レジスタ!



By 泉智様



(18)



桃の節句に挙式・入籍した新一と蘭は、その晩は湾岸の高級ホテルに宿泊。翌日には一旦米花の自宅へ戻った後、帰阪し、名実ともに新婚生活に入った。

一方、米花教会での挙式にはクラスメートとして参列したが、披露宴には本命の受験目前ということで欠席した志保は、3月中旬、改方学園大の結果発表を見に現地を訪れた。

そして、出た結果に立ちすくみ。青ざめた顔でその場を後にし、姉の明美に挨拶もなく帰京。部屋に閉じこもってしまったのであった。

『へっ?!志保が部屋に閉じこもってる?何で・・って、まさか・・。』
「ええ。青い顔して帰ったと思ったら部屋から出てこなくて。明美からも、志保が家に寄らなかったって聞いたから、多分・・。」
『そうですか・・・では、浪人、ですか。』
「それは・・どうかしらねえ?東都には合格ってるもの。行くなら早々に入学申し込みをしないと、締め切りもあるから。でも話ができそうになくて・・・。」
『・・・。分かりました。数日中に都合つけて、そちらに行きますから。・・・いいですか?』
「ええ、もちろん。隆祐君ならいつでもOKよ。でも、無理はしないでね。」
『ありがとうございます。では。』

連絡を受けた時、シーズン直前のチームの合宿練習で(合宿地は関西圏内だが)大阪を離れていた隆祐は、監督に直訴して皆より1日早く現地を離れ、東都に直行。阿笠邸の志保の部屋で志保と対面した。

「志保・・・話は聞いたよ。東都大に合格ったんだってな。おめでとう。」
「・・・でたくないわ。」
「志保?」
「めでたくなんかないわ!私が行きたかったのは改方だったんだから!隆祐の傍に行きたかったんだから!なのに・・なんでおめでとうなんて言うのよ!酷いわ!私が落ちて落ち込んでるから・・気を遣ってきてくれたんでしょう?なのにどうして!」
「志保。」
「慰めなんていらない!出てって!帰ってよ!」
「志保!」

いつになく気を昂ぶらせてヒスる志保の頬を、隆祐は、付き合いだして数年たつが、初めて叩いた。

「!・・・隆祐。」
「・・・いつまでも悲劇のヒロインぶってんじゃねえ。現実を直視しろ。希望はどうあれ、結果は結果だ。」
「・・・。」
「お前は医者になりたいのか?それとも単に大阪で、オレの傍で暮らせれば、自分の希望も将来も何もかも、どうでもよかったのか?どうなんだ?それすら分かんなくなったのか?!」

いつになく激しい怒りを声色に表した隆祐に驚いた志保は、頬を抑えつつ、隆祐をじっと見つめた。
隆祐の声は怒りの色を混ぜていたが、声色とは裏腹に、瞳はこれまでになく悲しそうなもので。
そんな隆祐の瞳をみつめていくうちに、志保の心の混乱は落ち着いていった。

「お医者に・・なるために、受けたのよ。」
「だったら、折角東都に合格かったんだろ?!だったらお前は東都で頑張れよ!望んでも、何年浪人しても、一つも受からないヤツだっているんだぞ?!」
「分かってる、分かってるわ・・・。でも・・私は・・・隆祐の傍に行きたかったの。ずっと傍にいたかったの!だから・・・。」
「志保・・・。」

そして、いつもはなかなか言わない、女の子としての本音が素直に・・すんなりとあふれ出した。

「でも隆祐は・・・もっと遠くに行っちゃうって・・・。大阪よりもっと・・遠くへ行っちゃうって・・・。」
「志保・・まさか、聞いたのか?!」

受験生の志保の気持ちを慮って、不確定な話を耳に入れないようにと頼んでいたことが裏目に出たと分かった隆祐は、大きなハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

「うん・・正月休みでおねえちゃんが帰省してたときに・・・立ち聞きしたの。」
「・・・。」
「どうして?・・・どうして私には何も教えてくれないの?私は・・あなたの彼女じゃないの?!隆祐!」

涙をボロボロこぼしながら切々と訴える志保の涙を拭おうと・・安堵させようと伸ばしかけた手は。中途半端な位置で、硬直したように止まってしまった。

「ねえ?・・・何か言ってよ。」

そして、ぎゅっと握り締められ。
触れることなく下ろされ。
自身の判断・行動に後悔した様子の隆祐が、それを顔に出して歯噛みするのを、志保は落ちる涙を拭うことなく見つめた。

「そうだな・・・。話さなかったのは・・・悪かった。ゴメン。」
「・・・。」
「話を聞いたとき、真っ先に思ったのは・・・お前のことだった。」
「えっ?」
「お前は受験の真っ最中だから、煩わせたくねえ・・ってな。それに・・・オレ自身、行くかどうしようか迷いがあった。そんな中途半端な状態で話して、お前を混乱させたくなかったんだ。」
「隆祐・・・。」
「交渉は・・一応、した。・・けどさ、断った。でも、そう決まったのは、工藤の結婚の直前。・・・どうしようもねえよな。」

そう自嘲の笑みをこぼす隆祐に、志保はそっと手を伸ばした。

「断ったって・・・私の所為?」
「バーロ、違うよ。条件面で折り合わなかっただけだ。」
「本当に?!」
「話が来た頃に迷いがあったのは本当だ。でも、志保の受験があるからって断ったら、必死に受験を頑張ってる志保が、自分がオレの足かせになってるって、気まずい思いをするだろうし、後々後悔することになる。だから、真剣に悩め!って兄さんに叱られたんだ。」
「お義兄さんが・・。」
「ああ。・・で、悩んだ。世界に飛び出るチャンスには違いねえ。オレを評価して声を掛けてくれたんだから、受けてみては、と思った。でもさ・・止めた。」
「どうして?」
「・・・条件面で折り合わなかった、って言ったろ?先方はストライカーとしてのオレより、オレについてくる観光客や資金、スポンサーが欲しかった・・・そう感じた。」
「!・・・そんな・・・。」
「まあ、それでも行って先方の目論見以上に仕事をすれば、瓢箪から駒なことぐらいあるかもしれねえさ。でも・・何となくカンが働いた。“待て”ってな。だから、止めた。」
「隆祐・・。」
「今度、こういう話が来たら。・・ちゃんと真っ先にお前には話すよ。」
「隆祐。」
「今回は止めたけど、次がもしあったら、その時は行くかもしれない。それでも・・いいか?」
「ええ。その時は、ちゃんと話してくれるんでしょう?」
「もちろんだ。」
「なら、いいわ。・・・ごめんなさい。頭では・・隆祐が・・皆も・・私を気遣って敢えて内緒にしてたのは、分かってるの。でも・・それでも、話してほしかったの。今回の話。・・・ワガママだって分かってるけど・・・。」
「志保。」
「だから・・・もういい。話してくれたから、いいわ。ありがと。」

そして微笑んで、隆祐の手を取ると、手の甲にオデコを当てた。

「・・・で、どうすんだ?浪人すんのか?」
「そうね・・・。今日、隆祐にぶたれなかったら、そうしてたと思う。」
「・・・。じゃ、行くか?」
「・・そうするわ。まだ暫く・・最低6年は遠恋が続きそうだけど。東都に行くわ。」
「そっか。」

落ち着きを取り戻した志保の返しにようやく安堵の笑みを見せた隆祐は、そっと志保の額に当てられていた手を抜くと、自分がひっぱたいた頬を優しくなでた。

「・・・悪かった。痛かったろ。」
「平気よ。隆祐があそこまで怒ったのは初めてだから、驚いたっていうのはあるけどね。でも・・本気で心配してくれてるって分かって、嬉しかった。」

頬に当てられた手に自身の手を重ね。甘えるように頬ずりした志保は、久しぶりに穏やかな笑みを見せた。

「ば〜か。当たり前だろ。お前のことなんだから。」
「ふふっ。」

そして、頬に当てられた手が志保の顔を上向かせ。そっと二人の唇が重なった。

「なんか・・・久しぶり。」
「そうだな。」

そう笑いあった二人は、もう一度唇を重ね、抱きしめあって互いのぬくもりを堪能すると、階下に下りた。そして、志保が東都へ進学する旨を落ち着きを取り戻した様子で伝え、父母を安心させたのであった。



  ☆☆☆




『・・・そうか。志保ちゃん、立ち直って、東都大に決めたか。分かった。明美にもそう伝えとく。』
「サンキュ。」
『で、今日は義父さんとこへ泊まるのか?』
「・・・あ〜。ま〜、そうなった。」
『(クスッ)工藤がオレたちよりずっと早い18で結婚したんだし、野暮は言わないけどさ。まあ、孕ませないように気をつけるんだな。入学1年足らずで育児で休学させちゃ可哀想だし、お前だって“単身赴任”じゃ色々大変だろ?』
「なっ///?!に、兄さんっ///!誰も志保の部屋に泊まるとは言ってねえぞっ!」
『(爆笑)ハイハイ。・・・ま、明日にはちゃんと大阪に帰ってこいよ。あまりに長い特別休暇を取ると、流石にラムス監督の大目玉を食らうぞ?』
「んなこたぁ、分かってるって///!切るぞ!」

電話の向こうで、隆祐の反応にしてやったりと大爆笑している兄(陸夫)の楽しそうな顔を想像して、ムカムカしながら携帯の電源をオフにした隆祐は、阿笠夫妻が隆祐君の自由にしなさいとあてがってくれた部屋のベッドに寝転がり、携帯をスーツケースの傍らに放り投げた。

「・・・ったく、あのクソ兄貴。何言い出す・・・。」

ぶつくさつぶやきながら天井を見上げていた隆祐は、ドアをノックする音にあわてて飛び起き、ドアを開けた。

「?!志保?!」

そこには、腕にひざ掛けを持ち、ブランデー入りの紅茶が入ったマグを二つお盆に載せて持ってきた、パジャマ姿の志保が立っていた。

「入るわよ?」
「お、おう。」

昼間の激情炸裂振りはどこへやら。いつもの落ち着いた様子で平然と部屋に入る志保の背を、隆祐はドギマギしながら見送った。

「ど・・どうしたんだ?」
「昼間のお礼。ナイトキャップを持ってきたのよ。ブランデー入りだけど、いいかしら?」
「お、おう・・って、お前こそいいのかよ?!」
「寝不足気味のときとか風邪引きのときによく淹れてるから、平気よ。・・はい。」
「お、おう///。」

マグを差し出すと、平然とした表情で隆祐が先ほどまで寝転がっていたベッドに腰掛けてカップに口をつける志保に、隆祐はいろいろな意味でめまいがしそうになった。

「・・・これ飲んだら、さっさと寝ろよ。」
「そうね。」

どこで、とはイチイチ言わなかったが。余りに志保が平然としてるので、昼間の可愛い発言をした人物と同じ人とは思えなくて。

「(んな色っぽい格好でオトコの部屋に入りやがって。このまま喰われても構わねえってことか?・・・ったく。)」

払っても払っても沸き起こる雑念を振り払おうと必死の隆祐だったが、ナイトキャップのアルコール分で頬に赤みを帯び、いくぶん瞳が潤んで見える志保の表情の色香に、強靭な理性がぐらぐらと揺れ始めていた。

カップの中身の最後の一口を飲んでサイドテーブルに置いた隆祐は、志保の隣にギシリとベッドをきしませる音を立てて座ると、そっと志保のマグを取り上げて自身のマグの横に置き。自分を上目遣いで見る志保の肩を引き寄せて頬に手を当て、そっと口付けた。

そしていったん唇を離し、瞳を覗き込むと、そっと耳元で何事かをささやいた。
そして、そのささやきに答えるように、隆祐の首に回した手に力をこめて抱きついた志保に嬉しそうに微笑んだ隆祐は、志保に頬を摺り寄せて今度は深く口付け、そのままベッドに倒れこんだ。

そのまま二人は、互いの熱く深い想いを、分かち与え合ったのであった。







☆☆☆







「行ってらっしゃい。」
「ん・・・行ってくる。」
「気をつけて。」
「ああ。付いたら連絡するよ。」
「ええ、待ってるわ。」

余分な言葉はないながらも、二人の間には、これまでになかった甘い空気と強い絆が出来上がっていて。

門前でタクシーに乗り込む隆祐を見送る志保の背を見ながら、阿笠夫妻は、隆祐が挨拶に来る日がそう遠くはないと確信したのであった。

「隆祐君には、忙しいだろうに無理させちゃったわね。」
「そうね。」
「昨夜聞いたとおり、東都大学に入学手続きを取るわよ。良いのね?」
「ええ。隆祐に諭されたこともあるけど・・少しでも早くお医者になるための勉強を始めれば、その分、早く国家試験が受けれるもの。そのほうが後々を考えるとベターよね。・・・心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから。」
「そう・・。よかったわ。そうそう、園子ちゃんからお電話を貰ってたのよ。連絡を取ってごらんなさいな。」
「園子から?分かったわ。ありがとう。」

そして、隆祐と話し合って吹っ切れた様子の志保の背を嬉しそうに見送ると、入学の手続きに入ったのであった。











☆☆☆☆☆











「らぁ〜ん、お招きありがと〜っvvv。」
「志保、園子!久しぶり〜っ!」

3月下旬。披露宴準備で奔走した園子への謝礼として開幕戦への招待を受けた園子は、志保を誘って来阪。新大阪駅に蘭と明美の出迎えを受けたのであった。

「明美さん、すみません、お世話になります。」
「いいのよ。蘭ちゃんがこっちでもご近所さんになってくれて嬉しいもの。それに。蘭ちゃんはまだこっちには不案内なところが多いだろうし。いつでも声を掛けて頂戴ね。」
「ありがとうございます。」

明美の運転する車は、1年前とは異なり、新一と蘭の新居のマンションに向かった。

「さあ、着いたわよ。」
「うげ。新一君から話は聞いてたけど。新居はホントに新築マンションなんだ。流石、おば様。やるぅ〜っ。」
「(苦笑)はいはい。部屋はこっちだから。ちゃんと着いてきてよ。」

来客用駐車場に停められた明美の車から降りた一行は、蘭の案内で新居へと歩を進めた。


「家が戸建てだから、マンションっていうのも何か新鮮〜。」
「当分、優作おじ様と有希子おば様も一緒なんでしょう?ご在宅なの?」
「うん。今朝まではね。」
「今朝までって・・ご在宅じゃないの?」
「東都でお仕事が入ったからって東都に行かれたの。ちょうど園子たちと入れ替わりってことよね。くれぐれもヨロシクって仰ってたわ。・・さあ、どうぞ。」

優作・有希子夫妻が家を開けた所為か、米花の邸宅ほどではないがマンションは広く感じられて。初めて足を踏み入れた志保と園子は、感嘆のため息をつきながら、室内を見渡した。

「これって・・どちらの趣味?凄くセンス良いんだけど。」
「一応、私の好みに合わせてあるけど///。お義母様がそれにあわせて色々素敵なコーディネートをしてくださってるの。・・お茶を淹れるから、適当にどうぞ。」
「あ、お構いなく〜。」

室内は英国風の落ち着いたたたずまいに統一されていて。米花の工藤邸のしつらえを若い世代向け風にしてある、といった風情だった。
ほのかにポプリの香りが漂い。フローリングの床は綺麗に磨かれ。窓際では、風にそよぐカーテンがゆれて。ドア一枚で一気に別空間に入り込んだような気分になった。

「お待たせ〜v。」

其処に蘭が運んできた紅茶はレディ・グレイとお手製のマフィン。一気に優雅なアフタヌーン・ティー・タイムとなった。

「おいし〜っv。蘭ってホント料理上手よね〜っv。あ〜あ、新一君が羨ましいっ!」
「園子。」
「で、今日はダンナ、帰ってくるの?」
「うん。夕食までには。何人か連れてくるって言ってたよ。」
「ええっ?!新婚早々客を招いて食事会してんの?!アンタ等、新婚でしょう?!良いのォ?!」
「うん、平気。もう、下ごしらえは済んでるし。もう少ししたら和葉ちゃんが来てくれるし、大丈夫v。」
「和葉ちゃんが来るってことは、お客さんって・・。」
「服部君と京極さん、それとキャプテンと比護さんだよ。」
「ま、真さんがっ///?!」
「隆祐も///?!」
「ええ、そうよ、志保。」
「お姉ちゃん。知ってたの?」
「もちろん。陸くんは、隆くんの車で一緒に来るから、二人は一旦帰宅してからだけどね。志保は隆くんの家に泊まるんでしょ?それも聞いてるわよ。」
「お、お姉ちゃん///!」

蘭と明美をはじめ、ビッグのオトコ連中の間でどこまで情報が交換されてるのか・・。

新一にも自分の宿泊先が割れてるのかと思うと、隆祐と一緒に過ごせて嬉しい半面、頭が痛くなる志保であった。



それから少ししてインターホンが鳴り、和葉が来て。志保と園子は、再会を喜び合った。

「さ〜て、今日も張り切るで!」
「今日もって・・そんなによく此処に集まってるの?」
「・・まあな。それも全部、あのアホ平次が原因なんや!ったく、アタシが“新婚家庭の邪魔したらアカン”言うてるのに、あのアホ、聞く耳あらへんもん。別荘みたいに、しょっちゅうここに入り浸って・・。平次一人で行かせると、ろくなことにならへんから、アタシは見張ってるゆうワケや。いつも煩うしてもうてゴメンな、蘭ちゃん。」

テーブルに皿を並べながら、事情を説明する和葉は、それでもどこか楽しそうだった。
それを受ける蘭も、新一と平次の漫才モドキのやり取りが楽しいのか、楽しそうな笑みを返すと、てきぱきと仕度を進めていた。その横では明美が盛り付けを手伝っていて。
志保と園子はどこか楽しそうな3人に、心の片隅で羨ましさを感じつつ、テーブルのセッティングを進めていった。



  ☆☆☆



「ただいま。」
「お帰りなさい。」

食卓の準備が終わった頃、新一が平次と真を連れて帰宅したのだが。出迎えに出た蘭の後をついて出た志保と園子は、親友夫妻の新婚ぶりに目を剥くこととなった。

「「///!」」

というのも、出迎えに出た蘭に、新一が熱いキスをしたからである。
キスをおえて微笑みあった二人は、更に頬に軽くキスを贈りあうと、軽く抱擁して、ようやく来客に視線を向けたのであった。

「あ・・・な・・・き・・・。」
「・・・。」

園子は(これまでなら散々突っ込みを入れてたろうに)目の前のアツアツ生キス&抱擁に真っ赤になり。
志保は、頬を染めるも、処置ナシとばかりに何も言えず。
平次・真はもう免疫が出来てるのか、頬を染めはするものの、和葉と明美に苦笑を向けるだけで、おとなしく儀式が終わるのを待っていた。

「ホンマ、いっつもラブラブやなぁ〜、工藤んトコは。こんばんは、姉ちゃん。お邪魔するで〜。」
「お邪魔します。」
「いらっしゃい。」

平次はサッサと和葉を連れてリビングに入り。
真は赤面して立ちすくむ園子の背に手をあてて促し、エスコート。
志保は明美に促されてそそくさとリビングへ足を向けた。

「園子、どうしたのかしら?」
「さあな。(流石の園子でも驚いたのか・・。)」

園子が激しく動揺したのが生キスシーンを見せられたからとは露ほども思わなかった蘭は、心底不思議そうに首をかしげつつ、新一にエスコートされ、中に入った。

リビングには、テーブル上に用意された皿の数々に舌なめずりする平次をたしなめる和葉。
頬に手をあててソファに座り、真に介抱される園子。
その様子を見守りつつ家主を待つ明美と志保が居た。

「二人とも、いつごろ来るかしら?」
「きっと、もうすぐよ。・・・ほら!」

それから半時としないうちに陸夫と隆祐が合流し、宴会は始まった。

宴会は、間もなく現地で開幕を迎える男性陣が旺盛な食欲を見せ。蘭をはじめ製作に係わった明美を喜ばせた。

「ホント、工藤は果報者だよな。これで今年活躍できなかったら、大問題だよな。」
「せやせや。今年も頼むでぇ〜。」
「分〜ってるって!そういうお前こそ、しっかり頼むぞ。去年の出来がマグレだって言われねえように、シッカリやらねえといけねえんだかんな。」
「分かっとる。心配すな。」

話は、例年以上に多くなった取材陣と見学のファンの数。バレンタインやホワイトデーの話。ファン感謝デーのこと、等々で盛り上がった。

「ところで、アタシ、いっぺん工藤君に訊いてみたかってん。」
「ん?何を?」
「工藤君、ドイツの靴メーカーのA社とスポンサー契約したゆう話やん。」
「ああ。」
「で、つい最近、CMが流れ始めたやん。」
「ああ。・・・って、もしかして・・。」
「もしかして和葉。お前、まさかアレは工藤の実力やのうてCGや思とるんちゃうやろな?!」
「う・・・。」

和葉が疑問に思ったのは、世界的に有名なR選手が契約しているN社のCMの「ゴールバーとのピンポン・リフティング」を、今回A社と契約した新一と、同じく契約した快斗が二人で同じことをしているというもの・・・しかも、それは、ただまねただけでなく。

新一がゴールバーに向かって蹴ったボールが快斗にわたり、リフティング。
快斗がそれをゴールバーに蹴って新一に返し、リフティング。
二人がそれぞれに一個ずつボールを持ち、数回に1度、バーを介して互いにパスしあうという・・設定&映像。

・・・だったからだ。

世界的名選手のR選手が一人でやっててさえ、高度すぎ、CG疑惑が持たれたほどなのに。
それを二人でバーを介してパスをしあうとは・・・。

「・・・ま、和葉ちゃんの疑問は普通だよな。インタビューでも“CGですよねっ?!”って期待ミチミチな目で訊かれたし。」

とんでもない質問を!と焦る平次の傍らで、平然と食後のお茶を飲む新一は、ニッコリ微笑んで和葉の質問を否定した。

「でも、あれはれっきとしたホンモノ。快斗のとっさの思いつきをオレが受けて、決定したモノだからね。・・・必死に練習しました。お陰で本番は一発撮りでOK。」
「一発OK・・ちゅうことは快も?!」
「・・・ケンカを売っといて“やっぱりできませんでした〜”と泣き言は言えねえだろ。収録後捕まえたらさ。必死に練習したって白状したよ。・・・今年もマリーンズは手ごわいぜ。」
「・・・。」

楽しそうに話す新一の様子に、さもありなん、と納得した平次らは、大反響を呼んでいるCMを思い返しつつ、目の前の偉大な仲間でありライバルでもある新一を感嘆の思いで見つめたのであった。


それから1時間ほど話し込んで会はお開きとなった。

志保は隆祐の家に行き。明美は夫と帰宅。和葉は平次が送り。真は一人、寮に戻った。

「真さんと・・・新一君、それに服部君も。免許を取ってたのね。」
「ええ。でも新一は、門真で試験を受けたの。まだユースの頃に、国際免許を取っちゃってたし。暢気に車校へ行きたくないからって。そうしたら、服部君が対抗心燃やしちゃってね。少し遅れて門真で取ったんだって。自動二輪の免許はあるそうだから路上感覚は問題なかったみたいだけど、車庫入れでちょっと苦労したって聞いてるわ。京極さんは、オフの間、時間を調整して地道に車校に通ったそうよ。」
「そっかぁ〜。」

客である園子を一番にし、次が蘭、最後に新一の順で風呂に入ることに決めた新一が入浴中に、園子は用意された部屋でくつろぎながら、すっかり妻の貫禄が出ている蘭と何気ない話をしていた。

「蘭・・・幸せ?」
「え・・何?あらたまって。」
「聞くまでもないか。・・ゴメン、何でもないよ。」

笑ってごまかす園子の表情に何か感じるものがあった蘭は、困ったように目を細めた。

「住む所は遠く離れても、友だちなのは変わらないから。・・・溜めないで言ってよ?園子。」
「蘭。」

優しく微笑む親友にそっと微笑み返した園子は、新一が風呂を出た気配を察すると、蘭を促しておやすみの挨拶をし、新一の下へと向かわせた。

「・・・ホント、優しいよね。」

蘭が消えた扉を見つめた園子は、ため息を一つ吐くと、明かりを落とした。
そして客用ベッドにもぐりこみ、目を閉じた。

「言えないよね。私が・・・もうこっちに来るの、許してもらえないかもしれない・・・なんて。」

新一のかねてよりの招待だったから許された大阪行きだが。実は両親にいい顔をされてなかったのである。

「(蘭たちの式の時も避けられてたカンジだし・・。パパもママも、真さんを認める気はないってことなのかなぁ・・。両親に手放しで祝福された蘭たちが・・正直・・羨ましいよ・・・。)」

披露宴で真が感じた道程の険しさを、園子もまた感じ取っていたのであった。




to be countinued…….




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