レジスタ!



By 泉智様



(2)



蘭に見送られた数時間後。俺は、大阪に到着した。今日からここで新しい生活が始まる。

ビッグ大阪の選手寮で暮らすことが決まっていた俺は、新大阪駅で関係者の出迎えを受けた。ビッグ大阪は大阪に本拠地を置くクラブの一つで、広大な公園の一角にホーム・スタジアムを有している。まずそこへ案内された後、クラブハウスに向かった。そして練習場、トレーニングルーム、メディカル・ルーム、ミーティング・ルーム等々の案内を受け、その後、選手寮に案内された。部屋は全室個室で、バス・トイレ完備の1ルーム。高校生の一人暮らしには十分すぎる広さだ。しかも、ガスコンロ・小型冷蔵庫・エアコン・ベッド・箪笥・机といった必要最低限の家具・電化製品まで備え付けられている。俺は部屋をざっと一通り見渡した後、鞄を広げ荷物を片づけ始めた。

新しいチームメートへの挨拶は、明日の下校後の練習時に行なうこと。
高校の転入手続きは既にチーム側が済ませており、早速、明日から登校すること。
これらの説明を、新大阪駅からの道中、受けた。まあ、流石に制服は間に合わないので、当面は今までのを着用するのだが。

編入先は、私立改方学園・高等部。(チームの本拠地から電車を乗り継いで約1時間ほど掛かる)大阪北部・北河内地域にあり、大阪屈指の文武両道校と謳われる有名私立・・と聞いている。確か、ユース代表合宿で一緒になったFWの服部平次の出身がそのへんで、通ってる学校もそんな名前だったような気がする。不意に、やたらに人懐こくて賑やかな(飾らない言葉で言えば、五月蝿い)服部の顔を思い出して、少々げんなりした気分になった俺は、一通り片づけを済ませると、ベッドにごろりと横になった。右手を翳して指輪を見つめる。すると、ホームで見送ってくれた蘭の笑顔が瞼に甦ってきた。

「・・・蘭。」

名前を呼んで。翳していた手を下ろして目を覆うと、瞼の裏に一層鮮明に蘭の笑顔・姿が映った。離れてからまだ半日も経ってないのに、もう会いたくて、抱きしめたくて。焦がれるほどに愛しさが募った。
暫くしてから手を下ろした俺は、ぎゅっと拳を作り、胸を叩いた。指輪にこめた思いと蘭に誓った決意を、胸にシッカリと刻み付ける為に。









翌朝。早起きして食堂で簡単に朝食を済ませた俺は、改方学園・高等部に登校した。

「東京から転校してきた工藤新一です。宜しくお願いします。」

朝のホームルームで、新しいクラスメートにそう挨拶をした時。いきなり教室の後ろのドアが勢い良く開かれ、威勢のいい声が響いた。

「服部です!遅なってすんません!」
「・・・・・(服部?!オイ、マジかよ)。」
「服部。自分、ま〜たトレーニングに励みすぎて時間を忘れよったんやろ。まあ、お前らしいけどな?時間には気いつけなあかんやろ。大事なことやで?何事につけてもな。」
「すんません。」
「まあ、ええわ。座れ。」
「センセ、おおきに。」

担任はいつもの事だからか、それとも服部のキャラクターがそうさせるのか、お小言は言うが、苦笑半分の呆れ顔だった。そんな二人のやり取りを俺が呆気に取られて見ていたら、服部の目線が担任の横に立っている俺に向けられた。

(ゲッ、ヤベッ・・・。)

目が合った瞬間、とっさにそう思った。何故なら次の瞬間。俺の姿を認めた服部は目を瞠ると、喜色満面で一気に俺の目の前に駆け寄り、ガシッ!と肩を掴み、この階の隅々、いや学校中に響き渡るような途轍もない大声で俺の名前を絶叫。唖然とする担任やクラスメートを尻目に、一気にまくし立てたからである。

「工藤ぉーっ!!!工藤やないかぁっ!お前、何でここにおるんや!まさか、転校してきたんか?何でや?引越しでもしたんか?・・・ま、そんなことはどうでもええわ。よう、大阪に来たなあ。ど〜や。ええとこやろ?大阪は!・・・それにしてもお前、何時来たんや?昨日か?それとも一昨日か?何や、教えてくれれば、迎えに行ったったのに。水臭いなあ。お前と俺の仲やないか。なあ?工藤?」
「・・・・・。」

昨日俺が予想したとおり・・・いや、それを遥かに上回る賑やかさ。
俺はげんなりした顔で溜息をつくと、

「(参ったな。こりゃ、転校理由の説明をしなきゃ、収拾が付きそうにねえな。)」

と、決めたくも無い覚悟を決めて口を開いた。

「・・・はぁ〜っ。服部。お前、相変わらずだな。ちったあ、時と場所を考えろよ。」
「はあ?何言うとるんや、工藤。」
「・・・周りを見てみろ。一応、朝のホームルームの真っ最中だぞ。しかもお前。学校中に響き渡るような大声で絶叫しやがって。」

ここまで言ったところで初めて、服部は周りを見渡した。そして、ハイ・テンションだった自分を呆れ顔で見つめる周囲の視線にようやく気付き、照れた風にして頭を掻いた。

「ハハハ。いや〜スマンスマン。久しぶりにお前に会うたさかい、つい感激してもうてなあ。・・・で?何でここにおるんや?工藤。」

でも、疑問を晴らさずにはいられないらしい。俺は担任に、『すみません、ちょっとコイツと話してきますから。』そう断りを入れると、服部の腕をガシッ!と掴み、問答無用で廊下へと引きずり出した。ドアを(一応静かに)キッチリ閉め、服部と向かい合って立つ。呆れ顔の俺に対し、コイツはこうなった原因を作った自覚を遥か彼方に放り投げたのか、笑顔で訊いてきた。

「・・・で?何でや?工藤。」

俺の記憶では、コイツはまだ、ビッグのユース所属の筈。俺が(期限付き、とはいえ)そのトップに呼ばれたと知ったら、負けず嫌いのコイツの事。どう反応するか目をつぶっていても分かる。『何やてぇ〜っ!』とまた絶叫するだろうと覚悟を決めて、俺はそっけなく答えた。


「期限付きで移籍したんだ。次のシーズンから1年間(1シーズン)は、ビッグ大阪でプレーするんだよ。」
「・・・・・ホンマか?」


服部は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

「だから、こうしてここにいんだろ。」

俺の予想に反して服部は悔しがることも絶叫することも無かった。逆に、不気味な位に“にっこぉ〜っ”と笑みを浮かべた。そんな服部の表情に、“服部の反応の傾向と対策”が外れた俺は、訝しげに呼びかけた。

「服部?」

服部はその不気味な笑みを浮かべたまま、俺に一歩、歩み寄った。いやな予感が背中を走る。俺は無意識に一歩後ずさった。

「工藤−っ!!!」
「○△□×!!!」

予感的中。服部は俺に“ガバギュウーッ!”と抱きつくと、再び絶叫した。

「ホンマかあ〜っ!工藤!俺は嬉しいで!お前と一緒にプレイできるんやからな!」
「(・・・今度こそ、学校中に響き渡ったな。)」

そう確信させるには十分な大声。その証拠に他クラスのドアが次々と開き、次々と人が出てきて、コイツの(俺の、じゃねえ!)醜態を見つめている。

「は、服部!このバカッ!放せっ!俺は、男に抱きつかれたって全っ然!嬉しくねえっ!」
「何や、つれないのお、工藤。お前はこの俺様と一緒にプレイすんのが嬉しゅうないんか?」
「な、何言って・・・。だいいち、お前はまだユースだろーが!それより、いい加減放せってえの!」

やっとのことでコイツを突き放し抱擁から逃れると、俺は締めていたネクタイを緩め、服部を睨み付けた。服部は、といえば。悪びれも無くニコニコ笑っている。

「・・・ったく。」

俺が一息ついたのを見て取ると、服部は腕を組み、不敵な笑みに変わって言った。

「アホォ。誰がユースや。この俺様がそういつまでもノンビリしとる訳ないやろ?」

その一言で納得した俺は、不敵な笑みを返した。

「・・・ってことは、お前も同じか。」
「そう言うことや。ま、よろしゅうな。工藤。」

服部が握手を求めてきた。

「こっちこそな。」

その手を握り返し、不敵な笑みを交し合う。その光景を(服部の絶叫で飛び出してきた鈴なりの)ギャラリーが見つめていた。

「・・・・・・なあ、服部。」
「何や、工藤。」
「随分、賑やかな歓迎だな?。」

流石に服部もここにきて、この事態の原因が自分にあることを完璧に自覚したらしい。だが苦笑半分、でも明らかに開き直った言葉を返してきた。

「ハハッ。せやな。・・・でも、廊下に連れ出したんはお前やで、工藤。」

この言い草には、流石にムッときた。しかし、これ以上騒ぐのはマジで拙い。そう判断した俺は、一応『一言だけ』釘をさすと、服部を促して教室に戻った。

「何言ってやがる。そうさせたのは、お前だろーが。・・・まあいい。戻るぞ、服部。」
「せやな。」

服部も自覚がある所為か、それ以上何も言わず肩をすくめると、ギャラリーに『終わったで〜。早よ、教室に戻りや〜。』と笑顔で呼びかけて、教室に戻ってきた。担任は『工藤君。転入早々、大変やったな。』と言って笑っただけで、俺たちを咎めることはせず、俺に座席の位置を教えてくれた。そして長すぎたホームルームをさっさと済ませ、教室を出て行った。
俺の席は窓際で、前から3番目。後ろが(とんでもないことに)服部で、右隣にクラス委員長だという女の子が座っていた。

「工藤君やったっけ。災難やったなあ。こんなんに気に入られてもうて。」

そう言って、俺の後ろに座る服部を睨み付けると、

「アンタ、朝っぱらから何騒いどんの。学校中に筒抜けやで。もうええかげんにし。恥ずかしゅうて適わんわ。」

と突っ込んでいた。その言葉に服部は

「うっさいなあ、和葉。久しぶりの再会なんやで?感激のあまり、声が“一寸”でかなっただけやないか。」

と直ぐに切り返している。

「〜〜〜アンタなあ〜#。どこが“一寸”なんや!“一寸でかなった”声で、よそのクラスの子がびっくりして飛び出てくる、言うん?」
「じゃかあしいわ。俺が“一寸”言うたら、“一寸”なんや!そう言うお前こそ、声でかいやないか。お前に人の事言えるんか?」
「なんやてえっ!」
「なんやとおっ!」

その応酬の余りのテンポの良さと息の合いっぷりに呆気に取られた俺は、声を掛けるタイミングを完全に失っていた。しかし、この光景が日常茶飯事なんだろうか。クラスメートは苦笑はするものの、誰も二人を止めようとはしなかった。それから大分経ってけりが付いたのか、女の子は俺のほうに向き直ると、気まずそうに頬を染めて、自己紹介をしてくれた。

「あ〜、放ったらかしにしてもうて堪忍な?工藤君。アタシはこのクラスの委員長の遠山和葉や。よろしゅうな。分からんことがあったら、遠慮せんと何でも訊いてな?」

ニッコリと笑うその顔が可愛くて。俺もニッコリ笑って、改めて挨拶した。

「こちらこそ宜しく。遠山さん。ところで、服部と随分仲がよさそうだけど。もしかして、服部と付き合ってるの?」

そう何気なく(他意も無く)訊いた途端。遠山さんと服部は真っ赤になり、双方からものすごい勢いで返された。・・・しかも、ピッタリ同じタイミングで。

「つ、付き合ってるやなんて。何言うてんの、工藤君。アタシと平次は、唯の幼馴染やで。」
「アホッ、工藤。何言うてんねん。俺と和葉は唯の幼馴染や。付き合うとれへん。可笑しなこと言うなや。」
「・・・・・あっ、そう。」

(ハハハ。“幼馴染”ね。ここまで息がピッタリなくせに何言ってんだか。服部のヤツ。)

こう言う時の“ニュアンス”というか、“本音”を経験者としてよく分かっている俺は、半目になりながらも、とりあえずそれで納得した風にして、肩をすくめた。



  ☆☆☆



その日の昼休み。遠山さんが昼食後、校内を案内してくれると言うので、手始めに学食を教わりついでに昼食を一緒にすることになった。

「ほな、行こか。工藤君。」
「ああ。悪いね、遠山さん。」
「・・・なんや、工藤。学食行くのか?なら、俺も付き合うわ。」
「平次?」
「服部。でもオメー、弁当じゃねえのか?自宅通いなんだろ?」
「違うで、工藤。俺も寮に入っとるっちゅうか、入ったんや。」
「へっ?!」
「ホンマやで。」
「何でまた?自宅から近いんじゃねえのか?」
「まあ、そらそうなんやけどな。今回トップに上がったことやし、気合を入れるためにも、いっぺん親元を離れてみよう思てな。」
「そうか・・・って、知らなかったぞ!俺は。それにお前、昨日俺が入ったことに気付かなかったのか?」
「あ〜。それはたまたまやな、タイミング良う留守しとった、っちゅうこっちゃ。」
「ハハハ。・・・成る程な。じゃあ、オメーも行くか。・・・良い?遠山さん。」
「あ、うん。構へんけど。」
「ほな、さっさと行くで、工藤。急がな、あっちゅう間に混んでまうで。ほら、和葉も行くで!」
「おう。」
「ちょ、平次。待ってえな!」

服部に急き立てられるようにして教室を後にした俺たち(というか服部)を見ていたクラスメートたちが、朝と同じように苦笑しているのを、俺は目の端で捕らえていた。


食堂は、ゆうに教室6クラス分の広さがあり、既にかなりたくさんの生徒が集まっていた。
取り急ぎ(ハンカチなどを置いて)席を確保すると、食券を買いに行った。

「服部、お前はよく食堂を使うのか?」
「ん〜。たまにな。小腹が空いた時に、うどん食いにきたりするで。」
「成る程ね。」

まあ、俺も(朝錬の後、小腹が空いた時、昼まで待てずにパンを1個食べる位のことは)身に覚えがあるので、その辺りは笑って同意する。俺と服部は、高校生男子としては普通量の定食を、遠山さんは、それより軽めの定食を取った。
味はなかなかのものだった。東京と大阪では味付けが違うから、一寸薄いかな、とは思うけど、これはこれで美味しい。
食事を取りながら(まあ、俺と服部が主に、だけど)、当たり障りの無い話題で盛り上がっている時、ふと遠山さんが何かを見咎めたのか、俺に声を掛けてきた。

「あれ?・・・工藤君。」
「ん?何?」

食事が済み、お茶を飲んでいた手を下ろして、俺は遠山さんの方を見た。

「右手、なんやけど。」
「右手?・・・何か付いてる?」

遠山さんにそう言われ、俺は右手を見た。だが別に、特に何か(例えばご飯粒)が付いているわけではなかった。

「工藤の右手がどないしたんや?和葉。・・・ん?」

遠山さんがそう言うので服部も俺の右手を見つめ、何かを見咎めたようだった。なぜなら、服部の顔に、ニヤ〜ッとした笑みが広がったからである。

「服部?遠山さん?」

怪訝そうな俺の右手首を服部はガシッ!と掴むと、一言、楽しそうに訊いてきた。

「これ、何や?工藤。」
「はあっ?」

俺が眉をコイル状にして考えること数秒。ようやく服部のにやけた笑みと、遠山さんの好奇心が少しだけ見える、楽しそうな笑みの意味に気が付いた。

「あ、あ〜。これは、だな/////。」

つい、顔が赤くなってしまった。下手にはぐらかすと余計ややこしいことになりそうだと思ったので、俺は一旦言葉を区切ると、二人を見つめ、言質を取ることにした。何しろ、“朝のホームルームの二の舞”はゴメンだからである。

「答えても良いけど。服部!」
「なんや。」
「約束できるか?」
「何をや。」
「騒がない、ってな。」

この一言で遠山さんは察したらしい。したり顔でウンウン肯いている。服部は察するまでに暫し時間が掛かったが、ようやく俺の言わんとすることが分かったようで、

「当たり前やがな。」

とニッコリ笑って言い切った。

「((どうだか・・・。))」

昼食も終わったので、同じくそう感じたらしい遠山さんと胡散臭い笑みを浮かべた服部を促して席を立つと、校内の案内を受ける道すがら、一言だけで簡潔に答えた。

「見ての通りのモンだよ。」

そう言ってさくさくと歩く俺を、二人は驚愕の目で見つめた。二人して驚きの声を張り上げかけて、さっきの言質を思い出し、慌てて口に手を当てると、俺を挟み込んで追及してきた。

「ホンマか?工藤。・・・東京におるんか?」
「ああ。」
「へえ〜っ。それ、お揃いなん?」
「ああ、そうだよ。」

もう、二人して好奇心満面である。職員室の前を通り、図書室・進路指導室・保健室等を教えられ、特別教室を回り、体育館と武道場に差し掛かったところで、服部に声が掛かった。相手は数人の男子生徒で、(平和的かつ)簡単な野暮用らしい。俺は少し離れて、遠山さんと二人、そのまま服部を待つことにした。

「なあ、工藤君。一寸、訊いても良え?」

遠山さんが俺を見上げて訊いてきた。

「ああ、良いけど。何?」
「・・・あんなぁ、不安や無かった?・・・なんちゅうか、その、な。遠恋、やろ?まあ、工藤君の場合、“仕事”でこっちに来なかんかったんやから仕方ないんやろうけど。」

何だかその表情が自分がそうなった場合をシュミレーションしているように感じられて。俺は苦笑交じりに返した。

「そりゃ、勿論、不安はあるよ。アイツは兎に角、もてるからさ。」
「そうなんや。だから、“虫除け”にそれを渡したん?」

俺の苦笑に、同じく苦笑交じりで茶目っ気たっぷりに遠山さんは聞き返してきた。

「う〜ん。“虫除け”か。まあ、否定はしないけど。でも、どっちかっつーと、それは結果論だな。」
「工藤君。それって、どういうことなん?」

意味深な俺の言葉に、少し頬を染めて真面目に突っ込んできた遠山さんの問いかけを、俺はニッコリ笑ってかわした。

「秘密。」

遠山さんはその答えに不満気だったが、諦めたのか、問いを変えてきた。

「それにしても、素敵なデザインの指輪やね。工藤君が選んだん?」
「ああ、そうだよ。」

俺は右手を上げて、指輪を見つめた。指輪を見つめる俺の表情に何かを感じたのか、遠山さんはまたもや好奇心満面な顔になった。

「工藤君。その彼女の事、凄く大事にしとるんやね。」
「えっ/////?!」
「やって、今指輪を見とる工藤君の顔、とろけそうやったんやもん。」
「なっ/////?!」

俺が耳まで真っ赤になったのを見て、遠山さんはクスクス笑い出した。

「ゴメンな。でも、その彼女さん。なんや羨ましいわ。」
「えっ?」
「やって、自分が好きな人に、こんなに大事に思われとるんやもん。」

そう言った遠山さんは、笑っているのに、どことなく寂しそうに見えた。
その表情の理由が(“経験者”として)何となく分かって。
俺は、余計なことかもしれないと思いながらも、口を開いた。

「・・・アイツは素直じゃねえからなあ。」
「えっ/////?!」

俺が何気に言った“アイツ”に遠山さんは反応した。

(やっぱりな。)

そう思って、俺は微笑んだ。

「同じだね。」
「工藤君?・・・何の事?同じって。」

俺の言葉にきょとんとしている遠山さんに、俺は一言だけ言った。

「“幼馴染”なんだ。俺とアイツも。」

この一言に遠山さんは相当驚いて、目を見開いた。
それから、ふわっと微笑んだ。

「そうなんや。・・・ホンマやね。」
「だね。・・・頑張れよ?」

俺はそう言って服部のいる方を伺った。

「せやね。」

切なそうに笑った遠山さんがそっちを伺った時。服部が振り向いた。

「!」

ハッ!としてすぐに身体ごと視線を逸らした遠山さんを服部は訝しげに見つめると、自分を呼び止めた奴等をその場に置いたまま、俺たちの方に歩いてきた。

「よお、服部。もう良いのか?」
「おう。」

俺の事など一顧だにせず、前を通り過ぎた服部は、遠山さんの傍まで行き、かなり間近で遠山さんの顔を覗き込んでいた。

「和葉。どないしたんや?・・・和葉?」

その問いかけの声は、教室で応酬した時の声色を思うと、遥かに優しかった。何となくお邪魔虫の気分になった俺は、

「先に戻ってるぜ。」

そう一言だけ声を掛けて、

「(これで少しは進展すると良いんだけどな。)」

などと自分の事を大棚の上に放り上げたことを考えながら、その場を後にした。



  ☆☆☆



放課後。学校でのんびりする間もなく、俺と服部は練習に向かった。俺も服部も今日が練習初日。遅刻なんてもってのほかだし、きちんとアップを済ませ、身体の準備をしておかないと、いきなり怪我、なんてシャレにならないことになりかねない。

「東京スピリッツから来ました。工藤新一です。宜しくお願いします!」
「服部平次です。宜しくお願いします!」

きちんと準備をしてから自己紹介をした俺たちは、トップチームの皆との顔合わせを済ますと、練習に入った。簡単な準備運動の後、紅白戦形式での練習となった。俺は比護さんのいる側。服部は遠藤さんのいる側に分けられた。初練習での紅白戦に(一応)少し緊張していたが、ふと、

「・・・なあ。どこでプレーしようとサッカーはサッカーだよな?」
「ああ。せやったら肩肘張らずに楽しまな、損やで。なあ?」
「同感。いくぞ!」
「おう!」

以前ユースの代表合宿の紅白戦で服部と語らったことを思い出した。見れば服部もそうだったのか、俺と目が合った時、ニヤッと笑いかけてきた。笛が吹かれ、紅白戦が始まった。紅白戦は、ラムス監督が笛を持ち、時折ゲームを止めて厳しく一人一人の動き、連携プレーのチェックをする形で進められた。開始前の緊張は、開始の合図と共にどこかへ吹き飛び。俺も服部もサッカーを十分に楽しんだ。此処のチームでも練習はハードだったが、俺はこの短時間の中でも、敵側であれ味方側であれ、誰がどう動き、どこへボールを出し、どう展開するか。必死に観察し、展開を模索していった。期限付き移籍で来て、高校生といえど、即戦力として期待されている身。たとえ紅白戦といえど、先々のことを思えば、決して疎かには出来ない。本番でピッチに立つためには、「勝つ」為に自分がどう動けば良いか知っており、実際そのように動ける必要があるからだ。


「「ありがとうございました!」」

今日の練習が終わってクールダウンを済ませると、クラブハウスで食事を済ませてから寮に戻った。大阪への移って幾日もたってない気疲れもあってか、流石に身体がクタクタで。少し前まで当たり前の様に享受していた蘭の気遣い・心遣いを懐かしく思うと同時に、それが実は本当に有難いものだったのだと思い知らされた初日だった。

「工藤。課題やる余力、あるか?」
「・・・ねえけど、やるっきゃねえだろ?勉学を疎かにして“仕事”に支障を来たす訳にはいかねえからな。」
「せやな。」
「何なら、一緒にやるか?」
「せやな。俺がそっち行くわ。」
「いいよ。俺が行く。」
「わかったわ。」

という訳で、二人でガリガリと課題に取り組んだ。

「服部。」
「何や。」
「課題さ。明日から、学校で時間見つけてやろうぜ。」
「学校でか?」
「まあ、全部は無理かもしんねえけどさ。今日みたいに眠いのを我慢してやるのもしんどいしな。」
「せやな。」

(ユース代表合宿の時に分かってはいたけど)お互い学力は全然問題無いので、殊の外、早く課題は終わった。

「それにしても、解くの早いな、自分。」
「お前こそな。・・・それよりお前、何で今日、遅刻したんだ?マジで自主トレしてんのか?」
「ハハハ〜。それがなあ。・・・実は今朝、寝坊してもうてん。」
「はあっ?!」
「ね、寝坊言うてもな、き、今日だけやで?」
「・・・(疑いの眼)。」
「ホンマやって。いやな、つい、家におる時の感覚で目ぇが覚めてな。家からだと、ここより学校に近かったからな。遅れてもうたんや。」
「・・・・・目覚ましぐれー、持って無えのかよ?」
「あるんやけどなあ。知らんうちに止めてもうたんや。なあ、工藤。明日、よかったらついでに起こしてくれへんか?」
「やなこった。」
「!薄情なやっちゃなあ〜。友達甲斐ないで、自分。」
「頑張るこったな。どうしてもって言うんなら、誰かにモーニング・コールでも頼めば良いじゃねえか。そうすりゃ、確実だろ?」
「・・・工藤。まさか自分、そうしとるんちゃうか?・・・で、朝の幸せなひと時を邪魔されとう無いから、俺を起こすんを嫌や言うとるんやろ?・・・はっは〜ん。その顔は、図星やな。」
「〜〜〜/////!るっせえ!アイツの声を朝イチで聞くと、“今日一日頑張ろう”ってやる気が湧いて来るんだ!(だから“昨夜早速、携帯で頼みこんだ”とは言えねえよ!)これが俺の元気の素なんだよ!」
「へーへー、ごっそーさん。流石、指輪交わすだけのことはあるわな。熱うてかなわんわ。」
「何だ、羨ましいのかよ。だったらお前も頼めば良いじゃねえか。・・・遠山さんに。」
「なっ/////!く、くくく工藤!な、何言うとるんや!あ、アイツは唯の・・・。」
「“幼馴染”・・・だろ?」
「・・・/////!」
「はぁ〜っ。お前な、ちったあ素直になれよな?今日、昼メシん時にも俺に絡みやがって。クラス中、笑ってたぜ?」
「/////!」
「“幼馴染”だなんて言って意地張ってると、アウェーで俺たちが居ねえ時に“トンビにアブラゲ”されちまうかもしんねえぜ?・・・遠山さん。無茶苦茶面倒見が良いし、可愛いし。結構もててんじゃねえか?」
「〜〜〜/////!」
「この年まで“幼馴染”でくるとさ、居心地が良すぎて、“卒業”するのが怖くなるんだよな。・・・下手なことを言って、この関係が壊れるのが怖くなるって言うの?」
「工藤?!」
「俺の彼女も“幼馴染”だからな。お前を見てると、ホント、妙な気分だよ。・・・まあ、俺は、大阪に行くことが決まって。それで思い切った訳だけどな。」
「工藤。」
「マジで大事なら、頑張れよ。上手くいくもいかねえも、お前次第じゃねえ?俺にはそう見えるけどな。」
「・・・・・。」
「さてと、寝るとするか。服部、お前もさっさと寝ろよ。・・・どうしても、ってんなら、明日は特別に!起こしに行ってやるよ。・・・じゃな!お休み。」

俺は部屋にさっさと戻ると、時計を確かめてから、蘭に電話をした。

『はい。新一?』
「蘭。今朝はサンキュv。助かったよ。」
『どういたしまして。どうだった?』
「ハードだぜ。色々な意味でな。」
『あらぁ、もうリタイア?』
「バーロ。誰が!俄然やる気が湧いたぜ?キツイけど面白れーって感じ?」
『そっかv。良かった。』
「でさ、明日もモーニング・コール、くれよな。朝から蘭の声聞くとさ、それだけで元気いっぱい頑張れるからさv。それは、今日一日で実証済みだしなv。」
『〜〜〜/////もうっ!しょうがないわね!・・・ねえ、新一。』
「何?」
『何だか、大阪行ってから甘えんぼになってない?』
「えっ?!(そうかあ?)/////・・・何だよ。俺にモーニング・コールすんの嫌なのかよ?」
『なっ、バカッ!そんな訳無いでしょ?!・・・私だって、朝、新一の声を聞くと元気になれるんだもん。新一が嫌だって言ったって、掛けるからね!』
「バーロ。俺が嫌だなんて言うわけねえだろ?それに、お前が掛けてこなかったら、俺が掛けてるよ!」
『そうなんだあ〜。だったら、それを待ってみるのも楽しいかなあ?』
「・・・オメーなあ。」
『冗談よ、冗談。』
「・・・ったく。・・・蘭。」
『何?』
「・・・お前は元気か?無理して無えか?」
『クスッ。“新一と同じ”だよ。』
「えっ?」
『どんなに遠く離れてても、新一が元気なら、私も元気。新一が大丈夫なら、私も大丈夫。』
「蘭。」
『どうしても会いたくなったら、多分、こっそり練習を見に行っちゃうわよ。きっと。』
「蘭/////。」
『で、姿をみてホッとするの。』
「・・・オイ、それってまさか、俺には声を掛けねーってことか?んなのダメだぞ、蘭!お前が会いたい時は俺だってっ!」
『分かってるわよ。バカ。』
「〜〜〜バカはねえだろ?バカは。」
『バカだからバカって言ってんじゃない。』
「・・・あのなあ〜。」
『・・・新一。』
「あんだよ。」
『新一。』
「だから、何だよ?」
『ホントだな、って思って。』
「はあっ?!」
『声だけでも新一は傍に帰ってきてくれてる。でしょ?』
「・・・蘭/////。」
『心配しなくても大丈夫よ。明日の朝、また行くから。・・・声だけだけどね。』
「蘭。」
『じゃ、明日ね。』
「ああ。おやすみ、蘭。」
『おやすみなさい。』









そんなこんなで1週間後。俺の他にチームに加わるメンバーが来阪した。

「工藤君、服部君。お久しぶりです。」

新メンバーは、ユース代表・正GKの京極真さんだった。
歳は俺と服部の1コ上。出身は静岡県の伊豆で、東京の杯戸高校にサッカー特待で入学した国立のヒーローである。まだ高校の卒業式前だが自由登校に入ったので、こっちに合流したそうだ。彼も俺たちと同じく選手寮に部屋を貰って住むことになった。
俺は高1のユース時代、ユースの合宿で彼に出会う前に、杯戸高校と帝丹高校サッカー部の練習試合を観戦し、彼のプレイをチェックしていた。いつか将来的に合間見える相手になると思ったからである。当時から“杯戸の京極”といえば、結構名が通っていた。スピリッツからもスカウトが行ったという噂を耳にしたことがあるくらいである。実際目にした彼のプレイは噂どおり、いや、噂以上で、俺は楽しさと畏怖を同時に抱いたものだった。

ガッチリした立派な体格で、ゴール前の混戦でも、決して当たり負けしない。しかも驚異的な反射神経で相手のゴールを次々と阻む。DFへの守備の指示も的確で、なかなか最後の一線を割らせはしない。
自分がこの試合に出ていたら。しかも先に失点にしたとしたら。コイツから1点もぎ取るのは並大抵じゃねえ。そう思ったことだけは確かだった。

「ユース代表以来ですね。これからはチームメートとして、改めて、宜しくお願いします。」
「こちらこそ。」

そういう訳で、練習後。服部一緒に、ユース代表以来の再会を祝して(京極さんの部屋はまだ片付いてないので)俺の部屋で歓迎の“お茶会”となった(なんたって、まだ未成年だから、呑めねえしな)。

「京極はんがチームメートとは、ホンマ、心強いわ。心置きなく攻撃に専念できますし。なあ、工藤。」
「ああ、そうだな。」
「ありがとうございます。」

京極さんは、年下の俺たち相手にも拘らず、相変わらず言葉遣いが丁寧だった。常に物腰が穏やかで、謙虚で、口数が少ない(この辺は、服部と対照的だと思う)。それでいて出るべき時には驚くほどに思い切りが良い。
お茶&スポーツ・ドリンクを酌み交わし、菓子をつまみながら、俺たちはユース代表合宿の思い出話や、高校時代の思い出話に花を咲かせたり、これからの展望を話したりもした。尤も、途中、服部が俺の部屋を物色?するハプニングもあったのだが。

「・・・しっかし工藤が本好きなんは、ユース合宿の時から知っとったけど。お前の部屋ってホンマ、本だらけやな。自分、店屋やれるんとちゃうか?しかも、何やら小難しいタイトルの本ばかりや。一体どんなモンがあるんや?」
「父さんの本とホームズ、その他もろもろのミステリーの和訳本と原書、各国語訳が少し。あとは法律書とか医学専門書とか・・・まあイロイロ。」
「はあっ?!法律に医学?何でんなもん。」
「まあ、怪我の予防の為の基礎知識とかトレーニング法とか。それと、応急処置の方法とかかな?あと、まあ・・色々な。」
「ほほう。そんなことまで勉強してるんですか?工藤君は。」
「ええ。まあ勉強と言うより、趣味と実益ですけど。」
「ハハハ。成る程な(“趣味”かい!)。・・・で、各国語訳ってのは?」
「まあ先々海外に出た時の為に、今から慣れておこうと思って。馴染んでる本の訳本から入れば、入りやすいだろ?」
「「・・・・・。」」
「ハハハ。さよけ(もう海外に移籍する時の事を考えとるんかい!)。・・・で、アッチ関係の本は無いんか?」
「はあ?アッチって?」
「んなもん“オネエチャンた〜っぷりの本”に決まっとるやないか。」
「(ブッ!と京極が茶を噴出す)/////!!」
「はあっ?!」
「・・・・・・・・・・。(かなり長考中)・・・!(やっとピンとくる)」
「〜〜〜〜〜服部!(←絶対零度の冷たいオーラが立ちのぼる)」
「ん?あるんか?(←全然、気付いてない)」
「んなもん、あるわけねえだろ!大体な!何で、好きでもねえ女に欲情しなきゃなんねえんだよ!」
「何やてえ?!こんなに本があるのに、ソッチ関係の本は全然ないんか?!自分、一寸おかしいんとちゃうか?・・・まさか自分。そういう欲望が無いんか?俺ら、健全な男子高校生やで?」
「(最早、赤面して滝のように汗をかきまくり、何も言えない京極)/////。」
「〜〜〜はっとりくん。(←かなりの怒りモードに入っている)」
「・・・く、工藤?(←流石にヤバイ雰囲気に気付く)」
「誰も欲望が無えとは言ってねえだろ!“好きな女”以外には反応しねえだけだっ!人を不感症呼ばわりするんじゃねえっ/////!!」

俺がかなりの怒り炸裂モードで怒鳴った所為かは不明だが、服部は、

「・・・ハハハ。(“不感症”て・・・。誰もそこまで言うてへんやんか。)まあ、人はそれぞれやからな。」

と諦めたように言って書棚を検めるのは止め、何やらぶちぶち零しながら、再び菓子をつまみだした。その様子があまりに手持ち無沙汰そうなのを見かねた俺は、

「〜〜〜ったく、しゃあねえな。これでも見ろよ!」

と言って、後数年で堂々“解禁”となる『酒の本(しかもかなりマニア向け)』を渡し。これに一応気を良くした服部は、楽しそうにページをめくり始めた。俺と服部が赤面モノの応酬を繰り広げている間、激しく赤面していた京極さんだったが、俺たちがひと段落付いた頃ようやく落ち着いたのか、部屋をぐるりと見回していた。その京極さんの目がある一点に留まった事を、俺は見逃さなかった。

「京極さん?」
「あ、いや。・・・あの写真。前の学校のものですか?」

京極さんの目に留まったのは、俺の『壮行会』の写真。
数日前に蘭・園子・志保の連名で、(すぐに飾れるように)大きな写真立てに数枚の写真が入れられ、送られてきたものだった。

「ええ。俺の移籍を祝って、クラスメートが壮行会を開いてくれたんですよ。その時のものなんです。」
「そうなんですか。」

そういう京極さんの目が何かもの言いたげだったのが気になって。俺は棚の上からそれを取ると、京極さんに差し出した。

「気になります?」
「あ、いや・・・/////。」

そう言いつつ京極さんは写真立てを受け取ると、何か大事な誰かを見るような目で、それを見た。

「・・・この方は工藤君の彼女ですか?」

そう言って京極さんが指さしたのは、俺と蘭が二人で写っている写真だった。

「ええ/////。分かりますか?」
「なんとなくね。この方と一緒に写っている工藤君の雰囲気は、他の写真と全然違いますからね。」
「そうですか/////。」
「こちらの方は?親しそうですね。」
「ああ。彼女は阿笠志保さん。僕の幼馴染で、遠藤キャプテンの奥さんの妹さんなんです。」
「そうなんですか。・・・・・では、この方は?この方も親しそうですよね?」

この時の京極さんの声のニュアンスは、さっき志保を指した時とは明らかに違っていた。上手くは言えないんだけど、何か曰くありげ、というか。

「彼女は鈴木園子さん。この人も僕の幼馴染で、この壮行会を仕切ってくれたんですよ。」
「そうなんですか。・・・“鈴木園子”さん・・・。」

京極さんの目はそのまま暫く、園子に釘付けになっていた。

「・・・京極さん?」

俺が数回呼びかけたところでやっと京極さんは我に返り、恐縮したようにして写真立てを返してくれた。そこに読書中だった服部が割り込んできた。1週間前に俺に幼馴染の彼女がいると知った服部にもアッサリ“俺の彼女の顔”がばれて(まあ、名前までは教えなかったけどな)。

「成る程な。道理で“アッチ関係の本”は要らん、言うはずやわ。」

と、したり顔で散々にからかわれた。そんなこんなで時間が過ぎる中、俺たちは友好を深めていった。









それからも学校と練習漬けの毎日で、月日が過ぎていき、練習試合をいくつかこなす中でポジション争いも厳しさを増していった。京極さんはユース代表試合で魅せた鉄壁の守備に一層の磨きをかけ、正GKのポジションをほぼ手中に収めた(背番号31)。服部はエースで得点王の比護さんとはまた違った持ち味を見せ、レギュラーポジションを奪いつつある(背番号29)。俺は、と言えば。ラムス監督からトップ下からボランチへの転向を指示され、現在司令塔のベテラン選手ほか去年リザーブだった選手たちとのポジション争いの真っ最中だった(背番号33)。
中盤の底で攻撃の起点ともなり、敵の攻撃の芽をいち早く確実・的確に潰すポジション。難しくも面白くもあるそのポジションで必死にスタメン獲得に向けて走り続ける・・・そんな毎日を送り。開幕が近づいたある日。練習試合で、俺は先発・ボランチで出場することになった。先発メンバーは、比護さんと服部とレギュラーを争っているFWの選手1人の計2人、俺と司令塔のベテランほかMF2人の計4人、遠藤キャプテンほかDF3人の計4人、GKは去年の正GKだった選手だった。

今回、服部と京極さんはリザーブとしてベンチに座り、出番に備えていた。相手は地元の大学サッカー部。関西大学サッカーでは片手に入る強豪で、チームの持ち味は兎に角、強気に攻めてくるところにあった。
J1本番でピッチに立つ。この練習試合がレギュラーポジションを獲得する為の最後のテスト、正念場だ。俺はそう心に刻み込んで、ピッチへと足を踏み入れた。

試合開始早々、相手は自分の持ち味を発揮した。徹底してこっちのトップ下をマン・マークして仕事をさせず、強気に攻め込み中盤を押さえに掛かってきた。試合開始からずっと中盤をほぼ抑えられ、攻撃の要を使えない俺たちビッグは、彼らの怒涛の攻めをそれこそ必死で耐えていた。まだ慣れないボランチのポジションで、負けじと執拗に早めのチェックやプレッシャーを掛け、最後まで持っていかせない。そんな感じで前半の半ばを過ぎた時だった。

「ゴォール!」

ディフェンスの一瞬の隙を突き、相手に先制された。

(クソッ!)

俺はすぐさまボールを拾うと、センターサークルに向かった。
走りながら、俺はメンバーを見渡した。ディフェンスに奔走したメンバーは悔しさと若干の疲労を見せている。マン・マークを執拗に受けていたトップ下の選手には、かなりの疲労と苛立ちが見えた。

「工藤。」
「比護さん。」

比護さんは、碌に“仕事”が出来ないままに失点したことへの悔しさと、取り返す!という強い意志を全身にみなぎらせ、俺に歩み寄ってきた。

「いくぞ。」

俺は比護さんの一言に込められた意思を確実に読み取り、不敵な笑みで返した。

「はい。必ず“俺が”回します。試合はまだこれからです。直ぐに取り返しましょう!」

その言葉に比護さんは不敵かつ満足げに“ニッ”と笑うと、

「よく言った!行くぞ!」
「はい!」

俺の手からボールを受け取り、センターサークルに置いた。笛が鳴り、試合再開。またしても彼らの怒涛の攻めが襲い掛かってきた。トップ下へのマン・マークも続けられている。ベンチから監督の怒号が次々と飛んだ。

「(そう何度もやられるかよ!)」

俺は試合開始からずっとディフェンス中心にプレーしながら、相手の布陣の攻略点を探っていた。

「(トップ下が機能しないなら、“俺が”代わりにゲームを作る!)」
「そこだ!」

俺は自陣ペナルティーエリア付近で相手のパスをカットすると、速攻の為のロングパスを前線に出し、そのまま一気に駆け上がった。

「よしっ!一気に攻めるぞ!上がれっ!」

攻撃を指示する監督の怒号。追いすがるようにして慌てて戻る相手DF陣。

「工藤!」

俺のロングパスを受けたFWは、上がってきた俺にボールを渡し、ゴール前に走りこんだ。

相手陣地のゴールまでの距離。キーパーのポジショニング。1人残ったDFのポジショニング。比護さんともう一人のFWのポジショニング。俺はそれら全てを見極めると、俺に追いすがってくる相手DF陣をギリギリまで引き付け、

「此処だ!」

比護さんにパスを送った。比護さんのポジショニングとテクニックはまさに絶妙で、残っていたDFが飛び出してきたのをひらりとかわすと、

「もらったあっ!」

キーパーの逆を突き、前半終了間際、見事な同点ゴールを決めた。

「ゴォール!」

「「「「「やったあっ!」」」」」

比護さんは最高の笑顔を浮かべ、俺に抱きついてきた。

「よくやったっ!工藤!これからガンガン攻めるぞ!」
「はいっ!」

比護さんのゴールで一気に流れが変わり、前半終了までの数分間。今度は俺たちが攻めに攻めまくった。


休憩時間(ハーフタイム)。

後半に向け、監督はマークされ続けていたトップ下の選手を下げると、もう一人MFを投入した。

「工藤。」
「監督。」
「後半も頼むぞ。」
「はい!」
「あの時間帯に点を返せたのは大きかった。この流れを奪われるな。」
「はい!」
「アイツを下げたことで、今度はお前にマークが付く可能性が高い。それでもやれるか?」
「!・・・やって見せます。」
「そうか。仲間のポジショニングは分かってるな?」
「はい。」
「上手く使え。良いな?」
「はい!」

ポジション争いの当に正念場となる後半。だが俺は、それよりも今はこの試合に勝つことに意識を集中した。

「よしっ、行くぞ!」
「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」

遠藤キャプテンの掛け声の下、同点に追いついて士気が高まった俺たちは、気合をみなぎらせて、再びピッチへと戻っていった。

後半も彼らのスタミナは衰えなかった。そして、後半開始早々、前半途中から本格的に起点のパスを出し続けた俺に、マン・マークがついた。
後半から投入されたMFはピッチを縦横無尽に駆け回る運動量豊富な選手だったので、俺は彼とDF陣と連携して巧みにマーカーを外しては “起点”のパスを出し、攻守にわたって絡み続けた。後半・半ばに差し掛かるころには、こちらのゆさぶりが効いてきたのか、マーカーの運動量が落ちてきてマークを簡単に振り切れるようになり、マーカーなど居ないも同然になった。最後には中盤の支配権を完全にこちらのモノにし、後半だけで3得点をあげ。前半の接戦が嘘の様に、4−1で試合をモノにした。

「お疲れさん。」

そう言って俺にタオルをよこした服部の顔が、満足な中にも悔しさを滲ませているように見えた。

「サンキュ。・・・どうしたんだ?服部。変な顔してさ。」
「いやあ〜。俺も今日の試合、出たかったなあ思てな。」
「へっ?!」

怪訝そうな俺と悔しそうな服部に、比護さんが声を掛けてきた。

「工藤、お疲れさん。」
「比護さん。お疲れ様です。」

前半・半ば過ぎの時間帯の厳しい表情から一転、今は朗らかである。比護さんは俺の頭をグシャグシャッと撫で回すと、服部に向かって言った。

「出たかったか、服部。」
「は、はいっ!」

自分の言葉が聞かれていたことに緊張する服部を比護さんは面白そうに見つめると、ニヤリと笑った。

「心配すんな。まだ、これから機会はいくらでもあるぜ。」
「比護さん。」

そして、その言葉に目を瞠った服部を見てから、俺の顔を覗き込んで一言付け加えた。

「なあ、工藤?」
「!比護さん?!」

その言葉に驚いた俺を見つめ、楽しそうに笑い出した比護さんは、

「さあ、帰るぞ。」

そう俺たちを促すと、歩き出した。

そして、3月。開幕本番のスタメンに、俺の名が入っていた。スピリッツの監督が俺の起用を考えたが、練習すらしないうちに断念し、ビッグのラムス監督は恐れずに転向を促したボランチのポジションに。



to be countinued…….




(1)に戻る。  (3)に続く。