これは、今よりちょっとだけ未来のお話。

インターネットは更に高度に発展し、二十一世紀初頭に高度なゲーム機として開発された「コクーン」と結びついて、現実空間と変わらない位にリアルな仮想電脳空間「コクーン」が出来上がった。

人々はモニター越しにでなく、仮想空間の中で出会い、言葉を交わすようになる。
それは多くの人たちにとって、現実空間と同じ位、いや、それ以上に大切な場所になっていた。



仮想空間の戦い



byドミ(原案協力:東海帝皇)



(1)仮想空間「コクーン」



私は、目を開けてゆっくりと周りを見回した。
ビルが建ち並び、人々が行き交う。現実世界と変わらない町並みに、私は目を見張った。

現実と違うのは、どこにも乗り物の姿が見えない事と、明るいのに太陽がない、ラベンダー色の空。
それに、行き交う人々も良く見ると3Dアニメ風だったり、羽根を生やしたりして人間離れしていたり、果ては人間でなかったりと、かなり現実離れした姿が多かった。

「これが、仮想空間『コクーン』?」

隣に立っていた、同級生で親友の鈴木園子が得意げに言う。

「どう、蘭。凄いでしょ。今本物の私達は、鈴木家の私の部屋でコンピューターに繋がったカプセルの中にいるのよ。なのにこのリアルな感じ!」

私の名前は、毛利蘭。
現在、帝丹高校に在学中の、十七歳。

今の時代、中学高校は、週の半分位は登校せずとも、自宅でパソコンのモニター相手の自己学習で単位を取得出来る(集団生活も重要な学習だと言われているので、完全無登校にまでは、なっていないけど)。

だから今の時代、全ての生徒児童は、国と自治体の責任で、個人用にパソコンが支給されている。
勿論、私も持っている。

けれど、今の時代、多くの若者が当たり前に装備しているバーチャル空間用の道具(インターフェースやグローブなど)を、私は全く持っていなかった。
無くても別に不便だとも思わなかったしね。

何度、仮想空間での遊びに誘っても、私がそれらを持っていない事を理由に断る為、業を煮やした園子が、今回、強硬手段に出た。

「一辺、体験してみなよ、絶対気に入るから!」

鈴木家は流石にお金持ち。
バーチャル空間に繋ぐ為の手段も、一般的にはフルフェイスのヘルメットに似た形のインターフェイスと、特殊グローブを使うのだが、鈴木家には、人間が丸ごと入れる大きなカプセルが、デンと置いてあった。

私は中に横たわり蓋を閉め、インターフェイスをはめた。
園子が何かの操作を行うと、私達はいきなり、この仮想空間に立っていた。

確かに、これが全てバーチャルリアリティとは信じられない世界の広がりだった。
けれど、園子の言うように、入り浸りたくなる程素晴らしい場所だとは、まだ、私には思えなかった。


「あら、ねえあなた」

街角で突然声を掛けられる。
ピンクのふわふわした髪をした、ちょっと前の人気アニメ番組のヒロインがそこに立っていた。
誰かがその姿を模しているのだという事は、流石に私にもすぐに判った。

「は?私ですか?」
「ええ、そう。ねえ、そのボディ、初めて見たわ。どこで手に入れたの?やっぱ高いんでしょう」
「???」

相手の言う意味がわからずに、私は言葉が出て来なかった。
横から園子が口を挟む。

「お生憎。私達のバーチャルボディは、本体そのままの姿を使ってるの、どこにも売ってないわ」

その女性は、何かぶつくさと文句を言いながら、去って行った。

「ねえ、園子。今のって何?」
「ああ、蘭も見ててわかるでしょ。ここには様々な姿をした人が居る。リアルな普通の人の姿をとってたって、それがその人の本当の姿じゃない事の方が多いの。私達みたいに本体の姿そのままって方が少数派。本体の姿をそのまま取り入れる時は、スキャンして作るの。パソコンショップとかでもスキャン装置は置いてあるけど、蘭のはもう鈴木家にある装置で作ったから、この先も使えるわよ」
「それは何となくわかるけど・・・どこで手に入れたとかって?」
「ここで使うバーチャルボディはね、稀に自分で一から十まで作る凝り性も居るけど、殆どはどこかから買って使うわけ。そういったソフトもあるし、ネット通販も出来る。この仮想空間の中にも、そういったショップがあるし」
「店があるの?」
「うん。店も、家も、コンサート会場も、何もかもあるわよ。一昔前の『ホームページ』やチャットルームが形を変えたものと思えば良いわ」
「へえ・・・」

「そこの美しいお嬢さん、この七色に光る不思議な石を身に着けたくはありませんか?」

通り掛かった店の前で、私は二本足で立った山羊(としか見えない男性)から声を掛けられた。
アクセサリーショップらしい。

「ねえ園子」
「ん?何、蘭」
「ここでお買い物しても、現実世界に持ち帰れる訳じゃないんでしょ。なのに何でこんなお店があるの?」

園子が答えるより先に、その山羊男さんが言った。

「おや、お嬢さんはコクーン初心者なんだね?確かにここで買ったものは現実世界に持ち帰れないが、あなたがここに来る度にあなたの身を飾る事が出来るんだよ」

そう言いながら山羊男さんは、私の目の前に美しい石で出来たペンダントをかざして見せた。

「見てごらん!この美しさ・・・いくら仮想空間の幻といったって、こんなに美しく安定したものを作るのは、結構骨なんだよ」

何処からともなく差し込む光を反射して、それは本当に夢のような美しさだった。
この「現実でない空間」に相応しい美しさだ、と思った。

園子と暫らく、ぶらぶらとして過ごす。
現実と違って、行き交う人たちが気さくに声を掛け合っている。

お互い本当の姿も名前も知らない同士。
まるで仮面舞踏会のようだ。

店を覗いたり、行きずりの人と言葉を交わしたり、仮想空間の中で映画を見たり音楽を聴いたり・・・。


現実のようなリアルな空間、けれど現実離れした夢のような空間。
そこを巡っていると、何だか楽しい。
私は段々、何となくだが、この仮想空間にのめり込む人達の気持ちが判るような気がし始めていた。




(2)に続く


+++++++++++++++++++++


<後書き>


このお話は、完売同人誌の、再録です。
全10話で、この第1話はまだまだ導入部、ですね。まだ、蘭ちゃんと園子ちゃんしか、登場していませんし。

「コクーン」という名は、某映画の設定から、借りました。バーチャルリアリティの世界という事で。
ですが、中身は全く関係ありません。
ここで描くバーチャル空間のモデルは、あもい潤さんの漫画「@テンション!」です。と言っても、たぶん、今本屋さんで探しても、見かけないんじゃないかなあ。

近未来SF風味に書いてありますが、実は、このお話のテーマは「ネット恋愛」だったりします。


蘭ちゃんと園子ちゃんの自称は、最近では原作通り「わたし」って書いているんですけど。
このお話を書いた頃は、「私」だったんで、今回それで統一します。全部修正するのは、ちと骨なんで。
同様に、新一君の自称も「オレ」ではなく「俺」です。

新一君の登場は、第3話からになります。と言っても、登場の時は、別の姿なんですけどね。


 (2)「魔女シェリーの占いの館」に続く。