バレンタインストーリー(新一&蘭)



byドミ



(3) 高校3年生のバレンタインデー



「蘭、良かったね、合格だよ!また一緒に大学に通えるね!」
「うん、園子、これからも宜しくね!」

私立帝丹大学の合格発表の日。
毛利蘭と鈴木園子は揃って帝丹大学(園子は文学部、蘭は教育学部)に合格していた。
親友・園子の声に蘭は返事を返したが、その顔は今ひとつ晴れないものだった。

「ふふん、蘭、自分の合格発表より、旦那の事が気になるんでしょ?」
「え?そ、園子、新一の事なんか心配してないよ」
「隠さなくていいって。でも、国立大の2次試験はこれからだけど、あやつは悪魔のように頭が良いから、模試の予想でも赤丸余裕で東都大合格間違い無しなんでしょ?」
「余裕っても、絶対って事はないし」
「蘭ったら、心配性ねえ」

園子は肩を竦めて見せた。

一昔前だったら、蘭は新一の事を「旦那」呼ばわりされると、むきになって否定したものだが、今はすんなりと肯定してしまっている。
何故なら、今現在、工藤新一は紛れも無く毛利蘭の「恋人」だからである。





毛利蘭の幼馴染・工藤新一は、高校2年生の時長い事「厄介な事件」に関わっていた。
高校も休学し、蘭の前にも滅多に姿を見せる事はなかった。
蘭は新一が心配で、そして寂しくて、何度涙を流したかわからない。
その「厄介な事件」がどんなものであったかは、後から教えて貰ったのだが、関わったら、新一自身はおろか、周囲の人間にまで危害が及びかねない程の大事件だったのだ。

蘭を巻き込みたくない為に、傍を離れていたと聞いた時は、新一の気持ちが嬉しいのと同時に、蚊帳の外に置かれていた事がすごく悲しくてならなかった。

全てを片付けて帰って来た新一は、蘭に「ずっと好きだった」と告げてくれた。
そして2人は「幼馴染」を卒業して「恋人同士」となった。

高校3年生の1年間は、周囲にからかわれながらも、新一と蘭はラブラブな恋人同士で幸せな日々を過ごした。





新一と蘭は、幼稚園から高校までずっと一緒だった。
けれど、大学では初めて別々になる。
蘭は帝丹大学に進学が決まった。
そして新一は、日本で最高峰と言われる東都大学を受験する。

新一は

「大学は別にどこでも良い、学歴が欲しいわけじゃないから」

と言い、一時は蘭と同じ大学を考えていたようだが、それには蘭が反対したのである。

そもそも新一がアメリカへ行かずに日本に残った事だって、蘭と一緒に居たかったからだと知り、蘭は新一の気持ちがとても嬉しかった。
でも、新一の為には、出来るだけ色々な事を学べる大学に行って欲しい。

蘭がその気持ちを伝えると、新一は

「どうせ必要な知識は『大学で』じゃなくて、自分で学ぶから良いんだよ」

と言っていたが、結局色々考えて、自宅から通え、尚且つレベルの高い「東都大学法学部」への進学を決めたのである。

新一は、これからは「学生探偵」として、高校の頃と違って報酬を受け取りながら活動する予定である。
また、国立である東都大は、出席に厳しく、探偵活動との両立は生易しいものではない。
今までに比べたら、蘭が新一と一緒に過ごせる時間は減るだろう。

けれど、新一が行方不明だった日々を耐え抜き、お互いの気持ちが通じ合った今は、きっと大丈夫だと蘭には思えるのだ。



  ☆☆☆



受験が終わって時間に余裕の出来た蘭は、このところ毎日工藤邸に夕御飯を作りに来ていた。

「蘭、毎日は大変だろ?自分でもやれるから、いいよ」
「新一には勉強に専念して欲しいの。それとも、迷惑だった?」
「め、迷惑なんて事はねーよ!蘭の料理はうめーし。けどさ、俺、おめーに『家政婦』になって欲しいわけじゃねーんだからよ」
「そんな風に思わないでよ。ただ、私が好きでやってる事なんだから」

蘭には何となく新一が言いたい事がわかるような気がする。
家事をやってもらう事は嬉しくはあるが、下手すると蘭が新一に取って「便利な女」になってしまう、その事を新一は危惧しているのだった。

「新一の受験が終わるまでよ。その後は、また前みたいに、2人で一緒にやれば良いでしょ?」

普通だったら、フェミニストの新一は(自分が居ない時ならともかく)、ただ座って蘭に家事を任せるという事はしない。
2人で一緒に御飯を作ったり後片付けをしたり掃除したりも、それなりに楽しい。

蘭は時々将来の生活を夢見て、1人赤くなる事がある。

『新婚生活みたいって思ってしまうの、私だけかしら?』





そして2月14日。



高校は自由登校なので、新一はこの日登校せず、今迄の様に学校で山程のチョコレートを貰うという光景は無かった。
主不在の机の上と下駄箱にはチョコが溢れかえっていたが、新一がバレンタイン当日にそれを手にする事はない。
自宅に郵送された山のようなチョコレートは、新一はそのまま段ボール箱に突っ込んでいた。
後日それらは纏めて施設に送られる事になる。



  ☆☆☆



夕方、いつものように御飯を作るため蘭が工藤邸を訪れた時、玄関の隅に置かれた段ボール箱が目に入った。

「新一、今年は何で貰ったチョコ、あんな扱いしてるの?」

新一は、蘭が持っているラッピングされた箱にチラッと目を留めて言った。

「だって俺、蘭以外からのチョコレートなんて要らねーもん」
「え・・・?」

新一の言葉の意味を飲み込むと、蘭はどうしようもなく嬉しくなってしまった。
そしてそんな自分に自己嫌悪し、罪悪感を感じる。

「でも新一、以前は貰ったチョコ、私に自慢気に見せびらかしてたじゃない」
「ああ、あれは何つーか、その・・・おめーの気を引きたかったっつーか、妬いて欲しかったっつーか・・・」

顔を赤くしてソッポを向き、照れくさそうに頬を掻いている新一の姿を見て、蘭は嬉しいやら呆れるやらで、真っ赤になってしまった。



  ☆☆☆



コーヒーと紅茶を淹れて、蘭が持ってきた包みを広げる。
中からはハート型に焼き上げ新一の名をクリームで書き込んだチョコレートケーキが出て来た。
甘みを抑え、洋酒をたっぷり使った大人の味のケーキ。
蘭が想いを込めて腕を振るった力作である。

新一は嬉しそうに目を細め、フォークでケーキを切り取ると口に入れた。

「どう?」
「すっげーうめー」
「ほんと?良かった」

蘭が安心したように笑顔を見せる。

「蘭も味見してみるか?」
「うん」

新一に手招きされるままに、蘭は新一の隣に腰掛ける。
新一はフォークでケーキを切り取り、自分の口に入れると、いきなり蘭を抱き締め、唇を重ねた。
そして蘭の口の中に、ケーキが移される。

「どうだ?うめーだろ?」
「ん、もう、馬鹿っ!」

蘭は真っ赤になる。

口の中に広がるほろ苦くて甘いチョコレートケーキの味。
確かに会心の出来だと自分でも思う。
でも何もこんな風に味見させなくても・・・と思っていると、新一が再び唇を重ねてきた。
蘭の唇の間から、新一の舌が蘭の口の中に入ってきて、蘭は思わず身を硬くした。
新一と恋人同士になってから、何度も口付けを交わした事はあるが、こんなキスは初めてだった。

「蘭」

新一が甘く名を呼ぶ。
蘭を見詰める瞳の色の深さに、蘭は捕らわれてしまいそうになる。

『私、何か変・・・。酔ってしまったのかしら?』

ケーキにたっぷり効かせた洋酒に酔ったのか、それとも、新一の抱き締める腕の力強さと甘い口付けに酔ったのか・・・蘭にもよくわからない。

そして2人は何度も深い口付けを繰り返す。

テーブルの上のチョコレートケーキは、新一自身が食べたり、蘭に口移しで食べさせたりして、いつの間にかきれいに無くなっていた。



  ☆☆☆



「なあ、蘭。今夜おっちゃんは、おばさんのとこに泊まってくるんだろ?」
「うん」
「蘭、今夜、家に泊まらねーか?」
「え?」

蘭は今までしばしば工藤邸に泊めてもらった事があった。
子供の頃だけでなく、恋人同士となった後も、客間に何回か泊まった事がある。

けれど、今新一が「泊まらねーか?」と言った意味はそういうものではないと、流石に鈍い蘭でも気がついていた。
しかし蘭は、気付かない振りをして訊いてみる。

「泊まるって、どっちに?ベッドがある客室?それとも、和室にお布団を敷いて?どっちにしても、今からお掃除しなきゃいけないわね」

広い工藤邸には、客間もいくつもあるのである。
新一は蘭を抱き締めると、掠れた声で言った。

「蘭。俺の部屋だよ。おめーにも、わかってんだろ?」
「し、新一・・・!」
「俺、これでもずっと我慢してたんだぜ?おめーが家に来て御飯を作ってくれる度、毎回理性の緒を締め直してるんだぜ。でもそろそろ限界だ。おめーの全てを俺のもんにしたい!そりゃ、おめーがまだ嫌だってんなら、いつまででも待つ覚悟はあるけど・・・」

新一に強い力で抱きすくめられ、蘭の心臓は早鐘を打っていた。


やがて、蘭が口を開く。

「新一、あのね・・・今時、って思うかも知れないけど、私、バージンをあげる相手はね、あの・・・け、け、け、結婚する相手が良いの・・・」
「何だよ、それ?」

新一が思いっ切り顔を顰める。
蘭は、まだ高校生である新一に取って「結婚」なんてやはり重過ぎたのかと思い、悲しくなる。

「おい、蘭。俺以外の男と結婚したりする気があるって言うのかよ!?」
「え!?」

どうも、お互いの言いたい事は噛み合っていないようである。

「おめーが何と言っても、今更他の男におめーを譲る気はねーからな!」
「あ、あ、あの、新一・・・私が言いたいのは、そういう事じゃなくって・・・新一が今夜、その・・・そういう気なら、将来、私の事を・・・」

蘭ははっきり言えずに口篭る。
けれど今度は、蘭が何を言いたいのか、新一には通じたようだった。

「俺はガキの頃から、俺の結婚相手は蘭しか居ねーって思ってるよ」
「し、新一、ほんと?」
「何だよ?俺が頂くものだけ頂いて、おめーを見捨てるような男だって思ってんじゃねーだろうな?」
「そ、そんな事、思わないけど・・・ただ、まだ私達高校生だし、新一はそこまでは考えてなかったんじゃないかって・・・」
「俺はずっと考えてたさ。将来の事・・・探偵になる事と蘭をお嫁さんにするって事、これだけは昔から決めてたんだ」
「新一・・・」
「蘭の方こそ、大丈夫なのか?今こんな事言っといて、将来他の男に乗り換えたりしねーか?」
「ば、馬鹿っ!!私がそんな女だって思ってるの!?」
「信じて良いんだな」
「当たり前でしょ!」
「じゃ、婚約成立、だな」
「え!?」
「で、婚約の証に、今夜・・・」
「ししし新一っ!?」
「将来の結婚相手となら、いいんだろ?」

蘭は何かがずれている様な気もしたが、確かにお互いの意思を確認し合ったのは間違いなかった。
けれど何となく新一のペースにいつの間にか乗せられてしまったようで、何だか釈然としなかった。

「蘭」

耳元に甘い声で囁かれる。
そして唇に落とされる優しいキス。

蘭が陶然となったところで、新一に抱き上げられ、2階の新一の寝室へと連れて行かれた。





3年前のバレンタインデーの時は、新一への自分の気持ちが良くわかっていなかった。
けれど、ずっと傍に居たいと思い、「高校でも宜しくね」とのメッセージカードを付けた初めての手作りチョコレートを渡した。


2年前のバレンタインデーの時は、まさか新一も自分の事を思ってくれているなどと露知らず、自覚した自分の気持ちを持て余し、結局義理と誤魔化して新年の挨拶のようなメッセージカードを付けたチョコレートを渡した。


昨年は、チョコレートは作ったものの、新一にチョコレートを渡す術を知らない為、飾り付けもせず、メッセージカードも作らず、ただ新一を想って泣いていた。
泣き疲れて眠っていたところ、いつの間にか訪れた新一が、勝手にチョコレートを食べてしまっていた。
あの時は、「無事新一の手にチョコレートが渡った」事だけで、すごく嬉しかったものだった。



そして今夜。

蘭は全身に広がる甘い痛みの中で、新一と1つになった。

蘭はこの先ずっと新一と一緒に過ごす日々を思いながら、新一に全てを捧げて身を任せた。

だから今回のバレンタインチョコには、メッセージカードは必要なかった。



耳元で繰り返し囁かれる愛の言葉。
その晩の新一は最高に優しく、蘭は幸せで満ち足りた夜を過ごした。







そして1ヵ月後の3月14日。

晴れて東都大学生となる事が確定した新一から、蘭へクッキーと共に届けられたのは――



小さな、しかし眩い輝きを放つダイヤモンドが嵌った、プラチナのエンゲージリングだった。







Fin.




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