銀河探偵伝説



By 槇野知宏様



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 その日、四月一三日。
宇宙艦隊司令長官ビュコック大将は、国防委員会査閲部長グリーンヒル大将から、大規模な地上戦闘訓練を実施する、との連絡を受けた。この連絡はビュコックだけでなく、軍首脳のほぼ全員に届けられ、放送で市民にも知らされた。
辺境惑星で叛乱が続いている状況かつ年頭に組み込まれた訓練なので、軍首脳部は怪しまなかったし、市民も完全武装の兵士たちが市街地を集団で行動しているのを見ても、疑う者は少なかった。
不審に思った者も憲兵や警察に通報しても、訓練です、の、一言で片付けられた。査閲部長という最高幹部の名で通達されたものであるから、専門家になるほど、そのまま信用したのである。
ビュコックでさえ、辺境の叛乱続発に備えて臨戦状態にある宇宙艦隊の監督に多忙を極めていた事もあって、深く考えようとはしなかった。
ひとつには、宇宙艦隊の主力が首都にいる間には、まさかクーデターを起こすまい、と、考えた事もあるが、現実として正午に銃を突き付けられてクーデターの首謀者たちに引き合わされていた。
査閲部長のグリーンヒル大将、情報部長のブロンズ中将―――これほどの高官がクーデターに参加していたとはビュコックの想像を絶していた。

「なるほど。査閲部も情報部も、とうに洗脳されておった、と、いうワケじゃな」

老提督は鼻を鳴らした。査閲部の任務は国内において、戦闘以外の面―――訓練、救難、移動―――で、軍を管理運用する事にある。査閲部長がクーデター計画の一員であれば、そのための部隊を移動させるのは簡単な事だった。
ビュコックは自分を取り囲む数人の男たちの中から、すえたようなアルコールの臭気が漂ってきた。白髪の宇宙艦隊司令長官は辛辣な眼光を臭気の元に向けた。

「ふむ、覚えがあるぞ。何年か前にエル・ファシル星系で帝国軍の捕虜になったアーサー・リンチ少将だな」

覚えていて恐縮ですな、と、リンチは濁った笑いでビュコックに応じた。

「忘れたいところだが、そうもいかんて。民間人を保護する義務も、部下に対する責任を放棄して、自分一人の安全を図った有名人じゃからな」

言われた側は傷付いたようには見えなかった。薄笑いを浮かべてその痛烈な言葉を受け止めると、見せつけるようにウイスキーの小瓶を取り出し、蓋を開けて一口飲んでみせた。
周囲の士官たちが眉をひそめた。彼が同志たちの敬愛を受けていない事は明らかだったが、何故そんな男を同志に加えているのか、ビュコックは理由を図りかねた彼は改めてグリーンヒルを見やった。

「閣下は軍内でも、理性と良識に富んだ人物だと思っておったのですがな」
「恐縮です」
「だが、今回については理性も良識も惰眠を貪っていたとしか思えませんな。このような軽率な行為に参加するとは、どうやら買い被っておったらしい」
「よくよく考えての事です。提督、考えて頂きたい。現在の政治がどれほど腐敗し、社会が行き詰まっているかを。民主主義の美名の下に衆愚政治が横行し、自浄能力は欠片も見出せない。他にどのような手段で粛正し改革出来るのですか?」
「なるほど。確かに現体制は腐敗し、行き詰まっている。だからこそ武力をもって倒すのだ、と、貴官は言いたいのだろう。では試みに問うが、武力を持った貴官たちが腐敗した時、誰がどうやって粛正するのだ?」

ビュコックの舌鋒で相手は明らかにたじろいたが、何とか体勢を立て直そうとした。
自分たちには理想があるし、恥も知っている。現在の為政者たちのように腐敗し、帝国打倒の大義を疎かにする真似はしない。ただ救国の情熱が命じるままに立ったのである。腐敗は私欲から発するものであり、我々は腐敗しない、と、言う声が士官たちの中から聞こえた。

「そうかな?ワシには救国だの大義だの情熱だのと言った美名の下に、無謀な権力奪取を正当化しているとしか思えんがの」

老提督の毒舌は、士官たちの自尊心を深く傷つけ、彼等から怒気の陽炎が立ち上った。それをグリーンヒルは目で激発を制した。

「いくらお話したところで、接点が見つかるとは思えませんな。我々はただ歴史に判断を問うのみです」
「グリーンヒル大将、歴史は貴官に何も答えんかも知れんよ」

その声に救国軍事会議議長は視線をそらせて部下にこう言った。別室へお連れしろ、但し礼を欠いてはならない、と。

 この時、既に首都ハイネセンの要所はクーデター部隊によって制圧されていた。
統合作戦本部、技術科学本部、宇宙防衛管制司令部などの軍事中枢はもとより、最高評議会ビルや恒星間通信センター、警察、放送局等も殆ど流血を見ず、クーデター部隊の手中に落ちた。
統合作戦本部長代行ドーソン大将も拘禁される身となり、政府や軍の要人たちも拘禁または禁足の対象となった。その中には新一たちの両親も含まれていた。
だが、襲撃の最大目標であった最高評議会議長トリューニヒトの姿は官邸にも私邸にもなく、緊急用の秘密通路から地下に潜伏したものと思われた。


 ハイネセンでの状況を遠くイゼルローンで知った新一は司令官公室に入ったまま沈思していた。
グリーンヒル大将といえば、軍内では“良識派”と知られ、理性と良識に富んだ人物である。だから新一は、クーデター計画に乗るはずはない、と、思っていたのだ。
軍内には熱狂的な軍国主義者、国状を無視して帝国打倒を唱える輩もいたので、そういうタイプの軍人がクーデターを実行するのではないか、と、思っていた。しかし、その予想は最悪を極められてしまった。
大きく息を吐いて卓上に置いてあるコーヒーカップを持ち上げた時、平次、快斗、探が司令官公室へ入って来た。新一は同期生に、グリーンヒル大将が今回のクーデターの首謀者である事を予想出来たか、と、問うたが、三名は読めなかった事を態度や表情で示した。

「工藤くんの言う通り、グリーンヒル大将がクーデターの首謀者とは読めませんでしたね」
「せやな。あのオッサンだけは、そないな暴挙をするとは思わへんかったで」
「だからこそ、オレたち・・・と、いうより軍や市民も隙を衝かれた形だな」

その“良識派”という看板が故に軍内の性急な跳ね上がり共を抑えるため、グリーンヒル大将は、クーデターの首謀者、と、いう汚名を甘受したのではないか。そう思った新一は三人に自分の考えを披露した。
なるほど、と、頷いた三人だったが、新一は三人がこの事だけで司令官公室にわざわざ来るワケはない、と、思い、三人を見渡しながら聞いてみる。

「大した事じゃあらへん。強いて言うなら、これを機にローエングラム候と対等に戦える事を教えに来たんや」
「・・・で、オレに何を教えてくれるんだ?」
「その前に工藤は今の権力体制が能力的にも道徳的にもダメなのは骨身に染みている知っている。それにも関わらず、これを全力で救おうとする。コイツは大きな矛盾だよな」
「オメー等も救国軍事会議とやらのスローガンを聞いただろ?あの連中は今の連中より酷い・・・オメー等が何を言いたいか分かった。聞きたくはねえけどな」
「救国軍事会議の道化者(ピエロ)たちに、今の権力者たちを一掃させるんです。そう徹底的にね。どうせ彼等はそのウチにボロを出して事態を収拾出来なくなる。そこへ工藤くんが・・・」
「乗り込んでアホ共を一掃する・・・これで工藤はあのパツ金の兄ちゃんと対等に戦えるっちゅうこっちゃ」

平次の言葉を聞いた新一は三人を見つめる。その視線は研ぎ澄まされた刃物と同様の鋭さを持っていた。

「オメー等、この事をオレ以外の誰かに話したのか?」
「とんでもない。そんな事をしようものなら工藤くんだけでなく、毛利さんにも迷惑をかけますからね」
「なら良い」

そう言って新一は司令官公室から出て行った。その後を追いながら三人は顔を見合わせ、平次と快斗はイタズラ小僧そのものの笑み、探は苦笑を浮かべた。
上司と部下という関係であるが、士官学校時代の同期生でもあるので言いたい事を言わせてくれるのだろう。平次たちの上官を務める、と、いうのは相当に大変な事なのだ。


 イゼルローンには多くの民間人が居住している。クーデターとそれに続く内戦に、彼等は不安を掻き立てられ民間人の代表が司令官に面談を求めた。
新一は会議室に入った直後であり、それに遅れて入ろうとした蘭を見て、彼等は彼女が司令官の副官である事を知っていたので、勝算はあるのか、と、問い質した。彼女は、相手の顔を見据えると、その狼狽を窘めるように昂然として答えた―――工藤提督は、勝算のない戦いはなさいません、と。
それを聞いた民間人の代表は安心して帰って行った。そしてこのやり取りはイゼルローン中に知れ渡る事になった。工藤提督は勝算のない戦いはしない。確かに彼は常に勝利と共にあった男だ。今回も必ず勝つ。民間人の不安は少なくとも鎮静化した。

「オメーにスポークスマンとしての才能まであるとは思わなかったぜ。今後ともヨロシクな」

ことのの次第を知った新一はそう言って蘭をからかったが、表情を改めて幕僚たちを見渡した。

「オレは先日、ハイネセンに赴いた時、宇宙艦隊司令長官ビュコック大将に要請して、叛乱が起きたらそれを討ち、法秩序を回復するように、との命令書を頂いている。法的根拠を得ているのだから、これは私戦ではない」

会議室で新一にそう言われた平次、快斗、探以外の幕僚たちは、司令官の予見力にあらためて感心させられた。最も新一の気分はいささか苦い。
予測が正しかった、と、言っても、現在の事態を防止出来なかったのだから。ハイネセンで新一がビュコックに求めたのはそれだったのである。

「本部長代行の言い草ではないが、この時期に帝国軍がイゼルローンに侵攻して来る可能性は低いので、駐留機動艦隊の全兵力をもって出撃する。その間の要塞司令官代行は志保に任せる」
「工藤くん。目的地はやはり・・・」
「ああ。最終的な目的地は惑星ハイネセンだ」

信頼する参謀長の問いに新一はそう答え、三次元スクリーンに映し出された首都星を示した。


「工藤新一は救国軍事会議への参加を拒否した」

そうグリーンヒル大将が告げたのは、今や救国軍事会議の本拠地である統合作戦本部の地下会議室であった。
議長の言葉に列席者の間から軽いざわめきが起こった。では戦うしかない。“戦場の名探偵(ザ・ディテクティヴ・オブ・バトルフィールド)”の実力を見せてもらおう。はたして実力が噂通りであるか。
強気な声は、自分たちの不安をかき消すものであったかも知れないが、グリーンヒルは彼等の作られた熱っぽさに同調しなかった。自分は信念に基づいて行動している。軍部によって再建しなければ、祖国は腐敗の果てに崩壊するのだ。それを新一が理解しなければ戦うしかない。

「ルグランジュ提督」
「はっ」

彼の声に応じて、プラチナ・ブロンドの短い髪と角張った顎を持つ中年の男が立ち上がった。

「貴官は第一一艦隊を率いてイゼルローンに向かい、工藤新一と戦って頂く」
「分かりました。工藤新一を屠(ほふ)るか、降伏させてご覧にいれましょう」

同盟軍宇宙艦隊の中で、第一一艦隊は無傷の艦隊として数少ない存在である。それがクーデターに加わり、無傷の強大な兵力を挙げて、新一の進路を阻もうとするのだった。


 宇宙暦七九七年四月二〇日。
新一は“工藤艦隊”という公式な通称を得たイゼルローン駐留機動艦隊を率いて出撃した。目的地は皮肉にも首都星ハイネセンである。
同日、救国軍事会議は第一一艦隊をハイネセンより出撃させた。自由惑星同盟建国二七〇余年、国家を二分する初の内乱はこうして幕を開けた。




 キルヒアイスの別働隊を分離したラインハルト率いる叛乱討伐軍は門閥貴族連合軍の根拠地である“禿鷲の城(ガイエスブルク)”要塞を目指した。
これ対してブラウンシュヴァイク公は“禿鷲の城”要塞に至る航路に九ヶ所の軍事拠点を設け、それぞれに強大な兵力を配置し、九ヶ所の拠点を攻撃するであろうラインハルト軍に少なからずの人命と艦艇の消耗を与え、弱体化したのを見計らって“禿鷲の城”要塞から主力を出撃させて一挙に撃滅する、と、いう戦略構想を披露した。
貴族連合軍の実戦総司令官であるメルカッツは盟主の構想に懐疑的であった。ラインハルトがこちらの注文通りにすれば良いが、彼が補給線と通信網を破壊する事で各拠点を無力化し、直進して“禿鷲の城”要塞を急襲すれば、この戦略に意味が無い。それどころか各拠点に大兵力を配置すれば、当然ながら本拠地の兵力が少なくなる。
彼がそう意見を述べるとブラウンシュヴァイク公の顔色が一変したが、メルカッツは九ヶ所の拠点を放棄する必要はないが、大兵力を配置する必要は無い。各拠点には偵察と電子情報による敵の監視を実施させ、実践機能は“禿鷲の城”要塞へ集中すべきである、と、説いた。
ブラウンシュヴァイク公も頷いてメルカッツの意見に賛同しかけた時、横槍を入れたのが、戦術理論の大家、と、自認するシュターデン大将だった。彼は、総司令官の作戦案に一部修正を加えた、と、発言したのだが、メルカッツはシュターデンが何を言い出すのか、明確な予想があった。そしてそれは見事に的中した。
彼が提示した作戦案とは、艦隊主力をもってラインハルト軍を“禿鷲の城”要塞に引き付け、新たな別働隊を組織して帝都オーディンを攻略すると同時に皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世を擁し、ローエングラム候こそ逆賊である、との勅命を出して頂ければ、自分たちと金髪の孺子(こぞう)の立場は逆転する、と、いうものであった。
やはり、その策(て)か。シュターデンの作戦案をメルカッツも考えないでもなかったが、ある理由から断念したのだ。シュターデンは理論家であるが、現実を洞察する能力に欠ける。確かにラインハルトはオーディンを空(から)にしているが、平然として空に出来る理由があるからだ。そこまで考えればシュターデンもしゃしゃり出る事はしなかったに違いない。
 誰が金髪の孺子を引き付け、誰がオーディンに向かう別働隊の指揮を執るのか、と、いう事になったのだが、そこからは戦略戦術より政略の問題へと突入してしまった。帝都を攻略し、幼い皇帝を擁する事を成功させた者こそ、この内戦における最大の功労者であり、それに比べたらラインハルトを“禿鷲の城”要塞へ引き付ける者の功績など小さいものである。
戦後処理にあたって最大の功労者が最大の発言権を有するのは当然である。まして皇帝を擁していれば、形式化しているとはいえ、最大の権威を味方にしているワケだから、勅命である、称して、地位や権力を独占する事も可能なのだ。
別働隊の指揮官。最高権力への最短距離―――それを他人に渡してはならない。それらの思いがブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候の瞳に油膜を浮かべたような輝きをさせた。こうなる事が知れていたので、メルカッツは純軍事的には極めて有効と思われるこの作戦を提案しなかったのである。
高度に統一された意思と組織よってしか出来ない作戦かつ本隊と別働隊を率いる指揮官同士の揺るぎない相互信頼が欠かせないのだが、貴族連合軍にはそれがない。だからラインハルトは、平然とオーディンを手薄に出来るのだ。
元々、貴族連合の基盤は、ラインハルトの下剋上に対する憎悪である。ラインハルトを打倒しえたとして、その地位と権力を誰が引き継ぐか、と、いう合意すら成立していない・・・と、いうより、考えていなかった、と、いうのが正しい。それ故に貴族連合の団結にひびを入れるのは容易い事なのである。
シュターデンは、そのひびを戦闘開始以前に入れてしまった。結果的には大変な利敵行為である。偽りの団結は露骨な欲望に嬉々として席を譲った。門閥貴族たちから吹き上がるエゴイズムの空気にメルカッツは窒息しそうな思いに囚われた。これでラインハルトに勝てるのか?もし勝てるとして―――誰のために勝つのか?

 ラインハルト軍の先鋒であるウォルフガング・ミッターマイヤー大将率いる一万四五〇〇隻の艦隊と、シュターデン大将率いる一万六〇〇〇隻の艦隊がアルテナ星系に近い恒星間空間で対峙したのは帝国暦四八八年、宇宙暦七九七年の四月一九日。世に言う“リップシュタット戦役”はこうして幕を開けたのである。
その初戦において、ミッターマイヤーはシュターデンと彼の麾下に配属された戦意だけが高い青年貴族たちの艦隊を文字通り粉砕した。初戦に勝つ、と、いう事は味方の士気を上げると同時に、敵の戦意を削ぐ、という事でもある。艦隊の過半を失ったシュターデン艦隊はフレイア星系のレンテンベルク要塞へ逃げ込んだ。
当初、ラインハルトはレンテンベルク要塞を無視しようとしたが、要塞には多数の偵察衛星や浮遊レーダー類の管制センターや超光速通信センター、通信妨害システム、艦艇整備施設などがあり、兵力も多かった。無視して前進すれば後背で小うるさく蠢動される危険性があるので、毒草の芽は早く摘んでおくべきだ、と、考え、全力を挙げてレンテンベルクを陥(おと)す事を決断した。
レンテンベルク要塞の守将は、ラインハルト嫌いの急先鋒として知られる装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将であった。駐留部隊は負けはしたものの、彼が率いる装甲擲弾兵部隊はラインハルト軍の装甲擲弾兵部隊を九度に渡って撃退する働きを見せたが、オフレッサーが捕らえられるに至って戦意を失い、降伏か戦死の二者択一を選ばざるを得なかった。
捕らえられた装甲擲弾兵総監は二重に手錠を掛けられ、電気処刑用のヘルメットを被せられ、更には一ダース以上の銃を突き付けられた姿を「ブリュンヒルト」の通信スクリーンに晒したが、彼は死をも恐れぬ表情を浮かべて傲然と立っている。欠陥が多い男には違いなかったが、この男が臆病者ではない、と、いう事は確かな事実でもある。
ラインハルトだけでなく諸将の間からも、オフレッサーを即刻処刑である、と、いう声が上がったが、それに異を唱えたのはオーベルシュタインだった。彼は上官や同僚たちに、オフレッサーを処刑するのは簡単だが、逆にゴールデンバウム王朝に殉じた不屈の勇者として名声を高めてやるようなものである、と、説いた。暫く黙っていたラインハルトは短い質問を押し出す。

「どうするのだ?」
「オフレッサーを無傷で“禿鷲の城”要塞へ送還するのです」
「バカな!」

叫んだのはミッターマイヤーである。彼とロイエンタールはレンテンベルク要塞攻略の実戦指揮を執っていたが、オフレッサーの戦斧(トマホーク)により多くの部下が屍体にされたため、顔と声には怒りと興奮が浮かんでいた。

「多くの将兵を死なせ、苦労をして漸く捕らえた野獣を卿は自由にすると言うのか。解放すれば、また我々に牙を剥くのだろう。即刻処刑すべきだ」
「同感。飼い慣らせない猛獣を野に放してどうするのか?」

そう詰め寄られても参謀長は動じず、無傷で帰還したオフレッサーを見て貴族共がどう思うか。元々猜疑心の強い輩が大部分を占めている。しかも彼の部下のうち、幹部は処刑され、その映像を超光速通信で知らされる。そこへオフレッサーが独りで戻ったらどうなるか・・・

「分かった・・・卿等も分かったろう。ここはオーベルシュタインに任せたい。異存はあるか?」
「ありません。閣下の御意に」

ロイエンタールとミッターマイヤーは異口同音に答えた。彼等だけでなくラインハルトもオーベルシュタインの意図を悟ったのである。ラインハルトは眼光の激情を抑え、二人の表情がいささか苦かったのは、それが彼等の趣味にあまり合わなかったからである。
オフレッサーは釈放され、ワープ機能を有するシャトルまで与えられた。謝礼の言葉ではなく、また戦場で見(まみ)えたら、貴様たちを戦斧で血の海に沈めてやる、と、吐き捨てたものである。
彼自身は、処刑されるものだ、と、思っていたので、拍子抜けしたのは事実であり、首を傾げながらもシャトルに乗ってレンテンベルク要塞から去って行った頃、オフレッサーの部下一六名が公開処刑にされ、シュターデンは捕虜となった。
“禿鷲の城”に帰還したオフレッサーは弁明の機会すら与えられぬまま“裏切り者”として処刑されたのだが、この事件は貴族連合軍に大きな後遺症を残した。オフレッサーは金髪の孺子嫌いの急先鋒だった男である。
その彼が裏切ったとあれば、誰が最後まで志操堅固である事が出来るのだろう。貴族たちはお互いを不信の眼差しを交わし合い、中には自分に対する自信を失う者さえ出て来た―――そしてラインハルトはレンテンベルク要塞を根拠地とし“禿鷲の城”要塞進攻の作戦を練る事になった。





 最初、新一はシャンプール星域の動乱を無視して首都ハイネセンに急行し、救国軍事会議の本隊を電撃的に叩き潰すつもりであった。根を絶てば枝葉は枯れてしまうものだからだ。
それが作戦を変更して、シャンプール星域の叛乱部隊を撃つ事にしたのは、彼等がゲリラ戦法を駆使してイゼルローン要塞と工藤艦隊の補給及び連絡ルートを攪乱する危険性を考慮したからである。
自分がシャンプール星域における救国軍事会議の指揮官であれば、討伐部隊が来れば逃げ、去れば追尾してその後背や補給ルートを叩き、それを可能な限り繰り返して敵を消耗させるだろう。そんな事を相手にされたらたまったものではない。
新一は四月二六日にシャンプール攻略を開始し、三日間の戦闘の後にこれを叛乱部隊から解放したのである。ハイネセンのような大人口と強大な重装備を有する惑星でも無い限り“上陸”ならぬ“降陸”作戦には一定のパターンがあり、指揮官の個性など発揮する余地は無い。
地上に降りてしまえば新一より、陸戦隊を指揮する真の真価が発揮されるのである。凡庸な指揮官であれば一週間以上かかったかも知れない作戦を三日間で作戦を完了しえたのは、彼が白兵戦の達人であると同時に陸戦における戦術能力がいかに優れていたかを証明するものであった。
真の作戦は、火力の集中により点を確保し、それを装甲車の横列展開で繋いで線とし、この線を前進させる事で面を拡大する、と、いうものであった。これを丸一日続け、敵が対応能力をつけ始めた頃、突如として攻撃パターンを切り換えたのである。確保した点の一つから直線的に目標へ向けて前進し、無防備の土地を電撃的に突破したのだ。
この横から縦への急速な変化に叛乱部隊は対応が出来ず、本拠地とした同盟軍管区司令部ビルに立て籠もったものの、半数以上の兵力を切り離されては勝敗の帰趨(きすう)は定まっていた。二時間の銃撃戦と白兵戦の末、叛乱軍の指揮官が自決し、残った者は白旗を掲げて降伏したのである。
旗艦「ヒューベリオン」へ戻って来た真たちを新一は賞賛しようとしたが、彼の目の前にいるのは野戦服や手や顔にキスマークを大量に付けられた第一四代“薔薇の騎士(ローゼンリッター)”連隊長の赤井秀一中佐と連副隊長ジョディ・スターリング少佐の二人だった。

「赤井中佐、京極准将はどうしました?」
「半月ぶりの恐怖から解放された住民たちの熱狂をマトモに受けましたからな。准将は、このような姿では司令官に報告が出来ない、と、仰有ってシャワー室直行です」

ニヤリ、と、笑いながら赤井は艦隊主任(チーフ)オペレーターに視線を僅かに転じた。
なるほど、と、納得した新一は赤井に倣って笑みを浮かべる。“薔薇の騎士”連隊長と副連隊長の状況からして、真も彼等と同じ目に遭った、と、いう事だ。
彼の為人(ひととなり)を考えたら、報告時の格好もだが、何より園子に対して申し訳が立たないのであろう。その真が野戦服ではなく通常の軍服姿で新一の前に現れたのは一〇分後である。
艦隊識別帽(スコードロンハット)から出ている髪はまだ水気が残っており、顔や首はタオルで擦ってキスマークを落としたのであろうが、皮膚が真っ赤になっているのは激しく擦ったためであろう。

「し、司令官。惑星シャンプールの制圧を完了致しました・・・」
「ご苦労様でした。次もお願い致します」

真としては普段通りに報告したのであるが、新一の目から見れば謹厳実直な防御指揮官ではなく、二六歳にして恋に関しては初心(うぶ)で不器用な青年が自分の目の前に立っているのだ。
彼の両脇に立つ赤井とジョディだけでなく、探、紅子、恵子は必死で笑いを堪え、小五郎に至っては、オレが陸上指揮を執っていれば良かったな、と、場違いな事を言って蘭にジト目で睨まれていた。
何とか冷静さを取り戻した真は新一に、第一一艦隊がハイネセンを出撃した、と、いう話を捕虜から聞いた旨を報告したが、新一は別に驚きもしなかった。彼は第一一艦隊が迎撃に出て来る事を予想していたのである。
クーデター派からすれば自分たちが制圧した惑星を各個に奪い返されてはたまったものではないが、逆に反クーデター派の唯一の実戦部隊である工藤艦隊を全滅させるか降伏させるかの何れかに追い込めば、同盟全土を完全に制圧したようなものだからだ。
真は更に、政府や軍の高官や要人たちは拘禁はされても粛正された者はいないが、工藤艦隊に所属している将兵の家族も拘禁の対象になった事、そしてクーデター派が襲撃の最大目標にしていたトリューニヒト最高評議会議長を取り逃がした事を披露すると、司令部は重苦しい空気に包まれた。
惑星ハイネセンにいる一〇億人の人間は全て救国軍事会議側にあり、彼等にとっては一〇億人の人質を手中にしているのだ。もし全住民もろとも惑星ハイネセンを自爆させる、または工藤艦隊全将兵の家族を一斉に粛正する、と、言ってクーデター派が交渉を求めて来たら、新一は両手を挙げるしかない。
グリーンヒル大将の為人(ひととなり)からして、そこまでやるような人物とは思えない。しかし彼がクーデターの首謀者である事自体、新一の想像を超えていたではないか。これに対して新一は何らかの対策をする必要があったのだが、それよりも目先の第一一艦隊の動向を知らなければならなかった。


 張り詰めた状況のまま、カレンダーは四月から五月へと変わった。
三〇〇〇光年を超す宇宙空間を第一一艦隊が接近しつつある。新一はドーリア星系まで艦隊を進め、情報収集と分析に日を送っていた。
この間に新一は二六歳になったのだが、さすがに今から戦闘が始まる状況で誕生パーティーが出来るはずがなく、その日の夕食後のデザートに新一だけ蘭の手作りであるケーキが添えられていたくらいである。
五月一〇日、エルゴン星系まで偵察に出ていた駆逐艦が、第一一艦隊らしき艦隊を発見、と、いう急報の後に消息を絶った。これが会戦に先立つ最初の犠牲であったが、新一は更に思考を重ねた。
正面から戦っても勝つ自信はあるが、彼は広大な宇宙空間の要所要所に潜めた駆逐艦、偵察艦からの情報を待っていた。第一一艦隊との戦闘を短期かつ完勝しなければクーデター全体を鎮圧する事は困難になる。
そして五月一八日、司令官私室でコーヒーを飲み終えた新一のもとへ蘭がその日二〇通目となる報告書を持って来た。それまでの一九通は丸めてゴミ箱行きになっていたが、報告書に視線を落として、椅子から跳び上がるように立ち上がって、普段の冷静沈着さをかなぐり捨てて叫んだ。

「よし!ヤツ等の動きが分かったぞ!!」

報告書を机の上に放り置くと、あっけにとらわれている蘭に抱きつき、そのまま彼女の両手を取って部屋中を踊り回った。

「し、新一。ど、どうしたのよ?」
「工藤提督は勝算のない戦いはしない、と、言ったのは蘭じゃねーか」
「・・・つまり、勝つという事なの?」
「ああ、その通りだ」

そこへわざとらしい咳払いの音がして、新一と蘭がそちらを見ると、真、探、紅子の三名が司令官と副官を見つめている。
蘭の手を離し、卓上に置いてあった艦隊識別帽を被ると、新一は何事もなかったかのように、たった一言だけ告げた―――作戦が決まった、と。


 三〇分後、新一が幕僚たちに示した作戦計画は次のようなものだった。待っていた情報、更に送られてきた情報を基に新一は短時間で作戦を立案したのである。その第一項は彼が待っていたその情報の内容だった。
一、敵は兵力を二分した。その意図は一つの部隊が恒星ドーリアの蝕の状態に乗じて我が艦隊の左側面から攻撃し、もう一つの部隊が迂回して右後背から攻撃を加えて挟撃する事にある。
二、これに対し、我が艦隊は敵より六時間早く行動し、敵の分散に乗じて各個撃破する。まず敵の迂回部隊を撃ち、次いで左側面からの攻撃に対処する。
三、第二分艦隊司令は先鋒となって本日二二時に行動を開始。第七惑星軌道を横断し、その宙域において恒星ドーリアを後背にして布陣する。
四、第一分艦隊司令は後衛部隊を指揮し、翌一九日四時まで現宙域に留まる事。その後、第六惑星軌道を横断して布陣し、左側面からの攻撃を図る敵に対応する。ただし現在の陣地及び警戒法は所定の時刻まで変更せず、偵察と情報収集を厳とする事。
五、司令官及び副司令官直率部隊と第三分艦隊は第二分艦隊に続いて行動を開始し、所定の座標に従ってその左右に布陣する。なお艦隊運用については副司令官に一任する。
六、大和敢助大佐、横溝参悟大佐は砲艦(ガン・シップ)及びミサイル艦部隊を指揮して、我が艦隊とイゼルローン要塞との連絡ルートを確保すると共に、他星系からの敵の攻撃を早期警戒し、敵が他星系への離脱を図るのを阻止する。
七、司令官は中央戦闘部隊の先頭にあって全軍を指揮する。
新一からこれらの命令が各級指揮官を通じて将兵に伝達されると、工藤艦隊に緊張と興奮がみなぎった―――司令官は“戦場の名探偵”と称される同盟軍屈指の名将であり、帝国軍のローエングラム侯ラインハルトに匹敵するか、それ以上の才能の持ち主であるから今度も必ず勝つ、と。

 
 その頃、第一一艦隊旗艦「レオニダスU」艦橋では、司令官ルグランジュ中将が草稿を開いて全軍にスピーチを行っていた。

「全将兵に告ぐ。救国軍事会議の成否、祖国の荒廃はこの一戦にある。各員は一層奮励努力し、祖国への献身を果たせ」

この世で最も尊うべきは献身と犠牲であり、憎むべきは臆病と利己心である。諸君の祖国愛と勇気に期待するや切である―――司令官の軍事的ロマンチズムに浸ったスピーチに辟易した者もいたが、勝利への信念も固く第一一艦隊は虚空を突進する。


 読んでいた推理小説を閉じて指揮卓の脇に置いた新一が立ち上がると、艦橋に詰めている司令部要員、乗員が緊張した表情で彼を見つめた。
今からチョットした演説を行わなければならないのだが、ルグランジュ中将みたく草稿を用意するでもなく、自らマイクを取って新一は全将兵に語り始めた。

「司令官の工藤新一だ。配置に付いたまま楽に聞いてくれ。もうすぐ戦いが始まる。下らない戦いだが勝たないと意味がない。勝つための算段は既にオレの頭の中に入ってるから、無理をせずやって欲しい。掛かっているのはたかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べれば大した価値のあるものじゃない。同盟の全市民は乗員各員が自分の義務を果たす事を期待している・・・それじゃ、そろそろ始めるとしようか」

新一の演説が終わった途端、園子の声がヒューベリオン艦橋内に響き渡る。

「敵艦隊捕捉!メインスクリーンに映像を出します」

メインスクリーンに映し出されたのは第一一艦隊を現す無数の光点。主任オペレーターである彼女だけでなく、次席オペレーターの恵子からも第一一艦隊に関する詳細な情報が新一の耳に入る。

「艦艇総数七〇〇〇隻、我が方から見て九時から三時方向に移動中。敵艦隊は我が艦隊に気づいていません」

その瞬間、先程の演説時より鋭い声が司令官の口から発せられた。

「全艦、戦闘態勢を執れ!陣形を一点集中砲雷撃態勢に移行せよ!!」

新一は知将として知られ、猛将というタイプではないが、戦闘時は常に最前線に位置し、退却時には必ず最後尾にいて味方や麾下部隊の退却を援護してきた。

『指揮官としての最低限の義務』

そう彼は考えている。そうでなければ誰が三〇にもならない青二才の命令に従い、生命を預けたりするだろうか。
彼が率いる本隊の前方には平次が指揮する第二分艦隊三〇〇〇隻が展開し、司令官の攻撃命令を待っている。無論、左にいる美和子、右に陣を構える快斗も平次と同じ状態だ。

「第一一艦隊の側面を捉える事に成功しましたわね」
「戦いをする上で必要なのは資金や糧食もそうですが相手の情報もですからね。第一一艦隊の動向を根気よく的確に探索した副参謀長のお手柄ですよ」

参謀長と副参謀長の会話に射撃管制オペレーターの声が割り込んだ。

「敵中央部に照準を固定。砲撃準備よし!」

スクリーンへ視線を移動させた新一は、右手を上げて一気に振り下ろす。それが始まりの合図だった。

「撃て(ファイヤー)!」

司令官の命令で全艦隊の攻撃要員にその命令が確実に伝達された瞬間、膨大なエネルギーの雨と魚雷、ミサイルの槍が暗黒の宇宙空間を貫いた。
それは各艦から並行して放たれたものではなく、第一一艦隊中央の一点を目指して集中されたのである。工藤艦隊が同盟軍内で最強と謳われる所以は、各級指揮官の戦闘能力の高さもそうだが、、攻撃における局所一点集中攻撃が最大の武器であった。
敵艦一隻の一部に味方艦数隻の砲火を集中させ、敵艦の防御レベルを簡単に粉砕して幾何級数的に破壊力を増大させる事にある。実際、昨年のアムリッツァ星域会戦において、帝国軍の名だたる諸提督を苦しめたのが、この局所一点集中攻撃であった。

「エネルギー波、急速接近!」

 第一一艦隊のオペレーターたちの絶叫が各艦内で響き渡る。工藤艦隊から放たれた膨大なエネルギーの塊は最初の一撃で艦隊側面を粉砕した。
恒星さながらの熱と光。その中で数百隻が消滅し、その五、六倍の艦艇が爆発する。核融合爆発の光をスクリーン越しに浴びている新一は立ったまま次の命令を下す。

「服部に、全速前進し、敵艦隊を分断せよ、と、連絡しろ」

 第二分艦隊旗艦「トリグラフ」艦橋。

「平次。司令官から、敵艦隊を分断せよ、やて」

和葉の声を聞いた平次は頷くと、艦隊識別帽の庇を前に持ってきた。
服部平次という指揮官は用兵のスピードは同期生の快斗に劣るが、攻撃力においては司令官を超えると言われている。ローエングラム公麾下のミッターマイヤーとビッテンフェルトを足して割ったようなものだ。

「全艦突撃や!」

平次の命令は明快そのもので、部下たちは誤解のしようがない。司令官を先頭に第二分艦隊三〇〇〇隻は最大戦速で第一一艦隊艦隊の側面に襲い掛かった。
最初の一斉砲撃であいた巨大な破孔に飛び込んだ第二分艦隊は持てる攻撃兵器を最大限に駆使して敵艦隊を分断しようとする。第一一艦隊の幕僚たちが顔色を変えた。これ以上、平次の前進を許せば全艦隊が前後に分断されてしまう。
分断された事を逆手にとって相手を挟撃する事も理論的には可能であるが、成功させるには新一が持っているような柔軟で洗練された戦術能力が必要であったため、彼らは常識的な対応をした。
すぐさま司令官ルグランジュ中将の命令が飛ぶ―――全方向から敵艦隊を攻撃せよ。一兵一艦も生かして還すな、と。
たちまち第二分艦隊は前、上、下、左、右の五方向から殺到する敵の猛攻に晒された。火球が炸裂し、艦体が派手に揺れ、スクリーンは火球の発する閃光に満たされる。

「平次、このままじゃやられるんちゃう?」
「そんなん分かっとるわ!和葉、全艦に、やられとうなかったら最大戦速で正面の敵だけを突破する事だけ考えい、と、連絡せえ!!」

平次の発した命令は猛将らしく粗雑なものに聞こえるが、周囲を敵に取り囲まれた状況においては前面を突破するしかないので、正しい命令と言えた。
確実に言える事は、眼前の敵を殺さない限り、自分たちに明日はない、と、いう事だった。戦いの意味、殺し合いの理由(ワケ)などを考える余裕はない。
各級指揮官や艦艇長たちは必死に目の前に迫りつつある死と闘っている中、旗艦「ヒューベリオン」は艦長である毛利小五郎大佐の卓越した操艦技術によって、第一一艦隊から殺到する攻撃を回避しまくっている。
全乗員が見張りだ。オレは誰の声も聞き逃さねえ―――これは艦長着任時に小五郎が乗員に示した訓示であるが、電子タバコを咥えて操艦する幼馴染みの父親の姿を見て新一は感嘆せずにはいられなかった。
両軍の将兵は、敵味方や自艦の被弾の衝撃音、妨害電波の雑音(ノイズ)で聴覚を、更にはミサイルや魚雷の軌跡、エネルギー・ビームの煌めきと爆発光で視界を攻め立てられた。
開戦三〇分後、新一率いるイゼルローン駐留機動艦隊本隊は第一一艦隊の側面に艦首を押し当てるような状態になっていた。敵の側面を衝いたという点では有利な状況だが、第一一艦隊の抵抗はかなり強く、新一は、ルグランジュ中将は有能な指揮官だ。これは意外に手間取るな、と、独語した。


 指揮を続けながらルグランジュは内心で自らの作戦行動を後悔していた。
奇襲というべき側面攻撃をかけられたのは第一一艦隊である。挟撃するどころか、逆に各個撃破されてしまうではないか。
やはり看破されたのか。これなら最初から正面決戦を挑むべきであった、と、彼は強く両顎を噛み合わせた。
指示を求めるオペレーターの声がルグランジュの意識を現実へ引き戻した。

「どうした?」
「中央を突破されました。我が艦隊は前後に分断され、敵は我々を半包囲しようとしているかに見えます」

平次率いる第二分艦隊は、苛烈な攻撃を受けながらも中央突破に成功したのである。そして方向を右に転じて、分断した一方の敵を包み込むような艦隊運動をしつつあった。

「分断された前衛部隊と別動部隊に、本隊と急ぎ合流せよ、と、連絡しろ!」
「敵の通信妨害が激しく通信不能ですっ!」

オペレーターの悲鳴に近い報告にルグランジュは黙り込み、スクリーンを睨み付けた。新一の意図が読めたのである。なるほど、そうか―――彼は大きく舌打ちをした。

「“戦場の名探偵”は食えないヤツだな、全く」

つまり新一は敵が戦力を二分した事に付け込み、一方の敵を更に二分して、その一方から完全撃破にかかったのである。
一方、第一一艦隊の前衛部隊は本隊の危機を見て急いで救出に向かおうとしたが、それに待ったをかけたのが快斗率いる第三分艦隊であった。
ゲリラ戦や相手を攪乱する戦法を得意とし“奇術師(マジシャン)”と称される男の艦隊運動について行けず、第一一艦隊前衛部隊の各所には火球が大量に発生している。
その光景を旗艦「メリクリウス」艦橋のメインスクリーンで見ていた快斗は口元に笑みが浮かべ、新たな命令が下令しようとしていた。

「青子、本隊の方はどうなってる?」
「現在、第一一艦隊本隊を完全な包囲態勢下に置いているみたい」
「よし。敵さんが後退したら急速前進して、前衛部隊の中枢部を粉砕してやる」

麾下部隊の機動力を最大限に利用した敵艦隊指揮系統の圧迫は、偽装退却、局所一点集中砲撃と並ぶ快斗の得意技であった。
被害の甚大さに第一一艦隊前衛部隊はそれなりの秩序を保って後退しようとした瞬間、第三分艦隊が一斉に襲い掛かった。
一撃で艦隊中枢部を撃砕された前衛部隊の残存艦艇は慌てて本隊との合流をしようとしたが、逆に工藤艦隊の包囲網に自ら飛び込む結果となった。
状況がこうなると、総指揮官である新一は戦況に一喜一憂する必要はなく、各指揮官の各個撃破を見守っていればよい。
新一に言わせるなら、こんなものは奇跡でも機略でもなく「敵より多くの兵力で戦う」という用兵学の初歩的な事を実行したに過ぎないのだ。
両軍の主力が接触し、空間における艦艇の密度が高まると、戦闘の様相は砲戦から近接格闘戦へと移行していく。ここからは単座式戦闘艇スパルタニアンの活躍する場面なのだ。
宇宙母艦「プロメテウス」に搭乗している安室透少佐も部下を並べて待機していたが、出撃命令が下ると同時に、全員を搭乗させ、母艦から宇宙空間へ躍り出して行った。

「ミストルティン、バルムンク、アロンダイト、ティルフィング、フランベルシュ、ダインスレイフ中隊は中隊長の指揮に任せる。エクスカリバー、デュランダル、レーヴァテイン中隊はオレに続け。編隊は崩すな、生き残れよ」

小五郎と同時期にイゼルローンに着任した安室少佐は経験豊富な搭乗員で、麾下の中隊に聖剣の名前を付けている。ある中隊長は丼物の名前にしようと言ったのだが、満場一致で否決されていた。
彼が搭乗するスパルタニアンが見えざる航跡を宙に描いて突進すると、エクスカリバー、デュランダル、レーヴァテインの三個中隊が続き、他の六個中隊は敵を求めて各方向に散った。
第一一艦隊の各艦も次々と単座式戦闘艇を発進させているものの、制宙権を工藤艦隊によって奪われ、第一一艦隊は自らを守る事に集中せざるを得なくなり、攻撃をする余裕を奪われていった。


 死力を尽くしての戦闘は、終息するまで八時間を要した。
工藤艦隊は第一一艦隊の中央を突破し、前衛部隊を壊滅に追い込んでから、ルグランジュ中将のいる後衛部隊を全兵力をもって包囲し、一艦また一艦と叩き潰していった。
これは殆どの艦艇が降服を拒絶して狂信的なまでに抵抗を続けたため、そうせざるを得なかったのである。
新一にとって気の重い掃滅戦もルグランジュの自決によって終わった。彼は空戦隊が全滅し、制宙権を確保されながらも、残存兵力が旗艦「レオニダスU」以下数隻になるまで、執拗に抵抗したのである。

「小官にとって最期の戦闘が、名立たる工藤提督であった事を名誉に思う・・・軍事革命万歳」

それが通信士官からもたらされた、ルグランジュの最期の言葉であった。

「大変な戦いでしたね」
「ルグランジュ提督が無能であれば、敵味方の死者も少なくて済んだ事でじょうね」

真と紅子の言葉に新一は黙然と頷いた。
工藤艦隊は数的に敵の二倍であり、しかも側面を突いてから分断する事に成功していた。しかし圧倒的に有利な態勢から、勝利を完成させるまでに時間が掛ったのはルグランジュの勇猛な指揮の下に第一一艦隊が善戦した証明であった。
もっとも新一からすれば無意味な善戦である―――早く両手を挙げてくれれば良いものを、と、新一は思う。
そんな司令官の顔を見ながら探は別の事を考えていた―――終わった事より未来に問題がある。この銀河系には不敗の名声を誇る別の人間がいるのだ。
ラインハルト・フォン・ローエングラム。彼と新一が全面的に、全能力を挙げて戦う日は必ずやってくる。運命だの宿命という陳腐な言葉で表すより、歴史の歩みがそうさせるのだ。その時、工藤艦隊はラインハルト率いる帝国艦隊に勝てるのか。
難しい問題だ、と、探は思う。工藤艦隊の中級指揮官の戦闘指揮能力はラインハルトの部下と変わらないほど優秀であるが、問題は指揮する艦艇数である。数的には圧倒的に同盟軍の不利なのだから。

「閣下!」

新一たちの顔を上げさせた声の主は、副官の蘭だった。

「まだ敵が半分残っています。私たちが手間取った分、高木提督に負担が掛っているでしょう」
「そうだな・・・全艦隊整列。反転して第七惑星軌道方面に向かう!」


 その頃、新一がいるはずの宙域を急襲して空振りに終わった第一一艦隊の別動隊では、激論が続いていた。
反転して工藤艦隊と戦うべし、と、一派は主張したが、もう一派は次のように言う―――一時、ドーリア星域から離脱し、工藤艦隊がハイネセンを包囲するのを待ってその背後を襲うべきである、と。
両派の間では真剣な議論が繰り返されたが、別動隊を指揮する第一一艦隊副司令官ストークス少将は工藤艦隊を捕捉しての決戦を決意し、方向を転じて移動を開始した。その動きを監視していた渉は恒星風に逆らった敵の艦列が秩序を乱すのを確認すると、砲撃の命令を下したのである。
渉の砲戦も新一たちに倣って局所一点集中攻撃を得意とする。思いもかけぬ側面からエネルギー・ビームの豪雨を受けて救国軍事会議は強(したた)かに損害を被った。彼は艦隊運用の名人であるが、戦闘指揮能力はどうにか水準というところである。だが彼は自分の力量を正確に把握して、過信するという事がなかった。
渉が艦隊運用以上に得意としているのが防御戦である。彼は第一一艦隊の本隊を撃破した新一が急行して来るまで、味方の損害を最小限度に食い止めつつ時間を稼ごうと図った。そして、それは成功をもって報われた。
第一一艦隊別動隊は、損害を無視できず、第一分艦隊との交戦を試みたが、渉は後退する。別動隊が前進すると、後方から追い縋(すが)って攻撃を加える。これを繰り返していると、新たな戦場を求める新一の本隊が出現し、前後から敵を挟撃する形勢が生じたのである。
その結果、第一一艦隊の別動隊は勇敢だが無益な戦闘の後に壊滅した。新一は接近戦を回避し、徹底的な集中砲火をもって敵を分断し、各個撃破を加え、殆ど損害を受ける事無く勝利したのである。

 第一一艦隊が全滅した事で、救国軍事会議は唯一の機動戦力を失う事になったのである。




続く





注:「銀河英雄伝説」は田中芳樹先生、「名探偵コナン」「まじっく快斗」は青山剛昌先生の著作物です。


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