レジスタ!



By 泉智様



(14)



ビッグ大阪が行き詰る接戦の末、1−0で横浜Fマリーンズを退けて天皇杯を優勝。
鹿島スペリオール以来数年ぶりとなるグランドスラムを達成した。

新一は、高校2年になると同時に東京スピリッツのユースからトップへ昇格したが、出場機会に恵まれず。たまに出れても後半途中の数分程度。“現役高校生ながらプロデビュー!”と注目された1年目は、シーズンのほとんどをベンチで過ごした。
対して高校2年の冬から(最初は1年の期限で移籍契約した)ビッグ大阪で過ごした2年目は、ほとんどの試合でスタメン・フルタイム出場を果たし、チームの中心選手として大車輪の活躍の場を与えられた。2ndステージ途中にはビッグ大阪と完全移籍の契約を交わし、グランドスラムに貢献。個人としては、(出場時間の都合上、プロ2年目ながら新人選手と同等の扱いで)リーグ新人王と天皇杯MVPのタイトルを獲得し、名実共に将来の日本サッカー界を背負って立つ選手の一人として、活躍を期待される立場になったのであった。









「ビッグ大阪の皆さんが帰ってきはったで!」
「キャーッ、ホンマや!」
「すみません、握手してください!」
「写真、撮らせてください!」

天皇杯優勝を決め、グランドスラムを達成したその日のうちに凱旋帰阪したビッグ大阪の一行は、大阪の地に足を踏み入れた途端に受けた歓待とお祭り騒ぎに驚いた。

「な・・・なんつーか、凄ゲー。」
「・・・だな。」
「・・・ですね。」

日頃、滅多な事で驚かない新一や平次、真だったが。
地元プロ野球チームが優勝した際の騒ぎに負けず劣らずの歓待に、目を丸くした。

「優勝っちゅうモンはホンマええもんやな。」
「この騒ぎ。ジャガーズの優勝ん時と、ええ勝負ちゃうか?」
「あのジャガーズ(への熱狂)ばりに喜んでもらえるいうんは、嬉しいな。」

チームが新大阪駅に回した専用バスに乗ってようやく人心地ついた面々は、改めて喜びをかみしめながら、ビッグ大阪史上随一のビッグシーズンを終えた充実感と来季への決意を新たにしたのであった。



  ☆☆☆



「京極ハン、工藤。これからの予定、どないなっとる?」
「これからの予定ですか?私は・・来月からのユース合宿前に契約更改やら何やら済ませたいですから、半月程休んだら戻ってくるつもりです。とりあえずは・・今日の昼過ぎに予定されている地元メディアのインタビューを済ませたら、伊豆の実家に帰ろうかと。あとは、なるべく早く高校時代の恩師(サッカー部監督)にお年賀と優勝の報告に伺うつもりです。お二人はどうされますか?」
「オレか?・・オレは、今日のTVの生収録が三つと、明日の(馴染みの)サッカー専門誌のインタビュー・・それが終わらないと帰れねえよ。」

天皇杯の翌日の正月2日は、彼らにとって、ようやく新年初日となった朝なのだが。
食堂の人はカレンダー通りに正月休暇に入っているため、完全自炊体制となった3人は、新一の部屋に集って正月色の欠片もない簡単な食事を取りながら、今後の予定を話し合っていた。

優勝は嬉しいが、新人王の他にもタイトルを取った為(真や平次以上に)予定が目白押しの新一は、蘭の元に帰れる時間が延び延びになっている現実に、ウンザリ顔になっていた。

「しゃあないやろ。新人王と、天皇杯でMVPもとってもうたんやから。オレや京極はんを差し置いて、お前は今一番の注目株になってんねんで。少々の事は覚悟せなアカンわ。」
「わーってるよ#。(くそ〜っ、蘭に会いてえよ〜っ。)それよりお前はどうすんだよ?」
「せやな〜。俺は夕べのうちにインタビューが終わったし。これ食い終わったら、家に帰って、冬休みが明ける前に寮に戻るわ。・・・そういえば、工藤。新学期は12日からやで?忘れんなや。」
「あ?・・ああ。」
「俺らは半分社会人みたいなもんやけど、まだ一応、学生やからな。お前がサッサとマスコミの用を済ませて、あの姉ちゃんとゆ〜っくり“デエト”したいんは重々分かっとるけど。学校にもちゃ〜んと顔出さんと、後々何かと面倒やでぇ〜。」
「なっ/////!何だよ、それはっ/////!んな事、お前にいちいち言われなくても分―ってるよっ!」

平次の言葉はまさに図星だと顔に出した新一に、平次と真は、蘭絡みだと分かりやすいと思いつつ。

「(プッ)ほな元気でな?良えお年を。来季もよろしゅうな。」
「(苦笑)私こそ、よろしくお願いします。工藤君、服部君。良いお年を。」
「京極さんも服部も今季はありがとう。来季も宜しくな。良いお年を。・・じゃな!」
「おう、じゃあな!」
「ええ、では。」

食事を終えて、めいめいに使った皿を手にすると、それぞれの予定に向かったのであった。



  ☆☆☆



「・・なるほどね。ありがとう、良い記事になりそうだよ。」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。」

正月あけのピッチ外の仕事の最後のひとつ“サッカー専門誌のインタビュー”がようやく終わった新一は、ほ〜っと一息吐くと目の前に置いたままの冷めてしまった珈琲に口をつけ。東都の蘭を想って窓の外に視線を遣った。
そんな何気ない新一の姿には、不思議と色香が漂っていて。絵になっていて。

「・・・。」

インタビュアーもカメラマンも男性だったが、すっかり見惚れてしまい。
カメラマンは、とっさに(新一の了解を取らずに)シャッターを切ってしまっていた。

「えっ?!(シャッター音?)」
「あっ///!(しまった!身体が勝手にっ///!)」
「お、おいっ!何勝手にシャッターを切ってんだよ!まずいだろ///!」
「す、すみません!なんだか絵になってたもんで、つい///!」

あわてるカメラマンとインタビュアーのやり取りに呆気に取られた新一が何か言う前に、二人が本当に済まながって平伏し、謝罪されてしまったので、それ以上何も言えなくて。
馴染みの二人で気心は知れてたので、無許可で撮った最後の一枚を紙面に掲載しない事・其れを現像したら直ぐに送ってもらう事を約束して、無礼は不問に付すことになった。

「本当にすみませんでした。」
「いえ。では、失礼します。」
「お疲れ様でした。」

自分たちが仕出かした、とんだハプニングに怒ることなく。温和な態度であっさり赦して去っていく新一の後姿を見送った二人は、流石、あの烏丸デマ騒動を乗り切って数々のタイトルを取った人物だと感心し、帰社したのであった。

そして約束どおりすぐさま写真を現像して発送したのだが。

後日、ビッグ大阪から正式発表された慶事の報告を聞いた二人は、ああ成る程と思ったのであった。


男である自分たちでさえ“工藤選手が綺麗だと見惚れた”理由。
・・・新一が無意識に色気を放っていた理由を・・・。



  ☆☆☆



「・・やっと、入ってた仕事が終わったから。今から帰るよ。」

インタビューを受けていたカフェがあるホテルのフロントで預けておいた荷物を受け取った新一は、ホテルのエントランスでタクシーに乗り込みながら、蘭に電話を入れていた。

『分かった。・・で、何時ごろこっちに着きそう?飛行機?それとも新幹線?』
「夕方に羽田に着く便に乗るつもりだから、伊丹でチェックインしたら、もう一回電話を入れるよ。」
『分かった、待ってるね。』

電話の様子だと、蘭が迎えに来てくれる感じがして。
グランドスラム達成以降一気に詰め込まれた仕事で疲れを感じていた新一だったが、一気にそれが吹き飛んだことを実感。自分だけに効く、蘭のパワーの凄さを改めてかみしめるのであった。

「蘭。新一君から電話だったんでしょう?なんて?」
「やっと最後の仕事が終わったから、タクシーで伊丹に向かうって。チェックインしたら、電話するって。」
「あぁっ?!・・なんだァ、蘭。まさか迎えに行く気か?今から大阪を発つってことは、着くのは夕方じゃねえか。・・・ったく、若い娘を暗い時間に羽田まで呼びつけるたぁ、新一のヤツぁ、ふてえ野郎だ。」
「も〜っ、違うわよ!私が行くって言ったの!変な言い方しないでよね、お父さん!」

大阪に蘭を進学させると決めたのに、いざ(愛娘を掻っ攫う)新一が帰省してくるとなると、途端に不機嫌になる小五郎であった。
そんな父親馬鹿全開の小五郎に呆れ顔の英理は、大きくため息を吐くと、気を取り直して口を開いた。

「この人の言うことは、いちいち気にしなくてもいいのよ、蘭。それより、話があるんだけど。」
「何?お母さん。」
「とりあえず一旦帰ってきたけど、今日(3日)私たちは朝から仕事関係の挨拶周りに出てたでしょう?」
「うん、そうだったね。」
「実はまだ夕食会を兼ねたご挨拶が残ってるのよ。先方はお酒が大好きでね。同じく呑めるこの人と会うのを凄く楽しみにしてらっしゃるものだから、引けるまで、絶対に時間がかかると思うの。」
「うん。」
「だから、帰りは遅くなるから、新一君の家に泊まってらっしゃい。」
「えっ///?!」
「はあっ?!な、何言いやがるんだ、英理っ!年頃の男女が一つ屋根の下で一晩過ごすのを許すってのかぁ?!」
「(ギロッ!)誰もそうは言ってないわよ。私が言いたいのは、年頃の娘を一人きりで留守番させるよりは、新一君と一緒のほうがはるかにマシってことよ。・・・それともあなたは、不審者に娘が狙われないか心配にならないの?」
「だ、誰もそうは言ってねえだろうが・・・って・・・(汗)。」
「(にっこりv)娘の身の安全を考えれば、ここで一人きりで留守番させるよりは、新一君の家に居させた方が、セキュリティーの面で心配ないし。新一君のお隣さんは阿笠さんのお宅だし。不安は少ないと思うわ。あなたはそう思わないの?(ニッコリvv)」
「だ、だがなぁ〜(滝汗)・・。」
「いいわよねv。(ニ〜ッコリvvv)」
「・・・・・好きにしろ。(撃沈)」
「そういうわけだから、そうしなさい。」
「お母さん///。」

凶悪なまでの微笑で小五郎をねじ伏せた英理は、蘭の背を押して蘭の部屋に入ると、鞄から手紙と小ぶりな箱を取り出した。

「何、これ?」
「有希子からの手紙と、有希子と私からあなたたちへの贈り物よ。後で読みなさい。・・じゃ、新一君によろしくね。」

蘭の肩に手を置いてウインクし、さっさと部屋を出た英理は、居間でなおも小声でブツクサ言いながら不貞寝する小五郎を急き立てて仕度させると。連れ立って、残っている挨拶に出向いたのであった。


「えっ///、ちょ、これって・・・///。」

一方、ドアの外での喧騒を聞きながら有希子からの手紙を読み、箱の中身を知った蘭は。

英理らが出かけた後、いったん工藤邸に行って新一を迎える支度をしたのだが。

新一を羽田に迎えに行く時間の直前まで、手紙と箱のことをどう話したものかと頭を悩ませることになったのであった。



  ☆☆☆



「え〜と。バード航空○○○便は・・・予定通り、到着したみたいね。・・・・・あっ、新一!」

羽田空港・到着ゲートのガラス戸の向こうで自分の姿を確認してニッコリ微笑んだ新一が、荷物を取って歩いてくる姿を見つけ、笑顔で手を振って新一を出迎えた蘭は、目の前に立った新一から頬にキスを受けると、ぎゅ〜っと抱きついた。

「ただいま、蘭。」
「お帰りなさい、新一。」

外出時の微・変装状態(眼鏡姿)の新一は、ピッチでのユニフォーム姿とはまた違って見えて。

「(なんだか新一、かっこよくなった///?)」

ボーっと自分に見惚れている蘭の上目遣いに頬を染めた新一は、照れ隠しに軽く咳払いをすると、蘭の手を取って帰路についた。



「ん〜っ、美味い!」
「ホント///?」
「うん、マジ美味い。ありがとなv。」
「ふふっ///。よかったv。」

到着時間が夕食時だったこともあり、レストランで食事をするかと案を出した新一であったが。真っ直ぐ帰ろうと譲らなかった蘭に逆らわなかったお陰で、ほぼ1年ぶりに蘭の手料理を堪能できたのであった。

「あ〜、美味かった。ご馳走様。」
「いえいえ、お粗末さまでした。」

和やかな食卓を囲んだ新一は席を立ち、居間のソファに深く腰掛けてもたれると、天皇杯の試合当日まで両親が居た家の中をじっくり見渡して、ほ〜っと深く息を吐き出した。

「新一、どうしたの?疲れた?・・って当たり前よね、今日まで忙しかったんだし。なんならお風呂できてるし、入って、今日はもう寝んだら?」
「・・・風呂はまだいいよ。もう少ししたら、お前を送んなきゃなんねーし、それからで。だいいち、疲れてるわけじゃねーしな。」
「えっ?」
「・・・やっぱ、お前の居る空間って落ち着くよな〜って浸ってただけ。」
「えっ///?!」
「蘭の顔を見ると、安心するんだ。・・・羽を休められるっていうか・・肩の力を抜けるっていうか。やっとオフに入ったんだって気がする。」

そう言って、片づけを済ませ、傍らに近寄ってきた蘭の手を取り、抱き寄せた新一は、蘭を腕の中に収めると、満足そうに目を閉じた。

「・・ねえ、こっちに居られるのって、11日までだよね。」
「ああ。学校があるからな。まだ一応高校生だし、ちゃんと出とかねえと。・・・ホントは、もうちょっとゆっくりしてえんだけどな。」

そう言って、蘭の背に回した腕に僅かに力をこめた新一の胸に頬を寄せた蘭は、そっと口を開いた。

「あのね、新一。」
「ん?」
「私、今日は・・帰らなくてもいいんだ。」
「そう・・って、ええっ?!」

蘭の爆弾発言に慌てて飛び起きた新一は、蘭の背にまわしていた腕を外して身体を起こし、まじまじと顔を見つめた。

「夜遅くまでかかる新年の挨拶まわりがあるから、お母さんが、泊めてもらいなさいって言ってたの。だから・・。」
「・・・。」
「それに、ね・・。おば様から手紙を預かってるの。見る?」
「手紙?」
「うん。」

怪訝そうな新一に、エプロンのポケットに入れていた手紙を差し出した蘭は、それを読んだ新一が一気に頬を染めたのを確かめると、エプロンのもう片方のポケットから英理からもらった箱を取り出し、俯いた。

「・・・別に、今日開けなくてもいいんだろうけど///。」

頬を染めて困った風情の蘭を見つめた新一は、ガシガシと頭を掻くと立ち上がった。

「やっぱ、オレ・・・風呂入ってくる。お前・・どこに荷物置いたんだ?」
「えっ?・・新一の隣の部屋だけど。」
「・・・そっか。」
「あ、あの・・新一?」
「・・心配すんな。オレ、書斎で寝るから。」
「えっ?!」
「母さんの手紙。・・お膳立てのつもりなんだろうけど、余計な気を利かしすぎだっつーの。蘭の気持ちだってあるっつうのに。“セッティングしたから、はいどうぞ”ってされても、そのまま受け取るわけにはいかねえんだよ。」
「だからって、何で?自分の部屋があるのに。」
「何で?って・・。」

言葉に詰まった新一に、蘭は悲しそうな顔で畳み掛けた。

「もしかして・・飽きちゃった?」
「はぁ?!」
「だから、してくれないの?」
「?お前、何を・・。」
「キス・・。今日はまだ、一回もしてくれてない・・・。」
「蘭///。」
「寂しいよ・・・。傍に居るのに、何だか遠いの。・・・だからもしかして・・私にもう飽きちゃったのかな・・って。」
「なっ、それは違う!」
「違わな・・っ!んっ・・!」

それ以上に悲しい言葉を言わせたくなくて。
新一はいささか強引に蘭の身体を引き寄せると、唇を塞いだ。

「ふっ・・ん///。」

数ヶ月ぶりの深く長いキスに新一にすがりついた蘭の身体から力が抜けるまで舌を絡め取った新一は、力の抜けた蘭の身体を抱き寄せると、隠したかった本音をさらけ出した。

「あのな・・お前に飽きるなんて、地球が壊れたってありえねーよ。」
「・・・だったら、どうして?」
「(はあ〜っ)・・・壁を隔ててても・・隣同士ってのは、キツイんだよ。」
「・・・どうして?」
「・・・・・自信がねえから。」
「えっ、どういうこと?」

驚いて、潤んだ瞳で自分を見つめる蘭を切なげな瞳で見つめ返した新一は、観念したように殊更大きく一つ息を吐くと、自嘲の笑みを浮かべて続けた。

「こんなキスしといて今更だけどさ。オレだって男だ。・・・壁一枚じゃ我慢きかなくて、越えちまいそうだからさ。・・・書斎なら、そんな邪念を逸らせそうだと思ったんだ。」
「新一///。」
「ま、そういうことだから。」

そう言って自分から離れようとした新一の胸元を、蘭は掴んだ。

「蘭?」
「・・・ヤダ。書斎に行っちゃイヤ。」
「あ、あのな///?」
「覚悟・・きめてるもん。」
「えっ?!」
「じゃなきゃ・・手紙渡さないもん///。」
「お前・・・。(それって、つまり・・・。)」
「1年前・・私をお嫁さんにしてくれるって言ったのは、嘘だったの?」

涙目で真っ直ぐに新一を見上げる蘭の顔には迷いが無くて。
嬉しい驚きで目を瞠った新一は、フッと微笑むと蘭の頬と背に手を滑らせ、優しく抱きしめた。

「嘘なわけねえだろ。・・お前以外の誰かを欲しいと思ったことなんてねえよ。」
「新一///。」
「・・今更ヤダ、ヤメルって言っても・・聞かねえぞ。」
「そんな事・・言わない。」

ようやく互いの意思が一つになった二人は、頬を寄せ。互いの首と腰を絡めるように抱きしめあった。
やがて、自分で身体を支えられなくなった蘭の腰を支えた新一が、そのまま横抱きに抱え。

「愛してる、蘭。」
「私も、愛してる。」

二人は手を携えて、大人への扉をくぐっていった。



  ☆☆☆



翌朝。

日が高くなってから目覚めた新一は、腕の中に眠る至上の女性・・蘭の、穏やかな寝顔と温もりにこれ以上ない幸福感を感じ、満足げに微笑んだ。
彼女の勇気にしてやられたと思う気持ちと、長年の想いがようやく結実した喜びとがあいまって。昨夜、自分が情熱のままにまき散らした紅い花びらが、蘭の絹糸のような黒髪の隙間から見える色白の肌に咲き誇るのを確かめた新一は、蘭の髪を梳きながら、蘭への愛しさがいっそう深まったことを感じていた。

「(さんきゅ。)」

なかなか目覚める様子のない蘭の頬を撫で、唇に触れるだけのキスをおとした新一は、遅めの朝食を用意しようとそっとベッドを抜け出すと、下に下りた。



それから暫くして、新一が朝の仕度を終えた頃。

「ん・・・新一。・・・どこ?」

自分を包んでいた優しい温もりがなくなった感覚で目を覚ました蘭は、冷たくなった新一の痕跡(寝ていた空間)に寂しさを覚えつつ、気だるさの残る身体をゆっくりと起こした。

「・・どこ行ったんだろ。下かな?」

腰周りに鈍い痛みを覚えながらも、ゆっくりと身体をいざらせてベッドのふちにたどりついた蘭はそっと足を下ろしたが、力が入らずベッド脇で転倒してしまった。

「(え・・っ?!)きゃああっ!」

この時、ちょうどタイミング良く、蘭の様子を見ようと戻ってきた新一が血相を変えて駆け寄ってきて。

「ら、蘭っ?!大丈夫か?!」
「・・もう!どこに行ってたのよ、ばかっ/////。」
「悪リィ/////、先に下りてメシ作ってたんだよ。」

慌てて蘭を抱き起こし、バスローブを羽織らせて抱き上げ。
一人にしたことに拗ねた蘭に素直に謝って、下に降りたのであった。

「これ・・新一が?」
「ああ、まあな/////。」
「わあ〜、嬉しいv。いただきま〜すv。・・・ん〜っ、美味しいv。」
「そ、そうか?・・サンキュ/////。」

そして、新一が用意した手料理に感激した蘭が新一の頬に許しのキスをして、仲直り・・と相成ったのであった。



  ☆☆☆



二人が遅めの朝食を済ませ、身支度を済ませた頃。
それを見計らったかのように、電話が鳴った。

「はい、工藤です。・・・あ、おばさん。新年明けましておめでとうございます。」

電話をかけてきたのは英理で。
受話器を取った新一は(昨夜のこともあり)飛び跳ねそうな心臓に落ち着けと心中で言い聞かせながら、受け答えをした。

『こちらこそ、よろしくね。・・で、蘭に伝えて欲しいんだけど。』
「はい。」
『あなたも聞いてると思うけど。昨夜の新年の挨拶回りでね、案の定、あの人ったら呑み過ぎちゃって。未だに大鼾をかいて寝てるのよ。』
「・・そ、そうなんですか。」
『でね。昨夜、私たちは、私が平日使っているマンションの方へ戻ったから、5丁目の家へは小五郎の酔いを完全に醒ましてから戻るわ。・・でも、寝付いたのが明け方だから、起きるのは早くても昼過ぎ。帰りは多分、夕方以降になるだろうけどね。』
「えっ?!おじさん、明け方まで呑んでたんですか?!」
『ええ、まあね。』
「・・・。」
『あなたのことだから、理由は察してるでしょうけど。そういうことだから。蘭によろしく伝えて。じゃ、失礼するわね。』
「あ、ハイ。失礼します。」

受話器を置きながら、小五郎の深酒の原因は(母親二人の計らいで)昨夜新一と蘭が事実上の夫婦になったから・・と察した新一は、早々に小五郎に挨拶に行く覚悟を決めた。

「新一。お母さん、何だって?」
「おじさんが挨拶回りで呑みすぎてまだ寝てるから、帰りが遅くなるってさ。」
「えっ?お母さんたち、今どこに居るの?」
「おばさんのマンションだってさ。寝付いたのが明け方だから、今は爆睡してるそうだぜ。」
「ええ〜〜〜っ?!明け方まで呑んでたの?!もう、お父さんたら!ホントにしょうがないんだから!」
「・・今回は、仕方ねえよ。ヤケ酒らしいから。」
「えっ?!」
「昨夜のこと。・・・おっちゃん、ごねてたろ?」
「あ・・うん///。」
「やっぱり。・・だから、今日だけは大目に見てやれよ。」
「そうか・・・。そうだね///。」
「で、とりあえず、昼メシ食い終わったら、初詣に行くんだろ?だったら、その足でおばさんのマンションに行くとするか。その頃にはおじさんも目を覚ましてるだろうし。」
「えっ?新一も一緒に行くの?」
「当たり前だろ。昨夜、お前をお嫁さんに貰ったんだから///。・・・一本背負いで済むかな〜。」

(暗に)正式に結婚の申し込みに行くと言っている新一を、頬を染めて見つめた蘭は、嬉しそうに微笑んで、新一の腕に抱きついた。

「きっと大丈夫よ。・・・ホントはちゃんと分かってくれてると思うもん。」
「ああ、そうだな。」



それから数時間後。
昼食と初詣を済ませた二人は、その足で英理のマンションへ向かったのであった。



  ☆☆☆



「あなた、いつまでそうしているつもりなの?こうなる事は前々から分かってたじゃない。今まで頑張ってきた二人の思いを無駄にするつもりなの?」
「うるせえっ!二人はまだ18だろーが!早すぎらあ!」

1月4日・午後。

英理のマンションでは“新一VS小五郎”ではなく、何故か“英理VS小五郎”の押し問答が延々と繰り広げられていた。

「何言ってるの!私達だって19で結婚したじゃない。二人の事は言えなくってよ!それに、新一君はまだ18歳なのに、皆に認められる仕事をして、結果も出してるわ。」
「何言ってやがる!まだたった1年じゃねえか!まだまだ蘭は任せられねえなっ!」
「今更、何言ってるの?!シーズン中ずっと、無理やり都合をつけて新一君の身辺調査をしてたくせに!そうそう、アナタ、言ってたわよね。“アイツは真面目に練習してるし、言い寄る女に目もくれねえ。大したもんだ。”って!あれは嘘だったの?!」
「なっ!ば、バカ、英理っ!ばらすんじゃねえっ!」
「「(えっ?!張り込んでた?!)」」

この会話の内容に驚いた新一と蘭は、まじまじと小五郎を見つめた。

「それって・・どういうことなの?お父さん。」

いささか厳しい面持ちの蘭に問いただされた小五郎は、本当に気まずそうに顔を顰めると、不承不承という体で口を開いた。

「蘭の指にあるモンを見て、新一、お前の本気を感じたかんな。コッソリ、お前の仕事ぶりを観察させてもらうことにしたんだ。ちょっとでも仕事に不真面目だったり、女遊びでもしてたら、ケチ付けて蘭を取り戻せると思ったからな。」
「(オイオイ・・・。)」
「!ちょっ、お父さんっ!」
「ところがよぉ。そんなオレの気持ちを読んでるのか知らねえが、お前ときたら、仕事も学校もクソ真面目に取り組んで、挙句の果てに、新人王にグランドスラムときた。ホント子憎たらしいことに、文句をつける隙を見せやしねえ。」
「「・・・。」」
「でも、まだ望みは捨て切れなかった。女関係なら突込みどころがあるかもしれねえ、お前は両親に似てマアマア見目が良いからな。言い寄る女にほだされるってこともあるかもしれねえ!と期待して、かなり突っ込んで調べさせてもらった。」
「「えっ?!」」
「まあ、そうは言っても、所詮まだ18だ。オレが知ってるコイツは潔癖っつうか、生真面目な性質だから。オレの邪推は邪推止まりで、まず間違いは無えだろうと思ってもいた。・・・だがな、結婚は一生の大事だ。可愛い、大事な娘を嫁って、本当に大丈夫か確かめるのは親の責任だ。いくらなんでも、有名になって浮つくようじゃあ、いくら仕事が出来ても娘はやれねえ。当たり前だろ。」
「・・・。」
「お父さん・・。」
「あなた・・。」

小五郎が時折遠方に出てたのが、実はそういう理由からだったとは。
蘭も、調査対象だった新一も(全く身にやましいところは無いが)驚いた。

「そういうワケで、この1年間。重箱の隅から隅までしらみつぶしに突いてみたんだけどよ〜。つまんねえ事に、何も出てこねえんだよな〜。」
「・・・。」
「普通オトコならなぁ〜、綺麗な姉ちゃんに惑わされりゃあ、ちったあ鼻の下伸ばして浮つくモンなんだよ。なのに、コイツにはソレが全っ然、無え!時々、チームの先輩に誘われてメシ屋に連れてかれてたんだが、(来店に気づいたミーハーな)綺麗どころが寄り付いてきた時はどうするかって、かな〜り注意して(楽しく興味を持って)見てたんだけどよぉ〜。コイツときたら、まあ、そっけねえったらありゃしねえ。いかにも“営業用”って顔しかしねえんだかんな。あまりにアンマリなもんで、逆に見てるこっちが心配になってきてよぉ〜。ちったあ遊べ!って思ったくれーだ。」
「あなた?!」
「ちょっ、お父さんっ?!」
「お、おっちゃんっ?!」

だが、調子が乗ってきたのか、相当饒舌に語る小五郎の“呆れ半分の本音が雑じった発言”は、英理と蘭、そして言われっぱなしになっている当人である新一の度肝を抜いただけでなく。思いっきり愛妻と愛娘の地雷を踏んでしまったのであった。

「あなたっ!一寸!言ってる事が、てんでバラバラじゃないっ!新一君に浮気をしろって言うの?!」
「そうだよ、お父さん!いくらなんでも酷いよっ!」
「(あっちゃあ〜っ。・・おっちゃん。言ってる事が、本末転倒してねえ?)」

結果。小五郎は妻と娘に激しい口撃を喰らい。新一は、内心で頭を抱えた。

「お、オイッ!英理も蘭も、一寸落ち着け!オレが言いたいのはなあっ!」

さしもの小五郎も、妻と娘に一度に激しく攻め立てられ、今の自分の言い回しが“非っ常〜〜〜に”不味かったと悟らざるを得ず。

「「言いたいのは?!」」

妻と娘に鋭い視線で睨まれて、まさに針山の上。冷や汗タラタラ。
叫ぶように、続きの言葉を放った。

「オレが言いたいのは、誘惑にわき目も振らねえ新一が、大したヤツだって事だよっ!」
「「「・・・えっ?!」」」
「・・・だから、オレは新一になら、蘭をやっても間違いは無えだろうって、実際に確かめて思った。そう言いたかったんだよっ!」
「「「・・・。」」」

小五郎が、ゼエゼエと肩で息をしながら絶叫したのを受けて、英理・蘭・新一は目を瞠り。
顔を見合わせて。
もう一度、小五郎を見詰めた。

「・・・まあ、大事な娘をやる相手としては、まずまず。・・・及第点だな。」

3人の視線を受けた小五郎は照れくさそうにそう言うと、英理が酔い覚ましに淹れたお茶を一気に飲み、ホ〜ッと息を吐いた。

「・・・新一君。」
「新一。」

この言葉の意味を悟った英理と蘭は、嬉しそうに頬を紅潮させて新一を見詰め。

「おっちゃん・・・。」

当の新一は、自分が“仕事だけでなく日頃の行いの面からも小五郎に認められた”と悟って。

「ありがとうございます!必ず蘭を幸せにします!」

嬉しそうに微笑むと、改めて深々とお辞儀をした。



この後。義父子になるんだからと陽気に酒(ビール)を勧める小五郎だったが。
新一は未成年だからと厳しくたしなめる英理と蘭に阻まれて、出されたノンアルコールビールにケチをつけ。
英理に、たまには肝臓を休めるよう更に厳しく言われて、ひと悶着あったが。
それも何とか収まって、そのまま英理のマンションで一家団欒の夕食を囲んだ新一は、しみじみと、正式に結婚を認められた喜びをかみ締めるのであった。









その次の日(5日)。


『まあ、小五郎君のお許しが出たのね!新ちゃん、蘭ちゃん、おめでとう!』
「ありがとうございます。至らない私ですが、これからもよろしくお願いします。」
『まあまあ、そんな畏まらないでもいいのよ。もう母娘なんだから。・・・ところで、新ちゃん。あなたいつまでそっちに居るの?』
「冬休みギリギリいっぱい、11日の午後には大阪に戻ろうかと思ってるけど?流石に始業式に欠席するとマズイだろ。」
『んまあ!だったら、急いで帰国しなくっちゃ!色々話したいことがあるし。』
「へっ?!何で。電話じゃ無理なのか?」
『ええ、とっても無理ね。・・成田に着いたら、電話するわ。じゃあね!』
「お、おい、母さん!」

新一の予定を聞いて、当に鉄砲玉の勢いで帰国するという母の様子に、ただならぬものを感じる新一と蘭であったが。
その予感はあながち間違っていなかったと後になって思うのであった。

ともあれ。
双方の両親に認められ、晴れて婚約者となった二人は、新婚さんに入り用なものの下見でもと、杯戸ショッピングモールに出かけた。

「わあ、このお箸とお茶碗、素敵ねv。」
「ああ、そうだな。」
「このテーブル、いい感じ〜v。」
「そうだな、悪くないな。」
「食器棚は・・ねえ、これなんかどうかな?使い勝手がよさそうだし。」
「どれどれ。・・・へ〜っ、なるほどね。蘭は、こういうのが好みか?」
「ん〜。好みっていうか、何だかいい感じだな〜って思ったの。」

万事この調子で、ラブラブなオーラを放ちながらある程度の品定めをした二人は、モールにある“蘭おすすめのカフェ”で休憩を取ることになった。

「へぇ〜、確かに、お前が好きそうな店だな。」
「えへっv。でも此処は、きっと新一も気に入ると思うよ。ケーキやお茶もだけど、珈琲も美味しいから。」
「それは楽しみだな。」
「ふふっv。」

そんな会話を交わしながら席に着きかけた二人に、近くの席から声がかかった。

「あれ?工藤君じゃないですか。」
「ええっ?!蘭っ?!」
「「えっ?!」」

其処に居たのは、伊豆に帰省中のはずの真と園子であった。




to be countinued…….




(13)に戻る。  (15)に続く。