バレンタインストーリー（新一＆蘭）（２）高校１年生のバレンタインデー

バレンタインストーリー（新一＆蘭）

ｂｙドミ

（２）高校１年生のバレンタインデー

「蘭、今年も新一くんにチョコレートあげるの？」

２月も近付いてきたある日、園子が蘭に尋ねて来た。

「え？あ、あの・・・」

蘭は動揺して慌てまくる。
園子は悪戯っぽい半目で蘭を見詰めている。

蘭はまだ園子にもはっきりと自分の気持ちを伝えたわけではないのだが、付き合いの長いこの親友は、蘭の気持ちなど見透かしているようだった。

蘭にとって今年のバレンタインデーは、去年までと全く違う。
ずっと傍にいて大好きだった幼馴染――工藤新一への恋心を自覚したからだ。

高校入学してすぐのゴールデンウィークに、蘭は新一と一緒にアメリカまで旅行をした。
行きの飛行機の中で殺人事件が起こり、それを解決したのが新一の探偵としてのデビューとなった訳だが、蘭が新一に今迄以上に大きく心引かれ、自分の新一への気持ちが「異性への恋愛感情」であったと気付いたのも、この時からだった。

けれど、新一に対する気持ちを恋と自覚した事で、つい意識してしまうようになり、今までと同じように接する事が難しくなって苦労した。

初めて知った気持ちに戸惑い、何気ない会話でついドキドキしてしまい、顔が赤くなりそうになる。
新一の声を聞いただけで心臓が早鐘を打つ。
新一の手が何かの拍子に蘭の手に触れたりしようものなら、電流が走ったようになる。

今迄何でも言い合える、気の置けない間柄だったのに、妙に気恥ずかしくて素直になれない。
つい強がってみたり、今迄以上にきつい憎まれ口を叩いたり、そして自分の言動を後悔したり・・・ようやく普通の態度に戻るまで随分時間が掛かったと思う。

そして今、蘭は新一と相変わらず幼馴染同士の関係を続けている。
差し障りない限り毎日登下校が一緒で、しばしば２人で遊びに行ったりする仲が、「ただの幼馴染」と言えるのか、周囲は首を傾げるが、当人達にとって見れば、あくまでもそうであった。

特別な関係になりたい、恋人同士になりたい・・・その気持ちはあるし、かなり強いと思う。

しかし、告白などして幼馴染の関係さえ壊れてしまうのは嫌だった。

新一は見たところ、子供の頃と何ら変わらない態度で蘭に接してくる。

『きっと、新一にはそんな気持ちなんて欠片もないだろうな・・・』

唯一の救いは、新一が（もてるにも関わらず）未だに特定の彼女を作らない事だ。

『新一は、まだ女の子を好きになった事って、多分ないのよね。それとも、到底手の届かないような人を好きになっちゃって諦めたとか。浮いた噂１つないし、私にもチャンスがあるって、そう思っていたい』

　　☆☆☆

放課後、蘭は空手部の部室に向かっていた。
親友の園子は、あまり熱心でもないし腕も大した事ないが、実はテニス部に席を置いている。
テニス部は最近、若くてまあまあハンサムなコーチから厳しい年配のコーチに代わり、園子が嘆いていた事を思い出して、蘭はクスリと笑う。

夕暮れのテニスコートに目を向け、次いでサッカー部が練習を始めたグランドに目を移す。

その中に、今、新一の姿はない。

新一は、去年の夏の試合を最後に、サッカー部をやめてしまったのだった。
去年の今頃は、まさか新一がサッカーをやめる日が来るなんて思いもよらなかった。
高校１年生にしてレギュラーとして活躍し、超高校級と謳われた新一。

将来を嘱望され、プロからも引きがあった新一。

そんな新一がサッカーをやめた理由は、「探偵活動と両立しないから」というものだったのだ。

当初は勿体ないと誰もが言った。
けれど、その声もすぐにおさまった。
何故なら、新一の探偵としての活躍は半端ではなく、たちまちの内にサッカーをやっていた時以上の名声をかち得たからである。

蘭も探偵として活躍する新一の姿は大好きだし、事件に取り組んでいるときの新一は最高に格好良いと思う。
けれど、グランドを見ても新一の姿が見えないと言うのはとても寂しいものだった。

せっかく同じ高校に入ったと言うのに、そして今迄通り２人共有している時間は多いのに、蘭は時々新一が遠くに行ったような気がして寂しくなる。

探偵をやっている新一の姿は嫌いじゃない。
むしろ、とても好きだと思う。

けれど、「高校生探偵工藤新一」は、みんなのものであって、蘭１人が独占するのは許されないような気がする事があるのだ。

そして今年もバレンタインデーがやって来る。
２人の仲を進展させるチャンスと言えば、言えるのだが・・・。

蘭は去年に引き続き、手作りのチョコレートを作る心算だ。
作り方にはまあ自信がある。
けれど、今年は今迄と違い、「本気」のチョコレート。
自然と気合も入り、あれこれと思い悩む。

「ハート型は・・・新一が引いちゃうかも知れない。だって新一、まさか私がそんな気でいるなんて、夢にも思っていないだろうし」

自分の胸の内を、この恋心を、チョコレートに託して伝えたい。
けれど、幼馴染の関係さえ壊れてしまうのは嫌だった。
蘭の思考は堂々巡りで、なかなか悩みが解決しそうにない。

「うわわ・・・予想していた事とは言え、凄いわね・・・」

２月１４日。

園子が感心したとも呆れたとも付かぬ声を上げたのは、１年Ｂ組の下駄箱の前である。
工藤新一の下駄箱は、チョコレートが溢れかえり、下に幾つかこぼれていた。

蘭は呆然として見ていた。
新一が山程のチョコレートを貰うのは予想していた・・・が、これは予想をはるかに上回る。

高校生探偵としてその活躍が新聞で報道されるようになった新一の人気は全国規模になっており、ここ帝丹高校でも全校のアイドルのような存在になっていた。

「けど、いくらラッピングしてあるって言っても、食べ物を下駄箱に入れるなんて不衛生よねえ。私だったらこんな渡し方されたチョコレートなんて欲しくないわね」

園子が妙なところに突っ込んでいる。

「そう言えば園子、今年は的場さんにチョコレートをあげるの？」

蘭が自分の動揺を誤魔化すように園子に訊いた。
的場というのは、帝丹大学２回生で、今年始め頃に園子が町で声を掛けられ、何回かデートをした事がある相手だ。
蘭の好みではないが結構ハンサムで、園子はすっかり熱を上げていた風だった。
だから今年こそは園子がバレンタインチョコを渡す相手が出来たのかと蘭は思っていた。
ところが、案に相違して、園子は憤慨したように言った。

「じょおっだん！あんな奴、願い下げよ！」
「でも園子、つい２、３日前まで『これが本当の恋なんだわ』って言ってたじゃない？」
「あの男ね・・・悪友達と賭けをしてたのよ！今年のバレンタインで、どれだけチョコと、・・・女の子の初体験をゲットできるか・・・！！」
「ええっ！？ななななな！？」

蘭は顔を真っ赤にして怒鳴った。
園子は更に激昂したように言う。

「もう、偶然あいつらの話を聞いてしまったお陰で、こっちは毒牙に掛からなくて済んだけどさ・・・！せっかく今年は良い男ゲットして初のラブラブバレンタインって思ってたのに～～！口惜しい～～～っ！」

蘭は暗い気持ちになった。
蘭が良く知る身近な男性と言えば、父・毛利小五郎と、新一、新一の父親である工藤優作くらいなものであるが、３者３様でそれぞれタイプは違っても、少なくとも女を食い物にしたり傷つけたりする様な輩ではない。
けれど、世の中にはそういう男性も居るのかと思うと、やり切れなくなる。
せめてもの慰めは、園子が被害に遭う前に気が付いて事無きを得た事だ。

「見てなさい！今年は絶対良い男をゲットして、来年こそはラブラブバレンタインよ～～～っ！」

園子が吼える。
蘭はその様子を見て苦笑する。
良くも悪くも、園子の辞書には「後ろ向き」と言う言葉はないようだ。

「ところで蘭。蘭の方はどうなの？やっぱあやつにチョコあげるんでしょ？」

園子が蘭に矛先を向けて来た。

「・・・ま、まあね。毎年あげてたし、ま、幼馴染の挨拶ってやつよ」
「へええ。蘭、新一くんは、蘭に義理チョコを貰わなくちゃいけない程不自由してるとは思えないけどねえ」
「・・・・・・」
「蘭、ライバルは多いわよ、頑張ってね」

　　☆☆☆

教室に入ると新一の机の上は凄い事になっていた。

「よう、毛利。今朝は工藤と一緒じゃねーのか？」

クラスメートの男子が声を掛けて来る。

「あ、うん・・・今朝早くに警視庁から呼び出しがあって・・・」
「流石奥さん、旦那のスケジュールはばっちりチェックしてるよな」
「ななな・・・！ただ、今朝新一から電話があっただけで・・・！」

クラスメートのからかいの言葉に蘭は真っ赤になって反論するが、クラス全員がニヤニヤ笑ってそんな蘭を見ている。

今度は隣の席の女子が声を掛けて来る。

「蘭、工藤くんって一々蘭にそんな事電話してくるの？『幼馴染』相手に普通そんな事しないんじゃない？」
「だ、だって・・・私が朝迎えに行かなくていいように連絡して来ただけだもん」
「それじゃあ蘭って、毎朝工藤くんを迎えに行ってるんだ？」
「え？そうだけど？」

蘭がきょとんとした顔で答える。
教室中がどよめきに包まれ、蘭はますますきょとんとする。

蘭は自分が墓穴を掘っている事に気付かない。
と言うより、普通、高校生にもなった「ただの幼馴染」は、そこまでの事はしないと言う事がわかっていない。
新一への気持ちが「恋」である事には気付いたものの、そこら辺の認識が欠如しているのだ。

別の女子が、今度は園子に小声で話し掛ける。

「ねえ園子」
「ん、何？」
「工藤くんと蘭って、夫婦してるって自覚が丸っ切りないのよね」
「うん、それがあの２人らしいんだけどさ」
「工藤くんの机の上に山になってるチョコ、他所のクラスの子が持って来た物ばかりなんだよ」
「そりゃあそうでしょうね・・・同じクラスに居て、あの２人に割って入ろうなんて思う馬鹿は居ないだろうし」

園子は長い付き合いの中でわかっている。
新一と蘭が同じクラスになった場合、クラスメート達はあまりの馬鹿馬鹿しさに横恋慕しようなどと言う気をまず起こさなくなるのだ。

「あれだけどう見てもラブラブなのに、その自覚がお互い全く無いってのが、最大の謎よねえ。『平成のホームズ』ともあろう人が、この謎にも気付かないなんて」

　　☆☆☆

さて、園子を含むクラスメートの会話を他所に、新一の机にうず高く積み重ねられたチョコレートの山を見て、蘭は大きな溜息を吐いていた。

『これだけたくさんのチョコを貰うくらい新一がもてるのなら・・・今度こそ新一は、誰かと恋人同士になるかも知れない』

豪華にラッピングされたチョコレートの山を見ながら、蘭は自分が作ったチョコレートの包みをちょっと惨めな思いで抱え込む。
いきなり大きなハート型チョコを作るのも躊躇われて、結局、いろいろな形の小さなチョコレートを作り、星型や月型、ダイヤ型などに小さなハート型のチョコレートを混ぜるという手段に出た。

今年は手作りするのも２回目だし、味には自信がある。
けれど、この豪華なチョコの山の中では、蘭のチョコなど霞んでしまいそうな気がした。

「よっ、蘭！」

突然後ろから声を掛けられ、蘭は文字通り飛び上がる。

「ししし新一！事件は！？」
「速攻解決したに決まってんだろ？ん～、俺の机の上・・・今年もたくさん来てるなあ」

新一が自慢げに言い、蘭は何だか惨めな気持ちになる。

「ところで蘭、手に何持ってんだ？」
「ここここれはっ！」

蘭が手にしているチョコレートの包みをしっかり見られて、蘭は焦る。
どういう風に渡そうか、どう気持ちを伝えようかと悩んでいたと言うのに、先に新一に見つかってしまい、蘭はパニックを起こしていた。

「あ、あ、あのこれっ！言っとくけど、幼馴染としての『義理チョコ』だからねっ！」

蘭は思わず大声で義理チョコと強調して新一に包みを押し付けると、ぴゅーっとその場を駆け去って行ってしまった。

「お、おい、蘭、もう授業が・・・」

新一が駆けて行く蘭の背後から声を掛けるが、既に蘭の耳には届いていない。

　　☆☆☆

授業開始を告げる本鈴が鳴る頃、蘭は屋上へと向かう階段の踊り場でうずくまっていた。

「う～～、私の馬鹿馬鹿馬鹿！ちゃんと新一に気持ちを伝える筈だったのに！思いっ切り、『義理』なんて言っちゃって！」

蘭は自分で自分が情けなくて涙が出て来た。
何も、告白はバレンタインに限ってしなければならないと言う訳ではないが、今日という機会を逃したら、気持ちを告げるのが困難である事は目に見えている。

「新一。あの中の誰かと付き合ったりしないよね。そんな事になったら、私・・・」

真面目な蘭が１時限目の授業を（結果的に）サボって、階段の踊り場で泣いていた事を、誰も知らない。

　　☆☆☆

新一は、蘭には自慢げに言っていたが、机の上にうず高く積まれたチョコの山を一瞬酷く迷惑そうな目で見ていた事に、蘭以外のクラスメート達は皆気付いていた。

蘭から「義理チョコよ」と強調されながらもチョコレートを渡された一瞬、新一が嬉しそうに顔をほころばせた事も、皆ちゃんと見ていた。

「それにしてもこれ・・・おいおい、新年の挨拶かよ・・・」

チョコレートに添えられたメッセージカードを見て、新一は顔を顰めてブツブツと呟いていた。

それには

「新一、今年も宜しくね」

と書いてあった。

蘭がどれ程に思い悩んでその言葉を書いたのか、今の新一には解らなかったのである。

クラスメート達が周りで見ている事にも気付かず、２人だけの世界を繰り広げていた新一と蘭。
傍から見ているとお互いの気持ちは見え見えで、どうして本人同志は気付かないのかが不思議でたまらない。
１年Ｂ組のメンバーは皆「勝手にやってろ」な気持ちで、半ば呆れ果てながらもこの不器用なカップルを温かく見守っていたのである。

「やれやれ・・・蘭、新一くん。あの２人の仲が進展するの、まだまだ先みたいね・・・」

園子が肩を竦めて呟いた。

後日。

新一が結局誰とも付き合い始める気配が無かった為に、蘭はホッとしていた。
いつも通りの態度で、馬鹿話をしたり、憎まれ口を叩いたりしながら、一緒に登下校する。

蘭は心密かに決意していた。

『来年こそは、きちんとした本命チョコを贈って、きっと新一に想いを伝えるんだから！』

しかし来年もまたその願いが叶わない事になろうとは、今の蘭は気付く由も無かったのである。

ｔｏ　ｂｅ　ｃｏｕｎｔｉｎｕｅｄ…….

　　