レジスタ!



By 泉智様



(3)



3月 YN杯・リーグ戦開幕。


【ビッグ大阪は、今季から迎えたラムス新監督の指揮の下、従来の戦力とユース代表の3人が攻守にわたって上手くかみ合い、アウェーの初戦・浦和ロッソ戦と第2節・名古屋シャオロンズ戦を2連勝。波に乗っている。昨年・得点王の比護は今季も絶好調で、第2節終了時点で早くも5得点。東京スピリッツの上村と並んで、既に頭一つ抜きん出た格好となっており、今年も得点王争いの中心になることは間違い無さそうである。第3節は大阪ダービーのエクセル大阪戦。昨年の戦績はまったくの5分である。しかし今年のエクセルは、第2節を終わって未だ勝ち星に恵まれていない。第3節はエクセルの初勝利かビッグの開幕3連勝となるか。大阪ダービー恒例の、激しいゲームが予想される。第3節は、ビッグの好調が本物かどうかを試す試金石となるであろう。期待したい。

:日売スポーツ】








東京都米花市米花町。阿笠邸。



「こんにちは〜。志保〜。」
「いらっしゃい、園子。上がってくれる?」
「お邪魔しま〜す。でもどうしたの。わざわざ呼び出すなんて。」

春休みに入って少したったある日、園子が志保に招かれた。

「一寸、園子に協力して欲しいことがあってね。」
「協力?」
「ええ。」



それから1時間後。


「オーライ。この園子様に任せなさ〜いv。」
「流石、園子。頼もしいわね。」

志保の話に乗った園子は、志保と連れ立って蘭の家に向かった。

「こんにちは〜。ら〜ん。いる〜?」
「園子。志保。どうしたの?急に。」
「園子がね、ちょっと話があるんですって。お邪魔しても良いかしら?」
「ええ、良いわよ。どうぞ。」
「「お邪魔します。」」

蘭は二人を居間に通すと、紅茶と焼きたてのクッキーを出した。

「「いただきます。」」
「どうぞ。でも、どうしたの?二人して話って。」
「ああ、それはね・・。」
「ねえ、蘭。大阪に行かない?」

ニッコリ笑顔で園子がした唐突な申し出に、蘭はカップを取り落としそうになった。

「お、大阪って。どうして、急に?」

頬を染めて動揺する蘭に、園子は楽しそうに笑みを深くすると、今日発売の“日売スポーツ”を示した。

「表向きは“大阪城と造幣局の桜見物”。実際は“ビッグの試合観戦”よ。蘭も、新一君の勇姿をナマで見たいでしょう?」
「そ、園子/////!」
「幸いと言っちゃあなんだけどさ、志保のお義兄さんがビッグの遠藤選手でしょう?今度の試合が“大阪ダービー”だから、練習見学も兼ねて見に来ないかって話があるのよぉ〜。だからさ、蘭も行こうよ。新一君があっちへ行ってからもう3ヶ月位になるし、シーズンも始まったしね。ほら!新聞を見た限りじゃあ、アヤツ、蘭のラブコールだけでも結構頑張ってるみたいだけど!この園子様に言わせればねえ〜。勝ってるには勝ってるんだけど、(プレーは兎も角)表情がイマイチなのよ〜!この調子じゃ、早晩ラブコールだけじゃ足りなくなって“ガス欠”すること間違いナシよ!この私から蘭を奪っておきながらヘタレたプレーなんかされたら、許せないわ!アヤツには“MVP”取る位に頑張ってもらわないと、蘭をお嫁にやれないわ!だ〜・か〜・ら!ここで一発、蘭の“愛の栄養補給”よ!“大阪・激励ツアー”に行かない?」
「わ、“私の蘭”とか。“お嫁”とか。“愛の栄養補給”って・・。あのねえ〜、園子。何言ってんのよ/////!んもうっ、一寸ぉ〜っ!志保も笑ってないで、何とか言ってやってよ〜っ!」

園子のいつも以上に舌好調の揶揄に苦笑していた志保は、何とか笑いを納めると口を開いた。

「ごめんなさい、蘭。ここに新一君が居ても居なくても、蘭が“新一君ネタ”でからかわれる事に変わりは無いのよね。まあ、園子の言い分は兎も角、お姉ちゃんからお誘いがあるのは本当なのよ。蘭と新一君の仲はお姉ちゃんも知らないわけじゃないから、この機会に蘭を誘ってらっしゃいって言われてるの。大丈夫。寝るところは心配要らないわ。お姉ちゃんが久しぶりに蘭の顔を見たいって言ってるし、お義兄さんも楽しみにしてくれてるそうよ。次の試合は今度の土曜だし、日曜の夕方にはコッチ着くようにすれば、学校に支障は無いもの。受験前の最後の春休みだし、新一君に会えれば蘭の“栄養補給”にもなるんじゃないかしら?行きましょうよ。」
「志保。」
「おじさんとおばさんへの説得なら心配要らないわよ。もしなんなら、うちの両親が話してくれるって言ってたし。そこまでしなくても、私たちが3人で一緒に行くんですもの。いくらなんでも、おじさんだって無闇な事は言わないわよ。」
「志保。園子。」

少し考える風だった蘭は、何かを決意したようにして顔を上げると、笑顔で2人に答えた。

「ありがとう、私、行くわ。」
「そうこなくっちゃ!」
「じゃあ、早速小父さんを説得しましょう?出発は明後日、水曜日よ?日曜までの4泊5日だからね。良いかしら?」
「よ、4泊って・・。志保。良いの?そんなに長い間お邪魔しても?」
「良いのよ。実は私事だけど、試合観戦だけじゃなくって他の用事もあるから。二人には付き合わせちゃう格好になるけど構わないかしら?」
「他の用事?」
「ええ。」
「何なの、用事って?」
「学校(大学)の下見よ。受けようか考えているところがあるもんだから。」
「そっか。」
「なんだ〜。良いわよ、それくらい。」
「ありがと。さ、そうと決まれば“善は急げ”よ。蘭。事務所に小父さんは居らしゃるかしら?」
「あ、うん。そういえば、園子は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。蘭と志保が一緒だし、志保のお姉さんのお宅にお邪魔するのよ。うちの親だって反対しないわよ。それより、行くわよ。小父さんを口説けたらもう行けるも同然なんだから。」
「あ、待ってよ。志保。園子。」

それから3人は、(一番の難関)毛利小五郎の説得に、階下の探偵事務所に降りた。最初は(野生のカンで大阪行きの本当の目的を察したのか)渋い顔の小五郎だったが。園子の勢いと志保の論理的話術、蘭の熱意、何より途中から話に加わった英理の攻撃を受けて、撃沈。2日後の、水曜日。蘭は志保と園子と共に、大阪の地に立っていた。

「志保。蘭ちゃん。園子ちゃん。」
「お姉ちゃん。」
「「明美お姉さん。」」

志保の姉にしてビッグ大阪のキャプテン・遠藤陸夫の妻の明美が、待ち合わせ場所に3人を迎えに来ていた。

「いらっしゃい、志保。蘭ちゃんも園子ちゃんも。久しぶりね。」
「「こんにちは、明美お姉さん。お久しぶりです。お世話になります。」」
「こんにちは。二人ともごめんなさいね。今年は開幕から調子が良いし、“大阪ダービー”だからって、急に呼びたてたりして。迷惑じゃなかった?」
「そ、そんなこと無いです!それより、声を掛けてくださってありがとうございます。新一が大阪に行っちゃってから、生の試合を見るのって初めてだから、凄く楽しみにしてたんです。」
「まあ、そう言って貰えて嬉しいわ。工藤君。こっちに来て早々、大活躍でしょう?まだシーズンが始まったばかりなのに、ファンの間でも評判なのよ?期限付きじゃなくって、完全移籍になれば良いのにって。」
「・・そうなんですか。」
「ええ。まあ、こんなところで立ち話もなんだから、行きましょうか?」
「「はい。」」

明美は3人を促すと、駐車場に向かった。

「今日の練習は午前9時30分と午後3時30分からの2回なの。まだお昼過ぎだし、この時間なら午後の練習開始には十分間に合うわ。ところで、3人ともお昼はどうしたの?まだかしら?」
「ううん。キヨスクで買って新幹線の中で済ませたから。気にしないで、お姉ちゃん。」
「そう?なら取りあえず家に行って一旦荷物を置いてから、行きましょうか。蘭ちゃんと園子ちゃんもそれで良い?」
「「は、はいっ。」」
「ここから家までちょっとあるから、ごめんなさいね。さあ、行きましょう。」
「「はいっ。」」



  ☆☆☆



数十分後。明美のマンションに着いた3人は荷物を置くと直ぐに、練習場に向かった。

「クラブハウスは、ここから一寸だけ離れてるから。」

そう言った明美は車を数分、走らせた。



「さあ、着いたわよ。」
「「・・・!わあっ、広い!」」

初めて訪れる蘭と園子の目の前に、青々とした芝が生い茂るコートが2面、広がっていた。コートの目の前には、1階にビッグ大阪のグッズ・ショップとカフェ・レストランが入ったクラブハウスがあった。クラブハウスとコートの間はフェンスで仕切られ、更にグラウンドと観客席の間には高さ1mほどの柵があった。ビッグがYN杯・リーグ戦の初戦・第2戦ともに白星で飾った事と春休み中という事も相まってか、練習開始までまだ時間があるにもかかわらず既に数十人のギャラリーが、観客席やグッズ・ショップ、カフェにいた。

「さあ、まだ少し時間があるし、お茶でも飲みましょう?」

明美は志保と蘭・園子とクラブハウス内のカフェに入ると、3人に微笑み掛けた。

「どう?凄い人でしょう。」
「「あ、はい。」」
「本当ね、お姉ちゃん。去年のこの時期はこんなに人がいなかったもの。やっぱり、隆祐くんが得点王を取ったからかしら。」

志保が少し言葉を選ぶようにしてそう言うと、明美は苦笑して返した。

「う〜ん。それはあると思うわ。去年、隆くん(りゅうくん)が得点王を取って、チームが中の上位クラスの成績だったものね。それに今年から、あのラムスがうちの監督に就任したし、新戦力として未来の日本代表候補の3人が加入したでしょう?彼らのルックスが良いしチームは連勝中だしで、今年に入って女の子のファンが急増してね。陸くん(りっくん)も隆くんも驚いてるのよ。」
「「「・・・。」」」

明美の話に息を呑んだ3人は、しばし言葉を失った。

「ねえ、お姉ちゃん。その“3人”って?」
「あなたたちも知ってる人よ。FWの服部平次君、MFの工藤新一君、そしてGKの京極真君。3人ともユース代表でシーズン開幕早々大活躍だものね。・・・ほら、噂をすれば。」

そう言って明美が視線を送った先を3人が見ると。自分たちと同年代〜年上の女性ファンが観客席を歩いている姿があった。

「「「・・・。」」」

「(たった数ヶ月で新一にあんなに沢山の女の子のファンが・・・。しかも、皆キレイ・・・。)」

蘭はその光景に少なからずショックを受け、思いつめたようにして俯くと、右手の指輪を見つめてギュッと手を握り締めた。そんな蘭の様子を見て取った明美は、蘭に声を掛けた。

「蘭ちゃん。心配?」
「!」

その言葉にはじかれたように顔を上げた蘭に、明美は微笑みかけた。

「大丈夫よ、蘭ちゃん。」
「明美お姉さん。」
「陸くんと隆くんから聞いたんだけどね?工藤君、ファンの女の子たちに見向きもしないんですって。」
「えっ/////?!それって。」
「見向きもしないって。新一君。」
「まさかファン・サービスが悪いとか。それって不味いんじゃない?そういう態度だと、チームから色々言われるんじゃなかったかしら?お姉ちゃん。」

明美の言わんところを何となく察して頬を染めた蘭と、不穏な意味に取って思わず気色ばんだ園子と志保に、明美は苦笑して続けた。

「やあね、違うわよ。彼はファンを大事にしてるし、サインの求めにはちゃんと応じてるわよ。」
「なんだ。・・・ったく、驚かさないでよね、お姉ちゃん。」
「ゴメンゴメン。私が言いたかったのは、彼はそれ以上の愛想は振らないわよって事なの。」
「「「えっ。どういう事?」」」
「実はね。工藤君、バレンタイン・デーの時はこっちに来て間もなかったからさほどでも無かったんだけど、ホワイト・デーの時にはもう凄くてね。プレゼントがダンボール数箱分届けられて、早速施設に寄付したそうなの。更に凄いことに、練習後、クラブハウスで出待ちしていた子に告白されたそうなのよ。」

この言葉に青ざめ、息を呑んだ蘭を安心させるようにして、明美は続けた。

「フフッ。大丈夫よ、蘭ちゃん。工藤君たらねぇ、その子の目の前で嵌めてる指輪にキスをして『俺には約束した人がいるから。ソイツ以外の誰ともつきあう気はないんだ。』って “きっぱり・はっきり” 言い切ったんですって。」
「「「えええ〜〜〜っ/////?!」」」
「本当よ。たまたま、だけど。陸くんと隆くんがその現場を押さえてたんだから。二人とも、もう、感心してたわよ〜。」
「し、新一/////。」
「で、まあ、この話には後日談があってね。翌日の練習で、工藤君、チームメートに冷やかされたそうよ。どうやら陸くんと隆くんの他にも現場を押さえてた人が居たのね。それまでチームメートに、女の子に凄くもてるくせにそっけないのは何故だ#って、やっかみ半分、不思議がられてたんですって。でも、これで思わせぶりな態度をしない理由が分かって納得されたそうよ。だから安心してねv、蘭ちゃん。」
「うそ・・そんな・・私/////。・・・し、新一ったら/////。」
「フッ・・・。やるわね。流石、工藤新一。相変わらず“蘭以外はアウトオブ眼中”ね。」
「全くだわ。」

明美の口から語られる“新一”像に、蘭は頬に手を当て、耳まで真っ赤になりながらも、内心の嬉しさを隠せなかった。一方、園子と志保は“お約束通りの展開”に脱力し。明美はそんな蘭の様子を微笑んで見つめた後、先ほどより増えた観客席に目をやった。

「それより大変なのは、京極君ね。あそこに居る女の子は、工藤君がお目当ての子ばかりじゃないもの。隆くんと服部君、そして京極君のファンもいるのよ。」
「えっ。(京極さんの?)」

明美の言葉に園子が途端に反応したが、明美も志保も蘭も気付かなかった。

「彼も女の子に人気があるんだけどね。女の子を見ると逃げちゃうんですって。子どもや男性ファンには、愛想良く丁寧かつ親切に応対するそうなんだけどね。逆に服部君は“老若男女問わず”愛想が良すぎるんですって。三者三様で、本当に面白いって言ってたわ。」

そのまま苦笑しながら続けた明美に、園子がそっと訊ねた。

「あの、明美さん。・・・京極さんって、女の人が苦手なんですか?」
「((園子?))」

園子の口からそんな問いかけが出たことに、蘭と志保は驚いて園子を見つめたが、園子は二人の視線に気付くことなく一心に明美を見つめていた。明美は観客席に向けていた視線を園子に移すと、にっこり笑って答えた。

「私もそう思って、陸くんに訊いたことがあるの。そうしたらね。京極君、『通っていた学校(杯戸高校)が男子校だったから“免疫が無い”』って言ったそうよ。」
「免疫が、無い?」
「ええ。」

その答えに園子は目を伏せ、考え込むように溜息を吐いた。

「園子?」
「園子。どうかしたの?」
「園子ちゃん?何か私、悪い事、言っちゃったかしら?」
「そ、そんな。ち、違います!」

いつもらしからぬ自分を心配する明美・蘭・志保の心配に慌てた園子は、ぎこちなく微笑んで、ポツリポツリと話し出した。

「あのね、蘭。志保。実は・・今回の旅行で“蘭を新一君に会わせる”ことにかこつけて、私も会いたいっていうか、その・・“見たかった”人がいるんだ。」
「それが、京極さん?」

園子は蘭の問いに、肯き。そんな園子の反応に驚いた志保が訊ねた。

「園子。あなた、京極さんと知り合いだったの?」
「ううん。違うわ。私が一方的に憧れてるだけ。」
「憧れてる?」
「うん。・・ねえ、二人は覚えてる?かれこれ1年位前かなあ、新一君と一緒に、うちと杯戸の練習試合を観に行った時の事。」
「「うん。」」







〜1年前:高1:帝丹高校の放課後の教室にて〜



「あれ?新一君。今日は練習に行かないの?」
「今日は休み。監督(この当時、新一はまだ“東京スピリッツ・ユース所属”)にも昨日、そう言ってある。」
「ええっ?!新一。どうして?」
「今日、うちと杯戸の練習試合だろ?」
「うん。」
「だからだよ。」
「えっ?どういう事?新一。」
「実は、杯戸にさ。俺の1コ上で凄腕の選手がいるんだよ。」
「杯戸に?」
「ああ。うちのチームでも評判だし、無く余所のスカウトもソイツ目当てに動いてるって話しだし。いずれ合間見えることになるだろうから、偵察さ。」
「ふ〜ん。」
「ねえ、新一君。その人、何て名前なの?ポジションは?」
「園子。お前って、サッカーに興味あったっけ?」
「良いじゃな〜い。将来有望なその選手がどんな人か興味があるだけよ。で?」
「(はあ〜っ)ったく。名前は“京極真”。ポジションは“GK”。」
「へえ〜っ。で、新一君。練習試合はどこでやるの?」
「オイ、お前。まさか、見に行く気か?」
「良いじゃない。たまには。それとも、私が付いていったらお邪魔ってことかしら?」
「なっ?!邪魔って?!」
「どうせ、蘭を誘ってデートついでに行く気だったんでしょう?」
「「なっ/////!」」
「新学期明けのテストは終わったし、今日は“家の用事”も無いし。放課後暇なのよ〜。心配しなくてもちゃ〜んと“試合観戦後は”二人っきりにしてあげるわよ。だ・か・らv、良いでしょ〜?・・・ああ、志保。志保も行かない?将来有望な若手が見れるわよ〜。フフッ。ねえ、志保も良いわよね?新・一・君♪。」
「あ〜っ、もう!勝手にしろ!行くならサッサと仕度しろよ!のんびりしてたら、試合が始まっちまう!」



〜その後:杯戸高校サッカー部専用グラウンド(観戦スタンド付)にて〜



「ふぇ〜っ。何とか、間に合った。」
「ホントね。でも、凄い人ね。新一。(女の子がいっぱい居るよ。杯戸は男子校なのに。)」
「そんだけ、京極ってヤツが凄いってことだろ。」
「そうなの?」
「じゃねえ?さ、観戦、観戦。」
「うんっ。」
「「(・・ったくこのオトコは・・。相変わらず蘭しかエスコートしないわね。・・ま、その方が、からかい甲斐があって良いんだけど。)」」



:前半半ばごろ。新一と志保の会話。:

「・・さっき言ってた人って、確か、GKだったわよね?」
「ああ。」
「どうやら、噂どおりね。・・・あなたなら、どう攻める?新一君。」
「そうだな〜。速くて短いパスを多用するか。逆に、敢えて攻めさせて相手陣内の守りが薄くなったところにカウンターを仕掛けるか。あのキーパー相手じゃ、早々簡単にゴールは奪えそうにねえのは確かだな。」
「そうね。」

スタンド席・最前列で蘭と仲良く隣同士で座っている新一君が、隣に(少し間を空けて座っている)志保とブツブツ戦術談義をしている時。私は蘭の横で“噂の京極真”から目が離せなくなっていた。

「(凄い。勿論、顔もカッコイイんだけど。それ以上に、凄い!)」



それが、おちた瞬間、だと思う。







〜ビッグ大阪:クラブハウス内:カフェにて〜



「それ以来、京極さんの試合を必死にチェックして、行ける時は必ず見に行ってたの。」
「「園子。」」
「その京極さんがビッグ大阪に入って、一度練習を見に行きたいって思ってたんだけど。大阪に一人で行くなんて言ったら、親が許してくれる筈ないじゃない。だからこの機会に便乗したのよ。」

申し訳無さそうに俯く園子に、明美は温かく微笑んだ。

「・・そっか。園子ちゃんって、結構、情熱的なのね。」
「じ、情熱的って/////。」
「憧れでも良いじゃない。ここまで応援に来るなんて、凄い勇気よ。」
「明美お姉さん。」
「頑張ってね。園子ちゃん。」
「は、はいっ。」
「・・そろそろ時間ね。私たちも行きましょうか?」
「「は、はいっ。」」

いつもの元気さを取り戻した園子に3人は安心したように微笑むと席を立ち、観客席に向かった。そこは既にたくさんのファンで賑わっていた。

「「凄い・・・。」」
「ホント、凄いわね。お姉ちゃん。」
「そうね。・・あ、そうそう。蘭ちゃん。」
「はい。」
「さっき車の中で“こっちに来ることを工藤君に伝えてない”って言ってたでしょう?」
「はい。」
「実は陸くんと打ち合わせて、蘭ちゃんが今日ここに来るってこと、工藤君に内緒にしておいたの。蘭ちゃんが知らせてないって聞いて“作戦成功!”って思ったわ。」
「ええっ/////?!」

明美はそう言っていたずらっぽく微笑むと、ウインクした。

「たまにはこういうのも良いんじゃないかなと思ってね。その方が感激もひとしおでしょ?」
「あ、明美お姉さん/////!」
「でね。今日はレストランでご一緒しまょうって打ち合わせてあるの。後でゆっくり会えるんだし、もう少し離れた所で見ない?ここじゃあ“通り道”に近いから、気づかれちゃうかもしれないもの。」

そう言った明美と一緒に、蘭と志保と園子は、人ごみを避けるように移動した。

「・・・凄い。新一。前より、断然、良い動きをしてる。」
「「・・・。」」

初戦から連勝している所為か、選手たちは皆、意気軒昂・動きが良かった。紅白戦形式で行なわれた午後の練習を、蘭も志保も園子もうっとりとした表情で見つめた。だが、そんな彼女たちの視線に彼たちが気付かない筈も無く。

「(ん?あれは・・・まさか、蘭?!)
「(あれは・・・志保?!来てるのか?!)」
「(あ、あの女性は!)」

驚きはしたものの、彼女に見つめらていることで更に意気が上がった彼らのプレーが、益々冴え渡ったのは言うまでも無い。

そして、練習後。新一は、何か言うより先に陸夫に声を掛けられた。

「おい。隆祐・工藤。先に帰るなよ。良い店を紹介するから、付き合え。服部、京極お前らもどうだ?帰りは送るから。」
「「はい。行きます。ありがとうございます。」」
「よし。隆祐・工藤。良いな?」
「「はい・・。」」

クラブハウスまで歩いても20分弱の距離にある選手寮に暮らす新一・平次・真は、いつもクラブハウスまでトレーニングを兼ねてジョギングしてきていた。一方、マンション住まい(同じマンションのフロア違い)の陸夫と隆祐は、車でクラブハウスに来ていた。平次と真は陸夫の、新一は隆祐の車に分乗。車が走り出して少ししたところで、新一は口を開いた。

「比護さん。何かあると思いませんか。」
「大ありだな。お前は気づいてたか?午後の練習の時、よ〜く知った顔が見に来てたのを。」
「ええ。」
「・・・ったく、兄さんと義姉さん、内緒にしてやがったんだな。」
「所謂“サプライズ”ってヤツですか?」
「だろ〜な。」

二人はぶちぶち言いつつも、その顔は緩みまくっていた。

「嬉しそうですね、比護さん。」
「お前もだろ。工藤。」
「察するに、志保ですか?比護さんの“遠恋の彼女”って。」
「ま〜な/////。・・そう言やあ、嬉しそうだったな、蘭ちゃん。これでお前も分かったろ?思いがけず会える嬉しさってのが。」
「え/////・・まあ・・。ところで蘭たちは、いつまでこっちに居るんでしょうね。」
「さあな。でも、もし“大阪ダービー”まで居てくれるなら・・・。」
「比護さん。」
「工藤。何が何でも、勝つぞ!アイツが見てる前で負けるわけにはいかねえからな。良いな!」
「勿論ですよ!僕だって、勝ってアイツが喜ぶ顔が見たいですからね。」
「言うなあ、お前も。」
「比護さんこそ。」

彼女の為に絶対勝つ!と気合を込めあった二人は、お互い様の“彼女バカ”ぶりを横目で伺い合うと、爆笑した。そんな二人が陸夫の後ろに付いてレストラン『ジョカトーレ』に着いた時。駐車場にある明美の車を見て、自分たちの期待が裏切られなかったことを知った。

「「よっしゃあっ!!!」」

思いっきり絶叫&ガッツポーズをしたのは、二人だけの秘密である。

「陸くん、隆くん、工藤君、服部君、京極君、お疲れ様。さあ、適当にかけて頂戴。」

向かい合わせで10個の椅子がある席に“彼女たち”は掛けていた。明美の勧めに従ってしっかり志保の向かいの席に着いた隆祐は、志保に優しく微笑みかけた後、陸夫と明美をチラッと軽く睨んだ。

「・・ったく。兄さんも義姉さんも人が悪いぞ。こんな嬉しい事を内緒にしやがって。」

そんな隆祐の台詞に苦笑しながら、新一はしっかり蘭の向かいに座った。陸夫は明美の向かいに席を取りつつ、隆祐の不平をさらりと流して笑っていた。

「内緒にした方が嬉しさ倍増じゃないかと思ってね。それとも、そうでもなかったかな?」
「「〜〜〜/////!」」

言われた新一と蘭は真っ赤になり、併せて隆祐と志保の頬も染まった。志保が真っ赤になったのを見て、蘭と園子は、志保が比護隆祐の彼女だと察したのである。

「ここ、良いですか?」

真っ赤になった蘭と志保を見ていた園子に、真が声を掛けた。

「え、あ、はいっ/////。」

憧れの人がまさか呼ばれてくるとは思ってなかった園子は、思いっきり頬を染めて返事した。そんな園子の表情を見た平次は、

「京極はんがこっちに座りや。俺はこっちでええから。」

そう言って真を園子の向かいに座らせた。

「(京極はんがチームに加入した日。工藤の部屋の写真たてを食い入るように見とったもんなあ。確かその写真の姉ちゃんは、この子やった筈。それに、この姉ちゃんの様子からすると・・・もしかしたら脈アリかもしれへんな。)」

そして、陸夫と明美主催の食事会が始まった。
席上、三人が“大阪ダービー”観戦に来たことが告げられると、隆祐と新一の気合が“異常なまでに”高まって。二人が期待を裏切らずに“正直者・彼女バカ”ぶりを示したので、席は爆笑の渦に包まれた。
“女性に免疫が無い”と言っていた真は、場の雰囲気に次第に気分がほぐれてきたのか、最初は緊張して固かった表情が次第に柔らかくなっていった。“憧れの京極さん”と予想外にもお近づきになる機会を得た園子もまた何時に無く緊張していたが、場の雰囲気と間に入った平次のトークのお陰で次第に緊張がほぐれ、真と自然な会話を楽しんでいった。
平次はさり気に新一と真の様子を観察していた。新一は学校でもチームでも“冷静で切れ者の印象が強く実際そう”なのだが“指輪の彼女”の前では全然印象が違った。めったに見せない柔らかな笑顔で、リラックスしている。

「(工藤〜。別人やで、ホンマに。)」

真は始め“ガッチガチ”に緊張していたので、平次が場つなぎに園子としゃべったが、食事が進むに従って緊張がほぐれたのか、今は平次の手助け無しでも園子と穏やかな表情で話している。

「(京極はんの場合、“女性に免疫が無い”いう話やったけど。ある意味アタリで、ある意味違うとるな。まあ今度の“大阪ダービー”が終わるまでこの姉ちゃんたちがコッチにおるんやさかい、京極はんも何か“進展”があるかもしれへんな。・・・はぁ〜っ。それにしても、カップルばっかの席で一人身っちゅうのは堪えるわ。・・・せや!和葉に連絡して “工藤のオンナが大阪ダービーまでこっちにおる”から、お前も見に来い、言うたれば良えんや!・・・よし!)」

“思い立ったが吉日”とはよく言ったもので。すぐさま平次は園子に今後の日程を聞きだすと、席を外して和葉に連絡を取った。

『はい?・・・え?“工藤君の指輪の彼女”がこっちに来てるん?』
「そうなんや。今、工藤と京極はんとキャプテンと比護はんと、その嫁はんたちとな、メシ食うとるんや。」
『何や、平次。アンタあぶれとんの?』
「ハハハ。まあ、そう言うこっちゃ。兎に角、工藤がデレデレでの〜。見とって滅茶楽しいわ。からかい甲斐がありまくりやで。」
『平次〜。アンタにはデリカシーっちゅうもんがあらへんの?大事な彼女に久しぶりに会えたんやで。嬉しゅうて仕方ないに決まってるやないの。』
「ハハ・・そらまあ、そうなんやろうけどな。・・でな?その“工藤のオンナ”がな、今度の“大阪ダービー”を観るんやと。それまではこっちに居って、練習を見に来るゆう話や。せやから、お前も俺の練習を見に来いや。」
『・・何でアタシが平次の練習を見に行かなアカンの?』
「別にええやんか。工藤なんかな、オンナをガッカリさせとうない言うて、今度の“大阪ダービー”異様にモエてるんや。工藤があないに“判りやすいヤツ”やったなんて、今日初めて知ったわ。もう火傷しそうな位やで?いくら俺かてなあ、あんな工藤のパス、応援なしじゃ受けきれんわ。せやから、来い。」
『・・・しゃーないなあ。平次の応援いうんが“難”やけど。工藤君の彼女、いっぺん見てみたいし。“仕方ないから”行ったるわ。』
「・・・(“仕方ないから”って・・オレの応援は“次いで”かい!)。スマンな、和葉。おおきに。・・・でな、明日は朝の9時30分から練習や。工藤のオンナのダチの話やと、練習始まるんと同じ位から見る言うこっちゃ。で〜、早速やけど、彼女たちの特徴言うで。まず、工藤のオンナやけどな。名前は、蘭ちゃん、言うんや。“名は体を現す”いう言葉がピッタリのごっつ良え女やで。容姿は、腰に届くかっちゅうキレイな黒のストレート・ロングにナイスバディ。そこら辺の女優がビックリしてケツまくる位の可愛い顔や。せやけど、気取りが無うて優しい雰囲気なんやで。まあ兎に角“今時、こんな女がこの世に居ったんや”っちゅう位の良え女や。工藤と同じ指輪を同じ指に嵌めとるさかい、お前にも直ぐ分かると思うわ。・・・でな。工藤のオンナのダチは二人おってな。うち一人は、天パで赤みがかった明るい茶髪に、これまたナイスバディ♪。クールビューティーゆう感じの子や。名前は確か、志保ちゃん、言うとったな。で、もう一人が、顎の辺りでそろえた栗色っぽい茶髪にカチューシャの子や。この子もナイスバディやで。なんや、ちょお勝ち気そうな気ィするけど、これまた美人や。名前は確か、園子ちゃん、言うとったで。・・分かったか?」
『・・・分かったわ。(んもう!なんやの一体#!“揃いも揃ってナイスバディ”!デレデレと鼻の下伸ばしとる顔が目に浮かぶわ!それに、その蘭ちゃんとかいう子は工藤君の彼女やっちゅうのに、いつになくベタ褒めするし!平次のド助平!ドアホ!アタシにはそこまで褒めちぎってくれたことなんか、一遍たりともあらへんやんか!)ほんなら明日、始まる頃に見に行ってみるわ。じゃ、切るで。あんま遅ならんようにな。』
「おー。じゃな。」

和葉の憤懣に気付くことなく電話を済ませた平次が戻った後、少しして、夕食会はお開きになった。
新一は隆祐の車から荷物を取り出すと陸夫の車に移り、平次と真と一緒に帰路に着き。女性陣は志保が隆祐の車に分乗し、マンションに帰宅した。







翌朝。

蘭・志保・園子は、予定通り明美と一緒に練習を見にグラウンドを訪れた。既に“彼”はグラウンドに立ち、元気に練習に励んでいた。この日も観客席に立つ見学者は多かったが、それでもまだ朝ということもあってか、昨日の午後ほどの人出はなかった。

「今日は一段と調子よさそうね、新一君。」
「そうだね/////。比護さんもね、志保?」
「そうね/////。」
「やっぱ、蘭が会いに来たことが効いてるのよ〜。見てよ。朝っぱらからニッコニコじゃない。ホント、アヤツって分かりやすいわよねえ〜。」
「もうっ、園子/////!」
「この調子だと、第3節も期待できそうね。隆くんと工藤君。昨夜、凄く気合が入ったみたいだし。楽しみね。」
「そうね。」

朝っぱらから“舌”好調な園子に、明美と志保は苦笑しつつ、グラウンドを見ていた。

「はぁ〜っ。朝やっちゅうのに、凄い人やな〜。」



一方。昨晩、平次に乞われた和葉は、一人でビッグのグラウンドを訪れた。選手がクラブハウスとグラウンドの往復に使う道付近の人ごみを避けて、少し離れた方に足を向けた和葉は、そこに昨晩の電話で平次が言っていた特徴通りの女の子の一群がいる事に気が付いた。

「あれ?あの子らって・・まさか・・。」

さりげなく近寄って小耳に挟んだ会話から、彼女たちこそが平次の言っていた“彼女さんたち”だと分かった和葉はそっと様子を伺って、複雑な思いで溜息を吐いた。

「(昨夜は平次のド助平!と思て腹が立ったけど、言うとったんはホンマの事やったんや。・・っちゅうことは“工藤君の彼女”いうんは・・・!!!うわっ!!!・・・ホンマにメッチャ美人や!スタイルはむっちゃ良えし、優しそうな感じやし。・・・はぁ〜っ。これやったら、平次がデレデレとまあ嬉しそうに説明したんも、工藤君が“指輪を渡してキープ!”しとるのも、当たり前っちゅうモンやなあ。)」

しかし“さりげにそっと”のつもりが、いつの間にか“じ〜っと”見とれてしまっていたらしく。和葉の視線に気付いて怪訝そうな顔になった蘭が、和葉に声を掛けてきた。

「あの・・、すみません。私に何か?」
「えっ?!あ、あのっ、そのっ/////!」
「?」
「「蘭?」」
「蘭ちゃん?」

蘭の後に続いて明美・志保・園子が和葉に近寄ってきた。揃いも揃って怪訝そうな顔をしている。自分が不審がられているんだと焦った和葉は、徐に蘭の名前を言ってしまった。

「あ、アンタ、蘭ちゃん、言うんやろ?」

見ず知らずの女の子からイキナリ名前を呼ばれた蘭は、驚きつつも、素直に返事をした。

「あ、はい。そうですけど。・・・あの、どこかでお会いしましたか?」

その蘭の言葉に、自分の第一声が“益々不審”な事に気付いた和葉は、真っ赤になると、慌てて一気にまくし立てた。

「あ、あの。会ったことはあらへんよ。アタシは遠山和葉いうて、此処でFWしてる服部平次の幼馴染で、MFの工藤君のクラスメートなんや。工藤君が東京に居てる彼女さんと同じ指輪をしてるって工藤君本人から聞いとったから、もしかしたらアンタがその彼女さんなんかな〜って思て、つい、じっと見てもうたんや。・・気に障ったんなら、堪忍な?」

蘭を始め明美・志保・園子は、その内容に呆気に取られたが。それが腑に落ちた途端、クスクスと笑い出した。

「何だ、そうだったの。改めて初めまして、遠山さん。毛利蘭です。宜しくね。」
「あ・・・こちらこそ、改めて初めまして。遠山和葉です。宜しゅうな。」
「紹介するわね。こちらは遠藤明美さん。遠藤キャプテンの奥様なの。その隣にいるのが明美さんの妹で、私の友人の阿笠志保さん。その隣が同じく私の友人の鈴木園子さん。」
「遠山和葉です。さっきはジロジロ見てもうて済みませんでした。」
「良いわよ、気にしないで。それより、こちらこそ宜しくね。ね、志保。園子ちゃん。」
「ええ。阿笠志保です。宜しくね。」
「鈴木園子よ。宜しくね。」
「はい。こちらこそ、宜しゅうお願いします。」

自己紹介をしあった5人は、視線を“彼”に戻した。“彼ら”は、その間も元気いっぱいに練習をこなし、蘭たちは、土曜日の試合に期待感を持った。

それから数時間後。5人はクラブハウス内のカフェで出待ちしていた。陸夫ら5人は明日から、明後日の試合のためにチームと帯同する日に入る。その為、昨夜の食事会で、この日の午後は彼女達の案内と試合前の緊張を解し、英気を養う事を兼ねて、のんびりとお出かけでもしようか、という話になっていたからである。

「えっ?今日、これからお花見に行くん?」
「そうなの。一応、そういう名目でこっちに来てるからね。アリバイは作っとかないと、流石にマズイでしょ?(笑)」
「そうなんや。で、どこに行く予定になっとるん?」
「一応“大阪城と造幣局”って考えてるんだけど。でも実際のところ“造幣局”はまだちょっと早いみたいだし。だからまあ、適当に大阪観光でもしようかなって思ってるのよ。よかったら和葉ちゃんも一緒にどう?服部君も行くことになってるし。ねっ?」
「えっ?!」

園子にそう和葉が誘われた時。

「まあ、確かにな、って。和葉。お前、いつの間にか随分と仲良うなっとるんやなあ。」
「平次!」
「「「「服部君。」」」」

和葉の背後に平次が立って、5人の席を覗き込んでいた。

「あ、アンタ、何時の間に人の後ろに・・!吃驚するやないの!」
「あ〜、スマンスマン。別に脅かすつもりはなかったんやけど。なんや楽しそうに話しとるさかい、邪魔したらアカン思てなあ。なあ、工藤。」
「俺に振るなよな、服部。」
「し、新一?!」

すぐ近くから響いた新一の声に驚いた蘭は、慌てて後ろを振り返った。そこにはいつの間にかし〜っかりと蘭の傍に立っている“メガネ姿”の新一がいた。新一は蘭と目が合うと、いたずらっぽくニッコリ笑って挨拶した。

「まあ、そういうことかな。吃驚したか?こんにちは、遠山さん。来てたんだね。」
「工藤君!」
「新一。」

“オレが蘭の男だ!”と言わんばかりの立位置・独占欲丸出しの新一の姿に、志保と園子はこっそり苦笑した。

「で、今日はどーすんだ?蘭。」
「・・あ、うん。大阪を観光しがてらお花見でもしようかなって。」
「お花見か。なあ、服部。どっか心当たりあるか?」
「せやなあ。全国的に有名な所ゆうたら造幣局やけど。この面子でそないに人が集まる所に行ったら、あっちゅう間に人を集めてもーて動けんくなってまうかもしれへんし。せやかて、穴場言うてもなあ・・・。おい、和葉。どっか思いつかんか?」
「えっ?!・・う〜ん。」

平次と和葉が仲良く考え込んでいるところに、真と陸夫・隆祐が来た。3人は、自分達とは初対面のポニーテールの可愛い女の子と平次が、角つき合わせて思案顔の理由を明美から聞いて、ほぉ〜っと感心したような顔つきになると、楽しそうに二人の様子を見つめた。それから暫し後。突然和葉が叫んだ。

「学校!」
「はぁっ?!学校?!イキナリ何言い出すんや、和葉。」
「何って“穴場でお花見”なんやろ?せやったら、うちの学校近くの河川敷が良えんとちゃうかなあ。やって、ホラ。アソコってズラ〜ッと桜並木が続いとるやん。あの桜並木、地元じゃ結構評判なんやで?」
「はあ〜っ。それは、俺かて(地元やし)知っとるけどなあ。和葉。アソコは此処から一寸あるし。だいいち、学校の奴らに見つからへんか?」
「ウウン、それは無いと思うで。そりゃあ春休みやからいくつか部活動はやっとるけどな、あそこに学園生が“わざわざ”たむろってんの、アタシ、通ってこの方、一回も見たことないで?地元の人がぱらぱらと居る位や。そこじゃアカンかなあ?」

学校の近く(しかも自宅からも近い)と聞いて、一寸渋い顔の平次だったが。初対面の和葉が一生懸命案を出してくれた事と、そこなら近所の人しか来ないからゆっくりできるという理由から、皆が和葉の肩を持って。已む無く“賛成多数”の意見に屈することとなった。

「へえ〜っ、あれが改方学園なんだ。」
「ああ。帝丹と一緒で幼稚園から大学までの一貫教育なんだとよ。アソコに見える棟が俺が通ってる高等部で、その隣が中等部。中等部と高等部の校舎があるところから少し手前、駅に近いところに初等部と幼稚園があるんだ。大学だけは離れてて、ウチのチームの近所にあるんだけどな。」

「ふう〜ん。幼稚園から高校まではこっちにあるんだ。高級住宅街の中って感じで、結構静かで良い雰囲気そうだね。そういうトコは、うち(帝丹)と似てる感じがする。」
「ああ、そうだな。」

河川敷から見える学園の校舎を振り仰ぎながら、新一と蘭は指を絡めて手を繋ぎ、数ヶ月ぶりのデートを楽しんでいた。

「もう3ヶ月くらいになるんだね。・・・慣れた?」
「う〜ん。まあな。服部と遠山さんのお陰で割と早くなじめた気がする。」
「そっか・・・。ところで、新一。」
「うん?」
「そのメガネ、どうしたの?まさか、目が悪くなったの?」

何やら真剣な面持ちで訊いてきた蘭に新一は苦笑すると、メガネに触れた。

「まさか。」
「じゃあ、どうして?」
「一応、変装のつもり。・・・似合う?蘭。」
「う、うん。・・・でも!昨夜はしてなかったじゃない!どうして?」

予想外に蘭が追及してくるのに少しばかり驚いた新一は、頬を掻くと、言い難そうに答えた。

「あ〜。・・・昨夜みたく、知り合いの車で移動するなら問題無えんだけど。日中、素顔を曝してるとよ。いろんな人に頻繁に声を掛けられるようになっちまってさ。」
「・・・。」
「そうだなあ。3月に入った頃からかな?そんなことがポツポツあるようになってさ。プレゼントを渡そうと出待ちされたり、追っかけられてサインをせがまれたり。付き合ってくれって迫られた事も一二度あって、一時は大変だったな。まあ、今は一寸落ちついて、そこまでの事は無くなったし。サインやプレゼントは、ファンの人たちに認めてもらえてる証拠だと思ってる。・・でも時にはプライベートで外に出ても、誰にも見咎められずユックリしたい時があるだろ?・・で考えて、ウチの両親がしてたほどの仮装じゃねーけど、ってこうしてみたってワケ。・・それにしても、人ってメガネ一つで、結構印象が変わるみてーだな。コレを使うようになってから、街を歩いていても、オレだとバレねえんだから。」

蘭はその言葉を聞きながら、昨日明美から伝え聞いた『新一、“出待ち女”に告られる事件』を思い出し、暗い気分になった。なんだか新一が、自分とは違う遠い世界の住人になったような気がして。

「ん?蘭?似合わねえか?やっぱり。」
「・・・。」

急に黙って俯いてしまった蘭は何を言うわけでもないのだが。蘭の心情を察した新一は、優しい笑みを浮べてメガネを外すと胸ポケットに収め、そっと蘭の頬に触れた。ハッとして、新一をそっと見上げた蘭の瞳は、不安げに揺らいでいた。

「バーロ。何、不安になってんだよ。」
「だって・・・。」
「どこに居ようと、どんな格好だろうと、俺は俺だよ。俺はサッカー選手である前に。蘭。お前を好きな唯の一人の男なんだかんな。」
「新一/////。」

既にすっかり二人の世界に浸りきっている新一と蘭は、陸夫・明美夫妻と隆祐・志保のカップル、平次・和葉(いまだ“幼馴染”)と、真・園子(片思い中)が、呆れ・照れ半分で遠巻きに見つめていることに、全然、気付いていなかった。

「・・・心配か?」

素直な気持ちをそのまま言葉にするのがためらわれた蘭は、そっと視線を外した。

「・・・そっか。」

新一は頬に当てていた手を蘭の頭の後ろに回すと、もう片方の手を背中に回して、そっと優しく、蘭を抱きしめた。

「「行きましょうか?」」
「「ああ。」」

陸夫・明美夫妻と隆祐・志保は微笑んでその様子を見た後、それぞれに手を繋ぎ、桜を見る為に歩を進めた。一方。平次と和葉は、新一の大胆な行動にその場を動くこともできず真っ赤になり。チラリとお互いを見つめあった後、パッと勢いよく目をそらした。真と園子の場合。真は耳どころか首まで真っ赤になって、慌てて二人にくるりと背を向けると、桜を見上げて視線を泳がせた。当然、その場を動く余裕などあろう筈も無い。逆に園子は真の傍らでニマ〜ッと笑うと、片手に握りこぶしを作り、じ〜っと二人の様子を伺っている。こちらは二人を放っといて(真を引っ張って)行こうと思えば行けないこともないのだろうが、当人にその気が無い。無論、新一と蘭は、そんな外野の様子など微塵も気付いていない。

「蘭。」

新一は蘭の抱える不安ごと蘭を抱きしめるように、腕に少し力を込めて、言った。

「好きだよ。」
「新一。」

はじかれたように外された蘭の視線が新一に戻ろうとして。身動きする蘭を閉じ込めるように腕の力を強めた新一は、蘭の髪に頬を摺り寄せるようにしてささやいた。

「不安なのはお前だけじゃ無えよ。俺だって不安なんだぜ?指輪を交わしても、毎日電話してもな。蘭の気持ちは分かってるし、信じてる。でも、傍に居られないだけで、会えないだけで、俺の知らないお前が増えて、お前が俺の手の届かないところに行っちまうんじゃねーかって・・怖くなる。・・・これっきりもう二度と会いに来ねえんじゃねえか、とか。電話が掛かって来ねえんじゃねえか、とか。俺が居なくなった途端、告白してきた男に取られるんじゃねえか、とか。ホント・・・バカみてーにグルグル考えちまうんだ。」
「!新一・・。」

蘭は、新一の腕の中に納まりながら、新一の不安を知って。
そっと目を閉じて、背中に腕を回すと。身体を預けて、暫くそのまま抱き合った。

「・・・同じなんだ。」
「ん?」
「新一でも、不安になることがあるんだ。」

「バーロ。んなの、当り前だろ?」

蘭は新一の胸に顔をうずめ、新一の鼓動をじっと聞いた。

「(そうだね・・。同じなんだよね・・。)」

不安に沈んでいた気持ちが、新一の言葉と温もりで暖められ、落ち着いて。心から安らいでゆく。

「新一。」
「ん?」
「ゴメンね。・・・私、新一にもう、あんなにたくさんのファンの子がいて。出待ちの子に告白されたって聞いて。新一が変装しなきゃ街中を気ままに歩けないって知って。・・・何だか新一が遠くに行っちゃったようで、寂しくって・・怖かったの。」
「蘭。」
「私・・私も好きだよ。新一のこと。」
「!・・・・・蘭。」

はじかれたように顔を上げた新一が、蘭を抱きしめる腕を緩めて。蘭を伺うと。

「だから、いつまでも、新一は“新一”でいて?私も、ずっと“私”でいる。新一のこと、ちゃんと信じてるから。」

そっと顔を上げた蘭の微笑とぶつかった。蘭の瞳には、もう不安の影は無かった。

「蘭。」
「約束よ?」

そう言って、新一の大好きな極上の笑顔で微笑んだ蘭に

「勿論。」

新一も力強く微笑み返すと、そっと頬を寄せた。
はらはらと桜の花びらが舞い散る中で交わすキスは、二人を別世界に誘うようで。
二人は暫く夢中でお互いの温もりを追い求めた。暫くして頬を離した二人は、伝え合った想いと温もりの余韻に満足げに微笑みあい。再び寄り添って歩き出した。

穏やかな時間は、桜の花びらが舞う中、静かに過ぎていった。



to be countinued…….




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