レジスタ!



By 泉智様



(5)



2ndシーズンを目前に控えたある日。新一はフロントに呼び出された。



「対談・・ですか?」
「ああ。一般誌の“ジャパン・ウォーク”がね、話を持ってきたんだ。安心したまえ。対談といっても、君を含む、うちの若手を数人取り上げる形だから。君を特に指名したのは、先方が君のファンだからだそうだ。」
「(ゲッ・・・。)」
「まあ、そう露骨に嫌がるな。我々も考慮しているよ。契約後に君のご両親と顧問弁護士から取材・広告宣伝(肖像)に関する申し入れを受け、特に条項を付加しているのだからね。今回の件については、君の顧問弁護士の了解を得ているし、うちの法務・渉外担当からも問題ないと報告を受けている。」
「そうですか。(確か、父さんと蘭の母さんからそんなメールが届いてたな。)」
「それに監督と遠藤から、君が“ノワールオーナーの標的にされている”との話も聞いている。・・・正直、この問題は表立っては言えないが、協会でも問題視されている。ノワールと競って君を招聘した経緯もあるからね。こちらとしても、降りかかった火の粉を見過ごすつもりは無いから、安心したまえ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「対談の相手方は、女優の“星野輝美”さんだ。君のお父上の原作で、何本かドラマの主演をされているそうだ。話をあわせられるように、少しは勉強しておきたまえ。」
「分かりました。」

18歳の誕生日の翌日のノワールダービーで、俺は(キャプテン・比護さんと同じく)ノワールオーナー・烏丸蓮耶の、目の上のタンコブとやらになったようだと察した。
“元ノワール”のキャプテンと比護さんだけでなくラムス監督までがそう言ってきたのだから、まず間違いじゃあ無えだろう。現に俺はあの試合で、“オーナーの腰巾着”という黒澤の蹴りをまともに喰らっている。
試合の翌日には(珍しい事に)両親と妃弁護士から、俺に注意を促すと共に“一旦緩急ある時は、(法的手段を含んだ)厳正迅速な対処をする”という内容のメールが届いていた。どうやらあの晩の話で不安を覚えた様子の蘭を見かねた志保と園子が、妃弁護士に手を回したらしい。妃弁護士からの追記には“蘭のことは心配要らないから、これからも宜しく”とあって。オレは“もっとしっかりして、絶対に蘭を大事にしなくては。守らなくては。”と改めて思った。

「(・・・えーっと“星野輝美”だっけ。対談相手。フロントの話じゃあ、父さんの作品をドラマ化したヤツに主演してるって言ってたけど・・・どんなんだ?)」

対談に備え、ホームページを検索して彼女の顔や経歴のあれこれをチェックした俺は、(自分の母親が元女優という割に)日頃、芸能界に興味が薄いことが仇になったのか、今ひとつ要領を得ることが出来なかった。そこで、就寝前のラブコールの時に、蘭に聞いてみることにした。

『・・・えっ、“星野輝美”?“左門字”にも出たことがある、有名な女優よ。他にはねえ・・・あっ、あれ!先月末の日売の火サスでやった小父様の作品!“北斗星号殺人事件”!主役の探偵役が彼女だったわ。他にはねえ・・・。』

蘭は、こっちが驚くほどに次から次へと彼女が出演したドラマを列挙し、時には演技への感想を交えてくれる。

「随分、詳しいな。蘭。」

思わず呆れてそう言ったら。

『何よ、ソレ。新一が聞くから答えてあげたのに。だいいち新一だって、ホームズとサッカーを語りだすと、止まらないじゃない。』
「ハハハ(焦)。・・・だな。」
『・・で?芸能人に興味なんかないくせに、どうして急にそんなことを訊くのよ?まさか、星野輝美にファンレターでも貰ったの?』
「バーロ。んなワケねーだろ。単に、今度対談すっから勉強しとけってフロントから言われただけだよ!あ〜、面倒くせ〜っ。」
『えええええっ?!あの星野輝美と対談するのっ?!新一がっ?!』
「あ、ああ・・。」
『凄いじゃないっ!わあ、良いなあ。羨ましいなあ。私も会いた〜い。』
「おい・・・(少し嫉妬)。」
『ねえ、新一。サイン、貰ってきてくれない?お願いっ!良いでしょ?』
「・・・。(まだ妬いている。)」
『ねえ、お願いv。・・・ねえ、新一?』
「(声色から表情を想像して・・・陥落)分かったよ。1枚だけだかんな。」
『本当っ?!ありがとう、新一v。大〜好きっv。』
「・・・・・バーロ。(俺以外のヤツに“会いたい”なんて言いやがって。クッソーッ!)」
『・・・・・新一?』
「あんだよ。」
『まさか・・。もしかして、妬いてるの?』
「・・・・・/////。」
『プッ。・・・やだぁ。バカね、新一。相手は“女優”さんじゃない。』
「るせーっ。大体なあっ!・・・・・(小声で→)オメーが“会いたい”なんて言うから・・・・・。」
『へっ?!』
「(ゲッ!俺、今、口に出したのか?!)」
『新一。今、何て言ったの?』
「な、ななな何でも無えよっ/////!」
『・・・・・・・・・・バ〜カ。』
「バカって何だよ!」
『じゃあ、言い方を変えるわ。“鈍感”。』
「誰が“鈍感”だよ。」
『新一。』
「俺のどこが“鈍感”だよ?喧嘩売ってんのか、オメー。」
『“鈍感”じゃない。“私が本当に会いたい人が誰か全然分かってない”んだもん。誰かさんは。これを鈍感って言わなきゃ、どう言えば良いのよ?』
「・・・・・/////!」
『分かった?』
「・・・ああ。(陥落)」
『そういう訳だから。宜しくね?』
「分かったよ。」
『フフッ。・・・でも、嬉しいな。新一が妬いてくれて。』
「なっ/////!バッ、バーロォ!」
『ヘヘッ。あ〜ん。嬉しくて、顔が元に戻らないよ〜。』
「バーロォ、何時まで笑ってんだよ/////。いい加減、笑うの止めねえと、切るぞ?」
『え〜っ!そんなの、ダメ〜ッ!』
「嘘だよ。う・そ。」
『ぶぅ〜っ。新一のイジワル。・・・もう、切ろっかなあ。明日、早いし。』
「ゲッ!ら、蘭。俺が、悪かった!ゴメン!」
『クスッ。う・そ・だ・よ♪。・・・私が新一からの電話を切れるわけ無いでしょ?』
「はあ〜っ。あのなあ・・・。」
『クスクス・・・ん?・・・は〜い。・・・・・・新一。一寸、ゴメンね。(はぁ〜い。何?お父さん・・・分かったわよ!・・・んもう、お父さんたら!)・・・ゴメンね、新一。』
「おっちゃんか?」
『うん。“何時まで話し込んでるんだ?”ですって。全くもう!ホント余計なお世話なんだから!』
「まあ、そう言うなよ。蘭。俺たちには“まだ1時間”だけどよ、おっちゃんにとっては“もう1時間になるぞ!”ってなトコなんだろうし。」
『うん・・・。』
「まあ、確かにそろそろ寝ねえとな。お前、明日の朝、早いんだろ?」
『新一。・・・でも・・・。』
「良いよ。明日の朝、また掛けてくれんだろ?」
『・・・うん。』
「だったら、続きは明日な?」
『うんっv。』
「じゃ、切るな。」
『うん。・・・おやすみなさい、新一。』
「色々教えてくれて、ありがとな。おやすみ、蘭。」
『おやすみなさい、また明日。』

次の試合の後、時間を取って、女優“星野輝美”との対談が行われる事になっている。

この対談後。キャプテンや比護さんが危惧していた“悪夢”が現実のものになるとは、俺も、他の誰も思ってはいなかった。そう、この“悪夢”を仕掛ける者以外は。



  ☆☆☆



同じ頃。都内某所にあるノワール東京オーナー、烏丸蓮耶邸には、物凄い怒鳴り声が響いていた。ビッグに1stステージ優勝を攫われたした事に、この上ない不快感を露にした烏丸が、自らの“腰巾着”の黒澤・魚塚・寺木を呼びつけて怒鳴り散らしていたからである。彼らを前に1時間近くも憤激して気が治まった所為か、それとも怒鳴り声に怯える執事が、恐る恐る運んできた書面に目を通した所為か。急に機嫌を良くした烏丸は、下種な笑みを浮かべ、高笑いをした。

「フフッ。ノワールを蹴ってビッグを選んだことを、精々、悔やむんだな。工藤。」
「旦那様。傘下の“枯山社の週刊枯山・編集局長の牧坂”と“枯山テレビ・編集局長の須山”が来ております。」
「来たか。通せ。・・・必ず工藤を潰せ。良いな。」
「「「ハッ。」」」

黒澤・魚塚・寺木が下がった後、入れ替わるようにして、“週刊枯山・編集局長の牧坂”と“枯山テレビ・編集局長の須山”が烏丸の前に現われた。烏丸は手にしていた書類を翳すと、下種な笑みで問うた。

「この“件”は確かか?牧坂。」
「はい。次節の試合終了後、“奨学館の情報誌・ジャパン・ウォーク”のために“ビッグ大阪の若手と女優・星野輝美”の対談が組まれるそうです。ビッグからは“比護・服部・京極・工藤”の4名が出されるそうです。」
「ククッ、そうか。・・“週刊枯山”と“枯山テレビ”からは?」
「いつも通り、カメラマンの山村と今泉を。」
「そうか。」
「・・・あの・・・オーナー。よろしいでしょうか?」
「何だ、須山。」
「この計画は危険かと。何しろ、工藤の実家は、あの工藤家です。顧問には妃弁護士がついているそうですし。ヘタに突付くと、反って不味い事になるのでは・・・。」

牧坂の答えに満足げな烏丸に須山が恐る恐る切り出した言葉は、たちどころに烏丸を不機嫌にさせた。

「“邪魔者は消す”それが私のやり方だ!私はこれまでも、そうして財を成し“出版社とTV局”を手に入れた!ノワールのオーナーになったのも、あくまでビジネス!選手なぞ“投資対象”だ。しかも活きと値動きの良い、な。“私の利益”にならんモノにかける情けなぞ無い!・・・それはサッカー選手に限った事ではないのだぞ。須山?」
「(ビクッ!)ハハッ!も、申し訳ございません!先ほどの言葉はお忘れください!」

自分の凄みに震え上がった須山を見て、満足そうに微笑んだ烏丸は、

「まあ良い。今日の所は見逃してやろう。だが、次はないと思え。・・・良いな。」
「ハハッ!」
「下がれ。」
「「ハハッ!」」

存分に睨みを利かせ、二人を部屋から追い払った烏丸は、一人、高笑いを響かせた。

「クククククッ。・・・精々、自分の選択を悔むが良い、工藤。まずはお前を血祭りに上げ、我がオファーを渋る若手への見せしめにしてやるわ。・・・クククッ。ハーッハッハッ。」

星がきらめく夜空に掛かる、烏丸の野望の黒い雲。
“魔”の日は、刻一刻と、近づいていた。









8月中旬。2ndステージ第1節ビッグ大阪VSフィッテル神戸戦は、超満員の観客の見守る中、開催された。この試合は1stステージで真に初めて土をつけたフィッテル神戸のFWで、ラムスのかつての盟友の光浦選手(通称:カズ)とのリターン・マッチでもあった。

1stステージでの対戦は、ビッグが優勝戦線に残るか否かを決める大事な試合だった。前半を0−0で折り返し、後半が勝負と思っていた新一を、後半から出場の光浦は、開始早々“美”事というのが相応しい華麗なボール裁きで突破し。ディフェンスのフォーメーションの“死角”を突いたシュートで、真からゴールを奪った。その直後からは、新一が徹底して光浦のマークに付いたのだが、ボールと身体が一体になっている様な足裁き・するりとマークを外す、巧みなフェイント・的確かつ無駄の無いポジショニング・読み。そして何より、“サッカーを愛し、楽しんでいると感じさせるプレー。新一は、歴戦の猛者相手に凄く良い勉強をさせてもらうことになった。このままフィッテルの勝ちか?と誰もが思った後半43分。

『(そこだっ!)』

光浦と違って数人がかりだったが。光浦の“技”を盗んで、臨機応変にアレンジして。フィッテルのディフェンスを嵌めた新一が、試合を振り出しに戻す決定的なパスを出し、それがゴールに繋がった。・・結果は、1−1のドロー。

『ナイス・ファイト。』

試合終了後。光浦は、新一に握手を求め、ユニフォームを交換した。

『光浦さん!・・・あ、ありがとうございます!』

以来、この日、光浦が笑顔で交換してくれたユニフォームは新一の宝物の一つになった。







【Jリーグ2ndステージ・第1節が開幕した。1stステージを11勝1敗3分で優勝したビッグ大阪はフィッテル神戸と対戦。2−0で勝利し、幸先の良いスタートを切った。この試合、後半から出場の光浦に1stステージでは振り回された工藤だったが、今節はキッチリ対応。光浦の攻撃の手を封じ“師匠”に成長振りを示した。また、1stステージで光浦に始めて土を付けられた京極も今節はゴールを守りきり、1stステージでの借りを返した格好となった。2ndステージも“ビッグ大阪”の縦のラインは強固で、好成績が期待できそうである。

:日売スポーツ】




「隆祐。」
「何だ?兄さん。」

試合終了後。ロッカールームに引き上げた隆祐を、陸夫が呼び止め、廊下の片隅に寄った。奨学館の“ジャパン・ウォーク”の取材が組まれていたからである。

「気をつけろよ。何か、仕掛けられるかもしれん。」
「・・・ああ、分かってる。」

新一の両親と顧問弁護士、そしてフロントと何重にもわたってチェックを入れてあるので、この取材自体に問題は無い。問題なのはこの取材を嗅ぎ付けて潜んでいるかもしれない厄介な存在の方だった。一言でそう念をおした陸夫は隆祐の肩をポンと一回叩くと、ロッカールームに消えた。
対談に駆り出されるのは“ビッグ期待の若手の隆祐・真・平次・新一”である。隆祐が振り返ると、丁度新一らがロッカールームに向かってきていた。

「工藤。京極、服部。例の取材があるからな。着替えたらすぐに行くぞ。」
「「「はいっ!」」」

威勢のいい返事の後、有名女優に会えるというので喜色満面の服部と、明らかにうんざりした顔の新一と、気が重そうな京極と、見事に反応が別れた。

「(・・・クスッ。)」

加入して半年以上経ち、名も売れてきているのに、相変わらず“三者三様”な様は、ある意味微笑ましいものがある。尤も、この後の事を思うと笑ってばかりもいられないのだが。コッソリ苦笑した隆祐は、気を引き締めると3人を引き連れて取材会場となっているホテルのカフェに向かった。

「こんにちは。今日は宜しくお願いします。星野輝美です。」
「こちらこそ、宜しくお願いします。比護隆祐です。こちらは、うちの新人の京極真、工藤新一、服部平次です。」
「「「宜しくお願いします。」」」

4人は、周囲をさっとチェックしてから、それぞれの席に着いた。烏丸の手先を警戒し、新一の席は円卓の輝美から一番離れたところに配され。新一の右手に(女性が苦手だという)真。左手で輝美の右隣に隆祐。京極の右手で輝美の左隣に平次が着いた。取材分の会話は恙無く滞りなく進んだ。4人は和やかに話しつつも周囲の気配に気を配り、不審人物の気配に気をつけていたが、取材中には、それらしい気配は感じられなかった。

「・・・これで終わりです。お疲れ様でした。」
「「「「(ホッ・・・。)」」」」

奨学館側のスタッフによって取材用の機材が片付けられていく中、明らかにほっとした表情の新一と隆祐に、輝美が不思議そうな顔になった。

「?比護さん、工藤君。どうかされました?」
「「えっ?・・・あ、否、なんでもありませんよ。」」
「そう?」

輝美は怪訝そうだったがそれ以上突っ込む事はせず、カップを取り、新一らもカップを取った。その時、輝美の目が新一の右手に引き寄せられ、視線に気付いた新一が顔を上げた。その時。営業用微笑で輝美に問いかける新一と僅かに頬を染める輝美を、隣のビルと近くの席から狙うカメラがあった。だが取材が終わった事で注意力が落ちていた今、それに気付くものは誰一人としていなかった。

「星野さん?僕に何か?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと右手にあるものが気になって。」
「え?!」
「それってもしかして“フサエ・阿笠”のバレンタイン限定商品じゃないかしら。」

この指摘に驚いて真っ赤になった新一を、輝美は微笑んで見つめた。

「え・・そうですけど、どうして分かったんですか?」
「フフフ、分かるわよ。だって、私も持ってるもの。」
「えっ?!」

そう言って輝美は、左手を翳した。薬指にあったのは、確かに“フサエ・阿笠”の限定指輪だった。

「星野さん。」
「これはまだオフレコだけどね?私、婚約したのよ。」
「えっ?!」
「だ、誰となんですか?星野はん。」

驚いて身を乗り出した平次に、輝美はウインクして答えた。

「探偵“左文字”よ。」
「さ、“左文字”って、まさかあの・・・。」

これには(いくら芸能界に疎いといっても)推理物の好きな新一が反応できて。それに“ええ。ドラマでの共演がきっかけでね”そう付け加えた輝美の幸せそうな笑顔に、平次はすっかり見惚れていた(爆)。ちなみに、真・隆祐・新一は“ほう”とは思ったが、見惚れるまでには至っていない。

「工藤君は分かってるだろうけど、コレには固有の番号が刻まれてるのよ。同じ数字でも・・例えば東京店の「1」と大阪店の「1」の番号は違うんですって。・・ねえ、工藤君。よかったら見せてくれる? “それ”を付けてる方に、なかなかお目にかかれないんだもの。だめかしら?」

この申し出に、新一を始め同席している隆祐らは顔色を変えた。雑誌掲載予定分の取材が終わっていたので失念しかかっていたが、あらぬ輩が近くにいないとは限らないのである。それを考えると断りたいところだが、とても断れる雰囲気ではない。
少し考え込むようにした新一は、仕方ないなあという表情をかすかに滲ませた微笑を浮かべると、サイン色紙を輝美に差し出した。

「良いですよ。但し、その代わりと言ってはなんですが、サインを1枚いただけませんか?今日の話を“指輪の相手”にしたら、是非サインを頂いてきて欲しいと頼まれてしまって。」
「良いわよ。・・・で、その“可愛い方”のお名前は何て仰るの?」
「えっ////?・・・“蘭”です。」

輝美は、新一のさり気ない惚気に苦笑して色紙を受け取ると、名前を呟いた瞬間、凄く優しい表情になった新一に微笑み返し、さらっとサインをした。

「・・・何だか、意外。結構、優しい笑顔をすることもあるのね、工藤君って。」
「えっ?!」
「彼女の事が凄く大事なのね。ピッチでのクールな印象と大違いだもの。益々好きになっちゃいそうだわ。乗り換えたくなるくらいにねv。」
「えっ/////?!ほ、星野さん?!」
「(オイッ!星野さん!!)」
「クスッ。・・冗談よ、冗談。」

意味深な笑みを浮べた輝美から(少々引き攣った顔で)色紙を受け取った新一は、色紙を納めると、同席する隆祐・真・平次の目の前で、右手を差し出した。そっと左手を伸ばし、軽く指先が触れる程度に新一の手を取って指輪を覗き込んだ輝美が、すぐに納得の表情で手を下げるまで、その間、僅か数十秒。でもシャッターチャンスを求める烏丸の刺客には、十分な時間だった。

「ありがとう。ふ〜ん、エメラルドかあ。工藤君の彼女って5月生まれなんだ?」
「え・・・あ、はい。」
「ねえね。ちょっと訊きたい事があるんだけど、良いかしら?」
「はい。」
「GWのノワールとの試合で、シュートを決めた時、右手を口元に近づけてたでしょう。あれってやっぱり、指輪にキスしてたの?」
「(ゲッ!)/////////!!!」
「そうなんだ〜。そっか、そっか。」
「星野さん/////?」

いたずらっぽく微笑んで、どこか楽しそうにする輝美を、首まで赤く染め上げた新一が、少し拗ねた様な顔で見つめた。

「あのゴール。“彼女へのプレゼント”なのね?ってことは、もしかして彼女も“工藤君と同じ誕生日”なの?」
「違いますよ/////。アイツの誕生日は俺の約1週間後、5月10日なんです。」
「えっ?そうなの?!」
「ええ。」

もうヤケなのか、居直って答えた新一に、隆祐・真・平次は“さもありなん”という納得顔で肯き、話に加わった。

「成〜る程。それでGW開けの(5月10日開催)横浜F・マリーンズ”戦は、異様にモエとったんやなあ。」
「言われて見れば、あの日も(通算3点目を決めて)右手を口元にやってたもんな。成る程。“愛しの彼女へのバースデー・プレゼント”ってか?やるなあ〜。」
「そうですね/////。」
「(あ〜っ、もう!何でいつもこうなるんだ?!)/////。」

皆にからかわれてアタマを抱えた新一を、実は皆が微笑ましく見つつ、和やかにオフレコ対談は続けられた。
だから、誰も気づく事は無かった。近くの席と隣のビルから新一らを捉えているカメラがあった事を。そして、こんな和やかな光景が、後日の禍根となってしまった事を。









対談の翌週の第2節を控えた帯同日。



「お、おいっ!大変だぞ!」
「何だ?どうしたんだ?!」
「「「「「「「「「「「「「「「な、何だってえっ?!」」」」」」」」」」」」」」

血相を変えたチームメートが持参してきた“雑誌(週刊枯山)”に、皆が飛びついた。そこには、『スクープ!・Jリーグ“ビッグ大阪”の若きスターと美人女優の密会!二人の手には、おそろいの指輪!』という見出しで、新一と輝美が二人きりでテーブルに向かい、手を重ねあっている・・ように見える『望遠と接写』の写真が掲載されていた。この記事に、すぐさま星野輝美の所属事務所と工藤家顧問弁護士の英理、ビッグ大阪が一斉にクレームを入れたが、出版社側は一向に取り合おうとはしなかった。

「恐れていた事が起こったな・・・。」
「ああ・・。クソオッ!あれだけ気をつけてたのに!」

新一が“ノワールオーナー・烏丸の標的”となっていることはチームメート周知の事実だったので、誰も新一の身にやましい事があるとは微塵も疑ってはいなかった。しかしこの日から早速、チームだけでなく学校にまでも、ワイドショーのカメラがうろつくようになってしまったのである。

「平次。・・・今日は来とれへんのやね。」
「ああ。何でも父兄会から文句が殺到して途方にくれた学校側が、うちのオヤジに泣きついてな。しゃーないから、オヤジがマスコミに申し入れをしたんやと。さっき家に電話したら、オカンがそう言うとったわ。(平次の父は大阪府警本部長で、改方学園の“理事”の一人でもある。)」
「そうなんや。・・・なあ、平次。工藤君の事やけど、大丈夫やろか?なんや元気のう見えるんは、気のせいやないと思うんやけど。」
「気のせいやあらへんで。工藤はポーカーフェイスが上手いから、他の奴らは気い付いとらへんようやけどな。毎日アイツとボールを交わしとる俺には分かる。アイツ、“ギリギリ”やで。」
「そうなんや・・。」

学校では、平次と和葉がさりげなく新一を気遣って、人の中傷を跳ね除けていた。

『・・・オイ。お前ら!そこで何コソコソ喋っとるんや?』
『『『ひえっ!・・・は、服部!』』』
『アイツは “俺のマブ”なんや。ええか、お前ら!アイツの事何も知らへんくせして、それ以上ええ加減な事言うてみぃ?そん時は、この“服部平次様が”承知せえへんぞ!』

『一寸、アンタ等。そんな“嘘吐き雑誌”の事を鵜呑みにして、何、ええ加減な事言うてんの?“本人”を見てたら“何がホントで何がウソか”位、分かるやろ?・・・工藤君は。工藤君は、そんなええ加減な事をする人とちゃうんやで?』


だが、中には新一のことをろくに知らないくせに、マスコミに騒がれているというだけで陰口をたたく輩も多くいて。その度に平次がそのような輩にガンを飛ばし。和葉が激昂し。

「・・・(お前ら・・・)。」

新一はそんな二人の友情に、申し訳なさそうにしていた。

「服部、遠山さん。」
「工藤君。」
「工藤。」
「・・・サンキュ。でも、良いんだよ。言いたい奴には言わせておけば。何もお前らがそんなに傷ついた顔をする事は無えよ。」
「せやかてなあ!俺かて“あの現場におった当事者”なんやで?写真の瞬間を目の前で見とったんやで?これが黙っていられるか?!あんな・・・あんな、何も知らん奴らに好き勝手に言われて、お前は悔しゅうないんか?」
「そうやで!何も工藤君は悪くないんやで?事実無根のでっち上げで勝手に騒がれて、悪口言われて。こんなん・・・こんなん、あんまりやないの!」

我が事のように目元にうっすらと悔し涙を浮かべた和葉に気付いた新一は、

「ゴメン。・・・遠山さん。これ・・・。」

ポケットからハンカチを差し出した。

「確かに事実無根の事を書かれて、腹が立たないと言えば、嘘になるよ。」
「「やったら!」」
「でも、世間に“事実無根・捏造”を証明する手立てが無いんだ。今は・・。」
「「!」」
「それに、この件で俺よりも傷ついた人がいる。星野さんと・・・。」
「蘭ちゃん、やね。」
「ああ。・・だから、今俺に出来るのは、“噂に負けずに仕事で結果を出す事”それしかないんだ。こんなデマを流したヤツの狙いは、“俺の動揺を誘う事”だからな。」
「工藤・・・お前・・・。」
「それに、こんな事でヘタレてたら、蘭にあわせる顔が無えしな。」
「工藤。」
「工藤君・・・。」

平次と和葉は、新一が自身が非難中傷されたことよりも“輝美を巻き込み、蘭を傷つけた”ことを気に病むと同時に、烏丸の“真の狙い”に気づいている事に驚き。静かにその場を離れた新一を、何とも言い難い表情で見送るしか出来なかった。

「平次・・・。工藤君、蘭ちゃんとは話したんやろうか?」
「さあな。まあ、アイツのことやから、いの一番に電話しとるとは思うけどな。・・・和葉?」
「平次。・・・アタシ、東京に電話する!」
「へっ?!で、電話って。おい、和葉?!」

新一の後姿を見送った和葉は、ぎゅっと新一に渡されたハンカチを握り締めると、意を決したように教室に走り、園子に連絡を取った。春休みに出会った際に、電番を交換しておいたのである。

「もしもし、園子ちゃん?アタシや、和葉や。今、一寸、良えか?」
『和葉ちゃん?あ、一寸待ってて。(志保。蘭の事、一寸、頼むわね。)・・・お待たせ。どうしたの?』

和葉は新一の近況を伝えると、蘭の様子を訊ねた。園子も新一のことが(一応)気がかりだったようで、新一の様子に納得の溜息をつくと、蘭の状況・・帝丹では、蘭と新一の仲は周知の事実。蘭を狙う“虫”以外に、新一を悪く言う輩はいない・・事を話した。

「・・・で、蘭ちゃん自身は元気なん?」
『ん〜。一見、変わりなく見えるでしょうね。でも、このワタシの目は誤魔化せないわよ。あのデマが出てスグに新一君から連絡があって、蘭は事情を分かってるし、新一君への信頼はこれっぽちも揺らいでないわ。・・・でも、あれから“笑わない”のよ。新一君のことが心配なんでしょうね。・・蘭、言ってたわ。“新一君のことだから、自分の事より、星野さんを巻き込んじゃった事を悔やんでるだろう”って。』
「すご・・大当たりやわ。工藤君、ホンマ、そう言っとったで。」
『ったく、この“夫婦”は〜っ!ホント、似た者同士なんだから!』
「あとな、工藤君。“蘭ちゃんに心配かけてる”言うて、凄く気にして、元気がないんや。でもな、ここでヘタレたら相手の思う壺やから、頑張る、言うてるんや。」
『そうなんだ・・・。』
「・・・そこでな、園子ちゃん。」
『・・・(中略)・・・ふん。・・・うん。・・・分かったわ。また連絡する。ありがとう、和葉ちゃん。服部君にも宜しくね。』
「おおきに。園子ちゃん。待っとるさかい、宜しゅうな。ほな!」

この日を境に学校周辺に張り込んでいたマスコミはすっぱりと消えたが、チーム本拠地に対しては、チームが取材各社に申し入れをしたものの、大きく減ることはなかった。事情を知られているので誰に責められるという事はないのだが、チームメートに迷惑をかけていると思うといたたまれなくて、新一は気が滅入って仕方が無かった。

和葉と園子が連絡を取り合ったその日。学校から寮に戻った新一は、隆祐・真・平次らと一緒にフロントに呼び出され、改めて、その時の状況説明を求められた。その場には、工藤家顧問弁護士の英理も東京から駆けつけ、同席していた。新一と隆祐が主立ってその時の状況を説明し、新一の潔白はすぐに分かってもらえたが、加工されているとはいえ写真を載せられている以上、世間に潔白を示すのは早々容易な事ではないと思われた。

「新一君。悪いけど、ちょっと見せてくれるかしら?」
「はい。」

英理は鞄から書類を取り出すと新一の右手を取り、指輪を検めた。しばし書類と右手を見比べると手を離し、新一の前に書類を広げた。

「ありがとう、良いわ。・・確かに“これ(新一の指輪)”は、蘭のものと同じね。」
「!妃弁護士。これは・・・!」
「ええ。阿笠さんからコピーを貰ってきたのよ。新一君と蘭のは“これ”ね。」
「はい。」

その書類には、限定リングのデザイン素描と写真・番号が綴じられていた。
新一が買った“東京店・5―MAY”のページには、
今は蘭が持つ誕生石のエメラルドとダイヤが花の形に配され、嵌めこまれている女性用
新一が持つエメラルドとダイヤが地球と月のように並んで嵌め込まれている男性用
双方のデザインと写真、そして指輪固有の番号と共にブランドシンボルの公孫樹が刻まれている内側のデザインと写真が示されていた。
それを見た新一は、改めて、購入した時のことを思い返した。







父・優作と国際電話で話した後。東京と大阪に離れても、蘭を感じていたくて、一度はまだ早いかもしれないとは思った新一だったが、心の命ずるままに、何件もジュエリーショップを回った。でもなかなか気に入ったものにめぐり合えず、溜息をつきながら歩いていたところに、偶然、フサエ夫人に会った。“事情”を知って意味深な笑みを浮かべた夫人が、自分のオフィスの応接室に新一を通し。

『これなんか、どうかしら?』

そう言って、まだ発売が約半月ほど先の“限定最新作”を見せた。

『これって・・・。』
『雑誌社の宣伝用の撮影はもう済んでるんだけどね?今度のバレンタインにあわせて出す商品なの。それぞれに1〜12までの番号が振ってあって、それぞれが1月〜12月を表してるのよ?少し小ぶりだけど“永遠”を意味するダイヤモンドと、それぞれの月の誕生石を嵌め込んであるの。日本の店舗のみ・数と時期を限定してね。本当に誓いを交し合いたい方たちに嵌めてもらえると嬉しいって思ってるのよ?』

フサエ夫人の言葉が半分だけ耳に入ってる状態の新一の脳裏には、指にそれがおさまり、嬉しそうに微笑む蘭の姿が浮かんでいた。

『あの・・・小母さん。』
『新一君?』

新一はためらうことなく東京店発売用“5−MAY”のケースを手に取ると、頼み込んでいた。

『これ、いただきたいんです。・・・サイズの調整をお願いできますか?』

新一の真剣な瞳に、フサエ夫人は優しい笑みを浮べると。

『分かったわ。・・・蘭ちゃんに?』
『え、ええ/////。』
『そう・・頑張って。貴方達なら、きっと、上手く行くわよ。お式には、呼んで頂戴ね?』
『は、はいっ/////。あの・・・あと一つだけ、お願いできますか?』
『何かしら?』

“完全に、二人だけのしるし”となるモノを指輪の内側に刻んでもらえるようお願いした新一は、

『クスッ。分かったわ。2〜3日したら、連絡するわね?』
『ありがとうございます!小母さん!』

満足げに微笑んで、フサエに頭を下げたのであった。








「・・くん。新一君。」
「は、はい。」
「星野さんのデザインがどれか、覚えていて?」
「ええ。あれは、確か・・・。」

その時のことを回想していた新一は、英理の言葉に我に返ると、慌ててページを繰った。

「・・これです。」
「そう・・・“8−AUGUST”ね。で、問題の記事は、これね。先程の話からすると・・・随分酷い加工がなされてるわね。」
「ええ。」

新一と英理がそう話している時だった。

「新ちゃんっ!英理っ!」
「これ、有希子!待ちなさい!」

優作が有希子を宥めるようにして入ってきた。

「父さん!母さん!」
「こ、これは工藤さん!」

フロントが恐縮したように挨拶するのを穏やかな表情で受けた優作は、英理に声を掛けて事件発生からの対処と状況の報告を受け始めた。一方、真っ直ぐ新一の目の前に来た有希子は、目を潤ませており。感極まった表情で、新一をきつく抱きしめた。

「新ちゃん!ああ、顔を見せて頂戴。・・・まあっ!こんなにやつれちゃって。大変だったわね。でも、もう大丈夫ですからね!私たちが来たんですもの!」
「!・・・ちょ、か、母さん!苦しいって!」

この有希子の剣幕に、優作と英理以外は驚いた。新一は、何とか有希子の抱擁から逃れると、訊ねた。

「はあ〜っ。イキナリ抱きつくなよな。ところで二人とも、一体いつ日本に?」
「昨日よ。英理から連絡を貰って、急いで駆けつけたの。ねえ、優作。」

にっこり笑ってこともなげに言う有希子に優作は答えて、現在の対処状況を話した。

「そうだよ。新一君。どうやら既に大阪府警本部長から話しがなされ、今朝から学校側への張り込みは抑えられたようだが。昨夜帰国して直ぐ、鈴木会長に協力していただいて、私たちからもマスコミに“申し入れ”をしておいたよ。恐らく今夜からはもう、大丈夫だろう。」
「あと、輝美ちゃんのことだけど。そっちも心配要らないわよ、新ちゃん。輝美ちゃんの所属事務所に伺って、ちゃんと“ご挨拶”を済ませておいたし、善後策も練ってきたから。」
「工藤さん。」

新一の両親の迅速な対応に、ビッグのフロントを始め、隆祐・真・平次は驚いていた。だが、新一の懸念はそれだけではなかった。

「父さん、母さん。それより、蘭は大丈夫か?あの記事が出た後、すぐに事情を話したけど、最近どうも元気が無さそうなんだ。・・・まさか、俺の指輪の本当の相手が“蘭”だと感づかれて、蘭の身辺が危険になってる・・・なんて事はねえか?」

新一が思いつめている事が“蘭の安全”だったことに、有希子は嬉しそうに目を細めると、ふわっと包み込むような微笑を見せた。

「大丈夫よ、新ちゃん。小五郎君にも話しが通ってるから、周辺には気をつけてくれてるわ。だから、蘭ちゃんは大丈夫よ。それに志保ちゃんと園子ちゃんが傍についてるしね。蘭ちゃんには、こっちに来る前に会ってきたけど、元気だったわよ。でね、新一に渡して欲しいって、手紙を預かってきちゃった。ハイ。・・・フフフ。幸せ者ねえ、新ちゃん。」

“新一、元気?ちゃんと食べてる?最近、新一が元気がなさそうで心配です。新一はいつも人の事にばかり気が回るから、周りに迷惑かけてるって思いつめてない?私の事は大丈夫だから、心配しないで。ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、良いプレーをしてね。・・ホントは手紙じゃなくて会って、元気付けたいです。怪我には気をつけて。くれぐれも無茶しないでね。蘭より”

「(蘭・・・。)」

僅か数行の手紙から伝わる蘭の想いに、新一の心は慰められた。

「それにね、新ちゃん。今回の法的対処は、私たちに任せてくれるかしら?新ちゃんの本業は、サッカーですもの。“餅は餅屋”よ。私たちはメディアの世界を少なからず知ってるし、この手の対処には慣れてるもの。」
「母さん。」
「有希子の言う通りだ。何でも一人で背負う事は無いよ、新一君。」
「父さん。」
「有希子が言う様に“餅は餅屋”だ。それにこの件は、君一人でどうこうしようと思ってもできる問題ではないよ。それにだ。君が18歳で、手が離れてるとは言っても、私たちの大事な息子だ。子どもを守るのは、親として当然の務めだからね。」
「そうよ。優作さんと有希子の言う通りよ、新一君。それにありがとう、新一君。蘭のことをそこまで気遣ってくれて、蘭の母親として嬉しいわ。だからこそ新一君には、サッカーに専念して欲しいの。この件は私たちに任せてもらえないかしら?決して悪いようにはしないわ。」
「妃弁護士。」

新一は、両親と英理にそう言われ、何も言う事ができなかった。

「・・・分かりました。但し、状況は逐一教えて下さい。今後、僕に出来ることがあれば、協力したいですから。」
「「新一君。」」
「新ちゃん。」

新一が納得したのを見て取った優作は、フロント関係者と二言三言言葉を交わした後、有希子と英理を連れて東京へと引き上げていった。

「工藤君。」
「大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」

フロントの一人が新一に気遣わしげに声をかけると、新一は落ち着いた顔で一礼し、退出した。

「工藤。ちょっと良いか?」
「比護さん。」
「一人で抱え込もうとするなよ、工藤。あの妃弁護士が付いてるんだ。きっと、大丈夫さ。間違い無えよ。だから今は、本業で結果を出せ。烏丸が企んだ“つまんねえ噂”如きにで参るようなお前と俺たちじゃねえって事を、見せ付けてやろうぜ!」
「比護さん。」

隆祐の気合・勢いに、一旦呆気にとられた新一は、笑い出した。その笑みは、この“噂”が出てからこの来、失われていたものだった。

「何笑ってんだよ、工藤。」
「いえ・・ありがとうございます、比護さん。京極さん。服部。」

隆祐は、新一がようやく笑顔を見せた事にほっとしていた。ここ暫く、冷静で表面上は変わりなく振舞っていた新一が、その実(蘭を心配させ、輝美を巻き込んだ事に)心を痛め、参っていた事に、ちゃんと気付いていたからである。

「・・・ったく、行くぞ。京極、服部。工藤を頼むぞ。」
「「ハイッ。」」

隆祐は、新一の頭を乱暴にグシャグシャッと撫でまわすと、新一らを連れ、その場を後にした。一方、大阪での話し合いから数時間後。東京・米花市の工藤邸に戻った優作と有希子が落ち着いたところに、電話が鳴った。応対に出た有希子は、相手の声に目を瞠ると受話器を握り締め、いつになく声を潜めて手短に話を済ませた。そんな妻の様子に不審そうな目を向けた優作は、思いつめた様子で受話器を置いた有希子から話しの内容を聞き、急いで英理を呼び出した。

「まさに“渡りに舟”といった感じね。でも、タイミングが良すぎじゃなくって?ねえ、有希子。罠って事はありえないかしら?」
「まさか!彼女はそんな人じゃないわ!」
「・・ともかく、今は待とう。内容の事と次第によっては、新一君を窮地から救える目星がつけられるかもしれない。」

駆けつけた英理と工藤邸の書斎で角付き合わせ、時を待った3人の耳に、インターホンの音が聞こえた。

「有希子。」
「ええ。」

しばらくして有希子に連れられ書斎に通された客人を見た優作は楽しそうに微笑んだが、英理は予想外の客人の風貌に驚愕の表情を浮べた。

「ちょっ・・有希子。あなたの話では、客人は女性のはずでしょう?!」
「ええ、そうよ?」
「全然、違うじゃない。この人は、どう見ても男性よ?!一寸、通しても大丈夫なの?!」
「ええ、勿論v。・・もう良いんじゃない?大丈夫よ。此処には私たちしかいないから。」
『・・・分かったわ。』
「えっ?!・・・あ、あなたは?!」

有希子の声に従って、顔に左手をかけた客人は、扮装を解いて正体を現した。

「・・やあ、久しぶりだね。」
「こちらこそ、ミスター・工藤」

客人の正体は、アメリカの大女優、シャロン・ヴィンヤードだった。





to be countinued…….




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