レジスタ!



By 泉智様



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それから2日後の土曜日。“大阪ダービー”ビッグ大阪VSエクセル大阪戦がエクセルのホーム・スタジアムで行なわれた。スタジアムはシーズン序盤にもかかわらずかなりの観客を集めており、場内には人気のある選手名を書いた垂れ幕が所狭しと下げられ、それぞれのチームの応援歌がうねりとなって響きわたり、雰囲気を盛り上げていた。蘭たちは、和葉と一緒に彼(あるいは夫)の背番号のウェアを着込み、アウェーチームの応援スタンドに陣取っていた。

「・・・凄い。これが、“ダービー”なんだ。」
「そうよ。この“大阪ダービー”と“ノワール”の試合は、特に熱が入るの。ライバル意識たっぷりでね。もう兎に角、激しい試合になるのよ。」
「そうなんですか。」

時間になり両チームの選手がピッチに姿を現すと、スタメンの紹介が始まった。スタンドを揺らす歓声の中、まずアウェーであるビッグの選手の肖像がライブ・ビジョンに映し出された。するとホームのエクセル・ファンから激しいブーイング、アウェーのビッグ・ファンから負けじと返す大歓声が沸きあがった。

《GK:京極:31番》・・・《MF:工藤:33番》・・・《FW:服部:29番》

高校卒業前後の若手にもかかわらず、3人が紹介された時のブーイングと歓声が凄まじくて。蘭たちは、彼らがいかに双方のファンにその実力を認知されているかを知って、背筋がゾクゾクするような驚きと高揚感を抱いた。

「ピーッ!」

《さあ、今年初の“大阪ダービー”、いよいよ試合開始です!》

主審がホイッスルを吹き、アウェーのビッグ大阪のキックオフで、試合が始まった。

《何と!エクセル大阪。新人の工藤相手に2人がかりでマークについたあっ!!》

試合開始早々、新一に2枚のマーカーがついた。対する新一は、小まめに動き回って懸命にスペースを確保しようとしたが、執拗なマークの前に苦心していた。スタンドで観戦する志保は険しい顔でその様子を見つめ、溜息と共に言葉を漏らした。

「新一君、相当警戒されてるわね。まあ、分からないでもないけど。」
「志保。どうして?」

心配顔の蘭の問いかけに、志保はピッチに視線を注いだまま、穏やかに返した。

「開幕2戦とも、新一君が全得点の起点になってるのよ。だから彼を抑えれば、ビッグの攻撃力は落ちる、そう見てるんだわ。」
「そんな。・・・はっ!ああっ、危ないっ!新一っ!」

『!・・・うわっ!』

そんな志保の言葉通り、今まさに蘭の目の前で、激しいマークを受けた新一が倒された。

《ああっ!工藤、また倒されたあっ!エクセル大阪、工藤に2人掛かりで徹底したマーク!》

『・・・クソッ。蘭が見てるんだ!このまま終われるかよ!』

新一は2人のマーカー相手に、例え1タッチであろうとも攻撃に絡もうと必死だった。実際、隙を突いて幾度もチャンスを得かけたが、その度にマーカーのどちらかが、ある時はファウルすれすれのタックルを、またある時は身体や服を引っ張って倒しに掛かる・・その繰り返しだった。結果、この第3戦は、序盤からベテランのMF岡森がゲームメークを任うことになった。

『・・・(これじゃあ、工藤に回せん!)ちいっ!』

開幕2戦は、岡森&新一の中盤支配力で相手を圧倒してきた。しかしこの試合はどちらも中盤を支配しきれず、双方の攻守がめまぐるしく交代する展開となった。

《京極の思い切った飛び出し!ジャンピング・キャ〜ッチ!これは高いっ!京極、素晴らしい判断だっ!》
《遠藤、しっかり読んでいた!エクセルFW東沢へのパスをカット。大きくクリア!》


エクセルの得点チャンスは、CBの陸夫を中心とするディフェンスとGKの真の驚異的なゴール阻止で悉く潰されていたが、肝心の攻撃が、イマイチ冴えていなかった。

《ああ〜っ!服部のシュートは、またもバーに嫌われた!今日、これで3本目!》
《ああ〜っ!比護へのパスは読まれている!通らない!》


結局。お互いに決定力を欠いたまま一進一退の攻防が続き、前半が終了。
後半開始早々、エクセルが速攻を仕掛け、あっという間にビッグのゴール前に迫ってきた。

「陸くん!」
「京極さん!」

『!しまったっ!』

《あ〜っ!ビッグDF最後の砦、遠藤が抜かれた!さあ、エクセル東沢、ついにキーパーと1対1。これは決定的チャンス!》

「「「「「ああっ!危ないっ!」」」」」

東沢がシュート体勢に入ろうかという瞬間。真は動いた。

『!(ここだ!)』
『喰らえっ!』

《エクセル東沢、シュート!》

『はあっ!』

「「「「「!」」」」」

『『『京極っ!』』』

《あ〜っ!東沢のシュートは完全に読まれていたあっ!これは京極、ナイスセーブ!ビッグ大阪、後半開始早々のピンチを脱しましたあっ!》

『『今だっ!』』

真は冷静な判断でエクセル・東沢の強烈なシュートをダイビングキャッチすると、直ぐに立ち上がり前方に大きく蹴りだした。エクセルは速攻でかなりの選手がビッグ陣営奥深く攻め入ってしまい、DF1人を残してオーバーラップをかけていた。岡森と新一に付いていたマーカーもそうしており、二人はこの試合初めてフリーになっていた。

《京極。すぐさま前方にフィード!》

真が大きく前方に蹴りだしたボールは、真がキャッチした瞬間、エクセル陣営に入り込んでいた岡森と新一が走りこむであろう場所めがけて飛んでいた。

《ああっ!後半開始早々の速攻で、エクセル陣地はがら空きだあっ!この試合、初めて岡森と工藤がノーマーク!一気にセンターラインを超えている!ボールが岡森に渡った!ビッグ、一気に逆襲っ!この展開に双方の監督が激しい指示!エクセル、大慌てでゴール前に戻る!》

『岡森さん!』
『工藤。・・・よしっ!』

《ああっ!左から追いすがってきたマーカーを振り切って工藤が来たあっ!岡森、工藤にパス!工藤が切れ込む!早いぞ!何とか間に合ったエクセル・ディフェンス陣、必死に止めに掛かる!》

『『くそっ!こうなったら!』』

この時、新一に追いすがるマーカーが背後から襲い掛かった。蘭は思わず立ち上がり、和葉・志保・園子・明美は、座ったまま身を乗り出した。

『『『工藤っ!』』』

「「「「「ああっ!危ない!」」」」」

『うわあっ!』

背後から激しいタックルを受けた新一は派手に飛ばされ、ピッチを転がった。

《ああ〜っ、工藤が倒されたあっ!これはいけない!伊藤、後ろからのタックル!しかも、足にいっている!ああっ、今、主審がタックルを掛けた伊藤にイエローだ!伊藤、今季1枚目!・・ペナルティーエリア付近に両軍の選手が集まっています。(VTRを)ご覧下さい。工藤が倒された位置は実に微妙!・・これはPKか?それともFKか?!》

新一が吹っ飛ばされた場所は、ペナルティエリア際の、実に際どい場所だった。ライブビジョンに新一が吹っ飛ばされた光景が何度も繰り返し映し出される中、新一はベンチから飛び出してきたトレーナーに治療を受けていた。主審は伊藤にイエローを与えた後、両チームの仲裁に入っていた。そんな中、主審が下した判定は。

《ああ〜っ!・・・ピ、PK!主審の判断はPK!今シーズン、初のPKです!》

この判定に観客席はどよめき、エクセルの選手は主審に詰め寄った。

《この判定にエクセル、猛抗議!・・・ああっ!イエローが出た!先程の伊藤に続いて、鈴本にもイエロー!これは判定への執拗な抗議に対するもののようです!》

『工藤、大丈夫か?』
『はい。大丈夫です。』

治療を終えた新一が痛みを堪えてゆっくりと立ち上がると、チームメートが集まってきた。

『工藤、大丈夫か?』
『大丈夫です。行けます。』
『そうか、頼むぞ。』
『はいっ。』

「・・・新一。」

今季初のPKに、場内は異様な空気に包まれていた。

《ビッグ大阪にPK。これは先制の絶好のチャンス!キッカーは、倒された工藤です!》

「ピッ!」

新一はボールを据えると目を閉じ、フッと一息吐いてGKを見据え、軽く助走。

『(くらえっ!)』
『うっ!』

迷い無く振りぬいた左足から放たれた弾丸のようなシュートに、エクセルのキーパーは全く反応できず、ボールは、勢いよくゴールネットに突き刺さった。

《決まった〜っ!後半10分。ビッグ大阪、先制!工藤、これが今季初ゴール!》

新一は危なげなくPKを決めると、軽くこぶしを握っただけで、直ぐに自陣へと戻った。

『工藤、良くやった。だが、まだまだこれからだぞ。・・皆、このまま一気にこっちのペースに持ち込むぞ。相手はPKと、先行されたことで動揺してるはずだ。この流れが変わらないうちに追加点を奪うぞ。・・・隆祐・服部。頼むぞ。』
『はいっ!』

陸夫がメンバーに檄をとばしてすぐ、試合は再開した。ビッグのプレーの随所に、1点リードからくる心理的優位と、開幕2連勝からくる余裕が見られる一方、エクセルには焦りがあるのか、展開を急ぐあまり雑なプレーが目立つようになった。

《工藤、マークの間をぬって前方にパス!ボールの先には比護がつめる!ああっ!比護がスルー!服部につながったあっ!しかし服部のシュートをキーパーが弾いた!エクセルDF、必死のクリア!しかし短い!比護が競り勝ってシュート!しかしエクセルDFがゴール前で必死のクリア!ルーズボールは・・近藤が拾った!近藤、いったん岡森にバックパス!》

『!・・・よしっ!』

《ここで、岡森。逆サイドに振ったあっ!ボールの先には工藤!工藤がいるっ!工藤、ライン際を切り込んでいったあっ!・・・ああっ!エクセルDF、何と3人掛かりで囲んだあっ!工藤、必死にキープする!ボールはゴールラインを割った!コーナーキック!》

「「「「「「「「「「「「おおおおおっ!」」」」」」」」」」

『よしっ!』

新一はボールを取ると直ぐにコーナーに立った。

《後半、残り5分。ここで1点追加して、ビッグとしては試合を決めたいところ!》

「ピッ!」

ゴール前には隆祐・平次らツートップの他にもMF・DFの選手が入り混じってエクセルの選手と激しく競り争っている。新一はちらりとその様子を一瞥すると、蹴った。

《工藤、ショート・コーナー!》

すぐにピッチに戻った新一めがけてエクセルDFが詰め寄って出来たごく僅かな隙間に、新一は狙い済ましたようにボールを上げた。

《岡森からすぐにリターン。工藤、センタリング!ファーサイドにいた服部に合ったあっ!服部、ヘディング!》

『くっ!』

《ああっ!服部、シュートしない。右に振った!これはキーパーとDF、完全に逆を突かれたあっ!そこにいるのは比護!しかもディフェンスが服部につられた為に、ノーマーク!これは決定的だ!》

『もらったあっ!』

《決まったあっ!ゴォ〜ル!!!2−0!ビッグ大阪、追加点!後半は残り5分を切っている!これは貴重な追加点だ!》

アウェーのビッグのスタンドは今度こそ歓声で割れんばかりに揺れ、歓喜のウェーブが起こった。新一も、後半10分にPKで先制した時とは異なり、笑顔でガッツポーズをとった。この後。試合は、PKの際の混乱でできたロスタイムが5分ほどあったが、そのままエクセルの追撃を振り切ったビッグが、2−0で勝利した。

《たった今、試合終了〜!ビッグ大阪、開幕3連勝です!今年の“大阪ダービー”初戦は、ビッグ大阪が2−0で、エクセル大阪を下しました。これでエクセル大阪は、開幕から未だ勝ち星無し。厳しいスタートになりました。先制点は、後半10分。伊藤の工藤に対するペナルティーエリア・ライン際、ギリギリ内側でのファウルによるPK。工藤の今季初ゴールとなる先制点でした。追加点は、後半40分。右ショート・コーナーからの工藤のセンタリングに服部がヘッドで合わせて落としたところを、比護が滑り込んで決めました。
これで第3節が終わっての比護の総得点は6点に伸び、現時点では、スピリッツの上村を抜いて単独トップ。東京スピリッツは明日が試合ですので、こちらの試合結果が楽しみとなって参りました。》


試合を終えた新一は、試合終了後改めてスタッフから治療を受けた後、寮に帰った。

「(声聞きてーけど・・・仕方ねーか・・・。)」

携帯電話を握りしめた新一は、壁時計を見つめると、溜息と共に携帯を机の上に置いた。時計の針は、いつもなら会話を終えている時間を指していたので、蘭はもう眠っているものと諦めたのである。だがそう思った瞬間、はかったように携帯が着信を告げ、慌てて通話ボタンを押した新一は、この上ない安らぎを得ることが出来たのであった。

『今日はおめでとう。新一。凄い試合だったね。お疲れ様。』
「サンキュ、蘭。」
『ところで、新一。大丈夫?』
「はあっ?大丈夫って・・・。あ、ああ。足のことか?」
『・・・うん。』
「大丈夫だよ。別に捻ってねえし。あの後ちゃんと治療したからな。心配してくれたのか?・・・サンキュ、蘭。」
『/////う、うん。』
「それよりオメ―、遅い時間なのに。まだ起きてたのか?」
『うん・・・。今日のマーク、凄かったから。何だか気になっちゃって。』
「・・・/////。バーロ。あれくらい、どうってことねえよ。これからはもっと厳しくなるだろうし。良い勉強になったよ。」
『・・・新一。』
「蘭?」
『・・・でも、凄いんだね、新一。選手紹介のとき、吃驚したよ。相手ファンからあんなにブーイングを受けるなんて。認められてるんだね。』
「・・・/////。バーロ、んなことねーよ。“まだまだ”だよ。・・・でもまあ、そんくれーでねえとオメ―との約束を果たせねえしな。まだシーズンも俺のキャリアも始まったばっかだし。頑張るよ。蘭。」
『新一/////。』

ここで新一はふと時計を見た。時計の針は、かなり遅い時間をさしていた。

「お前がこっちにいられるのも、あと半日ぐれーか。・・・何時に帰るんだ?」
『お昼食べてから、かな。』
「そっか・・・。」

分かってはいても、また東京と大阪に離れる時間は迫ってきていて。二人の胸に、自然と切ない想いがこみ上げてきた。

『・・・新一。』
「ん?」
『・・・・・・・・・・なんでもない。』

そのまま、お互いに掛ける言葉が見つからなくて。電話を持ったまま、暫く、相手の息遣いだけを感じていた。そのまま5分か10分か。実際はたった数分だったのかは分からない。永遠に横たわりそうな沈黙を破ったのは、新一だった。

「・・・・・蘭。」
『・・・・・何?』
「明日さ。・・・時間が取れるなら、朝練、見に来いよ。・・・会いたいんだ。オメーが帰っちまう前に。・・・一目で良いから。」
『・・・新一。』
「・・・・・ダメか?」
『・・・。』
「蘭?」

ためらいながら告げられた言葉の向こうにある気持ちが嬉しくて。蘭の目頭は熱くなった。

『うん・・・行く。行くわ。私も・・・私も会いたいもん。』

会えない切なさすらも、お互いの気持ちをより深く強く繋ぐ糸になって。離れ離れになる以前なら言えなかった、素直な思いも交わせるようになって。

「分かった。・・・待ってるからな。蘭。」
『うん。』
「・・・・・じゃ、もう遅いから、切るな。・・・おやすみ、蘭。」
『おやすみなさい、新一。』

部屋の外で小声で交わした電話を終えた蘭がそっと部屋に戻って寝入ったのを感じた志保と園子は(実は二人の会話をこっそり聞いていて、蘭に気付かれないようとっさに寝たフリをした)、そっと起き上がると、

「志保。勿論、付き合うでしょ?」
「ええ。最後に一目会いたがってるのは、新一君と蘭だけじゃないもの。」

しっかり新一とお揃いの携帯を握り締めたまま穏やかに眠る蘭を、優しい目で見つめた。









翌朝。蘭の願いは明美に申し出るまでもなく、あっさり叶った。

「今日で帰京するんだもの。こっちを立つ前に、練習を見ていきましょう?ね、蘭ちゃん。園子ちゃん。志保。」

明美は蘭・園子・志保をビッグの練習場に連れ出すと、ゆっくりと見学させ。昼食後、新一らと一緒に、蘭・志保・園子の見送りに立った。新一と蘭、隆祐と志保がそれぞれに別れを惜しんで二人の世界を作っている傍らで、園子は一人ベンチに座って新幹線の到着を待っていた。そんな園子の様子を見た平次は、真にハッパをかけた。

「京極はん、行かへんのか?」
「服部君。」
「あの姉ちゃんやろ?工藤の部屋で京極はんが見とった写真のコ。」
「/////!」
「やっぱな。やったら、行ってきや?偶然とはいえ知り合うて、“オンナは苦手”言うとった自分が、あの姉ちゃんとは自然に話が出来とったんやで?しかも、楽しそうに。」
「は、服部君/////!」
「京極はん。・・・蘭ちゃんと志保ちゃんは工藤と比護はんがいてるから、またこっちに来るかもしれへんけど、あの姉ちゃんは分からへんで?もう来えへんかもしれへんで?これが最後のチャンスかもしれへんで?」
「・・・。」
「京極はん、試合の時の思い切りの良さは何処に行ったんや?うかうかしとったら、他のオトコに取られてまうで?」
「!」
「・・・。」
「服部君。・・・・・ありがとうございます。」

真は平次に散々に焚きつけられて迷いが吹っ切れたのか、“思い切り良く”園子のもとに向かった。

「(折角会えて、偶然とは言え話が出来たんだもん。それで十分だよね、そう思ってる筈なのにさ。何でこんなに切ないんだろう。)はあ〜っ・・・。」
「・・・あの、鈴木さん。」
「へっ?!・・・え?!き、京極さん?!」

一方、園子は、別れを惜しみあう友人を羨ましく思いつつも、真と話せるラストチャンスをモノにできない自分にへこんで思いっきり溜息を吐いた時、真に声を掛けられた。

「(え、ええええっ?!な、ななな何で?!)」
「あ、あの/////。・・・ここ、良いですか?」
「は、・・・ど、どうぞっ/////。」

緊張しまくってる真の姿に、まさか声を掛けてもらえるとは思っていなかった園子も緊張しまくって。お互いに真っ赤になってギクシャクしながらも、ベンチに並んで掛けて、ぽつぽつと話し始めた。

「あ、あの・・・。昨日の試合ですが。見に来てくださったそうですね。ありがとうございました。」
「あ、はい。いえ、そんな。私は蘭と志保についていっただけで////。」
「・・・昨日だけじゃ、無いですよね?以前にも試合会場で、あなたをお見かけしたことがあるように思うんですが。・・・私の思い違いでなければ、ですが/////。」
「・・・えっ/////?」
「そう、確か1年くらい前・・・杯戸と帝丹の練習試合の時から・・・だと思うのですが。」
「・・・えっ?・・・て、えええええっ?!な、何でそのことを知ってるんですかっ?!まさか、新一君から聞いたとか?!」
「違いますよ(苦笑)。・・・あの日。工藤君が、まあ、偵察でしょうね、見に来ていることに気付いたんですよ。制服から、ご一緒されている方も帝丹の方だということが分かりました。その時の方が今回いらした皆さんだったことは、夕食をご一緒した時に気付いたんですよ。ピッチからは意外と観客席が見えますからね?あの時、ものすごく熱心にご覧になってらして。・・・その後も試合会場でよくお見かけしたのを覚えてるんですよ。」
「・・・京極さん/////。気付かれてたんですか?」
「ええ。高校サッカーの本選で帝丹と当たることはありませんでしたので、その日以来、あなたが母校を応援する姿をお見かけしたことはありませんでしたが。いつも、天気が悪い日でも来てくださって。・・・励みになってたんですよ?」
「(嘘・・・。京極さん、“私”に気づいてたの/////?!やだ、何か凄く嬉しいよお〜。ど、どうしよう・・・。)あ、・・・いえ。そんな、は、励みだなんて、私こそ。そう言ってもらえるなんて/////。」
「・・・/////・・・で、あの・・・鈴木さん。」
「は、はいっ。」
「もし良かったら・・・また、試合を見にきていただけませんか/////?」
「えっ/////?」
「昨日の試合も・・・鈴木さんが見て下さっていると思ったら、何が何でも負けるわけには行かない、そう思って。・・・力が出たんです。」
「・・・(京極さん)・・・/////。」
「ですから・・・。あ、でも、ご迷惑・・・ですよね?わ、私が勝手に“励み”にしてるだけですから。・・・すみません。」
「(京極さん・・・/////。う、嬉しいよお〜。迷惑なんかじゃないよお〜。そんなこと言われたら、私、私・・・。)・・・め、迷惑じゃないです!迷惑じゃないですから!」
「鈴木さん/////?!」
「応援、行きます。絶対。」
「・・・鈴木さん/////。・・・・・・・・・・あ、ありがとうございます。」

お互いに耳まで真っ赤になりつつも、笑顔になったところで、新幹線のアナウンスが入ってきた。

「「あ・・・。(時間・・・。)」」

二人揃って時計を見上げ、お互いに視線を戻したらイキナリ照れが襲ってきて。照れを誤魔化そうと何気に蘭と志保のいる方に顔を向けた園子は、友人達の熱々な惜別のラブシーンを目撃する事になった。流石に気まずくて、慌てて視線を逸らした時。ふと思い立ってメモを取り出した園子は、何事かを書き付けて真に差し出した。

「鈴木さん?」

反射的に受け取った真は、メモを見て目を瞠った。

「こっちに来ることがあったら教えてください。練習でも何でも、絶対見に行きますから。」
「鈴木さん。」

惚けたようにしている真に園子は最高の笑顔を見せると、別れを惜しんで号泣する蘭と、少し目が潤んでいる志保を連れて新幹線に乗り込み、真の為だけに手を振った。

「蘭、大丈夫?」
「う・・・うん/////。」

京都駅を過ぎる頃になってようやく落ち着いてきた蘭をなぐさめていた園子に、志保が珍しく、突っ込んできた。

「園子。京極さんと進展したの?何か渡してたようだけど?」
「えっ/////?」
「えっ、何?志保。・・・園子と京極さん、上手く行ったの?何時の間に?!気付かなかったよ?」
「多分ね?園子〜。ほら〜吐きなさい〜?隠すと身のためにならないわよ〜?」
「し、志保ぉ・・・。」
「蘭もチャンスよ。いつも新一君ネタで突っ込まれてるんだから。たまには突っ込み返さないと。」
「・・・それもそうよねえ。園子〜?」
「ら、蘭!志保!ち、一寸。二人とも!」

この後、真もまた園子を同じ頃から意識していたことが分かって、蘭と志保が喜んで。この日の別離の辛さが次会う時までの楽しみに変わるのに時間は掛からなかった。一方、最愛の彼女と無茶苦茶別れを惜しみまくった新一と隆祐は、ガックリと意気消沈して、トボトボとホームを後にしかけた。そこに、平次が弓なりに目を細めて楽しそうに真に突っ込むのを和葉が止めにかかって喧嘩漫才に発展しそうになるところを、遠藤夫妻と一緒に必死に止めるうちに、凹んだ気持ちが徐々に浮上していったのであった。









それから1ヵ月後の第7節。ここまでの6戦を“4勝1敗1分け”できたビッグ大阪は、ノワール東京とのアウェー戦の為に、東京の地に下り立った。ビッグのファンなら、力を入れる試合。“因縁のノワール・ダービー”である。子どもの日の試合を控え、チームメートと一緒に、自身の18歳の誕生日の午後、移動してきた新一は、久しぶりの東京に懐かしさを感じていた。大阪に移籍してから、たった1日たりとて欠かされていない“蘭の愛のモーニング・コール”で、朝一番に“蘭の愛情タップリのお祝いの言葉”を貰った新一は、この試合に並々ならぬ気合を入れて臨んでいた。何故なら、

『明日の試合、絶対、見に行くからねv。勿論、志保と園子も一緒よ。・・・あとね、去年の2−Bの皆も見に行くって言ってくれてるのよ?新一の活躍を目の前で見たいんですって。だから、頑張ってね?』

というメッセージが付いたからである。
帝丹は一応“エスカレーター校”だから、受験で悩む面子はそう多くは無い。しかし、外部を受験する連中が居ないわけではない。受験生が貴重なゴールデン・ウィークの1日(といっても数時間だが)を自分の為に割いてくれる、その気持ちに、新一は“蘭の愛情”+αの気力・活力を貰っていた。

「工藤。少し、散歩に出るか?」
「遠藤さん、比護さん。」

ノワール東京との試合の際に定宿にしているホテル・ニュー・米花のある米花市は、新一と陸夫・隆祐にとっては生まれ育った町でもある。試合前のリラックスということで、新一はきっちりメガネを掛け、馴染みの町に繰り出した。

「まあ、陸夫君に隆祐君。それに新一君まで。久しぶりねえ、元気だった?さあ、あがって頂戴?」
「久しぶりじゃのお、陸夫君も隆祐君も新一君も。ビッグの好調ぶりはこっちのニュースでも評判じゃぞ?」

どうやらあらかじめ連絡をいれてあったらしく、懐かしい阿笠邸に着いた新一ら3人は、阿笠夫妻の歓迎を受け、一息ついた。

「お義父さん、お義母さん。志保ちゃんの姿が見えませんね?学校ですか?」
「ええ。全国模試だとか言って、登校してるわ。でも、もうじきに帰ってくるんじゃないかしら?」
「模試かあ・・・。」
「懐かしいかの?新一君。そういえば、君と志保は校内でも全国でも、いつもトップを争っておったのお。最大のライバルが目の前からおらんくなってしまったからのお。どうも張り合いがないと、志保が零しておったぞ?」
「・・・誰が、そんな事言ったのよ?お父さん。」
「「!」」
「おお、志保。帰っておったのか?」
「・・・今、帰ってきたのよ。」
「ハハハ。そうかそうか。」

自分の睨みにそそくさと席を立った父に肩をすくめながら、志保はリビングのソファに掛けた。

「・・・ったく、お父さんたら。いらっしゃい、お義兄さん、隆祐。新一君もね。」
「ハハハ。お義父さんも、相変わらずだね?志保ちゃん、どうだった?今日の結果は?」
「“誰かさん”が居ないんですもの。成績を落としたら、何言われるか分かったモンじゃないわ。ベストを尽くした、とだけ言っておくわね。お義兄さん。」
「でも、キープしてんだろ?高2の最後の全国模試までは、学校(改方学園)に言われて俺も受けさせられたから、順位は知らねえワケじゃねーし。身近なライバルが消えた位で、オメーのレベルが急に落ちるとは思えねーけど?」
「相変わらず、言うわね。・・・ま、良いわ。あ、そうそう、新一君。久しぶりに家を見てきたら?」
「へっ?!」
「折角、こっちに来たんだし。門限までまだ少しあるでしょう?たまには人の気配を入れとかないと、家が傷むわよ?」
「余計なお世話。」
「良いから、行ってらっしゃい。今日が何の日か覚えてるなら、行って損はないと思うわよ?明日はもうダメだけど。」
「はあ?!今日は良くても明日はダメ?!」
「ええ。」
「・・・。」

何やら意味深な志保の発言と笑み。その言葉と笑みのウラを読もうと考えた新一は、不意にハッ!とした顔になると、

「仕方ねーな。ちょっと行ってくる。」
「時間になったら、声を掛けに行くわ。」
「おう。」

不承不承という体裁の言葉とは裏腹に、大慌てで駆けていった。

「・・・一体、どうなってるんだ?志保。」
「“今日”でないと意味がない、新一君限定の、素敵な“何か”があるのよ。」
「はあ?!」
「フフ。隆祐にも、帰る頃には分かるわよ。」

唖然と新一を見送った隆祐の問いに、志保はにっこりと笑みを返した。

その頃、自宅のドアを開けた新一は目を瞠っていた。何故なら半年近くもの間、人の出入りが無かった家とは思えないほどに室内が綺麗に掃除されていたからである。呆気に取られた新一は、何気にたたきを見た瞬間、素早く靴を脱ぎ、リビングに飛び込んだ。

「蘭・・。」

其処には模試と大急ぎでした掃除で疲れたのか、ソファで転寝をする蘭の姿があった。桜の季節以来に見る蘭は、益々美しさを増して見えた。

「(オイオイオイ/////!これって“据え膳”か?!マジでヤベエって・・・。)」

思わず生唾を飲み込んだ新一は、お年頃の衝動に走るまいと必死に頭を振って妄想を振り払うと、蘭の肩を揺さぶった。

「蘭・・蘭。風邪ひくぞ?ら〜ん。」

しかし、なかなか起きなくて。

「う・・ん・・。」

しかも、寝言が艶めいていて。新一は、引き寄せられるように蘭の寝顔に頬を寄せた。

「・・・・・ん・・・。」

そのまま“桜の下で交わした時のように”蘭を求めてしまった新一は。

「ん・・。んんっ?!」

ようやく目を覚ました蘭に驚かれた拍子に、突き飛ばされてしまった。

「・・・ってえ〜。」
「し、新一/////!」
「ったく・・。風邪ひくと不味いから、起こそうとしたらコレだもんな〜。」
「ご、ゴメンなさい。吃驚したもんだから。つい・・・って、もう!だいたい、人の寝込みを襲うからこうなるんでしょう?!」
「あのな〜。俺は見た瞬間に襲うなんてケダモノみてーなマネしてねーよ。ちゃんと肩を揺さぶって声を掛けたのに、お前がちっとも起きねーからじゃねーか。」
「う・・。ご、ゴメン///。」
「・・まあ、良いけどよ///。・・・それよりどうして此処にいるんだ?今日は全国模試だったって隣で聞いたけど、家に帰らなくて良いのかよ?」

突き飛ばされた新一は、蘭の隣に座りながらそう訊ねた。そのソファには、蘭の学生鞄が立てかけられていた。

「あ・・うん。」
「何でまた?」
「だって・・・志保から、東京のチームとアウェーの時は、お義兄さんと彼が必ず家に来るって聞いてたから、もしかしたら新一も来るかなあって思って・・。それに・・今日は新一の誕生日だし・・。」
「蘭/////。(誕生日プレゼントを・・ってことか?・・ってことはまさか、おまえ自身が・・とか?)」
「ホント、良かった。これで、新一に直接プレゼントを渡せるもん。受け取ってくれる?」

内心で煩悩メラメラの新一に、純真無垢に微笑んだ蘭は、鞄からプレゼントを取り出して差し出した。

「あ、ああ・・サンキュ。(・・って、ハハ・・んなワケねーよな。でも・・可愛すぎる〜っ/////!)」

新一はしっかりプレゼントを受け取ると、蘭を引き寄せ、口付けた。まさに煩悩全開である。イキナリのキスで早々に息が上がった蘭に必死にアピールされて名残惜しそうに唇を離した新一は、蘭を優しく腕に納めた。

「・・・んもう、イキナリなんだから。苦しかったじゃない。」
「悪い悪い。嬉しくて、つい、な。」
「んもう、バカッ/////!」

照れ隠しの言葉は出るものの、まんざらでもない蘭は、そのまま大人しく新一の腕の中に納まっていた。部屋の中は、5月なのに常夏のようなアツアツで甘い空気が漂っていた。

「ねえ。プレゼント。開けてみてくれる?」
「ん。」

プレゼントは“お手製”ケータイ・ストラップだった。

「手作りか〜。蘭は器用だな。」
「へへv。ありがと///v。」

嬉しそうに目を細めてストラップを掲げた新一は、“Shinichi‘s”と組まれたビーズの先端につけられていた人形細工に、目を瞠った。

「(えっ/////?!)これ・・蘭・・だよな?」
「う、うん・・/////。」

ストラップの先端にあったのは、胴着姿の蘭人形。

「(これってつまり・・“私はオレの”ってコトだよな/////。・・ってことは・・うっ/////、ヤベエ、鼻血が出そうだ・・。)・・なあ、蘭。これが“Shinichi‘s”ってことは“Ran’s”ってのもあるんじゃねえ?」
「え、えっ/////?!な、無いわよ。そんなもの!」

裏返った声と真っ赤な顔は、言葉とは裏腹の事実を示していて。

「ふ〜ん?」

不敵な笑みを浮べた新一は、すぐさま蘭の携帯を呼び出した。

「えっ?!・・・あっ、ダメえ〜っ/////!」

突然の着信音に慌てて携帯を取り出した蘭の手から素早く携帯を取った新一は、同じくビーズで“Ran‘s”と組まれたストラップの先に付いていた人形細工を見て、真っ赤になって固まった。

「(これ、オレじゃん・・・/////。)」

蘭のそれに付いていたのは、ビッグのユニフォーム姿の新一人形。

「ヤダッ、ばかあっ!・・もうっ、返してよっ/////!」

ユデダコと化して固まっている新一から易々と携帯を奪い返した蘭は、恥ずかしさの余り真っ赤になって、そっぽを向いてしまった。

「・・・。」

それからしばらく沈黙が続いたのだが。その沈黙は、何とも怪しい調子の鼻歌によって破られた。

「(えっ、鼻歌?新一が?)」

その鼻歌に驚いた蘭は、そっと新一を伺って、驚くべき光景を目にした。

「(ええ〜っ?!新一、壊れちゃったの?!こんな顔、初めてだよ/////!)」

日頃はクールな新一が、デレデレと喜色満面の笑みを浮べながら鼻歌を歌い、自分の贈ったストラップを携帯に付けていたからである。そんな新一の姿に、照れと怒りを忘れた蘭は、呆気に取られてじっと新一を見詰めてしまったのだが。新一は自分がデレデレしている自覚が全く無いらしく、蘭の視線に気付いて不思議そうにした後、蘭の心臓を撥ねさせるほどに甘く優しく微笑んで蘭を引き寄せると、優しくキスをして抱きしめた。この新一の微笑・優しいキス・抱擁に、今度は蘭がユデダコになって。

「・・んもう。・・・バカぁ/////。」
「ああ?・・・最高のプレゼントだぜv。サンキュ、蘭。」
「ただの携帯ストラップだよ?」
「はあっ?!どこが。コイヌールよりも凄い、世界一の宝物だぜ?」
「/////!・・・バカ/////。」

この日。新一は、最高の誕生日プレゼントで、ノワールダービーへ向けた最高の栄養補給ができたのであった。









【第6節までのビッグ大阪の戦績は4勝1敗1分。これはライトニング磐田と並んでリーグ第2位タイである。現時点での比護の総得点は8点で、こちらは、東京スピリッツの上村と1点差で単独首位である。ビッグ大阪の失点は2で、得失点差はリーグトップの+10。これは現在首位の鹿島スペリオール、同率2位のライトニング磐田、前年リーグ覇者で現在4位の東京スピリッツを上回っている。第4節の鹿島スペリオール戦を0−0のドロー。第5節のライトニング磐田戦は正GKの京極の体調不良により急遽、第2GKの山川が先発。1−2で今シーズン初の黒星を喫した。第6節の京都ヴァイオレット戦は、体調不良から復帰した京極が活躍。2−0で快勝している。今週末の第7節はノワール東京戦。何かと因縁の多いこの組み合わせは、荒れ模様の展開になる事が多い。ちなみに前年の対戦成績はビッグ大阪が1勝1分で優勢である。今年のノワール東京は、第6節終了時点で1勝5敗。得失点差は+1で、総失点数が10。得点力はビッグ大阪に引けを取らないが、ディフェンス面に課題がある。対するビッグ大阪は、若干18歳ながら正GKを勤める京極が、5試合先発して未だ失点が無い。第7節は京極が無失点記録を6に伸ばすか否か。ノワール東京の攻撃力がビッグ大阪のディフェンス陣をどう攻略するかが見所となるであろう。

:日売スポーツ】


「委員長。皆、揃ってる?」
「大丈夫。皆、揃ってるぜ?」

試合当日の夕方。園子の家には昨年の2−Bの面々が集まっていた。クラス全員で、新一の試合を観戦する為である。

「Jの試合をナマで観るのって初めてなんだ♪。楽しみ〜っv。」
「私も、私も〜♪。ねえねえ、ビッグ大阪って強いんだよね?それにカッコイイ選手もいっぱい居るんだよね?楽しみよね〜っvvv。」
「おい、鈴木。ウェア。ちゃんと、数あるか?」
「当たり前でしょう。ちゃ〜んと数、確認してあるから間違いないわよ。新一君のはこっち。それ以外はこっち。一応、選手別に分けてあるから、皆、取りに来て頂戴。」
「オッケー。」
「ありがとう、園子。」
「それにしても、さすが2−Bの宴会部長!こういう事は手際が良いよな〜♪。」
「一寸〜。何よ、ソレ。」
「ハハハ。セッティング上手って、褒めてんだよ♪。」
「そうそう。感謝してんだぜ?」
「そうそう。」
「・・・何か含みがありそうだけど・・・まあ、良いわ。」

去年のクラスメートに微妙な言い回しで褒められた園子は、皆にウェアを渡し、自らも真のウぇアに着替えると、

「ではっ!帝丹高校応援団!出発よ〜っv!」
「おーっ!」

場を仕切って、意気揚々とノワール東京のスタジアムに向かった。

「それにしても工藤のヤツ、頑張ってるな。ガンガン試合に出てるだろ?」
「ああ。それに比護。今年もスゲーな。6節までで8点だろ。今年も“得点王”イケるんじゃねえ?」
「言えてる〜。ところでさ。京極って、杯戸の出身だろ?」
「ああ。そうだよ。俺さあ。以前、京極と(練習試合で)対戦したことがあるんだけどよ。アイツ、マジでスッゲーぜ。こっちも色々考えてんのにさ。どこに打っても止めやがんだぜ?何つーか、こう、ゴールの前全体に壁があるって感じ。あたり負けしねーし、迫力あるし。出場した全試合で無失点ってのも納得だぜ。」

男子連中が日売スポーツを片手に話し込んでいる一方、女子連中は雑誌に掲載されているカッコイイ選手の写真に嬌声をあげながら、スタジアムへと入って行った。

スタジアムは因縁のビッグ大阪戦とあって、既に異様な緊張感に充たされていた。試合後のファン同士のトラブルに備えた警備スタッフが場内のいたるところに立っており、物々しい雰囲気だった。この雰囲気に蘭と園子、そしてノワールダービーを初めて観戦する級友たちは周りに注意しながらアウェー側の応援スタンドに席を取り、試合開始を待ったのであった。

《皆様、本日はご来場をありがとうございます。ただいまより、本日のスターティングメンバーを発表します。》

暫くして、スタメン発表が始まった。大阪ダービーを観戦して“ダービーが持つ独特の雰囲気”を蘭と園子は分かっているつもりでいた。しかし、ノワール・ダービーの雰囲気はそんなものではなかった。

「!・・・な、何?!」
「(ビクッ)!・・・やだ、怖い・・・。」

選手紹介開始早々、並々ならぬ罵声の応酬。もしこれが初めての試合観戦だったら、恐怖のあまり、二度と観戦に行くものかと思いたくなるほどの物凄さで。試合前からファンの間で既に戦いは始まっている・・としか言い様がない感じだった。

「ピーッ!」

ビッグのキックオフで試合は始まった。試合は、ディフェンス力で勝るビッグがボールを支配する展開となった。新一は誕生日の移動日に蘭に英気を貰った甲斐あってか、はつらつとしたプレーで攻守にわたる大活躍を魅せ、得点に繋がるパスを連発。

《ゴール!前半25分。ビッグ大阪、先取点!0−1!見事な服部のヘディング・シュート!》
《ゴール!前半40分。ビッグ大阪、追加点!0−2!比護、これで9点目!》


ビッグの応援スタンドは歓喜の雄たけびを上げ、大いに盛り上がった。後半に入ってからもビッグの支配力は衰えず、このままワンサイドゲームになると誰もが思っていた矢先、“やはり”ノワール・ダービーと思わせる事件が起こった。

《工藤、マークを振り切って、逆サイドに大きく振ったあっ!ボールの先にはリリアーノがいる!リリアーノ、そのまま上がって中に上げた!そこには比護だあっ!》

「ピーッ!」

その時、ボールのある場所では何のファウルも無かったのに、イキナリ笛が鳴った。瞬時にプレーが止まり、誰もが不思議そうに辺りを見回して、すぐに“異変”に気が付いた。新一がわき腹を抑え、倒れていたのである。新一の傍には副審が立ち、険しい表情で主審に何事かを話していた。ライブビジョンは、すぐさま新一がわき腹を押さえる原因となった場面を映し出した。その瞬間、スタジアム内は悲鳴と怒号に包まれ、騒然となった。

《ああ〜っ!これはいけません!黒澤!工藤に対する、プレーに関係のないところでの暴力行為!》

マークを振り切って逆サイドのリリアーノに振った直後。新一が、マーカーをしていたノワールのMF黒澤に、わき腹を思い切り蹴られていたからである。

「ひっ!新一ぃっ!!!」
「工藤!」
「キャアーッ!工藤君っ!」

蘭はその映像を確認した瞬間、立ち上がって悲痛な叫び声を上げ。真っ青になって身を震わせた。志保と園子はすぐに蘭を両脇から支え、青ざめた顔でライブビジョンを食い入るように見つめた。クラスメートも驚愕の悲鳴をあげ、ライブビジョンとピッチに横たわる新一を食い入るように見つめた。この非常事態にベンチからはトレーナーが血相を変えて飛び出し、担架を持った係員がその後に従った。

《工藤は一旦、治療を受ける為に担架で外に出されます!両チーム、選手が集まってきます!これはかなり不味い!両チームのキャプテンが仲裁に入ります!》

ピッチでは現場にGKを含む全選手が集まって乱闘寸前の雰囲気に突入。それを両チームのキャプテンが必死に押さえに入っていた。ラムスは、数名の控えに大至急のアップを命じると、ライン際ギリギリのところまで出てノワール・ベンチに向かって激しいクレームを飛ばした。

《このまま工藤は交代か?数人の選手が、急いでアップしています!・・・ん?!主審が入って、やっと両チームの選手が離れた!おおっ!!!これはっ!レッド・カード!レッドカードです!!!主審。先ほど工藤に暴力行為を働いた黒澤にレッドカード!黒澤、一発退場です!》

主審がレッドを出した映像が映し出された瞬間、スタジアム内に再び歓声と怒号が響き渡った。黒澤はレッドを受けたにもかかわらず、全く悪びれることはなく。冷酷な笑みを口の端に浮かべて平然とロッカールームへ姿を消した。

《後半残り30分間、“ノワール東京”は10人で戦うことになりました!2点ビハインドで、10人。この暴力行為がもたらしたものは、余りにも大きい!》

騒然とした雰囲気の中、新一の交替選手が投入されぬまま、10対10で試合は再開した。しかし、騒ぎの元凶が一発退場となったとはいえ、一旦荒れた試合の雰囲気を変えるのは容易ではなかった。(新一が戻るか交代の選手が投入されれば、10対11で)数が優勢な分、ビッグに有利なのだが。一旦、苛立った気持ちがそう簡単に収まる筈も無く。細かい部分でのプレーが乱雑になっていった。

『大丈夫か?工藤。交代するか?』

「(不味いな。皆、苛立って、プレーが雑になっている。このままでは・・・。)」

新一はトレーナーに治療を受けつつも、ピッチの様子を見ていた。この騒ぎでプレーが大味になっていることに厳しい面持ちになりながら、味方ゴールの方へ目をやった。幸い、遠藤と京極は冷静な様子で周りに声を掛け、ゲームを締めようと指示を出している。

「(キャプテンと京極さんがあの様子なら、とりあえず大きく崩されることは無いな。)」

『工藤?』

治療を終えた新一は、戻る意思をラムスに伝えた。

『本当に行けるのか?工藤。』
『はい。大丈夫です。行けます。監督。』

ラムスの目が、新一の危機感に満ちた目と交錯する。

『・・・。』

ラムスは其処に新一の強い意志を見て取ると、控えの選手にアップを一旦止めるよう指示を出し、新一に伝言を託した。

《・・・ん?工藤がライン際に立っている!控えのアップを一旦止めた模様。ビッグ大阪。どうやら交代は無いようです!》

『工藤!』

ピッチのビッグの誰もが、一瞬・視界に新一の姿を捉えた。新一はいつものように真っ直ぐな目をして、じっとピッチを見据えている。

「工藤!」
「新一君!」
「新一ぃっ!」

蘭を始めとするクラスメート達は、ボールデッドを待つ新一の姿に息を呑んだ。ライブビジョンにもその姿が映し出され、ビッグの応援スタンドからは、大歓声が沸きあがった。新一が戻ろうとしていると分かって、一瞬にして落ち着きを取り戻したメンバーは、態勢を持ち直すべくリズムの組みなおしに掛かった。

『そこだあっ!』

《近藤、パスを読んだ!ボールがタッチを割る!工藤が戻ってきた!》

ボール・デッドになって戻ってきた新一に、メンバーが駆け寄ってきた。皆、一様に心配そうな顔をしている。

『工藤っ!大丈夫か?!』

新一はいつものように不敵な笑みを返すと、監督からの伝言を伝えた。一同は新一の目の輝きに安堵すると、親指を立てて不敵な笑み浮かべ、それぞれのポジションへと戻っていった。

「新一。・・・無理、しないで・・・。」

蘭は、胸の前で手を組んで、じっと新一を見詰めた。新一は、負傷をものともせずプレーを続行した。ボールキープの時間を短くしてディフェンスの裏を付く速いパスを送り。負傷した側からチャージを受けないよう、巧みなステップでマーカーを揺さぶってディフェンス陣を翻弄。攻撃のリズムを組み立てなおした。

『はっ!工藤!』

《ああっ!比護のシュートを足で止めにいったDFのクリア・ボールが、工藤の真正面に行ったあっ!工藤、思い切って、シュートっ!・・・ゴォ〜〜〜ル!後半25分、“ビッグ大阪”、追加点!0−3!先ほどまで治療を受けていた工藤が決めました!工藤は昨日が18歳の誕生日!自身でバースデーを祝うゴールを決めました!》

この日新一が決めたゴールは“大阪ダービー”の(自身が受けたファウルによる)PKに続き2本目。純粋に試合の流れの中から奪ったものとしては、今季初めてのものだった。新一はこの日初めて、右手に嵌めた指輪にキスを送って、自身のゴールを祝福した。

「(新一/////!)」

そうしながらポジションに戻る新一の姿がライブビジョンに大きく映し出され、右手へのキスの意味を察して真っ赤になった蘭を、園子・志保らと、クラスメートらがにまっと笑って見詰めた。

3点目が決まった直後、ラムスは立ち上がって選手交代を告げた。ここで新一はベンチに下げられ、試合を見守った。試合はそのままビッグが優勢に進め、0−3で勝ちを収めた。



試合終了後。蘭たちクラスメートらは、ビッグの宿舎となっているホテル・ニュー・米花近くのファミレス“グート”に席を取り、メンバーが戻ってくるのを待った。

蘭は志保と園子と同じテーブルにつき、思いつめた表情で指輪を見つめていた。そんな蘭を気遣いつつもホテルの正面玄関をチェックしていた志保は、メンバーが乗っているバスが着いたのを確認すると電話を入れ、小声で何事かを話し始めた。暫くして電話を終えた志保は、蘭と園子に向かってこっそりと話し始めた。

「蘭。お義兄さんに今、確認したんだけど。新一君。あれから米花総合病院へ行ったそうよ。」
「「!・・・で?」」
「レントゲンを取って、異常は見られなかったことが確認されたわ。多分、あと30分ぐらいで戻ってくるそうよ。・・ここは私がクラスメートに伝えておくわ。蘭。顔を見てらっしゃいな?」
「志保。」
「園子。蘭を頼むわね。」
「任せて!さあ、行くわよ、蘭。」
「うん・・。」

園子に蘭を預け、急き立てるようにしてホテルのロビーに向かわせた志保は、クラスメートに新一の状況を伝えた。クラスメート連中は皆納得顔になると、野暮を誰一人として言うことなく、帰路についた。それを見送った志保は席を立ち、蘭たちに合流した。


志保が合流して間もなく、ホテルのロビーに新一が姿を現した。

「新一・・!」
「蘭!」

すぐさま駆け寄った蘭の目には、涙が浮かんでいて。

「心配掛けて、ゴメンな。蘭。痣になっただけだ。大丈夫だよ。」

新一は、そう言うと、そっと蘭を抱き寄せた。蘭は新一の肩口に顔をうずめると傷に触れないように背中に腕を回し、安堵の涙を零した。

そんな二人を、少し離れた所から、園子と志保、陸夫と隆祐、平次と真が微笑んで見詰めていた。

「とりあえず、大事に至らなくて良かったな。」
「ええ。大丈夫そうな新一君の顔を見れて良かったわ。あのままじゃ、蘭も不安だったろうし。」
「そうね。・・それにしても、あれは酷かったわね。確か、黒澤、だっけ?ノワールの7番。あんなヤツがどうして選手をやってられるのかしら?」
「ノワールだからこそ、だよ。園子ちゃん。黒澤は、今のオーナー(烏丸)の見つけてきたヤツ。お気に入り、だからな。」
「シッ!・・隆祐、声が大きいぞ。」
「えっ?どういうことですか?キャプテン、比護さん。」

訳知り顔の陸夫・隆祐・志保に対し、園子・平次・真は怪訝そうな目を向けた。失言したと口を噤む隆祐を、陸夫が厳しい目で見詰め、志保が気まずそうに目を伏せたところに、

「ここは、京極さんと服部にも話しておいた方が良いんじゃないですか?キャプテン。」
「工藤!」

蘭を連れた新一が近寄ってきた。

「・・分かった。」

少々、人目を憚る内容だったので、ホテルのロビー上階にあるカフェの、特にスペースを区切られている席を頼んだ陸夫は、8人全員のオーダーが揃ったところで、周囲を入念に確かめてから、重い口を開いた。

「本当は・・あまり口外したくない内容なんだが。どうやら今日の試合から見る限り、工藤が目を付けられた事は間違いなさそうだからな。・・服部・京極、蘭ちゃん・園子ちゃん。今から話すことは、状況証拠でクロでも、確たる証拠が無いから大きい声では言えない話なんだ。相手は平気で危険な手を使う輩だしね。・・だから、くれぐれも他言無用に。」
「・・はい。」

そう陸夫が前置いて始めた話は、事情を知らなかった蘭・園子、平次・真の表情を厳しくさせた。

「この事・・新一は、知ってたの?」
「ああ。キャプテンと比護さんとは、以前から親しくしてたし。ノワールは、オーナーが代わってから目に見えてチームがおかしくなったし。スピリッツ(当時)にも、妙な噂が聞こえてきたしな。・・それに、オレの家のお隣さんは、だろ?凡その話はキャプテンや比護さん、博士から聞いてたんだよ。」
「そう・・。」

そう言って、冷めかけた珈琲に口をつけた新一に、平次が不思議そうに訊ねた。

「成る程な。せやけど、何で工藤がソイツに目ぇ付けられなアカンのや?工藤が所属しとったんはスピリッツで、ノワールやなかったやろ?」
「ああ、それは・・。」
「・・スピリッツに工藤の移籍を申し入れたのが、ウチとノワールだったからだよ、服部。」
「何やて?!それ、ホンマですか?」
「比護さんの言ったことはホントだよ、服部。(蘭と遠恋になると分かってても)オレがビッグに決めたのは、キャプテンと比護さんの事があったからなんだ。出場時間数が増やせたとしても、マトモなサッカーが出来なくなるのは御免だったからな。」
「新一・・。」
「それにしても、厄介なことになりましたね。ピッチ内(ラフプレー)で済めばいいのですが・・。」

この時、真が厳しい表情でそう漏らした言葉は、数ヵ月後に現実のモノになったのであった。



to be countinued…….




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