バレンタインストーリー(新一&蘭)
byドミ
(1)中学3年生のバレンタインデー
暦の上で春となり、でもまだ冷え込みが厳しい日々が続く頃。
帝丹中学校3年生の毛利蘭と鈴木園子は、本命・私立帝丹高校の入試が無事終わり、ホッと一息吐いていた。
この後都立高校の入試もあるが、今日の発表で2人とも帝丹高校に受かっていた為、2人の受験はもう終わりである。
「良かったね、また一緒の高校に通えて」
「うん、そうだね・・・」
窓越しに日の光を浴びながら、蘭と園子は会話を交わす。
「でも蘭、私よりももっと、『一緒の高校に通えて良かった〜』って思う相手が居るんじゃない?」
園子がからかいの眼差しで問い掛けて来た。
「え?い、居ないよ、そんな人!」
そう反論した蘭の顔は僅かに赤く染まり、声は上ずっている。
「え〜?でも、あやつが意外にも帝丹高校を受けた時、喜んでたじゃん」
「よ、喜んでなんかないもん!新一はそんなんじゃなくって、ただの・・・」
「はいはい、『ただの幼馴染』でしょ?でも蘭、私『新一くん』の事だって一言も言ってないんだけどなあ?」
園子がニヤニヤと笑いながら言って、蘭は真っ赤になった。
蘭の幼馴染・工藤新一は、蘭が小さい時からずっと傍にいる大切な男の子。
蘭は、男性はどちらかと言えば苦手であり、クラスメート達とは気軽に付き合えるものの、誰かを好きになった経験もない。
唯一心を許せたのは新一だけである。
けれど、正面切って新一の事をどう思うかと問われれば、困ってしまう。
なぜなら、蘭自身にも良く判っていないから。
物心ついた頃からずっと一緒に過ごして来た新一は、兄弟代わりでもあり、親友でもあり、蘭の唯一のボーイフレンドでもあった。
新一の事はすごく大切で大好きだとは思う。
けれど、それが「恋」かと訊かれると、蘭は首を傾げて「わからない」と答える以外に無いのだ。
傍に居過ぎて、異性として殆ど意識した事はなかったから。
「それにしても、あやつも同じ高校を受けるとは・・・」
「そうなのよねぇ、新一だったらもっとレベルが上の進学校か、サッカー強豪チームがある高校にするかと思ったのに」
「やっぱ蘭と同じ高校に行きたかったんじゃない?」
「ええ!?そ、そんな事ないと思うよ」
「そお?でも、義務教育終わるんだから、アメリカのご両親のとこに行くって手もあったと思うのに、日本に残ってるのって、蘭が居るからじゃないの?」
「そんな事は・・・ないと思う・・・」
新一達が中学校2年生の時、新一の両親がロサンゼルスに移住した。
新一の父親である工藤優作の推理小説は、日本でも良く売れているが、むしろ海外での評価の方が高く、ついに優作は活動拠点をロスに移す事にしたのだ。
英語ペラペラで文武両道の新一は、アメリカの学校でもうまくやっていけるに違いなく、当然両親と共にロスに行くものと思われたのだが、日本に残って1人暮らしをする事を選択した。
それを聞いた時、蘭は正直嬉しかった。
けれど、何故新一がそうしたか、訊いた事はないし、正直怖くて聞く気もしない。
ただ、新一と離れずに済む事が単純に嬉しかった。
高校受験――蘭と園子は、自分達の成績に見合うそれなりのレベルの進学校で通うのにも近い(徒歩で行ける)帝丹高校を選んだ。
けれど、トップクラスの頭脳を持ちサッカーの技能が超一流で既にプロからも引きのある新一が、東都大進学率の高い米花高校でもサッカー名門の杯戸高校でもなく、帝丹高校を選んだのは大きな謎だった。
それに付いては、何故かと蘭が新一に問うと、
「高校は別にどこでも良かったし、まあ歩いて通えるからな」
と、冗談とも本気とも付かない答が返ってきた。
蘭は訝りながらも、正直ホッとしたものだった。
幼馴染という繋がりは脆い物だから、新一と違う高校になってしまったら、これまでのように始終顔を付き合わせる付き合いは無くなるだろう。
けれど、同じ高校なら、また傍に居られる。
それが嬉しかった。
けれどその気持ちをなんと名付けたら良いのか・・・今の蘭にはわからなかった。
☆☆☆
蘭は園子と連れ立って久し振りに町を歩いた。
町は今バレンタイン一色。
臨時のチョコレートショップもあちこちに出来ている。
本番まで後2日となり、売り場は自然と殺気立つ。
対照的に、行き交う女性はもう既に購入済みの人が多いためか、義理用に安いチョコをまとめ買いする姿を時折見かける位だ。
「園子、今年はどうするの?」
「パス!チョコあげる程の男居ないし、義理チョコ配りまくるほど暇じゃないし。高校生活では絶対に、良い男ゲットしてやるんだから!」
「ふふ、相変わらずね」
「蘭はどうするの?今年もあやつに上げる訳?」
「う〜ん、他にあげる人も居ないからね〜、お父さんと新一に今年も義理チョコを・・・」
チョコレート売り場を巡っていた蘭の足がふと止まる。
そこは手作りコーナー。
「受験も終わって部活もなくて暇だし・・・今年は挑戦してみようかな?」
☆☆☆
チョコレートを刻んで、湯煎にかけて溶かし、少し冷まして再びちょっと暖め、型に流し込んで冷蔵庫で固める。
ポイントは、材料となるチョコに上質の物を選ぶ事と、温度管理。
長年毛利家の主婦代わりで料理が得意な蘭にとって、それ程難しい作業ではない。
流し込む型は、悩んだ末にアルミ箔製のマドレーヌ型にした。
ハート形だと、色々な意味で「重い」ような気がしたので。
飾りも付けず、文字も描かず、簡単にラッピングをして、2つ作った内の1つは父親・毛利小五郎に、そしてもう1つは幼馴染・新一に、それぞれ届けられる事となった。
☆☆☆
2月14日。
新一の机にうず高く積まれたチョコレートの山に、蘭は愕然とする。
「そっか・・・新一ってもてるんだ・・・」
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能でサッカー部のエース、しかも気障だがそれが板に付くフェミニストとくれば、もてない方が不思議なのは蘭にも解る。
去年も結構たくさんのチョコレートをもらっていたようだった。
しかし今年はとりわけ多い。
卒業して離れて行ってしまう前に・・・そういう切ない思いを込めたチョコがある筈、蘭はそう気付いて、何となく後ろめたいような気持ちになった。
はっきりと新一に対して恋愛感情を持つ女の子達に混じって、どっちつかずの自分がチョコレートを渡したりして良いものだろうか。
そう思ってしまったのである。
「蘭、見ろよ、このチョコレートの数!」
新一が嬉しそうに蘭に語り掛けて来る。
いつも通り一緒に下校しながら、蘭は複雑な気持ちで、新一が自慢げに蘭に見せる紙袋幾つかに一杯になったチョコの山を見ていた。
蘭の手作りチョコはまだ鞄の中――結局新一に渡せないまま、今に至る。
新一の家と蘭の家の分かれ道に差し掛かった。
新一が何か言いたそうに蘭を見る。
蘭も何か言いたいような気がして新一を見る。
けれどお互いになかなか言葉が出て来ない。
「じゃあ、また明日」
ようやく蘭の口から出たのはただ今日の別れを告げる言葉。
「おう、また明日な」
新一も短く答え、そして2人はそれぞれの家に向かった。
☆☆☆
「新一・・・私からのチョコレートなんか欲しくなかったのかな。あんなにたくさん貰ったんだから、やっぱり要らないよね」
帰宅して自室に入った蘭は、結局渡せなかったチョコレートの袋を机の上に置いて呟く。
自分で食べてしまおうかとも思ったが、せっかく作ったのにとも思い、決心が付かない。
何でだか胸の奥がもやもやしてたまらなかった。
工藤新一は大切で大好きな幼馴染。
男と思っていない訳でもない。
ちゃんと「男性」だって認識している。
けれど、「好き」と思う気持ちの正体が解らない。
そして、新一にとって蘭は、一体何なのだろう?
他の女の子達から貰ったチョコレートを自慢げに見せびらかす新一は、とても蘭を女扱いしているとは思えなかった。
さりとて、あんなにもてる割には、新一の周りについぞ女の影を見かけた事はない。
「もしかして新一も、まだ誰も好きになった事ないのかな?」
蘭はふと、今日別れ際に新一が見せた表情を思い出す。
新一は何かを言いたそうだったが、何だったのだろう。
何もかもが解らない。
新一の気持ちも、自分の心も。
蘭はチョコレートのラッピングをしたリボンを解く。
中から出て来たマドレーヌ型のアルミ箔に流し込んだチョコレートだった。
初めての挑戦だったが、まあまあ上手に作れたと思う。
綺麗に出来るか、うまく固まるか、ドキドキしながら作ったチョコレート。
「新一に、あげたかったな・・・」
蘭はぽつんと呟き、そしてハッとする。
「そうよ、私、新一にチョコレートをあげたかったのよ。それだけは本当の気持ちだもの、何をグダグダ悩んでいたんだろう」
蘭はふと思いついた言葉をカードに書くと、もう1度チョコレートをラッピングし直した。
そして夕闇の中、家を飛び出して工藤邸まで駆けて行った。
☆☆☆
息を切らせながら、門の外から新一が1人暮らしをしている馬鹿でかい洋館を見上げる。
玄関の所まで行き、チャイムを鳴らそうと手を伸ばした。
しかし、どうしてもボタンを押す勇気が出なかった。
次の朝。
蘭がいつもの道を学校に向かって歩いていると、後ろから「よっ!」という掛け声と共にポンと肩を叩かれた。
振り返ると新一が満面の笑顔で立っていた。
「こちらこそ、宜しくな!」
新一の言葉に蘭は、昨日どうしても工藤邸のチャイムを鳴らす事が出来ず郵便受けに突っ込んだチョコレートが、無事、新一の手に渡った事を知った。
メッセージカードに蘭が書いた言葉は
「新一、高校でも宜しくね」
というものだったのだ。
to be countinued…….
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