レジスタ!
By 泉智様
(19)
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
開幕試合前日の合流日の朝。前日の帰宅の挨拶に引き続き、愛妻の蘭と熱いキスと抱擁をかわした新一は、意気揚々クラブハウスへと向かった。
留守を預かる蘭と園子は、和葉の到着を待って明美の家へ向かい、志保と合流。“お友達同士、楽しんでらっしゃい”という明美の勧めに従い、和葉の案内で大阪見物に繰り出した。
その最中。園子は、これが最後の来阪になるかもしれないという思いからか、いつになくハイテンションで。
「(蘭。園子、なんだかおかしくない?)」
「(うん・・。私もそう思うんだけど、話してくれそうになくて・・。)」
付き合いの長い蘭と志保は、声を潜めて心配そうに言葉を交わしながら、園子の様子を窺っていた。
「ほら、ここやv。ここが“足の神様”で有名な神社やで。」
「へえ〜っ、ここが・・。」
開幕戦直前ということで、今日はまずココ!と和葉が案内したのは神社だった。
ビッグ大阪ホームスタジアム近郊の町にあるそれは、庶民的な町の一画にひっそりと佇んでいた。足の神様ということで名が通っていることもあり、スポーツ関係の人が多くお参りに来ていること、昨シーズンのビッグのグランドスラムが掛かっているときなどは、とくに多くのサポーターが訪れたことを楽しそうに語る和葉の声を聞きながら、一行はお参りをした。
「ねえ、ビッグのみんなもここにお参りに来てるのかな?」
「さあ、それはどうなんやろ?人により、やないかなァ。まあ、今のアタシ等みたいに、身内がお参りに、っちゅうことは、普通にあると思うけど。」
そう案内を受けながら、社務所で絵馬を見つけた一行は、誰とはなしに絵馬を購入。めいめいに願い事を書いてつるした。
「なあ、蘭ちゃん。何書いたん?」
「秘密。そういう和葉ちゃんは?」
「アタシも内緒。」
「もう。志保は?」
「ダメよ。こういうことは、言ったら効かなくなるんでしょ?園子、書けた?・・園子?!」
いつもならこういうことは率先してノリノリでやる園子が、今日はどうしたことか、白紙の絵馬を手に、じっと立っていた。
昨日から様子のおかしい園子が気にかかっていた蘭は、志保の声に園子の傍らに駆け寄ると、そっと腕をとった。
「どうかしたの?園子。気分でも悪いの?どっか、適当なところに掛ける?」
そして移動しようとして、それでも動こうとしない園子に、心配が募った。
「・・・違うの、蘭。気分が悪いんじゃないの。」
「園子?」
「もう・・これきり、こっちに来れなくなるんじゃないかって思ったら・・手が・・動かないの。」
そう吐き出すようにつぶやき。うつむいて、絵馬に大粒の雨を一つ、また一つと落とし始めた園子のただならぬ様子に、和葉は戸惑ったように志保の顔を見つめ。蘭は、そっと園子の肩を抱くと促して、神社の隅へと移動した。
「大丈夫?園子。」
「だ、大丈・・。」
そして蘭の腕の中でしゃくりあげる園子の背を、3人でさすりながら、園子が落ち着くのを待った。
「・・っく。ご、ごめ・・っ・・く。」
「いいよ、辛かったんだね。・・・ねえ、園子。私でよかったら、話してくれない?園子が辛そうにしてるのは、私も辛いから。だから・・。」
「らぁ〜ん。」
蘭のなだめによって園子が少しおちついたのを見て取った和葉は、河岸を変えることを提案。一行は一旦神社を後にし、近くの喫茶店に入った。
注文したお茶を一気に飲み干して息を吐いた園子は、ぎこちない笑みを向けると、口を開いた。
「ごめん。いきなり泣いたりして。」
「ううん、園子。それより、さっき言ってた事・・・ホントなの?」
「・・・うん。今回のことは、披露宴のお礼にって新一君が招待してくれたから、行かせてくれたんだけど・・・うちの親、二人とも、実はいい顔してなかったんだ。」
「いい顔してなかったってつまり・・・工藤君の招待が迷惑やったってこと?」
「ううん。違うよ。だったら、ハナっから行けるはずないもん。」
「やったら・・。」
どうして・・と和葉が続けようとしたところで、じっと様子を見ていた志保が口を開いた。
「もしかして、彼と関係アリ?」
「志保さん?」
「蘭は何か聞いてない?新一君から。」
園子の家庭環境からおおよその事情を察した志保は、もの問いたげな視線を蘭に向けた。
「蘭ちゃん、どうゆうこと?アタシには全然話が見えへんのやけど。」
戸惑いの表情を隠さず志保と蘭を交互に見つめる和葉の前で、蘭は、ためらいがちに口を開いた。
「実は・・・披露宴で新一、伯父様から、“京極さんがどういう人か聞かれた”って言ってたの。その時に新一はすぐに、園子たちとお正月に杯戸ショッピングモールで会ったときの話を思い出して。京極さんが園子と神宮で会っていたのを、伯父様の知り合いか部下に見られたんじゃないか、って思ったんだって。それで・・・京極さんと親しい自分がそう聞かれるってことは・・・京極さんが、園子がお金持ちのご令嬢だから近づいただけの、財産目当ての男で、園子が騙されてるんじゃないかって誤解されてるんじゃないか・・って・・・。」
「そんなァ!」
「もちろん、新一は京極さんのことを信頼できる、人柄も申し分ない素晴らしい仲間で、大事な友人の一人だ、って一生懸命話したって。でもその様子じゃ、伯父様・・・。」
「うん・・・。式でも紹介させてもらえなかったし。認める気、ないみたい。・・・多分。」
「そんな・・っ!酷すぎるで!」
「・・でも、ありえるわね。園子のお父様なら、すぐさま探偵の一人や二人雇って、身辺調査に身上調査ぐらいは済ませただろうし。周囲の(仕事面での)評価や新一君の見識は認めたとしても、家の格が違う、今のうちに忘れさせよう、って考えているとしても仕方ないわよね。」
「志保さん!・・蘭ちゃん!」
「いいのよ、和葉ちゃん。志保の言うとおりだから。一般的には“そんなもん”よ。・・でも・・・。」
「そうね。だからといって、本人と話もしないで・・っていうのは、ちょっとどうかと思うわね。」
「志保さん・・・。」
世間的な見方で切り込んだ志保に一旦は非難の声を上げた和葉だったが。それでもちゃんと、園子の心情を慮っている志保の様子に、おとなしく矛を収めた。
「ねえ。新一の招待なら、とりあえず許してもらえるんでしょ?次からもそれじゃだめなのかな?」
「そうね・・・。新一君のことは、パパもママも凄く可愛がってるし。面子を潰すようなことはしないと思う。でも・・・。」
「そうね。口では行っておいでと言いつつも、視線で彼と会うのは許さないと訴えられたら・・・辛いわよね。」
「うん・・・。」
話を打ち明けてもらっても、どうにもいい解決策が浮かばなくて。
4人の間にはしんみりとした空気が漂った。
結局。園子の絵馬はこの日納められることはなく。
気晴らしに気分を変えて梅田に繰り出したのだが、どうにも暗い気分は払いきれなくて。
「ごめんね、蘭。今日一日、つまらなくしちゃって。」
「園子・・・そんなことない。私こそ、ごめん。何も力になれない・・・。」
「・・・やだ。泣かないでよ、蘭。蘭に泣かれたら私・・。」
「だって・・・園子には、新一とのことでいっぱい、いっぱい助けてもらったのに・・・。私は何もできない・・・。」
「そんなことない!蘭やみんなが気づいてくれただけで、聞いてくれただけで、嬉しい!」
「そのこぉ〜。」
この日。新一が居ない夜。
蘭と園子は二人一緒の部屋で寝むはずが、泣き疲れるまで泣いて、翌日の朝を迎えたのであった。
それでも公平にやってきた朝は、まぶしく煌く朝の光が泣きはらした目にしみるほどにすがすがしい、好い天気だった。
『おはよう、蘭。』
「おはよう、新一。」
恋人時代から継続して愛用の携帯に、新一から朝のラブコールを受けた蘭は、試合前の新一に心配をかけたくないと、努めて明るい声で返事を返した。
だが・・・。
「・・・。(蘭のヤツ・・・何かあったんだな。とすると、多分・・・。)」
声色に隠された蘭の心情を、新一はちゃんと見抜いていて。
その原因も看過していた新一は、敢えてそれについては触れずに電話を切ると、朝食を摂りに寮の食堂に向かった。(ホームで試合の時は、選手は寮で前泊することになっている。)
蘭の・・・というより、来客の園子の不安の原因?!の真は、園子とそれと話し合って無くても何か伝播するものがあるのか。新一より早く食堂に下り、朝食を前にテーブルに掛けてはいるものの、心此処に在らずといった風情だった。
「・・・。(これは拙いな。)おはようございます、京極さん。」
「!お、おはようございます。工藤君。」
そんな真の様子に内心で舌打ちした新一は、わざと明るい声で真の隣に掛け、箸を取った。
「・・・伯父の・・園子のオヤジさんの視線が気になりますか?」
「!ハッ!工藤君?!」
「シッ!みんなに聞こえますよ。・・・とりあえず、食べてください。食べなきゃ、出る力も出せませんよ。」
「・・・そうですね。」
ためらいがちに箸をとり、汁を吸った真の姿を横目で確認した新一は、真にだけ聞こえるように話を続けた。
「・・これはオレの勘ですが。園子とのこと、バレてると思います。式のとき、京極さんのことを聞かれましたから。」
「!やはり・・・そうでしたか・・・。」
食べながらも話を続ける新一の横で、真はムリヤリ箸を動かし続けた。
「だから・・・オレは。一度、伯父とちゃんと話した方がいいと思います。」
「それは・・・もちろん私も、そう思っています。・・・ですが、機会が・・・。」
「・・・セッティングなら、協力します。」
「!・・・工藤君。」
「多分、伯父は誤解してると思うんです。何しろこれまで、園子自身に惹かれてというよりも、園子のバック目当てに近づく輩が物凄く多かったから・・。」
「・・・そうでしたか。」
「一度ちゃんと話をすれば、分かるはずなんです。だから・・・よかったら、手伝わせてもらえませんか?」
「工藤君・・・。いいんですか?」
「ええ。京極さんにはいつも助けてもらってるし、それに・・。」
「それに?」
「園子にもこれまでずっと世話になってきましたしね。何より・・。」
「・・・私たちがうまくいかなかったら、奥さんが悲しむから、ですか?(苦笑)」
「ええ(苦笑)、そうですよ。だから、まずはちゃんと食べて。今日の試合、頑張りましょう。いい仕事をこれでもか!と見せつけて、伯父の前に堂々と出れるだけの自信をつけないとね。」
「ええ、そうですね。」
新一という味方を得て、暗闇の中の一筋の光明を感じたのか。ようやく真はいつもの落ち着きを取り戻すと箸と茶碗を取り直し、いつものように勢いよく、黙々と食べ始めた。
「・・・。(これでとりあえずは一安心だな。)」
そんな真の様子を嬉しそうに見た新一もまた箸を動かすペースを速めると、全ての皿をあけ。真と連れ立って、試合前の練習に向かった。
そんな二人の様子を見ながら、同じく食事を終えたラムスは、どこか安心した面持ちで膳を下げたのであった。
☆☆☆
「おはよう。蘭、園子。」
「おはよう、志保。」
「・・・二人とも酷い顔。十分、寝れなかったのね?」
「うん・・。」
互いに泣きはらして睡眠不足なのを志保に見抜かれた蘭と園子は、志保によって、集合場所に決められた明美の家のソファに強制的に掛けさせられると、冷しきったタオルをまぶたの上に乗せられた。
「「志保?!」」
「しばらくそうしてなさい。そんな顔じゃ、彼に心配かけるだけでしょ?とりわけ新一君はそういう時の勘が鋭いんだから。貴女たちのためよ。」
「「志保・・・ありがとう。」」
「お礼を言われるようなことじゃないわよ。出発までまだ少しあるし、二人とも、ちょっと休みなさい。」
「「ん・・・。」」
そのままソファに深くもたれてじっとしている二人を確かめた志保は、ため息を吐くと、台所でお茶の用意をしている明美のほうへと足を向けた。
「二人とも、どうしたの?」
「なんでもないわ。ちょっと寝不足気味みたい。今目元を冷やしてるから、暫くそっとしておいてあげて。」
「そう・・・。」
園子と真の恋路の険しさを姉に話してもいいものか。
一晩考えあぐねた志保は、今は言わない選択を取った。
「(このこと、新一君は察してるわよね。どうするつもりなのかしら。新一君のことだから、二人のこと、放っておくとは思えないんだけど・・。)」
現地集合の約束をしている和葉との待ち合わせ時間ぎりぎりまで二人を休ませた志保は、暫くしてから二人を起こすと、明美も一緒にスタジアムへ向かった。
☆☆☆
「ひゃあ〜っ、凄い人!」
「ホンマ、ホンマ!満員御礼や!」
試合開始1時間前にはもう、スタンドは両チームのサポーターで埋め尽くされていて。
新一の、園子に対する感謝の気持ちで用意されたメインスタンドの指定席に座った一行は、試合開始を今か今かと待つサポーターの歓声を聞きながら、試合開始前のピッチを見つめた。
ほどなくしてビッグ大阪と相手チームが入場してきて。自分のポジションに立った彼(あるいは伴侶)の姿を見つめ、心中で声援を送った。
ビッグ大阪開幕戦は、“チーム力ではホームのビッグ大阪が優勢だが、昨年の疲れとオフシーズン中も試合尽くしだったビッグ大阪には疲労があり、アウェーチームにも勝機がある”という試合前評価があった。だが、実際は・・・。
《試合終了!ビッグ大阪、今季も存分な強さを発揮!3−0で初戦をものにしました!》
オフの試合続き(東アジアの強豪との試合)の疲れを感じさせない動きでビッグ大阪が勝利した。
「下馬評でいやらしいことを言われてたけど、ふたを開けてみれば、圧勝だったわね。」
「そうだね。よかった〜っv。」
明美の家でまぶたと一緒に頭も冷やした格好になった蘭と園子は、心中の憂いを吹き飛ばす夫・新一と彼・真の活躍に、頬をそめ、手を取り合って勝利を喜び合っていた。
そんな園子の様子を、ガラス越しで観戦できるVIP席に居る父・史朗が見ているとも知らないで・・・。
「・・・。」
「会長。こちらです。どうぞ。」
「うむ。」
試合終了後。
園子の姿が出口へ消えるのを見送った園子の父で財閥会長の鈴木史朗は、主席秘書の西野の先導で、ビッグ大阪のロッカールームへ足を向けた。
☆☆☆
「工藤君。」
「はい、何でしょう?」
「・・・(耳打ち)・・・。」
「分かりました。着替えが済んだら伺いますと伝えてください。」
「分かりました。」
今朝方、真に“セッティングの協力をする”と申し出た矢先に、伯父の史朗がこの試合を観戦し、自分を待っていると聞き。大急ぎでシャワーを済ませて着替えた新一は、いつもならもっと後の順番で受けるマッサージを早い順番で受け、史朗の待つ応接室に向かった。
「工藤のヤツ、どないしたんや。あないに慌てて。」
「さあ?」
「そういやァ、さっきフロントスタッフが工藤に何か耳打ちしてたな。案外、今日の試合をスポンサーが見に来ていて、呼び出しを食らったとかかもな〜。」
「そうか?今日はスポンサーデーじゃねえだろ。それにスポンサーに呼び出し食らうような不味いこと、工藤、してたか?」
「してへんな。」
「せやな。そういうたら、確かにそうやな。・・・ってことは。例えば、あの超美人の新妻がご褒美vって(関係者以外立ち入り禁止区域に入って)待っとるとかァ?」
「アホォ。そんなん家に帰ってからで十分なことやろ?(殴)」
「アイタタ・・。冗談やっちゅうに、分からんやっちゃなぁ。それにしても、何なんやろな?」
「さあな〜。」
☆☆☆
「伯父上、すみません。遅くなりまして。」
「いや、こちらこそ、急に呼びたててすまなかった。ちょうどこっちで仕事があってね。せっかくの機会だから、寄らせてもらったんだよ。今日の試合は素晴らしかった。この分だと、今年もいいところまでいけそうだね。楽しみにしているよ。」
「ありがとうございます。」
和やかに自分に語りかける史朗の(来場の本来の)意図を察している新一は、さりげなく切り出した。
「でも、僕たちが思いっきり戦えるのも、ゴールを守る京極さんの活躍があればこそですよ。今日は彼の出番は少なかったんですが、どうでしたか?」
「そうだね。・・・確かに、新一君の言うとおり、好いプレーをしていたようだね。背筋はピンと伸びてるし、全身からものすごい気合と、いい雰囲気を感じたよ。」
「ええ。凄く信頼できる仲間です。せっかくここまで来られたんですし、どうですか?会っていただけませんか?」
「・・・。」
「伯父上。」
「・・・。」
「一度でいいんです。せめて挨拶だけでも受けてもらえませんか?」
「・・・。」
「お願いします!」
「・・・新一君。頭を上げてくれたまえ。」
「いえ、挨拶だけでも受けてもらえるまでは!」
「・・・そのくらい、構わんよ。」
「えっ?!」
「西野。スタッフの方に、京極君を呼んでもらえるよう、頼んでくれないか。」
「かしこまりました。」
もっと気難しい顔で拒まれると踏んでいただけに、アッサリと願いを受け入れてくれた史朗の顔を、新一は呆けたように見つめた。
ほどなくして秘書の西野と真が連れ立って部屋に入ってきて。
緊張の面持ちで一礼する真に穏やかな笑みを向けた史朗は、新一の隣に掛けるよう、真に勧めた。
「失礼します。」
真の膝の上におかれた拳が、緊張のためか小刻みに震えているのを感じ取った新一は、史朗伯父が真に対してどう出るか、どきどきと鼓動を高ぶらせながら見守った。
「初めまして。京極真といいます。よろしくお願いします。」
緊張しつつも、それでもそらすことなく真っ直ぐに史朗を見つめる真剣な真の瞳を見据えた史朗は、柔和な笑みを浮かべた。
「こちらこそよろしく。私は・・。」
「存じ上げています。鈴木財閥の会長さんでいらっしゃいますね。新聞・TVで何度かお顔を拝見しています。」
「そうかね。私は、そこに居る新一君の披露宴で一度君を見かけたように思っているのだが。」
「ええ。京極さんは 僕の招待客でした。」
「そうか。・・・あの席では、パートナー同伴可能だったと思うのだが。誰かと一緒に来られたのかな?」
「!(伯父さん?!)」
「・・いえ。一人で。」
「・・おや。君みたいな魅力的な人が一人とは。・・・恋人はいないのかな?」
「いえ・・・恋人は、います。」
「ほう?」
「・・・あなたの・・お嬢さんとお付き合いをしています。」
「!(京極さん!)」
「・・・いつからかね。」
「告白をしたのは、今年の1月です。それまでは、友人夫婦・・工藤君を介して、友人として、何度か・・会ってました。」
「・・・そうか。」
「・・・・・あの。」
「何かね?」
「・・・・・私の実家は、伊豆で小さな旅館をしています。園子さん・・お嬢さんとは、天地ほどに家柄が違うのも、お嬢さんの交際相手が私では分不相応なのも分かっています。でも、私は真剣にお嬢さんのことが好きなんです!お願いします、お嬢さんとお付き合いするのをお許しください!」
首まで赤く染めて立ち上がり、頭を下げる・・と思いきや。
「京極さん?!」
「き、君?!」
史朗の掛けている椅子の傍らに来て、土下座した真に、新一も・・・礼を受けている史朗も驚いた。
「お、伯父上。」
「京極君、顔を上げてくれたまえ。」
「・・・。」
全身から園子へのひたむきな想いと必死さが伝わって。
新一は真の傍らにひざまずくと、体に手をかけ、史朗を見上げた。
「伯父上、オレからもお願いします。京極さんは、一時的な感情でモノを言う人じゃありません。園子は、高1のときから彼の試合を追っかけてましたし、彼も、その頃から園子のことを意識してました。友人となったのはオレがこっちに移籍したことが切欠ですが、その時だって、京極さんは、園子が伯父上の娘だとは全然知りませんでした。京極さんは・・いえ、京極さんこそ、園子を幸せにできる男だと、オレは思ってます。」
「工藤君・・・。」
新一の援護に、下げていた頭を上げて、驚きの顔で新一を見つめる真と。
真の驚きと感謝の視線にも気づかず、真剣な瞳で史朗に向かう新一の瞳。
「・・・。」
双方の真剣な訴えを見た史朗は、フッと穏やかに微笑むと、席を立って二人の前にひざまずき。そっと二人の腕を取った。
「どうやら、私の娘は相当な果報者のようだな。」
「「・・・。」」
「二人とも立ってくれたまえ。」
「伯父上。」
「鈴木会長。」
新一と真の腕を取って立ち上がらせた史朗は、二人の背を押して再び二人が掛けていたソファに座るよう促すと、自分も座りなおした。
「どうやら、新一君の言うとおり、彼は確かに誠実な人のようだな。」
「!伯父上!」
「!鈴木会長・・。」
そして真に向き直って微笑むと、真面目な口調で口を開いた。
「私は、家柄どうこうで娘の交際を邪魔する気はないつもりだよ。ただ、家業が家業で。園子は跡取りに考えてる大事な娘だからね。親としてはどうしても、交際相手には慎重にならざるをえんのだよ。だから、先ほど君が言っていた、今年の1月のことだが・・杯戸神宮で娘が男と一緒に居るところをうちの社員が見かけていてね。申し訳ないが、探偵を雇って、調べさせてもらったんだよ。だから、君の出自・経歴などは分かっているし、周辺の人間からも素行がどうか聞いて確かめても居る。」
「「・・・。」」
「今日のことで、君の真剣な気持ちは分かったし、人となりもよく分かった。二人の交際について・・・私は・・今のところ、妨げる気はない。」
「「?!」」
「財閥の会長といっても人の親に変わりはないからね。娘が意中の人と幸せになってくれたら、それにこしたことはないと思っている。だが・・今後。事情によっては、世界中の関連企業で働く社員を守るために、あの子の幸せを曲げねばならない事態も起こり得る。」
「「!」」
「それでもいいのなら・・それを承知してくれるなら、私は君を園子の交際相手として認めようと思う。」
「伯父上。」
「会長。」
「まあ、そうならないよう私も努力するし、あの子も頑張るだろうがね。」
そう言って微笑んだ史朗に、真は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
そんな真の腕をとって起こした史朗は、思いをこめて、真の腕を取る手に力をこめた。
「君なら、園子を支え、いい影響を与えてくれるだろう。・・・よろしく頼むよ。」
「はいっ!」
紅潮した頬で史朗を見つめ返した真は、起立して、深々と一礼した。
そんな真を満足そうに見つめた史朗は、席を立つと秘書に目を遣り、ドアへと足を向けた。
「伯父上。」
「新一君。君たちにも・・園子のこと、よろしく頼んだよ。」
「はい・・!」
「蘭君にもよろしく伝えてくれ。今日は無理だが、いずれ日を改めて遊びに伺わせてもらうよ。」
「はい!」
立ち上がった新一はドアノブを取って一礼し、史朗を見送ると、喜色満面といった風で振り返った。
「京極さん!」
「工藤君・・ありがとう!」
そこには歓喜で瞳を潤ませている真が居て。新一は真の肩を抱いて男泣きに付き合った。
☆☆☆
その夜。
新一の家のリビングでは、緊急の祝宴が繰り広げられた。
「よかったね、園子!」
「うん・・うんっ///!」
朝方までの不安が帰宅した新一の知らせで、園子と真は晴れて園子の親の了解を得られたと分かったからである。
「これで書けるわね。」
「そうやね。明日にでも一緒に行ってきたら?出発は午後やろ?」
集った女性陣の話が見えず、ハテナマークを飛ばす男性陣だったが。園子が取り出した絵馬を見た途端、納得した。
「お前等、昨日、ここ行っとったんか。」
「ウン。ちゃんとバッチリ祈願しといたったでv。」
「そっか・・・。京極さん。」
「ええ。では、明日、一緒にお参りに行きましょう。園子さん。」
「はいっ!」
頬を染め、うれし涙で瞳を潤ませた園子は、ようやく今回大阪に来てから一番の笑顔を見せたのであった。
そして翌朝。
「じゃ、行ってくるね〜v。」
「うん、気をつけて。」
真の出迎えを受けた園子は、意気揚々と“足の神社”へとラブラブデートに出かけた。
「・・・よかった。」
「そうだな。」
玄関で園子を見送った蘭は、リビングのソファーに掛けて新聞を読む夫・新一の隣に掛けてもたれかかると、うっとりと目を閉じた。
「ん?どうした、蘭?」
「ありがと、新一。」
「ん?何に?」
「京極さんがね、言ってたの。新一のお陰だって。・・・だから。」
蘭の言葉から窺える、どこまでも謙虚な真の心に苦笑した新一は、蘭の腰に手を回して引き寄せると、やんわりと否定した。
「違うよ。二人がうまくいったのは、京極さんが誠意を見せたからだよ。オレは何も。」
「そう?・・・でも、よかった。園子が元気になって。」
「そうだな。」
微笑みあった二人は見詰め合ってキスをかわすと、園子を見送るまでのひと時をゆったりと過ごしたのであった。
☆☆☆
一方、その頃。東都では、史朗が妻の朋子に、真に会ったことを伝えていた。
「新一君の言った通り、なかなかの人物だったよ。京極君は。」
「・・・確かにあなたの言うとおりかもしれないけど、対外的に正式にお認めになるつもりなの?」
「園子はまだ学生だし、後継としての修行はまだこれからだ。彼は確かに素晴らしい人物だと思うが、正式にお披露目となると、(後継の夫として)求められるものも出てくる。そこまで二人が続くか見極めてからでも遅くないし。そう(お披露目)なると、我が家の一存で・・ともいかないからね。」
「そうね。」
史朗が真を園子の彼氏として正式にお披露目するつもりが(当面は)ないと知り柳眉を下げた朋子は、ソファに掛け、ティーカップを手に取った。
「先方の・・京極さんのご両親のお考えもあるでしょうからね。」
「ああ。」
何か思うところがあるのか、カップの中身を見つめた朋子は、フッと苦笑いをこぼすと一口含んでカップをティーソーサーに置き、テーブルの上に戻した。
「前途多難ってことかしらね?・・・私たちより。」
「そうだね。・・あの子が、いや、あの二人がそれを乗り越えられるかどうか、見守ろうじゃないか。」
自分たちの結婚の時、一部親戚から反対された経緯がある二人は、顔を見合わせて苦笑した。
「そうね。・・とりあえず女親としては、あの子が“嫁”として認めてもらえるよう仕込む必要がありそうね。京極さんはスポーツ選手ですもの。蘭ちゃんがしているように園子も(お料理くらい)できないと、家柄云々以前の問題として“お断り”されてしまいかねないわ。」
「朋子。」
そう言った朋子は、園子の後継教育の科目を増やすべく、教育係を探しに席を立った。
探偵に依頼した身上調査に目を通して渋面を作った妻が、自分の話を聞いて、とりあえず娘の背を押すほうに回ったことに安堵しつつ、史朗は窓の外を見やった。
☆☆☆
その日の夜。
「うげっ?!」
帰京した園子は、母から渡された“後継教育”内容に不平たらたらの声を上げたのだが。
「京極さんとのこと。お父様が折角認めてくださったのに、それをナシにされてもいいの?」
と、勝ち誇った笑みで言われ、渋々受け取ったのであった。
園子が、母が後継教育内容に“料理”を組み込んだ真意を悟るのは、それからまだ当分先のこと・・・。
真の両親に会いにいくことになったときだった。
to be countinued…….
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