名探偵コナン AND・NOWシリーズ


第二話 宮野姉妹の墓(前編)


「何で俺がこんな事せなアカンねん。」

そうぶつくさ言っている男…色黒で、頭にタオルを鉢巻状にした姿がよく似合う男…関西の方では名の知れた名探偵服部平次はGパンにランニング姿でスコップにもたれ掛かりながら、不満を言った。

「まあ、そう言うな…。今日ほどおめーが突然来た事に感謝した事はねーぜ…服部?」

そう宥めるもう一人の男…此方は色白で美青年…格好自体は平次と同じなのに何故か美しさを感じさせる男…日本警察の救世主工藤新一の姿があった。

二人は阿笠邸の裏庭でスコップ片手に穴掘りをやっていた。

何故この二人がこんな事をやっているのか?
そもそもの発端はあの“黒の組織”を壊滅させた時に始まる…。





「これが完璧な解毒剤よ…工藤君?」

ついに“黒の組織”との決着を着けた江戸川コナン…工藤新一は灰原の手に委ねた完全なデータを元に二度とコナンに戻らない解毒剤を手に入れたのだ。

「これでやっと俺もお前も元に戻れるんだな。」
「いいえ。悪いけど今戻るのは貴方だけよ…工藤君。」
「如何して?ジンもウオッカもおめーが一番恐れたベルモットも死んじまったんだぜ?」


そう…組織との最終決戦は熾烈を極めた。
コナンや灰原はもちろん、服部やその父平蔵率いる大阪府警のプロジェクトチーム、そして目暮率いる警視庁捜査一課の人達、更に裏では怪盗キッドまでもが暗躍し組織を潰したのだ。


その過程でウオッカはジンにより抹殺、そのジンもベルモットも警察に捕まった時に歯に仕込んだ青酸入りカプセルを砕き自殺してしまっていたのだ。そしてその話を聞いた灰原は一言、
「噂には聞いてたけど、本当だったとはね…。」
「如何言う事だ?」
「彼等実行部隊…ジン達の事だけどね、教育されていると言う噂が有ったのよ。」
「教育…?」
「彼等は、警察とか組織にとって厄介な人達に捕まった場合、自らの命を絶ってでも組織の秘密を守れと言う教育を受けてたらしいのよ。」
「マジかよ…。でも灰原、おめーは?」
「私は部署が違うから…、組織の研究開発部門なのよ…。」
「APTX(アポトキシン)みたいなのとか?」
「そう…。他にもあるけどね?」
「ふーん…。」

そんな事も有った為、コナンも灰原も又真の姿である宮野志保の姿になるのだと思っていた。
だから意外だったのだ…。
彼女が何故灰原の姿のままでいるのかが…。

「何でだよ?あいつ等が死んじまった以上おめーが生きてても命を狙う奴なんていねーぜ?」
「貴方と、私とでは立場が違うわ。」
「何ぃ?!」
「私には何にも残ってないのよ!!“宮野志保”の私には!!」
「でも…。」
「貴方も博士も…いいえ、ここに居ない少年探偵団の子供達も“灰原哀”の知り合いであって“宮野志保”の知り合いじゃ無いでしょう?!」

灰原はそう言って泣き出した…。
コナンはバツが悪そうにうつむいてしまった…。

「それに…。」

何とか落ち着きを取り戻した灰原は続ける…。

「私は貴方と違って元に戻っても、遺伝子の異常を調べられないのよ。」

「なに?!如何言う事だ?」
「判らないの?私達は普通の成長プロセスを無視して幼児化したのよ?例え肉体的…いいえ、外見上元に戻ったとしても、遺伝子に異常をきたす筈よ…。
「そんな…。でもそれは俺だって…。」

「心配要らん。新一君はな…。」
「博士…。それに父さんと母さんも…。」

何時の間にか、阿笠博士と工藤優作、有希子の両親が来ていた。
両親はコナンが新一に戻ると聞いて、日本に戻っていた。
(有希子は江戸川文代に変装してコナンを迎え、コナンは表向き海外に行ってしまった事になっていた。)

「何でそんな事を言いきれるんだよ、博士?」
「私に感謝しなさい…新ちゃん。私のお陰でアナタは大きい新ちゃんに戻れるんですからね。」
「如何言う事だよ?母さん。」
「こう言う事さ…、新一。」

そう言って優作は小さな桐の小箱をコナンに手渡した。
それはコナンの身体になった自分の両手分ぐらいの小さな物…。

「これは…?!」

その箱の表には新一の名前と産まれた年月日が書かれていた。
そして中には…。

「?!な、何だこりゃあ?!」
「新一君のへその緒じゃよ。」
「へその緒ぉ??!!」
「そうよ!私が新ちゃんの生まれた記念にとっておいたのよ!!」

そう言いながら嬉しそうに有希子はコナンに向かってウインクした…。
コナンはそんな有希子をジト目で見つめた。

「そのへその緒から取り出した遺伝子は間違い無く正常な工藤君の遺伝子。そして…。」
「いてっ。」

そう言いながら灰原はコナンから髪の毛を一本抜いた。
そしてそれをコナンに見せながら…。
「この髪の毛の遺伝子と元に戻った時の遺伝子、そしてへその緒の遺伝子これら三つを調べて、比較するの…そして異常が見つかればそれを治し元に戻すの…本来の遺伝子にね。」
「なるほど…、じゃあ早速…。」

そう言ってコナンは解毒剤を飲み、元の工藤新一の姿を取り戻した…。





「それでこの穴は一体なんやねん?」
「墓穴だよ…。」
「な…?!!!ちょお待てぃ!そんなヤバイもん俺に手伝わしたんかい!!!」
「ば、ばーろぉ!!!おめー一体何考えてるんだ?この墓穴に入るのは既に荼毘に帰された無縁仏だよ!」
「無縁仏って…?」
「話してやるよ…。」





回想…三日前の毛利探偵事務所


「そりゃあ…私も報酬を貰っている以上やりますけどねぇ…。」

そう口篭もるこの事務所の主…毛利小五郎は、目の前に居る依頼人阿笠博士を横目で見つめながら不満を言った。


「引きうけては下さらんか?」
「理由を聞かせてはもらえませんか?…今になって何故?…なんで私なんです?あの探偵坊主…新一にでもやってもらえれば好いはずですよ…?」
「新一君は…、これ以上この一件に関わらせたく無いんですじゃ…。」
「10億円強奪事件の首謀者と言われている広田雅美さんの遺骨をなんで今更?」
「何も聞かずに、引き受けてはもらえんか?」
小五郎はしばらくの間、博士を見つめていたが…。
「良いでしょう…引きうけますよ。」
「すまんの。」





「工藤!ちょう待てや!10億円強奪事件と言えば全国紙のトップで、報じられた事件やど!当然、広田雅美の名前も顔写真付きで全国に流れとる。当時はメディアも五月蝿かったかもしれんけど、もうほとぼりが冷めとるで?親類縁者がもう引き取ってるんとちゃう?」
「いればな…。」
「居らんのか?」
「ああ…広田雅美は偽名だよ。本名は宮野明美…。灰原…、いや、宮野の実の姉だよ。」

平次はその一言で全てを察した…。
そして一言…。

「そやったんか…。」

その後、二人は一言も発せず黙々と穴を掘り続けた…。


  ☆☆☆


同じ頃、埼玉県の山奥の寺…。


「ここ…?博士?」
「毛利君の教えてくれた場所によると、間違い無さそうじゃ。」

二人はそう言いながら、車から降り寺の門を潜り中に入った。

「哀君…急ごう。夜も明けきらん内に出たのにもう11時を過ぎとる…早くせんと日が暮れてしまうぞ。」
「そうね…急ぎましょう。処で博士、工藤君に連絡したら?遅くなる事を…。」
「無理じゃな…。こんな山奥では電波も届かん。」

そう言って、ディスプレイに“圏外”の文字が躍っている携帯を灰原に見せた。
それを見た灰原は、


「そう…、仕方ないわね…。」

そう言って肩をすぼめると、博士の後を追っかけた…。


  ☆☆☆


一方、阿笠邸では…。


「くっそー!何で俺まで…。」

工藤邸に遊びに来た快斗が巻き添えを食らっていた…。
青子と一緒に…。


「快!一蓮托生ちゅう言葉知らんのか?」
「青子!大体テメーが和葉ちゃん達と遊びたいなんて言うから…。」
「何よ!!何時も工藤君の家に入り浸っているの快斗じゃない!青子に八つ当りしないでよ!」
「嫌な予感してたんだよ…。今日に限って、新一の奴が電話で居るの確認した時に、不機嫌そうな声じゃ無かったからな…。ぜってー何か有ると思ったんだよ…。」
「だったら来なきゃ良いじゃねーのか…?」
「工藤の言う通りや…。」
「るせー!俺だって色々事情が有るんだよ…。」
「事情…ねえ…。どうせ、青子ちゃんにせがまれたんだろ?今日和葉ちゃん達が来るから一緒に遊びたいって…。」
「快も意外に判りやすいのー…。青子ちゃんが絡むと…。」
「るせー!!!オメーだって、そうじゃん!どうせ和葉ちゃんから“たまにはアタシかて蘭ちゃん達と遊びたいわ。平次は工藤君と一緒に事件の推理でもしとって。”なんて言われて来たんじゃねーのか?」
「うわー!凄いわ黒羽君!アタシの言った事を口調まで真似て再現出来るんやなー。」
「和葉!!お前!余計な事を言うなや!!」
「服部…、わりぃけどバレバレだぜ…。何時も俺の所来る時は、和葉ちゃんが呆れるぐらい上機嫌なのに、今回えらく不機嫌だからな…。可笑しいと思ったんだよ。」
「く、工藤…!!」

その後、男性陣3人は延々30分以上言い争いが続いていた…。
もちろんその間作業が滞っていたのは言うまでも無い。


  ☆☆☆


その頃、女性陣3人は…。


「黒羽君って凄いんやなー…。アタシと2〜3回しか会ってないのに、完全に声帯模写出来るんやな…。」
「そりゃそうでしょ。何しろ以前、園子のお母さんが持ってるブラックスターをキッドが盗みに来た時、キッド私に成りすましていたんだよ?その時は未だ、知り合ってもいないのに、完璧に騙されていたのよ?お父さんも園子も新一でさえ…。」
「でも、その後直ぐにコナン君…じゃなくて工藤君にばれて、泳いで逃げたんだよ?快斗ったら…。」
「それ、ホンマ?」
「あの後、快斗ったら風邪引いてね…。理由聞いたら、“セリザベス号見に行って、海に落ちた”なんて言ってたけど、きっと工藤君に追い詰められて…とっさに海に…。」
「へー…。じゃあ渋谷で見かけたのやっぱり…。」
「青子と快斗だよ。ブラックスターの予告の前に一緒に出掛けたから…。」

などと、此方もお喋りに花を咲かしていた…


  ☆☆☆


その頃、灰原は…


無縁仏を祭った石碑の前に佇んでいた…。
彼女は石碑に広田雅美の名前が刻まれているのを確認すると…、

「お姉ちゃん…。私…、志保よ…。こんな姿になって…、驚いた?」

無論、石碑からは答えは無い…。
灰原はさらに続ける…。

「でも、お姉ちゃんは、きっと喜んでるわよね…。昔…、まだ私もお姉ちゃんも組織の一員だった時…、“志保…アナタも年頃の娘なんだから、ちょっとはお洒落とか、恋愛とかも考えてたらどうなの?”なんて、言ってたから…。こんな姿になったけど私、普通の女の子“灰原哀”として生きて行けるもんね…。」

何時しか、彼女の目は潤み涙がこぼれ出ていた…。

「お姉ちゃん…私、お姉ちゃんと一緒に永遠の眠りにつくわ…。“宮野志保”の私はね…。だから、これからは“灰原哀”として生きていくの…。良いでしょ?お姉ちゃん…?」

その時、広田雅美…、いや、宮野明美の幻影が微笑んだような気がした…。
そして灰原哀…、いや、宮野志保はそれに呼応するかのように、声を上げて泣き出した…。


  ☆☆☆


一方、博士は…。


「全く…。この世知辛い世の中にまだ、こんな奇特な方が…。」
「いやいや…、たまたま知り合いの女性が此方に無縁仏として埋葬されていると聞きましてな…。」
「しかし、ただそれだけの事で、わざわざこのような山奥まで来られるなど、普通は出来ない事ですぞ…。」
「そうですかの…。」

博士は、この山寺の年老いた住職との話を続けていた…。
もちろん、広田雅美の遺骨を引き取る為であるのだが…。
だが、この住職は久しぶりの客である阿笠との会話が(人恋しさもあって)相当楽しいらしく、なかなか本題の広田雅美の、遺骨の引き取りの話が出来なかった…。


(後編に続く)



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