レジスタ!



By 泉智様



(7)



《みなさま、こんにちは。本日は、ここ浦和ロッソスタジアムより、第9節・浦和ロッソVSビッグ大阪のゲームをお送りします。さて本日の試合ですが、第7節・ノワール東京戦で負傷、第8節・横浜Fマリーンズ戦を欠場したエースストライカーの比護が復帰、ベンチ入りしています。予定より少々早い復帰ですが、これはやはり、前節の内容が悪かった影響があるんでしょうか?》
《う〜ん、そうですね〜。前節のビッグは、マリーンズ期待の新星・黒羽の活躍で、完全にゲームを支配されてましたからねえ〜。アウェーであるということを差し引いても、MFとDFの連携が今ひとつというか・・・まさに工藤の負傷が痛いと感じましたね。そういえば、その工藤の容態はどうなんですか?》
《そのことなんですが。試合前、ラムス監督に話を伺いましたところ、極めて順調な回復振りだそうで。当初は12節か13節ごろに復帰という発表でしたが、そこまで待たずにピッチに戻れそうだということだそうです。》
《そうですか。それは、ビッグにとっては朗報ですね。》
《そうですね。ですが今節も工藤はいませんからね。ラムス監督が、前節で露呈した中盤の弱点をどう修正してくるか?そのへんがこの試合の注目点ですね。》
《ええ、楽しみですね。》



「・・・。」
「あらv。結構、評判がイイのね、新ちゃんってv。」
「・・・母さん。そういう問題か?」
「そういう問題でしょ?蘭ちゃんが付きっきりで看てくれてる甲斐あって、経過が良いものねえ〜。主治医の先生もビックリの快復ぶりで、実はもう、本格的なトレーニングを許されてるものね。流石にTVの方たちはそこまでの情報は掴んでないようだけど。」
「まあな。」
「でも無理のないようにね、新ちゃんv。それにしても愛の力って偉大よねえ〜v。ねえ、蘭ちゃんv。」
「/////。」
「あのなあ〜、蘭をからかうなよな。返事に困ってんじゃねえか。」
「やあねえ、からかってなんかいないわよ。感謝してるの。新ちゃんの回復がこんなにも早いのは、偏に蘭ちゃんのお陰なんだもの。ありがとう、蘭ちゃんv。」
「そ、そんな/////、私がしたくてしてるだけですし・・/////私こそ、わがままを聞いてもらって申しわけないと・・/////。」
「まあ!何言ってるの。わがままでもなんでもないわよ。蘭ちゃんは新ちゃんのお嫁さんなんですもの。私に気を使う必要なんて無いのよv。」
「お、およっ・・/////!」
「かっ、母さん/////!」
「あら、なあに?どこか間違ってたかしら?」
「「/////。」」

第9節・浦和ロッソ戦当日のこの日。新一は(新一の入院来、東京と大阪を往復している)有希子を病室に迎えていた。
解説の新一を気遣うコメントに対する有希子のぶっとんだ発言に、新一と蘭はドギマギしたのだが、何とか気をとりなおして試合を観戦。この日は、マリーンズ戦の反省から中盤の編成を修正したラムスの采配が当たった事、そしてロッソには快斗ほどのトップ下が居ないという事情が幸いしてビッグにとっては悪くない展開で試合が進められていたこともあり、蘭は前節を観戦した時と比べ安心したように画面に見入っていたが、新一は時間の経過とともに、徐々に難しい顔になっていった。

「新一、どうかしたの?難しい顔して。」
「いや・・一寸・・・今日の服部、どっか調子でも悪ィのかなって思ってさ。」
「服部君が?」
「ああ。」

新一の指摘に画面に向き直った蘭と有希子の目に、ロッソ陣地でボールを受けた平次のプレイが映った。

《中盤での競り合いに勝ったのはビッグ!そのまま持って上がった小森、前線にボールを出す!・・・っとおっ!取りに戻った服部の動きを読んだ白馬がボールを奪ったあっ!》

「・・・。(明らかにおかしい。いつもならオフサイドギリギリのタイミングを見計らってからゴールに向かって受けるヤツなのに。何で今日は戻るんだ?アイツの足なら元宮さんや白馬のウラを取れないことはないのに。まさか・・・何か心に迷いでもあるのか?!)」

《ここで近藤から服部に絶妙のパスが通った!服部、ワントラップしてロッソディフェンス陣を抜きにかかる!・・・っとぉっ!ロッソDFの白馬、服部からボールを奪ってタッチに逃れました!》
《これは、白馬。ナイスカバーですね。》
《う〜ん、そうですねえ。白馬は元宮がかわされたところをすかさずカバーに入ったワケですが。いまのプレー。服部が一寸持ちすぎたように見えますね。元宮をかわしたところで打てないことはなかったと思うんですよ。今日の服部は、要所要所で判断が遅れているような感じがしますね。ちょっと“らしくない”プレーが続いてる感じがします。》


「「・・・。」」

新一の懸念どおり、解説者の目にも平次のプレーにいつもの積極性が欠けているように映っていて。蘭と有希子は顔を見合わせると、新一の方を伺った。その時。あまりに攻め気に欠けている平次のプレーに何かを感じたのか、ラムスがベンチの選手数名に指示を出しているせる光景が映し出された。

「(これは・・。服部のヤツ、代えられるかもしれねえな。・・ん?!比護さんを出すのか?!)」

《ん?前半残り5分というところですが、早くもビッグのベンチで動きがあるようです。数名の選手がアップの準備に入りました。・・・おや?どうやら第7節・ノワール東京戦で負傷退場した比護も、アップを指示された模様です。これは後半、比護がピッチに復帰するかもしれません!》

ジャージを脱いだ隆祐が、他に声を掛けられた数名の選手と一緒にアップを始め。それを捉えたカメラが映し出した映像に、解説が素早く反応。ビッグきってのエース・ストライカーの復帰に、隠しきれない期待の色を露にした。

そうこうするうちに前半終了の笛が鳴ってハーフタイムに入り。どこか精彩を欠いた風情の平次が、無意識にだろうか、アタマを振りながらロッカールームに下がっていった。
そしてハーフタイムが終了して再びピッチに立った選手の中に、平次の姿は無かった。

《後半、ビッグに選手の交代が会った模様です。》
《どうやら・・・服部とのようですね。》
《そうですね。今日の服部はプレーにいつもの積極性が無いというか・・精彩を欠きましたからねえ。これは、仕方ないかもしれませんね。》
《そうですね。その服部に代わって後半から登場の比護は1試合休養してのピッチ。ノワールとの一戦で足を故障し、テーピングをしてゲームに臨みます。果たしてどんなプレーをみせてくれるでしょうか。前節のビッグは、中盤総崩れで全くいいところナシでしたが今節は中盤を建て直しています。ここまでゴールこそ決まっていませんが、流れは決して悪くありませんからね。比護の投入で、後半はどの様な展開になるでしょうか?ロッソの元宮と白馬を中心とした固いディフェンスを比護がどう切り崩すか?楽しみですね。》

解説がそう話している間に後半開始の笛が鳴り。ベンチに戻された平次は、悔しそうにピッチを見据えていた。そんな平次の表情を見た新一は、直感で、平次が心に何がしかの心配事・不安事を抱えていると確信し、厳しい顔になった。

「ああ〜っ、惜しい!」

《ああ〜っ!比護のシュートはキーパーの手に弾かれたっ!しかしまだビッグのチャンスは続きます。キッカーの近藤からのボールを、ゴール前の白馬とログマンが激しく競り合う!勝ったのは白馬だが、ルーズボールを拾ったのはビッグ!サイドの近藤に振る!》

「そこよっ!行け、行けえっ!」

《受けた近藤が切れ込んで、ログマンにパス・・っとおっ!ログマンがワンタッチで背後の比護に繋ぐ!駆け込んだ比護、ノートラップでシュート、決まったあっ!ゴォ〜〜〜ルッ!ビッグ大阪先制〜〜〜!後半15分、後半から登場の比護が復活の一撃ィッ!素晴らしい攻撃だあっ!》

「きゃああああっv、やったわ、蘭ちゃん!」
「はいっ、小母様!」

《いや〜、素晴らしいパスワークでしたねぇ。あれは流石に、元宮と白馬も防ぎようがありませんでしたね。》
《そうですね。素晴らしいリズムでしたね。流石、今年の得点王に最も近いだけのことはあります。パスの前にゴール前をチラリと見た近藤がログマンにパスを出すのですが、そこからワンタッチでゴール前にボールを流したログマン、そして其処に絶妙のタイミングで走りこみ、ノートラップ・ボレーシュートを決めた比護、この一連の流れが素晴らしい。久々に“ビッグらしい攻撃”を見た気がしますね。》
《今季、ノワール戦で負傷退場した工藤がよくそういうお膳立てをして比護・あるいはログマン・服部が決める・・という形が多かったですからねぇ。・・・ですが、工藤が負傷欠場してからまだ2試合目なんですがねぇ。それでも“久々”ですか。》
《ハハ(汗)、流石に“久々”は言い過ぎでしたかねぇ。ですが、それだけ前節のマリーンズ戦の内容が厳しかったとも考えられるんじゃないかと思うんですよ。》
《成る程。》
《比護はテーピングをしての復帰ですがいい動きですし、負傷欠場中の工藤の治療の経過も良いということですし。この分ですと、次節かその次ぐらいには“強いビッグ”が戻ってきそうですね。》
《ずいぶんと嬉しそうですね。》
《そうですか?・・う〜ん、まあ、確かに期待している部分はありますけどね。ノワール戦で故障者続出で懸念があったんですが、この分ですと数年ぶりの“完全優勝”に向けて、ビッグにスパートがかかりそうですしね。》
《完全優勝、ですか。確かに今年で2シーズン制は終了ですからねぇ。2ndステージもビッグが優勝となると、2シーズン制終了に花を添える記録になりそうですね。》


「・・・。(完全優勝、か。・・確かに射程内には違いねえけどな。)」

隆祐のゴールでキャアキャアと歓声を上げる有希子と蘭の隣で、平次を心配しつつ、心中で解説の言葉に突っ込みを入れる新一であった。

その後の試合は、ビッグは追加点こそならなかったものの隆祐がいい動きを見せ、1−0でロッソに勝利。ラムスの中盤修正策が当たったビッグは、新一が不在ながらも勝ち点3をモノにし、完全優勝へ向けて一歩前進できたのであった。



  ☆☆☆



その日の夜。



『工藤さん、ナースステーションへお越し下さい。』

ナースコールのスピーカーから呼び出された新一は、新一宛の電話があるから出るようにと、ナースステーションにある受話器を渡された。

「申しわけありませんが、手短にお願いしますね。」
「分かりました、ありがとうございます。・・・もしもし、工藤です。」
『もしもし、工藤君。京極です。』
「京極さん。どうしたんですか?もしかして・・服部の事ですか?」
『ええ。実は・・。』

この後、京極からもたらされた報告に新一は一つ溜息を吐くと、京極に礼を言って切り、看護師にも礼を言って、病室に戻った。
蘭が付添うといっても、簡易ベッドを利用したのは最初の夜だけで。あとは有希子が自分自身と蘭のために用意したホテルで、蘭は寝んでいた。
そんな一人きりの病室で、思案顔でTVを付け、ニュースのスポーツコーナーを見た新一は、大きく一つ溜息を吐くと、財布を手に面会室にある公衆電話の前に立った。









そして翌日。

埼玉から戻ってきた平次は、渋い顔で一人、新一の病室を訪れていた。

「・・・なんや。今日は姉ちゃんはおらんのやな。どうしたんや?看病疲れでも出たんか?」
「違げーよ。昨日からまた母さんがこっちに来てるからな。母さんが蘭を連れ出してんだよ。病室にこもってばっかじゃ大変だし疲れるから、息抜きが必要だって言ってな。ま、母さんのことだから、梅田か心斎橋あたりでショッピングを楽しんで美味いモン食って、巧い事、蘭の羽を伸ばさせてんじゃねえかな。」
「ほ〜っ、なんや上手いこといっとるみたいやなあ。その分やと将来の嫁姑問題は心配あらへんな。」
「まあな。」
「・・・で、そう巧い事人払いしたところでオレを呼び出したっちゅうワケか。一体、何の用や?」

呼び出された用件に薄々感づいてはいるものの、あくまで飄々とした姿勢を崩さない平次に、新一は試合を見ながら抱いた苛立ちを露にした。

「バーロ、とぼけんじゃねーよ。何だよ、昨日のプレーは。心此処にあらずって目しやがって。京極さんも心配してたんだぞ。同じ事を白馬に指摘されてお前が全然反論できずにいたってな。・・・ま、白馬が言った事は尤もだな。オレもそう思ったし。」
「・・・。」
「んで?昨日はシュートチャンスを何度もフイにするオマエらしくもねえプレーの連続だったよな。そこまで集中力を欠いたワケを聞きたいんだけど。・・一体、プレー中に何を考えてたんだよ。吐け、服部!」



  ☆☆☆



『こんにちは、服部君。一寸話があるんですが。』
『なんや、白馬。』
『一寸、服部君に言っておきたいことがありましてね。・・・・・今日のプレー、君らしさが全然ありませんでしたね。一体、何を考えてたんですか?中途半端な気持ちでピッチ立ち、中途半端なプレーをするのは、ベンチやピッチの仲間、試合相手の僕達、なにより応援してくれるサポーターの皆さんに対し不誠実ですよ。そうは思いませんか?今日の君のプレーにはガッカリですよ。君をライバルと思っていた自分が恥ずかしいですね。』
『!』
『おや、そう言われる覚えはないと、今日の君は言い切れるんですか?』
『・・・。』
『今日の君を休養中の工藤君が見たらどう思うんでしょうね。・・・兎に角、残念でしたよ。失礼。』



  ☆☆☆



いつになく厳しく、上辺の誤魔化しが通用しそうに無い新一の、どこまでも強い意思のこもった視線に、試合後の探の台詞を思いかえした平次は、素直に白旗を上げた。

「はあ〜っ。オマエといい、白馬といい、やっぱライバルの目ェは誤魔化せへんのやな。」
「当たり前だ。で?」
「オレが気をとられてたんは・・・和葉・・・否、違うな。自分自身の不甲斐なさ、やな。」
「どういうことだ?」
「実はな・・・。」

この後、平次が続けた話は、先日和葉と真が平次と一緒に訪れた時に小耳に挟んだ時に感じた予感が的中したと言っていいものだった。








ノワール東京戦の後から、練習後、一人登校する平次は、クラスメートが自分に向ける視線に、何処となく不審なモノを感じていた。しかもそれは横浜Fマリーンズ戦の後、益々強くなっていた。しかし、学校に居る時間が少なく問いただす機会を逸した上に、新一の見舞いに和葉らと連れ立って行った時は、快斗の台詞でアタマがイッパイで、和葉の微妙な変化に気付かずに終わるという有様で、平次がその不振な視線・コソコソと囁きあう挙動の理由に気付いたのは、コトが終わった後だった。



新一の見舞いの翌日、練習を終えて登校した平次は、教室に見慣れた姿が無いことに気付いた。

「あれ?和葉のヤツ、今日は休みなんか?」
「お・・!は、服部。」
「と、遠山なら、今日は休みやで。」

何気に近くの席のクラスメートに尋ねた平次は、いつもらしからぬ級友のリアクションに怪訝そうに眉を上げた。

「ふ〜ん。風邪か何かか?・・やったらおかしいな。昨日、一緒に工藤の見舞いに行った時はそんな具合悪そうに見えへんかったのに。」
「「!」」

この平次の返しに、今度はクラス中の空気が一変し、誰彼となくそこかしこで囁き始めた。
「(お、オイ。まさか、服部のヤツ、知らへんのか?今日、遠山が休みの理由。)」
「(そうかもしれへんな。ホンマに遠山は言わへんかったんや。)」
「(あっちゃあ〜っ、なんて言うてええか分からんな。)」
「(そうやな。気の毒というか・・。)」
「(気の毒って・・・どっちがや。)」
「(んなもん・・。)」

クラス中のこの不審な空気が流石に気に触った平次は、和葉が欠席だと返した級友の肩を掴み、父譲りの鋭い眼光で威嚇。此処最近感じていた級友の不振な視線の理由を詰問した。

「んなっ!か、和葉が今日休みなんは・・・み、み、見合いをしとるからやとおっ!ホンマか?!嘘ちゃうやろうな!」
「ほ、ホンマや。遠山の様子が変やからって心配した女子連中が問いただしたら、白状したんや。」
「それ、いつのことや!」
「オマエが試合前の移動でコッチにおらへんかった時や。かれこれ1〜2週間前くらいやったと思うけど・・。」
「何でオレに教えーへんのや!」
「それは・・・遠山が服部には気取られるな、教えるな、言うてたからや。」
「なっ!和葉がそう言うとったんか!」
「そ、そうや。」
「そうやで、服部君。」
「そうや。それに、それ以上、阿倍野や堂島を責めたらアタシらが許さへんで。」
「そうや、そうや!」
「アタシら、和葉の様子があまりにおかしいんで問い詰めたら、和葉、こう言うたんや。“お願いやから、この事、平次には内緒にしといて。アタシらはただの幼馴染やし。要らん事、平次の耳に入れとうないんや”って・・泣きそうな顔でな!」
「そうや!和葉が今日見合いしとるって聞いて怒るなら、何で今日までに、和葉の様子がおかしい事に気ィ付かへんの?」
「ただの幼馴染なんやろ?やったら、和葉が服部君に見合いの事を内緒にしとったからって怒る理由なんてあらへんやん?」

男子連中から聞いた言葉に驚いた平次は、女子連中から聞いた言葉に更なる衝撃を受け、頭が真っ白になり、思考停止。正気が戻ったのは、いつの間にか授業が終わって、何のかんの言っても平次と和葉・二人の事を気遣う級友が、心配そうな視線を向けながら一人二人と下校し、一人残された平次が教室の窓から差し込む夕日に横顔を照らし出された頃だった。

「・・・ハハ、言われてみれば、確かにその通りやな。」

平次の隣にある和葉の席。この日、主によって暖められる事のなかったその席にまで伸びた自身の影を見詰めた平次は、席を立つと、寮ではなく、久しぶりに実家と和葉の家のある方向に足を向けた。

校門近くの急勾配の坂を下った屋敷町の一角にある実家の前を通り過ぎ、わき道を少し行くと、屋敷町に隣接する閑静な住宅街の一角に、落ち着いた佇まいの和葉の家がある。
幼い頃から、幾度となく行き来していたその家の前に立った平次は、インターホンを押すでもなく、じっと和葉の部屋の窓を見上げた。

日は、下校時より更に西に傾き。
新聞を配るバイクが行き過ぎ。
近隣の家の明りがつき始めた頃。
徐に玄関のドアが開き、和葉が姿を現した。
いつもと変わらぬ様子で新聞を取った和葉は、ふと顔をあげ、驚いたように目を瞠った。

「平次・・!」
「よお。」

それきり、互いに言葉が続かず。
でも、互いに平次が此処に居る理由も、気まずい理由も分かっていて。
平次は鞄を脇に抱え、ポケットに手を突っ込んだまま。
和葉は夕刊を手に取ったまま。
門扉をはさんで向かいあっていた。


それから暫しして六甲・箕面の山なみの向こうに夕日が沈み、群青色の空に覆われた頃。ようやく和葉が口を開いた。

「・・・聞いてしもたん?アタシが今日、学校休んだ理由。」
「ああ。・・・正直、この話を聞いたときは、耳を疑うたわ。まさか、ってな。」
「!へ・・。」
「せやけど“要らん事”か。・・・ハハッ、そうやな。オレもお前もずっと“ただの幼馴染”言い合うてきたもんな。・・・で、どないなヤツやったんや?見合いの相手。」
「!」

切なそうな目をして。
それでも“幼馴染”の距離を崩さずに。
いつもの覇気が感じられない、どこか弱い声音で問われた内容に、和葉は今更ながらに衝撃を受けた。

「・・・スマン。おかしいな、オレ。なんで此処へ来て、そんな事聞いとるんやろ。今まで自分で“ただの幼馴染”言うてきたのに。オレに・・・和葉が見合いをするんを止める権利なんぞハナから無い、いうのに。」

自分で友人達に“言うな”と頼み。
蘭に“怖くて言えない”と愚痴り。“1回会うだけだから”と強がり。

その実。
この事を耳にした平次に

“アホォ!何で見合い話なんか受けるんや!何で断らへんのや!”

そう怒った反応を期待していた自分が居た・・・。

そんな自身の厭らしさに、悲しいほどの浅ましさを・・・
平次の問いかけに、最後まで言えなかった・・・言わなかった自分への“罰”を・・・和葉は感じていた。

「スマンかったな、家の用事の途中やったんやろ?・・・帰るわ。じゃあな。」

平次の目は悲しげながらも、諦めでもしたかのように、どこか静かで。
その目を見詰め返した和葉は、大きな瞳を揺らめかせながらも、何も言えず。
そんな和葉の表情に、何か悟った様子の平次が一つ息を吐いて。
静かに、寂しげな背を向けて去っていくのを、和葉は呼び止めることも叶わず。
ただただ、見送るしか出来なかった。

「へい・・っ・・。あ・・・あたしは・・っ!!!」

通りの向こうに平次の背が消えて。
崩れるようにへたりこんだ和葉は、自分の判断が、もう、どうにも取り返しのつかないところまで“自分と平次を追い遣った”・・・・・そう悟って、絶望的な気持ちになった。

「も・・ダメや・・・。あ・・たし・・。じぶ・・で・・・。」

とめどなく溢れる涙が、握り締められた新聞の上に落ち。
嗚咽の合間に、途切れ途切れに吐き出される想いは、絶望の悲しみに満ちていた。




一方。

和葉がいつまでも“幼馴染”否“幼馴染という体裁の家族以上の存在”で“自分の傍に居る”という現状は、いつまでも続けられるものではなかった・・・。



大人に近づくにつれ、その糸では二人をいつまでもつなぎとめて置けない・・・。

そう思い知った平次は、いつになく和葉を遠くに感じ。
大阪に来て間もない頃の新一に、

“万一の事が起って後悔する前にサッサと告りやがれ”

と忠告されたことを、苦い笑みと共に思い返していた。

「全く・・・流石、工藤やな。・・・ハハッ。今更ながら、忠告を素直に受けとけば良かった思うわ。」

電車の窓の向こうに流れて消えた和葉の家のあるあたりの街並みを、寂しそうに見詰めた平次は、心にポッカリと穴が空いた痛みを感じながら、寮に戻った。



翌日の練習で、いつになく監督やコーチに注意された平次は、頭から水を浴び、仕事の間だけはと気持ちを切り替え、必死に気を引き締めた。
だが、練習を終え。学校では和葉と目をあわせる勇気も出せず。
夜、一人の時間になると、言いようの無い空しさに襲われた。



いっそ新一のトコに行って、この空しさをぶちまけようかとも思ったが、そうするのは何となく悔しくて。
そうして迎えた浦和ロッソ戦。
攻め気を・・心の覇気を失った平次に、DFの向こうにあるゴールは見えなくなっていた。







「・・・で、あのザマやっちゅうこっちゃ。自分でも情けのうて涙が出るわ。」
「服部・・・。」

余りに平次の様子が痛々しくて。“それ見たことか”と言うのは余りに思いやりが無い気がして。新一は溜息を吐くと、苦りきった表情を隠しもせず、前髪をかき上げた。

「(はあ〜っ、ここまでこじれると・・・どうしたもんかな〜。)」

実は新一は、平次が和葉の家を訪れた翌日。病室に来た蘭から“昨晩、和葉から電話を貰った事。その時、和葉が泣いていた事”を聞いていた。

“ただの幼馴染だから”

と突き放された平次の痛さは理解できる。でも、そう理由付けて突き放した和葉の痛さは・・ずっと片思いを続けてきた和葉の痛みはどれほどのものなんだろうか。

改方に転入して半年以上、級友として見ていた感じからして、和葉の片思いの長さは、新一にとっては蘭を想ってきた年月と似たようなものだろうと推察できた。
和葉が(外から見たところ)自分で無理に理由付けて突き放した格好になったとはいえ、平次の反応に対する涙の奥底にある心情に共感できる処がある新一は、余計なお節介だと分かってはいるが、少しだけ、平次の背を押してやろうと決意した。

「なあ、服部。お前・・本当は・・遠山さんに“一番に”見合い話があるって打ち明けてもらいたかったんだろ?なのに、級友に先を越された挙句、口止めをされ。しかも“ただの幼馴染なんだから”って言われたことがショックなんだろ。」
「・・・ああ。」
「じゃあさ、もう分かってるんだよな。お前にとって遠山さんが“ただの幼馴染”か“それ以上”なのか。」
「・・・・・ああ。」
「だったら、今からでも良いから、遠山さんに正直な自分の気持ちを打ち明けたらどうだ?確かに内緒で見合いをされちまった事はイタイけどさ。もう済んじまったことをとやかく言っても仕方ねーし。それに、あくまで“見合い”だろ?そこから先に進むか進まねえかは、当事者同士・・つまり、遠山さんの決断次第じゃねーか。まだその相手と結婚を前提に付き合い始めたってワケじゃねーんだし、結納を納めたワケでも式の日取りが決まったってワケでもねーんだろ?だったら、まだ奪い返せるかもしれねえとは思わねえか?服部。」
「工藤。」
「だあ〜っ、もうっ!ここでガラにもなくウジウジ愚痴ってる暇があるんなら、サッサと遠山さんの家まで突っ走って、会って、当たって砕けてこい!ここで愚痴ってるヤツにFWが勤まるか!シュート打たなきゃ、点取れるワケねーだろ!流れからでもセットプレーからでも、ゴールに向かってボールを蹴らなきゃ、勝ちは掴めねーんだ!異常なまでの自信で思いっきりの良いプレーして、強引にでもワンチャンスをモノにするのがお前のプレースタイルだろうが!」

肩で大きく息をするほどの勢いで発破をかけた新一の激で迷いが取り払われたのだろうか。
萎えていた平次の気力が甦った。

「!・・・工藤。」
「分かったなら、サッサと行きやがれ。お前のシケた面をこれ以上拝んでたら、折角快調に治っているこの傷の回復が、その分遅れるぜ。」
「・・・ハン。なら、お前の言う様に和葉んトコ行って、お前がすぐにでもピッチに戻りとうなるくらいにスッキリしたいい顔になれるよう砕けてきたるわ。」
「お〜お。サッサと砕けてきやがれ。」
「おう。砕けて生まれ変わってきたるわ。新バージョンのオレ様を見せに来るから楽しみにしとけや。」
「言ってろ!」

ようやく不敵な笑みを取り戻してドアの向こうに消えた平次の背を見送った新一は、ホッと安心したように一息つくと、平次の実家のあるほうを見やった。



  ☆☆☆



新一の病室を景気づけて追い出された平次は、すぐさま和葉の携帯に連絡を入れると、いささか強引に、実家近くの緑地公園に呼び出した。

「いきなり呼び出すなんて、どういうつもりなん?」

経緯とここ数日の気まずさはどうあれ。
いつもながらに勝気な切り口で来る和葉の顔を見直した平次は、和葉の家の門前で情けない会話で別れて以降、学校でもマトモに和葉を見ていなかったこともあり、改めてそのやつれた様子に胸の疼きを覚えた。
和葉をこうもやつれさせたのは、自分がハッキリしなかった所為か、それとも別の理由か。
こうなるまで気付く事が出来なかった自身への苛立ちと、名も顔も知らないその相手に対する嫉妬と・・・あと、よくわからない感情がせめぎあって。
平次は和葉の問いに答えることなく、ずんずんと和葉に近づくと、力強く腕を引き寄せて胸に収めた。

「なっ・・平次?!イキナリ何するん?!」
「・・・。」
「ちょっ、平次。苦しいって。キツうて息ができひん。ちょお放して。平次。平次!」
「・・・くな。」
「へっ?」
「行くな。何処にも・・他の男のトコへ行くな。お前の居場所はココなんや。」
「な・・・何いうて・・・。」
「和葉。オレは・・・オレは、お前がスキや!他の誰にも渡しとうないんや。オレがここまで頑張ってこれたんは、お前が見とってくれたからなんや。・・・こんなんなるまでそれに気付かんかったオレはアホや。ホンマ、アホや。・・・お前が見合いしてもうてからこんなん言うて、今更かもしれへん。迷惑かもしれへん。・・・けど、和葉。できるなら・・・お前の気持ちを・・聞かせてくれへんか?」
「〜〜〜。」
「和葉?・・・やっぱ、迷惑やったか?」
「〜〜〜〜〜。」
「・・・・・そうか。お前の都合考えんとキモチ押し付けてスマンかった。・・・オレが今言うた事、忘れてくれ。」

いつまでも返らぬ答えに、やはり今更だったかと自嘲の笑みを浮べた平次が腕の力を緩め、そっと和葉を離そうとした時。

「・・ホ。・・・るいわ。」

そうかすかな声が平次の耳に届き。震える手が平次の背に回された。

「か・・かず・・は?」
「ホンマ、ズルイ・・・。遅いんよ!アタシが・・・どんな思いで平次をお、“幼馴染”言うて諦めようとしたか・・・。こんなんならな気づかへんなんて・・・平次のドンカン!ドアホ!・・・アタシは・・・アタシはずっと平次の事がスキやったんやからあっ!」
「和葉/////!」
「あの日・・・見合いした日の夕方・・平次が家の前に居った時。アタシ、平次が来てくれて嬉しかったんやで?もしかして、お見合いを内緒にしてたんを怒りに来てくれたんやろか。少しは平次に気にかけてもらえたんやろかって思て・・・。やから、見合い相手はどんな人やったかって聞かれた時、目の前が真っ暗になったんや・・。平次にとってアタシは“女”やあらへんのや。アタシじゃダメなんや。アタシは、工藤君と蘭ちゃんみたいに幼馴染でも恋人同士になれないんやって・・・。もう、絶望して・・・諦めなアカンて思て・・・。そう思て、あの日から、毎日必死に平次の事はもう諦めよう、諦めなアカン思てるのに・・・。なのに!どうしても・・・どうしても、目が追ってしまうんや。学校でも試合中継でも・・・平次を追ってしまうんや!」
「・・・和葉。」
「アホォ・・・。アタシが見合い相手なんかにその気になると思たんか。・・・ずっと・・ずっと平次のことだけを見てきたのに。・・・アホ。何処に目ェつけてんねん。平次のアホォ・・。」

ここまで叫びきって、あとはもうワンワン泣いている和葉を、平次は震える手をそっと背に回し、もう放しはしないとの想いを籠めて、ギュウ〜ッと抱きしめた。

「和葉・・・。スマンかった。オレが好き放題しててもお前はついてきてくれとったさかい、考えもせんかった。お前とオレが別の道を歩く日が来るかもしれへんなんて。・・・今更やけど、これからは・・お前の手を放さへんから、オレと一緒に歩いてくれるか?」

この、まるでプロポーズのような平次の台詞に、和葉は平次の胸に顔を押し付けていた顔を上げると、真剣な光を宿した平次の目を見詰めた。

「・・・アタシが手綱握っとらな、平次は何処へ走り出すか分からへんもん。昨日の試合みたいにヘタレたプレーされたらかなわへんもん。・・・でも良えの?アタシ、平次がイヤや言うても、離さへんで?覚悟できてんの?」

この和葉らしい返しに、平次は破顔した。

「和葉に握っとってもらえるんなら安心や。オレを知り尽くしとるお前なら、まず間違いはないやろうしな。」
「あ、アホ/////!」
「そうや、オレはアホや。自分の気持ちによう気付かへんかったんやからな。」
「全く・・居直らんといて欲しいわ。今日までアタシが流した涙、どうしてくれるん?」
「せやな〜。これから先、泣かすとしても、嬉し涙しか流させへんように努力するさかい、それで許してくれへんか?」
「〜〜〜もう!お世辞でも、もうニ度と泣かさへんとか、言われへんの?」
「お前な〜。このオレが、そんな工藤みたいなキザな台詞、吐ける思とるんか?」
「思うわけないやん。」
「やったら、聞くな!」
「ええやん、聞いて見たかったんやから。」
「アホォ!そういう減らず口はな〜。」
「/////!」
「いや〜、上手い事ふさがったわ。こんなに幸せな塞ぎ方があるんやな〜。なあ、和葉。まっぺんやっとこかv。」
「あ、アホォっ!んんっ/////!」

こんな二人らしいまとまり具合を、平次が待ち合わせに指定してたのが“実家のお膝元の緑地公園”だったのが幸いしたのか、それとも・・・だったのか。
実はご近所の奥様筋からの情報で駆けつけた静華がちゃんと押さえていて。


「(ようやっと、和葉ちゃんがウチの娘に・・。一時はどうなることかと思たわ〜。平次も決める時は決めるんやなあ〜。さっ、早速、ウチの人に電話せんと!遠山はんに言うてもろて、和葉ちゃんの見合い相手に“サッサと!”断りを入れてもらわんとアカンからな。あ〜、これから忙しなるわ〜v。結納の仕度せなアカンからな〜。)」


物陰で、袂で涙を抑えつつ。
以後、和葉に“見合い話”が舞い込まないよう“布石”を打ち始めた・・・と二人が知ったのは、意外に遅く、シーズン終了後のことであった。




「な・・・な、なっ!こ、これは一体何の騒ぎやねん!」

シーズン終了後に帰省した平次が、和葉と上座に座らされ。

「何って、決まっとるやないの。アンタと和葉ちゃんの“婚約”を祝うんや。」
「「こっ・・/////!」」
「緑地公園で、ええ言葉、聞かせてもろたからな〜。これ以上和葉ちゃんに害虫が付いてはかなわんし。」
「なっ!りょ、りょ、りょ、緑地公園て!まさかオカン/////!」
「ええv。ご近所の皆さんが気ィ効かせて教えてくれはってなあ〜。」
「「//////!」」
「孫の顔はいつ頃見られるやろなあ〜v。ホンマ楽しみやわ〜v。」
「お、おばちゃん/////!」
「いややわあ〜、“オバチャン”やなんて。今日からは“おかあちゃん”言うて欲しいわあ、和葉ちゃんv。」

「「/////。」」

新一と蘭と同じ頃に、内々に許婚の関係になった・・・というのは後の話。







とりあえず、この日。平次が周回遅れとはいえ暴走・・もとい激走して無事和葉と両想いになった結果。

「そうか、ようやっと平次君と上手くいったんか。」
「ウン。・・・せやからお見合いの件やけど、もう断って欲しいねん。ゴメンな、お父ちゃん。」
「ええで、和葉。正直な話、ワシも、あの相手を将来義息と呼ぶのは、どうかと感じとったんや。お前が気に病む必要はあらへんから、安心し。」
「ウン。ありがと、お父ちゃんv。」

静華の連絡が事実だったと知って、安堵と近い未来への覚悟を決めた父によって見合い話が正式に破談になった代わりに、

「こうなったら一度、平蔵ときちんと話をしとかんとな。」

さりげに平次に対する未来の父のチェックが厳しくなって。
和葉が正式に平次の妻になるその日まで、平次が先輩に“付き合い”に誘われるたびに、周囲に何となくコワモテの視線を感じ続けたのは・・・紛れも無い事実・・・だったりする。




to be countinued…….




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