C-K Generations Alpha to Ωmega
by東海帝皇&ドミ
第二部 勇者激闘編
Vol.10 美和子のお料理ウォーズ 本庁の刑事恋物語EX
200X年2月16日の昼下がり……。
「向こうへ回って、高木君!!」
「はい、佐藤さん!!」
「ええい、小癪なあ!!」
特殊能力捜査部の佐藤美和子警部と高木渉警部補は、提向津港の倉庫街に出現したシャドウエンパイヤのグリーンイグアナ型のシャドウファイター・ビリジアンイグアナ相手に激闘していた。
「てぇい!!」
パアン!!
「ぐおうっ!!」
ライフリボルバーでビリジアンイグアナにダメージを与える美和子。
破壊されても再生するシャドウロードと違い、シャドウファイターは再生能力を持たない為、ライフリボルバーのような魔力を持たない一般人でも使える武器でもダメージを与える事ができるのだ。
が、
「ハア、ハア……。」
「フウ、フウ……。」
一撃で倒せるシャドウソルジャーと違い、シャドウファイターはそれ相応の耐久力を持つ為、攻撃する側の美和子と渉はその分体力を消耗していた。
そこへ、
「やあ、待たせたなあ、二人とも。」
倉庫内に出現した魔法陣から、特殊能力捜査部部長の服部初音警視長がせり出すように現れた。
「遅い、初音!!」
「いやあ、すまんかったなあ。ちと上層部と話し込んでたんで、遅れてもうて。」
「でも助かりましたよ!!」
初音の出現に安堵する二人。
「さて、後はウチに任せてもらうで。」
初音は持ち武器のピースメーカーを、ビリジアンイグアナに向けて身構えた。
「おのれーーーーっっ!!」
ビリジアンイグアナは怒りの表情で初音に向かって駆けだして来た。
が、初音は身動き一つせずに銃を向けたままだ。
そして、
「マジカルフォースシュート、ファイヤァーーーーッッ!!!」
ドーーーーーーン!
「ぐおうっっ!!」
必殺技をヒットさせた。
「おお!!」
「凄い!!」
驚嘆する美和子と渉。
「ぐ……お……のれ……。」
ドゴォォォォォォォォン!!!
ビリジアンイグアナは木っ端微塵に爆散した。
☆☆☆
「初音、ありがとう。」
「本当に助かりましたよ。」
「ま、アンタらは魔力があらへんから、しゃあないなあ。その内、借りは返して貰うから、気にせんでええで。」
「……初音に借りと言われると、何だか恐ろしい予感がするわね。」
「同感です。」
「アンタらなあ……それが恩人に対する態度なんか?」
美和子と渉の言葉に、憮然とする初音。
と、その時。
ぐううううう。
「あら、今の……。」
「初音さんから聞こえたような……。」
「うっさいなー!バトルで腹減ったんや、しゃあないやろ。」
「ははは……こういうところを見ると、初音さんも人間……あたたたたたっ!」
「余計な事ぬかすんは、この口か?」
「初音、高木君がデリカシーないのは、今に始まった事じゃないから、許してあげて。」
「ちょちょちょ……佐藤さん!」
「しゃあないなあ。ほな、美和子に免じて、許したるわ。」
初音に締めあげられかけていたが、解放される渉。
何となく、釈然としない表情である。
「でも、そう言えば私も何となく、お腹がすいたわ。皆で何か食べに行かない?」
「でも、佐藤さん。この辺りの店は、バトルに備えて、全部閉まってますよ。」
「あ、そうか。じゃあ、米花市の方に……。」
「それやったら、うちがご飯を作ってふるまってやるで。」
「ええっ!?初音、ご飯なんか作れるの!?」
「あんなあ。うちはこう見えても、静華おばちゃん直伝の腕前なんやで?」
「静華おばさん……って……?」
「平蔵おじちゃんの奥さんや。」
「えっ!?服部本部長の奥さん!?でも、深層のご令嬢で、料理なんかしないんじゃ?」
「アホぬかすな、静華おばちゃんはお手伝い頼まんと、家事一切切り盛りしてんのやで?当然、平蔵おじちゃん達は勿論、お客さん達も全部、静華おばちゃんの手料理でもてなしや!」
「……こう聞くと、確かに、服部本部長の奥様の腕は確かだと思うけど……。」
「生徒が先生と同じ腕前を持つとは、限りませんからねえ。」
「……あんたらなあ……文句は、うちの料理を口にしてから言えや!」
……という話の流れで、美和子と渉は、初音が下宿している工藤邸まで、決死の覚悟でついて来たのであった。
「あ、初音さん。と、あれ?高木刑事に佐藤刑事?」
「おお、コナン、来とったんかいな。」
「父さんの書庫から、推理小説を持って行こうと思ってさ。」
「もう全部読んでるのに、また読むんか?」
「今手元にあるものは何度も読み尽くしてるから。」
二人のやり取りを聞いた高木警部補と佐藤警部は、コナン@工藤新一は、あの膨大な書庫の本を全部読破しているのかと、唖然とした。
「ところで、何でその二人がここに?」
「バトルで一緒になったさかい、うちがご馳走したる言うて、誘ったんや!」
「へえ。でも、バトルなら、オレも呼んでくれたら良かったのに。」
「シャドウファイタークラスやったら、別にアンタらを呼ぶほどでもあらへんわ。」
「何のかんの言いながら、勤勉だよな、初音さんって。」
「おおきに。せや、コナンも一緒にご飯食べて行かへんか?」
「それはラッキー。実は蘭のヤツ、今夜は空手部の合宿で、夕御飯どうしようかと思ってたんだ。」
嬉々として応じるコナン。
渉がこっそりコナンに耳打ちする。
「コナン君、その……大丈夫かな?」
「大丈夫って……何が?」
「あ、いや。その……。」
渉がちらちらと初音を見ながら口ごもるので、コナンはピンときた。
「まあ、何はともあれ、食べてみれば?」
コナンの余裕の態度に、渉は首を傾げたものの、それ以上何も言えなくなった。
それから、30分後……。
「ささ、召し上がれ♪」
「えっ!?は、速い!もう出来たの!?」
美和子と渉が驚く。
テーブルの上には、この短時間の間に、何品もの料理が並んでいた。
しかも、皆、見るからに食欲をそそる美しい料理だった。
「ま、料理は、見た目じゃなく味よね。」
「じゃ、じゃあ、食べてみますか。」
おっかなびっくりの、美和子と渉。
すると。
「いっただっきま〜す!」
正体を知る皆の前でも、子供らしい挨拶の習慣が抜けないコナン。
パクパクと食べ始める。
その様子を見て、大丈夫そうだと判断した美和子と渉は、それぞれ料理を口に運んだ。
一口食べた途端。
「わ!何これ!?」
「滅茶苦茶美味しいですよ!」
絶賛する、美和子と渉。
「せやから、うちの料理は、静華おばちゃん直伝や言うたやろ?」
「へ?そう?初音さんの料理は、服部家の純和風料理とは随分違うみたいだけど?まあ、どっちも美味しいけどね。」
初音の言葉に、コナンが突っ込みを入れる。
「うっさいなあ。こうでも言わへんと、こいつらは絶対食べてくれへん思うたんや。」
「ああ。確かに、初音さんの料理の腕を知らなきゃ、二の足を踏むかもね。」
「うちはそないに、家庭的雰囲気から遠いんやろか。とほほほ……。」
初音とコナンの会話をよそに、美和子と渉はガツガツとご飯を食べていた。
そして、ようやく人心地つき、食後のお茶で一服している時。
美和子がぽつんと言った。
「ああ。初音は絶対、私の仲間だと思ってたのになあ。こんなに料理上手だなんて、羨ましい……。」
「へっ!?美和子、アンタ……料理苦手なんか?」
「苦手……という以前の問題ね……。」
遠くを見てため息をつく美和子。
「って、まさか!美和子アンタ、全然料理でけへんのかいな!?」
「だって!うちではいつもお母さんが完璧に料理作るし!仕事が忙しいから、暇がなかったんだもん!」
「アホたれ!そないな事が理由になるかいな!アンタのようなヤツに、渉を婿にやる訳にはいかへんで!」
「えええっ!?」
初音がエキサイトして、美和子を指さして言った。
それにショックを受け、ムンクの叫び状態になる美和子。
「あ、あ、あの。初音さん?僕は別に、あなたの息子じゃ……。」
「黙らっしゃい!アンタはうちの部下やろ!息子も同然や!料理も出来ん女の婿にはやれへんで!」
そのやり取りを見て、コナンは呆れた顔をして呟いた。
「このタンカの切り方は、まんま静華さんだな。とは言っても、部下が子供同然なら、佐藤警部だって初音さんの娘同然だろうに、どういう理屈だ?そもそも、高木刑事は婿入りする訳じゃなくて、嫁取りするだろ……多分……。」
美和子は、周りの言葉がもはや耳に入らず、真っ白になっていた。
ようやく気を取り直して、初音の両手をガッシと掴んだ。
「初音!私、一体どうしたら良いの!?」
「せやな。今から、料理の特訓や!」
「師匠!宜しくお願いします!」
「あ、あの……佐藤さん?」
「高木君は、黙ってて!これは、私と初音の問題なんだから!」
渉は呆然とし、コナンは呆れ果てていた。
「話がドンドンずれちまってるような気がするんだけどなあ。」
けれど、妙に燃え上がってしまっている女性二人に、水を差すような愚かな事はしなかった。
☆☆☆
それから、二日たった2月18日の土曜日。
アルファトゥオメガとC−Kジェネレーションズのメンバーが、突然、美和子から晩餐会の正体を受けた。
場所は、工藤邸。
招待を受けて工藤邸を訪れたのは。
高木警部補。
コナンと蘭。
少年探偵団。
そして、大阪からは平次と和葉、そして食通で知られる菫である。
他のメンバーは、呼ばれはしたものの、都合がつかなかったり遠方にいたりで、お断りの返事があった。
「しかし、二日間の特訓で、ものになるもんなのかな?」
「え?新一、今日の招待について、何か知ってるの?」
「ああ、いや、知ってるっつーか……。」
コナンと蘭がこういう会話を交わしている間に、少年探偵団一行が到着した為、話は途切れた。
「よお、コナン!佐藤警部がご飯食べさせてくれるんだってな!」
元太が嬉しそうに言った。
「鰻重あるかな?」
「……冬だからな。どうだろう?」
とだけ、コナンは答えた。
「今夜は、佐藤警部が私達にご飯をふるまってくれるの?」
蘭の言葉に、
「ああ、たぶん。」
と返すコナン。
「楽しみですね。」
「歩美、お腹ぺこぺこ!」
にこやかな光彦と歩美。
哀は顔色が悪く、何となく落ちつかなげである。
「ん?灰原、どうしたんだ?」
「実は……この二日間、工藤邸の方から、何度か異臭が漂って来て……。一体何の実験をやってるのかって、思ってたんだけど……。」
「何?……大丈夫かな?不安になって来たぞ……。」
コナンの顔も、やや蒼褪める。
するとそこへ。
「よお!工藤!……邸に招待、ありがとさん。」
思わず工藤と呼びかけそうになり、少年探偵団のメンバーを見て慌てて取り繕う平次。
和葉が平次の脇腹を思い切り小突いた。
「そう言えば、新一お兄さんは来ないの?」
歩美が蘭に向って言った。
「新一は今夜、どうしても離せない事件があって。」
さすがに式神に食事はさせられない為、そう言って誤魔化す蘭。
「でも。だったら何で、こっちの大阪のお兄さんはいるの?新一お兄さんだけ呼ばれて、平次お兄さんは悠長にお食事?」
歩美の鋭い突っ込みに、一同はタジタジとなった。
後になって「やっぱり女の勘は侮れない」と、語り草になるのであるが、それはまた別の話。
「あ、や、せやからな。平次は大阪の事件専門で……。」
「だって!帝丹高校の殺人事件の時……!」
和葉の言い訳に、歩美が更に突っ込みを入れる。
「あんな。オレは、工藤が関わってる事件に、今回、呼んで貰えへんかったんや。せやから、もうそれ以上、その件は突っ込まんでくれへんか?」
平次が、やや憮然としながら、その場を収める為の口実を作って言った。
「あ!ご、ごめんなさい!歩美、無神経な事言っちゃったのね……。」
歩美が目に涙を浮かべて謝ったので、真相を知る一同は良心がチクチク痛んだが、仕方がない。
和葉が小声で平次に文句を言う。
「平次、アンタもっとええ言い訳あらへんかったん?」
「アホ。オレにそないな気遣い求めんなや!」
少し険悪なムードになりかけたその時。
「うち、もう、お腹と背中がくっつきそうや!はよ、ご飯食べにいこ!」
「あ、そ、そやな。」
「そうね、早く行こう。」
菫の明るい一言で、一転、場は笑いに包まれ、和やかになった。
そして一同は、工藤邸の食堂テーブルに着席した。
「どんな料理が出るかな!?」
わくわくした表情の元太。
「初姉さん仕込の料理やったら、うまいやろなあ。楽しみや!」
菫も、わくわくした表情で言った。
そして、高木刑事も。
「佐藤さんが、俺の為に手料理を……うう、生きてて良かった!」
そうこう言っている内に、
「お待たせ〜。」
料理を手にした美和子が、入って来た。
一同の前に、まずは前菜の皿が並ぶ。
「何かしらこれ?和風でもないし中華風でも洋風でもなさそう。」
「けど、何や綺麗な盛り付けやね。」
「創作料理みてえだな。見た目は綺麗だけど……材料が何なのか、検討つかねえな。」
「とにかく食べてみましょうよ。いただきま〜す!」
そう言って歩美が料理を一口、口に運んだ。
その途端、
ぴしっっ……。
固まってしまう歩美。
「ど、どうしたの歩美ちゃん?」
「きっと、ウマ過ぎて声も出ねえんだな。じゃあ俺も、いっただっきま〜す!」
そう言って元太が料理を口に運び、一同も習って皆料理を口にした。
その途端。
ぴしっっ……。
一同全員、フリーズしてしまった。
いや、一人だけ例外がいた。
高木警部補である。
「うう。佐藤さんの手料理……何て美味いんだ。」
感涙にむせぶ渉をよそに。
一旦フリーズしていた一同は……。
「ゲホゲホ!」
「ぶはっ!み、み、水!」
「な、何やのんこれ!?」
すごい大騒ぎになっていた。
「これ……食べ物なんか……?」
「もしかして、化学薬品で食べ物を作る実験でもしてたのかしら?」
「とても、人間が食うもんやあらへんで!」
そこへ。
「どうだったかしら?」
美和子が、次のメインディッシュを手に、登場した。
一同は思わず、顔を見合わせる。
そして、本当の事を言うべきかどうか、逡巡していた。
嬉々として食べている高木警部補に目を向け、「彼が良いなら、良いのかも」と、黙っておこうとしていたが。
「ちょっと美和ちん!こんなん、人間が食うもんやあらへん!料理上手とか下手とか以前の問題やで!」
食に正直な菫が、血相を変えて美和子を指さして叫んだ。
「ええっ!?そ、そんなバカな!私は初音の指導通りに作った筈なのに!」
「せやけど、ホンマに、不味い以前の問題なんや!」
エキサイトする菫。
平次達は、
「お、おいちょお待て御剣!落ち着けや!」
「そ、そやで、スミレちゃん!!」
と諌めるが、
「これが落ち着いてられるかいな!!あんなゲテモン食わされて、とても黙ってられへんわ!!!」
菫は聞く耳を持たない。
そこへ。
「超うまいっすよ、佐藤さん!」
高木警部補ののんびりした声が聞こえ、一同脱力した。
「ほら、高木君はああ言ってるじゃないの。」
美和子は、ホッとした表情で言った。
が、
「アレは例外やで!渉きゅんは舌がおかしいんや!」
「なっ、ちょっと!高木君をバカにするのは止めてちょうだい!だったら、メインディッシュを食べてから、判断してくれる!?」
初めはオロオロしていた美和子だが、菫が渉を愚弄したせいで釣られてエキサイトしてしまい、売り言葉に買い言葉状態になってしまった。
そして一同、まだ食べなければならないのかと、蒼白になった。
「で、で、でも。もしかしてもしかしたら、次の料理はまともかも。」
光彦が、妙に分別臭い事を言った。
「そ、そうかも知れないわね。」
「でも、とても期待できそうもないけど。」
あんまりあてには出来ないが、それでも、一同は「今の料理よりはマシな筈」と、次の料理に取り掛かる事にした。
その後に、更なる地獄が待ち受けているとも知らずに……。
一同は、目の前に並べられた皿を見詰める。
美しく盛り付けられているけれど、やっぱり材料が分からない。
「これ。何ですか?」
光彦の問いに、美和子がにこやかに答えた。
「見て分からない?魚料理よ。アジのマリネ。」
「マリネ?これが?」
やっぱりどう見ても魚には見えない。
一同の背中を冷や汗が流れるが、
「ま、まあ、料理は見た目やあらへんし、一つ食うてみよやんか。」
「そ、そうですね。」
「ああ、ウチ生きてられるやろか……。」
意を決して料理を口に運んだ。
すると。
バタッ!
バタバタバタバタッ!
渉一人を残し、やっぱり全員がその場に悶絶してしまった。
そして、当の渉と美和子は、周囲の様子にも気付かずに、ラブラブな会話を交わしていた。
「佐藤さん。これ最高っすよ。このスズキのムニエル。」
「うふ、ありがと、渉君。でもそれ、アジのマリネなの。」
「あ、そうでしたっけ。でもホント、美味しいっす。」
渉に絶賛されて気を良くした美和子は、自分も食べてみようと、一口。
そして。
バタッ!
「あれ!?さ、佐藤さん!?」
美和子も、その場に悶絶してしまったのであった。
「佐藤さん、佐藤さん!」
渉が美和子を心配して起こそうとした、が。
バタッ!
渉も、皆に遅れて、その場に悶絶してしまったのであった。
しかも、口から泡を吹いて。
合掌。
☆☆☆
2時間後。
「お、おい。みんな。生きてるか……?」
台所から這い出て来たのは、服部初音であった。
彼女は、美和子の作った料理を試食して、皆に先駆けて悶絶してしまっていたのであった。
「は、初音さん?……ハッ!!蘭!蘭、無事か!?」
ようやく目を覚ましたコナンが、最初に心配したのは蘭の事であったが、それも致し方ないだろう。
「う……。」
コナンに揺すられて、蘭もようやく目を開ける。
「と、とりあえず。俺達は生きてるぜ……。しかしこれは……。」
周囲を見回すと、全員、ナルト目で気絶していた。
「おい、初音さん!一体、どういう料理指導をやらかしてくれたんだ!?危うく死ぬとこだったぜ!」
「そ、そないに言われても、まさかあそこまでとは……。」
と言った途端、初音は再び倒れてしまった。
「う……ん……。し、新一。これは一体……?」
頭を振りながら周囲を見回す蘭。
「料理が出来ない佐藤警部に、料理上手な初音さんが指導をして、今日の晩餐会になった、って事なんだけど……。」
「でも。あれは……料理だったの?」
蘭の母親である英理は、料理が破壊的に下手であるけれど。
それでも、不味いだけで、一応は人間の食べるものであった。
正直、今夜出てきたものは、とても料理とは思えない代物だった。
「あれ?高木警部補まで気絶しちまってる……美味い美味いって、喜んで食ってたのに。ははは。やっぱり、体は正直なんだな……。」
コナンが乾いた笑いを洩らしながら言った。
「新一。その言い方って、何か、やらしい。」
蘭が眉をしかめて突っ込む。
と、そこへ。
「……こ、これは、人間が食うもんやあらへん……。」
気絶したままの菫の声が聞こえた。
「美味いっすよ……佐藤さん……。」
「うふ……ありが……と……高木……君……。」
高木警部補と佐藤警部の声に、二人が目覚めているのかと見てみたが、やはりまだ、悶絶したままであった。
とりあえず、全員、命は無事らしい。
コナンは、ホッとしながら、乾いた笑いを洩らすしかなかった。
☆☆☆
そして、翌日の2月19日日曜日。
「……。」
警視庁捜査一課では、美和子が机に突っ伏して、どんよりとしながら毒電波を垂らしまくっていた。
「一体、佐藤さんはどうしたんですかね?どう見ても尋常では無いですよ。」
白鳥警部が心配して、たまたま捜査一課に来ていた由美に尋ねた。
「それなんだけどね。」
由美は、昨夜の出来事について白鳥警部に語った。
さすがに、美和子は今回の事を親友の由美にも話す気力はなく、由美は、美和子の事を心配している蘭から、話を聞きだしたのである。
蘭からの話なので、実際にあった出来事よりは、かなり表現が抑えられていたけれど。
美和子の作った料理が大失敗で、招待された者達が悲惨な思いをした、という事だけは伝わっていた。
「……そうですか……それは、ご愁傷さまというか何というか……。」
「白鳥警部。料理上手な小林先生が恋人で、良かったわね。」
「いや別に、それで相手を選んだ訳では……。」
と、そこへ。
「何だと!?佐藤さんの手料理をご馳走になりながら、不味いと文句を垂れるとは、何たる贅沢者!」
「一体どういう神経をしてるんだ!!」
「全く信じられんわ!!」
耳をダンボにして話を聞いていた強攻3班の刑事達が、エキサイトする。
「あ、あのね。高木君は美味しいって言ったらしいわよ。」
「なな、何と!!?」
「何だとーー!?高木ィ、佐藤さんの手料理をご馳走になるとは!その罪、許し難い!」
「あの野郎!上手くやりやがって!何て羨ましい!」
「くっそー!ぜってー許せねえ!」
更にエキサイトする強攻3班の刑事達。
由美は呆れて、顔に汗を貼りつかせる。
と、そこへ。
「お、おはようございます。」
やや顔色悪くげっそりした高木警部補が、出勤して来た。
そして、一同の殺気を帯びた視線に、ビクビクとする。
「あ、あの……?」
「高木。お前、佐藤さんの手料理をご馳走になったのか!?」
途端に、幸せそうなニマニマ笑いを浮かべてしまう渉。
勿論、その表情が強攻3班の怖いおぢさん達の怒りの炎に、油を注いだのは言うまでもない。
千葉刑事が、由美に尋ねた。
「ところで、佐藤さんの料理って、どんなものなんですかねえ?」
「知らぬが仏ってもんよ。」
「?」
その後、渉がどうなったのか。
それは、あまりにも気の毒なので割愛させて頂く。
……合掌……。
☆☆☆
その日の午後。
コナンと蘭は、美和子から呼び出され、毛利探偵事務所の下にある喫茶店「ポアロ」にいた。
皆、この前のやつれを少しばかり残していた。
「佐藤刑事……いえ、佐藤警部、どうなさったんですか?」
「わ、私……どうしたら良いのかしら?あれじゃ……料理上手下手とかの問題じゃ、ないわよね?」
「まあでも、今はお料理出来なくても、何とでもなりますから。夫婦共働きなら……。」
蘭が、額に汗を貼りつかせながら言った。
「そ、そんな訳には行かないわ!初音からも、料理が出来ない女は高木君の嫁失格って言われるし!そ、それに……子育ての時、母親がご飯作れなくて、どうするのよ?」
既に、渉との具体的な結婚生活ビジョンを思い描いているらしい美和子に、コナンと蘭は赤面する。
コナンが、ゴホンと咳払いした。
「あ、あのさ。初音さんの作ったレシピって、どんな事が書いてある訳?」
「へ?レシピ?そんなのないわよ。」
「え?レシピがない?」
「隣で声をかけて貰いながら、その通りにやったの。」
「あ、あの。調味料の分量とかは、どういう風に?」
「あ、それは。指で挟んだり掌に乗せたりして……。」
「……もしかして。計量カップもスプーンも何も使わず、タイマーもかけず、全部、勘で?」
「そう。」
美和子がこくりと頷き、コナンと蘭は思わず天井を向いた。
「何となく、分かった。初音さんの料理は、ある意味達人の域なんだけど、超人的な勘が頼りの、初音さんにしか出来ない料理なんだよ。」
「うん。そうみたいだね。佐藤警部、教師役の選定を誤ったんじゃないですか?」
「そ、そうなの?」
「丸っきり料理のド素人なら、いきなり初音さんのような天才的山勘達人から教わるより、基礎をキッチリ押さえて教えてくれる人の方が、良いと思うよ。」
「コナン君。そういう相手に、心当たりある?」
「佐藤警部の目の前にいるじゃない。」
そう言って、コナンは蘭の方を見た。
「え?私?」
「蘭…姉ちゃんは、ずっと毛利家の主婦代わりだったし、料理の腕は保障するよ。料理の見た目は普通だけど、味はピカイチだから。」
「し、新…コナン君……。」
コナンの言葉に、蘭は赤面する。
「で、でも。」
「何か、気になる事でも?」
「あ、あの……その……妃弁護士の料理って……。」
「ああ。警察内にまで、おばさんの料理の腕前、知れ渡ってるの?」
美和子は頷く。
言葉を濁しているが、言いたい事は分かって、コナンも蘭も苦笑した。
「えーっと……。蘭姉ちゃんに料理の基礎を教えたのは、俺…僕の母さんだし。それに蘭は、ちゃんと料理の本を読んで勉強してっから、大丈夫だよ。」
コナンの言葉に、美和子はハッとした。
蘭が子供の頃、英理が毛利家を出て別居していたので、蘭に料理を教えたのは母親ではなかった事に、今更ながら気付いたのである。
「ま、ものは試し。今夜、食べてみる?あ、蘭姉ちゃん、勝手に話進めてっけど、良い?」
「当たり前じゃない!いつもお世話になってる佐藤警部の為だもん!私で力になれる事があったら、なんなりと。」
「……。」
三人のやり取りの一部始終を聞いていたウエイトレスの梓だが、下手に口を出すと何やら災いが自身に降りかかれそうなのを本能で察知し、敢えて口を出さないままでいた。
そして。
上の毛利邸で食べた蘭の料理に感動した美和子は、さっそく蘭に師事して料理の特訓を開始したのであった。
☆☆☆
次の2月25日の土曜日。
アルファトゥオメガとC−Kジェネレーションズのメンバーは、またもや、工藤邸で行われる美和子開催の晩餐会に招待されていた。
先週欠席していた、CーKジェネレーションズサブリーダーの快斗は、今週は幼馴染み兼恋人の青子や親友の恵子を伴って訪れていた。
「先週は失礼♪いや、ちょうど、どうしても見たかったマジックショーがあってさあ。」
「それもだけど。快斗、魚料理が出るって聞いて、逃げたんじゃない。」
「なるほどね。」
「そうらしいわね。知らなくて、ごめんね〜。今夜は、黒羽君の為にお魚料理はないから、どうぞ安心して召し上がれ♪」
「それじゃ、遠慮なく。って、参加者はこれだけ?」
美和子に案内された快斗は、食堂を見回す。
当然の事ながら、先週散々悲惨な目に遭った面々は、コナンと蘭を除いて、皆丁重にお断りの連絡が入っていた。
特に少年探偵団は数日間悪夢を見たかのように魘され、その為に親達の怒りは凄まじかった。
中でも、
「元太に何かあったらどう落とし前をつけてくれんだ、ええ!!?」
元太の父の元次は凄みを見せ、
「しばらくそちらでの食事は控えさせて下さい。」
光彦の姉の朝美や他の親達も、言葉は丁寧ながらも、怒りを露にしていた。
また、哀は誘いを聞くや、
「悪いけど、もう人柱は御免蒙るわ。」
と、冷たい瞳で返答して辞退した。
そして。
「白馬は、先週からずっと、小泉さんと共にパリにいるって連絡が入ったけど。」
「へっ?おっかしいなあ。昨日は学校に来てたのに。また、あっちに行ったのかな?」
「紅子ちゃんも、白馬君も、何だかすごく忙しそうだね。」
(さては、どこかから話を漏れ聞いて、逃げたな……。)
コナンは苦笑した。
アルファトゥオメガのメンバーは、武琉以外全員が、菫から話を聞いた為、欠席している。
勿論、それぞれにもっともらしい理由は、でっちあげてあったが。
(もしかして白馬、紅葉さんから話を聞いたのか。あ、そう言えば桐華さん、虎姫グループのパーティーへの出席の為に、参加を断ってたけど、だったら武琉君がここにいるのはおかしいな。……って事は、お姉さんから何も聞かされてねえって事だな。気の毒に……。)
更に乾いた笑いを浮かべながら、武琉に同情するコナンであった。
結局、今夜の参加者は。
コナンと蘭。
快斗と青子と恵子。
真と園子。
瑛祐。
虎姫武琉。
そして、渉。
以上である。
ちなみに、初音は今、大阪の服部平蔵本部長から呼びつけられ、こってりと絞られていた。
理由は勿論、平次と和葉、菫が寝込んでしまった為である。
特に食にうるさい菫が、
「美和ちんの料理食うくらいなら、死んだ方がずっとマシやあ〜〜〜〜〜っっ!!!」
と、憤激のあまり平蔵にある事無い事散々喚き散らしていたのも一因となっている。
今回ばかりは、初音に咎があるとも思えず、コナンは少しばかり同情する。
(良くも悪くも、あの人は、騒ぎの中心だよなあ……。)
そして、晩餐会が始まった。
まず出て来たのは、サラダとスープである。
数種類の生野菜にほぐしたローストチキンとゆで卵が入ったサラダに、選んだドレッシングをかける。
スープは、カリカリベーコンと玉葱・人参が入った、コーンスープ。
「へえ、オーソドックスだけど、美味しいじゃん。」
「行けるよ、これ。」
「おいしーい!」
絶賛する快斗、青子、恵子の江古田組。
「良い出来ですね。」
「ホントに美味しいです!!」
真・武琉師弟も舌鼓を打つ。
「佐藤さん、最高っす。」
渉も含めて皆、口々に褒めた。
コナンと蘭も、まずまずの出来栄えに、ホッとする。
美和子も、今回皆が絶賛するので、気を良くした。
「はい、お次はメインディッシュよ。」
出て来たのは、ハンバーグのビーフシチューかけ。
付け合わせは、ジャガバターと人参のグラッセとクレソンである。
「お、うまそう。けどこれ……何か、工藤の好みって感じがするんだけど、気のせい?」
快斗の言葉に、美和子の料理教師だった蘭は赤面する。
確かに、この料理は特別力を入れて教えた……ような気がする。
ハンバーグも、かけているビーフシチューも、全部手作りで、皆の大絶賛を受けた。
ご飯とパンは、それぞれの好みで選ぶようになっていた。
ロールパンが籠に盛られている。
「お。もしかして、このパンも、手作り?」
「ちょっと焦げてるし、形も少しいびつだから、そうなんじゃない?」
「でも、美味しい!」
「味は最高ですよ。」
「素晴らしい出来ですね!」
「今日参加出来なかった奴ら、損したよな。」
コナンも、少年探偵団も大阪組も、今日参加すれば良かったのにと考えていた。
(けどまあ……先週の悲惨な出来事がなかったら、佐藤警部が蘭に料理を習うって話には、ならなかったもんなあ。)
美和子は、やると決めたら、熱心に全力で取り組む性質のようである。
これで、まともな料理が作れるようになったんだなと、コナンはホッとしていた。
「これだけの事を佐藤警部に教え込むなんて、蘭もやるじゃん。これなら新一君の妻として十二分に通用するわね〜。」
「なななな何て事言うのよ園子は!!!」
顔が真っ赤になる蘭。
「おいおい……。」
呆れるコナン。
食後の締めくくりには、コーヒーが出た。
そして。
「はい。今日は頑張ってデザートも手作りしてみました!」
出て来たのは、シンプルなチョコレートケーキである。
コナンが蘭に目で問い、蘭は首を横に振った。
さすがに、この数日で、ケーキ作りを教えるまでには至っていない。
「っていうか、私、こういう本格的なケーキは、まだ……。」
(そう言えば蘭のヤツ、レモンパイも、あの時が初めてだったんだよな……。佐藤警部、基礎をクリアしたところで、自分でケーキ作りに挑戦したんだろうか?)
シンプルだが、見るからに美しく、美味しそうに見えるチョコレートケーキ。
「へえ、これは美味そうだな。」
甘いものには目がない快斗は、大喜びである。
「アレだけの料理の腕前を見せたんだから、これも美味いに決まってますよ。」
ケーキにフォークを入れる瑛祐。
「では、頂きまあーす♪」
皆、わくわくしながら、それぞれ一口、口に運んだ。
そして。
次の瞬間。
バタッ。
バタバタバタバタッ!
直前までの雰囲気が一気に吹っ飛ぶかのように全員、ナルト目で悶絶してしまった。
快斗や瑛祐に至っては、口から泡が吹き出るほどであった。
いや、一人例外が。
「佐藤さん。このチョコケーキ、最高っす。」
「うふ、ありがと、高木君。でもそれ、チーズケーキなの。」
「あ、そうなんすか。すみません……。」
「じゃあ、私も一口……。」
バタッ!
「さ、佐藤さん!?佐藤さあぁぁああぁん!」
合掌……。
☆☆☆
2時間後。
「佐藤警部、一体どういう事なんだ!?あれは蘭が教えたもんじゃねえだろ!?」
コナンは蘭をまたまた気絶させられた怒りのあまり、年輩者である佐藤警部に対して、乱暴な口調になっていた。
「あ、あの、その……前に初音に教わったケーキで……。」
「まだ懲りてなかったのかよ!?」
「ごめんなさいい!初音が作ったケーキの味が忘れられなくて……蘭さんから基本を教わった後だから、今度は大丈夫かなと思って……。」
「だーかーらー!初音さんのは天才山勘料理だから、絶対凡人が真似しちゃ駄目だっつーの!」
「こ、コナン君落ち着いて……。」
「佐藤さんも決して悪気があってやった訳じゃないんですから……。」
コナンのあまりの憤激っぷりに、気絶から回復した真と武琉が必死に宥める。
が、
「今回が初めてなら俺もこんなに怒んねーさ!!でも、真さん達は先週の事を知らねーからそんな事が言えるんだ!!」
「ま、まあ新一……。」
一向に収まらないコナンを、蘭も必死に宥めていた。
「う〜〜〜〜〜、でも今回ばかりは新一君に同意するわ……。」
「至福感があの一口のケーキのせいでいっぺんに吹っ飛んだわ……。」
ようやく起き上がった園子と恵子だが、すぐには正常に戻れず、頭を振っていた。
「ねえ、快斗。瑛祐君が一向に起きないけど、大丈夫かな?」
「ほっとけ。その内目が覚めるだろーよ。」
平蔵に締めあげられてるだろう初音に同情していたコナンだったが、やっぱり諸悪の根源はあの人かと、考えてしまう。
美和子もその気になれば、普通にまともな料理が作れるのに、最初の教師がとんでもなかったばかりに、こういう事態が引き起こされてしまったのであった。
程なく瑛祐も目を覚まし、一同は今迄の経緯をコナンから聞き、憔悴しながら憮然としていた。
美和子はひたすら、
「本当に、ホントーにごめんね、みんな!!」
皆に対して手を合わせながら頭を下げて謝る。
すると。
渉が、美和子の肩に手を掛けて、言った。
「佐藤さん、俺には最高だったっす!また作って下さい、あのチョコケーキ。」
「うふ、ありがと、高木君。でもあれ、チーズケーキなの。」
「あ、そうでしたね。また、間違えたっす。」
「良いのよ。今度は、高木君の為だけに作ってあげるわね♪」
二人のやり取りに、一同はガックリとなった。
「ま、結局の所、高木刑事が満足してんだから、それで良いんじゃねえか?」
「同感。ただ、この先は、俺達を巻き込まないで欲しいぜ……。」
苦笑して顔を見合せた、コナンと快斗であった。
☆☆☆
その後、美和子の料理の噂を聞きつけた強行三班の刑事達が彼女に料理をねだった所、これに気を良くした美和子が手製のケーキを彼等に振舞った。
白鳥警部は、小林先生から貰ったケーキを食べたばかりで満腹だった為という理由で、固辞した。
……直後、強攻三班がしばらくの間機能不全に陥ったという。
この様子に美和子の親友の由美が一言。
「愛しの女性の手作りケーキで天国に行けて良かったじゃない♪」
こうして、美和子はまた一つ、警視庁内に『冬名峠の銀箔の魔女』に続く伝説を作った。
『魔界のキラーシェフ』という伝説を……。
To be continued…….
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