レジスタ！(９)

レジスタ！

Ｂｙ　泉智様

（９）

【８節で横浜Ｆマリーンズに完敗したことをうけ、中盤の布陣を修正したビッグ大阪は、翌９節の浦和ロッソ戦では新布陣が当たり、からくも勝利を収めた。１０節からは、７節・ノワール東京戦で負傷・休養していた工藤が復帰。中盤での安定した守備と力強い攻撃力を回復し、破竹の勢いで４連勝。優勝まであと一つというところまで来ている。そのビッグ大阪を追うのが、現在単独２位の横浜Ｆマリーンズである。マリーンズが優勝する為には、もう一つも落とす事は許されない。そのマリーンズの相手は、ノワール東京である。これまでのノワールとの戦績は五分。マリーンズの新星のトップ下・黒羽のプレーが試合のカギを握ると思われる。一方、２ステージ制最後の本年のＪ１の年間王者のタイトルを目前にしているビッグ大阪は、前年王者の東京スピリッツと対戦する。１０節より復帰の工藤にとって、スピリッツ時代、ポジションを争っていたヒデと本格的に敵として合間見える因縁の対決となるこの試合。チーム力で優位に立つビッグに、ヒデを中心とする、リーグ屈指の強力な破壊力を有するスピリッツが、工藤の支配する中盤・京極の守るゴールをどう攻略するかが見所となると思われる。

：日売スポーツ】

「うっひゃ～っ！らあ～ん。アンタのダンナ、最・注目選手ってカンジで取り上げられてるわよぉ～ん？」

受験目前の秋空に、受験用の参考書ではなくスポーツ紙を手にした園子の声が響き渡った。その声は大いに親友とその彼氏のラブラブぶりをからかう妙なお色気が含まれており。一緒に下校している志保は、参考書に落としていた視線を上げて呆れた表情を隠さず園子を見つめると軽く紙面を覗き込み、

「ホントね。どうやら、完治したようね。マスクしてないから。」

極めて冷静なコメントだけを寄越して参考書に視線を戻した。

「うん。１２節の次の日の検診で、マスクを外しても良いって許可が出たんだって。」
「ねえ、蘭。それ、例の“朝晩のらぶらぶコール”で聞いたんでしょう？かあ～っ、マメっていうか、相変わらずアツイっていうかｖ。聞いてるこっちが融けそうなくらいよぉ～ｖ。あぁ～んっｖ、いいカイロ代わりだわ～っｖｖｖ。」
「ちょっ、園子っ/////！」
「だあって、本当のコトなんだも～んｖｖｖ。」

一方、いつも彼氏（新一）との仲をからかいのネタにされている蘭は、園子の口調に慣れすぎている所為か、その辺はサラッと流してサクッと志保のコメントを肯定。早速園子の口撃＆ハグ（Ｈｕｇ）の餌食になっていた。

「・・・園子。蘭をエサにするのは良いけど、そろそろ新聞をしまって参考書に持ち替えたほうが良いんじゃない？貴女、学内選考（エスカレーター）試験が、その１３節と同じ日でしょう？蘭だって、その日に（大阪で）推薦入試だし。二人をからかうのはこれからだって出来るんだから、今は試験前の最後の追い込みをするほうが先決でしょう？」

呆れを通り越して僅かに怒気の混じった志保の忠告に、園子は蘭に抱き付いていた手を離し、志保と対峙した。

「！何よぉ、もぉうっ！折角忘れようとしてたのにぃっ！志保ったら真面目すぎよぉっ！」
「あら。私と蘭が、貴女のご両親から“園子が（おカタイ）家庭教師の目を盗んで逃亡（遊んで）ばかりしてるから、見張りかねがね一緒に勉強して欲しい”って依頼されてるのを忘れてないかしら？貴女の週末の結果が思わしくないと、依頼された私たちのメンツが潰れるのよね。」
「うぐっ！う～っ（ＴＴ）、分かってるわよおっ＃！んもうっ、微積なんて解けなくたって生きてけるのにいっ！」
「・・・確かにそうだけど。貴女、先々、家業を継ぐ予定なんでしょう？アタマが痒くなる数字や書面とのお付き合いは、後を継ぐのを辞めるんじゃない限り、切れないと思うわよ？ま、受験勉強は“論理的思考を養うトレーニング”だと割り切って、あと１週間ぐらい我慢なさい。」
「わ～ん、志保のイジワルぅ～っ！蘭、助けてよぉ～っ。」
「園子・・・。お互い、本番まで１週間無いんだし、ガンバろう？ねっｖ。」

しかし、色を成す園子に対し、志保はあくまで冷静で。蘭は、園子の気持ちを理解しつつも、それに流されてはいけないと慰めにかかった。

「ああ～ん、蘭の裏切り者～っ！・・・何よ、良いわよねっ。受験が終われば華燭の典が待ってる人はっ！蘭は頑張ったご褒美が見えてるけど、私は頑張っても何も無いんだよっ。」
「園子・・・。」

結果、園子は拗ね。蘭は困惑し。志保の視線は、いつにない厳しさを増したのであった。

「フウッ。・・・園子。蘭に八つ当たりはよしなさい、みっともないわよ。貴女はご褒美っていうけど、それは、蘭と新一君が、今一生懸命頑張って叶えようとしている希望なのよ。種の無いところに芽は出ないし、隣の芝や他人の財布の中身をどんなに羨んでも自分のモノにはならないわ。だいいち、目標に向かってあと人踏ん張りに必死なのは、貴女だけじゃないのよ。私だって、蘭や、新一君や・・・京極さんだって同じなのよ。」
「！」
「完全優勝まであと一つ。・・・こういう時が一番苦しいのよ。滅多にない完全優勝に対する周囲の期待・そうはさせまいとする相手の頑張り。・・・そんなプレッシャーと戦っている京極さんが今の貴女を見たら、どう思うんでしょうね。」

真を引き合いに出し、園子に今の自身の振る舞いと向き合うべき現状を悟らせようとする志保の、鋭さの中にある優しさを、蘭は即座に感じ取り。園子は、真の頑張りを思い出すことで、ようやく悟ったのであった。

「（真さん・・・。そうだ、真さんは、今、次の試合を勝つために必死なんだよね・・・。同じ日に試験を受ける私が努力もしないでダメダメだったら、呆れるよね、・・・嫌いになっちゃうかもしれないよね・・・。そんなの・・・そんなことになったら・・・。）」

敢えて心を鬼にする志保と、二人の間でハラハラする蘭の前で俯き力なく立ちすくんだ園子は、目じりに浮かんだ涙をグッと拭って平手で自身の頬を数回パシパシ叩くと、いつもの勝気な笑顔で二人にニッと微笑んだ。

「ゴメン、蘭。言いすぎたわ。ありがと、志保。私・・・あと１週間ないけど、スパートかけるわ。今のままじゃ、仮に受かったとしても、真さんに会わせる顔が無いモンね。」
「園子。」
「そうね、その意気よ。」
「さっ、行こ行こ！週末の試験を突破して、真さんに合格の報告をしなきゃいけないんだから！」

数分前とは打って変わって前向きに試験勉強会場にしている志保の家に向かう園子の後姿を、表情を和らげた志保と安堵した様子の蘭は笑顔で微笑み会った後、小走りに追いかけた。

そして二人が必死にスパートをかけて迎えた終末。Ｊ１―２ndステージ第１３節・ビッグ大阪ＶＳ東京スピリッツ（ナイトゲーム）が行なわれるその日。園子は米花市内にある帝丹大構内で、蘭は大阪府北部にある改方学園大付属看護短大構内で、入試に臨んだ。数週間後に二人に届いた結果は、努力が報われる芳しいものだったのだが、それは後の話。
この日、試験を終えた二人は、園子は堂々自室に備えてあるＴＶの前で、蘭はスタジアムのホームスタンドで、自分のやるべきことを成し終えた充実感を胸に、彼とチームの勝利を応援すべく陣取ったのであった。

　　☆☆☆

「オイ、工藤。お前、何、携帯見てニヤけとるんや。はっは～ん。さてはあの姉ちゃんからメールでも来とるんやろ。“今日の試合、頑張ってｖ。ＴＶの前で応援してるわｖ。”ってなカンジでなァ！オッ、その顔は図星やな。ハハハハッ！」

試合前のロッカールームで。着替え・ウォーミングアップが終わり、試合直前のミーティングを前に、この日何度めかの携帯のチェックを入れる新一の様に、平次は声色を変え、（全然！似てないが）蘭を真似てしなをつくって、からかいの言葉をかけた。そんな平次の様を五月蝿げに一瞥した新一は、不意に思いついたように不敵な笑みを浮べると、

「ああ、来てたぜ。“スタンドで応援してるから、今日、絶対決めてねｖ”ってな♪」

そう言い捨てて、自らの返しに呆けたように驚く平次を捨て置いて、円陣状に集っている選手達の輪に足を向けた。

「んなっ？！き、今日、来とるんか？！受験前やろ？！んな呑気な事しとって大丈夫なんか？！」
「バーロ、“受験後”だよ。今日の昼がアッチの本番（蘭の入試）だったかんな。終わった足で、コッチの本番（新一の試合）に駆けつけてくれたってワケ。どうやらアイツ、手ごたえがあったみてーだな。おかげで、良い“気合”をもらえたよ。」
「ハハ・・・さよか。」
「服部。今日、絶対、決めるぞ。お前も気合入れて行けよ。」
「お、おう・・。」

とっさに新一に追いすがった平次は、試合前の監督の指示を聞きつつ、横に立つ新一の自信満々な瞳と気力の充実振りを伺って、内心で

「（・・・ったく。あの姉ちゃんが“生で応援”っちゅうダケでコレやもんな～。っとに、ホンマ、分かりやすい奴っちゃ。）」

そうボヤいていたのであった。

　　☆☆☆

同じ頃。現在２位のマリーンズ所属の快斗は、ホームスタジアム内ロッカールームで試合前のミーティングを行なっていた。勝てば優勝戦線に踏みとどまれるとあって、チームの気合は十分。

「っしゃあっ！！！」

円陣を組んで気合の掛け声を入れると、グラウンドへの入場ゲート前に足を向けた。

「今日は、よろしく。」

試合前のお約束の相手チームとの握手を交わした快斗は、新一に２度も危害を加えた黒澤の冷徹な視線を（対戦時の新一同様に）不敵な笑みで切り返したが、続けて握手した（２ndステージより登場の）蛇原には、背筋に悪寒を覚えたのであった。

「（アイツ、何か嫌～な感じだよな～。生理的に合わねえっつうか。確か新一との試合ン時は、累積で出てねえんだっけ。ＶＴＲ見た感じだと、黒澤とは別の意味で厄介なプレーヤーだったよな～。・・・今日の試合。何つーか、こう、“スッゲー嫌な予感ミッチミチ”ダゼ。）」

果たしてこの予感は当たり、快斗は苦戦を強いられるのであるが、続きはこの後で。

ともあれ、マリーンズのスタジアムは、優勝戦線に残る為の大事な試合とあって、いつも以上にサポーターが席を埋め、熱心な応援を繰り広げていた。
ビッグのスタジアムに、新一の応援をすべく蘭が駆けつけているように、このマリーンズのスタジアムにも、園子の学内選考とは別室で帝丹大の推薦入試を受けた快斗の彼女の青子が、親友の恵子と駆けつけていた。

「凄い人・・・。流石に優勝がかかってる試合だけあるよね。」
「ホントだね～。さァ、青子。周りに埋もれないように、しっかり応援するわよ！ウチが優勝戦線に残る為にも黒羽君に活躍してもらわなきゃ、なんだから！」
「でも・・・。こんなに大勢の人の中じゃ、青子の声なんて・・・。それに見に行くって言ってないし・・。いくら快斗でも、分からないよぉ～。」

元気いっぱいな恵子に激を飛ばされる青子だったが、広いスタジアムのあちこちを埋める快斗ファンの美女たちの黄色い声援に気後れしているのか、どうにも腰が引けてしまっていた。

「そんなことない！大丈夫！奇術師どころか大魔神のようなあの男なら、この有象無象の中からだって、絶対、青子の声を聴き分けるわよ！ビビッてないでしっかり愛のパワー、送んなきゃダメよ！黒羽君に元気をあげられるのは、こんな有象無象の女達じゃないの！青子、彼女であるアンタだけなんだからねっ！」
「け、恵子ぉ～っ！」
「ほら、青子。しっかり声を出してっ！」

恵子に背を押されてもなお気が引けている青子だったが、場内アナウンスが流れ、両チームの選手が入場してくると、快斗の姿を目で追い、祈るように手を握り締めていた。

「（黒羽君、青子が見に来てるんだからねっ！しっかりっ！）」

そんな青子を伺いながら、恵子は青子の分まで声を張り上げ、快斗とマリーンズに声援を送っていた。

　　☆☆☆

その頃。ビッグ大阪のスタジアムでも選手達がグラウンドに姿を現し、エンブレムを交換。場内アナウンスによる選手紹介とサポーターの歓声を背に受けながら、それぞれのポジションに散っていた。ライブビジョンには、マリーンズのスタジアムの様子が（ビッグとスピリッツの）試合開始まで流されており、隆祐・平次・新一・陸夫・真は、画面に映し出される快斗や黒澤らの様子を一瞬だけチラッと見ると、チームメートと視線を交わして肯きあい、今の相手（スピリッツ）陣地を見据えた。

「（新一・・。）」

ホームスタンドで新一の背を見守る蘭は、新一の背から放たれる気迫を感じ、ビッグの勝利と新一の勝利を確信した。
ほどなくしてライブビジョンからマリーンズの映像が消え、ピッチで視線を交し合うスピリッツの選手達の映像に切り替わり、主審の笛の音が響き渡った。

　　☆☆☆

《今、キックオフ！Ｊ１・２ステージ制を締め括る本年の、年間王者を決める、運命の１３節が始まりました！この試合、ビッグ大阪スタジアムと横浜Ｆマリーンズスタジアムからの二元中継でお伝えして参ります。ＴＶ画面右下に、サブの画像が出ているかと思います。時折、（メイン）中継画像を切り替えて放送してまいります。どうぞご了承下さい。》

しかし、昨今のご時世ならではのこのサービスは、自室でＴＶ観戦している園子に、試合開始早々、苛立ちを覚えさせるものとなった。というのも、メイン画面にアップで映し出された真の姿がサブ画面に微妙に食われ、十分に真の勇姿を堪能できない・・という結果となってしまったからである。

「何よ～っ！なんでこんなヘビ男に真さんが食われなきゃいけないのよ～っ！！ちょっとおっ、ＴＶ局！！もっと気を使ってよおっ！」

そのサブ画面では、試合前に快斗が生理的嫌悪感を抱いたヘビ男・・こと蛇原が、早速、快斗のプレイを潰しにかかり、カードこそは出ないものの、笛を吹かれている様子が映し出されていた。

《ああっ、試合開始早々、黒羽が倒されました！ノワール、素早いチェックで黒羽の足を止めにかかります。２ndステージよりＪ２から加入の蛇原、徹してノワール中盤のヨゴレ役を買っています！この蛇原が、本日、黒羽のマークに付くのか？！だとすると、本日のマリーンズは攻撃の中心の黒羽が封じられる事となり、苦戦を強いられそうです！・・どうやら、黒羽は大丈夫そうです。立ち上がりました。さあ、試合再開！マリーンズは“黒羽潰し”を作戦に入れているノワールにどう立ち向かうのでしょうか！》

マリーンズのＭＦがボールを持ち、快斗は前に出て良いポジションをとるべく走っていた。

「・・・。（さっきのヘビはアソコか。オレにピッタリ張り付くってワケではなさそうだな。）」

走りつつ蛇原の位置を確認した快斗は、絶好の位置に躍り出て、それを見越したパスを受け取ろうとした。

「よしっ！」

今度はヘビの妨害なく、無事にトラップ。そのままゴール前に切れ込み、絶好のラストパスを出そうとした瞬間！

「！うあっ！」

足元をすくうかのようにボールを絡め取るタックルが入り、バランスを崩した快斗は転倒。ノワールに奪い取られたボールは、寺木によって大きくクリアされていた。

《ああ～っ、またもや黒羽、倒されました。しかし、蛇原のタックルはボールに行っている！ノーホイッスルです！蛇原のタックルは、まさに足元に絡みつき、攻撃の芽を摘みます！蛇原の、キラー・タックル、本領発揮と言ったところでしょうか！》

「・・・。（新一相手に散々ラフプレーをして心証の悪い黒澤がオレ相手の刺客じゃ、審判に簡単にカードを切られて人数が減るから、マズイって判断か？！ノワール（のオーナー）め。ケッ！ホント、イイ選手を探してきやがるぜ！）」
「大丈夫か？黒羽。」
「平気です。まだ試合は始まったばかり。イケますよ。」
「そうか・・・。よし、行くぞ！」
「ハイッ！」

マリーンズボールのロング・スローで試合が再開。この後、何が何でも勝たなくてはならないマリーンズは押しに押し捲るのだが、後一歩というところで必ず蛇原が快斗を潰しにかかり、試合が止められ、攻撃のリズムが狂うのであった。

「快斗、しっかり・・」
「キャア～ッ、快斗様～っ！そんなヘビ男に負けないでえ～っ！」

そんな快斗に、青子は試合前の躊躇を振り切って必死に声を掛けるのだが、その声は、スタンドに有象無象の様に居る、黒羽快斗（美女）ファンクラブの凄まじい声援にかき消され、なかなか届かないのであった。

そのまま試合は０－０で進み、ほどなく前半が終了。

「くそっ・・・！」
「（快斗・・・。）」

悔しそうな顔でロッカールームに引き上げる快斗の姿がライブビジョンに映し出され、快斗のファンクラブの女性達がアップ映像に歓声をあげる中、その映像に快斗の心中を思いやった青子は、心配そうな面持ちで祈るように、彼の人の名をつぶやいた。しかしその声は、この時、快斗の耳にも心にも、届くことは無かったのである。

　　☆☆☆

快斗が予想外の大苦戦で前半を折り返した頃。

ビッグ大阪のスタジアムに集った大観衆は、熱狂と興奮の渦の中、前半ロスタイムを見守っていた。

《工藤、ダヴィドからヒデに出されたパスを読んでいた！工藤がカットしたボールをすかさず小森が前線の近藤に渡す！前半ロスタイム３分と表示されましたので、もう間もなく前半終了となるのですが、ビッグ大阪、攻撃の手を緩めません！・・・っと、今、前半が終了しました。ビッグ大阪が２点リードで前半を折り返します！》

この節に勝てば（但し、もしマリーンズがノワールに２点以上の差をつけて勝てば、ビッグの優勝決定は１４節以降となる）間違いなく年間優勝が決まるとあり、勝って決めようという勢いの差が試合展開の差となっているのか。リーグ屈指の攻撃力を有するスピリッツを抑えて優勝に王手という状態で前半を終えたビッグ大阪の面々は、自信満々の様子で悠々とハーフタイムを迎えた。対するスピリッツの面々は、この展開に気合で負けているのか、どこか疲れた様子を漂わせ、ハーフタイムに入った。

そんな選手達の様子を見送った蘭は、イキナリ鞄から響いた着信音に、慌てて携帯を取った。

『らあ～ん、どう？スタジアムの雰囲気。』
「園子。うん、凄い熱気だよ。新一も京極さんも気合入ってるし。２点リードで折り返しでしょ。もう押せ押せムードだよｖ。」
『そっかあ～。良いな～。こんなことになるんなら、私もスタジアムに行けば良かったよ～。』
「えっ？」
『だってさあ～、真さんの勇姿を見ようって準備万端整えてＴＶの前に陣取ってたんだけどさ、ハマの試合が予想外な展開なお陰で、ビッグの試合がサブになる事が多くって！もう嫌んなっちゃうのよ！』
「えっ？！前評判ではマリーンズが優勢だって話だったじゃない。そうじゃないの？」
『そのはずだったんだけどね～。ホラ、例の新一君に激似のマリーンズの彼！』
「えっと～・・・確か・・・黒羽君、だっけ？」
『そう！その黒羽君が、ノワールのヘビに、本っ当にしつっこく！絡まれちゃってねえ～。もうあと一歩でゴールよっ！ってところで攻撃を止められちゃうのよぉ～。おかげで試合はノワールペース！マリーンズは必死に守りきって、なんとか０－０で折り返したけどさぁ～。正直なところ、このままじゃ、後半ヤバイかもよ～。・・・でもまぁ、そうなれば、真さんたちが今日完全優勝なんだけどねｖ。』
「そ、そうだね・・。」

園子と会話をしながら蘭は、スタジアムのライブビジョンを見た。そこでは、ビッグＶＳスピリッツの前半のハイライトやスポンサーＣＭが繰り返し放送され、マリーンズＶＳノワールの中継は、全く流される様子が無かった。

少しして園子との通話を終えた蘭は、新一の完全優勝の瞬間に立ち会える可能性の高まりに胸を高鳴らせつつも、新一を苦しめた（試合外ではまだ係争中といえるだろう）ノワールが、今、新一によく似た容姿の快斗を狙い撃ちしているという事実に、後ろ寒いものを感じざるを得なかった。

「（ノワールの魔手は、一体いつまで続くんだろう・・。来季も新一の身にもしもの事があったら・・。）」

つい、そう考え込んでしまう蘭だったが、その心配は杞憂に終わり、ノワール（烏丸）の魔手が来季も新一や快斗を襲う事はなかった・・・否、出来なかったのであるが、それは、後の話。
二人が携帯で話しこんでいる頃、ＴＶでは解説者がＶＴＲを流しながら、コメントを発していた。

《それにしても開始前、我々はこの試合をヒデＶＳ工藤の中盤直接対決になると見ていたんですが、違いましたね。》
《そうですね。工藤がマンツーマンでヒデに付くかと思われたんですが、そうではなく、スピリッツの守備の弱点を徹底的に突いてきましたね。中盤を押さえる事で、前線のヒデにボールが渡らないとなれば、ヒデが位置を下げるしかなくなる。そうなれば、ゴールまでの距離が遠くなるわけですから、スピリッツとしては攻撃がしづらくなる。厳しい展開になりました。》
《そうですね。あと、工藤個人に関して言いますと、負傷前と比べ、視野が広がり、上手く先輩選手を使っているように感じますね。実に有機的にチームが機能しているように見えます。》
《ええ。一方、横浜Ｆマリーンズスタジアムのマリーンズですが。なんと０－０！予想外の大苦戦で前半を終えました。２ndステージからノワールに新規加入の蛇原が、エースキラーの本領発揮。黒羽を完全に押さえ込みました。マリーンズが優勝戦線に残る為には、この試合、２点以上の点差で勝たなくてはなりませんからね。この展開は非常に厳しいものと言えそうですね。》
《そうですね。前半、黒羽を押さえ込んだ蛇原ですが。ノワール加入前のＪ２時代、忍び寄るヘビの様に相手に接近し、絡め取るようにボールを奪うプレースタイルでエースキラーとして名高かったそうです。これまでのところ、まさに完璧な仕事ぶりですね。２ndステージに入ってからのマリーンズ躍進のカギは、黒羽の突破力にありましたからね。このハーフタイムの指示と後半の黒羽のプレー如何に、マリーンズが優勝戦線に残れるか否かがかかっていると言っても過言ではないでしょう。》
《後半、マリーンズがどう立て直してくるか、そこが見所ですね。》
《ええ。黒羽選手の奮起を期待したいですね。》

　　☆☆☆

ＴＶでそうオンエアされてる頃。ノワールのロッカールームでは、黒澤を中心に、黒い作戦が練り上げられていた。

「・・・くくっ、あと少しだな。」
「フッ。後半早々、病院送りにするってことか？」
「ま、そんなところだ、魚塚。」
「流石は蛇原。噂以上のエースキラーだな。つくづくお前が７節（ビッグ大阪戦）で累積だったのが痛いぜ。おかげでアニキがヨゴレ役になっちまった。」
「止せ、魚塚。」
「ハッ。」
「黒羽を押さえたことで、マリーンズの攻撃力は半分以下になった。・・・蛇原。早々に潰せ。ヤツが居なければ、あとは雑魚だ。カードを切られたところで、欠場は１試合。どうってことはねえ。一気に決めろ。」
「クッ。了解。」

烏丸オーナー肝いりの４人がせせら笑うのを、ノワール古参で、今は日陰者（ベンチ要員）になっている数人のチームメートは、ロッカールームの端っこで、苦々しい思いで見つめていた。

　　☆☆☆

同じ頃。

「・・と、よし！これで行けるだろう。・・どうだ。大丈夫か？黒羽。」
「ハイ、ありがとうございます。」

快斗はロッカールームでテーピングを施されていた。
前半終了まではポーカーフェイスで、蛇原らノワール・烏丸の腰巾着連の目を誤魔化しきったが、前半終了間際に受けた蛇原のタックルで僅かだが、足に痛みを覚えていたのである。早速処置を受けた快斗は、何度か足踏みをした後、軽くリフティングして感触を確認。

「・・よし！」

好感触を得て、チームメートが組む円陣に入った。

「（今度こそ、新一と対決する！だから、今日、負けるわけにはいかねえんだ！）」

という気合を胸に。

　　☆☆☆

《さあ、選手達が出てまいりました！後半、間もなくキックオフです！》

後半の試合開始の笛の音は、ほぼ同時に吹かれ、大阪と横浜で歓声がこだました。

《ハーフタイム情報ですが・・・ビッグのラムス監督に聞きましたところ、横浜の試合結果を選手達に伝えていないそうです。最後まで油断することなく、集中して行こうという事でしょう。一方、スピリッツの伊原監督ですが、ヒデとナオキにもっと前に居るようにと指示を出しました。後半、選手交代がありまして、４バックから３バックに代えて、ＭＦを増やしました。どうやら、後半、何が何でも点を取りに行く模様です。》

新一を中心とするビッグ大阪ＭＦ陣に守備の不安を突かれ、失点を重ねたスピリッツは、中盤の選手を増やし、ヒデたちの位置を上げさせ、攻守の切り替えを早くする作戦に出た。

「成る程。そうこなくっちゃ面白くねえ。・・いくぞ！」
「おうっ！」

後半開始の笛が鳴り。ダヴィドの守備力の不安はあるものの、そこは人数でカバーしたスピリッツは、ヒデにボールを託し、一気に攻めあがってきた。

《後半開始早々、スピリッツが一気に攻めあがってきた！》

「（工藤・・・。そう簡単に勝ちをやるわけにはいかん！）」
「（ヒデさん・・。）」

《ヒデの前に工藤が立ちはだかった！待ちに待った、ヒデと工藤の対決だあっ！》

新一はヒデに素早く詰め寄ると、プレッシャーを掛けながらコースを狭めていった。激しいチャージの応酬と足元の競り合いに、ＴＶカメラも観客の視線も集中。後半早々の大勝負に歓声が高まった。

《工藤とヒデ、激しい競り合いだ！どちらも一歩も譲らない！》

「ヒデ！」
「工藤！」
「くっ！」
「そこだ！」

激しい競り合いを演じながらライン際にヒデを追い詰めていった新一は、一瞬の隙をついて外にボールを出した。

《工藤がタッチラインの外に逃し、ヒデの攻撃を止めました。スピリッツボールのスローイン！ヒデにはまだ工藤がピッタリと付いています。さあ、スピリッツはここからどう攻めるか？！》

ボールデッドになったところでボールを手にし、味方の位置を確認したダヴィドは、ラインからゴール方向に立ち、執拗にマークをし続ける新一とポジション争いを続けるヒデの様子を確かめると、難しそうな顔で舌打ちし、無難な位置に居る味方に向けてスローイン。すぐさま戻ってパスを受けようとしたが、ボールはダヴィドの位置とは反対の逆サイドに大きく振られ、ナオキを使って得点する攻撃に切り替えられてしまった。

「Ｓｈｉｔ！」
「来るぞ！」

《さあ、スピリッツ。ダヴィドのスローインを受けたＤＦの五十嵐がサイドチェンジ！受けた右サイドの新田が、前線のナオキに合わせ、ロングクロスを入れる！スピリッツに、ようやくシュートチャンスが来たあっ！》

「させるか！」
「くそっ！」

《ナオキ、ワンとラップしてシューッ・・！しかし京極の真正面！京極、大きく前方に出す！受けた近藤が前線に持って上がったあっ！ピンチが一転チャンス！ビッグ、後半立ち上がり、駄目押しの追加点なるか？！》

「そうはいくか！」
「！」

ボールを持つ近藤にダヴィドが迫り、止めにかかった。しかしこのアタックは、後ろから素早く上がってきた新一とのワンツーでかわされ、抜かれてしまった。歯噛みしてきびすを返し近藤を追走したダヴィドは焦りがあるのか、後ろからタックルをかけ、審判にイエローを貰ってしまった。

《ああ～、これはいけません。後ろからのタックルです。危険行為ということでダヴィドにイエローカード。これはスピリッツ、痛い一枚となってしまいました。》

「・・・。」

このプレーを見たスピリッツの伊原監督はダヴィドをお役御免とし、後半わずか１０分でベンチに下げてしまった。

「やってられるか！」

伊原監督の指示でベンチに下げられたダヴィドは、憤懣を隠すことなくロッカールームに姿を消した。この試合が契機となったのか、スピリッツで求められたボランチのポジションに慢性的不満を抱いていたダヴィドは、シーズン終了を待たずに複数年契約を破棄。多額の違約金を支払って母国がある欧州へと帰国してしまった。

多額の移籍金を支払って獲得した有名選手に、僅か数ヶ月で逃げられたうえ、その移籍にまつわる騒動で、地味ながら大事な選手（蔵田）に他チーム（シャオロンズ）に逃げられたスピリッツは、シーズン終了後、成績不振の責任を問われ、現場・フロントともに編成を大幅に入れ替えて選手の獲得・育成方針を数年がかりで変えて行くことになるのだが、それは後の話。

《後半１０分でダヴィドが交代。代わって同じＭＦの野々村が入りました。残された試合時間は３５分。２点ビハインドのスピリッツ、リーグ・今シーズン№１ＧＫの京極からゴールを奪い、同点に追いつけるでしょうか？１stステージでの対戦で京極からゴールを奪えたスピリッツの選手はヒデのみ！そのヒデには今、工藤がピッタリ付いています！ヒデにパスが通りづらいこの状況で、スピリッツはどうゲームを組み立てるのか？！》

解説がそう熱心に語る目の前で、試合は粛々と進んでいった。
新一のヒデに対するマークは実に執拗で、ヒデは一瞬新一のマークを振り切ってボールに触れるのだが、そこから先は思うような動きをさせてもらえず、いい形での攻撃にはつなげられなかった。それでもダヴィドが下げられてからの方がチームのバランスが良くなったのか、スピリッツは前半ほどにビッグにつけ込まれることはなくなっていた。

《さあ、これがラストチャンスとなるか？！スピリッツ！工藤の厳しいマークをかいくぐったヒデにボールが渡った！ヒデ、渾身のロングシュート！京極、パンチング！コーナーキックに変わった！間もなくロスタイム残り３分を迎えようとしています！まさしくラストチャンス！キッカーは、ヒデ！》

ビッグの勝利・完全優勝のその時が迫っている所為か、場内はなんともいえぬ緊張感に包まれていた。観客の誰もがゴクリと喉をならし、ヒデの動作を見守った。

「ピッ！」

笛が鳴って軽く助走したヒデが蹴ったボールは素晴らしいカーブを描き、ダイレクトにゴールに向かった。ボールは、クリアしようとしたＤＦの頭上を越え、キャッチしようとした真の指先を通過。

「よし！」
「しまった！」

誰もが最後の最後で、ヒデが一矢を報いた！・・・と思った瞬間！

《ああ～っ！ボールがバーに当たって跳ね返ったあっ！》

「ピッピッピーッ！」

《そして今、試合終了のホイッスル！劇的幕切れ！２－０！ビッグ大阪、勝利です！あとは、横浜Ｆマリーンズの結果待ちとなりました～っ！》

試合終了の笛の音と共にバーに当たって跳ね返ったボールが、空しくグラウンドを転がり、大きく肩を落としたスピリッツの選手は、とぼとぼとピッチを後にした。
一方、勝利してマリーンズの結果を待つビッグの面々は、歓喜の面持ちで肩を叩きあい・抱き合い・歓声を上げて、勝利を喜ぶファンに応えていた。
その時新一は、最後まで試合を捨てずにゴールを狙ったヒデに握手を求め、歩み寄った。

「（・・・ヒデさん。）ありがとうございました。」

「工藤。こちらこそ・・。・・・優勝おめでとう。」

「まだ決まってませんよ。」

「決まったようなモンだろ？・・・ノワールの蛇原は厄介なヤツだからな。流石に黒羽も楽なゲームはできないだろうからな。」

苦笑気味にそう呟いたヒデは、何かを示唆するように足を翳した。

「蛇原？・・・ああ、エースキラーとかいう。」
「お前はたまたまアイツと当たらずにすんだようだから忠告しておくが、アイツのプレーは執拗だぞ。油断してると足元をすくわれて足を痛めることになる。・・・オレみたいにな。」
「！（それでこの試合、球捌きが今ひとつだったのか・・！）ヒデさん。」

ヒデが蛇原にからまれて足を痛めたという現実を知って厳しい顔になった新一に、ヒデは穏やかに微笑んだ。

「そう難しい顔をするな。それでもあくまでプレー中の怪我の範疇だ。ただ、アイツは狡猾で上手い。気をつけろよ？・・・あと、次はこうはいかないからな。覚悟しとけよ？」

来季、ベストの状態で闘おうと言外に込めたヒデに、新一は嬉しそうに微笑み返した。

「はい。その時は、よろしくお願いします。・・・・・ありがとうございました。」
「おう。」

ライブビジョンに映し出されるＦマリーンズ対ノワールの試合中継へのスタジアム内の歓声を聞きながら新一は、片手を挙げてロッカールームへと引き上げるヒデを見送ったのであった。

　　☆☆☆

そんな試合終了後のビッグ大阪スタジアムから時を遡る事およそ４５分前。
横浜Ｆマリーンズスタジアムに後半開始の笛の音が響き渡った。

「蛇原、頼んだぞ。」
「了解。」

軽く視線を交わして一直線に快斗のマークに向かう蛇原を、黒澤・寺木・魚塚は、不吉な微笑で見送った。

「（後半も来たか・・。ったく、しつこいオッサンだな。）」

対して迎え撃つ快斗は、気を引き締めた顔で、臆することなく蛇原に相対した。

「逃げないとはいい度胸だ！」
「言ってろ！」

後半開始早々、蛇原がしつこく快斗にチャージを掛け、ボールを奪いにかかってきた。それを受けながらも快斗は、巧みなステップでボールをキープ。粘って粘って蛇原をひきつけた。

「（黒羽！）」

そんな快斗と蛇原のすぐ傍らに向かってマリーンズの俊足のＭＦ・大村が駆け込んできた。

「（よし！）」

大村が快斗のすぐ横を通過するその瞬間、快斗は大村に対して軽くボールを出し、上手く受身を取って倒れた。

「ちっ！小ざかしいマネを！」

快斗から短いパスを受けた大村は、物凄い速さでゴール前に駆け上がり、クロスを上げた。

《横浜Ｆマリーンズ、後半立ち上がりのこの時間帯にようやく“らしい”攻撃の形を作りました！このまま先制なるか！》

「オレたちは、勝たなきゃならないんだ！」

大村のクロスを受けたエースの崔が気迫を込めてゴールに飛び込む勢いで、ダイビング・ヘッド。力強いボールは、競り合った寺木の足とキーパーの指先を抜け、ゴールネットに突き刺さった。

《ゴォ～～～ル！マリーンズ、後半開始早々、１点先制～～～っ！前半、耐えに耐えたマリーンズが、優勝に近づく１点目をゲット！貴重な先制点だ～～～っ！》

「やったあっ！」
「やったわ、青子！１点先制よ！それにしても、アンタのダンナは流石よね！ヘビを出し抜くパスを出すんだもん！これでこの試合はいただいたも同然よぉ！」
「け、恵子ぉ～/////。」

１点先制に沸く恵子の台詞に頬を染めつつも、青子は心の不安が拭えなかった。

「（快斗、大丈夫かな・・・。なんだか、どこか痛めてるように感じる・・。）」

先制点で沸き立つ周囲とは対照的に心中の不安がいやます青子は、無意識のうちに手を組み、快斗の名を呟いた。

・・・。

「・・・えっ？！（青子？！）」

先制の歓喜の輪から抜け出し、ゆっくりとした足取りで自分のポジションへと戻った快斗は、不意に青子の声が聞こえたような気がして、はじかれたように応援スタンドに視線を向けた。
しかし、あるのは歓喜のマリーンズサポーターの姿ばかりで。

「・・・気のせいか。（だよな～。確か青子は、明日、推薦入試だもんな～。最後の追い込みしてるヤツがココに来てるワケ無えっつうの。）」

青子の事情を間違えて覚えている快斗は、今日入試を済ませた青子が大急ぎで駆けつけ、生で観戦してるとは思わず、大観衆の中に青子を見出す事はできなかった。それでも心のどこかで、この大一番を青子に生観戦して欲しかったな～と切望している自分が居る事に苦笑し、自嘲の笑みを浮べた。思わず浮かんだそんな考えを、軽くアタマを振って追い払って気持ちを切り替えた快斗は、この後も自分に絡んでくる事間違いナシの蛇原をじっと見据えた。その蛇原は、黒澤の叱責を受けていた。

「・・済まねえ、黒澤。」
「立ち上がり早々“潰す”んじゃなかったのか？前半上手く封じ込められたからと油断したな。ヤツだって、伊達に“奇術師”よばわりされてるんじゃねえ。気を引き締めてかかれ、良いな。二度目は無え。必ずヤツを潰し、試合を振り出しに戻せ。それがお前の“仕事”だ。Ｊ２で燻ってたお前を桧舞台（Ｊ１）に導いてくださったあの方（烏丸）のお心を無駄にするな。」
「・・・分かった。」

傍目にも、いかにもヤバそうな話を交わしている雰囲気の二人がそれぞれのポジションについたのが確認されてすぐ、試合再開の笛の音が響いた。

「黒羽！先制したからといって油断するな！ヤツ等はもっと厳しく当たってくるぞ！」
「はいっ！」

チームメートからそう声が掛けられ、気を引き締めて駆け出した快斗に、早速蛇原が迫ってきた。

「（来たな。・・けど、あの表情。切羽詰まってるな～。オレを潰さなきゃクビだとでも脅されたのか？）」

だがその表情は、対峙する快斗が思わずそう思ってしまうほど必死で、目が血走って見えた。

「うおおおおっ！」

猛獣の如く、快斗に掴みかかるかという勢いで間合いを詰めてきた蛇原は、ボールを受けていない快斗にピッタリと張り付いた。

「・・・。」

お陰でマリーンズは、キープ力・突破力のある快斗にパスを廻したくても、蛇原が邪魔でどうにもできず。快斗という切り札を有効に使うことが叶わない中で黒澤・寺木らと対峙しなくてはならなかった。新一や隆祐ら相手にラフプレーを繰り返して危害を与えてきた黒澤らであるが、この試合では、快斗以外を軽く見てるのか、カードを切られるような行いは全く見せずにマリーンズの攻撃の芽を摘んでいた。

「（なんだ・・。ラフプレーに走らなくても、十分にやれるじゃねえか。）」

黒澤らの的確な動きは、今まさに“ノワールの漆黒の腰巾着連”に痛めつけられている対象の快斗でさえ、思わずそう感心せざるを得ないものだった。
そうこうしているうちに、１－０のまま、後半２０分が経過。２点リードを奪わなければ、優勝の芽はないマリーンズに、次第に焦りの色が出始めてきた。

「（・・拙いな。もう残り２５分を切ってやがる。ヘビの毒がヤバイのは確かだが、このままじゃ埒があかねえっ！）」

目の前の蛇原を見ながらそう考えた快斗は、マイボールでスローインをしようとしている味方にアピール。ガタイの大きい蛇原に細かなフェイントをかけて一瞬のスキを作り、パスを受け取ってゴール前に向かった。

《おおっ！黒羽が蛇原をかわしてボールを持った！そのまま一気に攻めあがる！マリーンズ、追加点を決めて優勝に望みを繋げられるか？！》

快斗の素早いダッシュに、一瞬の隙を突かれた蛇原は追いすがるように追走した。その形相は、後半開始のころのどこか余裕をかました不吉な笑みとは打って変わり、何が何でも快斗を奈落の底に突き落とそうとせんばかりの鬼のような必死なものだった。

「オレ様を舐めやがって！」
「！（来る！）」

自分に合わせて一気に上がってきた味方を確認した快斗は、背後の蛇原の不吉な気配を確認すると、蛇原にタックルを仕掛けられる寸前に、ゴール前に絶好のクロスを上げた。

「うあああっ！」
「きゃあああっ、快斗おっ！」

《ああ～っ！黒羽が蛇原に倒されました！どうやら足にいっている模様だが、審判、流しました！というのも、マリーンズのチャンスが続いているからです！黒羽が捨て身の覚悟で作り出したこのチャンス、果たしてマリーンズはモノに出来るか？！》

だが、快斗の的確なクロスに合わせて走りこんだ崔の放ったシュートは、寺木の足に当たってクリアされた。しかし、それを別の味方が拾って再度ゴール前に入れ、何度もアタックが行なわれた。だが、ゴール前の混戦の最中、寺木が崔を引っ張ってたおしたところで笛が鳴り、試合が止められた。

《マリーンズ、ビッグチャンスでしたが、ノワールの必死のディフェンスに阻まれました！・・・おや？黒羽がまだ倒れています！審判が駆け寄って担架を要請。黒羽、一旦ピッチの外に運び出されます！どうやら足首を痛めた模様！・・・先程流された、黒羽が倒された場面のリプレイが出ますね、・・・ああ～っ、これは間違いなく足に行ってしまっています！ん？今、審判が、先程の蛇原のプレーに対してでしょう、カードを出しました！蛇原、本日２枚目のイエロー！ん？蛇原、このジャッジに不満なのか、審判に食って掛かっています！ああっ、レッドカードが出されました！蛇原、退場です！》

レッドカードを提示した審判に、なおも掴みかからんという様相の蛇原だったが、その蛇原を押さえたのは、失点後に脅しを掛けた黒澤だった。

「もういい、この場は下がれ。お前は十分に働いた。後は俺たちに任せろ。」
「黒澤・・！」
「あの小ざかしい奇術師もどきを潰したんだ。あのお方は十分にお喜びだろう。」
「・・・分かった。」

《蛇原、キャプテンの黒澤に静められ、退場しました。試合は、黒羽が倒された場所から再開となる模様です。それにしても、前半から蛇原に苦しめられてきた黒羽の足の具合は大丈夫でしょうか？》

解説が、ピッチの外で治療を受けている快斗の映像を見て心配そうなコメントをしている間に試合は再開した。しかしマリーンズがゴールに迫る前に黒澤にボールを奪われ、攻守が交代。黒澤を中心とした素早い展開に、今度はマリーンズゴール前が慌しくなった。

《チャンスが一転、ピンチになった！魚塚、マリーンズのＤＦをなぎ倒す勢いでヘディングシューツ、ゴ～～～ル！１－１！ノワール東京、後半３０分、試合を振り出しに戻しました！》

この展開に、マリーンズのスタンドから絶望の悲鳴が上がった。魚塚は満足げな笑みで黒澤とハイタッチ。意気揚々と自陣に戻って行った。

「・・・くそ・・っ・・・ってっ！」
「痣になってるな。とりあえず冷やしてテーピングしなおしたが、どうだ？」

トレーナーの治療を受け終えた快斗は、ゆ～っくりと足元を確かめるように立ち上がった。

「～～～っ（＞＜；）。・・・・・行きます。今日の試合を落とすわけには行きません。」
「大丈夫なのか？」
「行けます。」

なおも気遣わしげなトレーナーだったが、快斗が見せる強気な笑みに感じるものがあったのか、ピッチに戻る事を了承。それでも、監督に快斗の動き次第では交代要員を用意するよう進言してベンチに戻った。

第４審に戻る旨告げた快斗は、振り出しに戻され、再開した試合をライン外で見詰めながら、さり気なくスタンドに視線をやった。

「（さっき倒された時、はっきりアイツの声が聞こえた。やっぱり、今日、青子はこのスタジアムのどこかに居るんだ。ならば・・・このまま引き下がるわけにはいかねえ！ヘビは審判に退治されて、オレは晴れてフリーだ。でも試合は振り出しに戻されちまった。試合は残り１０分足らず。しかもあと２点取らなきゃ、新一と戦えねえ！今日、試合を落とすわけにはいかねえんだ！・・青子、力を貸してくれ！）」

悲壮なまでの決意を拳に込めた快斗は、青子に向けて心中で叫ぶと、ピッチに戻った。

《黒羽が戻ってきました。どうやら大丈夫そうですね。・・しかし、捨て身のプレーでチャンスをひねり出したにも係わらず、逆にノワールに試合を振り出しに戻されてしまいました。１１対１０の戦いになりましたが、試合時間は残り１０分ほど。この僅かな時間で２点リードをしない限り、マリーンズに優勝の目はありません。さあ、黒羽はどうゲームメークをするでしょうか？》

「快斗・・・。」

スタンドで手を握り締める青子は、ひたすらに快斗が力を出し切れるよう祈っていた。

《黒羽、ボールをゴール前に入れた！エースの崔、ダイビングヘッド！しかしキーパー、がっちりキャッチ！蛇原の退場でようやくフリーになった黒羽、逆足でノワールを翻弄。変幻自在にチャンスを作り出しますが、ゴールが遠い！時間は残り５分を切りました！》

「くそっ！」
「（快斗、しっかり！）」
「（青子の目の前で無様なプレーはできねえっ！）」

蛇原のタックルで痣になった軸足がズキズキ痛み、トレーナ－の前で立ち上がった時点で踏ん張りが利かないと瞬時に悟った快斗は、慣れない逆足でプレー。それでもそこそこの精度を保ち、絶妙なボールを出していた。
しかし、焦るほどにゴールは遠くなり、時間が経過。第４審がロスタイムの表示を出した。

《ロスタイムは、５分と表示されました。黒羽の治療と蛇原の退場騒ぎでかなり時間が取られましたからね。長いロスタイムとなりました。しかし、５分あれば１点以上のチャンスは廻ってきます！マリーンズはこのロスタイム５分をどう受け取るでしょうか？》

「（５分・・。ってことは、まだあと１０分弱、攻撃の時間が残されてるんだ！）・・・よしっ！」

ロスタイムの電工表示を見た快斗は、気を取り直したようにダッシュを掛け、ノワールがキープするボールを奪うと、自らゴール前に切れ込んだ。

《ロスタイムの表示が出て、マリーンズ、気をとりなおしたか？！黒羽がゴール前に切れ込んだ！これに他の選手も追随する！これが最後のチャンスか？！》

「ちいっ！」

切れ込む快斗の前に寺木が詰め寄るが、快斗は股抜きで突破。

「舐めるな！」

回りこんだ黒澤を、パスと見せかけてかわし。抜かれまいと振り向きざまに上着を引っ張って倒そうとする黒澤の指がかかる寸前、軽く走りこんできた崔にパス。受けた崔はゴール前まで戻って壁を作る魚塚と、魚塚の身体で視界を遮られたキーパーの動きの遅れを一瞬で見切ると、逆サイドのゴールの隅にキッチリと蹴りこんだ。

「ピーッ！」

《ゴオ～～～ル！後半終了間際の４４分！マリーンズ１点リード、２－１！優勝戦線残留に望みを繋ぐ値千金のゴールだあっ！》

「わああああっ！」
「やったあっ！」
「黒羽、ナイスパス！」
「崔、ナイスゴール！」

決まった瞬間、全身でゴールの喜びを表して駆け出した崔をチームメートとベンチの仲間が抱きついて祝福。優勝戦線に残るにはあと１点取らなくてはならないのだが、ビッグ大阪の襟首に指先がかかった喜びで、スタジアム中が沸きかえった。

「青子、やったわ！見てたでしょ？黒羽君がチャンスを作り出したのよ！凄いわ、凄いわ！」
「うん・・・うんっ！」

土壇場で優勝に望みを繋ぐ１点を取るきっかけを作った快斗の誇らしげな笑みに、祈りを込めて観戦していた青子は、溢れる涙を拭いながら、恵子と喜びを分かち合った。

《さあ、試合はいよいよロスタイムに入りました。ロスタイムは５分。マリーンズは、時間内に優勝に繋がる２点目ゲットなるでしょうか？！さあ、運命の試合再開の笛が鳴った！》

あと１点！という気合が凄まじい歓声に変わってスタジアム中にこだまし、疲れきったマリーンズの選手に力を与えた。対するノワールは、疲労の上に、この大歓声に気圧されたのかプレーが荒くなり、マリーンズに押されまくっていた。

《ロスタイム２分経過したところで、ビッグ大阪が２－０で東京スピリッツに勝利したとの情報が入りました！一部サポーターが、それを知った模様。（マリーンズを応援する）歓声が大きくなりました。ビッグ大阪スタジアムでは、試合終了後、すぐさまライブビジョンの映像を切り替えて、この横浜Ｆマリーンズ対ノワール東京の中継を映しているそうです。大阪からも注目されているこの試合も、ロスタイム残り２分少々となりました。マリーンズは、優勝への望みを繋ぐ１点を奪えるか？！》

解説がそう熱く語っている頃。

ヒデと話を終えた新一は、真っ直ぐライブビジョンを見上げていた。ヒデの言っていた通り、快斗も足をやられてしまったのが見て取れたが、それでも逆足で巧みにボールキープ・チャンスメイクする様子を、新一は目を逸らすことなく見守った。

「ロスタイム、残り１分を切ったか・・。」
「ああ、これがラストチャンスやな。」
「ええ。」

そんな新一の傍らに平次と真が寄り添い、奮闘する快斗を見つめた。

《さあ、ロスタイム残り１分を切ったところでマリーンズ、絶好の位置でのＦＫを得ました！これが本当にラストチャンスとなりそうです！キッカーは黒羽！》

快斗の一挙手一投足にマリーンズスタジアム・ビッグスタジアムの誰もが固唾を呑む中、笛が鳴り、ボールがゴールに向けて放たれた。
飛び上がるノワール選手のカベを超えて華麗なカーブを描いたボールは、真っ直ぐゴールに向かったが・・・
飛びつこうとしたキーパーの手先にかかった瞬間。

「ピッ・ピッ・ピーッ！」

試合終了を注げる笛が鳴り。キーパーの手先をすりぬけてゴールネットに突き刺ささった。

「どっちだ？！」

「ノーゴ－ル！」

「きゃああああっ！」
「そんなあっ！」

静まり返ったスタジアムに響き渡ったのは、マリーンズ選手とサポーターには非情の判定と悲鳴だった。

《なんと！今の黒羽のゴールは、ノーゴールと判定されました！ＶＴＲで確認してみましょう！・・・・・残念ながら、確かに僅かに時間に及ばなかった模様です！まさに劇的幕切れ！２－１！この瞬間、ビッグ大阪の完全優勝が確定しました！》

「・・・。」

先程まで爪先でビッグ大阪の襟首を掴んでいたのに、コンマ数秒の差で優勝戦線に残るチャンスを逃したマリーンズは、試合に勝利したにもかかわらず悲嘆の雰囲気に包まれていた。
一方、マリーンズが劇的タイムアップを迎えた瞬間、ビッグ大阪スタジアムでは大歓喜の歓声が響き渡り、監督として就任した年に優勝を得たラムス監督が、選手達に囲まれ、胴上げされていた。

「新一、おめでとう・・。」

「快斗・・・よく頑張ったね・・。」

９０分を目一杯に戦いきった“彼”を見守ったそれぞれの“彼女”は、それぞれの思いを込めて涙を浮かべ、彼とチームの奮闘に拍手を送った。

二人の瞳には、サポーターの拍手と歓声にこたえて胸を張る彼の姿だけが映し出されていた。

翌朝。

白熱した１３節の報道がスポーツ各紙でなされ、ビッグ大阪の完全優勝に対する祝福と横浜Ｆマリーンズの健闘をたたえる記事で埋め尽くされた。

「快斗！いつまで寝てるの！いい加減に起きなさい！」

前日のノーゴールが予想外に堪えていた快斗は自宅ベッドでフテ寝し、母親に叩き起こされたのであった。

「・・ったく、るっせえな～。」
「グダグダ言ってないで、さっさと顔を洗いなさい。青子ちゃんと約束があるんでしょう？」
「へっ？！」
「そうじゃないの？居間で待ってもらってるわよ。」
「ええっ？！」
「急ぎなさい。いつまでもだらしない格好じゃ、逃げられても知らないわよ～。」
「んなっ？！」

パタパタとスリッパの音を響かせながら階段を下りた母の足音と、嬉しそうに青子に話しかける声が聞こえてきて。

「朝早くからスミマセン。何かお手伝いしましょうか？」
「いいのよ、気にしないで。ウチのバカ息子がいつまでも寝くたれてるのがいけないのよ～。何なら様子を見に行ってくれる？」
「ありがとうございます。」

母の声に恐縮したように返す青子の声が、快斗の意識を一気に覚醒させた。大急ぎで飛び起きて、大慌てで適当に着替えた快斗は、青子をストップさせるべくドアノブに手をかけようとして先に開けられ、一気に固まった。

「お、おはよう。快斗。」
「あ、お、おはよう。」
「入っても・・良いかな？」
「え、あ、ハイ、どうぞ。」
「じゃ、お邪魔します。」
「ハイ。（・・・ってオレ！この状況は拙いだろ！つうかこのアホ子！ここは年頃の野郎の部屋なんだぞ。ちったあ警戒しろってえの！・・でも待てよ。このアホ子に警戒されまくってなかなか“進展”できないってえのも辛いしな～って、そうじゃないだろうが！）」

男の子の部屋らしく、実に適当にモノが散乱し散らかっている快斗の部屋をざっと見回した青子は、適当にモノを片して居場所を確保。ちょこんと座ってしまった。

「快斗。足・・大丈夫？」
「へっ？！」
「だから、足・・。昨日怪我したでしょう？」

そんな青子の幼馴染の延長ならではの警戒感の無さに快斗のアタマはぐるぐる周り、青子が上目遣いで気遣わしげに問うたことを理解するのにいつになく時間を要してしまった。

「あ、ああ。コレか。軽くひねったところに痣が追加されたってところかな。次の試合は休めって命令されてっから、スグに治るだろ。」
「そっか・・・。」

そう呟いた青子の手が、快斗の足に伸びて。

「早く治りますように・・・。」

ゆっくりと、願いを込めてさすられる感触に、快斗は驚きと心地よさでうっとりとした心地になり。されるがままになって受けとめていた。暫くの間、心ゆくまで願いを込めて快斗の足をさすった青子は、快斗が恍惚の表情を浮べて硬直している様に驚き、今度は快斗の頬に手を伸ばした。

「快斗・・・快斗？」

ボーッとしていた快斗は、今度は柔らかな手が頬に当てられるのを感じて我に返り。

「わああっ、あ、あ、青子！何だよ、イキナリ！」

真正面に青子のドアップがあることに驚いて、思いっきりしりもちをついた。

「いきなりって・・だって快斗ったらピクリとも動かないんだもん。立ったまま寝ちゃったのかと思って、ビックリしたんだから。」
「～～～。（寝てたんじゃ無くて、イキナリお前が“痛いの痛いの飛んでけ～”な事をするから、ついウットリしちまっただけだよ！・・・って、んな恥ずかしいこと言えねーし。）」
「とりあえず、具合悪く無さそうで良かった。・・じゃ、私帰るから。」
「へっ？！もう帰るのか？」
「ウン。昨夜、快斗すごく狙われて大変だったし・・。足、怪我しちゃったし・・・。痛みで唸ってたらどうしようって心配だったの。でも、どうやら大丈夫そうだし。朝から青子がお邪魔しちゃったせいで、快斗を起こしちゃったみたいだし。だから、帰ろうかな～って。」

「んなっ、何言ってんだよ！」

「きゃっ/////！」

「（イキナリ来訪して、オレの足をさすって癒してくれたと思ったら、もう帰るだあ？！そんな事、絶対させねえかんな！）」

しりもちをついた体勢から腕を伸ばして青子を捉えた快斗は、一気に自分の胸元に青子を引き寄せ、ギュウ～ッと抱きしめた。

「か、快斗/////？！」
「朝っぱらからオレを驚かせた罰。」
「ええっ？！」
「それと、このケガを癒してくれたお礼。」
「/////。」
「あと・・・昨夜の試合に駆けつけてくれたお礼。」
「/////！」
「来てくれてたんだろ？後半、蛇原にブッ飛ばされた時、お前の声が聞こえたんだ。・・・なあ、いつから見てた？」
「・・・試合開始直前に恵子と駆けつけたの。昨日の推薦入試、面接の時間が遅めだったから、間に合わないかもしれないと思って、行くって言えなくて。・・・でも、気付いてくれてたんだ。あんなに綺麗なお姉さん達が応援してるから、青子の声、埋もれちゃってるって思ってたから・・・・・嬉しいな/////。」
「・・・バ～ロ/////。・・・・・お前の声はトクベツだよ。・・・ま、綺麗なお姉さん方の声援は、それはそれで嬉しいんだけどサ。」
「＃！」
「いっでえ～～～っ！ワキ腹つねんなよ、アホ子！これ以上痣が増えたらどうしてくれるんだっ！」
「快斗が浮気なコトを言うからよ＃。あ～、喜んで損した！帰る！」
「帰さねえって言ってんだろうが！何処に耳をつけてんだよ！言ったろ？！青子の声はトクベツだって！青子が見てたから、追加点をもぎ取れたんだぞ！」
「・・・ウソ。」
「・・・マジだって。」

数十秒前まで快斗の腕の中で帰る帰らないで暴れていた青子は、真っ直ぐな瞳で、耳を赤く染めて、そう呟いた快斗に囚われて、大人しくなった。

「・・・なら、許す。」
「当たり前だ。」
「・・・痛かったよね、ゴメン。」

そしてよしよし、とつねったわき腹をさする青子の手を捉えた快斗は、その手を肩に乗せると、

「謝罪なら、コッチが良い。」

そう微笑んで、青子の華奢な身体を引き寄せてキスをした。

この後、真っ赤になった青子に助平呼ばわりされて、快斗の報復のスキンシップ（といってもキスどまりだが/汗）は延々と続き。階下の黒羽夫妻が、

「娘が出来るのもそう遠くないかもねえ、アナタｖ。」
「そうだねえ～。でも、あの子がムードをぶち壊さないようガマンできるかどうか。そこが問題だねえ～。」
「それもそうねえ～。」

そう息子をネタに盛り上がっているのを快斗が知るのはいつの日か・・・。
ともあれ、予想外の青子の訪問で快斗は気力を取り戻し、

「なんだ、まだ新一と対戦するチャンスがあるじゃんｖ。」

と、天皇杯のトーナメント表を見て喜ぶのだが、それは後の話。

今は、青子の父に目くじらを立てられない程度に、青子に慰めてもらう快斗なのであった。

　　☆☆☆

一方、大阪では。

前日の（白熱した試合で）暑い夜の余韻がまだ心にある中、新一はいつもどおりに朝の支度を済ませ、蘭が宿泊するホテルに足を向けた。

「おはよう、新一。お疲れさま。」

既にチェックアウトを済ませた蘭がラウンジで待っていて。穏やかな微笑で新一を迎えた。

「おはよう、蘭。待たせたな。行こうか。」
「うん。」
「貸せよ、持つから。」
「え～、良いよ、そう大した荷物じゃないし。」
「良いから。こういうもんは、男が持つもんなの。」
「・・・じゃ、ご好意に甘えさせていただきます。」
「素直で宜しい。」
「何よぉ、それ？」
「良いから、行くぞ。」

朝っぱらから周囲にラブラブのオーラを振りまきながら、新一と蘭は、ビッグ大阪のホームタウンへと歩を進めていった。

「そういえば、今日はメガネをかけてないのね。春に来た時は、そうしてるって言ってたのに。・・大丈夫なの？“工藤選手が女連れで歩いてる”って噂になるかもよ？」
「“女連れ”って。あのなあ～、蘭。お前以外の誰かと連れ立ってるって勝手な噂が立ったら問題だけどさ、それは絶対にありえねーし。今日のことで立った噂なら、オレは全然構わねえぜ？」
「どうしてよ？ＦＦされたら困るでしょう？」
「何で？オレは東京からコッチに受験と応援に来てくれた彼女と歩いてるだけだぜ？やましい事は何ひとつ無いし。お前となら、ＦＦ雑誌に載せられたってどうってことは無いね。」
「・・・ばか。」
「蘭に関してはな。」
「もう/////。」

日曜の午前で比較的人通りが少ないとはいえ、表通りに人気が全く無いわけではなく。二人と擦れ違う人々が新一の存在に気付いて振り返り、じ～っと穴の空くほどに見いってしまうのだが。新聞やＴＶではついぞ見られない新一の表情の柔らかさと連れ立つ蘭の美しさ、そして二人の作り出すアツアツ・甘々かつ柔らかで穏やかな空気に、そっとしておいてあげたい気持ちに自然となってしまうのであった。

「なあ、あれって、工藤選手やない？」
「うん。ホンマ、カッコエエわあ～ｖ。」
「なあ、一緒に歩いてるあの人、彼女かな？」
「ん～。そんなカンジやなあ。」
「そんなカンジやのうて、絶対そうやって！さっき擦れ違いざまにチラッと見えたんやけど、指輪してへんかった？ほら、例の雑誌で大騒ぎになった！」
「あ～、それ“フサエ・キャンベル”の滅茶高い指輪やろ？してた、確かにしてた！」
「んなら、あの雑誌で騒いどった工藤選手の彼女って、ホンマに女優の星野輝美のことやないんや。星野輝美の相手って、今朝のワイドショーで言うてた通り、ホンマにあのイケメン俳優の剣崎修で間違いないんや。」
「うん、そうなんや。」
「・・・で、工藤選手のホンマの本命は・・・。」
「・・・あの美人の彼女ってわけなんや。」
「・・・・・。」
「はあ～っ、ホンマ“枯山”のＴＶも雑誌もいい加減やな～。ちゃんと調べてから書かなアカンわ。あれじゃあ“書かれ損”で、工藤選手が可哀相やで。名誉毀損もええとこやわ。」
「でも、あの彼女さん、工藤選手がそないな噂を立てられても動じないで信じてはったんやろうな。・・・綺麗なだけでなく、芯の強そうな、シッカリした人や。」
「せやから、工藤選手もあんな高い指輪を渡してキープしとくほどに、大事にしてるんやろうな。」
「それにしても、よう彼女の噂があの騒ぎでも出えへんかったな～。」
「工藤選手が必死に守りはったんと違う？それこそ身体を張って。」
「なるほどねえ～。」
「かもしれへんな。」
「あの様子やと、今度のオフ辺りで“工藤選手・電撃結婚！”とかいって発表されたりしてｖ。」
「ありえそうやな～。・・・は～っ、アタシ憧れてたから、そうなったら一寸どころやなくショックやわ～。」

「アタシも～。・・・でも、あんなステキな彼女さんやったら、諦めがつくわ。お似合いやったもん。」

「せやな。」

そして、寄り添って歩く二人が豆粒くらいの大きさになってもなお、微笑ましそうに見詰めて目が逸らせないのであった。

その頃。

擦れ違う誰もを“ラブラブオーラ”で金縛り（笑）状態にしている当の二人は、そんな自覚などカケラも無く。目に留まったお洒落な喫茶店に入り、芸能記者が居合わせたら耳ダンボな話を続けていた。

「・・で、どうだった？」
「ん～、まあ、大丈夫だと思う。だから、新一のシーズンが終わったら、家捜しを始めなくっちゃ。相場はどのくらいなんだろうね？」
「多分、米花とそう変わらないと思うぜ？同じ値段を出して、キモチ広いくれーだと思うけど。」
「そっかあ。・・・どのくらいで考える？」
「二人だしな～、２ＤＫか２ＬＤＫぐらいじゃねえ？」
「そうじゃなくって・・。」
「・・・。あ～、そういう事か。オレの懐具合を気にしてるんなら、母さんに聞いたほうが早いぜ？」
「えっ？！」
「“いつかは蘭に任せることになるんだから、最初から小遣い制に慣れろ”って言ってさ、オレの給料はスピリッツに居た頃から母さんが握ってるんだ。・・・まあ、実際のところは“まだ未成年だから”ってことや、中学の時から一人暮らししてっから、そのついで（“小遣い振込み制の方が管理がしやすいから”）ってところなんだろうけどな。去年は兎も角、今年は結構試合に出れたから、無事、Ａ契約に昇格できたし。最低年俸は保証されてっから、それを参考にすれば良いと思う。」
「・・・そっか。分かった。小母様に相談してみるね。」
「面倒かけるな。」
「どういたしましてｖ。・・・美味しいね、ここの紅茶。気に入っちゃったｖ。新一のコーヒーはどう？」
「ん？蘭の淹れてくれるコーヒーの次に美味いぜ？」
「ばかっ/////！何寝ぼけた事言ってんのよ。」
「寝ぼけてなんかいねえんだけど。・・・ま、今日初めて入ったトコだけど、当たりだったな。」
「えっ？そうなの？」
「当たり前だろ。クラブハウス（練習場・スタジアム）と学校・寮の往復で明け暮れてんだぜ？“野郎一人”とか“野郎同士”で、こんなお洒落な店に入るわけねえじゃん。お前が園子や志保や遠山さんと来るってなら雰囲気に合うだろうけどな。」
「あ、そうかぁ～。」
たまたま同席できた人たちや通りすがりに窓越しに二人の姿を見出した人たちの、その誰もが、新一の穏やかで優しい瞳に驚き。新一にそうさせているお連れの美少女に驚き。二人がかもし出す優しい空気に心を和ませた。

「あのお席に居てはるん、工藤選手やろ。ビッグ大阪の。」
「ええ。昨夜の激しい試合をしはってた時とは別人のようやわ。」
「それもお連れの方のお陰かねえ。」
「そうやろな。長いお付き合いなんかねえ～。」
「かもしれへんな。」

中には新一が居るというだけでサインを求めようとしたミーハーな人も居たが。

「あっ、あれ、工藤選手と違う？サイン貰いに行かへん？」
「うんっ、行く行く！」
「・・もし、そこの貴方達。」
「なに？」
「アタシたちの事？」
「ええ、そうですよ。今、工藤選手はピッチを降りて普段着で此処にいらしてるんですよ。ゆっくりさせてあげていただけませんか？」
「「えっ？」」
「ほら、彼をよく御覧なさい。」
「「・・・。」」

蘭を前に徒の高校生の顔になっている新一の様子に態度を改めざるを得ず、喫茶店のマスターに会釈して、二人の邪魔にならないよう、店を出て行ったのであった。

それから半時ほど後、このような騒ぎに気付くことなく、新一は蘭の手を取り、マスターに会釈して店を後にし、蘭を新大阪駅まで送って行ったわけだが。この日の散策がマスコミのネタ帳に入ることがなかったのは、二人の幸せそうな雰囲気を壊したくないという、ホームタウンのファン・サポーターの無言の気遣いゆえだろう。

かくして、蘭は、ビッグ大阪が完全優勝を決めた翌日、ホームタウンデビューをしてしまったのであった。

ｔｏ　ｂｅ　ｃｏｕｎｔｉｎｕｅｄ…….

　　