大切な・・・



byドミ



<後編>



「へえ、そんな事があったんだ〜」

学校帰り、米花駅前のワクドナルドハンバーガーショップにて。
蘭が親友の鈴木園子と軽食中に、田中毅との顛末を話すと、園子は頷きながら聞いていたが、途中でからかうような目つきに変わった。

『あ、来た』

蘭は内心思う。
古くからの付き合いの園子であるが、いつ頃からか、何かと言えば蘭と新一の仲をからかうようになって来た。
園子は当然、蘭と新一が「付き合っていない」のなどは先刻承知で。
蘭は園子に、新一を「大切に思うが異性として意識しては見られない」旨、話もしている。
けれど、園子のからかいは止まないのであった。

「で〜?新一君とのデートになっちゃったわけね〜、楽しかったでしょ?」
「デートじゃないよ。結果的に2人で映画を見ただけで。そりゃ、楽しかったけど。でもそれは、新一だからじゃなくて」

蘭が反論しても、園子はニヤニヤ笑うばかりである。

困ったものだとは思うけれど、園子からからかわれる分には他の人ほど嫌な感じは受けない。
悪気がないのと、園子の根っからのカラッとした性格のせいかと蘭は思う。

「でも、田中君と2人での映画だったらきっと気詰まりで楽しくなかったでしょ?」
「うん・・・そうね。私、友達って言葉、ちょっと勘違いしてたかも。新一の言葉で気がついた。友達は自然になるもので。お互いの気遣いは必要だけど、それは努力とは違うんだって。努力して人を好きになったりなんか出来ないんだって」
「ふ〜ん、新一君の言葉で、ねえ。蘭、結構新一君の影響受けてるもんねえ」
「そ、そうかな・・・?」
「うん、まあ、あやつも蘭の影響受けてると思うけどね」

園子の言葉に、蘭は驚き。
今口にしていたシェイクを危うく口から吹きそうになった。

「えええ?天上天下唯我独尊の、新一が?」

蘭の言葉に、園子がちょっと呆れたような目で見る。

「・・・えらい言われようね。奥さんにそう言われるなんて、他人事ながら、新一君が気の毒だわ」
「誰が奥さんよ!そ、それに・・・そんな積りじゃなくって。新一って、他人は他人、自分は自分って感じで。優しいし気配りもするところあるけど、他人の言葉で自分の節を曲げそうにないもん」
「ま、確かにそれは分かるけどね〜。他の人ならともかく、蘭は多分、大きな影響をあやつに与えていると思うな」
「園子・・・どうしてそう思うの?」

蘭の問いに、園子は思いっきり明るい笑顔で言った。

「だって〜、夫婦だもん〜。やっぱ影響は大きいっしょ」

真面目な答を期待していた蘭は、脱力して再びストローを口にくわえた。


実は、田中毅との顛末で、「友達とは何か」について考えた事が、この先ちょっと経って蘭を迷路に踏み込んでしまう事態から救う事になるのだが。
今はまだその予感すらない、蘭と園子であった。


  ☆☆☆


田中毅の事件(?)があって間もなく、帝丹中学は夏休みに突入した。

夏休みと言えども、部活に勤しんでいる者達にとっては忙しい。
新一・蘭・園子とも、大会等が一段落して本当の意味で「夏休み」となったのは、8月も終わりがけの事だった。

蘭は夏休みの課題を新一と一緒に片付けようと、工藤邸を訪れていた。


「蘭ちゃん、いらっしゃ〜い。今日ご飯一緒に食べてくでしょ?」

新一がトイレに立っている間に、新一の母親・有希子が、飲み物を運んで来て言った。

「ありがとうございます。でも、おとう・・・父の夕御飯を準備しないといけないので・・・」
「あらあ、蘭ちゃんったら、そんな堅苦しい言葉使わなくって良いのに。でも、そうねえ、小五郎君だったら、蘭ちゃんが御飯作れないとなると下のポアロで御飯食べても良いし、飲みに行っても良いし、自分で何とか出来ると思うけど」

有希子が毛利邸を訪れた事は何年も前の事で数える程の回数でしかなかったと、蘭は記憶しているが、それでも、1階が喫茶店ポアロになっているのをきちんと把握している事に、蘭は感心した。

「それにね・・・蘭ちゃん、もうすぐ一緒に御飯食べる事もなくなるから・・・だから、お願い。今日はちょっと私のお願い、聞いて欲しいの」
「え?一緒に御飯食べる事もなくなるって・・・おば様?」
「優作も国際的な作家になって、欧米での評価が高いから。思い切って本拠地をロスに移す事にしたのよ」
「ろ・・・ロスって・・・合衆国カリフォルニア州のロサンゼルス、ですか・・・?」
「うん、そう。流石に蘭ちゃんは良く知ってるわね〜。で、あっちは新学年が秋に始まるし、夏休みの間に移住した方が色々都合が良いと思って。8月中にはここを引き払う事になるわ」
「え・・・?」

蘭は思わず息を呑んだ。
新一が蘭の傍から居なくなるなんて、そんな事は今まで考えた事もなかったから。

「小五郎君に、今夜は蘭ちゃん、うちで御飯食べるって、電話して来るわね。いいかしら?」

蘭は呆然としたまま頷いた。
有希子が出て行くのとほぼ入れ替わりに、新一がトイレから戻ってきたが、蘭は上の空で、いつの間にか新一が机の向かい側に座ったのにも気付かなかった。

「蘭?さっきから全然進んでねえぞ?国語は蘭の得意分野だろ?」
「あ・・・うん・・・」

いつの間に新一が帰って来てたんだろうとちょっとビックリしながら、蘭は曖昧な返事をした。
そして、改めて気付く。
新一は何の為に課題をやっているのだろう?
それを提出する必要などない筈だと言うのに。

いきなり新一の顔が間近に迫り、蘭の前髪を挙げ額を押し付けて来たので、蘭は驚く。
と言っても、この行動自体は幼い頃からお互いに繰り返されてきた事なので、今更驚かない。
蘭が驚いたのは、新一の行動自体にではなく、ボンヤリしている所に突然の事だったからだ。

「ひゃあっ!し、新一、どうしたのよ!?」
「ああ?いや、具合でもわりぃのかと思ってよ」
「そんなんじゃないからね。・・・何で新一、黙ってたのよ!?」
「は?黙ってたって、何をだ?」
「・・・ロス行きの事」
「ああ・・・いや、オレも聞いたのはほんの数日前の事で、蘭に話をする暇がなくてさ」

新一が、ちょっと遠くを見るような目をした。
その表情に、蘭は胸が詰まる。

「・・・寂しくないの?」
「ん?何が?」

蘭が必死で搾り出した問いに、新一は目を丸くして返し。
新一にとって日本の友人は・・・そして蘭は、その程度の存在だったのだろうかと蘭の胸は痛んだ。

『もしも私が・・・お父さんお母さんと一緒にここを離れるとしたら・・・家族一緒は嬉しいけど、でもきっと寂しい。園子や、クラスメートや、それに・・・でも新一は、男の子だから、そんな感傷ってないのかな?』
「だって・・・遠く離れてしまうでしょ?新一は、平気?大切な人と離れてしまうのって。それとも、大切だと・・・思ってないの?」
「いや、大切じゃない事はねえけどさ!!ん〜、そうだなあ。この歳になって今更だし、それに・・・オレは男だし」

そうか、男の子に取っては、何て事ないような事なんだ。
そう思いながら、蘭はいつの間にか、涙ぐんでいた。

「な・・・!?何も、泣く事ねえだろ!?」
「だって・・・っ・・・!私は寂しいよ。私に取っては・・・大切な・・・人だもの・・・!」

新一に対して抱く気持ちは、きっと恋や愛とは無縁のもの。
そう思っていた筈なのに、やはり遠くに離れてしまうと思えば、胸が締め付けられる。
その位に新一は、蘭に取って「大切な存在」であるのは、間違いなかった。

「連絡・・・くれるかな・・・?」
「ああ、多分な。蘭は携帯もパソコンも持ってねえけど、母さんはオレと違ってマメだから、きっと手紙位は寄越すんじゃねえか?」

ここまで話したところで、蘭は何だか少し違和感を覚え、話が噛み合っていないような気がして、首を傾げた。
その時。

「新ちゃん、蘭ちゃん、夕御飯が出来たわよ」
と、有希子が2人を呼ぶ声がした。


今日は、優作も席に着いていた。
蘭は工藤家の家族ではない筈なのに、何の違和感もなくその場に居た。

食卓では暫く、何という事もない和やかな日常会話が続いた。

「ところで、新一君。何事も体が資本で、食事は大切だよ。この先大丈夫なのかね?」

優作が新一へ向かってそう言った。

「んあ?まあ、ご馳走作るのは無理だろうけど、何とかなるだろ?一応キャンプとかで料理やってんだからさ」
「・・・豪快な男の料理と言えば、聞こえは良いけど。どんなシロモノになるのかしらねえ?」

新一の優作への返事と、有希子の突込みを、蘭は頭に山程のクエスチョンマークを貼り付かせながら聞いていた。

「まあ、食えて栄養さえちゃんと取ってれば、文句ねえだろ?」
「新一君。食事の効用とは、単なる栄養補給だけではないのだよ。こんな風で1人ここに残って、大丈夫なのかねえ?」
「だったら、父さん達がロス行きを止めれば良いだろ?」
「そういう訳には行かない。男にとって仕事は何よりも大切なものさ。君が一緒にロスに来れば1番良かったんだがねえ」
「けっ!オレは日本でやりてえ事があんの!来年こそ帝丹中サッカー部を全国大会に出場させてえし。・・・何なら母さんだけこっちに残っても良かったけど?」
「アラ新ちゃん、それはお断りよ。私は息子より夫が大事なの」
「ハイハイハイ。ったく、万年新婚夫婦には、やってらんねえぜ」

ここまで来て、ようやく蘭にはおぼろげながら話が見えて来た。

「あ、あの・・・」

蘭が声を出し、新一が蘭の方を見た。
蘭が更に口を開くより早く、有希子が声をかけて来た。

「蘭ちゃん、悪いけど。片づけを手伝って貰えないかな?色々お話して置きたい事もあるし」

新一が母親に向き直って言った。

「母さん、蘭は泣く程、母さん達との別れを悲しんでくれてたんだぜ」

蘭は、勘違いして泣いてしまった事に気付き、真っ赤になった。

「あらそう?蘭ちゃん、嬉しいわあ。実の息子すら全然寂しがってくれないって言うのに、蘭ちゃん寂しいと思ってくれたんだ」

そう言って有希子は笑顔を見せた。
蘭は結局それ以上、その場では何も言えなかった。


「ごめんなさいね、蘭ちゃん」

一緒に後片付けを始めると、有希子が蘭に謝ってきた。

「え?おば様?」
「どうやら、蘭ちゃんに勘違いさせちゃったみたいだから。本当は、新一がロスに行くと思って、泣いてくれたんでしょ?」
「え?そ、そんな事・・・!おば様達が居なくなるのだって、寂しいです、私」
「ありがと。そういう風に言ってくれて」
「あの・・・どうしても、ロスに行かなくちゃいけないんですか?新一・・・君、1人残して」

蘭がそう言うと、有希子は柔らかい微笑で蘭を見た。

「そうね。どうしてもって事じゃないのかも知れない。私も優作も、新一の事、誰よりも大切に思っているわ。でも、そうねえ、世間からは早いように思われるかも知れないけれど。新一は、そろそろ親の手を放しても大丈夫だと思うのよ。決して見放す訳じゃないし、経済的にはまだまだ私達が養って行くわ。でももう、親が傍についていなくても、大丈夫だと思うし、そのように育てて来たの。だから、優作も私も、あの子が日本に残るって言った時、それを反対しなかったし迷いもしなかったわ。それにまあ、あの子がそう言い出すのは、予測出来ていた事だしね」

蘭は、幼い頃に母親が出て行って、今でもそれを寂しいと思うし、帰って来て欲しいと切に願っている。
けれど、工藤家のような親子のあり方もあるのかと、妙に感心して聞いていた。

別にそれを否定する気には、ならなかった。
この親子の間に愛情も信頼も充分にあるのだと分かっていたから。


「ただねえ。新ちゃんは男の子だし、どうしても面倒がって身の回りの事に手を抜くと思うの。まあ多分、同世代の他の子よりはマメだと思うし、朝もちゃんと自分で起きられるんだけど。掃除洗濯なんかは目を瞑るとして、食事だけはねえ。で、蘭ちゃんは小五郎君の世話もあって忙しいと思うんだけど、時々様子だけは見てくれないかしら?日本を離れる私が言えた義理じゃないんだけど、蘭ちゃんしか頼める人が居なくって」

考えるまでもなく、蘭は頷いていた。

「分かりました。毎日という訳には行かないけれど、新一・・・君の食生活が悲惨にならないように、お手伝いします!」

蘭はそれを負担とは思わなかった。
新一の為に何かしてあげられるとすれば、それは蘭に取って嬉しい事だったから。


それに何よりも。
1度は新一が遠くへ行ってしまうと思って胸が潰れるような思いをしたものだから、新一が日本に残ると知って、心配ではあるものの、ホッとしてとても嬉しかったのは事実だったのである。


   ☆☆☆


優作・有希子夫妻がロスへ発って間もなく。
帝丹中学の2学期が始まった。

「今日は、転入生を紹介する」

担任教師がそう言って、教壇の横に立った転入生はちょこんと頭下げた。
ちょっと気が強そうな雰囲気の、巻き毛の可愛い女の子だった。

「守谷(もりや) あずみ です。茨城からこちらへ来ました。宜しくお願いします」

珍しい転入生、しかも可愛いとくれば、クラス中の男子が色めき立っていた。
ホームルームが終わって休憩時間になると、早速男子達が周りを取り囲んでいた。

女子達はちょっと面白くなさそうな顔をする。

「もう男子達ったら、ちょっと可愛い子が来ると、すぐこれなんだから」

蘭の隣の席である七川絢(あや)がちょっと忌々しそうにそう言って、蘭は苦笑いした。

蘭にはそういった「男子に人気がありそうな女子」を妬む気持ちはないし、取り巻きが居る女子を不愉快に感じる事もない。
けれど、クラスメート達が苦々しく思うらしい事は、今までの経験で分かっていた。

「守谷さん、まだここに友達も誰も居なくて、きっと寂しいだろうと思うわ。良いじゃない、目くじら立てなくても」

蘭がそう言うと、園子と絢を含めたクラスメート女子達は一斉に溜息をついた。

「もう、蘭ってばお人好しなんだから」
「はああ。旦那が居る人はやっぱり違うわねえ」

「もう!誰が旦那よ!?」

いつもの突込みだが、蘭はいつものように律儀に反発する。

「流石に蘭の旦那は、1人クールじゃん」

そう言って、園子が新一の席を指した。
新一は確かに、守谷あずみを取り巻く男子の中には居なかった。
1人机に突っ伏して居眠りしていたからである。


守谷あずみは、取り巻いた男子達に愛想を振りまきながら、ふと新一の方を見て少し顔をしかめた。

「彼は・・・?」
「ああ、あいつは工藤新一。守谷さん、あいつに興味持ったの?」
「そういう訳じゃ。でも、転校生に興味ないみたいね、彼って。女嫌いなのかしら」

あずみと男子とのやり取りを聞くともなしに聞いていた(というか聞こえていた)蘭たちだったが。
園子が両手を広げて毒付く。

「どうだろ。自分に興味を示さない男は、女嫌いですってさ」

蘭はちょっと焦ったが、あずみの耳には幸い園子の言葉は入っていないようだった。
あずみを取り巻いている男子生徒達が口々に言う。

「工藤だけは、止めといた方が良いよ」
「そうそう、奥さん一筋だから」
「オレ達と話す時は合わせてるけどさ、工藤ってホントに奥さん以外の女に興味持ってねえよなあ」

男子達の会話を聞きながら、園子はうんうんと頷く。

「そうそう、新一君ってフェミニストで優しいから、結構皆誤解するけどさ、ホント蘭以外の女はアウトオブ眼中よね」

園子の言葉に、周りのクラスメート女子達もうんうんと頷く。
絢がほうと溜息を吐いて言った。

「クラスメートだったら、誰も工藤君に横恋慕しようと思う訳ないよねえ。毎日アツアツ夫婦振りを見せつけられるんだものねえ」

蘭がやっと口を挟んだ。

「そんなんじゃないよ。新一って、多分私と同じで、今はまだ恋だの愛だのに興味がないだけだと思う。でも私は子供の頃から一緒にいて、女とか思ってないから、親しく出来るんだと思うわ」

蘭の言葉に、何故かクラスメート女子達は一斉に大きな溜息を吐き、額を押さえた。

「ああ。工藤君も可哀想にねえ」
「奥さんが天真爛漫過ぎて」

蘭は、そして園子も。
そちらの騒ぎに気を取られて、気付いていなかった。
転校生の守谷あずみが、じっと蘭を見詰めている事に。



「毛利さん。学校の中を案内してくれない?」

始業式が終わった後、守谷あずみから声をかけられて、蘭は驚いてしまった。

「え?良いけど、何で私に?」
「毛利さんは女子の中では優しくて人の悪口を言わない人って聞いたから。私こっちではまだ友達いないし、それに女子からは嫌われるのよねえ。だから、お願い」

手を合わせてそう言われ、蘭が断れる訳がない。
あずみの馴れ馴れしい態度に何となく違和感を覚えながら、蘭は帝丹中学内を案内し始めた。


「ねえ毛利さん。私のお友達になってくれるよね?」
「え?う、うん・・・良いけど・・・」

あずみのおねだり風の言葉に、蘭は曖昧に返す。
嫌だとか言うより前に、引っ掛かっていた事があったからだ。

夏休みが始まる前、蘭自身が園子に言ったのだ。
「友達は自然になるもので。努力して人を好きになったりなんか出来ない」
と。

それは確かに以前にも、転校生などに初対面で「友達になってくれる?」と言われ、それに応じて親しくなった事はあった。
でもその時は、相手が本当に新しい場所で心細そうにしていて、蘭が手を差し伸べたくなる雰囲気があったのだ。

あずみからは、心細さや寂しさ、そういったものが感じられない。

『でも、そういう風に決め付けちゃいけないよね。新しい土地と学校で過ごすのに、不安じゃない筈ないんだもの』

蘭はそういう風に自分に言い聞かせる。



保健室・図書館・売店・視聴覚室など、校内を隅々まで案内した後、体育館・グラウンド、そして運動部の部室棟へと案内した。

「ところで、毛利さんの恋人って、サッカー部の工藤君なんだって?」
「ええ!?や、やだ、違うわよ!みんな無責任に囃(はや)し立ててるだけで、新一と私とは何でもないんだから!」

あずみに新一の話を振られ、蘭は思い切り否定していた。

「・・・でも、『新一』って呼び捨てにする程の仲なんでしょ?」
「そ、それは・・・みんな面白がってからかってるけど、私達は、ただの幼馴染なの。呼び方は、子供の頃からの習慣が直らないだけだから」

蘭がいつもと同じく「新一とはただの幼馴染」を力説していると、あずみはふっと笑った。

「良かった。みんな、毛利さんが工藤君の奥さんだって言うんだもの。じゃあ、私が工藤君を好きになっても、構わないわね?」
「え・・・?」

蘭は思わず足を止め、目を見開いてあずみを見た。

「私、工藤君の事、気に入ったの。だから・・・協力してね。毛利さんは工藤君とはただの幼馴染なんでしょ?」

蘭は呆然としていた。
あずみが新一の事を好きだと聞いても、違和感を覚えてしまうのだ。

「でも・・・だって、守谷さん、新一のどこが好きなの?」

思わず蘭が口に出してしまった問いに、あずみは苛立った不機嫌な顔をした。

「どこって・・・一目惚れよ。いけない?」
「いけなくはないけど・・・新一って、一見した時の印象と実際とは大分違うよ。だから、一目ぼれしたりしたらきっと後からイメージ狂うと思うな。それに・・・新一あの時、机に突っ伏して居眠りしてたから、あずみさん新一に一目惚れする程、新一をきちんと見てないでしょ?」

蘭としては、純粋に疑問だったのだ。

サッカー選手として活躍し、成績は常に上位の文武両道。おまけにルックスも良く、女性に優しいフェミニストの新一は、結構もてる。
けれど幼い頃から近くに居る蘭に取って、それは新一の上辺だけの事だと思うし、まして今日転入してきた守谷あずみは、新一の顔すらまともに見ていないのだ。

「毛利さん。あなた、知らないのね。彼、サッカー選手として活躍しているでしょ?関東圏では結構有名で、他所の中学でも彼のファン多いのよ。私もその1人。前は遠くから憧れてるだけだったけど、同じ中学で同じクラスになったんだもん、頑張ろうと思って」

以前からファンだったと言う割には、あずみは教室で新一に気付いた風でもなかったと、蘭は首を傾げた。
蘭の勘は正しくて、あずみは元々新一の事など知らず、この時は男子達から得た情報ではったりをかましただけだったのだが。
そういった事が全部分かるのは、ちょっと後の事になる。

それはともあれ、蘭は違和感とは異なる不快感を覚えていた。
新一の事を好きだと真正面から言われると、何だかモヤモヤするのだった。
けれど自分でも何故モヤモヤするのか、分からなかった。

「・・・守谷さんが新一の事好きだって言うのなら、それは守谷さんの自由よ。私には何を言う権利もないわ」

蘭は静かにそう言った。
それ以外の事を言える筈もなかった。

蘭は新一の恋人でもないし、誰が新一を好きになろうと何の権利もないと、理性では分かっていた。
けれど感情で何故モヤモヤするのか。この時の蘭には、自分でも分かっていなかったのである。



それから数日が過ぎ。
園子が眉をひそめて蘭に言った。

「ねえ、蘭。どういう事?最近ずっとあの転校生とベッタリじゃん」
「う、うん・・・でも、まだ他に友達いないって言うし、断る理由もないし・・・」

守谷あずみは金魚の糞のようにずっと蘭に付きまとっている。
蘭は正直、時々うっとうしいと思わないでもないけれど、今のところあずみが近付くのを拒否する理由もなかったので、そのままである。

園子は両手を広げて言った。

「蘭は本当にお人好しだからねえ。でもさ、きっと守谷さん、誤解してると思うな、蘭の事」
「へ?誤解?」
「あのさ、蘭って誰にでも優しいじゃない?でもそれって、初対面の人からは『気が弱くて言い返せない、利用し易い』類の人に見えるらしいんだよね。多分守屋さんもその内・・・」
「園子?」
「ま、いいや。もし何か困った事があったら相談してねえ」

そう言って手をヒラヒラ振って去って行く園子を、蘭は呆然としながら見詰めていた。

園子は、蘭自身が気付いていない蘭の事を色々と理解している風である。
お互いに大切に思い、いざと言う時はとても頼りになる親友。
助けたり助けれらたりが、何の打算もなく自然に出来る関係。
蘭の最大の理解者の1人。

園子ほど大切な友人は、これから先も、そうそう現れる事はないだろうと蘭は思う。

そういった点では、新一は園子と似ている。
新一は蘭に取って、園子に負けず劣らず大切な存在だと思う。
なのに何故、園子相手にはてらいもなく「親友」と呼べるのに、新一相手には「ただの幼馴染」と言い張って、「親友」とは呼ばないのだろう?

ふと蘭の心をよぎった疑問、それに回答が与えられるのは、まだずっと先の事である。


「もう!蘭ってば、遅いわよ」

蘭が部活が終わって校門に向かうと、そこに待っていたあずみからいきなり文句を言われた。

「え?遅いって・・・私今日、守谷さんと約束してたっけ?」

蘭が思わずそう問いかけると、あずみは答えず、つんと顔を背けた。
蘭は溜息を吐く。
園子や新一なら、強引に見えても、こういう自分勝手な事は言わないのにと思い、慌てて心の中でそれを打ち消した。

『比べちゃ、駄目よね?』

あずみは気を取り直したように蘭に向き直った。

「ごめんねえ。ねえ、あれ、工藤君に訊いて貰った?」
「あ・・・うん。でも駄目、教えてくれないの」
「え〜〜!?蘭ってば、本当にちゃんと訊いてくれたのお!?」
「・・・訊いたわよ。でも、絶対教えないって言われたんだもん」

蘭はあずみから、新一のメルアドを訊いて欲しいと言われていたのだった。
蘭は気が進まなかったが、新一の家に御飯を作りに行った際、一応律儀に新一に訊いてみたのだ。


『蘭、携帯買って貰ったのか?じゃ早速オレの携帯に登録・・・』

新一が嬉々として自分の携帯を取り出そうとしたので、蘭は慌てた。

『ち、違うわよ!携帯なんか・・・』
『ふ〜ん?んじゃ、パソコンか?』
『そうじゃなくって・・・』
『携帯もパソコンもねえのに、オレのメルアド聞いてどうすんだ?』

新一が心底不思議そうな顔で言ったので、蘭は何とはなしに罪悪感を覚えつつ、言った。

『・・・新一のメルアド教えて欲しいって頼まれたの』

その途端、新一は目に見えて不機嫌な顔になった。

『教えない』
『え?でも、新一・・・!』
『あのな。蘭、オメー自分がメルアド教えてないやつからいきなりメールが届いたら、どう思うよ?実際にメールが届いた事はなくても、想像してみろ』
『・・・何だか気持ち悪いかも・・・』
『だろ?オレは、直接オレに訊いて来たやつで、必要と認めた相手か教えても良いと思った相手にしか、絶対メルアドも携帯番も教えねえ』
『うん。分かった。ごめんね、新一』
『いや。謝る必要はねえよ。蘭がそういった頼みを断れねえのは分かってる。けど・・・』
『けど・・・?』
『あ、イヤ、何でもねえ』

そう言って新一は苦笑した。
蘭としてはその続きが気になったのだが、その時にはそれ以上聞けなかった。


「ねえ、蘭。私から頼まれたって事、言ったの?」

あずみに問われ、蘭は我に返る。

「ううん。それは・・・言わなかったよ」

蘭はそう答えた。
少なくとも、それは嘘ではないから。
あずみはむくれた顔をしていたが、突然表情を変えてにっこり笑って言った。

「工藤君って・・・硬派ねえ。今時携帯持ってるのにメルアドを簡単に教えないなんて」

蘭は、戸惑う。
あずみが何を考えているのか、ちっとも分からないから。
あずみは、蘭が今迄直接接した事がないタイプの女の子で、とにかく言う事もやる事も全く予測がつかなかった。

「ねえねえ、蘭。だったら、これ工藤君に渡してよ」

そう言ってあずみが蘭に渡したのは、可愛い絵が入っている封筒だった。

「え・・・?これって・・・」
「ちょっと古典的だけど、ラブレター。こうでもしないと、工藤君にアプローチできないもんねえ」
「あのね、守谷さん。クラスメートなんだから、声をかけたら?」

蘭はちょっと呆れて言ってみた。
すると、あずみは大げさに溜息を吐き両手を挙げた。

「蘭ったら。恋した事ないのね?恋する乙女はドキドキして、相手に直接声なんかかけられないものよ」

確かに蘭は恋をした事がない(少なくとも蘭自身はそう思っている)ので、あずみの言う通りかも知れない。
けれど、相手に直接声もかけられないで、相手の心を動かす事など出来るだろうか?

蘭はそう思ったけれど、それ以上はあずみ自身の事で、口に出す義務も権利もないと考え、黙っていた。

「蘭、お願いね。で、工藤君からのお返事を、聞かせて欲しいの」

あずみが蘭に封筒を押し付けてそう言ったので、流石に蘭は驚いた。

「ええ?私が新一にこれを渡して答を訊くの!?出来ないよ、そんな事!!」
「でも・・・他に頼める人居ないもの。だから、お願い。私達、友達でしょ?協力してくれるって言ったでしょ?」

そしてあずみは断る暇も反論する暇も与えず、蘭に封書を押し付けて、駆けて行った。
勝手に校門で待っていたのに、別に蘭と一緒に帰る積りではなく、蘭にラブレターをことづけるのが目的だったらしい。



蘭は、モヤモヤする気持ちをもてあまして立ち尽くしていた。
蘭は人生経験に乏しいのと、蘭自身が他人にそこまでの悪意を抱いた事がない真直ぐな人間だった為、あずみの歪んだ悪意が理解出来る筈もなかったのだが。
それでも、違和感は覚える。
あずみの言葉の巧妙な誤魔化しに、どこかで気付いていたのだった。

それとは別に。
蘭は、新一にラブレターを届ける事に、別の意味で困惑を覚えていた。


『私は、新一にこれを届けるのを嫌がってる?どうして・・・?』

園子に相談してみようかと考えていると、とても間が悪い事に。

「よ、蘭、どうしたんだ?帰らねえのか?」
「し、新一!?」

何と悩んでいる当の相手、新一に、声をかけられてしまったのである。


「蘭、遅かったな。空手部の他の連中はもうとっくに帰ってるから、蘭も帰ってると思ってたぜ」
「うん・・・ちょっと、友達から頼まれた用があって・・・」

蘭は自分で出した「友達」という言葉に、また違和感を覚えた。
あずみと関わるようになってから、何度も覚えるようになった感覚だ。

そして蘭は新一と肩を並べて帰路につく。
部活の事やテストの事、何気ない会話を交わしながら。

新一は昨年声変わりをし、体付きも何となく細身ながら精悍な感じになって来た。
背はまだ蘭と並ぶ位だが、心なしか少しばかり目線が高くなって来ている。

蘭自身、体全体が丸みを帯びて、大人の女性の体へと変化し始めている。

いつまでも子供の時のように、男女に関わらない関係では居られないのかも知れない。


『ああ、そうか。もし、新一に恋人が出来たら。その子に悪いから、私はもう、新一とこうして2人で歩く事も、家に遊びに行く事も、出来なくなるんだ・・・』

蘭は突然、その事に思い至った。

『新一が男でも女でも関係ないって思ってたけど。そうじゃない。園子とだったら、お互いどちらかに恋人が出来ても、全く関係なく仲良しで居られる。でも、新一とだったら・・・どっちかに恋人が出来たら、同じ関係では居られないんだ・・・』

新一に送られて、自宅の前まで来ると。
3階の自宅も、2階の毛利探偵事務所も、どちらも灯がついていなかった。

「お父さんったら。またマージャンか飲みにでも行ったのかしら?」
「・・・じゃあ、蘭。また明日な」

そう言って去って行こうとする新一の制服の裾を、蘭は思わず捕まえてしまっていた。

「・・・どうした、蘭?」
「ねえ、新一。どうせ家に帰っても誰も居ないんでしょ?だったら・・・うちで御飯食べてかない?」

蘭の言葉に新一は目を丸くした。

「まあ、オメーが良いのならオレは構わねえけどよ。ったくもう、ちったあ考えろよな。オレ達いつまでも子供じゃねーんだし」
「・・・新一・・・?」
「けど、今からオレんちに行ったら、蘭が夜遅く道を歩かねーといけねえから・・・」
「・・・???」

新一の言葉の後半は、蘭に言っている訳ではなく独白のようだったので、蘭は首を傾げた。

「じゃ、ま、お言葉に甘えて」

新一がそう言って、2人で階段を上がって行った。


新一も手伝って、料理を作る。
新一の包丁さばきなどは、はっきり言って危なっかしいが、それでも2人で作る料理は楽しかった。

ふと、蘭は考えてみる。

『新一だったら、家に居ても気詰まりじゃないし、楽しく過ごせる。これが他の男の人だったら、こうは行かないわよね。今のところ、私が家族以外で1番好きな男の人といったら、新一しか居ない。でも・・・いつか私も誰かに恋をしたら、その人が新一以上に大切な存在になるのかなあ?誰かに恋をするなんて、全然、想像つかないけど・・・それが恋ってものらしいし』

いつか、新一との親密な関係に終わりが来るかも知れないと、想像するだけでも蘭に取っては寂しい事だった。

『いつまでも、新一とこういう風に過ごせたら良いのにな。お互い、恋や愛とかに無縁のままで、いつまでも・・・』

そうは行かない事、2人とも大人になって行かなければならない事は、蘭にも分かっていたのだが。

「なあ、蘭。最近何か、悩み事でもあんのか?」

突然新一に問われて、黙って御飯を食べていた蘭は飛び上がる程に驚く。

「ななな・・・!何もないわよ!何で・・・!?」
「ったく。オメーは分かり易過ぎんだよ。さっきから上の空で、何も喋らねえだろうが」
「あ、ご、ごめん・・・」

新一はちょっと溜息を吐いた。

「まあ・・・オレも男だから、言いにくい事もあるだろうし、無理に話せっていう積りはねえけどよ・・・」

新一は、ぶっきら棒で意地悪で。
でも、こういう時、思いがけない優しさを見せる。
どちらかに恋人が出来て、新一と疎遠になってしまうのはイヤだと、蘭は強く思った。
そして、蘭の口からは、蘭自身考えもしていなかった質問が飛び出した。

「ねえ、新一。新一って、好きな人、居るの・・・?」
「はあっ!?」

新一は心底驚いたらしく、新一の手にしていたお椀が畳の上に転がった。
幸い、中身が殆ど空になっていたので、畳が汚れる事はなかったが。

「ななな何でっ!?んな事訊くんだよ・・・!?」
「だって、私・・・新一の事・・・」

新一がかすれた声で問い返してくるのに、蘭は妙に胸が詰まり、涙声で言った。

「あ・・・ら・・・蘭・・・?じ、実はオレも、その・・・蘭の事・・・」
「新一に恋人が出来たら、ただの幼馴染である私達って、こうやって2人で過ごすなんて許されないよね?私は新一とずっと仲良しでいたいけど、そんなのって・・・私の我儘だよね・・・?」

勢い込んで何かを言い掛けた新一だったが、続いた蘭の言葉を聞くと、目に見えてガックリと肩を落とした。

「新一・・・?どうかしたの?」
「・・・どうもしねえよ。余計な心配すんな。今のとこ、そんな相手は居ねえからよ」

そう言って新一は、ガツガツと御飯を平らげ始めた。

「・・・新一・・・?何か、怒ってるの?」
「怒ってなんかねえよ!ちょっと・・・勘違いしただけだよ!」

新一の勘違いとは何だろうと蘭は思ったが、それ以上新一は何も言ってくれなかった。

「あ、あのね。新一。その・・・守谷さんから預かったものがあるんだけど」
「守谷・・・?最近蘭に引っ付き回っている転校生か?」
「うん、そう。これ・・・そして、返事も聞かせて欲しいって」

蘭は、気が進まないながらも、ずっと抱え込んで気が重くなるのも嫌だったので、あずみから預かった封書を新一に渡す事にした。
新一はその封書を一瞥した後、蘭をじっと見た。
決して蘭を睨んでいる訳ではないのだが、蘭は新一の視線を怖いと感じてしまった。

「蘭・・・。オレは、それの中身が何であろうと、果たし状でもラブレターでも、受け取らない。読む気はない。返事も出来ない」
「新一・・・?」

蘭の声は、知らず震えてしまった。
新一の視線に耐えられず、つい俯いてしまう。

「オレは、つい数日前に、言ったよな。直接オレに言って来ないやつに、何も言う積りはねえよ」
「うん、分かってるよ・・・私も、本当は気が進まなかったんだけど・・・」
「だけど、『友達だから、お願い』と言われて、断れなかった・・・?」

蘭はハッとして顔を上げる。
新一が思いがけない優しい表情で蘭を見ていた。

「新一・・・どうして・・・?」
「やっぱりな。友達の頼みはむげに断れねえ・・・蘭だったら考えそうな事だ。けどよ・・・守谷が本当にオレに対して真剣で、本当に蘭の大切な友達だったら、そういうやり方はしねえと思うぜ」
「本当に大切な友達だったら・・・」
「オレが蘭からこれを受け取らなかった事で、気まずくなるかも知れねえ。けど、本当の友達だったら、絶対分かってくれる筈だ」

蘭は、本当の友達だったら、という言葉を心の中で何度も反芻する。
霧が晴れて行くように、蘭の心のモヤモヤが晴れて行った。
そして、キッパリと言う。

「新一。分かった。私、色々と変な感じはしてたのに、守谷さんときちんと向き合ってなかった。もうこれから先、誰から頼まれても、新一への橋渡しは絶対にしない。ごめんね、迷惑かけて」
「いや。蘭が優しいのは、分かってたし。けど、友達だったらきっぱり断るのが相手の為って事もあっからよ」

蘭は大きく頷いた。



数日後。

「ゴメン、守谷さん。私これを新一に渡すって、出来ない。もしどうしてもと言うのなら、自分で渡して」

蘭はそう言ってあずみに封書を返した。

「・・・何で?蘭は私の友達でしょ?どうして、私が頼んだ事を出来ないって言うの?」

恨みがましい目で蘭を見てそう言ったあずみに、蘭は1度大きく深呼吸をして答えた。

「新一が、嫌だと言ったから。人づてに手紙渡されたりメルアド訊かれたりするのは、新一が嫌がるの」
「へ・・・?」
「新一が、本気で『嫌』だと言った事を、私はごり押しする事って出来ない。何故なら、新一は私にとって、とても大切な存在だから」

最初目をぱちくりさせていたあずみの表情が、段々歪み、怒りに満ちたものになる。

「何よ、嘘つき!裏切り者!工藤君の事は、単なる幼馴染って言ったじゃない!恋愛感情ないって、言ったじゃない!」
「嘘はついていない。新一は、私の幼馴染よ。とても大切な、幼馴染なの。それ以上でも以下でもないわ、今のところはね」
「で・・・でも!」
「それに・・・もし私がいつか新一を恋愛対象として見る事になっても、それは仕方がない事で、別に守谷さんへの裏切り行為とは言えないと思う。だって、将来の事って、誰にも分からないじゃない」

蘭は落ち着いた静かな口調で言った。

そう。
蘭に取って新一は、出来れば不快な思いをさせたくない相手。
ずっと傍に居たい、大切な大切な存在であるという事。
それが、蘭の出した結論であった。


あずみは蘭を鋭く睨みつけると、ふいと顔を背けて走り去ってしまった。
蘭は溜息を吐く。

「・・・友達に、どうやったってなれない相手ってのも、世の中には居るんだね・・・」

出来れば誰にもマイナスの感情を抱かず生きて行けたらと蘭は思う。
けれど、そうとばかりは言っていられない現実があるという事も、蘭は少しずつ分かるようになっていた。

「これが、大人になるって事かな?何だか、嫌だな〜」



あずみはそれ切り、蘭に関わってくる事はなく。
かといって新一に関わってくる事もなく。
男子達から暫くちやほやされていたけれどいつの間にか取り巻きも居なくなり。

やがて再び転校して行った。


その後、園子が憤慨して伝えてくれた情報では。
守谷あずみは、決まった相手が居る男子生徒に狙いを定めては、わざと気がある振りをして引っ掻き回し、いくつものカップルを壊した挙句、男子生徒がその気になったら冷たく振るという諸行を繰り返してきていたという事だった。
その話を聞いた時、蘭は守谷あずみが可哀想になった。
何故なら、あずみは誰かを――自分自身をも含めて、愛する事、大切にする事が出来ない人だと気付いたからである。

だからと言って、蘭の力であずみを変える事が出来たとは思えない。
仕方のない事と思いつつ、寂しさを覚えた蘭であった。


「それにしても。新一と私とはただの幼馴染なのに、何でわざわざ割って入ろうとしたのかな?」

蘭は心底そう思って口にしたのに。
園子に、お腹を抱えて笑われるという反応をされてしまった。



蘭が、自分の新一に対する感情が、恋愛感情に他ならない事を知るまでには。
まだ2年近くの歳月が必要だったのである。



Fin.





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