レジスタ!



By 泉智様



(13)



「わあ〜っ、壮観!」
「凄いねえ。ダービー戦なんてメじゃないよ。」
「ホントだね。」

元日の天皇杯決勝開催日。
軽く変装した優作と有希子と一緒にビッグ大阪側のスタンド席に席を取った蘭と園子は、超満員の観客で埋められたスタジアムの光景に驚きの声を上げ。
そんな二人を微笑ましそうに見つめた優作と有希子は、顔を見合せて微笑みあった。

「それにしても良い天気に恵まれて好かったわね。週間予報では、昨日から今日当たり、雪になるかもって言ってたもの。」
「そうだね。だが、それが外れてくれたお陰で、今日は絶好の試合日和だ。どうやら新一君は“此処一番、大事な試合の天気には恵まれている”ようだね。これまでもそうだったからねえ。」
「フフフ。そうね。」
「(良かった〜。決勝が決まった日から、照る照る坊主にお願いしておいて。v)」

工藤夫妻がそう感慨深げに話している傍らで、それを小耳に挟んだ蘭は、こっそり頬を染めていた。
幸い、冬の寒さで頬が染まっていると傍目に思われたので、誰にも突っ込まれなかったが。
蘭は、中学時代から新一のここぞという試合のために、照る照る坊主を自宅ベランダに吊るして好天を祈る・・という秘密の儀式をしていたのである。

その甲斐あってか、関東に迫っていた雪雲は烏丸騒動が始まった27日の夜から予定より数日早く東都に舞い降りて街を白く染めあげ。翌々日(29日)の午後には一気に東の海上へと流れてしまった。

新一らビッグ大阪の面々が再び関東に移動してきた30日には、青く高い冬空が上空に広がり。強い日差しと前日に雪雲を押し流した強風が、地面に降り積もった雪を一気に溶かし。そして迎えた試合当日・元日の天気は、雲ひとつ無い晴天に微風の、まさに小春日和。

真冬に試合をする者・観戦をする者、双方にとって、実に嬉しい天気となったのであった。



  ☆☆☆



《第○○回天皇杯・全日本サッカー選手権大会。開会します!》

場内アナウンスが流れ。大歓声の中、選手・関係者が入場。オープニングセレモニーの後、バックスクリーンに両チームのスターティング・イレブンが紹介された。

「「「「「「「「「「ワアアアアッ!」」」」」」」」」」

今季活躍した選手がバックスクリーンに映し出されるとスタンドを揺るがす歓声は益々大きくなり。何人かの選手は、名前を連呼されたのであった。

「「!」」
「あらv。新ちゃんたら、凄い人気ねv。」
「ハハハ、そうだね。」


その中には、新一の名前も入っていて、優作と有希子は素直に誇らしげに微笑んだが。
蘭は、新一が僅か1年で、ファンからのもの凄い人気・期待・歓声を一身に浴びる存在となったのだと改めて思い知り。それを誇らしく思う一方で、時折心中に微かに燻る“(新一の気持ちは嬉しいけど)本当に私なんかで良いのかな”という思いにとらわれてしまうのであった。

「(蘭ちゃん・・。)」

そんな蘭の心中は、横顔に現れていて。
隣に立つ有希子はそれを察し、気遣うような視線を注いだのであった。

そうこうしているうちに、ピッチでは選手たちがそれぞれのポジションに着いた。
主審が時計を確認し、片手を高く上げて試合開始の笛を吹くと、スタンドが揺れるほどの大歓声が沸きあがった。

そのお陰で、有希子の気遣うような視線にも気づかずとりとめのない物思いにふけっていた蘭は我に返り。

「(新一、頑張ってっ・・!)」

無意識に胸の前で手を握り締めると、ピッチを駆ける新一を見つめた。

《今季、リーグを沸かせた二人の新人、ビッグ大阪の工藤と横浜Fマリーンズの黒羽。リーグ戦2ndステージでは工藤が負傷欠場し、誰もが二人の顔合わせは来季に持ち越されると思いました。しかしそれより早く、本日、この天皇杯決勝という史上最高の舞台で、二人の対戦が実現しました!リーグ戦では黒羽が大活躍。後半終了間際に決勝点をもぎ取って勝利しましたが、今日は工藤が居ます。果たして試合の行方はどうなるでしょうか?!》

解説が新一と快斗の直接対決への期待を熱く語る最中も、試合はめまぐるしく動いていた。

『(・・んだよ、新一。来ねえのか?!)』

大方の予想では、先日の探のように、新一が快斗にピッタリはりつくと見られていた。
ところが、新一はいつも通りセンターに陣取って攻守の起点となっており。
流れの要所要所で快斗にチェックを入れてマリーンズの攻撃を抑えるものの、快斗のみに執着することはなかった。

《前半間もなく30分というところですが、試合は依然0−0のまま、中盤での激しい競り合いが続きます。ボール・ポゼッション(ボール支配率)はビッグ55に対しマリーンズ45。ビッグが若干優位にたっています。試合前の大方の予想では、工藤が黒羽のマークにつくと見られていましたが、そうはなりませんでした。ビッグ大阪は徹底したゾーンディフェンスで対応しています。ロッソ戦に比べ自由な黒羽ですが、工藤・小森のボランチ二人に要所要所を締められビッグ陣地深く切れ込めず、決定的なチャンスを作り出すには至っていません。》
《う〜ん。リーグ戦での黒羽は、縦横無尽にピッチを動き回っていましたが。流石に今日は、思うような試合運びができていませんね。》
《そうですね。・・・今も黒羽がボールを持ったのですが、すぐさま工藤が身体を寄せてきました。いったんマークにつけば、ロッソの白馬以上に執拗なプレッシャーをかけ、攻撃を止めている工藤。・・黒羽は2試合連続で厳しいチェックに苦しめられていますね。》
《そうですね。・・黒羽がチェックされている時、誰かがフォローに行くと、もう少し違う展開になるかもしれませんが、ビッグの方が寄せが早いんですよね。そのへんがボール支配率でビッグが優位に立っている一因でしょう。》


解説がそう語る間にも、新一が起点となってゴール前につなげられたボールに、隆祐が素早い反応を見せた。

「「「「「おお〜っ!・・ああ〜っ!」」」」」

《比護、本日これで5本目のシュート!ああ〜っ、しかし、またもバーに嫌われた!》


シュートはバーに嫌われ、惜しくもゴールならず。
しかし、こうした隆祐の素早いゴールへの寄せ・シュートは、何度も行われており。
回を重ねるごとに、マリーンズディフェンス陣の警戒感を高めていた。

《前半まもなく45分が経過するところです。ロスタイムは1分とでました。どうやら前半は、このまま0−0で折り返しとなりそうです!》

「ピーッ!」

《ただいま前半が終了しました。横浜FマリーンズVSビッグ大阪の試合は、0−0で折り返しです。》



  ☆☆☆



「ふ〜っ。行き詰る展開ね。大丈夫かしら、新ちゃん。」
「大丈夫です。新一なら、きっとやってくれると思います。」
「えっ?!・・・蘭ちゃん?」



ハーフ・タイム。
スタンドでもこの時間、休憩を取るべく人の流れが起きているのだが。
自信なさげだった試合開始直前の様子と異なり、何か確信を持ってそう言う蘭を、有希子は、不思議そうに見つめた。


「・・・どうしてそう思うの?」
「何となく、そう感じるんです。」
「感じる?」
「はい。新一には何か考えがあるって。だから、きっと大丈夫だって。・・・あ/////。でもホント、何となく、なんですけどね/////。」
「・・そうね。新ちゃんがいつまでも手をこまねいてる訳ないもんね。」

頬を染めつつもそう言う蘭に、有希子は穏やかに微笑みかけると、視線をピッチに戻した。

「(試合前は不安そうだったけど、もう大丈夫みたいね。多分、新一に掛けられた声があまりに大きいから、不安になったんだろうけど。・・フフッ。心配しなくても大丈夫なのにね。新ちゃんがここまで来れたのは、これまでずっと、蘭ちゃんが見ていてくれてたからなのにね。・・まあ、こういう時の(蘭ちゃんに対する)新ちゃんの勘は、不思議と鋭いから。私が何か言わなくても大丈夫でしょ。)」

脳裏に、蘭の不安に関しては妙に鋭い息子の面影を浮かべつつ。

「ねえ、温かい飲み物でも買いに行かない?後半が始まるまで、まだちょっとあるもの。」
「そうですね、おば様。」

有希子は蘭と園子にも一声掛けると、優作の腕を取って、休憩のために席を離れたのであった。



  ☆☆☆



同じ頃。親友の恵子と観戦に駆けつけた青子は、ハーフタイムに入るのと同時に休憩を取りに立ち。長い行列を辛抱強く待って暖か飲み物を手に入れると、マリーンズ側のスタンド席に戻っていた。

「快斗君、今日も大変だね〜。白馬君との時とは違うけどさぁ〜。」
「そうだね。でも後半、きっとやってくれるよ。」
「だね。・・・は〜っ、美味しい〜っ、暖まる〜っ。今日は久々に、ほとんど風がなくていい天気だけどさ。それでもやっぱ寒いわ。いっぱい着込んでカイロも仕込んできたけど、指先やつま先が、ねえ?」
「(くすっ)ホントホント。お陰でココアが美味しいのよね〜v。」
「ホント青子って甘党よねえ〜。そういうトコはダンナそっくり。あ〜熱い熱いv。」
「け、恵子っ///。」
「あ〜、赤くなったv。ホント、青子っていつまでも純で可愛いわよね〜っv。」
「んもうっ///!」

恵子にからかわれつつ、ピッチとロッカールームをつなぐ出入り口付近を見つめる青子は、快斗を信じてゆったりと微笑むのであった。



  ☆☆☆



《前半は、両者譲らず0−0で折り返しました。これから始まる後半45分間で試合はどう動くでしょうか?・・今、後半開始の笛の音が鳴りました。》

「ピーッ!」

《後半、ビッグ大阪に選手の交代がありました。前半終了間際に足を痛めた様子のFW・ログマンに代わって服部。服部が入りました。対する横浜Fマリーンズに、選手交代はありません。》

『平が入ったか・・。』



後半開始からログマンに代わって平次が登場。キレの良い動きで再三にわたって攻撃にからんできた。一方、ビッグの快斗に対する守備は、後半も変わることなくゾーンディフェンスで。新一あるいは小森が要所要所で快斗の行く手を阻んでいた。

『(ちっ・・!新一でも、小森でもシツコイのに変わりなし、か!)』

ハーフタイムに監督が指示を出したため、後半からは一人ないし二人が快斗のフォローについた。その甲斐あってマリーンズは前半よりボール支配率を上げ(双方50+−1前後で攻防)時折、真の守るゴールに迫ったが。

《ああ〜っ、ボールはまたも京極の真正面!》

『くそっ!』
『(よしっ!)』

後半からはマリーンズの攻撃層が厚くなることは織り込み済みの新一らは、陸夫・真と連携して巧みに攻撃できるエリアを狭め、シュートが常に真の真正面に行くように仕向けた。

《後半に入ってから、攻撃を修正したマリーンズ。前半とは打って変わり、何度もビッグ・ゴールに迫りますが、堅い守備に阻まれ、決定的な場面は作り出せません。・・・後半35分をすぎましたが、いまだ0−0。このまま延長戦に突入するのでしょうか?!》

『後半35分すぎたか・・。』
『・・工藤。』
『ええ。』

久米の放ったシュートを難なくキャッチした真は、ピッチをざっと見渡すと、大きくボールを蹴りだした。

《京極からのボールの落下点で大澤と近藤が競り合った。ルーズボールを拾ったのは・・工藤!そのまま持ってサイドから切れ込む!ビッグ大阪、逆襲!》

『行かせるかよ!』
『(来たか、快斗!)』

《ドリブルで切れ込む工藤の前に立ちはだかったのは黒羽だ!激しい競り合いをしながらも、工藤、ボールを離さない!》

「新一!」
「快斗!」

この日何度目かの二人の激しい競り合いに、蘭と青子は固唾をのみ。
場内にはもの凄い歓声が沸き起こった。

『粘るな!』
『お互いね!』

《工藤、意地のキープだ!コーナーぎりぎりですが、まだ粘る!》

『くっ!』
『んなろっ!』
『(おしっ!)』
『(・・ちっ!コーナーか!)』

《コーナーぎりぎりで粘った工藤の粘りがちです。コーナーキックを勝ち取りました!ただいま後半40分が経過。ここで1点奪えば、決勝点となりそうです!キッカーは・・工藤!》

『・・よし!』

ざっとゴール前を見た新一は、審判の笛を受けてすぐ、ボールをけった。

『ここや!』
『よしっ!』
『させるか!』

後半、隆祐の影から飛び出して何度もゴールを狙った平次に多くのディフェンスが釣られ。ニアポストで待ち構えていた平次に合わせてキーパーもジャンプした。・・・が。

『なっ?!』
『ハッ?!』

ボールは平次の頭をかすって僅かに方向が変わり、キーパーの指先をスルー。
ファーサイドに居た隆祐の前に落ちた。

『だろうと思った!させるか!』

しかし“ここぞという決定機には得点王の隆祐に来る!”と読んでいた快斗は、ゴール前から隆祐に向かって一気に迫った。

『(ニッ!)甘いな!』
『なっ?!』

しかし、隆祐はシュートを放たず軽く横に流し。
快斗が隆祐に向かって飛び出てきたことによってできた、ゴールと快斗のスキマに、後ろから突っ込んできた小森が一気に滑り込んでシュート。

「ピーッ!」

《ゴ―――ル!後半42分、ビッグ大阪先制〜っ!決めたのは小森!これは貴重な決勝点だ〜〜〜っ!》

ゴールを決めた小森はすかさず立ち上り。人差し指を立てて、ビッグサポーターの見守るスタンド前に走った。

『よっしゃあっ!よくやった、小森っ!』
『あと3分で優勝だ!』
『やった、やったぞっ!』

それを追いかけるようにして喜びを表すビッグ大阪イレブンは、サポーターの前でガッツポーズを決める小森に抱きついて祝福。
スタンドのサポーターも、総立ちで祝福。勢いよく旗が振られた。

《後半42分。工藤が粘りに粘って獲得したコーナーキックから、ビッグ大阪が先制しました。0−1!後半は残り3分をきりました。このままこれが決勝点となるか?!》

『くそっ・・!読んでたのにっ!』

新一が放ったボールの行く末を読みきっていた快斗は、隆祐の背後から来た小森にゴールを奪われたことを、ピッチを叩いて悔しがった。
そんな快斗の腕を、久米や大澤は引っ張って立ち上がらせると、背を叩いて喝を入れた。


『黒羽。項垂れるんじゃねえ。時間はまだあるんだ。』
『そうだぜ。諦めたら終わりだぞ。』
『まだ3分ある。ロスタイムをあわせれば、5分弱は残ってるんだ。・・・まだ、何とかなる!』
『・・・。はいっ!』

このまま引き下がれないマリーンズは、すぐさま試合を再開。必死に攻めあがった。
しかし1点とってなお油断していないビッグ大阪はガチガチに守りを固め、マリーンズの選手を誰一人としてゴールに寄せ付けなかった。

《ロスタイムは2分もまもなく終了か・・・今、試合終了の笛が鳴りました。ビッグ大阪が0−1で勝利。第○○回、天皇杯優勝はビッグ大阪!鹿島スペリオール以来、数年ぶりのグランドスラム達成です!》

「(新一・・・。)」

試合終了後の歓喜に包まれる新一らビッグ大阪イレブンは、互いに抱擁しあい、ラムスを胴上げした。

「(快斗・・。)」

同じピッチの上では、死力を尽くしたマリーンズイレブンが項垂れ。涙を流す快斗の肩を久米や大澤が叩き、あるいは抱きかかえ、マリーンズサポーターへの挨拶の列に連れて行った。
マリーンズサポーターは大拍手で選手らの健闘を称え。選手らはお辞儀してそれに応えた。

『胸を張れ、黒羽。俺たちは精一杯やったんだ。』
『この悔しさを来季に繋げるんだ。今日が始まりだぞ。』
『・・はいっ!』

そして2位表彰を受けた面々は、ピッチを後にし。
続けて大歓喜のサポーターの間を通って表彰を受けたビッグ大阪は、キャプテンの陸夫が天皇杯を受け取ると、それを掲げ。歓声はさらに大きくなったのであった。

「青子、行こうか。」
「・・そうだね。」

表彰後、最後のウイニングランをするビッグの選手たちに背を向けた青子は、悔しいが満足した面持ちでスタジアムを後にした。

「凄いゲームだったねぇ〜。ねえ、蘭。・・・・・蘭?」
「・・・えっ?!・・・あ、うんっv。」

一方、涙で瞳を潤ませながら、仲間たちと嬉しげにファンに応える新一を見ていた蘭は、園子に声を掛けられて、一瞬ピッチから目をそらした。

その時。

『(・・・蘭。)』

急に新一の声が近くで聞こえた気がして。
慌ててピッチに視線を戻した蘭の目の前に、新一が立っていた。

「!・・・新一。」
「えっ?!・・・て。ま、真さん?!真さんだぁっ///!優勝おめでと〜っ!」

その傍らには真や平次・隆祐ら、激戦を制した仲間が居て。

『(さんきゅ。)』

蘭と視線を合わせて大きく口を動かして。
親指を立てて軽くウインクした新一は、蘭の横に立つ両親に向けて誇らしげに片手を上げると、隆祐・平次・真らと一緒に歩を進めた。

「新一・・・。(気づいてくれてたんだ。私が此処で見てるって・・。嬉しい・・。何だか凄く嬉しいよぉ〜。)」

スタンドに残るビッグサポーターの歓声に応える新一の背中を目で追いながら。
これだけの大観衆の中のひとつの点にしかすぎないと思っていた自分を、新一はちゃんと見つけ出して、自分だけに言葉をくれた・・・その喜びで蘭の心は満たされて。

「(また助けられちゃった。悔しいな・・。でも、嬉しい・・。)」

試合開始前に感じていた寂しさが胸中から消え去り、新一の愛に包まれていくのを、確かに感じ取ったのであった。




to be countinued…….




(12)に戻る。  (14)に続く。