レジスタ!



By 泉智様



(6)



秋の風がピッチの上を吹きぬける9月下旬。2ndステージ第7節・ビッグ大阪VSノワール東京が行なわれるビッグのホームスタジアムでは、超・満員の観客がキックオフを待っていた。
TVで全国に中継されるこの試合を“東のお方”と称される愛人を脇に侍らせた烏丸は苦虫を噛み潰した顔で見詰めていた。というのも、新一を精神的に追い詰めようと傘下の枯山社と枯山TVを使ってバッシングを続けていた烏丸だったが、思惑通りの結果が出なかったからである。

ビッグは、2ndステージに入って他チームからのマークが厳しくなってもなお快進撃を続けていた。中でも新一は攻守にわたって活躍し、チームの勝利に貢献し続けていた。そのため、デマ発生当初はスキャンダラスな表現で新一を報じていた他社(マスコミ)が、今は態度を翻し、新一の活躍ぶりをガンガン取り上げ、賞賛していた。
新一が自分に屈するどころか、益々煌めく光・輝きを放ち、自らの策謀は“見事”空振りに終わった・・この事実に苛立った烏丸は、ノワール・ダービーの遠征前日、黒澤らを呼びつけ、いつも以上に険しい口調で命令を下したのである。


「何が何でも工藤を“潰せ”。このままでは、ノワール入りを渋る若手への脅しにならん。良いな、この試合で“決めろ”。手加減するな。」
「(・・・醜いこと。)」

黒澤らが呼びつけられた時、息を殺してドアの向こうで聞き耳を立てていた“東のお方”は、その時もこの日も、内心で烏丸に侮蔑の言葉を投げつけていた。
そんな二人の視線の先にあるTV画面には、はつらつとした顔で試合に臨む新一の姿が映っていた。


同じ頃、ビッグのスタジアムには蘭の姿があった。今回は偽りなくビッグの試合観戦に行くと小五郎に言って大阪に来た蘭は、和葉と明美、そして同行してきた園子と志保と共に試合開始を待っていた。


「よう来れたなあ、蘭ちゃん。なんでもお父さんが煩いこと言うて、大変やったそうやないの。」
「うん。上手く行ったのも、今回の件で帰国されてる新一のご両親のおかげなの。それに・・何のかんの言ってお父さんも、あれで結構、新一の事を心配してるみたいなんだ。私がいると必死に隠すんだけど、どうも“新一の記事”を全部チェックしてるみたいなの。事務所の人たちがそう言ってたから。」
「へえ〜っ、そうなんや。良かったなあ、蘭ちゃん。」
「うん。」
「ところで、新一君はどう?元気?和葉ちゃん。」
「そうやね。園子ちゃんに最初の電話を入れた頃に比べると、今はなんや吹っ切れたみたいや。その証拠に、物凄う活躍しとるやろ?」
「そっかあ〜。」
「良かったわね、蘭ちゃん。」
「うん・・・。」
「でも、今日は“ノワール・ダービー”だわ。何事もなく済むかしらね。」
「そうね・・・。」

新一の近況にほっとしつつも、“ノワール・ダービー”ということで落ち着かない気分の5人の前で、キックオフの笛の音が響き渡った。



  ☆☆☆



《おおっ!ここでリリアーノがカット!ビッグ、早いチェック!リリアーノから工藤にボールが渡る!工藤、一気に二人抜いて、そのままシューッ・・そこに比護っ!ゴール!3−0。ビッグ大阪追加点!工藤の放ったシュートに比護が触った!不意を突かれたキーパー、動けませんでした!》

ノワールダービーで燃えるビッグは、前半から圧倒的な攻撃力で得点を重ね、前半だけで既に3点のリードを奪い、試合の主導権を握っていた。

《あーっ。ここで、前半終了のホイッスル!ビッグ3点のリードで折り返しです。今年のビッグは、2ndステージに入っても本当に強い!》

「・・・凄い。春見たときより、益々プレーに磨きが掛かってる。」
「そうやろ?工藤君、ホンマ、頑張ってんねんで。これだけの活躍やろ?もう、学校でも工藤君のこと悪く言う人、おらへんのやで。」
「・・そっか。新一君、結構、厳しい目にあってたんだ。」
「うん。工藤君のこと妬んでの事やと思うんやどな。でも、工藤君。誰も責めへんのや。ここで言い訳しても仕方のない事や、言うてな。」
「そう・・。新一君らしいわね。」
「うん・・・。そう言えば、和葉ちゃん。ありがとう。」
「えっ?」
「新一から聞いてるよ。自分がマスコミから叩かれてる時でも、服部君と和葉ちゃんが変わりなく接してくれたって。」
「蘭ちゃん。やって、そんなん当たり前やろ?工藤君は、大事な友達なんやから。」
「和葉ちゃん。」

その時。周りの観客の歓声が大音声となってスタジアム全体に響き渡った。ピッチに選手が姿を現したのである。

「ククッ。黒澤、“やれ”。・・工藤。今日がお前の“最期”の日だ。」

この時。テレビの前で試合観戦をする烏丸の目が怪しく光った。

《後半もビッグの猛攻!ノワール押されている!》

後半もビッグが試合の主導権を握って攻めまくっていた。その攻めを耐えたノワールディフェンス陣が出したボールを寺木が取り、前線に居る黒澤に向かって大きくボールを蹴った。

『させるか!』
『フフッ。掛かったな、工藤!』
『なにっ?!』

黒澤と新一が寺木からのボールを競ってジャンプした瞬間。ガッ!と新一の顔面に衝撃が走った。

『うあっ!』

「しんいちいっ!!!」

黒澤が競り落としたボールが他のノワールの選手に渡ったところで主審の笛が鳴り、主審が新一の下に駆け寄った。

《ああ〜っ!寺木からのロングボールを黒澤と競り合った工藤の顔面に、黒澤の肘が当たった模様!工藤、起き上がれない!》

衝撃で吹き飛ばされ、そのままピッチに叩きつけられた新一は、幸いおかしな落ち方はしなかったものの、顔面を押さえて起き上がることが出来なかった。このアクシデントに試合は中断。新一は担架でピッチの外に運び出され、すぐさまスタジアムの中に消えた。ラムスはこの非常事態に、大至急で交代要員をピッチに送り出した。

《ラムス監督、負傷退場の工藤に代わって小森を投入!それにしても、工藤の容態はどうなのか?心配です!》

ピッチ上では、険悪な雰囲気が漂っていた。1stステージで黒澤が新一に危険行為をし、レッドカードを受けた前例があるためである。主審は何とか両チームの選手を引き離すと、黒澤にカードを提示した。

《ああっ!主審が示したのはイエロー!黒澤、イエローです!これにビッグの選手が猛抗議!》

『ククッ。・・・どうやら、天は俺たち(ノワール)に加勢しているようだ・・・。』

黒澤は、ビッグの選手らが主審に必死に抗議をする様を横目であざ笑いながら、弟分の寺木と魚塚に目で合図を送った。主審は何とかビッグの選手を説得すると、試合再開の指示を出した。ビッグの面々は憤懣やるかたない状態だったが、抗議したところで主審の判定が覆る事は決して無い。自然とキャプテンの陸夫の周りに皆が集まり、陸夫はキャプテンシーを発揮した。

『皆、落ち着け!ここでノワールの挑発に乗って、今“うち”にある流れを乱すな!ここで崩れたら、それこそ工藤に合わせる顔がなくなるぞ!腹立たしいのは皆同じだ。良いな。切り替えて、行くぞ!・・・今日は絶対に、勝つ!いいな、みんな!』
『『『『『『『『『『(ハッ!)キャプテン!』』』』』』』』』』

陸夫の言葉と目に宿る強い意志がチーム全体に伝わって、一同の昂りは静まった。自然と顔を見合わせて円陣を組み、掛け声を合わせて気を入れ替えた面々は、引き締まった顔でそれぞれのポジションへと散っていった。

同じ頃。新一が担架で運ばれたのを見た蘭は、すぐさま席を立って新一の下へ走っていた。日頃は方向音痴の蘭が、初めて訪れたビッグのホームスタジアムの通路を、何故か間違うことなくスタッフ専用口に向かっていて。明美・志保・園子・和葉は、息を切らしながら必死に後を追った。そんな5人がスタッフ専用口付近まで来た時、耳にしたのは、走り去った救急車の音だった。

「しんいち・・っ。」

その音に、力の抜けた人形のようにうずくまった蘭は、ぼろぼろと泣き崩れた。蘭の強く深い嘆きに、明美も志保も園子も和葉も掛ける言葉を見つけられず。明美はそっと蘭を胸に抱き寄せると、背中をさすり、蘭を慰めた。志保と園子と和葉はそんな蘭を見ていられなくて、通路に置かれた(ピッチの状況を映し出している)TVをじっと睨みつけ、ノワールのやり口を呪った。そんな彼女らの耳に、更にショッキングなニュースが試合実況を告げるスピーカーから聞こえてきた。

新一が負傷退場後、再開された試合は、陸夫のキャプテンシーで落ち着いた選手達によって、ビッグペースのまま進められていた。しかし“烏丸の魔手”は新一だけをターゲットとしていなかった。

《ああ〜っ!比護が倒された!これは足にいっている!寺木、イエローカード!これで累積2枚目!寺木、次の試合は出場できません。・・・むむっ?!比護、これはかなり痛そうにしている。どうやら起き上がれそうにない!ラムス監督、すぐさま比護を交代。ログマンを投入!》

この展開に志保は口元を手で覆った。隆祐が担架で運び出され、新一同様、スタジアムの中へと消えていったからである。

《前半とは一転、後半はカードと負傷退場者が続出する荒れた展開!現在、後半30分を経過。主力の“比護と工藤”二人を欠きながらも、遠藤が必死にチームをまとめる!・・・ああっ!ここにきてようやくノワールの攻撃!迎え撃つビッグ・ディフェンス陣。冷静にノワールのパスコースを消す!ノワール、後一歩のところでペナルティーエリアに近づけません!》

この競り合いの中、ドガッ!という鈍い音が響き、陸夫が魚塚に吹き飛ばされた。脳震盪を起こしたのか、動けなくなった陸夫にも担架が出された。

《ああ〜っ!魚塚のチャージで遠藤が飛ばされた!これは危険なチャージです。主審、魚塚にイエローカード!ノワール。今日の試合、これで3枚目!本日のノワール・ダービーは非常に荒れています!》

この事態にベンチが騒がしくなった。担架で運び出された陸夫の様子を見たラムスは厳しい表情で選手交代の指示を出すと、忌々しげにノワールベンチを睨み付けた。

《何と、ビッグは、キャプテンの遠藤までが負傷退場!交代枠“3人”を使い切ってしまった!これは大変な展開となりました!》

廊下で蘭を抱きしめながら実況を聞く明美の手が震え。その明美の変化に、激しく自身の感情を露にしていた蘭は、身体を起こすと涙を拭い、逆に明美を抱きしめた。

「・・・もう、大丈夫です。明美お姉さん、ありがとうございます。」
「蘭ちゃん・・。」

《遠藤に変わって木田が投入されます!キャプテンマークは岡森がつけ、遠藤のポジションには、左サイドの守備についていたサントスが入り、サントスの位置に木田がつく!》

陸夫まで交代となった事で我に返った蘭と一緒に、明美もTVの前に来て。5人は席に戻らずそのままその場で試合観戦を続けた。3人の交代枠を使い切ったビッグは、残り時間10分とロスタイム5分の合計15分間を、岡森の指示と真の必死の守りでしのぎきり、3−0で勝った。

《試合終了!3−0!ビッグ大阪が前半に取った3点を守りきり、勝ちました!後半、ビッグ大阪は工藤・比護・遠藤とチームの要となる選手を負傷退場で欠き、交代枠3人を使いきりながらも、遠藤からキャプテンマークを引き継いだ岡森が必死にチームを纏め、総力戦でノワール東京を突き放しました。これで今年のノワールダービーは、ビッグ大阪が2連勝。2ndステージも、攻守にわたってビッグ大阪がノワール東京を圧倒しました。それにしても心配なのは負傷退場した3人の容態です。ここまで“工藤―比護”のラインでたたき出した得点は、チーム全得点のおよそ6割!この二人の怪我の状態によっては、今後の2ndステージの順位争いに大きく影響します!第8節のメンバーに工藤・比護・遠藤が戻ってくるか?気がかりです。》

TVで試合終了を確認した5人は、そっと廊下にあるベンチに腰掛けた。5人の目の前を、試合には勝ったもののどこか浮かない表情のサポーターが通り過ぎ。その流れが少なくなった頃、明美の携帯が鳴った。電話はラムスからで、医務室で治療を受けた陸夫は脳震盪。隆祐は捻挫で済んだと思われるが、一応二人とも病院に掛からせることが伝えられた。



「そうですか・・・。」

明美はその知らせに一旦ホッとすると、ぎゅっと携帯を握り締め、訊ねた。

「あの・・監督。工藤君は?工藤君は大丈夫なんですか?」
『明美さん?』
「ここに工藤君の“ステディ”が来てるんです。彼女が酷く心配していて・・。ですから、彼の容態を教えていただけないでしょうか?」
『・・・分かった。明美さん。その“ステディ”を電話口に出してくれるかね?私が直接、話した方が良いだろう。』
「・・・分かりました。お待ちください。」

明美は蘭を見つめると、携帯を差し出した。

「ラムス監督からよ。・・・工藤君の事で、あなたと話がしたいって。」

蘭はその言葉に驚いて目を瞠ったが、意を決すると、左手を心臓の辺りでぎゅっと握り締め、右手で携帯を受け取った。

「もしもし。お電話、代わりました。ラムス監督ですか。」
『ああ、そうだよ。君が新一の“ステディ”だね?“噂”は、かねがね伺ってるよ。よかったら、名前を教えてくれるかね?』
「あ、済みません。失礼しました。・・・毛利蘭といいます。」
『毛利、蘭さん、だね。・・・蘭さん、そうお呼びしても良いかな?』
「は、はいっ。」
『では、蘭さん。今から私が言うことを、落ち着いて聞いて欲しい。・・・良いね?』
「・・・はい。」

ラムスの口調は穏やかだった。でも蘭は、嫌な予感がどうしても抜けなくて。携帯を握り締める手と、胸元に当てられた手に込められる力が強くなった。

『・・・新一だが、今、ここには居ない。』
「えっ?」
『彼が担架で運び出されたのは、知っているかね?』
「はい。」

一瞬の沈黙。蘭の脳裏に、走り去る救急車の音が甦ってきた。

『彼は、今、病院に・・改方学園大学医学部付属病院の整形外科にいる。』
「・・・改方学園大学医学部付属病院・整形外科。」
『ああ、そうだ。』

蘭の心の耳に、走り去った救急車の音が大きく響いてくる。その音にふらついて倒れそうな自身を、必死に気力で支えた蘭は、監督に訊いた。

「酷い怪我・・なんですか?」
『始めに言っておこう。意識ははっきりしているし、脳波に異常は見られなかった。関節や“身体の”骨、筋(すじ)を痛めたとの報告は無い。』
「!・・・じゃあ、大丈夫なんですね?!」

自分の言葉に喜びの声を上げた蘭に、ラムスは、努めて冷静に答えた。

『否。怪我はしている。“鼻骨骨折”。そう連絡が入った。』
「えっ?!」

顔面の・・鼻の骨折。怪我を想像して恐ろしさに震えだした蘭を園子らがそっと支えた。

『大丈夫かね?蘭さん。』
「・・・はい。済みません。」
『既にフロントが入院手続きを済ませ、彼は病院で休んでいる。私から話を通しておこう。・・彼に会ってやってもらえないだろうか。』
「監督さん。」
『新一は普段からとても賢くて、冷静沈着で。今回の事でも、自分のことより巻き込まれた星野さんの心配をしていてね。・・・彼はとても我慢強い、優しいヤツだよ。』
「・・・はい。」
『だからその分、辛い事があっても自分の中に抱え込んで、表に出してはくれない。遠藤や比護、京極や服部と特に親しいようだが、それでも、彼らに内面を吐き出すことはないんだ。決してね。・・・それが彼の気質といってしまえばそうなのかもしれない。だが、私は心配なんだよ。彼は、上辺では何事も無い様に見せかけながらその実、あの日から今日まで、当に“ギリギリ”の精神力で乗り切ってきた・・私にはそう見えるんだ。だから蘭さん、君にお願いしたい。新一の“心”を支えてやってくれ。』
「・・・監督さん。」
『“鼻骨骨折”と聞くと怖く感じるかもしれないが、時期がくればちゃんと治る。幸い身体に怪我は無いことだし、すぐにピッチに復帰できるだろう。だが問題なのは、この一連のバッシングで、彼の心が切れてしまってやしないかという事だ。何しろ今回の怪我の仕方が仕方だ。無意識のうちに接触プレイに恐怖感を持ってしまい、接近戦が出来なくなるかもしれない。下手すれば、サッカーそのものに嫌気を持ってしまう事だって無いとは言えないだろう。』
「・・・そんな。」
『蘭さん。私は、彼はここで終わって良いプレイヤーだとは思っていない。これからの日本のサッカー界を背負って立つ大事な人材だと思っている。それに、私は彼が好きだ。プレイヤーとしても、一人の人間としてもね。チームの皆もそう思っているよ。君が今、進路決定の大事な時期で大変な事は承知している。・・・だが、良かったら・・・ほんの数日で良いんだ。新一に付いていてやってくれないか?・・蘭さん。』

ラムスの申し出に、蘭は暗闇の中に、光を見出した気分になった。

「良いんですか?私で。」
『勿論だとも!君以外に、今の新一を癒せる人は居ない。』
「分かりました。私で良ければ、新一の・・・彼の傍にいます。」
『ありがとう。蘭さん。新一を頼むよ。』
「私こそ・・・ありがとうございます。ラムス監督。」
『ああ。君と話せて良かったよ、蘭さん。では、早速手配しておくから。』
「宜しくお願いします。」
『こちらこそ、宜しく頼むよ。じゃ、失礼する。』

蘭は電話を切ると、明美に渡した。その顔は、落ち着きを取り戻し、晴れやかなものになっていた。

「志保、園子。私・・・。」
「分かってるわよ。新一君の事、監督から頼まれたんでしょ?行っといでよ。ご両親と学校には、私たちが連絡しとくからさ。」
「そうよ、蘭。私も隆祐の事が気がかりだから、急遽今日は大阪に泊まる事に決めたから。園子もそうするし。ね、お姉ちゃん。」
「そうよ、蘭ちゃん。さあ、行きましょう。」
「は、はいっ!」

5人は、後半の魔の時間帯の雰囲気から一転した表情と雰囲気で新一が搬送された病院に向かった。



  ☆☆☆



5人が到着した時、既に病院の夜間救急外来・外科処置室には安静にして検査を待っている陸夫と隆祐が居た。園子と和葉に、蘭を整形外科病棟のナースステーションまで送るよう頼んだ志保は、姉の明美と一緒に救急担当医師から説明を聞き、陸夫と隆祐に付添っていた。

「あなた・・・。」
「大丈夫だ、明美。心配するな。」
「・・・隆祐。」
「そんな泣きそうな顔をするな、志保。大丈夫だから。それより、お前が来てるってことは、蘭ちゃんも一緒なんだろ?」
「ええ。」
「どうしてる?」
「新一君のトコロへ行ったわ。監督さんから是非にと頼まれて、今晩から付添う事になってるの。」
「・・そうか。で、工藤はどうなってる?」
「電話口での話しだと“鼻骨骨折”だそうよ。」

陸夫と隆祐は、志保から伝えられた新一の状況に血相を変えた。

「「なっ!“鼻骨骨折”?!・・・で、他には?何もなかったか?」」
「あなた、落ち着いて。」
「あ、ああ。」

脳震盪で担ぎ込まれたのに血相を変えて起き上がろうとした陸夫を、慌てて明美が抑えた。そんな兄の様子を見ていた隆祐は、兄に代わって志保に問うた。

「志保。」
「それ以外に大事は無いそうよ。ここの整形外科に入院してるわ。」
「そうか。」
「ええ。」

陸夫と隆祐が新一の容態を知ったところで、検査の仕度を済ませた看護師が呼びに来た。一緒に部屋を出て二人の検査結果を待ちがてら処置室前の廊下の椅子に掛けた二人は、無意識に陸夫と隆祐が消えた廊下を見詰め、深い溜息を吐いた。



その頃。整形外科病棟まで蘭を送った園子と和葉は、夜間外来出入り口付近のロビーで椅子に掛け、明美と志保を待っていた。

「あれ?和葉。此処に来とったんか。」
「鈴木さん、いらしてたんですか。」
「平次。」
「京極さん。」

其処に新一の身を案じた平次と真がやってきた。

「ほれ。」
「どうぞ。」
「おおきに。」
「ありがと。」

平次と真が来てようやく人心地がつき落ち着きを取り戻した和葉と園子は、奢られた飲み物を手にし、二人と向かい合って座った。

「和葉から聞いとったけど、ホンマに姉ちゃんたち、こっちに来とったんやな。」
「ええ。」
「ここにおらへんっちゅうことは・・あの姉ちゃんは、工藤のトコにおるんやな。」
「そうよ。監督から“是非に”と頼まれてね。今晩から付き添いよ。」
「監督から頼まれて、ですか?鈴木さん。」
「そうよ。遠藤さんまで負傷退場したから、明美さんに連絡が入ってね。その時に。」
「そうですか・・・。では、皆さん、暫くこっちに?」
「ううん。私と志保は、明日早々に帰るわ。本当は試合後すぐに帰る予定だったんだけど、この事態でしょう?急遽予定を変更したのよ。・・学校もあるしね。仕方ないわ。」
「んなら、あの姉ちゃんはどないするんや?あの姉ちゃんかて学校があるやろ?」
「まあね。でも蘭は暫くこっちに居ることになると思うわ。東京にはもう連絡をしたから。明日、蘭の小母様が学校に連絡を入れて下さるし、新一君のトコの小母様が蘭の着替えを持ってこっちにいらっしゃるって話だし。蘭がどのくらい居るかは、明日改めて診察を受けた結果次第だろうけど・・まあ兎に角、大丈夫よ。」

こういう時は“新一にとって一番大事で、心許せる人”に傍にいてもらうのが何よりである。平次と真は納得顔で肯いた。

「・・で、工藤の容態は?」
「“鼻骨骨折”ですって。他に問題は無いそうよ。」
「そうか。なら、良えんやけどな。」

試合に勝ち、新一の怪我が顔面以外には無い事にとりあえずの安堵はあるものの、やりきれなさは変わらず4人の心に充ちていた。



  ☆☆☆



その頃。処置を済ませ、救急治療室から病棟に移されていた新一は、天井を睨みつけていた。何故なら、瞼の裏に黒澤の冷酷な表情が浮かび、2試合連続でノワールの魔手に捕まった悔しさが心に影を落としていたからである。加えて入院手続き中にスタッフから陸夫と隆祐も負傷退場したと聞いて、抑えの効かない苛立ちがいや増していた。

そんな新一の部屋に看護師が数人入ってきて、簡易ベッドの仕度を始めた。

「工藤さん?失礼します。」
「あの・・何を?」

怪訝そうな新一に、仕度を済ませた看護師は微笑んで答えた。

「先ほど、チームからお電話を頂いて、大至急“こちら”を用意するよう、頼まれました。何でも、付き添いを付けられるそうですよ?」
「えっ?」
「じゃ、失礼します。お大事に。」
「・・・あ、ありがとうございました。(付き添い?・・・まさか。)」

看護師の台詞に気を取られた新一のもとに、暫くして蘭が姿を現した。

「新一。」
「蘭!(お前・・泣いてたのか?)」

新一は、蘭の頬に涙の後を認めたが、それには触れなかった。
蘭はスイッチを入れてベッドの角度を変えると、傍らに椅子を持ってきて掛け。そっと新一の左手を取り、指先に口付けた。新一は蘭の震えを感じて。取られていた手をそっと抜くと、自分の胸元へ引き寄せて抱きしめ、蘭は逆らわず新一の腕の中に納まった。

「蘭・・・心配掛けてゴメンな。」
「・・・新一。」

瞬間。不思議な事に、傷の痛みも黒澤の厭らしい笑みも、あの瞬間のプレーの顛末・それに伴ったショックも、デマ報道が流された時に感じた自身への怒りも、蘭や輝美を巻き込み、傷つけた事への怒りも、全て、新一の心の中から洗い流されていった。

「(蘭・・・お前って、やっぱ、凄え・・・。)」

そうして半時近く新一は蘭の温もりに浸りきっていたのだが。流石にそうなると、腕の中の蘭が身じろぎして。

「悪り、辛えか?」
「ううん。」

目を開けた新一は腕を緩めて蘭を開放すると、左腕を広げ。

『腕枕をしようか?』

と、いたずらっぽい微笑と仕種だけで問いかけた。

「えっ/////?!」

この仕種の意味するところを理解した蘭は、途端に真っ赤になって固まった。

「プッ。誰も取って食わねーよ。俺、一応“怪我人”だぜ?」

蘭の反応が余りに素直なので、新一は笑い出した。両親が大阪に駆けつけた時になってようやく、隆祐らの前で自然に笑うことができるようになったのだが、その時以上に楽しく軽やかな気持ちで笑えている事に驚いていた。否、喜んで、蘭に感謝していた。
尤も、それがすぐに伝わる筈もないから、自分がからかわれていると思った蘭は

『もう、知らない!』

と怒りかけて、ふと“逆襲”を思いついた。

「分かった。」
「ら、蘭?!・・・おいっ/////?!(う、嘘だろ・・・/////。)」

にっこり笑うと新一のベッドに腰掛けて、本当に新一に腕枕されてくれたのである。蘭がいつものように照れ隠しで怒らなかったので、驚いた新一はひっくり返った声で蘭の名を叫び、首まで赤く染めて硬直してしまった。そっと自分にすりよってくる蘭の身体の柔らかさが、差し出した肩と腕から伝わり。良い香りが鼻腔をくすぐって。新一の脈拍は、一気に沸点まで上昇した。

『W杯決勝の大舞台に立ったとしても、ここまではならないかもしれねえ・・。』

頭から湯気をだしながら、どこか心の片隅で新一は思った。

「フフフ。・・・驚いた?新一。」
「・・・・・/////。」

新一が自分の逆襲にしてやられたことを耳と首の赤みと身体の硬さで察した蘭は、楽しそうにクスクス笑って起き上がり。“逆襲成功!”とばかりに、新一の赤面振りを楽しんだ。
対する新一は、してやられた事を見抜かれて、拗ねたようにそっぽを向いたのだが、なかなか全身に広がった赤みは消せなかった。

「ほんと、真っ赤ね。珍しい〜、照れてるの?」

蘭は笑いながらも、さっきまではこんな風に笑える心境じゃなかった事を思い出して。改めて、新一と一緒にいられる喜びをかみしめていた。

「・・・いつまで笑ってんだよ/////。」

拗ねたような新一の言葉も嬉しくて。

「先にからかったのは、新一でしょう?」

そう言うと、もう一度、新一の横に寝転がった。

「蘭?・・て、おいっ!」

照れて反射的に身体を起こしかけた新一の肩を押さえた蘭は、微笑んで言った。

「眠るまで横に居てあげる。だから今日はゆっくり寝んで。・・ねえ、新一。最近、よく寝てないんじゃないの?何か、やつれたように見えるよ?」
「お前・・・。」
「ただし!今日だけだよ?新一が眠るまで付き合ってあげる。でも良い?横に付いてるだけだからね。それ以上はダメだよ!分かった?」
「・・・・・蘭。」
「何よ。」
「“それ以上”ってさ、どういう事を言うんだ〜?」

そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべた新一は、一瞬で真面目な顔に戻ると蘭の額にキスを落とした。

「!/////!」
「・・・こういう事?」

このキスに蘭が固まった隙に、新一は腕枕をしなおしたその腕で蘭の頭と肩を抱き寄せて。

「サンキュ。蘭。・・・おやすみ。」

安心したように寝入ってしまった。

「新一/////?」

思いがけない額へのキスに固まっていた蘭であったが、暫くして聞こえてきた寝息に安心して起き上がろうとした・・が、新一の腕に阻まれて出来なくて。仕方なく諦めて。

「・・・んもう/////。・・・おやすみ、新一。」

健やかな寝息に誘われるままに蘭もそのまま寝入ってしまった。

それから数時間後。見回りに来た夜勤の(女性)看護師はこの状態に驚いたのだが。

「(ふうっ。・・・何だか・・・起こすのも、ヤボよね。)」

二人の寝顔が余りに安らかだったので、(仮に蘭が、寝返って落ちても大丈夫な様に)簡易ベッドをそ〜っと病床のすぐ傍らギリギリまで動かすと布団を掛けなおし、(蘭の靴は、簡易ベッドの傍ら、見つけやすい場所に置いて)二人を起こさないように、そっと部屋を後にしたのだった。

「ん・・・。」

久しぶりに安らかな気持ちでぐっすりと眠った新一は、すうっと気持ちよく目覚めた。

「(ここは・・・・・・。そういえば、俺。試合中に怪我して、入院したんだっけ・・・。)」

見慣れない白い天井。幾分狭い視界。首を右側に傾けると、そこには窓があり。カーテンの隙間から、朝の光がうっすらと、部屋の中に差し込んでいる。

「(・・・何だか、久しぶりに良く眠れたな・・・・・。)」

そう思って、首をめぐらし。背伸びをしようとして、左肩と左腕に重みを感じた。

「(あれ?・・・・・え・・・・・ええ〜〜〜っ//////?!)」

不思議に思って、ふいっと左側に首を傾けると、自分の左肩〜上腕部あたりに蘭の頭があり。自分の左下腕がし〜っかりと蘭を抱きこんでいた。しかも、蘭の寝顔がこの上なく安らかで。

「(うわあああ〜〜〜〜〜っ//////!お、お、落ち着け、俺!な、何もしてないよな?!何でこうなってるんだ/////?!)」

声にはならない声を上げて、新一はパニくった。

パニくった頭で、必死に昨夜のことを反芻した新一は、冗談半分、実はか〜な〜り〜の願望込みで“添い寝”を頼んで。蘭が自分の願いを容れてくれたことを思い出した。

「(・・・じゃあ、俺。あのまま蘭を抱き込んで寝ちまったワケ?・・・・・や、やべえっ!やべえぞ。この状態はっ/////!)」

真っ赤になった新一は、そっと腕を抜こうと考えたのだが、その考えは甘かったことに直ぐに気づく事になった。

「(・・・?!ゲッ!嘘だろ?!痺れて力が入んねえっ!)・・・・・/////;。」

ハハハ〜と、溜息を吐きたい気持ちになって改めて蘭を伺えば、どうやら最近良く眠れてなかったのは蘭も同様だったようで、心地よさそうに夢の中をさまよっている。

「・・・・・/////。(ま、良いか。)」

蘭の寝顔を間近で拝める夢にまで見た幸せに、実にあっさりと腕枕続行を決めた新一は、身体ごと蘭に向き直ると、寝顔をしっかり堪能した。もはや腕の痺れの事など、頭に無い。

「(それにしても、ホント、良く寝てるよな/////。)」

すっかり幸せ気分いっぱいで。右腕も蘭の身体に回して抱き込み体制に入ろうとした時。新一は右手に、蘭の身体でなく“布”の感触を感じた。

「(・・・あれ?蘭の掛け布団、俺のとは別なのか?)」

蘭の身体に掛かる“布”の感触と自分の布団の感触を右手でごそごそ触って確かめると、確かに蘭に掛かっているそれは、自分の掛け布団とは違う。足を蘭の身体に近づけてみても、布団に阻まれている感触がある。

「・・・・・。」

そこで新一は初めて蘭の背後を見直して初めて、簡易ベッドの位置が、昨夜看護師がセットした場所から自分のベッドの傍近くに移されている事に気付いた。
廊下を、数人の夜勤担当の看護師が歩く音がする。

「?!(これって、まさか・・・か、看護師さんが夜中に/////?!)」

そう考えれば全ての辻褄が合う。

「(どわあああああ〜っ!あ、穴があったら入りてえ〜っ/////!)」

夜勤の看護師さんに“し〜っかりと添い寝の現場を押さえられてしまった”事に気付いた新一は、これ以上無いほどに真っ赤になると、

「(・・・やっぱ、抜こう!)」

はっきり言ってもはや“今更”なのだが、即断して。

“今更だが”蘭の身体に触れて煩悩を増強しないよう気をつけながら、敷布団に右手をついて、腕枕を外す作戦にでた。

「(そっとだぞ!・・・そっと、そ〜っと・・・・・。)」
「う・・ん〜?」

しかし、その動きを蘭が嫌ったのか?!新一の年頃の微妙な男心を刺激する微かな寝言を漏らすと身じろいで、胸元に更に擦り寄ってきた。

「(うわっ/////!!!)・・・/////。」

これに、新一が固まった。何とか腕をずらせたものの、まだ下腕は蘭の頭の下。未だ文字通りの腕枕状態である。

「(ど・・・どうしろって言うんだよ/////。)」

壁にすえつけられている時計の針は、6時30分。もうあと暫くすれば朝食の時間で、看護師が入ってくる。

「(え〜いっ!・・・もう、ヤケだ/////!)」

新一は意を決し右腕を蘭の首の下に回すと、頭を抱きかかえるようにして持ち上げ、一気に左腕を抜いた。それから、そ〜〜〜っと蘭の頭を布団の上に置いた。
傍目にはこの体勢。“彼が彼女の寝込みを襲っている”ように見えたかもしれない。

「(はあ〜っ/////。良かった。看護師が朝の挨拶に来る前には何とかなった・・・って・・・。)」

抜いた右腕を布団について、安堵のため息をついた新一が、ふと顔を上げると。

「おはようございます。工藤さん。昨夜はよくお休みになれましたか?」
「(げ〜〜〜〜〜〜っ//////!!!)」

昨夜、この部屋の巡回に来た看護師が部屋の中にいたのである。新一は慌てて身体を起こすと、真っ赤な顔で挨拶した。

「お、おおお、おはようございますっ/////!」
「今朝はお加減が宜しいようですね?昨夜入院された時、工藤さんも付き添いの方もお顔の色が優れてらっしゃらなかったので、気になってたんですよ?」

看護師は新一の赤面振りに(どことなく楽しそうに)微笑むと、簡易ベッドを新一のベッド下に収納し、蘭の靴を揃えた。

「あの・・・/////?」
「大丈夫ですよ、工藤さん。“職掌上の秘密”です。誰にも話すつもりはありませんよ。」
「・・・あ、ありがとうございます/////。」
「7時すぎには配膳が始まりますから。付き添いの方の分もありますので、お伝えくださいね。では、失礼します。」

何やら心配げな新一に、安心させるように看護師は微笑むと、部屋を後にした。

「はあ〜っ、助かった・・・/////。」

ほっとした新一がそう漏らした時。

「・・・助かったって、何が?」
「へっ/////?!」

新一のすぐ傍で横になったままの蘭が、幾分頬を染めて新一を見上げていた。その顔は、何やら少し拗ねているようにも見える。

「ら、蘭/////!お、お前、いつの間に起きてたんだ?!」
「・・・“枕”が無くなった時/////。」

その言葉に、さっき自分がとった体勢を思い出した新一は、一気に真っ赤になった。ゆっくりと起き上がった蘭は、新一と向かい合うように座り込み新一の顔を見据えた。新一は恥ずかしさの余り蘭と顔を合わせる事も出来ず、俯いた。すると蘭の右手が新一の頬にかかりしっかりと目を合わせさせられた。それから暫くして蘭はフッと柔らかく微笑むと、

「良かった。」

そう一言呟いて、右手を放した。

「?・・・・・蘭?」
「顔色。よくなってる。」

怪訝そうな新一に、にっこりと微笑んだ蘭は、頬にキスを一つ落とすと、ベッドから降りた。

「ら、蘭/////!」
「もうすぐ朝ごはんなんでしょ?私の分もあるのよね。」
「あ、ああ/////。(そうじゃなくって!)」

“初めて貰った”蘭からのキスに新一が慌てると、振り返った蘭は何か言いたげな新一の唇に手を伸ばして指先でそっと触れた。

「怪我が治るまでは“こっち”はナシね?」
「(ゲッ!マジ?!)/////!!!」
「あ!始まったわよ、配膳。・・・頂いてくるね?」

その言葉に、焦って伸ばされた蘭の手を掴もうとした新一の手をするりとかわした蘭は、配膳を取りに行った。

「・・・ま、良いか/////。(そう言えば、蘭と朝メシを一緒に食うのって、ホント、久しぶりだよな。・・・こう言うと怒られるだろうけど・・怪我に感謝、かな?)」

新一は蘭の指先が触れた自分の唇にそっと触れると苦笑して。ベッドを降りると、蘭を手伝う為にドアを開けた。



  ☆☆☆



「蘭ちゃん、新ちゃん、おはよ〜v。元気?」
「小母様!」
「母さん!」

それから数時間後、有希子が来阪した。

東京でTV観戦していた有希子は、蘭と同様、新一の負傷にショックを受け“直ぐにも大阪に飛んで行く”と激しく取り乱し優作を困らせたが、園子から“監督直々の願いで蘭が付添うことになった”との連絡を受け、落ち着く事が出来たのであった。それほどまでに新一を案じていた有希子であったが、二人の前ではそんなそぶりは微塵も見せず、明るい笑顔を振りまいていた。

「あらあ〜、新ちゃん。何だか“オペラ座の怪人”みたいねえ。かっこいいわ〜。流石は私の息子v。ねえ、蘭ちゃんもそう思うでしょう?」

だが実は、新一も蘭も有希子の心配をちゃんと察していて。感づいていることが気取られないよう、明るく振舞っていた。

「はあっ?母さん?!」
「(苦笑)そうですね。これからは眼鏡の代わりにそれを使ったら?結構良い変装になるかもよ?」
「・・・あのなあ〜、蘭。それじゃあ、かえって目立ってバレバレだっつーの。」
「プッ、やあね。冗談よ、冗談。」

笑顔は笑顔を呼んで、明るさも呼ぶのだろうか。話を弾ませているうちに、病室からは、試合直後の悲壮な雰囲気は跡形もなく消えうせてしまったのであった。

「新一君。蘭。」
「あらまあ♪志保ちゃんに園子ちゃんじゃない。さあ、入って、入って♪。」
「「小母様!」」

其処に園子と志保が、帰京前の挨拶に訪れた。

「はあ〜っ。なんだか“ヴェニスのお祭りの仮面”みたいね。」
「というより“オペラ座の怪人”ね。でも、マスコミの意見は違うかもしれないわね。」
「あらあ、違うってどういうこと?志保ちゃん。」

二人は病室備え付けの応接セットに掛けると、しみじみと新一の顔を見つめ、有希子を交えてかなりズレた方向で話しを盛り上げていた。

「だって、“小父様”になぞらえそうじゃありません?」
「ああ、そういう事ね!でも、マスクの大きさが違うわ。どうかしらねえ。」
「大丈夫ですよ、小母様。マスコミはそんな事は気にしませんよぉ。」
「園子ちゃん・・。まあ確かに言われてみれば・・そうかもねえ〜♪だったら『ピッチに降りたった、怪盗ナイト・バロン。次々と華麗にゴールを盗み出す!』まあ、この位は語ってくれるかしらねえ〜vウフフッv。」
「「・・・・・(ハハハ)。」」

新一と蘭は、それを引き攣った笑みで聞いていた。まともに反応したら、反って碌な事にならないという事が“経験則”で分かっているからである。でも、聞き流しているのも流石に辛くなってきて。新一は二人にわざわざ来てくれた理由を尋ねることにした。

「・・・話が盛り上がってるところを悪いんだけどよ。お前ら、何しに来たんだ?」
「何って、ご挨拶ねえ。顔を見に来たのよ。アンタたち二人の。」
「私たちこれから東京に帰るから。その前に二人の顔を見ておこうと思ってね。」
「「えっ?!」」

そう言って新一と蘭をじ〜っと見つめた二人は、安心したように笑った。

「良かった。」
「蘭が笑ってるし、新一君も元気になったみたいだし。」
「やっぱり、二人一緒にいるのが一番ね。“お互いの存在”が一番のクスリって感じだもの。」
「ホントね〜。効果バッチリ、てきめん!って感じね。監督に感謝しなくっちゃ。」
「「//////。」」

そんな4人を、有希子は(突っ込みもせず)微笑ましい思いで見守っていた。

「・・・あ、あのさ。」
「ん?」
「何かしら?」

新一は、そんな二人に、気恥ずかしそうに口を開いた。

「・・・心配、してくれてたんだよな。それに・・・この騒ぎが起こってからずっと、蘭のこと、守ってくれてたんだろ?蘭に聞いたよ。・・・・・ありがとな。志保。園子。」
「「新一君。」」
「新一。」

新一が、柄にも無く“礼”を言ってきたので。志保と園子は何ともフクザツな顔になって。

「ちょっと、新一君。急に柄にも無くしおらしい事、言わないでよね。吃驚するじゃない。」
「そうよ。友人として当然のことをしただけなんだから、気に病むことは無いわよ。ま、どうしてもって言うなら“出世払い”ということで“貸し”にしといても良いけど?」

新一は、二人らしい返事に苦笑すると、話を変えた。

「分かったよ。ところで、志保。キャプテンと比護さんの具合はどうなんだ?昨夜、二人が負傷退場したって聞いたからさ。」
「ありがとう。お義兄さんは大丈夫よ。隆祐も数試合休養すれば問題ないみたい。」
「そっか。」

陸夫と隆祐の容態に安堵した新一の様子を確かめた志保と園子は、蘭に激励の声を掛けて、早々に帰京した。その後、改めて診察を受けた新一は、3週間は絶対安静・復帰は1ヵ月半後を目処にと担当医に申し渡された。

「3週間か・・。お母さんに連絡しなくっちゃ。」
「お、オイ、蘭!お前、まさか・・本気で3週間も付き添う気なのか?!」
「ええ。そうよ。」
「そうよって・・お前、受験生だろーが。」
「良いの!新一の方が大事だもん!私が帰ったら、新一のことだもん。安静にって言われてても、絶対、ちょこまか動いちゃうに決まってる。だから、完治するまで見張らせてもらいます!それに、勉強なら“新一に”しっかり教えてもらうから、良いのv。だって、先生の説明より新一の方が分かりやすいんだもんv。良いでしょ?・・それとも、私が居たら邪魔?迷惑?」
「ばっ・・/////!邪魔なワケねえだろ!オレが言いたかったのは、お前に迷惑掛けんじゃねえかってことで・・。」
「迷惑じゃないよ!私がそうしたいんだもん!」
「/////!・・・はあ〜っ、仕方ねーなあ〜。分かったよ。3週間、よろしくお願いします。」
「やったあv。」

申し渡された入院期間の長さに、付添う蘭の出席日数と立場(受験生)を考えた新一だったが、こうも嬉しい言葉を貰って誘惑されては勝てよう筈もなく。部屋に設置されている電話ですぐさま英理に連絡を入れる蘭の様子を、この場に有希子が居るのも忘れて愛しげに見詰めてしまい、有希子にしっかりとからかわれるのであった。

この後、蘭と有希子が席を外した隙に志保に連絡をとって帝丹の進み具合を訊き出した新一は、安静入院中の3週間、自らに課せられた改方の課題を消化しながら蘭の勉強を見たり、時に(蘭と付添いの交代にやってくる)有希子を交えてゆったり語らいを楽しんだりして、一連の烏丸バッシングで疲れていた心に栄養をつけていったのであった。



  ☆☆☆



そんな風にして新一が入院している間にも、試合日程は着々と消化されていた。

入院中の新一と自宅療養中の隆祐・・ビッグ最高の得点源の二人を欠いて迎えた最初の試合はJ屈指の強豪・横浜Fマリーンズ(第8節)。この試合は、新一・平次と同じく現役高校生でありながら(2ndステージから)J1のピッチに立つユース代表仲間が縦横無尽の大活躍を魅せた。

《2ndステージに入って綺羅星のごとく登場の黒羽、またも難なくビッグのディフェンスを崩しています!黒羽は工藤と並ぶユース代表の“中盤の双子・双璧”!まさに“ピッチの奇術師”の異名に相応しい、素晴らしいプレイです!》

『クソッ!(やっぱ、ウチの面子で快を抑えられるMFは工藤だけやな!キャプテンを始め、皆、振り回されとる!クッソ〜ッ、あのクソオーナーの所為で・・っ!)』

快斗はユース代表では頼もしい仲間でも、敵として合間見えると、厄介この上ない相手で。平次はFWにも係わらず、本来の位置からかなり下がって快斗の相手に回らざるを得なかった。

『よっ、とぉっ♪(新一がいないだけでこうも攻めも守りもイケなくなるとはねえ〜。楽には違いねえけど張り合いが無いねえ〜♪)』

快斗の変幻自在のボールキープとゲームメークで1stステージ覇者のビッグが押されっぱなしになっているという試合模様に、ビッグが今シーズン今季当初から圧倒的な中盤支配力で試合をモノにできたのは、偏に新一の存在あればこそ・・という事実が誰の目にも明らかになったのであった。

『(流石は黒羽君ですね。・・でも、ゴールは割らせませんよ!)』

《ビッグのディフェンスの間を突く見事なパスがゴール前の崔に渡る!崔、シュートォッ!しかし、京極の真正面!マリーンズ、再三いい形を作りますが、悉く京極の好守にゴールを阻まれています!》

しかし、さしもの快斗でも真の守るゴールを陥れることは簡単ではなかった。

『!(うっひょ〜っ、流石、京極さん。簡単にはゴールを渡さない、ってか。これは、狙い甲斐があるってモンだねえ〜っ。)』

《今度は黒羽ドリブルで持ち込んだ!崔がゴール前で身体をはる!岡田が黒羽の右に来た。黒羽、岡田をチラッと見た。ココはパスか!・・・否、岡田にパスと見せかけて突破!詰め寄ってきた遠藤をかわしてシューッ!》

『『!』』

陸夫をかわした快斗が放ったシュートは、真の指先を抜けてバーに当たって跳ね返った。

《黒羽のシュートはバーに当たって跳ね返った!しかしまだマリーンズのチャンスは続く!拾った岡田が崔にパス!受けた崔、ワンタッチで振り向きざまにシューッ!しかしここまで戻った服部が滑り込んで止め、拾った遠藤がクリア・・・っとおっ!ここで黒羽がボールを奪ってシュートオッ!京極、飛びついたが間に合わない!ゴォール!1−0!横浜Fマリーンズ、後半44分、ようやく先制〜っ!黒羽がビッグ大阪のゴールの守護神・J1今季bPのゴール阻止率を誇る京極の壁を突破!大変に貴重なゴールです!》

『くそっ!』
『・・やられましたね。』

90分近く、攻めに攻めてようやく陥れた、真が守るゴール。
自陣に戻りながらチームメートに抱きつかれ、頭を撫でられ(笑顔で叩かれ?)る快斗の様子を、ビッグの全選手が口惜しそうに見詰めた。この後、すぐに試合は再開されたが、ロスタイムも僅かしかなく、あっという間にタイムアップの笛が鳴った。

《今日の試合、終わってみれば、黒羽に始まり黒羽に終わるといった内容でしたね。リーグbPキーパーの京極から1点もぎ取ったマリーンズは、勝ち点3も獲得。1stステージの覇者のビッグは、2ndステージ、ここまで1位をキープしてきたんですが、この試合を落としたことでマリーンズが浦和ロッソを押さえて2位浮上。ビッグは次節、浦和ロッソと直接対決ですが、これも落とした場合、2ndステージの順位争いが激しくなりそうです。この試合は、今後の行方に大きな影響を与えそうな試合になったように思います。》









こんなビッグにとって非常にキビシイ試合の数日後。新一の病室に平次が和葉と真とともにやってきた。

「オイコラ工藤!お前っちゅうヤツは、一体どんな風に“弟”を躾けとんねん!」

一寸怒りモードが入った平次の開口一番の言葉に、蘭と仲良く勉強していた新一は渋面を作った。

「弟の躾って・・誰の話だよ。オレは一人っ子だから、んなモン、ハナっからいねーぞ。」
「アホォッ!快や、快。“快”の事に決まっとるやろ!お前、察し悪すぎやで。入院してボケが入ってきとるんと違うか?」

快斗は新一・平次・真にとって、ユース代表以来の知己である。とりわけ新一と快斗は、アカの他人ながら容姿・声色がウリ二つで、しかもポジションを同じくする為、コーチ陣・チームメートをはじめスポーツ記者連らにまで“双子”扱いされていたのであった。

「んなワケねーだろ。それより、そう言うってことは、この前の試合で何かあったのかよ?」
「あったもなにも、あいつなあ・・っ!」

この後、激昂気味の平次が続けた話に、新一は思わず額に手を当て、傍らの蘭・和葉と真は苦笑したのであった。



  ☆☆☆



第8節・横浜FマリーンズVSビッグ大阪・試合終了後。

「平、京極さん。久しぶり。」
「快。」
「黒羽君。」

快斗が平次と真の下に歩み寄り、心配そうな面持ちで声を掛けた。

「新一の具合はどう?新聞どおり?」
「ええ。」
「そっか〜。じゃさ、早く怪我治して戻って来いって伝えといて。やっぱ新一がいねーと張り合いが無えっつうか、つまんねえもん。(2ndステージでようやくベンチ入りしてからずっと、この試合を楽しみにしてたかんな〜、オレ。)」
「・・・。なんや、それ?このオレじゃ役者不足ゆうんか?」
「やだなあ〜。そんな意味じゃないから睨まないでよ〜、平ちゃん。平ちゃんだって、十分手強いよ。ただ、平ちゃんはFWだろ?今日のような試合内容じゃ、ある意味“仕事”になんないじゃん。ま、逆に言えば、これまで新一が凄く良い仕事をしてたってことがハッキリしたとも言えるんだけどね。」
「「!」」
「それに、来季は“ビッグの”新一と当たれるかどうか分かんねーし。」
「はあ?!何言うとるんや、快。工藤は来年も・・。」
「はあ?!平ちゃんこそ何言ってんだよ。新一は、来年は“スピリッツ”だろ?何たって“1年の期限付き移籍”なんだし。」
「!」
「完全移籍になるって話、最近、紙面から消えてるじゃん。だから今んところ、来季の新一は平ちゃんたちの敵だぜ?・・・まあ、今日の試合で新一が居ないビッグは恐るるに足らずって分かったし。次は、もっとガンガン行かせてもらうよ?」
「なっ、快?!」
「じゃあねv。新一に、よろしく〜♪」

心配そうな顔つきから一転、煽るような言葉にウインクを付けてピッチを後にした快斗を、憮然とした平次と表情を引き締めた真が見送る格好となった。

「やはり黒羽君と対等にわたりあえるのは工藤君、ということですか。仲間だと頼もしいですが、敵に回すと厄介ですよね。・・・どちらも。」
「京極はん?」
「黒羽君の言う通りですよ。うっかりすると忘れてしまいますが、確かに工藤君はウチに“期限付き”で来てるんですよね。つまり、チームが完全移籍になるよう話を進めてるのでなければ、来季、彼は我々の“敵”になる・・ということですよ。」
「!」
「確かに紙面からは(新一の完全移籍の)話が消えてますしね。前節での負傷が影響してるのか、それとも・・・。」
「京極はん・・。」



  ☆☆☆



「・・・とどのつまり、お前の不機嫌の原因は、快斗の言い草にあるんじゃなくって、来季のオレが何処に居るかが分からねえから、ってことなんだろ。」
「そうやないわ!この話のポイントは、オレが“役者不足”かってことや!」
「服部君・・。何もそんなムキにならなくても・・。」
「・・・はあ〜っ。オレが見たところ、服部。お前は十分、快斗とわたりあってたと思うぜ。ソレはアイツ自身も言ってたんだろ?」
「ぐっ・・。」
「確かにそう言ってましたね。ですが、工藤君。なかなかに彼が挑戦的だったのは確かですよ。これからも簡単にゴールを与える気は毛頭ありませんが、このままでは・・。」
「ああ・・・。なあ、工藤。実際、例の話(移籍話)はどうなっとるんや。事と次第によっては、姉ちゃんにも知らせとかなアカンやろ?」
「ああ。そのことなら、もう話したぜ?なあ、蘭。」
「うん。」
「ホンマか?!で、どうなっとるんや?」
「何で、んな事、ここでイチイチお前に言わなきゃなんねーんだよ。」
「当たり前やないか。お前とオレの仲やろ?」
「はあっ?!誰と誰の仲だって?!」

この後。平次の声の大きさに看護師がこめかみをピクつかせながら厳重注意を与えるまで、二人による“新一のナンバーワン誰か”話が延々と続いたのであった。

「ったく、平次。アンタ、ホンマ恥ずかしいわ。」
「んなっ!」
「まあまあ、服部君。押さえて。今度注意されたら“お見舞い不可”にされるかもしれませんよ。」
「・・・。」

真が平次を静めたところで、この日の和葉が何処となく元気が無さそうに見えて気にしていた蘭は、新一に一声掛けてから、和葉を病院の中庭へと誘い出した。
蘭の意図を察していた新一は、二人の姿がドアの向こうに消えたのを確かめると、平次と真に向き直って口を開いた。



  ☆☆☆



マリーンズ戦を病室のTVで観戦した新一は、試合終了と同時に難しい顔つきでスイッチをオフにしていた。一緒に観戦していた蘭が気遣って用意した珈琲に気付いた新一は、表情を和らげてそれを受け取ると、微笑んだ。

「サンキュ、蘭。」
「ううん。」
「なんつーか、流石、快斗だな。・・経緯はどうあれ、こうなったのは、オレが未熟だからだし。・・・悔しいな、こんな試合見ると。怪我してなきゃアイツとやりあえたのに、来季までオアズケかよって思うとな。」
「新一・・・。」

そう言って天井を見詰めた後しばし目を閉じた新一は、徐に話を変えた。

「なあ、蘭。お前、進路どうした?何処受験すんだ?」
「えっ?ど、どうしたのよ、急に。」
「オレ、どうやら完全移籍の方向で話が行ってるみてーだから。まあ、怪我したニュースが大きくなっちまったから、今はその話が紙面から消えてんだけどな。」
「完全移籍って・・・、じゃあ、ずっと大阪に?」
「ああ。2ndステージに入った頃にフロントから聞いたんだ。今、両チームで細部を詰めてるみてーでさ。オレが現場復帰する頃には、正式に発表されると思う。・・・で、蘭は何処を受けんのかな〜って思ってさ。〔此処から小声で→〕・・・いつまでも遠恋ってのも・・・オレは嫌だし・・・。復帰したら、また頑張るからさ・・・その・・・〔此処から更に小声で→〕お前に大阪に来て欲しいなあ〜・・・なんてな!アハハ・・/////。」

天井を見上げたままの新一の声が徐々に小さく聴き取りづらくなる一方で、耳がどんどん赤くなるのが見て取れて。つられて頬を染めた蘭は、新一の本音を細分漏らさず聴き取ると、最後は照れ笑いで誤魔化した新一に嬉しそうな笑みを見せた。

「あ〜、良かった。取り寄せた資料が無駄にならなくて。これで、安心して申し込めるわ。」
「へっ?!」

“期限付き”から“完全”移籍になることで、蘭を少なからず気落ちさせたのでは、とか。余りに手前勝手な要望を言って蘭の進路を自分に沿うように決めさせようとしている・・と思われたのでは、と内心ビクついていた新一は、予想外の返しに間抜けな声を上げて目を瞠り、まじまじと蘭の顔を見詰めたのであった。

「んもう。いつまでそんな間抜け面で見てるのよ、新一。」
「だ、だって、お前・・。」
「春にこっちに来た時に、志保と一緒に色々見学に行ったのよ。・・・だって・・あの頃から、新一が完全移籍になったら良いのに・・ってファンの間で言われてたし・・・。今までにもそういう形で移籍した人は少なく無いらしいし・・・。その可能性はあるよねって思って・・。」
「そっか・・・。で、何処にするんだ?」
「気になる?」
「当たり前だろ?」
「そっか。じゃ、当ててみて?」
「はあっ?!当てろって・・・お前なあ〜。」

どこか楽しそうな蘭に呆れつつも、新一はブツブツと模索し始めた。
高2の3学期に遠恋になり、進路の相談に十分に乗り切れなかったとはいえ、幼馴染&恋人の“歴史”はダテではない。蘭が希望する学部の凡その検討はついており。また、地の利が無い大阪の学校を受けるとなれば、自分の居住地からそう遠く無いところに決めている・・という根拠も無い確信があったりするのである。
「大学だったら・・・確か、オレが今通ってる学校の付属に看護短大があったよな。この病院のすぐ横に学部棟があるし。専門学校だって近くの総合病院の付属でいくつかあった筈だし・・。」

新一の呟きを聞きながらニコニコと微笑んだ蘭は、結局何処が志望校かは明言しなかったが、上目遣いで新一を見詰め。

「流石、新一。いいセン行ってるよ。だからそんなに睨まないでよ。受かったら直ぐに連絡するから。その時は宜しくねv。新一。」
「ちぇっ、しゃーねーな。・・・その代わり・・。」
「その代わりって・・・えっ?!し、新一っ!」
「お互い、がんばるための“エネルギー・チャージ”ってことでv。ご馳走様♪」
「んもうっ、バカぁ・・。」

“怪我が治るまで禁止”のはずのキスを新一にかすめとられたのであった。



  ☆☆☆



「かあ〜っ!結局、惚気話かい!やっとれんわ。」
「何とでも。兎に角、遠恋が今季いっぱいなのは決定事項だし。あとはオレがサッサと怪我を治して現場復帰して、チームの成績(上位確保)に貢献する!これだけだな。」
「あんなあ〜。姉ちゃんの方がダメになる可能性やってゼロやないやろ?」
「バ〜〜〜ロ!ここぞという時の“オレたちの”底力を舐めんじゃねえよ。見てろ。春には絶対、蘭とこっちで一緒に暮らしてっから。」
「「はいはいはい。」」

キスの効果で元気一杯な新一のお惚気に中てられた平次と真が砂を吐いてる頃。
病院の中庭では、蘭と和葉が何やら深刻な雰囲気になっていた。

「ええっ?それ、ホントなの?」
「ウン。」
「服部君、その事、知ってるの?」
「ウウン。平次には言うてへん。」
「どうして?後から知ったらショックだと思うけど・・。」
「そうかなあ〜。ウチらは蘭ちゃんたちと違うて“ただの幼馴染のまんま”やし。まあ、一応言っといても良えんやろうけど・・・ただ・・・怖いんや。」
「怖い?」
「ウン。・・・もし、この話した時、平次がどんな反応するかが・・・。アタシは平次の事、スキやけど・・・平次はあの通り、色恋より仕事やったり男友達やったりするから・・・。アタシがこの話したところで、きっと、何の興味も反応も示さへんやろうな〜と思うと・・・。まぁ、それに。どっちみち断るつもりやし。1回会うだけの事やし。まあ、良えかな〜思て。」
「和葉ちゃん・・・。」

この話を、和葉たちが帰った後、何か懸念事がある様子の蘭に気付いた新一が聞きだして。

「そっか・・・。遠山さんが話す気が無い以上、オレたちがどうこう言える筋合いでも無いしなあ・・・。」
「うん・・。」

二人して不安顔で窓の外を見やったのであった。
この不安は、見事的中。

第9節・浦和ロッソ戦に臨む平次の心に影を落とすことになったのである。




to be countinued…….




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