出発(たびだち)の夜・番外編



By 新風ゆりあ様



(2)不機嫌



オレは工藤新一。

21歳の会社員。

昨夜、オレは会社の1年先輩で26歳の毛利蘭を『抱いた』―――――――――。

蘭を抱いた次の日の朝、オレは蘭にゆり起こされた。
「新一、起きて!ねぇ、起きてってば!」

「うう〜ん。もうちょっと〜。」
鈴の音のような蘭の綺麗な声に、オレは訊き惚れた。

「お願いだから起きて!新一のスマホが鳴っているみたいなの!誰かから電話がかかって来ているみたいなの!」
蘭がまたオレを揺すった。

「電話が?」
寝ぼけ眼をこすりながら、オレは耳をすました。

すると確かに着信音が訊こえた。

プルル・・・。

その着信音は、蘭の言う通り、オレのスマホの着信音だった。

「一体、誰からだ?」
オレはベッドから出て、ズボンのポケットからスマホを取り出した。

するとスマホの着信画面には『有希子』と表示されていた。

「げっ。」
オレは顔をしかめた。

あぁ、誤解しないでくれよ。

『有希子』はオレの母さんの名前だ!

その時、蘭がスマホの着信画面を覗き込んで来て、不安そうな顔をした。
「新一、『有希子』って誰?女の人の名前よね。もしかして新一の・・・、その・・・、こ、恋人なの?」

「はあ?」
あまりにもとんちんかんな蘭の勘違いに、オレは頭が痛くなりそうだった。

女の人の名前イコール恋人の名前とは限らね―だろうが!

「んなわけねーだろ!昨夜言ったじゃね―か!オレが好きなのは蘭だって!なるべく早く結婚したいって!何で信じてくれねーんだ!」
オレは叫んだ。

すると蘭が謝った。
「ご、ごめんなさい。」

そして尋ねて来た。
「じゃ、一体どういう関係なの?」

「ちゃんと説明するから。とりあえず電話に出ね―とまーたうっせ―から。」
そう言うと、オレはスマホの通話画面とスピーカー画面を操作した。

するとスマホから母さんの声が訊こえて来た。
「もしも―し。新ちゃ―ん?私よbわ・た・しb」

「何の用だよ、母さん。」
オレは思いっきり不機嫌な声で返答した。

その途端、蘭が目を丸くした。

どうやらようやく合点がいったようだ。

「今日、何か予定ある?」
母さんが尋ねて来た。

「いや、別にね―けど。」
オレは答えた。

「そう。よかった。じゃ、今から米花センタービルの展望レストランに来て!」
母さんが頼み込んで来た。

「おい、何企んでんだ?」
オレは不機嫌な声で尋ねた。

「あ〜ん。わかっちゃった〜?お見合いよbお・み・あ・いb」
母さんがとんでもないことを答えた。

その途端、蘭の顔色が青くなった。

「は?見合いだ?冗談じゃね―!オレには好きな人がいるんだ!」
オレはやり返した。

するとオレの横で、蘭が顔を赤くした。

「あら、そうなの?本当にいるの?いるって言い張るのなら、その『好きな人』とやらと一緒に米花センタービルの展望レストランに来なさい!でないと私もお見合い相手も納得しないから!じゃ、切るわね。」
母さんは電話を切ったようだった。

オレも電話を切った。

そして蘭に告げた。
「蘭、訊いての通りだ。一緒に行ってくれるよな?」

すると蘭が頷いた。
「う、うん・・・。」
オレ達は急いで服を着て、一緒に米花センタービルの展望レストランに向かった。

オレ達がレストランに着くと、母さんが駆け寄って来た。
「新ちゃん!」

「あ、母さん。母さんがあまりにも五月蝿いから連れて来たぞ。オレの好きな人を。」
オレは思いっきり不機嫌な顔で言ってやった。

「は、初めまして!毛利蘭と言います!」
蘭が名乗った。

「初めまして。新一の母の有希子よ。宜しくね。」
母さんも名乗った。

「で、母さん。オレの見合い相手はどこの誰なんだ?」
オレは不機嫌な顔で尋ねた。

「実家の隣の家に住んでいる宮野志保ちゃんよ。」
母さんが答えた。

母さんの言う『宮野志保』とは、オレの実家の隣の家に住んでいる阿笠博士の遠縁の女性だ。

歳はオレより三つ上の24歳で、今年大学を卒業した後、医大付きの薬局の薬剤師になった。

宮野は大学に入学する直前、事故で家族を一度に亡くした。

宮野自身はその時、宮野の高校時代の1年後輩の世良真純の家に泊まっていて、難を逃れた。

宮野には身近な近親者がいなかった上、母親がイギリス人ということもあり、博士が宮野を引き取った。

宮野は当初、一人暮らしをするつもりだったようだが、博士が女性の一人暮らしは何かと物騒だからと止めた。

クールで頭がいいけど、カレシがいないと、博士がぼやいていたのを、オレは訊いていた。

宮野は若い頃のオレの母さんに負けず劣らずの美人だと、博士は言っていたが、オレには宮野より蘭のほうが無量大数倍美人だ。

「あっそ。で?宮野はもう来ているのか?」
オレはため息をついた後、尋ねた。

というのも、オレ達に声を掛けて来て駆け寄って来たのは母さんだけだったから。

「それがまだなのよ。おかしいわね。もう時間なのに。携帯に電話してみようかしら。」
母さんが答えた後、携帯を取り出そうとした。

その時。

「有希子さーん!」
女性の声がした。

あれ?

変だ。

今の声、宮野の声じゃね―。

不思議に思ったオレは、声がした方を見た。

母さんも声がした方を見た。

「えっ!?真純ちゃん!?」
母さんが驚いた。

そう。

やって来たのは宮野じゃなく、宮野の高校時代の1年後輩の世良真純だったんだ。

世良はよく宮野に会いに来ていたため、オレが実家に帰った際に会ったことがあった。

「えっ!?何で真純ちゃんがここに?」
母さんが尋ねた。

「あぁ、それなんだけど、志保先輩に代役を頼まれちゃって。でもお邪魔みたいだな。ボクも有希子さんも。」
世良が母さんに答えた後、オレと蘭を見た。

世良はれっきとした女子大生・・・いや、もう大学は卒業して女性会社員2年目だが、ボーイッシュなところがあって、自分のことを『ボク』と言っている。

「あら〜。真純ちゃんにもわかっちゃったのね。じゃ、私達は退散しましょうか。」
そう言うと、母さんは世良と共に、その場を立ち去った。

二人が立ち去った後、品のいい六十歳過ぎくらいの初老の男性が、オレ達に声を掛けて来た。
「私はこのレストランの支配人の寺井黄之介でございます。ご予約のお客様でしょうか?」

「母が予約をしてるかと思うんですが・・・。」
オレは答えた。

「あなた様のお母様が?そうですか。失礼ですが、あなた様のお名前は?」
寺井さんが尋ねて来た。

「工藤です。工藤新一。」
オレは名乗った。

すると寺井さんが微笑んだ。
「ああ!工藤様でしたか!お母様から確かにご予約を承っております。どうぞこちらへ。」

オレ達は寺井さんに席に案内された。

その席は22年前に母さんが父さんからプロポーズされた席だった。

え?

産まれる前の話を、何で知ってるかって?

母さんに散々訊かされたからだ!

それこそ耳にタコが出来るくらいに!

「ご注文をお伺いいたします。」
席に座ったオレ達に、寺井さんが微笑んだ。

「蘭、何が食べたい?」
オレは尋ねた。

「そうねぇ・・・。じゃ、これを。」
蘭がメニューの中から、一番安い料理を選んだ。

すると寺井さんが目を丸くした。
「それは当レストランで一番安いものですよ?もっとお高いものにすればよいのでは?だってあなた様は工藤様の恋人なのでしょう?」

「そ、それは!まぁ、そうですけど・・・。高いものだと支払う時に困るから・・・。」
蘭が言葉に詰まった後、答えた。

蘭はとても倹約家のようで、それもオレを惹き付けて止まないことだった。

「このレストランを予約したのは母さんなんだ。だから母さんに払わせる。」
オレは不敵に微笑んだ。

「そうしたとしても有希子さんに悪いと思うから・・・。だからこれでお願いします。」
蘭がオレに答えた後、寺井さんに頼み込んだ。

蘭はとても思慮深くて、一度言ったら訊かない。

それもオレを惹き付けて止まないことだった。

「かしこまりました。工藤様は何に致しましょうか?」
寺井さんが蘭に答えた後、オレに尋ねた。

「そうですね・・・。じゃ、蘭と同じものを。高いものだと釣り合いが取れないから。」
オレは暫く考え込んだ後、答えた。

「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
寺井さんが微笑んだ後、尋ねて来た。

「はい。それでお願いします。」
蘭が答えた。

「かしこまりました。工藤様もこれでよろしいでしょうか?」
寺井さんが蘭に微笑んだ後、オレに尋ねた。

「はい。構いません。」
オレは答えた。

「かしこまりました。では少々お待ち下さい。」
そう言うと、寺井さんは厨房の方に向かった。

寺井さんが立ち去った後、蘭が声を掛けて来た。
「ねぇ、新一。有希子さんは何でこの席を予約したのかしら?だって席は他にも空いてるのに。」

蘭の言う通り、他にも空席はあった。

「母さんの思い出の席だからな。この席は母さんが父さんからプロポーズされた席なんだ。それ以来、この席はカップルに人気があるんだ。」
オレは答えた。

「えっ!?そ、そうなんだ!全然知らなかったわ!だって私、今までこんな高級なレストランに来たことなかったし。」
蘭が目を丸くした。

そんな話をしていると、料理が運ばれて来た。

料理を運んで来たのは寺井さんだった。

「お待たせ致しました。」
寺井さんが料理をテーブルの上に置いた。

コトンッ、コトンッ。

「有り難うございます。あの、このレストランでは支配人さんみずからがお料理を運んで下さるんですか?」
蘭が礼を言った後、尋ねた。

「これはこの席だけの特権でございます。他の席ではウェイターかウェイトレスが料理を運びます。」
寺井さんが答えた。

「そ、そうなんですか。でも支配人さんみずからがお料理を運ばれるなんて、苦痛には感じないのですか?」
蘭が目を丸くした後、尋ねた。

「苦痛?とんでもございません!この席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと、私は思っていますので。それに私はこのレストランに入った頃は、しがないウェイターでしたし。」
寺井さんが目を丸くした後、答えた。

「そ、そうなんですか。ご苦労なさったんですね。だからこの席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っていらっしゃってるんですね。」
蘭が納得した後、微笑んだ。

「確かに苦労はしましたが、そのことでこの席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っているわけではありません。私の恋が実らなかったためでございます。」
寺井さんが寂しそうに微笑んだ。

「えっ!?そ、そうなんですか!?では寺井さんはご自分の代わりに、この席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っていらっしゃっるんですね!」
蘭が申し訳なさそうな顔をした後、微笑んだ。

「はい、その通りでございます。さ、お喋りはこのくらいにして、どうか召し上がって下さい。」
寺井さんが微笑んだ後、促した。

「そ、そうですね。じゃ、頂きますね。」
蘭が申し訳なさそうな顔をした後、ナイフとフォークを手に取った。

「では私はこれで失礼します。どうぞごゆっくり召し上がって下さい。」
そう言うと、寺井さんは立ち去った。

寺井さんが立ち去った後、蘭が声を掛けて来た。
「私、寺井さんに悪いこと言ってしまったかも。辛いことを思い出させてしまったかも・・・。」

「誰にでも過去はあるし、その過去がすべていい過去とは限らねーだろが。んなことでいちいちうだうだと悩んだり悔やんだりしたら、頭がはげるぞ。」
オレは答えた。

すると蘭がむくれた。
「ひっど〜い!新一のイジワル!」

「ははっ。ワリィワリィ。さ、食べようぜ。」
オレは笑い飛ばした後、微笑んだ。

「そ、そうね。じゃ、頂きます。」
蘭が料理を食べ始めた。

オレも料理を食べた。

やがてオレ達は料理を食べ終えた。

「あ〜!美味しかった!」
蘭が微笑んだ。

「まぁ、不味くはなかったけど、蘭の手料理のほうが旨かった。」
オレは不敵に微笑んだ。

すると蘭が照れた。
「も、もう!そんなこと言うと照れるじゃない!」

「そんなことより、今日のことで、蘭のことは母さんには明るみにしたし、母さんのことだから今頃父さんの耳に蘭のことを話していると思う。だから一週間後、オレは蘭を実家に連れて行く。構わね―か?」
オレは尋ねた。

すると蘭が驚いた。
「えっ!?一週間後に?ちょっと早くない?」

「昨夜言ったろ。なるべく早く結婚したいって。」
オレはやり返した。

すると蘭が答えた。
「そ、そう言われたらそうだったわね。わかったわ。新一、私を新一の実家に連れてって。でないとまた迷うから。」

そして一週間後、オレは蘭を連れて実家に行った。

そして父さんと母さんに、蘭を紹介した。
「父さん、母さん。この人は毛利蘭。オレ、この人と結婚するつもりだから。」

「は、初めまして!毛利蘭です!」
蘭が名乗った。

「初めまして。新一の父の優作です。」
父さんが名乗り返した。

「オレ、来週、蘭の両親に挨拶に行こうと思っているから。」
オレは自分の考えを口にした。

そしてその言葉通り、オレは次の週に、蘭と共に、蘭の両親のところに挨拶に行った。

「初めまして、工藤新一と言います!蘭さんと結婚させて下さい!」
蘭の両親に向かって、オレは頭を下げた。

「オレは蘭の父の小五郎。こっちはオレの妻で蘭の母の英理だ。オメェ、ずいぶん若そうだけど、歳は?」
蘭の親父さんの小五郎さんが名乗った後、蘭のお袋さんの英理さんを紹介してくれた。

そして尋ねられた。

「21です。」
オレは答えた。

すると小五郎さんが不機嫌そうな顔になった。
「21?じゃ、蘭より五つも下なのか?蘭!世の中には男はごまんといるんだ!はいて捨てるほどいるんだ!何も好き好んで五つも下の男と結婚しなくてもいいんじゃねぇか?」

「そ、それはそうだけど!新一は世界にたった一人しかいないの!例え私と新一の歳が十離れていようが、20離れていようが、必ず出会って惹かれ合ったと思うの!だから!お願い、おとうさん!私、新一の奥さんになりたいの!」
蘭が顔を赤くしながら答えた。

すると小五郎さんがため息をついた。
「ったく!言い出したら訊かねぇんだから!おい、工藤!蘭を幸せにすると約束できるか?」

「はい!約束します!約束は破るためにあるんじゃなく、守るためにありますから!」
オレははっきりきっぱりすっぱり答えた。

するとようやく小五郎さんが微笑んだ。
「蘭を頼むぞ!蘭、必ず幸せになるんだぞ!」

「よかったわね。この人のお許しが出て。」
英理さんも微笑んだ。

こうしてオレは蘭との結婚を承諾してもらった。

そして2ヶ月後、めでたくオレは蘭と結婚して、夫婦になった。



三話目に続く