レジスタ!



By 泉智様



(12)



ビッグ大阪と横浜Fマリーンズが元日の国立で顔を合わせることが決定したその日。
ノワール東京オーナーの烏丸蓮耶が警察に身柄を拘束されたとの緊急ニュースが報じられた。
そんな激動の日の午後。

マスコミよりはるかに多くの情報を握っているであろう優作の使者が、大阪の新一のもとを訪れた。

「新一君、はじめまして。僕は妃法律事務所の弁護士の高木渉といいます。年明けから正式に、君の家の顧問弁護士業務を引き継ぐことになりましたので、よろしくお願いします。今日僕がこちらへ来たのは、それについて新一君にご挨拶することもありましたが、お父上より言付かっている件についてお話するためです。・・今、お時間はよろしいですか?」
「はい、今日の練習は午前中だけですので、大丈夫です。どうぞ、中へ。」
「では、失礼します。」

優作が差し向けたのは、年明け(世間的に仕事始めとなる日)にも工藤家の新たな顧問弁護士に就任する高木渉弁護士だった。
見たところ、新一より10歳は年上だろうか。痩身で長身。整ってはいるがどことなく甘い雰囲気の顔立ちに、優しい声音の持ち主だった。
正直なところ、弁護士というより小学校の先生というほうが、似合いな感じである。

これまでに新一は何人かの弁護士や財界人等各界の著名人と顔を合わせたことがあるが、優作と一緒に居る時と居ない時で態度を一変させる種類の人間を、イヤというほど知っていた。
だが、高木弁護士にはそんな風情は微塵も感じられなかった。
新一は、高木を“相手が誰であろうときちんと話を聴き、対等に応対し、社会的立場の上下や威力で態度を豹変する種類の人物ではない”と見て取った。そして、理路整然と要領だてて話をする様に、流石、妃弁護士が後任として選び、優作が認めただけのことはあると感銘したのであった。

「・・つまり、母の友人のシャロン・ヴィンヤードが彼の愛人で。彼女とこちらの利害が一致したため、両親が大阪に来た日の晩、協力関係に入った。父は、彼女の傍に護衛を兼ねたスパイを付けて彼女の安全を図るとともに更なる情報の入手。それと並行して、彼女が持ちこんだ情報の裏づけ捜査に取り掛かった。その間、妃弁護士が毛利探偵に依頼して、例の捏造記事に関係した人物を探し出し、証人として保護。彼女よりの情報の裏付けがあらかた取れたところで、父は、関係各国の警察に烏丸の資金ルートと闇取引相手の摘発を依頼した。」
「はい。」

ここで部屋備え付けのTVをつけた新一は、烏丸オーナーの緊急特番にチャンネルを合わせ、リポーターの声をBGMにしながら、言葉を続けた。

「海外の取引先が数日前に摘発された知らせを受けた彼は、密告者がシャロンだと分かり、復讐を決意。報道されているとおりの事態になった。・・・流石に事件発生から1日経ってますから、少しずつ概要が報道されているようですが。彼の身柄が拘束された時間とほぼ同時刻に、国内の闇取引相手のガサ入れに入り、彼との関係を示唆する証拠品(闇物資)を押収。関係者の身柄を確保した、ということですね。」
「ええ、そうです。」

ここまで寮の新一の部屋で向かい合って座り(緊張もあってか)正座して真面目に話す高木に、新一は苦笑を交えて申し出た。

「高木弁護士。雇い主の父さんになら兎も角、僕にまでそう畏まらなくていいですよ。」
「えっ?ですが、そうするわけには・・。」
「お互い、このままじゃ肩がこるでしょう?・・あ。でも立場上拙いか。・・だったら、二人だけの時だけで構いませんから、ざっくばらんに話しませんか?高木さん。」

そうにっこりと微笑んで申し出た新一に呆気にとられた高木だったが。
不意に、優作に言伝を受けた時、付け加えられたことを思い出したのであった。

『・・と新一君に伝えてくれたまえ。』
『はい、畏まりました。では、失礼します。』
『・・・高木君。』
『はい。』
『ここからは雇い主としてではなく父親としてのお願いだが。』
『はい。』
『できるなら、君には弁護士と雇い主としてでなく、あの子の・・よき友人となってもらえたら・・と思っている。』
『えっ?!それは・・どういうことですか?』
『あの子の人生の相談相手・・とでもいうのかな、になってもらえたら有難いと思ってるんだよ。』
『相談相手・・ですか?』
『ああ、そうだよ。』
『優作さん・・。』
『・・・高木君。あの子はね。私と妻の仕事関係と家柄の都合で、早々に大人にならざるを得なかったんだよ。今は・・自ら進んでであるが、他の同世代の子より早く、大人の世界に入ってしまった。でも、いくら大人と対等に渡り合っているつもりでも、まだ18歳だ。色々疲れることもあるだろう。時には素の自分に戻ったり、心情を分かち合える相手が必要なんだよ。だが・・私にも覚えがあるのだがね。相手が・・立場上、本当に限られてしまうんだよ。・・・今のところ、あの子の最大の理解者で居続けてくれるのは、親である私と妻以外では、妃弁護士のお嬢さんの蘭君だけだ。他にある程度腹を割って話せる相手がいるとしたら・・園子君と志保君と・・あとユース時代からのサッカー仲間が数人、といったところだろう。・・・まあ、同じ頃の私よりは居るから、新一君は幸せと言えるだろうな。』
『工藤さん・・。』
『・・・これまで新一に辛いことがあった時。蘭君や、私たち夫婦がカバーしてきた・・できた、と思う。だがこれからは・・遠からず家庭を持つことになるわけだし。そうなれば、時として女性には話しづらい事や、年が近い友人ではまだ、解り辛い事が出てくると思う。』
『・・・。』
『・・男の先輩として私が相談に乗ってやれれば好いのだが。私の活動は、もはや国外での方が主だ。直ぐに駆けつけたくても、なかなかままならないからね。』
『・・・工藤さん。』
『だから君に頼みたいんだ。不甲斐ない父親である私に代わって、あの子の・・身近な年長の理解者として、支えてやって欲しい。・・・君になら頼める。よろしく頼むよ。』
『!・・く、工藤さん。僕なんかにそんな・・!どうか、頭を上げて下さい。』

そう言い終わると椅子から立ち上って頭を下げる優作の真摯な態度に、高木は慌て、恐縮したが。
そうしながらも、優作が自身に向ける信頼を嬉しく思い。
雇い主と使用人という立場を超えて対等に扱ってくれる優作の態度に感動したのであった。

『・・分かりました。僕なんかでよければ、一生懸命その役目を務めさせていただきます。』
『ありがとう、高木君。』
『・・っていうか、まずは新一君に弁護士として信用される方が先ですが。』
『その点については、心配ない。私が保証するよ。』
『ありがとうございます。』

「(そうだった・・。あの時、優作さんにそう頼まれたんだっけ。)」

優作の思いをいちいち口にする必要はないのかもしれない。
だが高木は“新一の申し出と優作の依頼が重なっていた”ことに・・なんとも不思議なものを感じたのであった。

互いに偽り無くあろう

それが優作と新一の願いだと心の内でつながった瞬間。
出会ってからまだ僅かな時間しか経ってないのに、新一も、本当に自分を信頼してくれたのだと分かって。
高木は心の底から喜びを感じたのであった。

「分かった、りました。これからも、よろしくおねが・・って。あれ?!」

喜びのままにぎゅっと新一の手を握って、笑顔で挨拶しなおした高木の言葉には。
何故かくだけた言葉と丁寧語が微妙に入り混じっていて。
照れたように頭をかいた高木は、新一と顔を見合わせて思いっきり笑いあったのであった。



  ☆☆☆



「・・・で、シャロンは無事なんですか?高木さん。」

それから暫くして、ひとしきり笑いがおさまったところで新一は、確認するように高木に訊ねた。

「ああ。優作さんがつけたボディーガードに守られて。軽い怪我はしたけど命に別状はないそうだ。・・・というか、聞いた話によるとね・・・。」









クリスマスで街がにぎわっている12月下旬。
世間の恋人たちは、それぞれのパートナーとの甘いひと時を楽しんでいたが。
ノワール東京のオーナーである烏丸蓮耶の下には、サンタクロースからの素敵なプレゼントはやってはこなかった。むしろ、死神からの通告というのが相応しいものだった。

「・・な、なんだと?!」

烏丸の下に慌てて駆けつけた部下が持ってきた情報は、それぞれ異なる国で、闇取引相手と密輸の打ち合わせをしていた須山・牧坂がいきなりやってきた現地警察に身柄を拘束された、というものだったからである。

「ば、ばかな!警察はどうやってこの取引の情報を掴んだんだ?!」

数週間前には、新一の写真を提供したカメラマンが所在不明(優作側に付けられた)になっており。慌てた烏丸は、ありとあらゆる手段(裏方面よりの)を使って捜索したが、彼らの髪の毛一本すら行方をたどるすべがみつからなかった。
それだけではなく、同じ頃に、一部の大きな海外の闇取引相手から

「お前は既に警察にマークされているとの情報をキャッチした。我方に累が及ぶと拙いため、これより関係を絶つ。お前に何が起ころうと、これより我々は一切関与しない。」

との一方的な最期通告を受けていた。

「どういうことだ?!どうしてワシが警察にマークされているんだ。この商売を始めて数十年。一度も疑われることはなかったのに・・!」

此処に来てようやく自らの身に危険を感じた烏丸は、実に今更ではあるが、保身を図ろうと思いついた。

『は?!今、なんと?!』
『・・同じことを二度言わせるな、黒澤。』
『・・・ハッ。』

試合当日の朝。チーム規則を無視し、宿舎のホテルから大至急で呼びつけた黒澤ら4人に、ビッグ大阪戦でのプレイの自重を命じ。

「オーナーはそんな悪いことを指示する人ではない」

というイメージを作ろうと画策。

黒澤らを下がらせた後。未だ警察の手が及んでいなかった海外取引先からの最後通牒を受け取ってから始めた“警察にタレこんだ犬探し”の報告書を読み直した。

まずは会社内の人物を疑い、牧坂・須山の側近らを探った烏丸だったが。元々、烏丸から牧坂あるいは須山に具体的な指示が下され、小さな案件については下に流れる仕組みをとっている。二人の側近らが、牧坂・須山が直接実行する大きな案件の内容・情報を知るすべなどないのである。
烏丸がこの事実に気づいたのは、迂闊にも、探りを入れ始めた日から1週間近く経過し。

黒澤らに今更のプレー改善を指示した、ノワール東京VSビッグ大阪の試合開催当日だった。

「ワシが牧坂・須山に命令を下した場所はわが邸内。この部屋だ。・・ということは、まさか・・!」

慌てて部屋中をひっくり返したが、そう簡単には求めるものは出てこない。

「どこだ・・どこだっ!」

壁を叩き。飾っていた調度品をひっくり返し。内線電話を分解し。

「見つけた・・。」

盗聴器が、電話の中にひとつ。重厚な机の引き出しの裏にひとつ。豪奢な椅子の裏底にひとつ。調度品の複数のつぼの中にひとつずつ。ベッドの脇にあるチェスト上のもの全ての裏底に、これまたひとつずつ。
壁にかけられた自分の肖像画の目元に隠しカメラがひとつ。さらに、部屋の四隅に備えられたオーディオのスピーカーにまでも、監視カメラが仕掛けられているではないか。

「まさか・・・こんなことができるのは。・・・おのれえっ!」

激昂した烏丸は、自らの部屋にある豪華な机の引き出しに隠し持っていた銃を取り出すと、弾数を確認。セーフティーを解除し、にやりと嫌な笑みを浮かべた。

「恩を仇でかえすとは・・・あの女狐め!成敗してくれる!」

懐に銃をしまいこむと、怒りのオーラを振りまきながら、シャロンが居る東の棟に向かい、乱暴に部屋のドアを開けた。

「シャロン!」

シャロンは、優作が表向きは使用人として傍に送り込んだ二人の女スパイの怜奈とジョディと共に、ソファで寛ぎながら優雅な笑みを浮かべ、ビッグ大阪がノワール東京を打ち負かす様を楽しそうにTV観戦していた。

「あら、なあに?そんな大声で。」

烏丸がイキナリドアを開け、肩で大きく息しながらを怒りのオーラをたぎらせているにもかかわらず。シャロンはようやく来たかとでもいうように烏丸を一瞥すると、優雅な笑みはそのままに立ち上がった。

「その様子だと、やっと気がついたってわけね。・・遅かったじゃない。」
「何だと?!」
「牧坂と須山が外国で逮捕されてからもうすぐ1週間。あなたが気づき、此処に来るのを今か今かと待ってたのよ。」
「シャロン、貴様・・。」
「これでようやくあの人の・・・NYであなたが殺した私の恋人、ジェイの仇が討てる。」
「なっ!お、お前・・・どうしてその事を・・!」
「およそ20年前。有希子に色目を使っていた貴方を牧坂が制してたわね。私、聞いてたのよ、その話。・・・フン。その顔だと、そんなことすら、これまで全く気づいてなかったようね。」
「!」
「私には・・・警察のお偉方がたくさんお友達に居る友人が居てね。その人に依頼して調べてもらったの。あなたがこれまで何十年もしてきた裏ビジネスのこと。そして、あなたが20年と少し前にNYでしたことをね。」
「なっ!・・・ま、まさか・・。お前が依頼した相手というのは・・っ!」
「フフフ・・・。たまには人(牧坂)の忠告を素直に聞いて、覚えておくべきだったわね。レンヤ。」
「ぐうう〜っ!おのれ・・おのれえっ!」







「・・ここで激昂した烏丸は、隠し持っていた銃を使ったそうなんだ。けどね・・。」







ズガァン・・ッ!ガッシャーン!

興奮した烏丸は、体勢を崩しては起き上がってを繰り返しつつ、シャロンに照準を合わせて、何度も銃を放った・・が。威嚇・脅迫用に持っているだけの、実際にはほとんど使ったことも無い銃を放ったところで、銃の威力に身体がついてゆくはずもない。
放たれた弾は、全て、てんでばらばらな方向に弾は飛び。
幸い誰にも当たることはなかったが、調度品を無残に打ち砕き。
辺り一面に、破片が飛び散った。

「危ない!」
「銃声?!・・・お方様、何事ですか?!・・・こ、これは?!」
「警察と消防に連絡を!早く!」
「は、はいっ!」

銃声と騒ぎに驚いた執事が慌てて消防と警察に連絡し。

「みんな、お方様を!」
「はいっ・・ひっ!」
「危ないから、下がって!」

怜奈とジョディが破片で腕や足、顔にも飛び散った破片で軽い怪我をしつつも、シャロンを庇いながら部屋を脱出し、銃声に怯える他の使用人にシャロンを預けた。

「取り押さえるわよ!」
「ええ!」

二人がかりで、なおも暴れる烏丸に当て身を食らわせて気絶させると、銃を取り上げ。


「お方様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。破片がちょっとかすっただけ。二人のお陰よ、ありがとう。」
「いえ。」
「大事が無くて、何よりです。」

救急車両と警察の到着を待ったのであった。








「・・・とりあえず。銃を・・不慣れな人が使ったというのに、大惨事にならなかっただのは、幸いだったといえるよね。」
「そうですね。・・彼女が無事で何よりですね。」
「うん。」
「それにしても銃を持っていたとは・・・。彼がノワールのオーナーに就いてから暫く、彼の就任に反対するサポーターが、その筋の人に襲われたって噂があったけど・・。今回の銃も、其処(国内のガサ入れ先)から入手した・・と見れば良いのかな。」
「・・そうだね。これは彼女が持ち込んだ情報の裏づけを取る過程ではっきりしたんだけど、彼は国内外のその筋と結託し、TVクルーの取材機器や備品等と一緒にヤバイ品を密輸し、さばいていたそうだ。・・・いずれにせよ、こんな事件を起こしてしまっては、もう、彼は表舞台には出て来れないだろうね。」
「そうですね。これを切欠に、ノワール東京が良い方向に生まれ変わるといいですね。」
「そうだね。きっと、生まれ変われるよ。」



  ☆☆☆



烏丸の魔手からようやく解放された・・・そう実感した新一は、寮の玄関まで高木を見送ると、優作と英理・小五郎らにお礼の電話を入れた。

「まだまだこれからだよ、新一君。」
「まだ追求は始まったばかりよ。・・・でも、よかったわね、新一君。」
「ケッ。別にたいしたことはしてねえよ。」

その誰もが「まだ終わりでは無い」と新一を軽くたしなめつつも、どこか優しい声だったのは、烏丸の魔手にもう悩まされずに済むという安堵感が、皆に共通する気持ちだったからかもしれない。



  ☆☆☆



『・・でね。お父さんもお母さんも、詳しいことは今度新一に会ったときにでも聞きなさいって言うのよ。』
「そうだな。・・ま、一言で語りつくせるほど簡単な話じゃねえし。電話越しじゃ、誰に聞かれるか分かったもんじゃねえしな。」
『・・帰ってきたら、聞かせてくれる?』
「もちろん。・・蘭にはいろいろ心配かけたしな。」
『分かった。楽しみにしてる。・・・ところで。ねえ、新一。』
「ん?」
『・・・いつ帰ってくるの?元日は・・試合だから。・・2日?それとも3日?』
「そうだな〜。元日の結果次第だけど・・・なるべく早く帰るよ。大阪を発つ前に連絡するから、待っててくれるか?」
『うん。楽しみにしてる。』
「サンキュ。」
『元日が、シーズン最後の試合か・・・。がんばってね、新一。見に行くから。』
「おう!」







蘭の応援を貰って気力を補給した新一は、元日の快斗との試合に向けて心も晴れ晴れと、新たな気持ちで向かうのであった。




to be countinued…….




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