意識を失った英理は気が付いたら全く知らない(いわゆる異次元の世界みたいな)場所に横たわっていた。
意識ははっきりしているにも関わらず、首から下が鉛のように重く全く身動きがとれない英理…。
しかも臨月を迎え、大きくなっている筈のお腹が元に戻っていたのである。

「え…?私、赤ちゃん産んだのかしら…?」

この場所が何所であるか?病室に居た筈の自分が何時の間にこんな場所にいるのか?そんな疑問も吹っ飛んでいた…。
そんな時、何者かが自分を見下ろす視線を感じた。

「だ、誰ッ?!」

身体が全く動かないので目線だけを動かして尋ねる英理…。
そんな彼女を見つめていたのは真っ黒なフードをで全身を被い尽くした人物…。

「貴方は誰なの?ここは何所なの?」

だがその人物はその質問に答えず、無言で何所からとも無く光り輝く玉のような物を取り出した。
英理はその玉に何の心当たりも無かったが、母親としての直感でそれが産まれてくる筈の自分の子供だと感づいた。

「そ、それ、まさか…!!」

顔面蒼白になりながら何とか動かない体に鞭を打ってその人物に近づこうとする英理…。
だが、その人物はくぐもった声で淡々と話しかけて来た。

「無駄だ。」
「何ですって!!」
「無駄だと言ったんだ…。お前の娘は我々が頂く…。」
「娘…?女の子なの?!」
「そうだ。この娘は現世に産まれる事なく死んで行く…。それが運命だ。諦めろ…。」
「そ、そんな事させない…!!」
「ほう…。我等の運命に購うか…。だが所詮は人の子よ、この世界では動く事すら叶うまいて…。」
「くっ!」
事実だった。
英理は先ほどから何とか死神(彼女はそう確信した)から我が子を取り戻そうと努力してみるが、身体が全く動かないので話しかける事以外何も出来ていなかった。

「あ、貴方ぁ!!貴方何所に居るのぉ!!!!」

自分の力では如何にもならない事を感じた英理はここに居ない小五郎を呼んだ。
が、その声はむなしく虚空に消えた…。
だが、彼女はそれでも諦めず何度も何度も呼びつづけた。
しかし全く小五郎が現れる様子も無く、英理は声を枯らしてしまった…。

「無駄だと言った筈だ…。普通の人間にはここに入る事すら叶わぬ…。」
「そ、そんな…。」
「この娘は我等が頂く…。」

そう言ってその人物は暗黒の世界に向って歩き始めた。
その世界は英理には死後の世界にしか映らなかった…。
彼女は動かない体を呪いながら呟いていた…。

「ああ…。折角女の子だったら“蘭”と言うかわいらしい名前をつけようと思っていたのに…。どうしたら良いのよ…。」

自分の身体は動かない、小五郎は現れないで英理は絶望感に包まれていた。
だが、それでも諦めきれない彼女は残った全ての力を振り絞り何とかその人物に近づこうとした。
そして、その一念が天に通じたのかようやく少しづつではあったが身体が動く様になってきた。
その事に気付いたその人物は少し驚いた様子で話しかけてきた。

「ほぉ、未だそんな力が残っていたか…。だが、所詮その程度では如何にもなるまい…。」
「くっ…!!」

確かに、動けると言っても手足をすこしもがく程度でしかなかった。
それでも諦める事なくもがき続ける英理…。
そんな彼女をあざ笑うかの様にその人物は言ってのけた。

「ふん、無駄なあがきだ…。母の愛で動けるのは所詮その程度よ…。この娘を真に助けたければこの地に呼んでみるが良い…。この娘を一生涯愛し、どんな事があっても守り抜く力と英知をもった男を…。」
「な、何ですって!!!」
「言った筈だ…。母の愛ではそれが限界だと…。この地で我等に購えるのは、真実の愛を持ったこの娘と真に結ばれる魂の片割れ…。人の子のほとんど全てがその事に気付かず結婚と離婚を繰り返す…。」
「ど、どう言う事よ…!!」
「人の一生などたかが百年程度かそれ以下…。ほとんどの者がその短い生涯にて最高の伴侶に出会う事は無い…。だが極まれにどのような試練でも乗り越え、我等ですら恐れる完全なる夫婦が存在する…。その者達ならばこの危機も乗り越えられよう…。」
「そ、そんな…!この子は未だ産まれてもいないのよ…。」
「だから無駄だと言ったのだ…。もしそのような者がおればそれこそ前世より結ばれる事が定められた究極の許婚…。そのような者がこの娘にいるとは思えん…。」
「でも、いるかも知れないじゃない!!!」
「ならば、呼んでみるが良い…。言っておくが、今現在存在しているかどうかでさえ、判らぬのだぞ?」
「そんなの判らないじゃない!!!!」

そう言って英理は残った全ての力を振り絞り、あらん限りの声で叫んだ。

「誰か!!誰か来てぇ!!この娘を、私の娘の蘭を真に愛する人よ!!私の代りにこの娘を守ってぇ!!!!」
「フン!愚かな女だ…。その者がどのような者かすら知らぬのに呼ぶとは…。その人物が死の淵にいる老人かも知れぬし、悪魔のような男かもしれんと言うのに…。いや、そもそも現世に存在していないかもしれんと言うのに…。」

だが、次の瞬間。

ドカァッ!!

凄まじい轟音と共に次元の裂け目が出来あがり、そこから2人の人物が現れた。
その内一人はさっきから英理と話していた黒いフードの人物と全く同じ姿をしていた。
だが、その人物と決定的に違うのは全身(服そう)がボロボロで、もう一人によって荒々しくこちらに投げ付けられたと言う事だ。
そして、もう一人のその投げ付けた人物こそ英理のよく知っている人物にそっくりだったのだ。

「く、工藤さん…?」

そう、その人物こそ工藤優作にそっくりな男であったのだ。
その人物は英理に優しげな目を向けると二人の黒いフードの人物に詰め寄った。

「オメーら、人様のモノを勝手に持ち出すんじゃねーぞ!!」

(えっ?!)

その声に少し驚く英理…。

無理も無い、彼の声は優作と少し違っていたからだ。
そして、その人物は光の玉を持ったもう一人の黒いフードの人物に掴みかかって行った。

「オメーらが何者なのか知らねーが、これは俺のなんだよ。」

そう言ってその男は光の玉をあっさりと奪い返し、英理に手渡した。
そして、彼女にこう囁いてきたのだ。

「おばさん。」
「お、おば…!!」
「シッ!!あまり時間が無いので手短に言います…。この光の玉をそのお腹に入れて目を閉じれば元の世界に戻れます…。大丈夫ですよ…、俺がどんな姿をしていても守って見せますから…。」

そう言ってその男は英理にウインクをしてみせた。
彼女もそんな彼の仕種に安心したのか、彼の言う通りにしてみた…。
そして…。





















「あっ!!せ、先生!!クランケの意識が戻りました!!!」
「…??!」
「毛利さん!!私の顔が判りますか?!」
「せ、先生…?」
「良かった!これで胎児は助かるかも知れないわ!!さぁ今すぐ出産よ!!」

そして、彼女は無事に赤ちゃん(娘)を産み落とす事に成功した…。