レジスタ!



By 泉智様



(15)



「あれ?工藤君じゃないですか。」
「ええっ?!蘭っ?!」
「「えっ?!」」

杯戸ショッピングモールの喫茶店に入った新一と蘭に声を掛けたのは、伊豆の実家に帰省中のはずの真と、園子だった。
驚きつつもウェイトレスに相席を申し入れて真と園子の席に椅子を加えてもらった新一と蘭は、オーダーを入れると、驚きを隠さずに二人を見つめた。

「吃驚しましたよ、まさか今日ここで京極さんに会えるとは思ってませんでしたから。」
「私もです。実は今日、高校時代の恩師のお宅に挨拶に行くことになってましてね。ちょっと早めに家を出て、そ・・否、鈴木さんにお声を掛けさせていただいたんですよ。それで此処へ。・・工藤君こそどうして?」

照れ屋の真の口からサラリと“園子をデートに誘った”という趣旨の台詞が出た気がすると思ったが、そのへんを突っ込む前に自分たちへの質問がなされてしまったため、新一は真同様匂わせる発言できりかえした。

「単なるウインドーショッピングですよ。・・・今日のところはね。」
「今日のところは?ってことは・・・ハッ!蘭、もしかして!ちょっと、新一君!」

だが、それだけで、新一と蘭の仲をよく見てきた園子には通じたらしく。
いくぶん頬を染め、ニッコリ微笑んでうなずいた親友二人の姿に、園子はみるみる瞳を潤ませた。

「おじさん、許してくれたんだ〜。よかったねえ、二人とも!」
「サンキュ。」
「ありがと、園子。」
「よかったぁ〜、二人がまとまってこんな嬉しいことないよぉ〜。」

感極まって蘭に抱きついて涙を流す園子に、周りの席から窺うような視線が投げかけられた。それに気づいた蘭が、なんとか園子をなだめて席に着かせると、園子はハンカチで目元を押さえつつ新一を見つめ、ニマッと笑った。

「つまり、今日は新婚生活に必要な備品の下見に来たってワケね。じゃあ、もう住むところを決めちゃったの?」
「んなワケねえだろ。休みに入ったのが一昨日の午後でお許しをもらったのが昨日。何もかもがまだこれからだよ。」
「ふう〜ん。元日の試合の帰り道で聞いたけど、おじ様たち、確か今日はまだLAでしょ。報告した?」
「ああ、今朝、電話でな。」
「そっかあ〜。おば様喜んでらしたでしょ。」
「ああ。狂喜乱舞して、直ぐ帰る!って電話を切りやがった。早けりゃ明日の夜にでも飛び込んでくるんじゃねえ?」
「ふ〜ん。じゃあ、遅くとも明後日からはてんやわんやの大騒ぎってワケか。ってことは、今日は、そういう意味でも本当に貴重なオフってワケね。」
「そういうこと。」
「それで今日は普通のカップルらしく『“あっ、これ素敵ィv”って蘭が言うたんびに、アンタは鼻の下を伸ばしながら“ああ、そうだなv。お前のセンスはホント良いなv”な〜んて言って!』公衆の面前でもお構いナシにイチャイチャとデートをしたんでしょ?」
「おい、園子!変な妄想炸裂させんな、バーロ!誰の鼻の下が伸びてるって?!」
「アンタに決まってるでしょう?他に誰が居るっていうのよ。」

この調子で暫く新一と園子が遣り合っているのを、蘭はいつものことと苦笑し、真は呆気に取られてみていた。

「京極さん、すみません。うるさくしちゃって。あの二人が顔を合わせると、いつもああいう感じなんです。」
「いえ。工藤君と毛利さん、結婚されるんですね。おめでとうございます。」
「ええ。チームへの報告はまだこれからなんですけどね。」
「そうなんですか。でも、秋の一件(新一の怪我入院と蘭の付き添い)がありますし、監督もチームの皆も予想してたというか・・喜んでくれると思いますよ。」
「そうですか、ありがとうございます。」

自分たちがいつものようにバトってる間に蘭と真がほのぼのと話をしているのに気づいた新一と園子は、互いを一瞥しただけで休戦協定を結ぶと、それまでの舌戦が嘘のように、仲良く二人の話に加わった。

「そうよ、蘭。おめでとう。」
「ありがと、園子。・・・で、ちょっと聞きたいんだけど。二人って、いつの間にくっついたの?」
「「えっ///?!」」
「だって、園子たちもデートなんでしょう?天皇杯のノワールとの試合を見に行った時は“まだ”っぽかったのに。いつの間にくっついたの?!」
「お、オイ、蘭。」

いつもからかわれている反動か?!珍しく身を乗り出して園子を追求する蘭に、新一も園子も驚いた。

「い、いつの間にって、蘭///。」
「親友の私たちの間に隠し事はナシよねぇ、園子。」

じりじりと半目で迫ってくる蘭に頬を染めて困り果てた園子は、真にSOSを出した。

「そのへんにしておけ、蘭。園子は兎も角、京極さんが困ってるだろ?」

その様子を見かねた新一が蘭の手を取って引き寄せ。そんな新一の気遣いに微笑んだ真が、園子をチラリと見やると、新一と蘭に向かって口を開いた。

「今日ですよ。」
「「えっ?」」
「だから、今日から、なんです。・・此処に来る前に杯戸神宮に立ち寄ったのですが。そこで私から告白しましてね。きちんとお付き合いをさせていただくことになったんです。」
「「ええ〜っ!」」



  ☆☆☆



時を遡ることおおよそ一日半前。
新一と蘭が結婚を許されて、一家団欒のひと時を過ごしている頃。

米花町1丁目のお屋敷街の中にある鈴木邸の中の一室で、電話の音が鳴り響いた。

「も、もしもし。・・・!ま・・真さん!」

春に京都駅で電番を渡してから、時折真と電話のやり取りをするようになった園子は、いつの間にやらお互いをファーストネームで呼び合う仲になっていた。
初対面のときから、互いに相手に好意を抱いているのは察していたが。シーズン中は真は仕事に、園子は受験勉強にと忙しく。二人は、新一と蘭がらみ以外で顔をあわせる機会などないまま、年を越した。
其処に、イキナリの、真からの電話である。
園子は高まる心臓を必死に静めながら、受話器を握りなおした。

「えっ?!明日?!」
『ええ。明日の夜、高校時代の恩師に挨拶に伺うことになってまして。園子さんの都合がよろしければ、その前にお時間をいただきたいと思いまして。・・・いかがですか?』

いつもの電話ごしの会話は、どちらかというと、園子が一方的に色々な話題をまくし立てていたので、今回のような真からのお誘いという形は想像だにできるものではなく。舞い上がり、ショート寸前になった園子は、しばしボーッとしてしまったのであった。

『もしもし、園子さん?もしもし?』
「・・・。」
『あの・・ご迷惑でしたら、無理には・・・。』
「(ハッ!)む、無理なんかじゃありません!ぜ、全然大丈夫!暇ですから!行きますっ!」
『・・・・・。』
「ま、真さん?・・・もしもし?」
『(プッ)あ・・スミマセン。嬉しくて・・・直ぐに言葉が出なかったんです。』
「真さん。」
『ありがとうございます、園子さん。明日、楽しみにしてますね。』
「はい///。」
『では・・・。』
「ち、ちょっと待って!どこで待ち合わせるの?!」
『あ///、私としたことが、失念してました。そうですね・・・11時ごろに杯戸駅で、ということで如何ですか?』
「11時に杯戸駅って・・。真さん、伊豆から出てくるんでしょう?大丈夫なの?」
『大丈夫ですよ。高校3年間、杯戸町に居たんですから、土地勘はありますし。一応、川品駅に着いたら、携帯を鳴らしますので。では。』

通話が終わった受話器をしばし呆然と見つめた園子は、ハタと我に返ると、大慌てでクローゼットをひっくり返し始めた。

「あ〜ん、これは真さんと一緒に歩くには派手かな〜。こっちは・・う〜ん。いや、こっちは・・・。あ〜っ、決まらない〜っ!」

頭を抱えて明日の勝負服をコーディネートする園子の苦悩は、その日の夜遅くまで続いたのであった。

そして迎えた翌朝。

「げげ〜っ!9時?!マジでヤバいよ〜っ!」

コーディネートに時間を掛けすぎて寝坊した園子は、大慌てで軽く朝食を済ませて身支度を整えると、真と待ち合わせ時間の5分前に杯戸駅に到着した。

「!(嘘、もう来てるよ・・。)」

駅前の広場で、軽く度が入った眼鏡を掛け、足元に小さなボストンバッグを置き、本を片手にたっている真の姿は、町を行く女性たちの目を惹くほど格好よくて。
園子はしばし声を掛けるのも忘れ、見惚れてしまった。
視線に気づいた真が、顔を上げて園子に微笑みかけ、歩み寄って園子に声を掛けるまで、である。

「園子さん、お呼びたてしてすみませんでした。・・園子さん、園子さん?」
「(はっ///!)は、はいっ!・・・あ・・。遅くなっちゃってごめんなさい。待ったでしょう?」
「え?・・まだ11時前ですよ。私もつい今しがた着いたところですし。では、行きましょうか。」
「は、はいっ///。」

荷物を駅のコインロッカーに預けた真は、園子が歩きやすいよう気遣いながら、杯戸神宮へと足を向けた。

「この道・・・杯戸神宮への道だよね。」
「ええ。実はまだ初詣をしてないので、この機会にと思いまして。・・高校生の頃は、よく神宮周辺をジョギングして。願い事があるときは、いつもお参りに行ってました。」
「そうなんだ〜。じゃあ今年の願い事は、ズバリ連覇?」
「そうですね。でもそれはこれからの過ごし方次第で決まりますから。」
「ふ〜ん。・・ってことは、違うんだ。じゃあ、何を祈ろうと思ってるの?」
「秘密です。」
「え〜っ?気になるじゃない。」
「お参りする前に言ったら、叶わなくなりそうで怖いですからね。内緒です。」
「つまんないの。」
「スミマセン。・・そういえば、園子さんは、もう初詣は済まされましたか?」
「うん。家の行事として一回。蘭や志保や学校の友達と一回、の二回かな。私はもう進学先を決めたけど、まだこれから受験っていうコは多いからね。激励かねて必勝祈願してきたってワケ。」
「それはお友達にとっては心強いでしょうね。工藤君から毛利さんが推薦を決めたとは伺ってましたが、園子さんもでしたか。お二人とも成績優秀なんですね。」
「アハハ。蘭は兎も角、私はそうでもないよ。それに、成績優秀ってったら、志保だし。」
「志保・・さん?」
「真さんも会ってるでしょ?比護さんの彼女よ。」
「ああ、阿笠さん。彼女はまだ決まってないんですか?」
「うん。志保は医学部志望だからね。本命の改方学園大と、学校に泣き付かれて東都大を受けることになってる。だから、これからが大変よね。初詣に連れ出すのも苦労したもん。ああ見えて志保、意外とデリケートだから、根をつめすぎないか心配なのよね〜。」
「そうですか・・。でも、きっと大丈夫ですよ。園子さんや毛利さんたちが祈ってるんですから。」
「だといいけどね。」

こんな調子で話を弾ませていると、駅から神宮までの(およそ20分ほどの)長い道のりも、あっという間に過ぎ去ってしまった。

「かは〜っ。正月ももう5日だってのに、流石に凄い人だね、此処は。」
「(苦笑)ですね。・・園子さん、お手を失礼します。」
「えっ///?」
「人ごみで逸れては不味いですから。」
「あ、ハイ///。」

手を繋ぎながらゆっくりと人ごみの中で順番を待ち。
並んで拍手を打って合掌しながら。園子はそっと横目で真を窺った。

「(ホント、カッコイイよね///。)」

真剣な面持ちで何がしかを祈る真の横顔は、凛としていて。
その空間だけが、喧騒の中にあって静謐で。

ここまで真が真剣に願うことは何なのか。園子は気になって仕方がなかった。



  ☆



「お待たせしました。行きましょうか?」
「はい。」

お参りを終えた真は、人ごみの中を、園子の手を取りながらゆっくりと降りていった。

頼もしい大きな背中に、大きくて暖かい手。
園子は、行き交う女性たちが(男連れでも)振り返って見惚れてしまう彼に手を取られているのを誇らしく思う一方で、どうして真にとって大事な場所に一緒に行く相手に自分が選ばれたのかが気になって仕方がなかった。

人ごみを抜けたところで足を止めた真は、そっと手を離すと、園子と向かい合うように立った。

「窮屈な思いをさせて申し訳ありませんでした。どこか気分が悪くなられたとか、ありませんか?」
「ううん、大丈夫よ。」
「そうですか、良かった。」
「・・・ねえ、真さん。一つだけ、聞きたいことがあるんだけど、良い?」
「ええ、もちろんです。なんなりと。」
「・・・どうして、真さんにとって大事なこの場所に私を連れてきたの?」
「園子さん。」
「さっきも、一生懸命お参りしてたし・・・。あんな一生懸命にお参りしているところに私なんかが一緒で本当に良かったのかな〜って・・・。」
「・・・。」
「ご、ゴメン!変なこと聞いちゃって。・・忘れて!」

不安をごまかすように背を向けた園子の後姿を見た真は、そっと園子の肩を掴んだ。

「・・・勇気が欲しかったんです。貴女に好きだって告白する。・・・・・だから、真剣に祈りました。」

真のこの言葉に目を瞠った園子は、振り返ると、思いっきり真の腕の中に飛び込んだ。


「私は、身の程知らずかもしれません。でも、どうしようもなく貴女に惹かれてしまった。貴女の明るさ、友達をひたむきに思う優しさ、思いやり、全てに。・・・2年前、初めて貴女を見初めた時から惹かれてました。工藤君の友人だと知った時は驚きました。春に出会って、電話番号を教えてもらった時は、天にも昇る心地だった。・・・昨日は・・必死だった。今日は・・・貴女の顔を見るまで、怖くて怖くて仕方なかった。」
「私だって・・2年前からずっと憧れてたよ。春の時だって、新一君と蘭をダシにして大阪に行ったんだもん。・・・真さんを直に見たかったから・・・。私も・・真さんが好き、大好き!」
「園子さん!」

ヒシと抱き合う二人は、周りのことなど目に入ってなくて。
遠巻きに二人を見る群衆の中に、偶然、園子の父の部下がいたのを知るのは、それからまだ暫く先のことだった。



  ☆☆☆



「おめでとうございます。流石、京極さん。決めるときはビシッと決めますね。」
「ありがとうございます。」
「園子、良かったね。おめでとうv。」
「ありがと、蘭。」

この後、二組のラブラブカップルは、お店自慢の美味しいケーキとお茶・コーヒーを楽しむと、それぞれにその場を後にした。

「園子、幸せそうだったね。」
「そうだな。」
「・・で、この後はどうする?蘭。」
「ん〜。食料品を買いだして、帰ろっか。新一、何が食べたい?」
「そうだな〜。蘭に任すよ。」
「んも〜、いつもそればっかり。・・・え〜っと、今冷蔵庫にあるものは・・・。」

冷蔵庫の在庫を思い返しつつ今日のメニューを吟味する蘭を愛しげに見つめながら新一は、真と園子がいつの日か、今の自分たちのような未来を迎える日が必ず来るだろうと思いをはせたのであった。









「新ちゃん、蘭ちゃん、たっだいまぁ〜っ!」
「ゲッ!父さん、母さんっ!本当にすぐさま飛行機に飛び乗ってきたのかよ?!」
「んもう!それが吉報を聞いて、遠路はるばる駆けつけた親に言う台詞?!・・・蘭ちゃん、こんなバカ息子でホントに好いの?」
「はい、もちろんです。これからもよろしくお願いします、お義母様。」
「///!んまあ!お義母様だなんて、お義母様だなんて!なんてイイ響きなのかしら!嗚呼、やっぱり娘って良いわぁ〜っvvv。こちらこそよろしくね、蘭ちゃん。新ちゃんが何かしでかしたら、ちゃんと言うのよ?直ぐに駆けつけてブッ飛ばしてあげるからね〜v。」

1月6日の夕食時。

蘭と二人でさあ、食べるぞ!という時に鳴ったインターホンに玄関に出てみれば、其処に立っていたのは、いつも以上にハイテンションな母といつも同様冷静な父の姿だった。
連絡を入れたのは日本時間の5日午前だというのに、すぐさま帰国してきた両親の行動力に、こういう親だと分かっててはいても、頭を抱える新一だった。

「母さん、ナニゲに物騒な事を吹き込むな。とりあえず、メシにしようぜ。まだ食ってねえんだろ?」
「そうなんだよ、新一君。有希子が早く帰るといって聞かなくてね。」
「当たり前じゃない。や〜〜〜っと、蘭ちゃんがウチの娘になってくれる日が来たのよ?これから結納にお式に、色々決めなきゃならないことが沢山あるんだもの。LAでノンビリなんかしてられないわ。」
「ハハハ。まあ、確かにそうだがね。時に新一君。チームには報告をしたのかい?」
「ああ。とりあえず今日、昼のうちに電話したよ。冬休みあけの12日にチームとして報告会見することに決まったから。」
「そうか。」
「さあ、食べましょう。」
「いただきます。」

この後。とりあえず、蘭お手製の美味しい料理を終えるまで、込み入った話はなされず。
新一・蘭二人共に驚く事実が告げられたのは、食後のお茶が入った時だった。

「・・・なんだ、コレ?」
「見てのとおり、マンションの契約書。あなたたちの新居よ。」
「「・・・はあっ?!」」

秋に新一が負傷入院した折、蘭と一緒に有希子も付き添ったのだが。
その際、大学病院とチームの施設から程近い距離に、マンションの建設案内とモデルルームがあった。それを見て考えるところのあった有希子は、新一の世話を蘭に任せている間にひとりモデルルームを見学し、色々話を聞き。優作を説得すると、マンションの契約をしてしまったのである。

「大丈夫よ、名義は優作だし。新ちゃんに余分な負担は掛からないから。」
「〜〜〜#。そういうことじゃねえだろ!二人ともLA暮らしなんだから、今更日本で新しく不動産を持つ必要なんてねえじゃねーか!なんだってこんな無駄遣いを許したんだよ、父さん!」
「まあまあ、新一君。落ち着きたまえ。」
「これが落ち着いてられっか!」
「確かに有希子の行動は行き過ぎかもしれないが、それなりの考えがあってのことなんだよ。これからそれを話すから、それでも気に入らなければ、この契約は破棄すれば良い。・・どうかね?」
「・・・分かったよ。」

そう言った優作が有希子の提案を許した理由は2つだった。

一つは、優作の作品が近々映画化されることになり、その舞台が京都・奈良であること。

「“闇の男爵”シリーズ“迷宮の古都”のロケが近々始まる予定でね。作者である私も、時折現場を訪問する約束になっているんだ。だが、その都度LAや東都の自宅から通うのは辛いし、かといって毎回ホテルを探すのも疲れるからな。そこで、今は新一君の生活のベースが大阪にあることだし、新婚生活を邪魔するのは心苦しいが、ロケの間暫く世話になるのも悪くないかと思ったんだよ。・・・ただ、若い二人の収入だと部屋数も限られてくるから、君たちに気疲れさせてしまいかねないだろう?だから、互いのプライベートを確保できるスペースを・・と考えたときに、この物件は魅力的に写った・・ということだ。平たく言えば、私の別荘の管理人に君たちを指名する・・ということだね。」

そしてもう一つは、蘭の身辺の安全のため、だった。

「昨今の治安は芳しくないからね。とりわけ都会での女性の一人暮らしは、実に危険だ。新一君には、自分が居るから大丈夫じゃないかという反論もあろうが、君は将来を嘱望されるサッカー選手の一人として今後代表に招集され、長期にわたって家を空けることが多いだろう。げんに今月、ユースの(練習合宿)召集が掛かってるしな。・・君が出ている間、蘭君は一人きりで留守を預かることになる。正直なところ、オートロックシステムが完璧とは思わないが、それでも普通のコーポや戸建てを間借りするよりは、安心感があると思ってね。そうしたわけだよ。・・・新一君、どうかな?」
「・・・。」

両親が持ち出した理由の一つ目は明らかに建前で、本音は二つ目の方だろう。

愛娘を一人遠い街に出す小五郎や英理の気持ちを考えると、両親の気遣いは、ありがたく受け取るべきなのかもしれない・・・。そう考えた新一だが、それでも、これだけは譲れないというラインがあった。

「・・・分かった。話はありがたく受けることにする。」
「新ちゃん・・!」
「ただし、今から言う条件を呑んでもらえれば、だけどな。」
「条件?」
「ああ。」



  ☆☆☆



「・・・んもう、新ちゃんたら頑固なんだから!“其れ相応な家賃を支払わせてくれなきゃ、気がすまない”なんて、そんな他人行儀な。優作ったら、どうして了承したのよ。」
「・・税法上の問題もあるだろうが、家賃を払いたいというのは、あの子なりのケジメだろう。普通に考えれば、今のあの子の収入であの物件というのは、過分な環境だろうからね。」
「・・・。」
「有希子の気持ちは分かるが、ここはあの子の気持ちを汲んで、素直に受け取っておきなさい。受け取った後、それをどうするかはお前次第。・・・使う気はないんだろう?」
「当たり前じゃない。」
「・・・さしずめ、そのままあの子の将来(引退後)のために貯金する、といったところだろう?スポーツ選手は身体が資本だし。そういつまでも続けられるものではないからね。それでいいんじゃないか?」
「・・・優作///。」
「金額は、来季の新一君の年俸が決まったら、蘭君と相談して決めるといい。安すぎず、高すぎず、新一君が納得する程々のところでね。」
「・・そうね、そうするわ。」

かくして、家賃は(1月下旬ごろ)日を改めて決められ、書面で覚書を交わしたのであった。
ただ、有希子らが帰国した翌日(7日)。結納その他の日取りを決めた際に小五郎・英理にもこの話がなされたのだが。“有希子のすることだから”と耐性がある二人でも、この話に(新一同様)ぶっとんで驚いたのは事実である。

「じゃあ、結納は、新ちゃんがチームで報告会見をする前にしちゃいましょう。幸いなことに11日は大安だし。それで良いかしら?」
「・・そうだな。帰る時間をずらせば問題ねえし。」
「お式は・・分かりやすいところで、3月3日の桃の節句なんてどうかしらぁ?二人がお雛様みたいでイイと思わない?」
「・・・蘭はどう思う?」
「3月3日かあ〜。確かにお雛様みたいで良いかもv。」
「じゃ、それで行こう。あとは米花教会が空いてるか確認して・・。」
「米花教会?」
「ああ。あそこで結婚式をするのが蘭のガキの頃からの夢だったかんな。」
「新一・・。覚えててくれたの///。」
「・・・まあな///。」
「「「「・・・。」」」」

新一が覚えていてくれたという喜びに瞳を輝かせる蘭と、視線を逸らし、照れて頬をかく新一を、二人の両親はそれぞれの思いを抱いて見つめていた。
当然のことながら、“親の前でいちゃつくんじゃねえ”と一人フテていたのは小五郎である。

「じゃ、教会の空きがあるかどうか後で確認するということで。披露宴はどうする?有希子。」
「それがね!昨夜、園子ちゃんからお祝いの電話をもらったのよ。二人の式の予定がどうなってるか聞かれてねえ〜。その時に、できる限り協力するって言ってくれたのv。」
「あら、園子ちゃんが。ありがたいわねえ〜。じゃあ、とりあえず招待客をリストアップして、それから会場の目安を考えましょうか。」
「あらぁ、リストアップしなくてもおおよその見当はつくでしょう?数百人位収納できる大きい会場なら、問題ないんじゃないかしら。」
「ちょっと待てよ、母さん!何だよその大人数は!」
「あらぁ、新ちゃん。披露宴っていうのは、親が主催するもなのよ。優作や英理、それに新ちゃんの今後の付き合いがあるんだから、お客様が多くなるのは当たり前でしょう?」
「ぐっ・・。」
「さ〜あ、がんばるわよ〜っv。蘭ちゃんのお色直しは何回いけるかしらねえ〜v。園子ちゃんにアポを入れてくるわ。電話を借りるわよ、英理。」
「ヨロシクね、有希子。」
「OK♪」

主役の二人が文句を言う間もなく、二人の母親によってサクサクと事は進められ。
父親二人はバカでかくなりそうな出費に顔を引きつらせていた。

「新一・・。」
「心配すんな。お前が本気で嫌がるネタを出してきたら、徹底抗戦して拒否権発動してやっから。ちゃんと言うんだぞ。」
「うん///。・・・でも、大変なことになりそうだね。」
「ハハハ。・・まさかお義母さんまで、母さんと一緒にノルとは思わなかったぜ。」

引きつり顔の四人の前で、嬉々として精力的に準備を進める母二人なのであった。









かくして新一が帰阪する日の昼前に結納が収められ。
翌日にはビッグ大阪から新一の婚約発表が正式になされた。

挙式が3月3日と急なために“工藤選手、電撃婚のウラには婚約者の妊娠?!”説が飛び交い、新一と蘭を当惑させたのは事実である。









「プハハハハッ。“アンタの結婚が間近なのは、蘭が妊娠してるからでは?”って。ホント、マスコミの妄想力ってのはたっくましいわねえ〜。」
「・・・お前に言われたかねえよ#。」

1月中〜下旬のユースの練習合宿で仲間から手荒い祝福を受けた新一は、合宿終了後、段取りの確認をしに東都の園子の下を訪れていた。

「・・で、会場のことなんだけど、おば様から聞いた?」
「ああ。クイーンセリザベス号をチャーターしてくれるってな。本当に良いのか?」
「勿論!身内価格で提供するわよv。その代わり、ちょっとマスコミが入るし、宣伝を兼ねて演出がちょっと派手になるけどね。」
「後が面倒になったり、蘭がマジで嫌がるものでなければ、構わねえよ。」
「あのねえ〜、この園子様が、アンタを通じて大親友がイトコになるっていう晴れの日に、本気で嫌がることをすると思う?」
「・・・これまでにも他愛ないものは何度かあった気がするが?」
「ぐっ!・・いいの!笑って済まされたものは!」
「・・・自分には甘いな。」
「#!なんか言った?」
「別に。・・・で、どんな企画があるんだ?」
「ふっふ〜んv。じゃじゃ〜んっ!」
「ゲッ!“真田一三マジックショー”に“アースレディース一日限定復活ショー”かよ!いくらなんでも派手すぎねえか?!」
「仕方ないじゃない。この披露宴は、蘭の社交界デビューも兼ねてんだから。これでも地味なくらいよ。」
「・・・伯母上(園子の母)お気に入りのマジシャンに、お義父さんお気に入りのアイドルの限定復活コンサートか。主役の親が狂奔しそうなものを演って大丈夫なのか?」
「おば様が隣にいるんだし、大丈夫でしょ。」
「そうかな〜。」

有希子に英理、そこに園子がタッグを組んだとなると、どこまでも際限なく恐ろしい披露宴になりそうで。新一は、眉間をおさえた。

「・・こら!花婿がそんな顔してないの!」
「るせえ#。」
「ったく。・・そうそう、教会は大丈夫なんだけど。こちらの招待客は内輪だけでいいのね?」
「当たり間だ。披露宴は目一杯妥協してんだぞ。式ぐらい身内だけでやらせろっつうの。」
「(苦笑)話を聞いたクラスのみんなが出たいって言ってるけど。」
「2−Bのみんなか?なら、構わねーぜ。席は何とかなるだろ?」
「まあね。指輪の準備はした?」
「結納前に蘭と一緒に注文に行ったよ。じきに出来上がったって連絡が入るだろ。ドレスはどうなってる?」
「アンタが結納の際に納めたっていう生地で現在製作中よ。」
「ふ〜ん。デザインは?」
「当日までのお楽しみ。蘭はスタイルが良いから、どんなデザインでも似合うモンねえ〜v、羨ましいわ。そうそう、ついでにアンタのタキシードも注文しといたから、心配いらないわよ。」
「へっ?!いつの間に。」
「男性の衣装は、靴のサイズと身長・体重で決められるからね。アンタとおじ様のスーツを請け負っている洋品店にサイズの確認を入れてから発注したから、問題ないわよ。一応、仮縫いの際に連絡が行くようにしたから、よろしく。」
「・・・手回しが良いこって。」
「当たり前でしょ。アンタは代表だチームの合宿だ取材だ何だで多忙で、時間を空けろって言っても分刻みでキビシイんだから。・・・練習は順調?」
「オウ。怪我もなくバッチリ。京極さんも調子いいぜ。」
「だ、誰もそこまで聞いてないわよ///。」
「そうか?・・・開幕は3月末だから、お前の都合がつけば、招待するぜ?」
「あら。新婚家庭に泊めてくれるの?お邪魔じゃなぁい?」
「バーロ。今回の事。急な話なのに快く受けて、色々奔走してもらってるかんな。そのお礼だよ、お礼。」
「(クスッ)じゃあ、ありがたく受け取っとくとしましょうか。蘭にそう伝えとくわね。いい席用意しないと承知しないわよ。」
「おう。任せとけ。」

新一と蘭の結婚式に向けてさくさくと準備が進んでいる頃。
世間では受験戦争が本番を迎えていた。



そして、



「比護君、君に海外移籍の話が来てるんだが。」
「海外移籍?・・どこからですか。」
「スペインからだよ。」



オフならではの移籍話が、隆祐の下に舞い込んでいたのであった。




to be countinued…….




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