仮想空間の戦い



byドミ(原案協力:東海帝皇)



(9)最終決戦



例のプログラムを解除する事が出来るという事は、それ自体を使う事も、可能だという事だ。

コナンくんが、ある操作をする。
それで多分、このアジト内に居る人達は、退去する事が出来なくなった筈だ。

アジト内には、6人居た。
それが全員ではないのかも知れないけれど、とにかくそこを使用不可能にしてしまえば、プログラムを配布する事は出来なくなり、取り敢えず犯罪そのものは止む筈だ。

私達は用心しながら、そこに潜入を開始した。
現実ではないのだから、足音を立てないっていうのは意味が無いのだけれど、ついつい忍び足で歩こうとするのだから、不思議だ。

私と和葉ちゃんは目配せし合い、同時に、入り口近くに居た男の人二人に腕輪を向けた。
プログラムをうまく使えば、相手を退去させずに動けなく(ついでに声も出せなく)する事が可能だ。

これって、悪用したら、凄い事になっちゃうよね。
チームのメンバーをやたらと増やせないのも道理だわ。

そこの2人が動けなくなったのを確認して、扉を開ける。
セキュリティ解除は、園子が行った。
いくら私達でも簡単に扱えるジャスティス・ブレスを使ってとは言え、機械音痴の園子なのに、簡単に扉を開く事が出来た。
このジャスティス・ブレスって、やっぱり、すごいんだ。

それにしても、優秀なハッカーが味方に居るとは言え、こんなにあっさり入り込めるのは何かの罠だろうか、と用心しながら、私達は開いた扉から、おそるおそる中に入る。

室内には、動けなくなった男の人が二人転がっていた。
そしてそこには、既に裏口から潜入して来たコナンくんたちが待っていた。

「何や、表から入ったにしては、遅かったやないか」

平次くんがのんびりした様子で言った。

「コクーンの中では、表も裏も関係あらへんやろ!?」

和葉ちゃんが平次くんに突っ込んでいた。


6人全員を拘束して室内に集めても、新しい敵が現れる様子は全くなかった。
どうやら簡単に、アジトの制圧は成功したようだ。

それにしても・・・全ての元凶、親玉にしては、6人とも呆気無く捕まってしまった。
まだ油断してはいけないと思うものの、拍子抜けしてしまう。

「さて・・・あんたたちは、二度とここに来れねえ方が、世の為だな」

コナンくんが腕輪に触れ、プログラムを発動させようとした。
すると、リーダー格らしい、一昔前のアニメヒーローの格好をした男が、悲鳴の様な声で懇願した。

「ま、待て、待ってくれ!全部話す、全部教えるから、それだけは止めてくれ!」
「・・・何の事だよ?」
「それは噂の、強制送還された挙句に二度とコクーンに入れなくなるプログラムだろ?俺達は、ただ偶然あのプログラムを見つけただけで・・・。
あれは、訪れた者を攻撃する恐ろしいプログラムだけど、それをコクーン内に広める事を約束すれば手を出さずに居てくれる。だから俺達は防衛の為に・・・それにちょっとは小遣い稼ぎも兼ねて、あのプログラムを配布してただけなんだ!」

そしてその人は、偶然そのプログラムを見つけた場所を、ベラベラと喋った。
そこはコクーン内でも打ち捨てられ、けれど抹消される事もなく放置されていたエリアだという事だった。

「そいつは、擬似人格を持ったプログラムで、三人の女の姿をしている。名前を『ガイア』と名乗った」

ガイアとは、確かギリシャ神話で、全ての母である女神の名だったと私は思ったが、コナンくんは別の心当たりがあったらしく、眉を寄せて言った。

「ガイア・・・それって、もしかして・・・」
「ええ。ハッカー達の間で伝説になっているプログラムバグね」

灰原さんの声が聞こえた。
私達とは常に、通信が可能な状態になっているのだ。

「今迄、数多(あまた)のハッカーがその存在に気付き、そこに行って破壊しようとしたけれど果たせず、そのハッカーの方が自分のPCを破壊されてしまったという、あれだな」
「ええ。父が作った時の名は『モイライ』といったのだけれど・・・盗み出されて改造され、自己成長を遂げた挙句に、名前まで変わってしまったのね」

「な、なあ。全部話したぜ。約束通り、俺達は解放してくれよ」

退去出来ない状態にされている為、その場に留まっていた6人が言った。
コナンくんは頷く。

「ああ、そうだったな」

そしてコナンくんは、腕輪を操作していつものプログラムを発動させ、6人の姿は掻き消えた。

私は呆れてしまった。
結局6人は、他のネット犯罪者と同じ様に、強制退去させられ、バーチャルボディもパソコンも破壊され、プロバイダからも登録抹消されたのだった。

今頃は使い物にならなくなったパソコンの前で「約束が違う!」と口惜しがっているだろう。
尤も、自業自得だと思うけど。
ここで甘い顔をして見逃したりしたら、この先だってどんな犯罪を繰り返すか、わかったもんじゃないし。

私は、コナンくんに呆れはしたけど、6人へ同情なんかしなかった。
6人の身元も犯罪もハッキリしていて証拠もあるし、いずれ、法の裁きがある筈だ。

「約束なんかしてねえよ、バーロ!」

コナンくんが、吐き捨てるように言った。



   ☆☆☆



そして私達は、一旦仮想空間から退去し、気力体力と全ての準備を整えて、次の日に再び集まった。
全員揃って、問題のポイントまで向かう。

「気の所為やろか。何や行きとうないゆうか、気分悪いで」
「いや、多分気の所為じゃねえ。ここに存在している俺達のバーチャルボディのプログラムが、ガイアの存在の所為で微妙に悪影響を受けているんだろう」

私達がたどり着いたそこは、コクーン内でも、誰も近寄らないポイント。
元々は、管理していたプロバイダが倒産し、きちんと抹消もされずにそのまま放置されたエリアが、その後一時、クラッカー達の根城になったりして、荒れ果てたものらしい。

そのエリアに入った時、私達が目にしたものは、巨大な女性が三人座ったまま引っ付いて固まった様なモノだった。
妙にグロテスクな、巨大なオブジェだった。

「いかにも怪物〜って感じ?なんかこんな風にビジュアル化されると、怪獣戦争みたいね」

園子が言った言葉に、私も妙に共感した。
多分、他のメンバーも、それは一緒だろう。

私達が近付くと、その三人(と言って良いのか)は目を開けた。

「我はアトロポス」
「我はクローソー」
「我はラキシス」

それぞれに名乗って立ち上がる。
三位一体と見えた姿が、三人に分離した。

アトロポスは天使、クローソーは悪魔、ラキシスは腕が六本ある異形の姿をしていたが、皆美しい顔立ちで、穏やかな表情をしている。

「お前達は誰だ?」
「我らの僕(しもべ)になって、この世に我らの力を広めるか?」
「それならば、許してやろう。さもなくば、死を与えよう」

見た目の穏やかさに似ず、三人(?)は物騒な事を言う。
要するに、あの男達が言った通り、例のプログラムをコクーン内で流布させる役目を果たすなら、攻撃せずにおいてやるって事なんだろう。

「自己増殖が目的いうたら、何かのホラー映画を思い出しそうやな・・・」

平次くんが呟いた。

「さもなくば死って・・・現実には、死ぬ訳やあらへんのやろ?」

和葉ちゃんの言葉に私が返す。

「現実では大丈夫とも、言ってられないわ。だってあれ・・・下手したらその苦痛があまりに強すぎて、本当に命を失ってしまうかも知れないわよ。でなくても、トラウマは残るだろうし」
「うん、未遂でもすっごく怖かったわ。真さんも痛い目に・・・」

園子が、自分が襲われた時の事を思い出したのか、体を震わせて言う。

「ああ。例のプログラムを広めるなんて、許せる事じゃねえ。取り敢えず実際にプログラムを配布していた奴らはもう無力化したけど、こいつらをこのままにして置けば、いずれ代わって良からぬ事をやる奴が出てくるだろう」

コナンくんが言うと、宙から灰原さんの声が降って来た。

「江戸川くん、そんな生易しいものではないわ。あれは、少しずつ成長して、どうやらあのままだと遠からず自力でこのエリアから出る。コクーン全体に・・・いえ、仮想空間を除いた部分にまで瞬く間に広がり、全てのコンピュータープログラムを破壊してしまう最凶最悪のウィルスソフトになって行くわ」
「何!?すると・・・俺達がここで食い止めねえと、現代のコンピューター社会そのものが崩壊するってわけか!?」
「そういう事ね」
「やれやれ・・・別に正義の味方やりたい訳じゃなかったんだが、そうも言ってられない様だな。みんな、行くぞ!」

自然と私達六人のリーダーになっているコナンくん――新一が言い、私達は力強く頷いた。

「江戸川くん。どうやら、三体同時に、三つのキーワードを入れないとそのプログラム・ガイアは破壊出来ないようよ。でも、幸いあなた達は6人居る。うまくやれば、ガイアを破壊する事は可能だわ」

灰原さんが言った。
今までのハッカー達が悉く失敗したのは、三体同時に相手をする事が出来なかった為だろうとの事だ。

「そうか、幸い俺達はチームで戦う事に慣れてっからな。けど灰原、良いのかよ?オメーのお父さんが作ったプログラムを破壊しちまって」
「もうあれは、父の作ったものではないわ。父が作ったのは、医療用に使える、役に立つ筈のプログラムだった。でもあれは、盗み出したやつが改造した挙句に自分の手に負えなくなり、このエリアに打ち捨て・・・そして自己成長して怪物になってしまった、人々に苦痛を与える、元とは全然違うプログラムパグ。破壊して構わない、いえ、父の為にも、あれは絶対破壊して欲しいの」
「わーった。ポイントとキーワード、調べられるか?」
「ええ。でも少し時間を頂戴。それまで、3ユニットに分かれてそれぞれ一体ずつ相手にしてて。ジャスティス・ブレスの力があれば、持ちこたえられる筈だけど、油断しないでね」

私達6人は、自然に三組に分かれた。
真さんと園子、平次くんと和葉ちゃん、そしてコナンくんと私。

真さん達は天使の姿のアトロポスに、平次くん達は悪魔の姿のクローソーに、そしてコナンくんと私は六本腕のラキシスに、それぞれ向かって行った。


次々と繰り出されてくる攻撃を、私達は必死で受け止める。
敵はこの仮想空間内で相手に苦痛を与える事が出来る恐るべきプログラム。
私達は、ジャスティス・ブレスの力で、それに対応する。

美しく穏やかな顔だった三体の女性巨人は、戦っている間にどんどん般若のような顔に変わって行った。

私達の方はただ防戦一方のようだが、その間に、灰原さんを始めとするハッカー達が、プログラム解析を進めているのだ。

「ま、まさか・・・キーワードだけは、父が作ったままなの・・・?」

灰原さんの呆然とした声が聞こえた。

「灰原?どういう事だ?」
「・・・江戸川くん。キーワードはそれぞれ五文字よ。但し、三組でタイミングを合わせて、同時に一文字ずつ打ち込まないといけないわ。出来る?」
「ああ、やってみる」
「じゃあ、教えるわ。アトロポスの破壊ポイントは天使の輪の前面真ん中。キーワードは、E、L、E、N、A。クローソーの破壊ポイントは尻尾の先で、キーワードはA、K、E、M、I。そして、ラキシスの破壊ポイントは、一番外側の左腕の薬指で、キーワードは・・・S、H、I、H、O、よ・・・」

いつも冷静な灰原さんの声が、気のせいか、少し涙声に聞こえた。

「・・・わーった、灰原。後は俺達に任せてくれ」

「ねえ、新一。あのキーワードが元のままって、どういう事なの?」
「ああ。灰原のお父さん、宮野厚司博士は、事故で奥さんと上の娘さんと一緒に亡くなったんだけどな・・・」

という事は、灰原さんって、お父さんとお母さん、お姉さんを一緒に亡くしてしまったんだ。
そう思うと、私は胸が潰れるような思いだった。

「奥さんがイギリス人でエレーナさん。上の娘さんが明美さん。そして、下の娘さん・・・灰原の本名が、志保っていうんだ」

じゃあ、あのキーワードは・・・私は胸が詰まった。
亡くなったお父さんが、自分が作ったプログラムの破壊キーワードに、愛する家族三人の名前を使っていた。
そして、プログラムそのものは変質してしまったのに、キーワードだけは元のままで残っていたのだ。

私は決意を新たにする。

「新一。頑張ろうね。灰原さん達の為にも」
「ああ」

そして私達は、次々繰り出されて来る攻撃をかわしながら、タイミングを合わせてまず最初の一文字を叩き付けた。

「グオオオオオ〜〜〜ウァアァアウグエェアオウ」

三体の女巨人は、それぞれ何とも言えない快音を発して、手足を振り回し始めた。

「工藤!ホンマにこれでええんか!?何やますます暴れ回っとるで!」

平次くんが思わず「工藤」と呼んでしまっていたが、私達の誰もそれに頓着する余裕なんかなかった。

「ああ、大丈夫だ!ダメージ与えてるからこそ、暴れ回ってんだからな」

コナンくんが力強く頷いて言った。
 
次の一文字を打ち込もうと私達はタイミングを計るが、それぞれに攻撃を避けながらなので、なかなかうまく行かない。

「園子さん!」「園子!」「園子ちゃん!」
「きゃあああ!」

園子が間に合わずに、モロにアトロポスの攻撃を受けようとした時、宙から光線のようなものが発射された。
それはアトロポスの天使の輪っかに当たり、僅かの間彼女の動きを止めた。
その間に、真さんが園子を助け出す。

私達は、6人だけで戦っているのではない。
灰原さんの他にも、何人ものハッカーが協力してくれていて、今の光線は援護だったのは間違いなかった。

私達は気を引き締め直して、タイミングを合わせ、次の一文字を叩き込んだ。
三体の巨人は、ますます暴れ回る。

けれど、三文字目を叩き込んだ時には、今度は少しずつ巨人達の動きが鈍り始めた。
私達はそれに力を得て、更にもう一文字を打ち込んで行く。
三体はますます動きが鈍り、それぞれ、殆ど立っている事も困難な様子になってきた。

「よし、これで最後だ!行くぞ!」

コナンくんが最後の号令を掛ける。
真さんと園子はAの文字を、平次くんと和葉ちゃんはIの文字を、そしてコナンくんと私はOの文字を、それぞれに叩き込んだ。




空間が、大きく揺らいだような気がした。


三体はそれぞれに、悲鳴とも苦鳴ともつかない、大音響の異音を発して崩れ落ちる。



そして、次の瞬間、崩れ落ちた巨人達は、目を開けていられない程の閃光を放って四散した。






(10)に続く


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<後書き>

次回、最終回です。


(8)「仮想空間にて、通じ合う心」に戻る。  (10)「終焉、そして始まり」に続く。