レジスタ!



By 泉智様



(17)



3月3日・桃の節句。

新一と蘭の結婚式は、暖かな春の陽気の素晴らしい朝を迎えていた。

「わあ〜っ、いい天気v。」

高校の卒業式の前の晩から自宅に戻った蘭は、独身最後の朝食の仕度をすべく早く起きだすと、家具納入から大阪で過ごしていた数週間のうちに、英理が週末だけでなくかなりの日数ここに立っているのが窺える台所の勝手の違いに気づいた。

「あれ?そっか・・・。(お母さん///。)」

この分だと、今日以降、二人の距離が益々縮まるだろうと確信した蘭は、嬉しそうに微笑むと、腕を振るった。

「ウン、上出来v。」

これまで(蘭が居るときでも)たまに小五郎が台所に立っていた時によく使っていた、封が切られていたインスタントの出汁の素ではなく。きちんと天然の材料を使って出汁をとった味噌汁のできばえに満足げに微笑みコンロの火を切った蘭は、並行して手際よく作ったおかずを皿に盛り付け。ちゃぶ台を出して箸と椀と皿を並べ。いつものようにおなべと炊飯器を所定の位置に置いた。

そして玄関の新聞受けに差し込まれている朝刊を取ると、小五郎がいつも座る位置に置いた。

「物音がすると思ったら・・・あらまあ、蘭。今日は忙しくなるんだから、朝ぐらい私に任せてゆっくりしてれば良かったのに。」

蘭が一通りの仕度を終えたところで英理が起きだして、蘭の手際のよさに感心したように驚いた。

「いいの。家族“3人”でご飯を食べるのは今日が最後になるんだもん。それに・・もうこの台所を使うこともないだろうし・・・。だから、私が作りたかったの。」
「蘭。・・・・・そうね、ありがとう。戴くわ。」
「どういたしまして。・・・お父さんは?」

だが、蘭は事もないように笑顔を返すと、起きだしてこない小五郎のことを気に掛けた。

「まだ寝てるわよ。・・たく、この晴れの日にいつまでもグズグズとだらしない。起こしてくるわ。」
「えっ?だったら私が行こうか?」
「良いわよ。私が起こすから。あなたはご飯とお味噌汁をよそっておいてくれる?」
「うん、分かった。」
「・・・。(これじゃあ、どっちが親(母)でどっちが子どもだか分からないわね・・・。)」

自分の意図に気づくことなく笑顔でご飯の盛り付けを始めた蘭に優しい笑みを向けた英理は、いつまでも狸寝入りを決め込んでいる小五郎と、朝の仕度で先をこされた自身に自嘲の思いを抱きながら部屋に入ると、ドアに背を向けている小五郎の肩に手を置いた。

「あなた、起きて。蘭がご飯の仕度をして待ってるわ。」
「・・・。」
「そうしてフテ寝してても、朝が来たことは変わらないのよ。・・・蘭の“娘”としての最後の心づくしなの。受け取ってあげて。」
「・・・分かった。」
「・・・先に戴いてるわね。」

寂しそうな小五郎の背に声を掛けた英理は、そういい残すと、そっと部屋のドアを閉めた。

「お母さん。お父さんは?」
「大丈夫。じきに起きてくるわよ。先に食べましょう?」
「えっ、でも・・・。」

英理の様子だと、小五郎が嫁ぐ前の挨拶を受けるのを少しでも先延ばしにしたくて、布団にくるまっているとしか思えず。箸を取るのをためらった蘭だが。

「おっv、今日は蘭のメシか。やっとまともな朝ごはんが食えるぜ。」
「お父さん。」
「#!アナタ・・・それ、どういう意味かしら?」

予想外にも小五郎はアッサリ起きだしてきて。ことさら明るい声と笑顔で自分の席に着くと、箸を取り上げてご飯をかきこみだしたので。英理と小五郎が目の前で朝っぱらから犬も食わない喧嘩を始めたにもかかわらず、蘭はどこかほっとしつつも、もう“毛利”蘭として食卓を囲む日は二度とないだろうという感傷を覚えて。今朝の食卓を、一家団欒の思い出として瞼に焼き付けておこうとするかのように、二人の喧嘩を止めるでもなく、微笑んで見つめた。

「「蘭?」」

そんな蘭の様子に気づいた小五郎と英理は、すぐさま喧嘩を止めると、蘭に向き直った。

「ううん。なんでもない。・・・それより、せっかく朝ごはん作ったんだから、冷めないうちに食べよう?ね?」
「そうね。」
「そうだな。」

ここで間が持たないと感じたか、小五郎がTVのスイッチを入れ。

《沖野ヨーコの朝生クッキング!》

タイミングよく響いた音声に瞳を輝かせた小五郎がデレデレする様に英理が眉をしかめつつ、朝のひと時が過ぎていった。

《以上、沖野ヨーコの朝生クッキングでした!》
《そういえば、ヨーコちゃん。今日は工藤選手の結婚披露宴に出席されるそうですね。わが局のカメラも入りますし、詳しい情報をお願いしますよ!》
《ハイv。任せてください!》


「そういやあ、今日の披露宴は、ヨーコちゃんの生ライブがあるんだったなあ〜vvv。楽しみ、楽しみっvvv。」
「#。・・・アナタ。今日は昼前に米花教会で挙式。それを済ませたら大急ぎで堤無津港へ移動してQ.セリザベス号に乗船して披露宴なのよ##。いつまでもデレデレとアイドルを眺めないで、さっさと食べて頂戴っ###!」
「ああ〜っ、ヨーコちゃんがあ〜っ!英理っ、オレの朝の貴重な楽しみを〜っ#!」
「・・・それで時間に遅れてセリザベス号に乗り遅れても知らなくってよっ#!」
「ぐっ・・!るっせえなっ、分かったよっ!」

ブラウン管の向こうのアイドルに現をぬかす小五郎に、嫉妬半分TVのスイッチをオフにした英理が小言を言っている間に、蘭は朝の片づけをてきぱきと済ませ。相変わらずな両親の喧嘩に肩をすくめつつ、自分の部屋で式に向かう仕度に入った。

「・・・もう、この部屋で暮らすことはないんだろうな。」

ドレスは既に教会に搬入されており。
メイク等々の関係で、もう出発の時間は迫っていた。

母が父と喧嘩別れして出て行って、涙にくれたこと。
悲しむ自分を慰め、元気付けてくれた新一の笑顔。
空手の大会で優勝を決めて、新一や園子や志保が喜んでくれたこと。
新一のプロデビューが決まって嬉しく思いつつ、夢に向かって歩く新一が自分の手の届かないところに行ってしまうようで悲しく思ったこと。
新一がビッグに移籍することになってショックを受けたその日。新一から告白とプロポーズを一緒にされて、天にも昇る心地になったこと。
捏造スキャンダルで傷ついてる新一に、容易に会うこともままならぬ距離を恨めしく思ったこと。
新一のケガ。看病。受験。そして新一のタイトル獲得。
二人で過ごした初めての夜。
皆に見守られ、祝われた卒業式。
両親に結婚を許されて迎えた、今日という日。

部屋を見渡しながら来し方を回想した蘭は、その思い出を大事にしまうように胸に手を当てて瞳を閉じると、しばしそのまま佇み。吹っ切ったように一つ息を吐くと、愛しげに机やベッドなどをなで。荷物を手に取り、部屋を出た。

一方、小五郎と英理のバトルの場は、二人の部屋に移されてからもなお続いているようで。
声色から、せめて今日ぐらいは小言を言いたくなさそうな英理と、今日は殊更にわざと言われるようにしている感じの小五郎の様子を易々と思い浮かべながら、苦笑半分、蘭は軽いため息を吐いたのであった。

「・・・もう!ホント、朝から手間のかかる!蘭のことをちゃんと考えて欲しいわ!」
「・・るっせえ!お前こそガミガミ煩えんだよっ!」

礼服を纏い、出かけるばかりになった小五郎だが。
いざ、居間で待つ蘭の姿を視界に捉えると。この後聞くことになる挨拶を受けたくないのか、ちゃんと正座している蘭に向かいあうのを渋って英理に無理に手を引かれ。渋々ドカッと胡坐をかくと、わざと視線をそらして居心地悪そうにしたのであった。

「・・お父さん、お母さん。今日、私は嫁ぎます。でも・・ずっと二人の娘だから・・、新一と二人で必ず幸せになるから・・心配しないで見守ってください。・・今までありがとうございました。」

そして三つ指突いてちゃんと挨拶した蘭の声を聞きながら、20年近く昔に英理の父が味わった思いがどういうものだったか今更のように思いをはせ、ぎゅっと膝の上でこぶしを握り締めたのであった。

「・・・普通、イヤになったら帰って来いって言うんだろうが・・・。」
「(あなた?)」
「(お父さん?)」
「幼馴染で十何年付き合って、なお離れず、結婚しようというお前たちだ。お互い、相手の良い所・悪い所ひっくるめて好きになって、これから先、一生、付き合うと決めたんだろう。」
「「・・・。」」
「オレは・・オレ達は・・オレ達も幼馴染だが。結婚前から、互いにこう・・言いたい事は開け放しに言っちまう性格なのは分かっていた。でも、今まで続いてきたし、俺たちはこういう組み合わせなんだから、これで大丈夫だと思っていた・・否、大丈夫だと思い込んでいたんだろうな。でも・・一緒に暮らして、10年近くお前に辛い思いをさせることになってみて初めて、それが“甘え”だって分かった。」
「(・・あなた。)」
「蘭。」
「はい。」
「幼馴染を十何年やってても、一緒に暮らしてみねえことには分かんねえことが山ほどある。いいシュミレーションになると思って、正月から数日と荷入れしてから少しの間、新一と過ごさせてみたが。どうだった?やっていけそうか?」
「お父さん。」
「やっぱり無理だと思ったなら、今から式をキャンセルしてもいいんだぞ?」
「!ちょっ、アナタ?!」

身を乗り出して真剣に娘に迫る小五郎の姿に、まさかこの期に及んで娘を出し渋っているのかと焦った英理だったが。そんな焦りも、蘭の満面の笑顔と返しで、見事に消え去った。

「大丈夫v!無理だって思うなら、最初からプロポーズを受けないし、大阪の大学に行きたいなんて言わないよ、お父さんv。新一は15歳から一人暮らししてて、私、ちょくちょく様子を見に行ってたでしょう?だから、普段はどんな風か、今更確かめなくても分かってるよv。それに、お父さんが言う“お試し期間”だって、問題なかったしね。大丈夫v。」
「蘭。」
「だから、心配しないで。ただ単に“親しき仲にも礼儀ありってことを、肝に銘じておけ”って言いたいだけでしょ?」
「ちっ、違わぁ!オレは・・・。」
「“別居のきっかけとなった喧嘩の反省も踏まえて、これからはお母さんとうまくやっていくから、心配するな。さっさと新一のところへ行きやがれ”って言いたいんでしょ?」
「ぐぐっ!」
「蘭。・・・アナタ。」

蘭の見事な返しが図星だといわんばかりに小五郎の顔が赤くなっていて。英理は、自分が思っている以上に蘭がオトナになって、今日、巣立っていくのだと今更ながらに実感し。目頭が熱くなるのを感じたのであった。

「・・たく。コレを使え。」
「アナタ・・・。ありがと。大丈夫よ。」
「ケッ、それが大丈夫って顔か?今から泣いて、これからどうすんだってんだ。」
「煩いわね。準備であわただしかったから、やっと蘭が巣立っていくって実感が湧いてきただけよ。でもご心配なく。今日はボロボロ大泣きすることが確定してるアナタを何とかシャキッとさせなきゃいけないんだから、それどころじゃなくなるわよ。」
「ケッ、強がりも休み休み言え。」
「強がってるのはどっちよ。」
「・・・。(お父さん、お母さん)」

しんみりしかけた空気が英理の掛け合いの中で消えていって。改めて蘭に向き直った小五郎は、腹をきめた顔で口を開いた。

「蘭。・・・絶対、帰ってくんじゃねえぞ。今日からお前の居場所は、新一のところだ。新一と二人で、幸せになれ。」
「お父さん・・!」
「分かったな。」
「・・・はいっ!」

ここに至っていよいよ嫁ぐ実感をかみしめた蘭の瞳に涙があふれ。
そんな娘をこれが最後とばかりに抱きしめる英理と小五郎だった。



  ☆☆☆



その頃。新郎の新一は、目覚まし時計とおりにきちんと起きると、淡々と朝食を取り。服装を整え。新聞を広げ。落ち着いた様子で出発時間までのひとときを過ごしていた。

かたや有希子は早朝から起きだして食事の仕度を手早く済ませると、自身の仕度にたっぷり時間をかけていた。

「母さん、メシ食ったのか?」
「ええ。簡単に食べたわよ。」
「もうすぐ出発の時間だぜ。蘭のメイク、母さんがするんだろ?準備できたか?」
「待って、あと少しっ・・と・・・ん!できた!」

下のリビングから階上のドレッサー室に向かって声を張り上げつつ歩を進めてきた新一は、誰が主役だか分からないくらいに綺麗にメイクアップを済ませた、鏡に映る母の顔を、少々呆れ顔で見つめた。

「・・・今日の主役は誰だよ。気合入れすぎなんじゃねえ?」
「そう?これでも十分!控えめにしてるつもりなんだけど。」
「有希子、新一君。そろそろ時間だよ。・・・ふむ、有希子。綺麗だよ。今日結婚する息子が居るとは思えないくらい美しい。惚れ直したよ。」
「うふv、ありがと、優作vvv。」
「へいへいへい。・・ったく、その今日結婚する、年頃の息子を前にいちゃつくなよな。」
「あらぁ〜。新ちゃんだって、蘭ちゃんには“今の優作の台詞以上に歯の浮くようなコト”言ってのけるくせに。」
「うぐっ///!」
「ウフッ♪さぁて、行きましょうか。・・・そうそう、新ちゃん。」
「何だよ。」
「これから蘭ちゃんをとびっきり綺麗にしてあげるから、今日は思いっきり見惚れて頂戴ねv・・・って、いつも見惚れてるかv。」
「母さん///!」
「はははっ!さあ、二人とも会場に向かおうじゃないか。あまりに花嫁を待たせて逃げられては困るだろう?」
「それもそうね。・・・まあ、新ちゃんならすぐさま走って連れ戻してきそうだけどv。」
「なっ///!」

朝っぱらから新一をからかい倒しつつ車で挙式会場の米花教会に向かった工藤夫妻は、教会の駐車場に着いてエンジンを切り、さあ降りるぞ、という時、新一が言った一言に目を瞠った。

「父さん、母さん。今日まで色々ありがとな。」
「・・・新ちゃん?」
「・・・。」
「その・・14で一人暮らしを認めてくれたこと。まだ18で仕事でもまだかけだしのオレなのに結婚を許してくれて・・新しい生活を作るのに協力をしてくれたこと。何より、蘭と同じ年に、こんな身近で過ごせる距離で産んで育ててくれたこと、全部・・・ありがとな。」
「新ちゃん///。」
「今日から、蘭と・・小五郎のおっちゃんに英理さんと、家族が増えるし、責任も増える。今日からオレは“大人”と同じ扱いを受けるんだからな。・・・蘭とオレ達の両親に恥じないよう、今日からより一層がんばって、蘭とオレ達の幸せを守る。そして、蘭と一緒に、父さんと母さんみたいにいつまでも仲良くて明るい、幸せな家庭を築いていくよ。今日までありがとう。・・・あと、これからもイロイロ世話をかけることになるだろうけど・・よろしくな。」
「・・・新ちゃん///。」
「・・・そうだな。今日からお前が帰るのは私たちのところではなくて、蘭君のところになるからな。妻に見捨てられたら、男はみじめだぞ。そうならないよう、しっかり蘭君を大事にな、新一。」
「ああ。・・・・・じゃ、ちょっと神父さんに挨拶してくるから、先に行くな。」
「ああ。また後でな。」

思いがけず息子から言われたお礼の言葉に涙ぐんでしまった有希子は、挙式前だというのに、思い切りハンカチを濡らしていた。

「・・・もう!どうせなら家に居るときに言ってくれたら。こんな顔じゃ蘭ちゃんに心配かけちゃうじゃない///。新ちゃんたら、もうっ///!可愛くない減らず口ばかりって思ってたら、こんなイキナリ・・(嬉しいことを)・・!どうしてこんなに優作に似て気障で、イキナリで間が悪くって・・優しくて可愛いいのよっ///!」

式の準備にあたって目まぐるしく駆け回る自分に比して、新一がめんどくさそうにしているのが歯がゆくて。家を勝手に準備したのは余計で、新一のプライドを傷つけてしまったのではと内心気がかりで。蘭が娘になるのは嬉しいが、それでも、世間感情からすれば早い方の部類に入る結婚に、もう息子が巣立ってしまったのだという、さびしい気持ちもあって。
そんな想いを抱えていたのだが。そっけないそぶりでも、新一はそんな自分の気持ちを分かっていてくれたこと、自分たちが息子にとって“幸せな家庭・夫婦のお手本だ”と言ってもらえたことがどうしようもなく嬉しくて、幸せでたまらなくて。

いささか自分に対する八つ当たりが入っている気がする台詞を聞きながら、うれし涙を流す有希子の肩に手を回して抱き寄せた優作は、有希子の肩をポンポンと慰めるように優しく叩きつつ、感慨深げに息を吐いた。

「この18年間・・いろいろあったな。4年前、新一を一人暮らしをさせるかどうかでものすごく悩んだが。・・・でも、今となってみれば“結果オーライ”だった、ということのようだな。衣食に事欠かせることはなかったが、それでも、あの決断をしたお陰で、新一は“家族の存在・家庭の雰囲気のありがたみ”を知ったんだろうしな。今になって思えば、14歳のあの日の決断が、あの子にとっての成人の儀式だったんだろう。そう考えれば、この年での結婚もちょうどいいといえば言えるのかもしれないな。」
「・・・(クスッ)そうね。」
「・・・となれば、次は“新メンバー”はいつか?ってことになるが。これは、蘭君の勉学のこともあるし、暫く先だろうねぇ〜。まぁ、若い二人だからそう焦る必要はないのだが。」
「え〜〜〜っ?!暫く先なの?!つまんなぁ〜い!」
「つまらないって・・・有希子。」

慰めるつもりが、自分の不用意な発言で、とんだ方向に有希子の気持ちを飛び火させてしまったと焦る優作だったが。それは、タイミングよくドアの窓ガラスをノックした新一によって、すぐさま鎮火されたのであった。

「母さん。ついさっき蘭が着いてさ。控え室で待ってるんだ。落ち着いたんなら、急いでくんねぇ?」
「まぁ。あらやだ、私ったら///!分かったわ、すぐ行くから!」
「・・・。」

蘭が待っていると聞いた途端、優作の手を振りほどき。大慌てでトランクからメイク用具一式を取り出して控え室にダッシュした有希子を、運転席の優作と運転席ドア側に立つ新一は、呆気に取られて見送った。

「やれやれ。・・・父さん。」
「・・・ありがとう、新一君。」

優作のためにドアを開けた新一は、もう一度トランクを開けて忘れ物が無いか確認すると、優作と花婿控え室へと向かった。

其処には花嫁控え室を追い出された小五郎が待っていて。
優作が小五郎を誘い出し、外で来客の応対と世間話をしている間に新一は仕度を済ませ。タイミングよく訪れ始めたクラスメート等、所謂“内輪”の招待客の祝福を受けながら、挙式までの時間をつぶしたのであった。





それから1〜2時間ほどして始まった式は、厳かに進められた。

式本番まで花嫁の姿を見てはダメ!と園子・有希子らにブロックされた新一は、式開始前に花嫁・花婿が入る控え室でようやく顔を合わせた。

「蘭・・・。」
「新一・・・。」

蘭のまばゆいばかりの美しさと、新一のりりしさに互いに見惚れあった二人は、式を取り仕切る神父さんの咳払いで我に返るまで、余人を眼中に入れることはなかった。

神父さんより式前の話を聞いた二人は、部屋を出ると写真を撮り。その場でカメラを持って待ち構えていた参列者のみんなに祝福を受けた。

「では、そろそろ・・。」
「「はい。」」

式の開始の声掛けに、新一と参列者は会場に入り。その場には蘭と小五郎が残った。

「蘭。」
「うん。」
「・・今朝、家でも言ったが。幸せになるんだぞ。」
「はい。」

高らかにオルガンの音が鳴り響き。ドアが開かれ。
蘭は、新一が待つ祭壇の前へ、しずしずと歩を進めた。

「新一。蘭を頼んだぞ。」
「はい。」

そして小五郎から新一へと蘭が渡され。二人は祭壇に立ち、神父と向かい合った。
二人ともに迷いのない声で誓いの宣誓をし、指輪を交換。
そっとヴェールを上げた蘭の美しさに見惚れた新一が、そっと、蘭に優しく誓いの口付けをし。
長年二人を見守ってきた園子や二人の両親、クラスメート等は、幸せそうに微笑み会う二人を、感涙にむせびつつ見守った。

「おめでとう!」
「二人ともおめでとう!」

二人で手を取り合って教会を出てきたところで行われたブーケ・トスは、まだ高校卒業したばかりの面々が多いのに、殺気立ってる面があって。

「いくわよぉ〜、それっ!」
「キャ〜ッ!」
「やったあ、取れたぁ!」

この喧騒に参列していた男子たちが恐れをなして引き気味だったのは・・・本当だったりする。

「おめでとう!」
「末永く幸せにな!」
「ありがとう!」

この後、堤無津港で待っているQセリザベス号での披露宴の時間が迫っているために、主役の二人は大急ぎで園子が手配したリムジンに乗って港へ向かい。
優作・有希子、小五郎・英理、そして園子もそれに続いた。



  ☆☆☆



「本日はおめでとうございます。」
「ありがとうございます。こちらにご記帳をお願いします。」

東京湾・堤無津港に停泊する鈴木財閥所有の豪華客船Q.セリザベス号は、新一の式を中継するTV局のカメラに写される中、新一(サッカー・スポンサー関係)・工藤夫妻(出版・芸能関係)・毛利夫妻(警察・法曹関係)の仕事関係者を続々と受け入れていた。

中継する局のリポーターが感嘆しながら視線を送る中、和やかに船内に入っていった客人たちは、Qセリザベス号スタッフによる受付を済ませると会場に入っていった。

「うひょ〜っ、壮観。」

Q.セリザベス号で鈴木財閥創立記念パーティーが催された際の宴会場が今回の披露宴会場ともなっていて。数百人の来客を収容してなお余りある広大なホールに集う人の顔を見渡しながら、新一の友人として招かれた快斗は、楽しそうにつぶやくと口笛を吹いた。

「ホント、なんだか凄い顔ぶれだね。・・ねえ、快斗。ホントに青子なんかが来ても良かったの?今日の主役と面識なんてないのに。」

その傍らには高校在学中に恋仲になった青子が居て。不安そうな面持ちで、快斗の腕をとっていた。

「構わねえって。“披露宴にかこつけた社交パーティーだから、彼女が居るやつは、遠慮しねえで連れてこい!”って、新郎の新一自身が言ってたんだから。気にすんなって。」
「でも〜。」

場に集う早々たる面子に気後れする青子に快斗はニンマリとした笑顔を見せると、ジュースの入ったグラスを勧めた。

「大丈夫だって。・・・おっ、平ちゃん!」

其処に受付を済ませた平次が和葉を伴って現れた。

「よぉ、快。1月の合宿以来やな〜。」
「そうだね。・・・ん?そちらの可愛い子、もしかして平の彼女?紹介してよ。」
「おう・・って、そういう快もオンナ連れやないか。まずはそっちから紹介せえ。」
「ハイハイ。青子、顔上げて。」
「は・・はい。」

今日の新郎の新一に瓜二つの快斗が連れてきた彼女は、今日の新婦の蘭とそっくりで。

「「!」」

新一と蘭がウエディングの衣装のまま乗船し、控え室に直行したから良いようなものの、もしそうでなかったら、スタッフがうっかりしていなくても間違えるだろうと思う位のそっくりぶりに、平次と和葉は声が出ないほど驚いた。

「ハハハ。ビックリすると思ったよ。こちらはオレの彼女の中森青子。オレと今日の主役(新一)とは双子呼ばわりされてるほど似てるらしいから、さっき受付でもビックリされたんだ。参ったよ。」
「(ハハハ・・もう間違われとったんかい。)」
「(こうも似たゲストが居てると、スタッフも大変やなぁ〜。)」

快斗の台詞に心中で突っ込みを入れつつ、平次と和葉は苦笑した。

「青子、こいつはビッグ大阪でFWやってる服部平次。今日の主役の新一と同じく、オレのユースのときからの仲間。」
「初めまして、中森青子です。よろしく!」

対する青子は、邪気のない笑顔を二人に向けて挨拶をしてくれて。
平次はどぎまぎしつつ、和葉を紹介した。

「お、おう。よろしゅうな。ほな、オレも紹介するわ。コイツは遠山和葉。オレの幼馴染で婚約者や。」
「「こ、婚約者?!」」
「おう。」
「///。」

平次が外に向かって堂々、和葉を婚約者と紹介することは、この日までのところ、そうそう滅多になくて。
きちんと婚約者と紹介された和葉は、照れくさくなって頬を染めてうつむき加減になり。紹介された快斗は、平次の台詞に驚きの余り、目を瞠って口をあんぐりと開けた。

「こ、こ、こ、婚約って・・平次、いつの間にっ!くそ〜っ!平はそっちの方面にはニブちんだから、独身長いだろうって思ってたのに!婚約だなんて〜っ!平に先越されるとは、一生の不覚っ!」
「ニブうて独身長いって・・オイ!快!お前オレに喧嘩売っとんのか?!」
「へ、平次。ちょお、静かにし。みんなが見てるで。」
「そうだよ、快斗。言いすぎだよ。服部君に謝って。このままじゃ式が台無しだよ。」


そして悔しそうに快斗が放った言葉は平次の機嫌を逆なでしたらしく。胸倉を掴みそうな勢いで快斗に詰め寄る平次の様に和葉が焦り。青子も慌てて快斗をたしなめた。

「・・・分かったわ。」
「・・・分かったよ。」

平次と快斗はそれぞれの彼女になだめられ、渋々引いた。

「ごめんね。遠山さん、だっけ。」
「こちらこそ、ごめんな。中森はん、やったっけ。ゴメンな、このアホ平次が場ァ悪うしてもうて。」
「ううん、服部君は悪くないよ。元はといえば、このバ快斗が変なことを言ったからなんだし。」
「でも、ゴメンな。それはそうと、アタシのことは名前で呼んでもろて構へんで。」
「えっ///。あ、ありがとう。じゃあ、青子のことも名前で呼んでv。よろしくね、和葉ちゃん。」
「ウン、よろしゅうな。青子ちゃん。」
「「・・・。」」

そして彼女たちが一気に意気投合してる様子を互いに横目で窺いあった二人は、互いに一瞥しあうと、暗黙の了解で休戦した。

「・・・やれやれ。二人とも相変わらずですね。高校を卒業したんですし、場をわきまえた振る舞いをしないと。招いてくれた工藤君に失礼ですよ。」
「こんにちは、服部君、黒羽君。」
「「白馬。京極さん。」」

其処に同伴者なしで来場した探と、真が姿を見せた。

「わあ〜っ、白馬君だ。久しぶり。」
「おや、中森さん。お久しぶりです。」
「青子ちゃん。こちらの人って確か・・浦和ロッソの白馬選手だよね。知り合いなん?」
「ウン。白馬君、高2の途中まで、同級生だったから。ねえ、快斗?」
「・・・オウ。」

ようやく快斗以外の知り合いに会えたとニコニコ顔の青子とは対象的に、青子が探に笑顔を向けた途端、快斗は不愉快そうに仏頂面になった。

「(なあ、平次。アタシ、何かマズイコトでも言うたかなぁ?)」
「(いや、全然。)」

そんな快斗の様子に、何か拙い事でも聞いたのかと不安になった和葉は、平次に確認の耳打ちをした。だが、平次も同席した真も、快斗の不機嫌の原因を知らず。

「(それにしても、どうしたんでしょうね?黒羽君。)」
「(さぁな。白馬とは(ユース)代表でも顔を合わせる仲やし、そん時はこんなヘンな顔せえへんのやけど。)」
「「「(う〜ん。)」」」

顔を見合わせて、快斗と探の様子を見比べあったのであった。
だが、そんな微妙な雰囲気をものともせず、青子は探に親しげに話しかけていた。

「あれ?白馬君。一人で来たの?」
「ええ。残念ながら僕には、ステディと呼べる方が居ませんからね。そういう青子さんは、黒羽君と?」
「ウンv。でも青子、場違いじゃないかなって不安なんだ〜。」
「そんなことありませんよ。工藤君がステディが居る人は連れてきていいって言ってましたからね。それに、青子さんなら十分、この場の雰囲気に合ってますよ。」
「そう?ありがと〜。」

親しげな二人の様子に仏頂面が一層深くなる快斗の雰囲気に、流石に平次もヤバイと感じ、真も冷や汗を流していたところだったが。タイミングよく救いの手が入った。

「真さん、ここに居たんだ〜v。和葉ちゃん、それに服部君も。」
「園子さん。」
「園子ちゃん。」
「姉ちゃん。」

今日のパーティーの準備に、有希子らとともに東奔西走していた園子が来たのである。

迎えた三人が一様に内心で“助かった・・!”と園子に向かったところで、園子は真らと一緒に居た今日が初対面の3人に目をとめたのであった。

「あれ?貴方たち、もしかして!マリーンズの黒羽選手とロッソの白馬選手じゃない?」
「あ、はい。」
「ええ、そうですよ。」

声をかけられた瞬間。すぐさま仏頂面を消し、青子を引き寄せた快斗と、青子から視線を反らした探が揃って笑顔を見せた。

「やっぱり。はじめまして。今日は新一君と蘭の結婚披露宴にようこそ。私は新郎新婦の親友で、真さんの彼女。・・で、このパーティーをプロデュースした鈴木園子ですv。よろしくね。」

真の恋人だと自己紹介した園子の台詞に頬を染めた真を感心したように見つめた快斗と探は、ニッコリと微笑むと、園子に握手のための手を差し出した。

「こちらこそ。僕は白馬探です、よろしく。」
「こちらこそ。オレは黒羽快斗。で、こちらはオレの彼女の中森青子。ヨロシクお見知りおきを。」

自分のモノといわんばかりにすかさず青子を引き寄せて紹介した快斗の行動には、あからさまな独占欲が感じられて。
快斗の仏頂面の原因を察した平次・和葉・真らは、“恋人が絡むと分かりやすい”ところまで今日の新郎と同じかと内心で呆れ半分ツッコミを入れるのであった。

「なあ、園子ちゃんは京極はんと一緒やあらへんかったん?」

場の雰囲気を変えるべくふと思いついたことをたずねた和葉に、園子は申し訳なさそうに返した。

「残念ながらね。私は新一君の親族として、教会での式に出てから来たから。」
「へっ?!」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ。私、新一君とは母方のイトコなのよ。」
「えええ〜っ?!」

これには、真だけでなく平次も和葉も素っ頓狂な驚きの声をあげ。園子は肩をすくめた。

「私も新一君も“わざわざ言うほどのことじゃない”からって言わなかったもんねぇ〜。実は優作おじ様がママの弟なのよ。だから今日は親と来てるの。ほら、あそこで立ち話してるのが、私のパパとママよ。」

園子が手で示した先に、Q.セリザベス号の持ち主で園子の両親である鈴木財閥会長夫妻が、来客と和やかに談笑していた。

「はあ〜っ、ホンマや。確かに新聞で見たことあるお顔やわ。」
「・・・知らんかった。ああ見えて工藤って、マジでセレブなんや。」
「服部君。それ・・本人が聞いたら怒るわよ。私もだけど新一君も、“親は親、自分は自分”って思ってるから。」
「ははっ、新一って確かにそういうトコあるよね。」
「そうですね。“(親の力を必要に迫られて)使うときは使うけど、ことさらに強調しない”のは確かですね。吹聴しませんし、それで威張りませんし。気さくですよね。」
「そういうことv。」

真の台詞には、新一をほめるのにあわせて園子への賞賛(気さくさ)も含まれていると感じて。園子は嬉しそうに微笑んだ。

「・・にしても、ホンマ凄い顔ぶれやなあ〜。そこかしこにTVや新聞でよう名前を見る人たちが居てるんと違う?」
「ええ、そうね。今日のパーティーのお題は新一君と蘭の披露宴だけど。実際はそれを名目に、政財界をはじめとする角界の著名人の交流とビジネスの場になってるのよね。この機会に顔を広げて、人脈を作ってるの。例えばあそこ。優作おじ様と立ち話をしてるのは、国内最大手の広告会社と今撮影中の映画の制作と配給それぞれを請け負ってる会社、そしておじ様の作品の日本での版権を持ってる出版社の重役さん。」
「うへ〜っ。」
「その横、有希子おば様と話をしてるのが、今度、新一君のスポンサーにつくってことでCM契約した飲料水メーカーの関係者。その傍で順番待ちしてるのが、ビッグのフロントの人とサッカーシューズのメーカーの関係者じゃなかったかな。他には・・みんなが分かりやすいところでいくと・・あのへんで談笑してる芸能人かな。おじ様が原作を書いた作品の出演者の皆さんよ。」
「わあ〜っ、ホントだ〜っv///。」
「キャ〜ッ、カッコイイっvvv。」
「「・・・#。」」

園子が案内する出席者の顔ぶれ・・芸能人・・を見た途端。色めいて歓声をあげる和葉と青子を、平次と快斗は本当に面白くなさそうにジト目で見た。

「それにしても、流石ですね。ご令嬢。よく客人のことを把握してらっしゃる。」
「名前で呼んでくださって結構よ、白馬さん。家の都合で子どもの頃からパーティーに出てるからね。いやでも覚えちゃうわよ。イロイロとね。」
「・・・(園子さん)。」

一方、探は素直に園子に感嘆し。園子は肩をすくめて苦笑した。そして真は園子の育ってきた環境が自身とは明らかに違うと実感し。自分が園子の恋人で本当に相応しいのかと思ってしまうのであった。

そうこうしているうちに、式典が始まる時間となり。

場内の明かりが落とされ、司会の短い挨拶の後、スポットライトを当てられた入り口から、新一と蘭がドレスアップして登場。割れんばかりの拍手喝采の中、壇上の席に着いた。

「わあ〜っv、蘭ちゃん綺麗やわぁ〜vvv。工藤君も決まってる〜っv。ホンマお似合いの二人やわ〜っv。」
「でしょでしょ〜っv。蘭って、ホント、何着ても似合うのよね〜っv。それに、今日のメイクは有希子おば様がされたから、一段と綺麗だしv。新一君、デレデレよね〜っv。」
「ウンウン、分かる分かる〜っv。」

乾杯の後、新郎新婦の馴れ初めを照会する、有希子が長年撮りためてきた二人の成長記録VTRが編集して披露され。来客たちは、二人の長い長い付き合いと仲のよさに、18歳という世間的にみても早い結婚が、二人にとってはそうでもないものだと実感したのであった。

「そう言うたら、オバチャン、否、お義母ちゃんも、平次のこういうVTR撮ってへんかったっけ。」
「せやな。そんなんあった気ィするわ。」
「アタシ、まだそれ一遍も見せてもろたことあらへんし。なあ、平次。アタシ等ん時も、そのVTR、こうやって編集して上映しよっか?」
「あ、アホォ///!そんなんあのオバハンに吹いたら、すぐさま嬉々として編集始めるで?!勘弁してくれや。」
「え〜っ。」

そして、同じく幼少期からのVTRを撮りだめされてる平次は、和葉に自分たちの本番時の案を出され、真顔で苦味を噛み潰した顔になり。
快斗と青子、探と真は、新一と蘭・二人の馴れ初めに言葉もなく見入っていた。

成長記録のVTR上映が済むと、今度はラムス監督やチームのキャプテンの陸夫、そして二人の母校の帝丹学園の学園長が来賓として祝辞を述べ。そこで卒業式での話(特別名誉卒業生証書授与に関する件)にも触れ、来客の驚嘆を誘った。最後に親族代表として園子の父からの祝辞が終わった後、祝電がいくつか紹介された。

その中には、烏丸の一件で新一の潔白を証明する手助けをしたシャロンからのものも含まれており。高木弁護士から事情を聞いた新一と、正月休みの間に新一からかいつまんで事情を聞いた蘭は、感慨深くメッセージを聞いたのであった。

そしてここで一旦主役の二人が退席したところで、真田一美マジックショーとアースレディース限定復活ショーが行われ。主役の親である小五郎は狂奔。

「うっひょ〜っvvv!L・O・V・E、I LOVE ヨーコ!」

かぶりつきの席確保ぉ!と意気込んでスタートダッシュをかける寸前ですかさず英理に襟首を捕まれてたしなめられ。

「###アナタッ!主役の父親の自覚あるの?!みっともないからやめて頂戴っ!」
「あああ〜っ!ヨオコちゃぁ〜んっ!オレのヨオコちゃんがあ〜〜〜っ!はにゃせ、えりぃ〜〜〜っ!」

宴会場から控え室へと強制退場させられていたのであった。



  ☆☆☆



「ほら、こっちこっち。」
「ええの?あたし等がお邪魔して。」
「大丈夫よ。」

小五郎が未練たらたら強制退場させられる様を呆れ顔で見送った園子・真・平次らは、ショーに来客が見惚れている間に、園子の案内で、新郎新婦の控え室へと足を向けていた。

「はい、どうぞ。」

セリザベス号の一等客室のドアをノックして返事と同時にドアを開けた園子は、主役二人の友人たちを一挙に部屋に引き入れた。

「よっ、お疲れ。」
「!お前等・・・って、園子の手引きか。」
「そういうこと。で、蘭は?」
「この奥の部屋でお色直しの真っ最中だよ。」
「なあ、工藤君。あたし等、入ってもええ?」
「女性陣だけなら構わないよ。蘭も喜ぶだろうし。」
「じゃ、失礼しますv。」
「どうぞ。」

嬉々として蘭の居る控え室に消えた和葉・園子と初対面の青子の背を余裕の笑みで見送った新一は、快斗に向き直るとニコヤカに口を開いた。

「合宿の時、話には聞いてたけど。ホントに蘭にソックリなんだな。お前の彼女。」
「まあね♪今日も受付で主役とカンチガイされそうになってね。ちょっと大変だったぜ。」
「それは大変だったな。」
「・・・ちょお待て。工藤は、今日、快が自分の嫁はんに似た彼女連れで来るいうこと知っとったんか?」
「一応な。合宿の時に快斗から申告受けてたし。でもまあ、あそこまで似てるとは思わなかったけどな。」
「今日はおめでとうございます、工藤君。」
「おめでとう、工藤君。」
「白馬も京極さんもありがとうございます。・・時に、二人とも疲れてませんか?どうぞ、そのへんに適当に掛けてください。」
「では。」
「ありがとうございます。」
「んじゃ、オレも遠慮なく・・と♪」
「おっ、快。オレにも一杯♪」
「くつろぎすぎですよ、黒羽君。」
「構わねえよ。快斗、ついでなんだから、みんなの分も淹れろ。ミルクと砂糖は分かるな?」
「了解v。・・・でも、今日の顔ぶれは凄いな。大丈夫か?新一。」
「平気。正直、面倒くせえけど、いつものことだし。この機会に、実際、一度じゃ覚え切れねえけど、蘭にも面通ししてもらっておかねえと、今後の付き合いとか・・まあ、イロイロあっからな。・・・園子から聞いたんだろ?」
「まあね。でも(家柄云々はどうあれ)、園子ちゃんも新一も、友達だしv。」
「快斗。・・・お前、いつの間に園子のダチになったんだ?」
「ん〜?今日。青子のダチはオレのダチでもあるからね。だから、和葉ちゃんもオレのダチってわけv。」

そう言いながら楽しそうにコーヒーをサーブする快斗を、平次は睨みつけた。

「快・・・。和葉はオレのオンナや。出会ったばかりで馴れ馴れしゅうダチ呼ばわりすな、ボケ#。手ェ出したら承知せんぞ#。」
「ハイハイ、分かってるって。オレ、レディーファーストのジェントルマンだけどv。平を敵に回す気ないしv。(っつうか、下手なコトして青子に嫌われたくないしな。)」
「どうだか#。」

宴会場での険悪なムードは消し去って、新一の前ではポーカーフェイスで探にもカップを差し出した快斗は、自分の分にはたっぷりのミルクと砂糖を入れた。

「(うげっ、甘そう。)」

同席した一同は、カップに入れられたブツの分量に内心で辟易しつつ、何事も無かったように談笑を続けた。



  ☆☆☆



一方、蘭の控え室に入った園子・和葉・青子は、満面の笑みでメイク・着付けをする有希子によって、華麗に変身していく蘭に見惚れていた。

「うわ〜っ、ホンマに綺麗やわ〜。」
「うんうん♪さすが蘭よね。」
「ホント、お姫様みたい〜っ///。」

見惚れる三人がつぶやく一言一言を聞き逃さず笑みを深くする有希子は、ドレスアップの仕上げのネックレスをわざと残して、蘭を開放した。

「わあ〜っ、綺麗っvvv!」
「あ、ありがとう、みんな///。」
「おば様、流石ですねv!」
「でしょ、でしょ〜っvvvv。じゃ、新ちゃんにこのネックレスをつけてもらったら完成!だから、呼んでくるわねv。」
「は、はいっ///。」

お色直しした蘭は、有希子の愛情と気合によって、美しさが一層際立っており。園子も和葉も青子も綺麗という以外に掛ける言葉を見つけられずにいた。

「蘭?入るぞ。」
「あ、は、はいっ///。」

其処に控えめなノックとともに新一が現れたが。新一は、部屋に入った瞬間、稲妻に打たれたように蘭の神々しいまでの美しさに打ち抜かれてしばし立ち尽くしてしまい。有希子の咳払いで我に返って慌てて体裁を取り繕うと、衆目の中で恥ずかしさに頬を染める蘭の後ろに立って、仕上げのネックレスをつけたのであった。

「キャ〜ッ、素敵っ///!まさに姫を華麗に装う王子ってトコねっv!今更だけど、シャッフルロマンスにこういうシーンを入れるべきだったわっ!」
「はあ〜っ。何今更寝ぼけたこと言ってんだ、園子。もう高校は卒業したろうが。もしかして、財閥の跡取りは辞めて、脚本家にでも転身するのか?」
「誰もそうは言ってないでしょっ!今更だけどって惜しんでるだけじゃない。イチイチ突っ込まないでよね、もう!」

面倒くさそうに園子に返した新一は、蘭の肩を抱き寄せると、快斗と青子を手で紹介するように指し示して、蘭を二人に引き合わせた。

「へいへい。・・あ、そうだ、蘭。紹介するよ。園子と和葉ちゃんの間に居る子、彼女が青子ちゃんだよ。快斗の彼女。で、その後ろに立ってるのが・・言いたくないけどオレソックリらしいって話の、マリーンズ所属の黒羽快斗。」
「!そうなんだ。・・はじめまして、工藤蘭です。新一がいつもお世話になってます。今後ともよろしくお願いします。」

紳士的で穏やかな微笑の新一に見惚れた蘭は、一瞬だけ快斗と青子の姿に驚いて目を瞠るもすぐに気をとりなおし、新妻らしい初々しさを言葉の端々に滲ませながら、柔らかな笑みを二人に向けた。

「「///!こ、こちらこそっ!」」

その女神のような美しさに射抜かれた快斗と青子は、二人して一気に頬を染めると、上ずった声で挨拶を返した。
そんな二人を平次と和葉、園子と真、探は面白そうに見つめた。
それから新一は蘭に、今日が初対面の探を紹介し。セリザベス号スタッフが呼びに来るまで友人たちと控え室でリラックスしたひと時を過ごした。



  ☆☆☆



お色直しした二人が登場した後、披露宴はダンスパーティーに様変わりし。新一は、蘭の手を取って、広間中央で優雅にワルツを踊った。その周りでは、日ごろこういうダンスに不慣れな面々もお祝いということで参加し、ステップが違っててもご愛嬌ということで、和やかに宴は過ぎていった。

最後、セリザベス号が堤無津港に近くなる頃。忙しい日程の合間に両親への贈り物にふさわしいものを物色・検討していた新一が蘭と相談し。園子に、式典準備に奔走する両母親に絶対に当日まで内密にと念押しして用意したものを、二人への感謝をこめて贈呈した。

「新ちゃん。」
「蘭。」
「「これって・・・。」」

新一が蘭と相談の上、コッソリ家を捜索して調べて用意したのは。

花束と、二人の出生体重と同じ重さのテディ・ベア。

「生まれたときはこんなにも小さかった私たちを、」
「ここまで育ててくださって、」
「「ありがとうございました。」」
「今日まで育てていただいたご恩を忘れず、」
「お父さん、お母さんのように仲良く温かい家庭を、」
「「二人でしっかり築いていきます。・・・今日まで、ありがとうございました。」」


有希子は新一の、英理は蘭の、新生児だった頃のテディと花束を抱き。感極まったように涙ぐんだ。

スポットライトが二人と二人の両親を照らし出し。惜しみない拍手が贈られる中、二人はまず深々と両親に。そして振り返って、参列した客人たちにお辞儀した。



「赤ちゃんの重さのテディか・・・。親としては感無量やろうなぁ〜。」
「せやな・・。オレ等にも、あんなに小さい頃があったんやもんな。それをここまで大きくする。・・・改めて考えると、並大抵のことやあらへんな。」
「・・・せやね。でも・・・そうして命はつながってきたんやなって思ったわ。アレ見たら。・・・なあ、平次。」
「ん?」
「工藤君と蘭ちゃんのお式。全部は参考にでけへんけど、でも、アタシもあのテディだけは真似させてもらいたい思たわ。・・・ええよね?」
「・・・せやな。でも・・あん縫いぐるみ抱いたおやっさんが大泣きしとる絵面ゆうのもなあ〜。微妙やで。」
「ええやん。別に。おかしないやん。アタシのお父ちゃんなんやから。」
「・・・それもそうやな。親やから感じるモンがあるんやろうしな。そのへんは、お前の好きにせえ。」
「ホンマ?!ありがと、平次V。」





下船後。婚約者と盛り上がる平次を見送りながら、快斗は探と和気藹々として分かれた彼女の手を取ると、かつての恋のライバルだった探への嫉妬と青子らしい折り目の正しさに複雑な思いを抱きながら帰途に着いた。

そして真は、式典の最中感じ続けた鈴木会長の視線・・自分を見定めるようなソレが気になって仕方が無かった。

「(やはり、私ごとき一介のサッカー選手では、財閥の次期総帥となる園子さんにはふさわしくないということなのだろうか・・・。でも私は・・・っ!)」

自分を値踏みでもするかのように見定める視線(と真は感じた)と、甥の新一に何事か自分を見つつ訊ねる様子に、声を掛けられたらどう応ずべきかポーカーフェイスの裏で逡巡したのだが。この日は、園子が両親に真を紹介しようとするたびに、タイミングよく?邪魔・・もとい、会談の相手がやってきて。真は園子の両親に挨拶すらできなかったのである。

タクシーの後部窓から背後のセリザベス号を振り返りつつ、真は、自分と園子の道のりの険しさを改めて実感したのであった。




to be countinued…….




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