<新蘭篇>


風呂上り、バスローブを身にまとい、髪をドライヤーで乾かす蘭を、新一は眩しいものを見るように見詰める。

「和葉ちゃんたち、大丈夫かな」

そう言った蘭を、新一は後から抱きしめる。

「今は、他のやつの事なんか、考えるなよ」

そういって、蘭のうなじに口付ける。
けれど、そう言う新一自身が、実は今、目の前の蘭とは別の顔を思い浮かべていた。

大阪府警の遠山刑事部長、鈴木財閥会長・鈴木史郎、そして、毛利小五郎。
女たち3人の父親である。

『はは、こんな事になったと知られたら、俺たち3人とも確実に殺されるよな』

しかしすぐに新一の意識は蘭の事のみで占められる。
新一は蘭をそっとベッドに横たえ、囁く。

「ずい分お預けだったからな。今夜は、覚悟しとけ」

蘭は目を丸くする。

「新一、私とエッチした後も、態度は変わらないと思っていたけど、やっぱり変わったね」

思いもかけないことを言われて、新一は眉根を寄せる。
蘭は更に言う。

「遠慮がなくなったよ」
「・・・しゃあねえだろお、ずーっと我慢してたんだからよ。それとも蘭、遠慮して欲しいのか?」
「・・・ううん、そうじゃないけど」
「じゃあ、いいじゃねえか」

そう言って蘭の首筋に、唇を落とす。

「新一、やっぱり、『やりたい』ってのが、男の人の正直な気持ちなのかな・・・」

寂しそうに言う蘭の言葉に、新一は驚く。
新一は蘭の体をそっと離し、立って窓際まで行った。
顔を背けてしまったため、その表情は伺えない。

「新一?」

蘭の不安そうな声が響く。

「蘭が嫌だと言うなら、今夜は何もしねーよ」

蘭の方を見ずに、新一が言った。

「嫌だって言ってるんじゃないの。ただ・・・」

その声が泣きそうになっているのに気付き、新一は振り返る。
新一の目は怒ってはいないけれど、困惑したように揺れていた。

「そりゃさ、女に惚れるのと、抱きたいって欲望が直結しちまうのが男なんだけどよ・・・。欲望だけで女を抱くわけじゃねーよ。・・・って、他のやつがほんとのところどうかまでは知らねーけどな」
「新一・・・」
「俺はさ、蘭を抱いてると、蘭が本当に俺のもんだって安心できるっていうか・・・身も心もつながってるって感じられて、嬉しいっていうか・・・うまく説明できねーけどよ。・・・けどこれも、俺のただの独占欲かもな、やっぱり」
「ねえ新一、新一は他の女の人にそんな気になってしまう事ってないの?」
「・・・なんでそんな事思うんだよ」

今度こそ新一の目に、声に、怒りが含まれる。

「だって、男の人って、好きな相手以外にもそういった欲望は抱くって言うじゃない」

新一は溜め息をついた。

「どっからそんな下世話な話題を仕入れて来るんだ?そりゃあそういった男もいるだろうけどよ、俺は蘭以外の女にそんな気になる事はぜってーねーんだよ!もう昔っから、想像の中で抱くのも蘭だけだったし、欲望処理する時だって、蘭のことを思い浮かべてだったし!俺にはR−指定のやつなんて必要ねーんだって、前に言ったろ?」

新一のあまりの言葉に、蘭は真っ赤になる。
新一と肌を重ね合わせるようになっても、蘭は純粋なまま、何も変わってはいない。
もしかしたら、自分の言葉に呆れてしまったかも知れねーな、と新一は心の内で苦笑した。

「・・・こんな事まで言わせんなよ。そりゃ、欲望がねーなんて白々しい事言うつもりはねーけどさ、それ以上に蘭のことは、傷つけたくなくて、汚したくなくて、大切にしてえんだよ。・・・だから、蘭が嫌だと言うんなら、今夜は何もしねーよ」
「新一、怒らないでよ」

蘭は怯えたように、涙目になっている。
一体何に怯えているのだろうと、新一は訝しむ。

「・・・蘭、おめー、今夜はおかしいぞ。何があった?」
「・・・ううん、何も。ただ、和葉ちゃんを襲ったあの男たちのことを考えると、男の人って何だろうな、って思って・・・」

ああ、その所為か、と新一は納得した。
納得してしまった・・・。

「バーロ。あんな奴等と一緒にすんなよ。俺は蘭が好きだから、抱きたい。俺のもんにしていたい。それじゃ駄目なのか?」
「・・・ずっと、私だけだって、約束してくれる?」
「もうとうに約束してんじゃねーか」
「・・・お願い」

新一は再び蘭の傍まで来ると、その左手をとり、薬指の指輪――新一が贈った、小さなエメラルド入りのシルバーのリングに口付ける。

「何度でも誓うよ。俺には、一生蘭だけだ。・・・愛してるよ、蘭」

蘭はようやく微笑みをみせた。
新一は優しく蘭を抱き締め、通算で何度目になるか数え切れない口付けを交わした。

そこから先は、2人だけの時間――。
新一はこの時はまだ、蘭の瞳の奥に揺らめく不安の影に気付かなかった――。