仮想空間の戦い
byドミ(原案協力:東海帝皇)
(2)魔女シェリーの占いの館
「あ、そろそろ予約の時間だ。蘭、私行きたい所あるの、付き合ってくれない?」
「いいけど・・・どこ?」
「シェリーの館って言う所」
「シェリーの館?」
「うん!占いがとても当たるって評判なの」
園子が宙に向かい、何かの操作をした。
すると、「お気に入り登録」と書かれた一覧表が、宙に現れた。
園子がその内の一つを指差すと、私達の周りの風景が、突然変わった。
気が付くと、私達二人はある中庭のような場所にいた。
「魔女シェリーの館へようこそ」
宙から、けだるげなアルトの声が降ってくる。
私は思わず周囲を見回すが、誰の姿も見当たらなかった。
「予約しておいた鈴木園子です」
園子が言うと、宙から降って来る声が応じた。
「アドレスと認証番号を確認いたしました。Aの入り口からお入り下さい」
中庭に面した建物には、いくつかの扉があった。
私と園子が、大きく「A」と書いてある扉の前に進むと、再び声が降ってくる。
「お連れ様がおいでですね?」
「彼女は毛利蘭、アドレスと認証番号は・・・」
「暫らくお待ち下さい・・・認定が終わりました、どうぞお入り下さい」
扉が自動的に開いた。
その奥に、いかにも占い部屋らしい薄暗い部屋があった。
蝋燭の灯が揺らめき、香が焚き染められている。
やや濁った空気までが、全て仮想空間の幻と思うと、眩暈がしそうになる。
そこに現れたのは魔女らしい黒いフードつきマントをすっぽり被った、小さな子供だった。
赤みがかった茶髪の綺麗な子供。
将来はさぞかし・・・と思わせるが、この世界においては、その容姿も年齢も、本物かどうかは判らないのだ。
「私がここの主、魔女シェリーです。ようこそ、鈴木さん、毛利さん。今日相談事があるのは、鈴木さんね。どうぞこちらへ」
手招きされて、園子はシェリーさんと小さなテーブルを挟んだ向かい側に、私は控えの椅子に、それぞれ腰掛けた。
仮想空間だから立っていても歩いても疲れる筈ないのに、椅子に座ると何だかホッとするのは不思議だ。
幻の椅子は、クッションが良く効いていた。
「鈴木園子さん。あなたの相談事は?」
「あ、あのあの・・・京極さんの居場所を教えて!」
いきなりの園子の質問に、私は驚いていた。
園子の必死な様子から、かなり真剣な事がわかるが、親友の筈なのに園子の口から私が初めて聞く名前だった。
シェリーさんは冷静な口調で尋ねる。
「・・・その人はあなたの何?」
「恋人・・・と思ってたんだけど・・・わかんない」
「その人のフルネームを教えてくれる?それとその人のデータも出来るだけ詳しく。それと、場合によっては追加料金を頂くかも知れないわ」
「ええ!あの人の事がわかるなら、構わないわ!」
シェリーさんが色々と細かな質問をして、園子がそれに答えて行く。
園子は京極さんと、この仮想空間内で知り合ったのだった。
だから、園子の親友である筈の私が、今迄、園子の恋人である京極さんの事を、全く知らなかったのだった。
園子は昨年、仮想空間の中にある「コロシアム」で、京極真さんと出会った。
仮想空間での無差別格闘技大会。
現実世界において格闘が得意な人、現実世界では格闘などした事ない人、様々な者が集っての大会なのだと言う。
現実の格闘技と違い、本当に痛い思いをしたり怪我したりする訳ではないので、真剣さには欠けるかも知れないが、見た目は派手なので、参加希望者も観客も多く、人気がある大会だという事だった。
京極さんは、昨年行われた大会での覇者だった。
感激した園子が声を掛けると、京極さんの方も、何と園子を知っていたそうだ。
現実世界でも京極さんは空手選手で、試合会場で一生懸命に私を応援する園子の姿を見て、心惹かれていたのだと言う。
そして、二人の「お付き合い」が始まったが、現実世界ではまだ一度も出会わないうちに、京極さんはここ二ヶ月ほどコクーン内に姿を見せなくなっていた。
「で、その人は現実での連絡先も教えてくれなかった訳ね」
「だ、だ、だって・・・っ!毎日ここで会えてたんだもん、改めて連絡先必要だなんて思わなかったんだもん!」
園子の話を聞いていて、私は、園子がひょっとしたら騙されてたんじゃないだろうかと気になった。
けれど、シェリーさんの解釈は違っていたようだ。
「何らかの事情でネットにアクセス出来ないか・・・でなければ、仮想空間に姿を現せない状況なのかもね」
「姿を現せない、って言うと?」
「パソコンやインターフェイスに不都合が出来て、それを何とか出来る経済状況にない。そして現実世界の連絡先を知らない為に、あなたにそれを知らせる事も出来ない。そういう事って意外と多いのよ。この仮想空間だけで知り合った者同士の悲劇だわね」
園子は押し黙っていた。
園子はお嬢様で、気さくで庶民的な人柄ではあるが、本当に「お金が無い」というのがどういう事か、実感出来ないところがある。
パソコンやインターフェイスの修理ないし買い替えが、お金がなくて出来ない人も居るのだという事は、想像の外だったらしい。
「まあ、もうひとつ可能性もあるけど・・・とにかく京極真さんの現実での居場所を占ってみるわ。でもこれ、本当にかなり高い別料金になるわよ、いい?」
提示された料金を見て、園子が了承し、シェリーさんは「瞑想の為」と称して奥に引っ込んでしまった。
私達の目の前に、いつの間にか紅茶が出されている。
「良い香り・・・」
私は紅茶を一口含んでみた。
香り高く美味しい紅茶で、飲むと体全体が温まり気分が落ち着き、元気が出るような気がした。
「でも待って。この紅茶も、幻なのよね?」
そう考えると、私はますます頭がクラクラして来た。
紅茶を飲んで一息吐いている間に、私はある事を思い出した。
「ねえ園子。もしかして、京極真さんって、杯戸高校の空手部主将『蹴撃の貴公子』がそんなお名前だったような気がする」
「え!?蘭、知ってるの!?じゃあ、杯戸高校に行ったら会えるの!?」
私が答えるより早く、奥の部屋から戻って来たシェリーさんが、口を開く。
「残念ながら、今、杯戸高校に行っても会えないわ。その人は外国に居る。香港在住中よ。外国暮らしで、ネットに繋ぐ余裕が無いのかもね」
シェリーさんの確信に満ちた口調は、占いと言うより、別の感じがしてしまう。
「もうひとつの可能性――他の者が京極真さんの名と姿を借りて偽っていたのではないか、見てみたけど、それは心配ないようよ。あなたが会っていたのは、正真正銘の彼自身。しかも、この世界では珍しく、あなたたち二人と同じく、本来の姿のまま、ここに出入りしていたようね」
私は思い切って尋ねてみた。
「あの・・・シェリーさん。京極さん本人が、園子を騙してた、って事はないですよね?」
「蘭、何を言うのよ!?真さんが私を騙してたなんて、そんな事ある訳無いじゃない!」
騒ぐ園子を他所に、私は真剣にシェリーさんを見詰めた。
私だって、杯戸高校の空手部主将だった京極さんが悪人だとは思いたくないけど、他ならぬ園子が辛い思いをさせられるのは絶対に嫌だったから。
シェリーさんは薄く哂って答えた。
「友人としての心配は尤もだけど・・・多分、それはないわ。男が女を騙す時は、基本的には『いい思い』をした後捨て去るものなのよ。でもまだ彼は、鈴木さんから体もお金も奪っていないから」
言われてみれば、そうかも知れない。私はまだ男の人と付き合った事などなく、そういった事は何もわかっていないのだもの。
まあともかく、園子が騙されていたのではないらしいとわかって、私もホッとした。
シェリーさんから京極さんの連絡先まで聞いて、園子は有頂天だった。
そして私は、シェリーさんの占いがおそらく「占い」ではない事に薄々気が付いていた。
私の父が探偵をやっている所為もある。
普通、占いでは、たとえ本当にその力がある人でも大まかな事しか解らないし、言葉を濁したりどうとでも解釈できるような曖昧な言い方をしたりするものだ。
それが、連絡先までわかるなんて、占いだとしたら絶対におかしい。
だからここは・・・「占いの館」と言う名前に反して、実情は探偵事務所みたいなものなのだろう。
けれど、園子が知りたい事はわかったのだし、「本当の占い」じゃないからって別に実害がある訳でもないので、私は黙っていた。
女としては、科学的調査より占いに頼りたい気持ちは良く解る。
ただ残念なことに、私自身は「シェリーの館」に「占い」を頼みに来るだけの夢を見られなくなってしまったのだった。
多分、私はもうここに来ることはない。
その時私は、そう思っていた。
その予想が、将来意外な形で外れる事になるとは、その時の私には予想もつかなかったのだ。
(3)に続く
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<後書き>
新一さんより先に、シェリーさんが出てまいりました。
この世界では、黒の組織は存在しません。
シェリーという名は、「占いの魔女」としてのハンドルネーム、という事で、ご了承下さい。
このお話を書いたのは、数年前ですが。
実は、真っ先に構想が出来たのは、この、「魔女シェリーの占いの館」の部分だったり、します。
頭の中で、この館のイメージはすっかり出来上がっているのですが、悲しいかな、私にはそれを描く力量がなく、当時、(時間がなかったのもあったけれど)イメージイラストを描く事は諦めてしまいました。今も、描けません。
仮想空間なんぞに興味がなさそうな園子ちゃんが、蘭ちゃんを熱心に誘っていたのには、「まこっちの行方を知りたい」という訳が、あったのでした。
この世界では、1番先に成立したカップリングが、真園です。
次回では、彼が出て来ますけど。
まあ何というか・・・彼、本来の姿ではありません。バーチャルボディの仮想空間ですしね。
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