C-K Generations Alpha to Ωmega



By 東海帝皇&ドミ



第二部 勇者激闘編



Vol.14 虎姫家の人々



3月12日の月曜日の午後。



「……ハア。」

ため息をつきながら、米花市を歩く少年・武琉。
彼の足は、毛利探偵事務所の方へ向かっていた。

地図と照らし合わせながら歩き、毛利探偵事務所の表示を見つけ、ホッとしたような顔になった。

キョロキョロと、周囲を見回す。
すると、階下のポアロから出て来たウェイトレスの梓が、声をかけた。

「ボク、どうしたの?」
「あ、あの。毛利探偵事務所に……。」
「それなら、ここの二階よ。」
「あ、はあ、まあ、それは分かるんですけど。どうやって入ったら良いのか……。」
「ええっ?その階段を上がって、二階の扉を開ければ良いのよ。」
「あ、ああ、そうなんですか。丁寧に教えて頂いて、ありがとうございます。」

武琉は梓にぺこりと頭を下げ、階段を上って行った。

「……まあ、確かに、階段に表示がないから……あの位の子供だったら、どこから入ったら良いか、迷うのかもね。」

梓はひとりごちて、ポアロに戻って行った。

階段を登った武琉は、ドアの前で逡巡しながら、呼び鈴を押した。
ほどなく中から扉が開いた。

「はい……毛利探偵事務所……って、何だ、ガキか。オメー、コナンの友達か?」
「あ、ああ、はい。コナン君か、蘭さん、いらっしゃいませんか?」
「……妙に礼儀正しいガキだな。多分、コナンは上の住居の方にいると思うぜ。もう1階上だから……。」
「あ、あの。勝手に上がって宜しいのでしょうか?」
「んあ?ああ、遠慮はいらねえ。」
「あ、ありがとうございます!あ、そう言えば、あなたは、眠りの小五郎で名高い、毛利探偵ですよね!」
「おほ。オメーのようなガキまで、俺の事を知ってんのか。俺も、まだまだ捨てたもんじゃねえなあ。」
「以前、祖父がお世話になりまして。」
「は?オメーのお爺さんが?名前は?」
「はい!虎姫功志郎といいます!」
「虎姫……功志郎……?はっ!!ま、まさか!ミカエルグループの会長の!?」
「はい、そうですけど。」
「そそそ、それは、大変失礼を!ささ、どうぞお入り下さい。」

小五郎は武琉の素性を知るや、今までのぞんざいな態度とは一変する。

「え?あ、あの……。」
「今、コナンを呼んで参りますので。ささ、どうぞ、ソファに腰かけてお待ち下さい!おーい、コナーン!」

小五郎が扉から出て階段を上がって行くのを、武琉は不思議そうに見送り、言われたままにソファに腰かけていた。
ほどなく、コナンが小五郎に連れられてやって来る。

「やあ、こんにちは、武琉お兄ちゃん!」

コナンは満面の笑みで言って。
武琉は内心

(ははははは……。)

と笑うしかなかった。


「確か冷蔵庫に……あ、あったあった!ささ、ジュースをどうぞ!」

小五郎がグラスにジュースを注いで武琉に出した。

「あ、おじさん。僕達、遊びに行くから、お構いなく。」
「お前には構ってない。そちらのお坊ちゃんに、お出ししたんだ。」
「あ、そう……。」

呆れた顔をするコナン。

「先週は、蘭とコナンがお世話になって……わざわざ連絡まで頂き、恐縮です。」
「あ、いえ、それは姉で、僕は何も……。」
「ただ、あなたのお爺様の件、私はどうも、覚えがないんですが……。」
「あ、いや、正確には、祖父の兄の事で……。」
「お爺様のお兄さん?いや、しかし、虎姫というお名前の方の依頼は、受けた事がないと思うんですがねえ。」
「実は、祖父は婿養子なんですよ。」
「はい?」
「おじさん。ほら、昔、籏本家の事件(コミックス第3巻FILE.1〜6、アニメ第10・11話「豪華客船連続殺人事件」参照)を解決した事があったでしょ?」
「籏本……?ああ、そう言えば……って、虎姫功志郎さんは、あの旗本豪三会長の弟さんだったんですか!」
「そうです。祖父は籏本家を出た立場ですが、その件は非常に恩義を感じておりまして、いずれはご挨拶に伺いたいと申しておりました。」
「そそそのような、おそれ多い!こっちの方が挨拶に伺う立場なのに!」

そこへ。

「ただいまあ。」

蘭が帰って来た。

「あら、武琉君?こんにちは。」
「……蘭姉ちゃん。僕さ、武琉お兄ちゃんと遊びに行く約束してるんだけど。蘭姉ちゃんも、一緒に来てくれない?」
「え……?(お父さんに聞かせられない話が、あるって事なのね。)うん、分かったわ。着替えて来るから、ちょっと待っててくれる?」
「蘭も一緒にって、何して遊ぶんだ?」
「阿笠博士のとこに、発明品を見に行く事になってんだ。」
「ふん。そうか。くれぐれも、粗相のないようにな。」
「はあい。」

ほどなく戻って来た蘭と共に、3人は工藤邸へと向かった。



   ☆☆☆



工藤邸にて。



武琉に、何か話があるらしいと察したコナンと蘭は、3人で話をする予定だったのだが。

「何で、オメーと京極さんがここにいんだよ?」

どういう訳か、園子と真も、工藤邸に来ていたのだった。

「いや、私は、陽介君に用事だったんですが、お留守だったもので、こちらに……。」
「私は、真さんの付き添い。」
「あっそ……。武琉君、この2人も同席で構わねえか?」
「ええ、勿論です!仲間ですから!」
「ふうん。じゃあ、新一君と蘭に相談したい事でも、あった訳ね。もしかして、お姉さんの事?」
「な、何で分かるんですか!?」

園子の指摘に驚く武琉。

「そりゃあまあ……ねえ?」
「まあ、この前の騒ぎの後だからなあ。」
「そうなんです!相談は、その事と関係があるんですよ!」
「ただ、高千穂警視の事は、基本的にレオン王太子が何とかする事だし、俺達には何とも……。」
「いえ、その事じゃないんです!あ、や、関係はありますけど!」

そして、武琉は前日の出来事を話し始めた。



   ☆☆☆



前日の3月11日の日曜日の昼……。



「桐華姉さん。昨日はお台場では苦戦して、あわやという所で、大変だったそうですね。お疲れ様でした。」
「ありがとう、武琉さん……。」

心配している武琉に対し、優しく応える桐華。
彼女は日曜の昼前ぐらいにお台場から戻り、そのまま休養していたのである。
が、

「でも、ご無事で何よりです。何でも、青子さん達の大活躍だけでなく、福岡県警の高千穂晴香警視が助けて下さったそうで、良かったですね。」
「!」

こう武琉が言った途端、

「……何が、良いものですか!」
「えっ?」

今までの桐華の表情が一変する。

「あの、横取り泥棒ネコの年増女!あんな女に助けられなくても、ワタクシ達は充分戦えましたわ!」
「で、でも!陽介さんや風吹さんのお話では、あわや殿下がトドメを刺されそうになった所を、高千穂警視が間一髪……。」
「だから!それが、あの女の手なのですよ!危機一髪の所を助けて、殿下の心を奪おうという、姑息な手ですわ!もっと早くに参戦していたら、ワタクシ達もあそこまで追い詰められる事もなかった筈ですのに、あの女は、殿下が危機に陥るまで、じっと傍観していたのですわ!」

邪推を捲くし立てる桐華。

「えっ?さ、さすがにそれは違うのでは!?仮にも、警察官ですし、本当にギリギリの時に間に合った……。」
「何?武琉さん、あなた、あの女の肩を持つおつもり!?」

桐華は武琉をキッと鋭い目で睨みつける。

「え。ええっ!?か、肩を持つとか、そういう事ではなくてですね……。」
「あなたの姉であるこのワタクシより、あの、横取り泥棒ネコの年増女の味方をするって、そう言うんですの?一体、あの女にどんな手を使って懐柔されましたの!?」
「ちょちょ、ちょっと待って下さい!懐柔も何も、僕はまだ、高千穂警視とお会いした事は……!」
「たった二人きりの姉弟なのに……!ワタクシを裏切るのですね!ああ……ワタクシ、何て不幸な女なのでしょう!?」
「い、いや、だ、だから、裏切るとか、そんなんじゃなくて!姉さん、落ち着いて下さい!」
「ワタクシは、落ち着いていますわよ。ええ、この上なく、落ち着いていますとも!」
「いつもの、姉さんに戻って下さい!」
「武琉さん。あなたは、ワタクシを乱心者呼ばわりする気なのですね!ああ……たった一人の弟と思い、信じたワタクシが、バカでしたわ!わああああっ!!」

桐華はその場に突っ伏して泣き出し。
武琉はどうしようもなくて、オロオロした。

「そうだ、姉さんの好きなあれを……。」

武琉は慌てて、自ら冷蔵庫を開け、冷やしてあったシャンパンをグラスに注いで、急いで桐華の元に戻った。

「姉さん、これでも飲んで落ち着いて……。」
「……まさかこれに、安定剤を混ぜて飲ませて、ワタクシを眠らせようって言うんじゃないでしょうね!?」

桐華は、安定剤はアルコールととても反応し易い事を知っていて、このような邪推をしていた。

「ええっ!?そ、そんな!ただこれは、姉さんのお好きな飲み物だからと……!」
「どうでも、ワタクシを、乱心者にしたいのですわね、あなたは!」
「ね、姉さん……(したいも何も、本当に乱心者じゃないですか、今の姉さんは……。)じゃあ、これは片づけて来ます……。」
「……それ、お寄こしなさい!」

桐華は、武琉からシャンパンをひったくると、ぐっと一気に飲み干した。
いつもはその程度で酔わない桐華だが、今日はあっという間に出来上がってしまう。

「そ、それじゃ僕はこれで……。」
「お待ちなさい!」
「うわあっ!?」

去ろうとする武琉の襟首が、桐華にガッシと掴まれ。
そしてそれから。

「大体あの女は、無駄に乳がでかいババアのクセして……ワタクシの……あの胸も整形に決まってますわ!……教養もないクセに法律の雑学知識だけをひけらかして……あんな悪徳警官が警視だなんて、福岡県民の方々は本当に気の毒ですわ……家柄が自慢らしいけど、どうせどこかの誰かにお金を積んで系図を偽造したに決まってましてよ……ホント罰当たりな…………。」
「…………。」

武琉は桐華から夕方ぐらいまで延々と、高千穂晴香警視の悪口を、ある事ない事(ない事の方が圧倒的に多く)聞かされる羽目になったのであった。



  ☆☆☆



「「「「…………。」」」」

武琉の話を聞いたコナン達は、開いた口が塞がらなかった。
そして。

「……はあ、こりゃ相当重症だな……。」

コナンはため息をついて呆れてしまう。

「何か武琉君、超気の毒……。」

蘭も思わず同情する。

「姉さん元々はあんなんじゃなかったのに、何であんな風になってしまったんですかね……。」
「そりゃもう、恋敵の高千穂警視が現れたからじゃない?」
「そうそ。恋は人を狂わせる面も持ってるからねえ。」
「そ、そうなのでしょうか?私には分かりませんが。」
「まあ、ライバルがいなくて順風満帆だったら、活力になり励みになりと、良い面ばかりなのかもしれねえけど。やっぱり、恋敵が出来ると……しかも、恋人がそちらにも揺れてると、悪い面も出て来るんだろうなあ。」

全員、腕組みをしてうーんと考え込んだ。

「そこが、問題なのよね。正直、レオン殿下が、あんなにフラフラする人だとは、思わなかったわ。」
「そうよね、幻滅ー。」

蘭と園子が、言った。

「よく言うぜ、オメー、スキャンダルを楽しんでいるくせに……。」

呆れるコナン。
これに対し、

「ハア?何か言ったかしら?」
「ぎええ〜〜〜っっ!!」

園子はコナンの頭をぐりぐりした。

「ちょ、ちょっと園子!」
「そ、園子さん!!所で私は、その時の状況をこの目で見てないので何とも言えないのですが、そんな感じだったんですか?」

真の疑問に、コナン・蘭・園子の3人は、頷いた。

「元々、レオン王太子は、そう簡単になびく人じゃないと思うんだが、相手が悪かったとしか……。」
「新一。それ、どういう事?新一も、相手によっては、なびくかもしれないって事?」
「お、おいおい……何で話がそっちに行くんだよ!?」
「だ、だって!高千穂警視クラスの女性だったら、新一だってなびくって事なんでしょ!?」
「だーっ!うっせえな!俺は相手が世界的美女と言われる女性でも、ぜってーなびかねえよ!」
「……どうだか。」

ジト目の蘭。

「おいおい……!」
「蘭。新一君。いい加減にしたら?今は、アンタ達の痴話喧嘩やってる場合じゃないでしょ?」
「ちっ……痴話げん……って、園子!」
「お、俺達は別に!」
「園子さんの言う通りですよ。悩んでいるのは武琉君なんですからね。まあ、レオン殿下に、そういう素地はあったにしても、相手が高千穂警視だったからなびいた、という事で、良いんじゃないですか?」
「真さん……素敵……。」

真の慧眼に惚れこむ園子。

「まあ、私は、その高千穂警視とやらを見ていないので、何とも言えませんがね。」
「ただ。ここで、レオン王太子に素地があったとかなかったとか、それを論じてもどうしようもねえと思う。問題は……桐華さんにどう対応するか、だろ?」
「……新一がレオン殿下に進言して、桐華さん一筋に守ってくれって頼むのは、ダメなの?」
「言うだけなら言っても良いけど、きっと、無理だな。レオン王太子は優しげに見えて、結構頑固だ。王太子というプライドもあるしな。」
「でも……正直、桐華さんが可哀相なのよね。」
「うん。同じ女として、あの苦しみに耐えてまともになれって言われても、それはちょっとどうなのかなって、思うし。」
「そうですか。皆さん、真剣に考えて下さって、ありがとうございます。結局、姉が事態を受け入れて、認めるしかないって事なんですね……。」

武琉の10歳とは思えない理解力に、一同は舌を巻いた。

「ただ……じゃあ、具体的にどうしたら良いんでしょう?もしコナンさんが桐華姉さんと同じ立場になったら、どうします?」
「決まってんじゃねえか。全力で排除するまでの事さ。」
「し、新一ったら……。」
「新一君に聞いたって、参考になんかならないでしょ、男なんだから。」
「なら、園子さんならどうしますか?」
「そ、それは……同じ立場になった事がないから、わからないわよ。蘭だったらどうする?」
「そそ園子!私に振らないでよ!!」
「でも毛利さん、あなたが桐華さんと同じ境遇に陥ったら、本当にどうなされるおつもりで?」
「きょ、京極さんまで……。」
「ならねえよ、そんな境遇になんか。」

コナンが口を挟む。

「……なるほど、聞くだけ野暮だったわ。」

園子がコナンの一言だけで、全てを理解した。
しかし、実は蘭にはそれに近い前科があるのだが(コミックス第7巻FILE.8〜10、第8巻FILE.1、アニメ第10話「プロサッカー選手脅迫事件」参照)、さすがにそれを口にする事は無かった。

その時。

ぴんぽ〜ん。

工藤邸の呼び鈴が鳴った。

「あら、誰かお客様かしら?」
「俺が行ってみる。」

コナンが玄関へと向かった。



「はーい。」

コナンが玄関のドアを開けると。

「どうもこんにちわ、コナンさん。」
「んげっっ!?あ、アンタか!?」

そこには桐華がいて、コナンは今しがたまで彼女を話題にしたばかりな事もあって、思わず驚く。

「何故、そんなに驚いていらっしゃいますの?」
「い、い、いや……ここにおいでになったのは、初めてだったかなーと、思いまして……。」
「?言葉が妙に丁寧になっていますわよ、コナンさん。」
「あ、いや……はははは。」
「武琉さんが、ここに来てるでしょう?」
「あ、ついさっき……京極さんが来てるんで、武琉君もお師匠さんに会いに来たんですよ。」
「まあ、そうでしたの。」
「ところで、桐華さんは、何故ここに?」

コナンは、桐華をリビングルームまで案内しながら、会話をする。

「ああ、忘れるところでしたわ。毛利探偵とあなた方を、明日の火曜日に虎姫家にご招待しようと思いまして……。」
「もしかしてそれって……前に言ってた、籏本家の件で?」
「ええ、勿論ですわ。あの事件、本当に解決なさったのは、コナンさんですわよね?」
「え!?あ……まあ……その……。」
「ふふふ。ワタクシ達にまで今更お隠しにならなくても。毛利探偵は正直言って、名目上のご招待で、本当にお礼を言いたいのは、コナンさんと蘭さんですわ。」
「たはははは……。」


その頃、リビングルームにいる武琉達は。

「どどどどどうしよう!姉さんだ!」

桐華の突然かつ予想外の来訪で、武琉は慌てふためいた。

「ちょっと、落ち着きなさい!……どうやら用事は、あの警視の事じゃないようだし。」
「そうね。桐華さんの要件は、籏本家の事件の事でか。だったら、普通に……。」
「私には状況がよく分かりませんが、ここは、例の話は持ち出さないに限ると思うのです。」
「そうよね、下手に持ち出したらこじれかねないし。武琉君、新一君の最初の言葉、聞こえてたでしょ?ヤツも玄関のマイクをぬかりなくオンにしてたし。」
「え?ええっ!?」
「もう!武琉君は、お師匠である真さんに、会いに来たの!いい?」
「は、はい……。」
「園子、何気に仕切り屋ね。」
「ハア……こういう情けない男の子ばかりだと、そうならざるを得ないのよねえ。」
「ほっといて下さい!」

武琉は、園子の言葉に、さすがに少し、いじけていた。
そこへ、桐華が入って来た。

「こんにちは、皆様。」
「あ、ど、どうも、こんにちは。」
「姉さん、こ、こちらにおいでになるとは、珍しいですね。」
「ええ、初めてですわ。でも、この工藤邸は、一般市民の家の中では、かなり立派な部類に入りますわね。」
「……一般市民……ねえ……。」

コナンは、やや憮然とした顔で言った。

「ところで、今日はどうなさったんですか?」
「そうそう!ワタクシの祖父の生家が、毛利探偵とコナンさん蘭さんに、先だって非常にお世話になったので、祖父が是非ともお礼をしたいと申しておりますの。」
「虎姫功志郎会長が?」
「ええ。祖父は今は、虎姫家の長ですが、籏本の出ですから。本当でしたら、祖父が自ら、毛利探偵の元にご挨拶に赴きたいと申していたのですが、昨今のシャドウエンパイア騒ぎで、周囲から危険だと強く止められまして。」
「その割に、お孫さんは自由気ままに、あちこちお出かけしているようだけどな。」

コナンは口の中だけで呟いた。
すると、桐華の目がキラリンと光り。

「あら。コナンさん、何か仰いまして?」

にこやかな表情であるが、その手には百鬼夜行桐華組の札が握られていた。

「あ!いや、何も!」

コナンは顔に汗を貼りつけて言った。

「まあ、ともかく。そういう訳で、不肖ワタクシが、代理を仰せつかってまいりましたの。」
「は、はあ、それはまあ、ご丁寧に。」
「という事で、コナンさんと蘭さんに、ご招待状ですわ。」

桐華から2人に、封筒が手渡された。

「は、はあ、これはどうも……。」
「是非、伺わせて頂きます!」

「あ、あの……姉さん……。」
「あら、武琉さん。今日は、大好きなお師匠の京極さんと、お会い出来てようございましたわね。京極さん、挨拶が遅れまして、申し訳ありません。いつも弟が、大変お世話になっております。」
「あ。そ、それは。恐縮です。」

桐華がにっこり笑って頭を下げ、真も慌ててお辞儀をする。

今日の桐華からは、昨夜の醜態の影は微塵も見いだせない。

「あ、あの……姉さん、昨夜は……。」
「昨夜?」

途端に、一瞬、桐華の周囲からオドロ線が立ち上り。

「「「!」」」
「「ひいいっっ!!」」

一同、思わず戦慄し、蘭と園子は思わず抱き合っていた。

「ああ……どうやらワタクシ、シャンパンで酔っ払ってしまって……武琉さんには、迷惑をかけてしまったようですわねえ。目が覚めたら何も覚えてなくて……。」
「えっ?で、でも、シャンパンを飲んだのは、途中の事だったんじゃ……?」
「武琉さん。ワタクシ、昨夜は、シャンパンを飲み過ぎていたんですの。よろしいかしら?」
「は、ハイイイイ!」

皆、内心で、絶対嘘だと思っていたが。
小声でも桐華が聞きつけてしまう事は既に実証済なので、誰も何も言わなかった。

「そうそう、福岡県警の高千穂警視、でしたかしら?」
「「「「「!!!!」」」」」

皆、敢えて避けていた話題を桐華自身が切り出したので、緊張する。

「まあ確かに高千穂警視は、素晴らしいお方ですわねえ。スタイルも良くて優しい所もおありで、戦闘能力はワタクシよりもずっと高く、博識でもありますし……。」
「桐華さん、結局の所、高千穂警視を認めてんじゃねーか……。」

呆れるコナン。

「ですが!後からやって来たクセに、もう、ワタクシのモノ同然だったレオン殿下を、自らのモノにしようと言う点がどうしても許せませんの!それがある限り、ワタクシはあの横取り泥棒ネコの年増女と共に天を戴く気などございませんわ!!」

「「「「「……。(恋に後先は関係ないし、レオン王太子(殿下)はモノじゃないと思うんだが(けど)(ですけど)。」」」」」

「皆様は、ワタクシの味方ですわよね!?レオン殿下は、ワタクシのモノ、そうでしょう!?」
「そうそう、桐華さんの言う通りよ!横恋慕するなんて、女の風上にも置けないわ!」
「やっぱり、園子さんは話が分かりますわねえ!ワタクシ、昔から、あなたはワタクシの無二の親友になれるお方だと、考えておりましたの。」
「え……や……はあ……まあ、それはありがたい事だと……。」

園子が、額に汗を貼りつかせながら、愛想笑いをした。
武琉は呆然としながら、なるほど、不機嫌な女を扱う時はこうすれば良いのかと、ちょっと考えていた。
しかし。

「いい加減にしなよ。レオン王太子は、『人』であって、『モノ』じゃないぜ。」

低い声でコナンが言った。

「な……何ですってえ!?」
「し、新一!?」
「俺は、アンタがどうでもいい存在なら、こんな事は言わねえ。よいしょもするさ。けど、一緒に戦う仲間だと思うからこそ、敢えて言う。アンタがそのままなら、高千穂警視に絶対に負けるぜ。」
「な……コナンさんも、あの泥棒猫の味方を!?」
「俺はどちらの味方でもねえ、って言いたいトコだけど。アンタがこのままなら、俺はわりぃけど、あっちにつくぜ。」
「ちょ、ちょっと、新一君!」
「悪いけど。私も、新一に同感です。」
「ら、蘭!?」
「私と園子は、親友だから。園子が間違っていると思った時は、私はハッキリ言うし。私が間違っている時も、園子は甘やかさずハッキリ言ってくれるわ。」

蘭の言葉に、園子もハッとして、押し黙る。

「あ、あなたまでワタクシを見捨てると仰るのですか!?」
「私は、桐華さんがきっと分かってくれる人だと思うから、言います。今の桐華さんは、醜いです。」
「……。」

蘭の鋭い指摘に、桐華はぶるぶると手を震わせた。
そして。

「ううっ!うわあああん!!」
「「「「「!」」」」」

突然、突っ伏して泣き出したので、一同はオロオロした。

「わ、ワタクシは、ワタクシは……殿下、殿下ーー!!この世で、たった一人の方だって、全身全霊をかけてあの方だけだって、わ、ワタクシは……うううううっ!!」
「……あの人が、王族じゃなかったら……日本人だったら……こんな悩み、なかったかもしれないのよね……。」

園子が、つい貰い泣きをしながら、呟いた。
蘭も、頷く。

「そうね。普通の男の人だったら、どちらか片方にしろって、言えるものね……でも、パララケルスの王子であるあの方には、それが言えない……。」
「それだけじゃねえよ。女の嫉妬は、普通、女に行くからな……。」
「え?そういうもんなんですか?」

コナンの言葉に驚く真と武琉。

「ああ。だって、桐華さんが本来文句を言うべき相手は、王太子その人だろ?なのに、矛先が高千穂警視に向くのは、何も彼が王族だからじゃなくて、桐華さんが女性だからだ。……その意味で、蘭は例外なんだけどな……。」
「ええっ!?何よそれ!?」
「オメーの攻撃の矛先は、男の方に向くだろ?オメーが基本、フェミニストだからなんだ。」
「ふぇ、フェミニストぉ!?」
「フェミニストってのは、何も男性にだけつけられる呼称じゃねえぜ。オメーは、無意識の内に、女性の方を庇おうとする。」
「って!そんな話じゃなくって!」
「あのさ。英理おばさんが、もしかして浮気してんじゃないかって疑惑を持った時、オメーは相手の獣医さんを攻撃しようとしただろ?(コミックス第55巻FILE10・11、アニメ第474話「妃英理弁護士の恋」参照)」
「へえ、蘭、そんな事が……。」
「ま、浮気疑惑自体は、誤解だったんだけどね。で、まあ何というか……蘭のようなのは例外で、普通、女の嫉妬の矛先は、女に向けられる方が多いんだよ。ところで、武琉君。」
「は、はい?」
「俺と蘭は、桐華さんに対して、同志であり仲間であり友達でもあるから、きつく意見もした。だけどな、君は弟だろ?身内ってのは、どんな時でも相手を受け入れ慰めてあげられる存在であるべきだと、思う。」
「……何となく、分かりました。僕は公平な意見を述べるのではなく、姉の言う事をはいはいと聞いて、慰めてあげるべきだったんですね。」
「そうそう。健闘を祈るぜ。」


武琉は、一回大きく息を吸うと、桐華の傍に行って、そっとその頭を撫でる。

「姉さん。僕は何があっても、姉さんの味方だから。だから、泣かないで。」
「武琉さん……うわああーーーーんん!!」

桐華は武琉の膝の上で、再び泣き出した。



コナン達は、そっと顔を見合せて、リビングを出て隣のダイニングルームに移った。

「ま、暫く、2人だけにしておこう。」
「私、お茶を入れるね。」
「はあ。しかし、新一君……アンタさ、よくもまあ、そこまで女心が分かるもんよね。」
「いいっ!?そ、そりゃまあ、探偵として色々と……。」
「いや、私も、色々と勉強になります。」

頷く真。

「でも。桐華さん、あのままで良いのかしら?」
「そりゃ、簡単に気持ちの整理がつく訳はねえだろう。受け入れられるまで時間がかかると思うぜ。」
「……。」
「俺だって正直、殿下のお気持ちは分かんねえし。」
「新一?」
「たった一人の、大切な女性を泣かせてまで、何で他に目が向くんだよ……。」
「まあ、確かにそうかもしれませんけど、ただ、以前陽介君が話した所によりますと、レオン殿下は桐華さんに出会うまでは、女性にはほとんど目もくれなかったそうですよ。」
「あら、そうだったの!?それは初耳だわ。」

真の説明に、意外そうな反応をする園子。

「と、なると、そんな王太子が、晴香さんにも心を引かれたって事は、桐華さんと晴香さんに同じ何かを見出したって事かな。」
「かも知れないわね。」

コナンの説に納得する蘭。

「て事は、桐華さんが高千穂警視を激しく憎むのも、ある意味近親憎悪ってやつかもね。」
「だな。」
「でも。新一君の場合、女は蘭一人かも知んないけどさ。その分、事件に目が向いてるでしょ?」
「へっ!?」
「あ、なるほど。園子、鋭い!」
「真さんは、空手だもんねえ。」
「あ、そそそ、園子さん、それは……っ!」
「まあ、良いわ。浮気相手が空手なら、我慢してあげる。浮気相手が女なら、絶対、我慢しないけど!」
「園子さん……!」
「そっか。新一は、大馬鹿推理の介だから、浮気の心配がないってわけね。」
「そーそー。」

そこへ。

「皆さん、この度は大変申し訳ございませんでしたわ。」

桐華がダイビングルームへと現れた。
武琉が彼女に付き添っている。

「桐華さん!」
「武琉君!!」
「姉さん、たっぷりと泣いたせいか、溜まっていたものをすっきりとさせる事が出来たみたいで。」
「全く、皆様方に醜態をお見せして、本当にお恥ずかしい限りで……。」

恥ずかしげに頬を染める桐華。

「まあ、何はともあれ、良かったじゃねーか。」
「うんうん。」
「今後はワタクシの我が侭を、武琉さんや皆様方に押し付けて、ご迷惑をかけぬよう、気をつけるようにしますわ。でないと、殿下に嫌われてしまいますものね。」
「じゃ、じゃあ、これからは高千穂警視との諍いも止め……。」
「それとこれとは別問題ですわ!あなた方に迷惑をかけるのは慎みますが、あの横取り泥棒ネコの年増女には絶対に負ける訳には行きません事よ!!」
「ハハハハ……だめだこりゃ……。」
「処置無しね……。」

桐華と晴香との問題は、今後、大きく影を落としそうだと、コナン達は思っていたが。
今すぐ、どうこう出来る問題ではない事も、分かっていた。



  ☆☆☆



3月13日火曜日の夕方午後4時30分……。



「ほー、ここが虎姫邸か……。」
「随分大きい和風邸宅だな……。と言っても、屋根しか見えねえけど。」
「門構えからして凄いわね……。」

虎姫邸に着いた小五郎、コナン、蘭は、その大きさに圧倒されていた。
城や大名屋敷を思わせる、高い白塗り屋根付きの塀が続き。
時代劇に出て来そうなどーんと大きな屋根付きの門が、一行の前にあった。

「改めて見ると、洋風な私ん家とはまるっきりの逆ベクトルな感がするわねー。」

同行してきた園子も息を呑む。
そこへ。

「あっ、門が開いたわ。」

小五郎達の来宅に合わせたかのように扉が開き、そこには、

「ようこそいらっしゃいました、毛利探偵、並びに皆様方。」

振袖を着た虎姫桐華が一同を出迎えていた。
一行が入ると、門は音もなく閉まった。

「どうやら、見た目は古めかしいけど、設備やセキュリティは最新鋭の様だな……。」
「そうねー。門の開け閉めは、どっかから遠隔操作やってるみたいだし。」

一行が虎姫邸内を進むと。

「……わあ!見事な日本庭園!」
「本当だ。築山に滝があって池に注いでいて……どっかの景勝地を真似たような……。」

その造り込みの豊かさに感動する蘭と園子。

「あっちには、石庭がある。こういうのって、廻遊式庭園って呼ぶんじゃなかったかな?」
「おい、コナン。それも、テレビでやってたのか?」
「あ、う、うん……確かこの前、やってたかな?あははは……。」
「うふふ。皆さま、気に入って頂けたようですわね。我が虎姫家自慢の庭園ですわ。」
「はああ。都心部にこれだけの面積ってだけで、その財力が知れようってもんだが。この屋敷や庭園造りに、どれだけ金がかかってんだか。」
「お父さん!身も蓋もない事、言わないで!」

注意する蘭。

「……でも、確かに、こういう日本庭園って、作るのも維持するのも、相当お金がかかるのよねえ。まあ、虎姫家の財力からしたら、その程度、屁でもないだろうと思うけど。」
「祖父の趣味でもありますけど、招いた方々に、我が家の力を見せつける為のものでも、ありますわね。でも、あなた方はワタクシの大切なお客人ですから、この景色を楽しんでくつろいで頂きたいですわ。」
「はあ。桐華さんって……本当にお嬢様なんだなって感じよね。見た目もだけど、この鷹揚さも……。」
「まあ、恋愛が絡んでなければの話だけどな。」
「コナンさん。何か、仰いまして?」

振り返った桐華の顔は、あくまで笑顔であるが。
小五郎を除く一同は、ゾッとした。

「し、しん……コナン君!もう、言葉には気をつけてよ!」
「ご、ごめんなさい……。」
(あの人、本当に地獄耳なのね……。)

園子が内心で思う。
すると。

「あら?園子さん、何か仰いましたかしら?」
「い、いええええ!何も言ってないわよね、蘭?」
「え、ええ……園子は何も言ってないと……。」

桐華にはテレパシー能力でもあるのかと、つい危惧してしまった一同であった。


庭園の向こうには、典型的な和風の屋敷が立っていた。
御影石と檜をふんだんに使った玄関は、そこだけで普通の家のひと部屋分は優にありそうである。

「お邪魔します。」

桐華に案内されて一同は廊下を通って行く。
廊下の片側はガラス戸になっていて、そこから庭園が眺められた。

「一見、昔ながらのガラス戸みたいだけど、よく見たら木製のサッシ戸だな。」
「えっ?そうなの?」
「木製サッシ?んなの、あんのか?」
「あら、おじ様、木製サッシなら我が鈴木邸でも使われてるわよ。」
「つー事は、純和風に見えるけど、意外と気密性は高い、最新式の建築って事なのか?」
「案外、そうなのかも。」

通りすがりに、ドアが開け放たれた部屋が見えた。
そこは、建物からしたら意外な洋風の応接室で。
大きなグランドピアノが置いてあった。

「ピアノは、桐華さんが弾いておられるんですか?」
「ワタクシも少しはたしなみましたけれど、今は武琉さんが主に使っておりますわ。」
「……桐華さんのたしなむって、きっとかなり本格的なんでしょうね。」
「まあ、嫌ですわ。ワタクシのは、音大に入学出来る程度のレベルで、専門にやろうなんてとても……。」
「……普通、たしなむ程度で、音大に入学は出来ないと思いますけど。」
「でも、武琉さんの場合、かなり本格的ですのよ。ただ、うちの事情から、音楽のプロになる事は難しいだろうと……少し不憫に思う事もありますわ。」
「武琉君って、空手の腕もかなりのレベルだって、真さんが言ってたわ。学校の成績も良いみたいだし、それでピアノまで本格的に弾けるなんて……すごいわねえ。」

改めて武琉に感心する園子。

「それも全て、いずれ虎姫家当主となる為のたしなみですわね。」
「武琉お兄ちゃんを見てると、色々な事をとても楽しんでやってるように見えるよね。当主の義務だとしても、本人もすごくやる気があるみたいだよね。」
「あら。案外、誰かに気に入られようと、一所懸命なんじゃないの?」

との園子の話に、

(はは……きっと、焔野の事だよな……武琉君は、焔野には勿体ないような気もするんだが……。)

コナンは気付いた。


そういう会話をしながら、長い廊下を歩き、ようやく床の間のある座敷へと辿り付いた。
床の間には、伊万里焼らしい大きな花瓶に木蓮の花が生けてあり、有名な絵師の手によるだろう山水画の掛け軸が掛かっていた。
そしてそこには。

「やあ。お久し振りです。」
「その節は、お世話になりました。」
「夏江さん、武さん……!」

先に来て座敷に座っていたのは、籏本武・夏江夫妻であった(コミックス第3巻FILE.1〜6、アニメ第10・11話「豪華客船連続殺人事件」参照)。

「んあ?オメーらは、あの時の……。」
「ってか、おじさん。そもそも招待されたのは、あの事件を解決した探偵だからって事なんだから……。当事者だったお2人がここにいても、不思議ないでしょ?」
「ああ。そう言えばそうだったな、がっはっは。」
「お2人とも、牧場の方は良いの?」
「代わりの方達を頼んで来たので、大丈夫です。」
「元々、あの牧場は、虎姫家の持ち物だし。」
「えっ!?ええっ!?」

驚く蘭。

「お2人の事を聞いた祖父が、結婚祝にとあの牧場をお世話したんですのよ。」
「頑張って働いて、大叔父様には、いつかお返ししようと……。」
「あら。結婚祝いだから、お返しなんか良いんですのに。」

そこへ、

「毛利探偵、皆さん、ようこそ、虎姫家へ。桐華や武琉がいつもお世話になってます。」

見た目がかなりのナイスガイである男性が入って来た。

「あなたは?」
「私は虎姫圭、当主虎姫功志郎の息子で、桐華と武琉の父です。」
「あ、こ、これはどうも。毛利小五郎です。」

それぞれに、かしこまって挨拶を交わす。

「はあ。やっぱり、素敵なおじ様だわ……。」
「そ、園子!京極さんに言いつけるわよ!」
「あら。素敵なのは素敵なんですもの、良いじゃない!」
「ははは……。」

地獄耳の桐華には、この会話は聞こえているようだが、父親を褒められて悪い気がする筈もなく、ニコニコと鷹揚に笑っている。
そこへ、

「おや。君は確か、キッドキラーとして紙面を騒がせ、鈴木次郎吉相談役を悔しがらせている、江戸川コナン君だね?」

圭がコナンに声をかけた。

「あ……は、はい。初めまして!」
「成程成程。確かに利発そうだ。優作君が自慢するだけの事はある。」
「えっ!?」
「君は、優作君似だね。」
「ええっ!?あ、あ、あの……父さ……優作おじさんの事を、知ってるんですか?」
「知ってるも何も。俺と優作君とは同級生だったし。」
「え!?ええっ!?」
「君は、確か優作君の遠い親戚って事だったものなあ。」

圭が、面白そうな表情で、コナンにウィンクして見せたので。
コナンは、この虎姫圭が自分の正体を知っている事を悟った。

「工藤先生と、あなたとは、同級生だったのですか?」

小五郎が驚きの声をあげた。

「そこまで驚くには当たらないでしょう。同級生ってのは、意外とそこらに転がっているものですよ。」

そこへ。
訪問着を着た上品な黒髪の美女が、お茶とお茶受けを持って現れた。

「はじめまして。圭の妻、虎姫明日奈でございます。」

お盆をテーブルに置くと、慎ましやかに微笑んで手をつき頭を下げた。

「おほ。これはお美しい!」
「もう、お父さんったら!綺麗な人を見ると、すぐ鼻の下をのばして!」
「ああ、いやいや、妻の事をお褒めにあずかり、光栄です。ちまたでは、毛利探偵に鼻の下をのばされるのはホンモノの美女の証とも、言われておりまして。」
「という事は、私の審美眼が、世間で認められていると言う事ですね、わっはっは!」
「……もう!本当に調子良いんだから!」
「ははは……(かなり人扱いが上手いな、このオッサン。まあ、こうでなくては虎姫グループの長は務まらねえんだろうけどよ。)」

コナンは呆れつつも、圭の人物像をしっかりと捕らえていた。


「それにしても明日奈さん、桐華さんのお母様だけあって、美しい方ですね。」
「あら、それほどでも……。」
「蘭さんも人を褒めるのがとてもお上手ですわね。」

はにかむ明日奈と微笑む桐華。


話を弾ませながら一同は、明日奈が用意したお茶とお茶請けを味わっていた。

「これは、宇治茶ですか?」

蘭はコナン達に出された香り高い煎茶について、明日奈に尋ねる。

「いえ、宇治は玉露が中心ですわよね。これは、九州は福岡県の星野村産の八女茶ですわ。」
「ほう。」
「こちらは、香川の和三盆糖を使ったお菓子ですの。」
「上品な味。口の中で、ほろりと溶けて行きますね。」
「さすがに虎姫家、お茶もお茶受けも、一流のものばかりね。」

舌鼓を打つ蘭と園子。

「夕食は、和風会席を予定しておりますので、どうぞごゆるりと。」

そこへ。

「やあ。お待たせいたしました、毛利探偵、皆さま方。」

座敷に入って来た和装の老紳士に対し、桐華達は礼をする。
その老紳士を見て、

「「「!」」」

小五郎・コナン・蘭は、一瞬度肝を抜かれ、幽霊でも見たような顔になる。

「ぎええっ!?ま、迷わず成仏してくれ〜!」
「ま、まさかっ!?」
「そ、そんな筈は!?」

3人が思わず度肝を抜かれたのも道理。
現れた人物は、総髪頭な所を除き、去年死んだ筈の旗本豪三にソックリだったのである。

「ああ、いや、ワシは兄ではありません。」
「お父さん、その説明だと余計に毛利探偵達は混乱しますよ。」
「あ、そう言えば、大叔父様はお祖父様とソックリですものね。」

夏江の言葉に、3人はようやく、入って来た人物が旗本豪三の弟で、ミカエルグループ会長の虎姫功志郎だと分かった。

「い、いやあ、あまりにもソックリでしたもので、大変失礼を……。」
「いえいえ、そんなお気になさらないで下さい。」

恐縮する小五郎を気遣う功志郎。

「けど、虎姫会長は籏本会長とソックリだと言っても、決定的に違う所があるよね。」
「と、言うと?」
「虎姫会長は眼に力がこもってる所だよ。」

違いを的確に指摘するコナン。

「ほほう、これはこれは。」
「あら、さすがですわね、コナンさん。」
「いやあ、なかなか良い所を見てるね、君は。」

コナンの人物眼を称える虎姫家一同。

「やはり毛利探偵の薫陶よろしきを得てらっしゃるのね。」
「いやあ、それほどでも。がっはっはっ。」

明日奈に称えられ、高笑いする小五郎。

「もう、お父さんたら、すぐに調子に乗って!」
「まあ、おじさん、ああいう人だから、しょうがないんじゃない?」

呆れる蘭と園子。



その後の一同は。
功志郎が籏本家から独立した経緯や、兄の豪三との確執や。
小五郎が今迄解決した数々の事件の事や。
何故かお互いの連れ合いとの馴れ初め話や。
様々な会話で、場が盛り上がっていた。

ふと気付くと、かなり時間が経っていて。

「そろそろ、夕餉の支度をして参りますわね。」

そう言って、明日奈が席を立とうとした。
そこへ。

「そういえば武琉さん、遅いですわね。」

桐華がふと、武琉の事を口にした。

「もう学校の授業は終わったはずなのに。」

圭が腕時計を見る。

「武琉は重要な事がある時は、決して寄り道はしない子なんですが。」

明日奈もちょっと首をかしげる。

「まさか事故にでもあったのでは!?」
「でもそれなら、すぐに連絡があるでしょう。」

心配する夏江に、武がなだめる様に声をかけた。


「もしかして誘拐でもされたのでは?」

蘭も不安げに心配すると、

「それは考えすぎじゃないの、蘭。」

園子があっさり笑って否定する。

「だって武琉君、真さんの弟子で、空手が超得意なんだから、逆に誘拐犯をボッコボコにしちゃうんじゃないの。」
「あ、そう言えば……。」
「みなとみらいに行った時、女性を無理やりナンパしようとした不良達を一撃でやっつけた事があったじゃない。」

思い出す蘭と園子。

「武琉さんは一般の人達と比べたら、戦闘能力がとても高いですものね。」
「普通なら、誘拐の心配はなさそうだけど……。でも、絶対とは言えない……。」
「し……コナン君!縁起でもない事を!」
「だって、絶対大丈夫なんて、有り得ないよ、蘭姉ちゃん。僕だって昔、攫われた事あったんだしさ。」
「えっ!?コナン君が!?いつ!?」
「……昔だよ。実は犯人は僕の父さんと母さんで、僕の油断を戒める為だったんだけど。」
「……オメーの両親は、変わった人達だな。今だに俺んとこに居候させてるしよ。」

そういう会話をしているところへ。

プロロロロロ……。

「!」

功志郎は、自分のケータイが鳴り出した事に気付き、

「武琉から電話だ。」

ケータイを取る。

「もしもし、武琉か。お客様を待たせて何をしておる?」
『虎姫功志郎だな。』
「!誰だ、お前は!?」
「「「「「「「「「!」」」」」」」」」

ただ事ではない様子に気付く一同。

『お前の孫を誘拐した。』
「なっ、なんじゃと、誘拐!?」
「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」

ケータイから洩れ聞こえる会話に、一堂は時間が止まったかのようになる。

『今からその証拠を送るので、一旦切らせてもらうぞ。』

そこでケータイが切れる。

「そっ、そんなバカな!?」
「う、嘘でしょ!?」
「戦闘能力が高い武琉君を、どうやって誘拐したの!?」

一同は蜂の巣をつついたように大騒ぎする。

直後、功志郎のケータイにメールが飛び込んできた。

「むっ、何やら添付ファイルが。」

そう言いながらファイルを開くが、

「……!」

それを見た瞬間、功志郎は石化したかのように凍りついた。

「と、父さん!?」

圭がひったくるようにケータイを取ると。

「なっ、こ、これは……!?」
「ええっ、ちょ、ちょっと!?」
「な、何なのこれは!?」

開かれたファイルを見た一同は、一気に青ざめた。
そのファイルは、目隠しをされ、体中を鉄の鎖でぐるぐる巻きに縛られた武琉の姿が映し出された写真だったからだ。

(小学生を鉄の鎖で縛るとは、誘拐犯は武琉君が空手の達人だという事を調べた上で、反撃を恐れて動きを封じてるって事だよな。でも、武琉君はこの位は魔力で破壊出来る筈だから、機会をうかがってるのか、あるいは誘拐犯がシャドウエンパイアと関わりを持ってて、魔法封じをしているのであれば、かなり厄介だな……。)

写真に驚きながらも、コナンはすぐに考えをめぐらせた。

そこへ。

再び功志郎のケータイに電話がかかってきた。

「もしもし。」
『写真を見ただろう?孫を助けて欲しくば、言う通りにしろ。』
「要求は何だ、金か?」
『そうだ。10億円、バラの現金で、すぐに用意しろ。』
「……その前に、武琉の声を聞かせてくれ。」
『ははは。既に殺しているかもしれないから、そうなると金を出しても無駄だという事だな。分かった、孫の声を、その耳で確認するが良い。』
「武琉……!!」
『……』

しかし、携帯の向こうからは、何の声もしない。

『貴様!ちゃんと声を出さんか!』
『グルルルル……!!』
『わあっ!』

唸り声の後に、それまで聞こえなかった武琉の声が聞こえ、一同は戦慄する。
武琉は確かにそこにいるのだが、おそらく、祖父に負担をかけさせまいと口をつぐんでいたのだろう。
しかし、野獣のようなものに襲いかかられて、思わず声が出てしまったのだろう。

「た、武琉っ!?」

悲鳴を上げる功志郎。

「ぶ、無事か、武琉!?」
『……大丈夫です。ちょっとビックリしただけで……。』

だんまりを決め込んでいたが、声を聞かれた事で、これ以上黙っていたら逆に心配かけるだけだと考えなおしたのか、武琉が言葉を発し、一同は少しだけホッとする。
しかし、武琉が間違いなく囚われていて、その傍に武琉ですら驚いて声を出してしまうようなモノがいる、厳しい状況に変わりはなかった。

『お爺様、気をつけて下さい、ここには……あうっ!!』
『これ以上は黙ってろ!!』
「「「!」」」

ケータイから漏れ聞こえてきた別の声に、コナンと蘭、園子が反応する。

(この声は……!)

3人は、顔を見合せ、かすかに頷き合う。
桐華は、この3人の様子を見て、何らかの心当たりがありそうだと察した。


功志郎が誘拐犯と話をしている間、桐華・蘭・コナン・園子は、目配せし合うとそっと席を外し、庭園へと出て行った。
4人は簡単に打ち合わせをして、蘭・園子・コナンは、それぞれケータイを取り出し、ある所へ連絡した。

一方桐華は、百鬼夜行の札を取り出し、

「さあ、お行きなさい、百鬼夜行桐華組の皆さん!」

と言いながら夕焼け空へ向かって札を投げ、札は一斉に四方へと散って行った。


「待ってろよ、武琉君。必ず助け出してやるからな……!」

ケータイでの通話を終えたコナンは心に固く誓った。



To be continued…….