C-K Generations Alpha to Ωmega



By 東海帝皇(制作協力 ドミ)



第二部 勇者激闘編



Vol.8 カレーなるハマの休日



東京湾上のクイーンセリザベス二世号での大激闘の翌1月29日日曜日。


渉と美和子は、ようやく来た非番の日、横浜関内(かんない)を訪れていた。
ここは、みなとみらいの大決戦場とは少し離れており、シャドウドールの被害もない。
横浜スタジアムとは駅の反対側にある、伊勢佐木(いせざき)町ショッピングモールを歩いていた。

2人は、ぶらぶらと歩いていたが、ある建物の前で足を止めた。
大きな看板が人目を引き、多くの人だかりがしていたのだ。

「お、ここは、横浜カレースタジアムですね。」
「カレースタジアム?あちこちで、似たようなものがあるわよね、ラーメンなんかでも。」
「あ、ま、まあ。確かにそうですけど……。でも何か、妙に人だかりがしてません?」
「そう言われれば……。」

人だかりの前には、大きなポスターが貼ってあった。

「何々、『溶岩カレー早食いコンテスト』?」
「うーん……、名前からして、どんなコンテストなのか、容易に想像できそうね。」

ジト目でポスターを見る美和子。

「でも実際、どんなコンテストなのか、ちょっと見てみましょうよ。」
「ええ、そうですね。(はあ〜、『参加してみない?』って言われなくて、ホントーに良かった……。)」

心の中で安堵しつつ、渉は美和子と共にコンテスト会場に向かった。



  ☆☆☆



「さあ、本日もカレースタジアム恒例行事、『溶岩カレー早食いコンテスト』にお越し下さいまして、誠にありがとうございます!!」
『いえーーーーい!!』

アナウンスに拍手喝采で応じる会場内の観客達。

「うわあ、凄い熱気ね……。」
「正にカレー大好き人間の為のイベントですね……。」

美和子も渉も熱気あふれる会場内の雰囲気に目を見張る。
挑戦者の人数も多く、百人はいそうだ。
冬で、会場は暖房も入ってない様子なのに、あまりの熱気に、会場内は霞が掛かっている程だった。

「それではこれより、第10回溶岩カレー早食いコンテストを開始します!!」
『うおーーーーーっっ!!!』

観客達の熱気の中、挑戦者達に次々とカレーが配膳されていった。
ポスターでもそうだったが、実際目にしてみると、そのルーは、唐辛子やスパイス類で、まさしく溶岩のように真っ赤っ赤である。
しかも、たった今沸騰したての如く、ボコボコと泡が噴き出していた。

「うわっ、何か凄いカレーね。」
「まさに『溶岩』の名に恥じないルーですね。」
「しかも何あれ。ライスもルーも量が半端じゃないわね。」

その名の如く、マグマの様に煮えたぎる灼熱のカレールーと四、五人前は軽くありそうな量に目をむく二人。

「正直な所、私あんなのとても食べられないわ。」
「同感です。」

本当に参加しなくて良かったと安堵する渉であった。


「それでは、よーーーーーい、スタートォ!!!」

ガツガツガツガツ……。

司会者の号令の下、挑戦者達が次々と溶岩カレーを食い始めた。
しかし、

「おおっとお、三番が早くもリタイアだあ!!」

食べ始めてから十秒も経たない内に、挑戦者の一人があまりの激辛ぶりに泡を吹いて悶絶した。

「いや、十番、十五番、九十九番……。リタイア続出だあ!」

会場のあちこちで、挑戦者達が次々と倒れて行く。

「うげっ、こ、これは……。」
「やっぱり『溶岩カレー』の名は伊達じゃなかったわね。」

溶岩カレーの凄まじさに、二人は思わず口を押さえてしまう。


それから二分も経たない内に脱落者が続出する事態に、

「ホント恐ろしいわね、あの溶岩カレー。」
「辛さに強いはずの猛者達が次々とリタイアしていってますからね。」

二人はある種の寒気すら覚えてきた。

「この様子なら、完食者が出るよりも、参加者全員がリタイアする確率の方がずっと高そうよね。」
「同感です。」

そうこう言いながらも、大会の方は、脱落者を次々と出しながらも進んでいった。
が、

「よっしゃあああ!!!」
「おおっとお、開始五分で早くも完食だあ!」
「えっ、うそぉ!?」
「い、一体誰が!?」

その優勝者を見て、

「今大会を制したのは、八番・服部初音さんでーーーーす!!」
「いえーーーい!!!」


ずるーーーーーーーーっっ!!


二人は思わずすっこけてしまう。

「は、は、初音さん!?」
「な、な、な……!?」

何か信じられない様な顔つきで初音を見る二人。

「おお、あれは!怪盗キッドを捕まえた、警視庁の……。」
「確か、シャドウエンパイアについての会見にも、登場していた……。」

会場のあちこちから、感嘆と共に、呆れ返ったようなざわめきが起こった。

そして更に、

「ちくしょーーーーっっ、あとほんの少しで優勝できたのにーーーーっっ!!」


ずるーーーーーーーーっっ!!


初音の後ろで、両目から滝帯涙を流して大いに悔しがっていた女性を見て、二人はまたまたずっこけてしまう。
何故なら、

「ふっふっふ、やっぱりウチの勝ちやったなあ、由美。」
「う〜〜〜っ、悔し〜〜〜〜っっ!!」

その女性は、美和子の同期の交通部警部補・宮本由美だったからだ。

「い、行きましょ、高木君!」
「えっ、で、でも初音さんと由美さんに挨拶を……。」
「他人よ他人!私達は無関係よ!!」

恥ずかしさで顔を真っ赤にしている美和子は、渉を無理やり連れ出そうとした。
その時、

「おい、お前等……。」

と二人を呼び止めた者が。

「えっ?」
「あ、あなた、横溝警部!?」

そこには何故か神奈川県警捜査一課の横溝重悟警部の姿が。

「よ、横溝警部が、ど、どうしてここに!?」
「おいおい……俺は、神奈川県警の警部だぜ。ここにいても、何の不思議もなかろう。」
「って事は、まさか、事件が!?」
「いや、俺は単に、夜勤明けで腹減ったから、ここにカレーを食いに来ただけだが。」
「そ、そうでしたか、ははは……。」
「ところで、お前等、あの二人の応援をしてたのか?」
「えっ、あ、あの……。」
「い、いえ、私達は別に何の関係は……。」

その時、

「おー、渉やないかー。」
「あらー、美和子ー。」
「うげっ……。」

初音と由美に呼びかけられ、美和子は汗をたらした。



  ☆☆☆



「つったく、恥ずかしいったらありゃしない!」

プンプンしながら、ガーリックナンでチキンカリーをがっつく美和子。

「まあ、ええやんか、美和子。そないに怒らへんでも。」
「そーそー。私達はただ単に、あの大会にチャレンジしに来ただけなんだから。」
「つーか二人共、ホント凄いですね……。」
「あの溶岩カレーの山盛りを完食したばかりなのに、もうシーフードカリーの大盛りを口につけてんだからな……。」

渉と横溝警部はカリーを食しながら、初音と由美の鋼の胃袋ぶりをジト目で見ていた。

「そう言えばここって、神奈川県警に近かったですね。横溝警部は、ここによくおいでになるんですか?」
「いや、たまにかな?」
「溶岩カリーを、召しあがった事は?」
「冗談言うな。あれは、人間の食べるもんじゃねえ。」

渉は恐る恐る初音と由美の方を見たが、幸い2人は、食べる方に夢中で、横溝警部の言葉を聞いていなかったようである。

「あ、せや、横溝警部、ちょうど良かった。話があったんや。」
「……俺の方は、話はないです。」
「まあまあ、そないな事言わんと。」
「お断りです。」

横溝警部と初音の意味深な会話に、渉と美和子は、耳がダンボになった。
美和子が、カリーを飲み込んでから口を開いた。

「初音、一体何の話なの?」
「ああ、それはやな。この横溝警部に、神奈川県警管轄内の、特殊能力事件捜査の責任者になって貰おう思うてな。」
「あら。それは、すごい事じゃない。横溝警部、何で断るんですか?」
「あのな。俺だって、その任務が大切だって事位は、分かってるさ。けれど俺には、魔法の力の持ち合わせなんてないんでね。適任とは思えん。」
「まあまあ、そないな事言わんと。魔法の力云々言っとったら、神奈川県警で適任者は一人もおらへんのやから。」
「本庁から、派遣すれば良いじゃないですか。」
「せやから、派遣するほど人材がおらへん言うてんのや。」

初音の言葉に、横溝警部は、目を見開いた。

「マジですか?」
「マジや、マジ。」
「……何てこった。この惨状で、あの化け物どもと闘わなきゃならんのか……。」

横溝警部は、苦渋に満ちた顔をした。
元々、任務には忠実で、真面目な男であるから、単に嫌がっていた訳ではなかったのである。

「ねえ、初音。他道府県警の状況は、どうなの?やっぱり、オファーは掛けてるの?」
「当たり前やがな。大阪府警の大滝はんは、魔法の力はあらへんけど、受けてくれたで。」
「それは、初音さんに逆らえないからじゃ……。」
「そないな事、あらへん!現にこの前、住之江公園で善戦しおったで。下っ端シャドウドールを、次々と撃破したんや。」
「え!?それは、すごい!」
「当人に魔法の力はなくても、アイテムを使えば、何とか戦えるで。」
「!まさか、あの、ライフリボルバーか!?」

横溝警部が叫んだ。
渉と美和子も、あっという顔をする。

「た、確かに、あの武器ならば……体力が続く限りなら、一般人でも、何とか戦えない事もない。」
「けど、本当に体力勝負だぞ……って事は、何か?対象になるのは、体力がありそうなヤツって事か!?」
「体力と言うよりは、厳密に言えば、精神力。シャドウドールと闘う意思の力が、最終的にものを言うんや。せやから、正義感が強いもんが、選ばれる対象になっとるなあ。」
「……あんた、あ、いや、あなたはだから、俺の兄貴にも、オファーをかけたのか?」
「せや。横溝兄弟は、性格は違えど、その正義感はどちらも一級品やしな。」

そこで由美が口を開いた。

「そのオファーを受けたら、何か良い事でもあるの?」
「せやな。階級が特進するで、美和子みたくな。」
「……願わくば。二階級特進とは行かないで欲しいもんだ。」

横溝警部が、大きなため息をついて言った。
二階級特進とは、「殉職」の時。
婉曲な表現ながら、横溝警部が、オファーを受ける気になった事を、誰もが悟った。


「で?他にはどんな人達が?」
「長野県警の大和警部と、上原刑事。そして、群馬県警の山村警部……。」
「ええっ!?や、山村警部が!?」
「アンタ等、群馬県警の刑事と面識があるんか?」

初音が大仰に驚く渉に、不思議そうに声をかけた。

「あ、や、ま、まあ。ははははは……。」

笑って誤魔化す渉。

「……山村警部がメンバーに入っているのか……何か急に不安になって来た……。」

横溝警部が、大きなため息をついた。

「って事は、山村警部が北関東の責任者になるって事は、当然警視に昇格って事になるわよね?」
「警視!?あ、あの山村警部がですかあ!?」
「天と地がひっくり返っても、アイツが警視になる事なんかありえねえと思ってたのに……。」

先行きに暗雲が立ち込めたかのように頭を抱える一同。

「まあまあ。そないに悲観する事もあらへんで。二階級特進なんて無いに越した事はあらへんからな。」
「ちょっと待て!あの怪物達が相手なら、その確率がはるかに高えじゃねーか!!」
「全く、いきなり先行き不安な人事をやっておいて、よくそんな事が言えますね……。」
「やっぱり、初音の人材登用は、行き当たりばったりなのね。」

渉と美和子の手厳しい言葉を、初音は聞こえないかのように無視した。


「ところで、話は変わるが」
「どないした?」
「この周囲に、本庁のメンバーが大勢いるのは、どういう事だ!?」

横溝警部の剣幕に、初音達は周囲を見回した。

「誰も、おらへんようやけど?」
「ちっ!もう気配がねえ。さては、逃げたか。」

渉は、まさかという思いに、背中に汗を流していた。
美和子はきょとんとする。
由美が、あっけらかんと言った。

「ああ、それは、美和子ファンクラブの面々でしょ。」

弓の思いがけない言葉に、横溝警部の目が点になる。

「ふぁ、ファンクラブ!?ってか、本庁には非番のもんが、どんだけいるんだ?」
「……非番なら、良いんだけどねえ。」

横溝警部の当然の疑問に、由美が、意味深な言い方で返す。
初音が突然立ち上がった。

「せや、ちと、はばかりに行って来るで。」

そう言ってそのまま席を後にした。
皆、目をパチクリさせながら、初音を見送った。

「はばかりって?」
「トイレの事よ。にしても……。」
「何、美和子?」
「いや、初音も、トイレには行くんだなって思って……。」

美和子の言葉に、一同は盛大にひっくり返った。



   ☆☆☆



「何?私達の所在が、ばれた?」

無線機を耳に当てて何やら話しているのは、警視庁捜査一課の白鳥警部である。
彼がいるのは、所轄内の事件現場……などではなく、何故か横浜カレースタジアム内の、広場の一角にある植え込みの陰であった。

と、そこへ。

ジャキッ。

「!!」

微かに音がして、白鳥警部の後頭部が何かに掴まれて、警部は冷や汗を流した。

「こないなところで、何してんのや、任ちゃん?」

白鳥警部の後頭部をアイアンクローで掴んだのは、勿論、服部初音警視長である。

「や、やだなあ服部警視長、冗談は止めて下さいよ。」

白鳥警部が、ひきつった笑いを浮かべながら言った。

「冗談?ホンマに冗談や思うてんのか?」
「ひ、ひええええ!」

白鳥警部から、完全に余裕がなくなり、青くなり赤くなりまた青くなった。

「こないな所で、何してんのや?正直に言わへんと……。」
「わーっ!じ、実は……!」

白鳥警部は、かつてトロピカルシーで逮捕した、麻薬取引犯の仲間がここにいるという情報を得て、張り込んでいるのだと説明した。

「ほお?で、その話、ちゃ〜んと、神奈川県警に通じてんのやろうなあ?」
「ももも、勿論ですよ、当然です!」
「ん〜?横溝のあんちゃんは、そないな話聞いてへんようやったが?」
「よよよ、横溝警部が?そそそ、そんな筈は!本当に、神奈川県警にはキチンと話を通してある筈ですが……!」
「その割には、この周囲には本庁の強攻三班の兄ちゃんたちばかりで、神奈川県警のメンバーがおらへんようやけどな?」
「ええっ!?そんなバカな!私は確かに、麻薬取引犯がこちらにいると聞いて……!」
「……任ちゃんにそないな情報流したんは、誰や?」
「それは、強攻三班の……はっ!?まさか!?」
「そのまさかや。任ちゃん、アンタ、だしに使われたみたいやな。」
「ほほう、成程な。」

突然、割って入った声があった。

「よ、横溝警部!?」
「人材が足りてるとの事で、夜勤明けの俺は参加してねえが。確かに、麻薬取引犯がいるとの情報と、本庁から警官が来るという話は聞いていた。けど、それは、同じ関内でも、横浜スタジアム方面だと聞いてたんだが。こちらにもいるかもしれねえとの情報があったのか?」
「そそそ、その通りです!」

白鳥警部が、上ずった声で言った。
と、その時。
横溝警部の携帯が鳴った。

「横溝だ。何!?分かった、こちらに本庁のメンバーもいるから、協力して何とかする!」

横溝警部は、電話を切って、初音達に向かい合った。

「どうしたんや?」
「どうやら、横浜スタジアム方面に向かったというのはガセで、このカレースタジアムの方に向かったらしい。白鳥警部、あんたの読みの深さには脱帽したよ。」
「そ、そうですか、ハッハッハ……。」
「とりあえず、非番もへったくれもねえ、協力頼むぞ!」
「了解!」

明らかにホッとしたような白鳥警部。
その背後から、初音が囁いた。

「瓢箪から駒で、助かったな、任ちゃん?」
「いや、本当に助かりました……。まさか、いくら何でも、そこまでの事をやるとは……。」
「あんな。任ちゃんも過去、小林先生と出会う前には、色々やってたっちゅうネタは、上がってんで?」
「そそそ、それは、そのあの……!」

にっと笑った初音の表情に、白鳥警部は背中に滝汗を流していた。

「!」
「どうしました、服部警視長?」
「もしかして、あれか?」

初音が指さした先には、見るからに怪しげな男が数人。

「そうです!奴らです!」

写真を持っている白鳥警部が、頷いた。
その怪しい数人は、佐藤警部と高木警部補達の座る所より少し離れた隣のテーブルに着いた。

「さささ、佐藤さん!」

それを見た白鳥警部が青くなる。

「慌てなや、任ちゃん」

初音が、駆け出しそうな白鳥警部を手で制し、瞑想するかのような表情になった。



   ☆☆☆



「はっ!?」
「美和子さん、どうしたんですか?」

突然、空を見て目を見開いた美和子に、渉が声をかけた。

「え……?何、これ?もしかして、初音?あなたなの?」
『声出す必要はあらへんで、美和子。』

美和子は、微かに頷いた。

『初音。初音。これで通じる?』
『おう、上等や!』
『これって、もしや……テレパシーとか、心話とか、そういうものなの?』
『ほう。美和子がそないな用語知っとるとは、意外やな。』
『お、大きなお世話よ!でも、一体何事なの!?こんな手段を取るという事は、尋常じゃない事態なのよね?』
『あんた、以前トロピカルシーで麻薬取引犯を捕まえた事があったやろ?』
『え、ええ……。はっ!って事は、奴らの仲間がここに!?』
『ああ。それも、あんたらのトコからちょい離れた隣のテーブルに、陣取っとるで!』

「美和子さん?もしも〜し、美和子さん?」
「もう!渉君、うるさい!」
「ひー、す、すみません!って、あ、あれ?頭の中で声が?」
『アホ!声を出すなや!渉、分かるか?』

渉も加わって、心話による会話が繰り広げられた。
まだ、心話に慣れていない美和子と渉は、傍から見たら怪しい人になってしまっていたが。
取りあえず、犯人達はまさかテレパシーが交わされているなど夢にも思わないだろうから、初音もそれでよしとする。

テレパシーを交わしている内に、渉の脳裏には、トロピカルシーの海中に沈んでしまった指輪の事が浮かび、ガックリとうな垂れてしまった。

ちなみに、由美はこの間、何事もないかのように、カレーのお代りをしていた。



   ☆☆☆



「で、例のブツは?」
「これだ。」

渉や美和子のテーブルの近くで、麻薬取引犯達が詰め合わせの箱をテーブルに載せていた。

「奴はトロピカルシーでの取引に失敗してパクられたけど、こっちの方は大丈夫だろうな?」
「心配いらねえ。県警にはガセネタを流しといたから、今頃陽動に引っ掛かってるだろうぜ。」
「なら安心だな。じゃあ、これは持ってくぜ。」

と箱をしまおうとした。
が、その時、

「ちょっと待って。」

箱に別の手が乗っかった。

「!おい、何をする!?」

咎める取引犯。
が、

「悪いけど、ちょっと署まで来てもらおうかしら?」

手を出した者――佐藤美和子警部は、警察手帳を取引犯達に突きつけた。

「なっ!?」
「そ、そんな、裏をかいたはずなのに!?」

驚く取引犯達。

「日本の警察をなめてもらっては困るわね。」
「さあ、大人しくしろ!」

渉も犯人達に対して身構える。

「ちっ、そうは行くか!」

そう叫ぶや取引犯達は、それぞれ別方向へと逃げ出した。
が、

「待てえ!」
「うわっ!?」

物陰に隠れていた横溝警部が一人を捕まえる。

「そうはさせんぞ!」
「わあっ!?」

白鳥警部も続いて一人を捕まえた。

「大人しくしろ!」

捜査一課の強行三班の刑事達も、犯人を二人捕らえた。



「待てーーっ!」
「待ちなさーい!!」

渉と美和子は、残る一人を追っていた。
が、逃げる犯人の足取りは速く、なかなか追いつけずにいた。

「ハア、ハア、このままじゃ屋外に逃げられちゃいますよ!」
「そんな事になったら、とても捜しきれないわ!何とか足止めしないと……。」

焦る二人。
その時、

「!」

美和子はカレールーが入った鍋を運んだワゴンとすれ違った直後、

「ちょっとこれ貸して!」

と鍋を持ち出した。

「あっ、そ、それは!!」

血相を変える店員を尻目に、美和子は階下に降りた犯人に向けて、

「えーい!」

鍋の中のカレールーをぶちまけた。

「ほぶあっっ!!」

犯人はカレールーをモロに体に浴びた。
すると、

「ぐがあーーーーっっ!!」

犯人は絶叫しながら激しくのた打ち回った。

「さ、佐藤さん、これは!?」
「ちょ、ちょっと何これ!?」

二人は、カレールーを浴びた犯人の顔が烈しく腫れ上がったの見て、思わず口を押さえた。

「い、一体何のカレールーを……って、それ!?」

渉が鍋を見た瞬間、絶句した。

「あら、これ溶岩カレーのルーだったのね。」

反対に美和子は、事も無げに言った。

「あちゃー、これは災難やなあ。」
「おいおい、何だこりゃ!?」

追いついた初音や横溝警部も、犯人の惨状に目を向く。

「これって、始末書モノにならないでしょうかね……?」
「心配いらへんやろ。別に犯人を殺った訳やないし。」
「いや、そういう問題じゃねーだろ。」
「ともかく、犯人を確保しましよ。」

こうして、麻薬取引犯達は、美和子や初音達の活躍で全て御用となった。



   ☆☆☆



翌1月30日月曜日、警視長捜査一課にて……。



「いやあ、もう、大変でしたねえ……。」
「そうね。非番が非番じゃなくなったけど、これも警察官の務めだわ。」
「いや、そういう意味では……。」

渉がうな垂れたが、美和子には通じていないようだった。
と、その時

「あ〜〜〜っ!!」

突然、初音が声をあげた。

「は、服部警視長、どうなさったんですか!?」
「捕り物のどさくさで、商品を受け取って帰るのを、忘れてもうたあ!」


ずるーーーーーーーーっっ!!


その場にいた皆が、ずっこけた。

「あ、あのね、初音さん……。」

呆れる千葉刑事。

「そう言えば、服部警視長は、一人前でも死者が出るかもとまで言われている、あの溶岩カレー5人前盛を、ものの5分で完食したそうな。」
「す、すごい……やっぱり、人間じゃない……。」
「そう言えば、交通部の宮本警部補も服部警視長に遅れて完食したそうだぜ。」
「あんなかわいい顔して、胃袋は鋼で出来てたのかよ。」
「人間とはわからんもんだなあ……。」

あちこちで、呆れたとも畏怖ともつかない囁きが交わされていた。

「で?1位の商品って、何だったんだ?」
「さあ?何しろ、金も地位も権力も持ってる服部警視長があれだけ悔しがる位だから、相当のものなんじゃないか?」

その時、

「はああ……誰か、次の溶岩カレー早食いコンテストに、応募してくれへんかなあ……。一回優勝したもんはもう出れへんからなあ。」

そうため息をついて、初音が周りを見回すと。
何故かそこに残っているのは、美和子・白鳥警部・目暮警部・松本管理官の4人だけだった。

「あれ?みんなはどないしたん?」
「さあ?妙に忙しそうに、そそくさと出て行ったけど?事件でもなさそうだし、みんなどうしたのかしら?渉君まで。」

初音の問いに、美和子は首をかしげ。

「「おいおい……。」」
「ははははは。」

目暮警部と松本管理官は呆れ、白鳥警部は乾いた笑いを洩らしていた。



   ☆☆☆



同じ頃、本庁内では……。



「ふっふっふ〜。これ、欲しかったのよねえ。」

怪しい笑いを浮かべているのは、宮本由美警部補である。
初音が持って帰りそびれた1等商品――フサエ・キャンベルデザインのカレースタジアムオリジナルアクセサリーは、どさくさに紛れて、ちゃっかり由美が持って帰っていたのであった。
これは、カレースタジアムのイベントの優勝商品限定であり、カレー党が世の女性の歓心を買う為に、あるいは、レアアイテムを身にまとおうと目論む女性達がそれこそ体を張って手に入れようと血眼になるほどの代物であった。

「悪いわね、初音。でも、すぽーんと忘れてたアンタが悪いのよ〜〜♪」

意気揚々と勤務に向かう由美であった。

ちなみに2位の商品は、カレースタジアム一年間フリーパスで、これ以降、カレースタジアムにせっせと通う由美の姿が目撃されたと言う。

なお、交通部内では、あれ以降、由美の事を『鋼の胃袋を持つ烈女』と密かに呼び習わすようになったそうな。


また、このコンテストには、園子や恵子達C−Kジェネレーションズや、舞達アルファトゥオメガのメンバー達も参加を目論んでいたが、未成年は危険すぎて出場できないとの事で、あえなく撃沈したとか。



そして、神奈川県警の横溝重悟警部も、捜査一課兼務の上で南関東の特殊能力捜査の責任者として、同時に、兄である静岡県警の横溝参悟警部も、同じく東海地方の責任者として、それぞれ警視に昇格したそうな。



To be continued…….





Vol.7「三人娘の家庭の事情」に戻る。  Vol.9「煩悩大作戦」に続く。