作りは元々金をかけん為にあるんやなかったんか?」

平次が素朴な疑問を口にする。

「そうだなあ、昔は皆お金もなく市販のものも乏しかったから、手作りが当たり前だったけど・・・今は何でも手作りの方が時間もお金もかかる道楽になっちまったよなあ。料理も・・・お金かけずにバラエティに富んだもの作るには、結構頭と年季がいるぜ」

1人暮らしになってから自炊をしていた新一がにっと笑ってそう言うと、平次はまた憮然とした顔になった。
けれどすぐに真顔になってちょっと遠い目になって言う。

「あいつが去年くれたチョコ、ホンマに綺麗で美味かったんや。まさか自分で作ったもんや思わへんかったわ」
「なあ服部、今の台詞をそっくりそのまま和葉ちゃんに言ったら良いんじゃねえのか?」

新一の言葉に平次はちょっと考え込む。

「せやけどそれで和葉が納得するかわかれへんで」
「オメーが心の底から思った事をそのまま言えば、きっと通じるって。けどそん時、去年の非礼を謝んのも忘れんなよ」

今まで自分の作業に没頭していた真が、顔を上げた。

「健闘を祈りますよ」
「おおきに」

今幸せいっぱいの真からも、短いが心のこもったエールが送られ、平次は笑顔で頷いた。









そして間もなく。
少しずつ春の息吹が近付きながら、けれどまだ冷え込む事の多い時期。
「その日」は訪れた。





「新一・・・何か去年に比べたら随分凝った作りだね」
「まあ、それだけ手馴れたからな。少しは進歩しねえと」
「ふふ・・・ありがとう」

新一と蘭は、その日まったりと夫婦だけの甘い時間を過ごしていた。

新一から蘭への今年のホワイトデーの贈り物は、手作りのクッキーと花束、そして2人で一緒に過ごす時間。
一昨年のホワイトデーの贈り物はちょっと張り込んだアクセサリーだったが、昨年からは今年と同じ3点セットが定番になった。

何しろ結婚して、もう家計が一緒になっているので、そこから高価なアクセサリー代を捻出しても蘭にとっては今ひとつ嬉しくない。
忙しい新一が自分の時間をやりくりして贈ってくれる、手間隙と気遣いに溢れたお菓子と花と時間は、今の蘭にとってお金をかけたものよりも最高に贅沢な贈り物だった。

そして2人が過ごす時間は・・・やはり表サイトではこれ以上書けないので、割愛させて頂く。



  ☆☆☆



「え?真さんが私にこれを?」

鈴木財閥の令嬢は、恋人から手渡されたものを見て言葉を失った。
ラッピングも中身も、それなりに綺麗に整っているが、やはり見るからに手作りである事がわかる。
無骨な真が、園子の為に手作りに挑戦してくれたと思うと、園子は感動を覚えずにいられなかった。

園子ははっきり言って「お嬢様」なので、お金はたくさん持っている。
真は庶民の出でありまだ自分で稼いでいるわけでもないので、贈り物にそうそうお金をかけられない事は分かっているし、別に真から高価なプレゼントが欲しいと思っている訳ではない。

園子が真に求めるもの、それは彼なりの誠意と心意気であり・・・今年それは見事に達成された。

その後、園子と真がどう過ごしたか。
結ばれたばかりの2人の熱く甘い時間は、やはり表サイトではこれ以上書けないので、割愛させて頂く。



  ☆☆☆



遠山和葉はその日、冷戦状態になっているような幼馴染から招待状を貰い、期待と不安がないまぜになった気持ちで、ドレスアップして指定された場所に訪れた。

「平次。改まってこないなとこに招待やなんて、何の真似なん?」

ここは大阪府下でも一流と言われるホテルの展望レストランである。
平次が貯めていたバイト代をはたいてこの席を準備した事には、うすうす気が付いていた。

和葉の心臓は早鐘を打ち始める。

『この日にこないな事してくれるやなんて・・・期待してもええのん?』

和葉は・・・別に高価な贈り物が欲しい訳でもないし、ムードを盛り上げて欲しい訳でもない。
正直、平次が心を込めて贈ってくれる物なら何でも嬉しいのだが・・・出来る事なら、いつまで経ってもはっきりしてくれない幼馴染の心が欲しいと、願わずには居られなかった。

バレンタインデーの時に怒りに任せて平次の頬をはたいてしまい、それからずっと冷戦状態のようになってしまっているが・・・和葉の怒りはもうとっくに消えていた。
しかしそれでもなお平次と口を利こうとしなかったのは、今年こそは多分はっきりした形で出されるだろう答えが怖かったのである。

平次も、電話では埒が明かないと思ったのだろう。
珍しくメールで待ち合わせの日時と場所を連絡して来た。


和葉がお洒落をして指定されたレストランに着くと、予約席に案内され、何と珍しい事に平次の方が先に来て待っていた。
しかも平次は、あまり着慣れていないスーツを身に着けている。

和葉の心を期待と不安が渦巻いているが、平次が柄にもなくこういう事をしてくれた為に、否が応にも期待が膨れ始めた。
しかし和葉の口調は、期待が強くなるあまりに、かえってつい強いものになってしまう。

「平次。改まってこないなとこに招待やなんて、何の真似なん?」

そう言った和葉に対し、平次はまあまあと宥める様な仕草をした。

「まあ美味いもんでも食って、楽しもうやないかい。話はそれからや」

平次の言葉に、和葉は期待と同時に「ひょっとしてきっぱり断る為にこの席を設けたんじゃあらへんやろな?」というあらぬ疑念も浮かんでしまった。

料理は、舌が肥えた人が多い大阪の一流ホテルのレストランとあって、値段も良いが、味も飛び切り良い。
けれど和葉には、せっかくの美味しい料理を味わう心のゆとりがなかった。(ずっと後になって「しもうた。あん時は勿体無い事したなあ」と悔しがる事になるのだが)



料理のコースが終わり、締めくくりのデザートの時間になった。
まず先にコーヒーが運ばれて来る。

そして、ウェイターが運んで来たものに、和葉は訝しげな目を向けた。

「本日のデザートでございます」

そう言ってウェイターがテーブルの上に置いたのは、ラッピングされた箱であるが、その包み方も素人がしたとしか思えないお粗末なものであった。

ウェイターはにこりと笑って告げた。

「本日のデザートは特別で、決して他の所ではお求めになる事はできません。世界でただひとつの品でございます」

和葉は、驚きに目を見開いていた。
促されるままに包みを開き、中を見る。

形が不揃いで、焼きむらのある、見るからに慣れない人の手作りだと分かるクッキーがそこには並べられていた。
和葉はひとつ手に摘んで仔細に見る。
探偵ではない和葉にも、その時全ての謎が解けた。
和葉の目には、知らず涙が浮かんでいた。

「あはは・・・ホンマ、こないなクッキー、他では絶対買えへんで」

泣き笑いしながらそう言って和葉はそのクッキーを口にした。

今迄麻痺しているかのように味を感じ取れなかった舌の上に、素朴で香ばしい甘味が広がる。
今まで台所に立った事もない平次が、自分の為にクッキーを焼いてくれたのだと思うと嬉しかった。

『去年、工藤くんから蘭ちゃんへのホワイトデーのお返しは手作りクッキーやってんやで?平次も工藤くんの爪の垢煎じて飲んだらどないや!?』

和葉が悔し紛れに平次に言った言葉は、別に「手作りを頂戴」という意味ではなかったのだが・・・馬鹿正直に手作りに挑戦してくれた平次に半ば呆れながらも、和葉は平次の心意気を受け取る事が出来て、嬉しかった。



「なあ、平次。アタシ、期待してもええのん?」

和葉がさっき内心で思っていた事が、素直にするりと口を付いて出た。

平次はじっと和葉を見詰め、心なしか頬を染めて言った。

「俺はどうでもええ思うてる女相手にこないな手の込んだ事する程暇やないで。和葉はどうでもええ相手やない・・・あの、つまりやな・・・俺がずっと隣に居て欲しい思うてる女は和葉だけなんや」

平次らしい告白に、和葉は胸がいっぱいになる。
けれど、もう少しはっきりと言って欲しい、そう思って和葉はちょっと意地悪く言った。

「何やのん、それ?一生アタシに、幼馴染でおって欲しい言うん?」
「アホ!これでもこ、こ、告白のつもりや!幼馴染でおって欲しい話をいちいちこんなとこで手作りクッキー渡して言うかいな!」

平次の口からとうとう「好き」とか「愛してる」という言葉は出なかったが、「告白」という言葉が出た事で和葉は満足し、それで良しとしようと思った。



  ☆☆☆



幸せな気分でレストランを出る。
和葉の手には平次の手作りクッキーが入った箱がある。
平次がさり気なく和葉の肩を抱いて引き寄せ、和葉は素直に身を預けた。

エレベーターに乗るとたまたま他の客は乗り合わせておらず、平次と和葉は2人きりだった。
平次がおもむろに口を開く。

「和葉。去年、あれが和葉の手作りと気付かんやったんは・・・」
「・・・今更、もうええやん」
「今更言うたかて、和葉はずっと気にしとったんやないか!すごくうまかったで。形も綺麗やったし、包みも可愛かったし。ひとつだけ言い訳さして貰うとな、あんまり上手過ぎたんで手作りやって気付かへんかったんや!」
「・・・・・・」
「今回、自分でクッキー作ってみて、ようわかったで。売ってるもんとおんなじように綺麗に作るのは大変なんやってな。去年のチョコ、店で売ってる高級チョコに負けん位、美味くて綺麗やった。和葉がそん陰でどんなに努力したんかも気付かんと、悪かった」

和葉の目から涙が零れ落ちる。

「アホ・・・アタシが・・・この1年・・・どないに・・・」

その後は言葉にならない。
平次は和葉を抱き寄せ、しっかりと抱き締めた。
そしてそのまま、やや強引に和葉の唇を奪った。

和葉は一瞬身を強張らせたが、すぐに力を抜いて平次の背中に手を回す。
長い間の思い人から、今、力強く包まれている幸福感と甘さに酔っていた。

「なあ平次。手作りチョコ、他にもたくさん貰ってんのやろ?あ・・・上手やったら手作りって気付いてへんかも知れへんけど」
「・・・手作りも市販もわかれへん。俺、和葉とおかんから以外のチョコは食うてへんからな」

平次の言葉に、和葉は弾かれたように顔を上げた。

「嘘。ホンマ?」
「ホンマの事や!甘いもんなんか、大事な相手から貰うたんでもなかったらそうそう食べられるかいな!」
「けど・・・市販の高級チョコと味が変わらへんって・・・」
「おかんのくれたんが、ベルギー製の高級チョコやったんや!ん?何笑うとるんや?」
「せやかて・・・アタシが材料で使うたんは、ベルギー製のチョコやってんもん!」
「はあ・・・せやから味がおんなじやってんやな」

平次のやや間抜けな言葉に、和葉は苦笑する。

「静華おばちゃんのくれたベルギー製チョコはハート型はしてへんかったやろ?」

平次は憮然とした調子で言った。

「そんな形のもあるやろ思うとったんや!」

お菓子に詳しくない男性の認識とはそんなものかも知れないと和葉は思った。
そして、気になっていた事を訊く。

「なあ平次、他の子達から貰うたチョコはどないしたん?」
「面と向かって渡そうとされたやつは全部断ったで。勝手に郵送されて来たり机に置かれたりしたんは、工藤を見習うて、施設へ寄付や」

和葉はにっこりと笑って言った。

「アタシ、アホやな。平次がアタシ以外の子からチョコを受け取ってへんって知っとったら、こないに悩まんで良かったんに」
「・・・俺も、よう言えへんで悪かった思うけど、和葉のチョコはてっきり一昨年までと同じ義理チョコ思うとったからなあ・・・っ痛っ!だから怒るなや、謝っとんのやないかい!」

和葉が平次の頬を抓ると平次はその手を引き剥がし・・・そして再び引き寄せられ口付けられた。



ようやく唇が離れた後、平次が熱っぽい目で見詰めて囁いた。

「和葉。今日、ここに部屋取ってんのや。今夜は帰さへんで」

平次の思いがけない言葉に和葉は固まった。
エレベーターが止まったのは、1階のロビーではなく、客室が並ぶんでいる階であった。
平次の手にはいつの間にかルームキーが握られていた。




和葉が返事もできず何も考えられないでいる間に、いつの間にか廊下を歩いてホテルの客室に入っていた。

今日告白されたばかりだと言うのに、いきなりの急展開に戸惑いながらも、和葉は覚悟を決めた。
平次とならそうなっても構わない、むしろ嬉しい、というのが正直な気持ちだったから。
和葉は、今日の身支度の時に、下着や隠れた部分にも気を使っていて良かったなどと考えていた。





平次が和葉を抱き寄せ、口付けをする。
触れるだけのキスから、段々激しく深いキスへと変わっていく。

平次が和葉の服に手を掛けようとしたところに・・・突然インターホンが鳴った。

平次と和葉は固まり、顔を見合わせた。
次にドアがドンドンと叩かれ、更にしつこくインターホンが鳴り続ける。


「まさか!」

平次がドアの所まで行きスコープで覗くと、外に立っているのは大阪府警で見知った顔であった。
遠山刑事部長の部下の中にいた筈の刑事である。

平次の背中を冷たい汗が流れ落ちて行った。




その夜は、遅い時刻ではあるが和葉は平次から送られて帰宅した。
残念ながらこの2人には、表サイトで書けないような時間を過ごす事は出来なかったのである。



和葉を自宅まで送り届けた後、平次が夜遅くに帰宅すると、茶の間では父親の平蔵が晩酌中で、部屋に帰ろうとする平次は呼び止められて晩酌の相手をさせられた。

「平次。父親から娘を奪うのはなまじな覚悟ではでけへんで?ちっとは苦労せいや」

それが父・平蔵からの言葉であり、平次は、和葉の父親のみならず自分の父親にも全て把握されていた事を知って、憮然となった。

母親の静華がその場につまみを運んで来てさらりと言った。

「今迄ほたっといたんに、いきなり美味しい思いしよう言うんは何ぼ何でも虫が良過ぎる話や。和葉ちゃんを長う待たせたんやから、少しは辛抱せんとなあ」

母からのとどめの一撃はぐさりと平次の胸に突き刺さった。



「しもうた!大学は和葉共々大阪やないとこにしてマンション借りなあかんかったで!」

平次は内心そう思って歯軋りしたが、勿論、今更そんな事を考えても後の祭りであった。







その後、平次と和葉が2人で東京へ行って工藤邸に泊まる機会が増え、新一がひどく迷惑そうであったとか・・・言うのはまた別の話である。






3月14日。
今日は何の日?


知らないの、ホワイトデーだよ。



いや――。



平次と和葉にとって、今日はこの先ずっと続く、「恋人記念日」





Fin.



+++++++++++++++++++


<後書き>

終わった。終わったわ。
やっとバレンタイン&ホワイトデー企画の話が(遠い目)。
最後は、ははっ。無理矢理タイトルにこじつけが見え見えですね。

もう青葉香る季節になって来ているのに、何だかなあ。
とにかく書き終えてホッとしました。


今回のお話では、「新蘭(特に新一くん)=世話焼き係」でした。
既に新蘭の2人は安定したカップルになっていて・・・という設定ですね。


皆様既にご存知かと思いますが、私は新蘭についての拘りはそれはそれはたくさんあります。
その内のひとつに、実は「第3者がキューピッドになるのは嫌」というのがあるのです。
けど、他のカップルならキューピッドが存在しても平気。

だから今回の話、「平和」と「新蘭」が逆パターンだと絶対考えられません。
愛の差?あるかもね。(平和ファンには申し訳ないですが)
でもまあ、元々のキャラクターの差もありますから。

新一くんと平次くんの関係も面白いですね。
平次くんの方が懐いて(!?)いて、一方的に擦り寄って来る。
新一くんは平次くんの事を迷惑そうに邪険に扱うように見えて、実は案外世話焼きに回るんじゃないか、とちと思ったりしてます。
まあその世話焼きが空回りするような気がしないでもないんですけども。


さて、次は新一くんお誕生日話を頑張らねば。




(5)「手作りチョコのメッセージ」に戻る。