仮想空間の戦い



byドミ(原案協力:東海帝皇)



(10)終焉、そして始まり



その瞬間。
世界全てが白く染まり。
痛みなどは全く無いが、私達のバーチャルボディは、吹き飛ばされていた。


「新一いいいいいいッ!!」
「らああああああああん!!」

私達はお互いに手を伸ばし、名を呼び合ったが、気が付くと・・・私は現実空間で、インターフェイスとグローブを着けた状態でパソコンモニターの前に座っていたのだった。

傍には誰も居ない。
私はただ一人。

私は呆然として座り込み、涙を流していた。



勿論、ただ単にあまりの衝撃で仮想空間から弾き飛ばされただけの事で、私達の内誰も、実害を被った訳ではない。

新一は、ロサンゼルスで。
園子は、鈴木邸で。
真さんは、修行先の国で。
平次君と和葉ちゃんは、大阪で。
それぞれの自室で、我に返っている筈だ。


けれど私は、ひとつの事件が終焉を迎えた事を悟って、色々な思いが胸の内を渦巻き、暫らくの間呆然とする他はなかったのだった。




   ☆☆☆




「ホラ、新一!遅れるよ!今日は登校日でしょ、週に二、三回しかないんだから、遅刻したら洒落になんないわよ!」
「わーってるよ、ちゃんと起きてるって!」

新一はパンを口に咥えた状態で、玄関ドアの所まで出て来て、そう怒鳴った。

私は何となく、新一がまだベッドの中に居るものと思い込んでいたので、拍子抜けした。



あの後新一は、日本に移住すると、あの屋敷で一人暮らしを始めた。

ご両親は好きなようにさせてくれると彼は笑う。
けれど、多分、説得はかなり大変だったのじゃないかと、私は思っている。

そして新一は、私達の通う帝丹高校へ、転校して来た。
まるで昔からそこに居るかのように溶け込み、この日本で、やはり高校生探偵として活躍している。
警視庁からの要請も多く、忙しい日々を送っているようだ。

新一は転校して来た最初から、昔からのコンビのように、私とつるんで行動している為、クラスメート達は目を丸くした。
そして新一も、始めから、私と恋人同士である事を公言して憚らなかった。

最初は戸惑っていたクラスメート達も、すぐにその状況に慣れ、私達は校内で夫婦扱いされるようになった。


アメリカで活躍していた日本人高校生探偵・工藤新一は、超有名人。
おまけに、ルックスも良くサッカーの名手とあらば、当然の事ながら、モテモテ。

その彼が、最初から私と恋人宣言をしたお陰で、帝丹高校内で表立って彼にアプローチする女生徒は、居なかった。
正直に言ってしまえば、それはとても嬉しかった。


そんな事を新一に言ったら、
「バーロ。それ言いたいのは俺の方だって」
と返されてしまったけどね。

新一は、私に寄って来ようとする虫が、うるさくて仕方がないんだと、言う。
だから、最初から恋人宣言をして、ガードしているのだそうだ。

心配しなくても私って、新一が心配する程、もてないと思うんだけどなあ。(注・この世界でも蘭ちゃんは自覚なしです)

新一は「虫除けと予約」と言って、私の左手の薬指に、ステディリングを嵌めてくれた。
高校を卒業したら結婚しようねと、二人だけの約束を交わしている。
まあ、現実には、親の説得やなんかが、大変だと思うけど。

一昔前は、学校にアクセサリーなんか着けて行くのはご法度だったそうだけど、今は、指輪くらい嵌めていても、別に何とも言われない。
私は、新一から貰った指輪を嵌めて登校し、またもやクラスメート達に冷やかされた。


現実世界で、新一と一緒に過ごす事が多くなった為、私は以前ほど「コクーン」に通う事はなくなった。
でも、私達が出会い、一緒に戦ったあの世界が、私達二人にとって大切な場所である事は、変わりない。


園子と京極さんは、相変わらず遠距離恋愛で、コクーン内でのデートを繰り返している。
でも、来年になったら京極さんが帰国するらしいから、そうなると園子たちも、コクーンに通う事も少なくなるのだろう。

和葉ちゃんとは、たまにコクーン内で会ってお茶する事がある。
相変わらず、服部くんの事で愚痴を聞かされる。
幼馴染が長いだけに、その先の関係に、中々進めないで居る様だ。


少し前、新一と園子、一時帰国中の京極さんと一緒に大阪まで行って、初めて、本物の服部くんや和葉ちゃんと会った。
当然と言えば当然だけど、2人とも高校生の姿。
子供姿の2人しか知らなかったので、何だか、戸惑ってしまった。

けれど、二人の夫婦漫才のノリは、仮想空間内と全く同じで、私達はすぐに戸惑いを振り払う事が出来た。
二人とは今でも、仮想空間内でも現実世界でも良い友人だ。
現実空間では、そうやたらとは、会えないけどね。

灰原さんとは、あれ以来まだ会っていないが、元気で研究を続けていると新一から聞いた。

彼女はアメリカ在住で、私達とあまり年は変わらないらしいが、あちらではその能力を高く評価され、どこかの研究機関に居るという事だ。
お父さんのやりかけていた研究を、完成させようと、頑張っているそうだ。



   ☆☆☆



「蘭、今夜のレックスのコンサート、演出が凄いって!早く行こう!」


今夜、新一は現実世界の事件解決の為に、不在だ。

私は、クラスメートの絢たちに誘われて、仮想空間内で行われるコンサートへ出かけて行った。

仮想空間でのコンサートは、客の数がどんなに多くても間近に歌手達を拝む事が出来るし、幻想的だったりダイナミックだったりの演出も思いのままなので、結構人気がある。
歌声も、耳元で囁かれているように聞こえ、ファンにとっては堪らない。

最近では現実世界でのコンサートは全く開かずに、仮想空間のコンサートオンリーの歌手やバンドも多くなった。
レックスも、以前は現実世界のコンサートを多く開いてたけど、今はコクーン内でコンサートを開く方が圧倒的に多い。


「あら?蘭、それ何処で買ったの?綺麗ね」

絢が私の指輪に目を留めて言った。
幻想的な七色に光るそれは、現実空間では見かけない物、仮想空間ならではの指輪だ。

「あのね、アクセサリーショップ『キッド』よ。店員さんがみんな山羊か仔山羊の姿してるの」
「へえ・・・今度私も行ってみよ。ねえ、でも蘭、そこに嵌めてるの、何で?もしかしてここでも工藤くんからのプレゼント?」

私の左手の薬指を指して、絢が言った。
私は頷く。

新一からは、現実世界でもステディリングを貰っている。
そして、仮想空間でも・・・。

『蘭に虫が付かねえ様にな』

新一はそう言って、私の指に嵌めてくれた。
そしてそれは形だけなのかと思っていたら、そうじゃなかった。

私は今も、コクーン内では、子供の姿のバーチャルボディを使っているが、それでもたまに、物好きな相手に声を掛けられる事はある。

『そこの可愛い彼女、俺とお茶しない?』

この前、そう言って私の肩に手を掛けようとした男性が居たが、指輪が光ったかと思うとその人は掻き消えてしまった。
指輪にいつの間にか仕込まれていたプログラムで、強制退去させられたらしい。

相手が女性だったら、そうはならないから、不思議だ。
しかも、仮想空間での姿に惑わされる事なく、現実での男女をきちんと区別しているらしい。

私は、以前は知らなかった新一の独占欲に、苦笑せざるを得ない。


「ねえ、絢。私、ここ好きだよ。多分その内、現実が忙しくなって、あまり来られなくなるだろうけど、若者達の居場所であるここを、ずっと守って行きたいって思う」

私の言葉に、絢が呆れたように返した。

「蘭ったら、何だか大袈裟ねえ。でも、確かにここがなくなったら、寂しいよね。何かひと頃、コクーン内では有り得ないような暴力事件とか性犯罪とかが、あったらしいじゃん。あの頃は、怖くてここに来れなくなった人、多かったよ。今はそんなのがなくなって、本当に良かったよね」

別のクラスメートが口を挟んで来た。

「なんかさ、聞いた話だと、ジャパンイレギュラーズとかいう、変な名前の正義の味方がいて、悪いヤツらを、みーんな、やっつけたんだってさ。それで、コクーン内での怖い事件はなくなって平和になったんだって。まるで、一昔前のアニメみたいな噂が、広まってんのよ」

そう言ってその子が笑い、つられてそこに居る数人のクラスメート達が皆笑い、その場は和やかな雰囲気に包まれる。

その「一昔前のアニメみたいな」噂が、真実だと知っている私は、苦笑せざるを得ない。



「蘭!」

事件解決で出かけていた筈の新一が、突然現れて私は驚く。
彼も相変わらず、ここでは、コナンくんの姿である。

「新一?事件は?」
「即行、解決したに決まってんだろ?蘭、現実世界に戻って、飯でも食いに行かねえか?」
「あのね新一、私、今夜は、レックスのコンサートに行きたいの。駄目?」

コナンくんの姿をした新一は、溜息を吐いた。
彼は音痴で、その所為か、歌を聴くのもあまり好きではないらしいのだ。


「しゃあねえな・・・じゃあそれが終わったら、今夜は家に来いよ。一緒に飯作って食べようぜ」


彼の誘いが「食事」だけではない事がわかったので、私は赤くなりながらも、結局頷いた。

そして私達二人は、目を点にして見ている絢たちを他所に、連れ立って、仮想空間内のコンサート会場へと向かった。




「仮想空間の戦い」完



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<後書き>


この「仮想空間の戦い」、何が書きたかったかと言えば、「インターネットで出会って始まる恋」なのです。
元々「それ」を求めて出会った訳ではない、お互いの顔も名前も知らない二人が、気持ちが通じ合って恋に発展して行くという、そんなのを書きたかったのです。
まあ、蘭ちゃんの方まで、正体不明にする事は出来ずに撃沈しましたが。


今だから、言いますけど。
これは、形を変えた、東海帝皇会長とドミとの、恋物語。
特に、ある部分なんかは、ほとんど「まんま」です。

この本を読んだ、以前の職場の同僚から、「これってドミさん(仮名・爆)の実話だよね?」と訊かれてしまいました。
うん、まあだから・・・ほんのちょっぴりだけね。

会長と私、先がまだまだ不安だった、遠距離恋愛中でしたが。
物語の中で新一君と蘭ちゃんには、一足先に、幸せになってもらいました。


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