素直な気持ち、素直じゃない言葉
byドミ
(5)手作りチョコのメッセージ
スキーから帰って来た蘭、園子、和葉の3人は、昨日作って冷やし固めたチョコレートを前にしていた。
今夜はそれに飾りをつける作業だ。
「園子、和葉ちゃん。やっぱりチョコレートは渡すの?」
「うん。だって、いっぱいに気持ち込めて作ったんだもん。真さんがどうであれ、私が真さんにチョコ上げたい気持ちはホントだから」
「アタシも、もう1回勇気を振り絞って作ったチョコやから、ちゃんと渡すで。今年は、ちゃんと返事して言うて渡すつもりや。このままなあなあで行かれるんは耐えられへんから」
蘭は微笑んで頷いた。
相手からの見返りが欲しいからではなく、自分があげたいと思うから。
相手の気持ちがどうかではなく、自分の気持ちを伝えたいから。
だから、バレンタインデーにチョコレートを渡す。
そういう事なのだ。
飾りつけ様のホワイトチョコのペンを、温めて柔かくしながら、昨日作って冷やし固めたハート型のチョコレートにメッセージを入れて行く。
それが完全に固まったのを確認した後、3人が行った作業は・・・それを引っ繰り返して箱に入れる事だった。
固まったとは言え、固い台の上に置いたのではつぶれてしまう恐れがある為、クッション材を置いた箱の中にチョコレートを置いたのだ。
そして、先ほど何かを書いたのとは反対側、渡した時に表になる方に、再び飾りを入れて行く。
襞のようなふち飾りをつけ、相手の名を書こうとして・・・3人はそれぞれに思うところあって名前とは別の事を書き込む。
それぞれに仕上がり具合に満足して、箱の蓋を被せ、柔かいラッピング様の紙に包んだ後、リボンをかけた。
後は、明日のバレンタインデーに相手に渡すだけである。
「今日で旅行も最終日やな。結局、あいつらの目的は何だったんや?」
朝の光の中、ペンションの窓から遠目に吹渡山荘を見ながら、平次は呟いた。
「ん?あいつら、もう帰るんか?って、荷物は持ってへんから違う・・・んなっ!?」
平次がいきなり素っ頓狂な声を上げたので、新一と真は平次の方を見、次いで吹渡山荘の方を見た。
男性陣3人が目にしたものは・・・こちらへ近付いてくる女性陣3人の姿であった。
「くくく工藤、どないしよ!?」
「俺に訊くな、バーロ!」
平次と新一は常になくわたわたと焦りまくっていた。
真は黙して顔色ひとつ変えず、一見焦っていないようだが、窓の方を向いて動かないのはおそらく固まってしまっているのであろう。
やがて新一達の泊まっているペンションに女性陣が着き、暫く経つと3人の部屋がノックされた。
新一が意を決してドアを開けた。
「あ、あ、あの・・・蘭」
「おはよう、新一」
蘭がニッコリと笑ってそう言うと、新一は赤くなってそれ以上何も言えなかった。
蘭が男性陣3人を見回して言った。
「あの・・・新一と京極さんはわかってたと思うけど。園子と和葉ちゃんと私、隣の吹渡山荘で心を込めて作ってたものがあるの。どうぞ受け取ってね」
そして蘭は新一に、園子は真に、和葉は平次に向かってそれぞれラッピングされた包みを手渡した。
「あ、そ、その・・・ありがとな・・・」
新一は、ややぶっきらぼうな口調で言いながら、頬を染めて包みを受け取った。
とっくに自分の妻になっている相手に、今でも振り回され、どぎまぎしてしまうのだ。
蘭がここでチョコレート作りをしていた事は勿論予想していたが、受け取るのは今夜東京に戻ってからと思い込んでいたので、すっかり舞い上がっていた。
「蘭、その・・・わかってたのか、俺達がここに居るって事」
「うん、わかってたよ。一昨日から、ちゃ〜んとね」
「ななな何で!?」
自分達の尾行(?)が完璧だと思っていた新一は、ファニーフェイスで蘭に尋ねた。
「他の人だったらわからなかったと思う。けど私、新一の姿なら、どんなに遠くからでもひと目でわかるもん」
蘭のその言葉と笑顔に、天下の学生探偵が改めてノックアウトされたのは言うまでもないであろう。
「お、恐れ入ります」
真はカチンコチンになって園子から包みを受け取った。
「私がチョコレートを上げるのは、真さんだけだから」
そう言われた真は、真っ赤になって頭から湯気を出していた。
「ほら、平次。その・・・蘭ちゃん達に付き合うて・・・せっかく作ったもん、捨てるんも勿体ないから平次にやるわ」
和葉が頬を染めながらぶっきらぼうな調子でそう言って平次に包みを渡す。
「こ、これ・・・チョコレートなんか・・・?和葉の・・・手作りの・・・?」
「他に何があるん!?今日が何の日か、知らん訳やあらへんやろ!?」
「あ、お、おおきに・・・」
平次は、いつもの憎まれ口はどこへやら、突っ込む事もできずに焦った様子で和葉から包みを受け取った。
「服部くん。吹渡山荘は、バレンタイン用のチョコ作りを教えてくれるって、女の子の間で評判のペンションなの。園子と私は前に来た事があったんだけど、今年は和葉ちゃんも是非一緒にって誘ったのよ」
蘭の言葉に、平次は表情を和らげる。
「せやったんか・・・だから俺に内緒やったんやな・・・心配したで、ホンマ」
和葉がちょっと頬を染めて言う。
「へ?心配してくれたん?」
「スキー場の男達が和葉の犠牲にならへんかと・・・アタッ!」
「そない言うんやったら、これ、いらへんやろ?」
「かかか和葉!」
相変わらずの2人を見て蘭と新一は顔を見合わせて肩をすくめた。
蘭が新一に笑顔を向けて言った。
「ねえ、開けてみてよ」
「え?良いのか、ここで」
蘭が頷き、園子と和葉も頷く。
男性陣3人は、それぞれに包みを開いて中を見た。
そして、書かれた文字を見て一瞬固まった後、がっくりと項垂れる。
「大馬鹿推理の介へ」
「頭の固い空手馬鹿さんへ」
「推理ドアホウ!わからんちん!」
素直な気持ちを、目一杯の愛情を込めて作ったチョコレートに、意地っ張りで素直に言えない憎まれ口の飾り付け。
女心は本当に不可解だと、改めて思った3人であった。
もっとも、後でじっくりチョコレートを味わう時に、3人は気付いた筈である。
チョコレートの裏側に、更に書かれていたメッセージに。
そのメッセージがどんなものであったのか。
それは、それぞれの「2人だけの秘密」なのだ。
そして。
来た時は女性陣3人と男性陣3人の組合せであったが、帰りは3組のカップルに別れてそこを去る事になった。
園子と真は一緒に東京へ、和葉と平次は一緒に大阪へ、それぞれ戻った。
☆☆☆
新一と蘭は、一緒に東京都米花市に戻る前に、吹渡山荘に急遽部屋を取って更にもう一泊する事にした。
大学は春休み中だし、新一はここに来る為に敢えて「仕事を入れなかった」ので、時間はあるのだ。
取った部屋の中で、蘭がベッドにちょこんと座りながら、首を傾げて新一に訊いた。
「新一?今日一緒に家に帰ろうと思ってたのに、何で?」
新一がぐいと蘭に顔を近付け、蘭は思わず身の危険を感じて後退する。
「東京まで何時間かかると思ってんだ?3日もお預け食らわせといて、それまで待て、って言うのか?」
「ままま待つって、何の事?」
蘭は背中に冷や汗をかきながら、じりじりと迫ってくる新一から逃れるように寝台の上を後退った。
けれど蘭の背中はすぐに壁につき当たってしまう。
「何の事って、わかってる癖に」
そう言って新一が浮かべた笑みは、まさに悪魔のものだと蘭は思った。
その後の2人がどう過ごしたか。
表サイトではこれ以上書けないので、残念ながらここでは割愛させて頂く。
☆☆☆
園子と真は、東京行きの新幹線に乗っていた。
隣り合わせに座って最初はカチコチになっていた真だったが、途中の駅で乗って来た男が一瞬園子のミニスカートから伸びた足に目が釘付けになったのに気付いて、いつもの小言が始まってしまった。
「園子さん。いつも言っているでしょう、そんな短いスカートはどうかと思いますよ」
園子は真をじっと涙目で見詰め、真は思わずたじろいだ。
「真さん。私にこんな格好は似合わない?ミニスカートだったらみっともないって思ってるの?」
「あ、あの・・・似合わないとかみっともないとか、そんな問題ではないのですが・・・」
「それとも、真さんは、本当はいつもつつましい格好をしている真面目な子が好きだった?私に好きと言ってしまった手前、引っ込みがつかないけど、本当はちゃらんぽらんな子だって思って幻滅した!?」
「そ、園子さん。何を言って・・・」
「ミニスカートとか、お臍を出す格好とか、豹柄の服とか、そんなのが好きなのが『私』なの!これが私のスタイルなの!でも真さんはいっつも文句ばっかり・・・私、今迄我慢して頑張って来たけど・・・真さんの事大好きだけど、これ以上無理して『真さん好みの女』にはなれないよ!」
ここに至って、真はようやく、園子が悩み苦しんでいた事を理解した。
昨晩新一が言った事を思い出す。
男も女も、お互いに言わなければ相手の事は理解できないのだという事を。
真は、園子をこれ以上苦しめない為には、自分がどう感じ、何を考えていたのか、本音を言わずばなるまいと思った。
一呼吸して、話し出す。
「園子さん。私があなたの格好にいちいち文句をつけていたのは、真面目な固い格好が好きだとか、私の好みに合わせて欲しいとか、そう言う理由からではありません。私は・・・ただ・・・ただ、あなたを独り占めしたかっただけです」
園子は、涙が残る目を見開いて、真を見詰めた。
その顔には、大きなクエスチョンマークが張り付いているようだった。
「その・・・あなたがあんまり魅力的だから・・・ただでさえそうなのに、露出度の高い格好をしていたりしたら、余計に人目を引く。園子さんの美しい足や肩やお腹が、他の男に見られるのが・・・その・・・すごく、嫌なのです」
園子は黙って、目をぱちくりさせている。
真は恥ずかしさに俯き加減になりながら、勇気を振り絞って続けた。
「私は、園子さん相手に、その・・・申し訳ない事だが、どうしても邪な願望を持ってしまいます。けれど、他の男達が園子さんを・・・そういった汚わらしい目で見るかと思うと、それが我慢できなくて・・・できる事なら、あなたを誰の目にも触れないところへ閉じ込めてしまいたい位なのです。私はこういうあさましい男なのですよ。こんな私を知って、あなたは軽蔑なさいますか?」
ややあって、園子はニッコリと笑った。
「ううん。すごく嬉しい。真さんの気持ちはわかったわ。でも、私は自分のおしゃれとしてこういった格好をしたい訳。だからなるべく文句は言わないでね」
「・・・鋭意、努力します」
真が溜め息をついてそう言い、園子は笑って真の腕に自分の腕を絡めた。
真はそっと園子の頬に手をかけると、優しい瞳で見詰め、そして唇を重ねた。
☆☆☆
大阪行きの新幹線の中で、平次と和葉はいつになく静かだった。
お互いにそっぽを向いて赤くなっている。
まるで初恋の中学生・・・いや、今時中学生でもここまで初々しい雰囲気なのは珍しいだろう。
やがて平次が和葉をチラッと見て、顔はそっぽを向いたまま意を決したように口を開いた。
「あ、あの・・・和葉・・・」
「な、何?平次」
「あ、そ、その・・・う、嬉しかったで・・・」
「そ、そう?」
「何ちゅうても、和葉の手作りやからな」
「う、うん・・・」
「は、初めての手作りにしては上出来やんか。胃薬準備して頂く事にするわ」
平次のその言葉を聞いて、和葉は平次の方をゆっくり振り向く。
まるでお化けか何かに遭ったかのような、信じられないと言いた気な顔で、和葉は口を開いた。
「平次。今、何ちゅうた?」
「は?胃薬準備するて・・・冗談や、冗談、本気にすなや」
「違う、そこやのうて・・・」
「は?和葉の初めての手作りチョコが上出来いう話か?」
和葉は俯き、わなわなと震え出した。
平次は、何が和葉の逆鱗に触れたか解らず、おろおろする。
顔を上げた和葉は、真っ赤な顔で怒りに燃える目に涙を溜めていた。
車両内に、小気味良い平手打ちの音が大きく響き渡った。
『また何で去年気付かなかったんだ?』
受話器からは、「東の学生探偵」の不機嫌な声が聞こえた。
平次は腫れあがってヒリヒリする頬を押さえながら、力無い声で答えた。
「せやかて、店で売っとるチョコレートと同じ味やったから・・・」
新一の溜め息が受話器越しに伝わって来る。
『あのなあ。手作りって言ったって、カカオ豆から作る訳じゃねえんだから。余程大きな失敗しない限り、元々のチョコと同じ味がすんの、当たり前だろ?本命の手作りチョコなら、元のチョコだって良いやつ使うだろうし。それに、メッセージ書かれてなかったのか?』
「平次へ、って書いてあった」
『なら和葉ちゃんがそう書いたって気付きそうなものだろ?』
「せやかて・・・丁度商店街で見かけたチョコ売り場で、買ったチョコに名前とメッセージ入れるサービスやっとったんや。だからてっきり和葉もそうやったんやって思うて。包み方も綺麗やったし」
『ははあ。つまるところ、上手だったんでプロの仕事に見えた、とそういう訳なんだな。和葉ちゃん、きっと随分練習もしたんだろう、可愛そうに』
「可愛そうなのはこっちや!あれから全く口利いてくれへんし、顔合わせようともせえへんし」
『自業自得だろ。とにかく和葉ちゃんに誠心誠意尽くしてわかってもらう事だな。俺は今取り込み中なんで、もう切るぞ。じゃ』
「へ!?おい工藤、ちょお待て!工藤!!」
平次が叫んだが、受話器の向こうからは無情に通話切れの機械音が鳴るばかりだった。
今電話をかけると新一の機嫌が悪くなるのは予想が付いていたが、それでも電話せずには居られない程追い詰められていると言うのに・・・平次は我が身の鈍感さと友の冷たさを呪わずには居られなかった。
友の「取り込み中」の理由が解っているからこそ、余計に八つ当たりをしないでは居られなかったのだ。
そして――。
和葉が機嫌を直してくれるまでには、まだまだ時間が必要だったのである。
Fin.(ホワイトデー編に続く)
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後書き
(1)を書き始めて2ヶ月以上・・・何故こんなに時間がかかったの!?な完結編です。
そう、これで完結なんです、恐ろしい事に。「バレンタイン編」は。
平次くんと和葉ちゃんがこの後どうなるかは、続く「ホワイトデー編」にて明らかになりますので、もう暫くお待ち下さいませ。
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