探偵事務所物語



byドミ



(1)探偵事務所への就職



大学卒業を前にして、毛利蘭は、悩んでいた。

このまま父親の探偵事務所で働くか、母親の弁護士事務所で働かせてもらうか、どこかにOLとして就職するか、それとも……。
悶々と悩んでいた。

蘭は真面目だったから、大学は優秀な成績で単位を取り終わり、あとは卒論を仕上げるだけ、それも担当教授と相談しながら順調に進んでいた。
ただ、就職戦線に関して言えば、乗り遅れていた。
何故なら、蘭に、「普通の会社に勤める」ことに関して、迷いがあったからだ。

既にもう、大手企業は無理な状況といえる。
もっとも、就職先にえり好みをしなければ、蘭ならどこかに何とか就職はできるだろう。

蘭はまだ中学生の頃から、探偵である父親の事務所を手伝っていた。
なので、そのままそこで働くという事も考えたのだが。
やはり一度は外に出た方が良いのではとも考えた。

蘭の母親英理は弁護士で、自分の弁護士事務所を立ち上げている。
そこには既に優秀な秘書がおり、人手は足りている。
それでも、どうしても就職ができない状況となれば、とりあえず英理の弁護士事務所で雇う用意はある。

ただ、父親も母親も、「できれば一度は、外の世界を見た方が良い」ということで意見が一致していた。


そんな蘭の目に飛び込んできたのは、蘭と同い年の学生探偵・工藤新一が、正式に探偵事務所を立ち上げるにあたり、スタッフ募集中という新聞広告だった。



   ☆☆☆



その昔、「高校生探偵」として華々しくデビューした工藤新一の事を、蘭はよく知っていた。
行き掛かり上、蘭の父親が工藤新一と共に仕事をすることも多々あり、その時の父親の愚痴は散々聞かされていた。
また、難事件をいくつも解決したとして、マスコミに派手に取り上げられる彼の姿は、嫌でも目に入ってくる。

高校生探偵としてデビューした彼は、その有能さもあるが、見た目の良さと甘い声・気障な物言いなども相まって、女性ファンが多い。
しかし蘭は正直、工藤新一に対して、あまり良い印象を持っていない。
父親の言う事を全て鵜呑みにする訳ではないが、「能力は高いが、それ以上に自己顕示欲も高く、事件を解決するのは自分の能力を世間にひけらかしたいためであり、人間性に問題がありそう」という認識が、蘭の中にあったからだ。

それなのに、何故、蘭が、工藤新一事務所のスタッフに応募する気になったかと言えば。
人間性に問題がありそうでも、有能な工藤新一の事務所で働くことで、この先、父親の仕事の役に立つかもしれないという思いがあったからだ。



蘭のもとに、書類での一次選考通過と、面接日時と場所についての連絡が来た。
工藤新一探偵は人気があるから、やはり、相当数の応募があったのだろう。
一次選考通過した理由も、二次選考にどれだけの人数が集まっているかもわからないが、蘭なりに頑張るしかないだろう。

蘭は方向音痴である。
面接当日、いきなり行って、迷わず時間までに辿り着ける自信はなかった。
なので、前日に下見に出かけた。

幸い、工藤探偵事務所は、蘭の家からそう遠く離れておらず、いくら蘭が方向音痴でも、多少の土地勘はあった。
時間はかかったが、何とか無事、ビルまでたどり着けた。


そして、面接当日。
早目に家を出たが、やはり多少迷ってしまった。
それでも何とか、間に合いそうで、蘭はホッとした。

探偵事務所の入っているビルを見つけ、速足になった時、近くの公園から、年配の女性のものと思える悲鳴が聞こえた。

蘭は一瞬のためらいもなく、声のした方に向かって走って行った。
すると、老婆がひとり、その傍に男が2人いて、老婆のバッグを奪い取ろうとしているのが見えた。
男達は、1人は長身のハンサム、1人は小柄で女性的な顔をしていた。

「何してるの、あんた達!」

蘭が駆けて行くと、男たちは「まずい、引け!」と、慌ててその場を駆け去って行った。
バッグは、その老婆が「たすき掛け」していた為に、奪われずに済んだが、老婆はその場所で転んでしまった。

蘭は、老婆の所に屈みこんで助け起こす。

「大丈夫ですか?怪我は?」
「だ、大丈夫……ありがとうね……」

老婆がふらつきながらも立ち上がったので、蘭はホッとする。
お年寄りは転んだ拍子に骨折することが少なくないが、この様子だと、大きな怪我はしていないようだ。

「念のため病院に……」
「お嬢ちゃん。本当に大丈夫だからね」
「で、でも……」
「ほら。歩けるんだから、怪我はかすり傷だよ」
「でも、無理しないでくださいね。……あ!警察!呼ばなきゃ!」
「警察に届けたって、ものの役にも立たないよ」
「そんなことないです!ここらへんにひったくりが出るって、警察に情報をあげておけば、きっと……!」
「良いんだよ。さっきの男たちなら、誰に雇われているか、わかっているから……」
「えっ!?」
「お爺さんが亡くなった後、縁を切ってたはずのお爺さんの親類縁者が遺産の分け前を寄越せってやってくるようになったんだよ」
「で、でも!じゃあ、なおさら警察に……!」
「証拠がないからね。警察も取り合ってくれないよ。だから、今日は工藤探偵のところに、相談に行こうと……」
「えっ?」
「事務所はオープン前だけど、工藤探偵は以前から活動しているからね。確か、この辺に事務所を構える予定の筈なんだけど、迷っている間に、あの男たちに……」

目的地は、すぐ目と鼻の先にある。
蘭は、その老婆のことが心配だったので、事務所の前まで連れて行くことにした。

事務所の前で、呼び鈴を押すと、中から応答があった。

「あ、あの!今日、面接予定だった、毛利です!」
『……本気でうちに就職したいと思っているのか?もう、面接の約束の時間はとっくに過ぎている』

蘭が時計を見ると、面接予定の14時を30分以上まわっていた。

「申し訳ありません。あの……わたしの面接は良いんですけど、工藤探偵に相談したいというお婆さんをお連れしました」
『……どうぞ』

中からドアが開けられ、顔を出したのは、見知らぬ男の子だった。

「え……?」
「ボクは、世良真純。よろしく……って言い方は変か。ボクはここで働く探偵の1人だ」
「そうですか。あ、こちらのお婆さんが、相談したいことがある方で……よろしくお願いします」

蘭が、老婆をエスコートするように、中に入る。
そして、そのまま出て行こうとしたら。

「合格」

先ほど、インターホンで聞こえたのと同じ声がした。
蘭は思わず振り返る。


父親の探偵事務所と大きく変わりはない、応接セットと、数台のデスク。
応接セットには、3人の先客が座っていた。


そして、窓の傍に立っている男性の後ろ姿が、ゆっくりとこちらを振り返った。
テレビや新聞・雑誌などでは幾度も見たことがある、工藤新一だ。


「探偵3人と事務員2人。工藤探偵事務所創立時のメンバーだ。これから、よろしく頼む」

新一の思いがけない言葉に、蘭は息を呑んだ。



(2)に続く



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このお話は、某場所でキリ番をゲットされた、くろち様リクのお話です。

お待たせした上に連載になってしまい、最終回まで先になるだろうこと、申し訳ありません。
そんなに長くしないつもりなんですけどね。

リク内容の詳細は、最終回の後書きで書きます。
一応、新蘭。ですが……。

第2話では、蘭ちゃんと新一君の言い争いになり、蘭ちゃんはますます新一君のことを「嫌な奴」と思うようになります。
ラブまでは、遠いです。