出発(たびだち)の夜・番外編
By 新風ゆりあ様
(5)焦り
僕は円谷光彦と言います。
24歳の薬剤師です。
と言っても、大学を卒業したばかりですが。
え?
大学を卒業したばかりなら、24歳じゃなく、22歳の間違いじゃないかって?
普通の学部ならそうですが、医学部と薬学部は四年制じゃなく、六年制なんです。
まぁ、それはいいとして。
僕には好きな女性がいます。
その女性は宮野志保さんと言って、僕と同い年で、僕と同じ薬局に勤めている薬剤師です。
赤みがかった茶髪で、美人で、頭も良くて、ちょっとクールで。
そのせいでみんなは彼女のことを誤解していますが、僕は知っています。
彼女が本当はとても優しいことを
でも彼女は僕なんかが言い寄っていいような女性ではないんです。
そう思っていた矢先、僕の高校時代の二年後輩の小嶋元太君に言われたんです。
「光彦先輩は好きな人、いないのか?いないのなら、歩美の友達でも紹介しようか?」
あ、『歩美』ちゃんっていうのは、僕の高校時代の二年後輩で、元太君の婚約者の吉田歩美ちゃんのことです。
「余計なお世話焼かないでください、元太君!僕には好きな女性がいるんです!」
僕はやり返しました。
すると元太君がにやつきました。
「本当にいるのか?怪しいな。本当にいるっていうんなら、その人を連れて来いよ!で、四人でダブルデートしようぜ、トロピカルランドで!」
「わかりました!連れて行きます!」
僕はやり返しました。
まさに売り言葉に買い言葉です。
僕は携帯を取り出し、宮野さんの携帯に電話しました。
何かがあった時の為にと、宮野さんの携帯の番号を訊き出していたんです。
「み、宮野さん!つ、円谷です!円谷光彦です!あ、あの!い、今から僕とトロピカルランドに行きませんか?」
僕はどもりながら尋ねました。
すると携帯の向こうから、宮野さんではない女性の声が訊こえました。
「ボクは世良真純。志保先輩の高校時代の一年後輩なんだ!志保先輩なら、今からお見合いだって言ってたよ!」
「お、お見合い!?み、宮野さんが!?ほ、本当なんですか?その話!」
僕は驚いた後、尋ねました。
「本当だよ!先輩、おめかししているし!恋愛と結婚は別だって言ってたし!」
携帯の向こうの世良さんが答えました。
「じょ、冗談じゃありません!宮野さんがお見合いだなんて!そんなの、絶対にダメです!僕、すぐに宮野さんのところに行きます!世良さん!それまで宮野さんを引き留めていてください!じゃ、切ります!」
電話を切った僕は、すぐに宮野さんが住んでいる家に向かい、玄関のチャイムを押しました。
万が一の時の為にと、住んでいる家の住所を、宮野さんから訊き出していたんです。
ピンポーン。
すると暫くして、宮野さんの声が返って来ました。
「どなたですか?」
よ、よかった!
間に合ったようです!
宮野さんはまだ家に居ました!
僕は安堵しました。
「宮野さん!円谷です!円谷光彦です!」
僕はインターフォンに向かって叫びました。
すると玄関のドアが開いて、宮野さんが僕を家の中に招き入れてくれました。
「いらっしゃい。玄関で立ち話もなんだから入って。でも手短にお願いするわね。私、もうすぐ出かけるから。」
知っていますよ!
お見合いしに行くんでしょ!
そんなこと、絶対にさせませんから!
僕はムカつきましたが、それを顔には出しませんでした。
「じゃ、お言葉に甘えてお邪魔させていただきます。」
そう言うと、僕は家の中に入り、リビングに向かいました。
するとそこには一見すると男性と見間違えるような服装の女性が居ました。
この女性が世良さんなんでしょう。
僕は彼女に会釈した後、ソファーに座りました。
すると世良さんが話し掛けて来ました。
「あなたが円谷さんなのか?ボクは世良真純。志保先輩が今日、お見合いするって訊いて、引き留めに来たのか?」
「えぇ、そうです!僕は宮野さんが好きなんです!なのに宮野さんは他の男性とお見合いすると言っているんでしょう?恋愛と結婚は別だって言っているんでしょう?宮野さんが僕をどう思っているかは知りませんが、僕は宮野さんが好きなんです!」
僕は答えました。
そんな話をしていると、宮野さんがコーヒーを持って来てくれました。
「どうぞ。」
宮野さんがコーヒーをリビングのテーブルの上に置きました。
「有り難うございます。いただきます。」
僕はコーヒーを飲みました。
すると宮野さんが尋ねて来ました。
「それで?何の用なの?電話もしないでいきなり家に来るなんて。あなたらしくないわね。」
「電話はしました。宮野さんの携帯に。そしたら宮野さんの高校時代の一年後輩の世良真純さんが出られて、宮野さんが今日、お見合いしようとしていると教えてくれたんです。」
僕は答えました。
すると宮野さんが世良さんに向かって、大声を上げました。
「真純!何勝手に人の携帯に出るの!」
「宮野さん!お見合いなんてしないで下さい!僕はあなたが好きなんです!だからお見合いなんてしないで、僕と付き合って下さい!」
僕は必死で宮野さんを引き留めました。
すると宮野さんの目から、涙がこぼれ落ちました。
宮野さんが泣くなんて。
僕は慌てました。
「宮野さん!泣かないで下さい!宮野さんを困らせる積もりはなかったんです!すみませんでした、引き留めたりして。もう宮野さんは行って下さい、お見合い相手のところに。」
僕は宮野さんを引き留めるのをやめようとしました。
すると宮野さんが口を開きました。
「・・・いいえ。行かないわ。だって!だって私も円谷君が好きだから!でもあなたは私なんかが言い寄っていいような男性じゃないと思っていたから。あなたを諦める為にお見合い話を受けたの。」
宮野さんが僕を?
宮野さんの告白に、僕は目を丸くしました。
「み、宮野さん・・・。ほ、本当に?」
僕は尋ねました。
すると宮野さんが頷きました。
「えぇ。」
僕は嬉しくなり、思わず宮野さんを抱き締めました。
「宮野さん!好きです!大好きです!僕と付き合って下さい!」
僕は頼み込みました。
すると宮野さんが答えました。
「えぇ!あなたと付き合うわ!」
そして世良さんの方を見ました。
「真純、さっきはごめんなさい。大声を上げたりして。私の代わりにあなたが行きなさい。私、知っているのよ。あなたが工藤君に想いを寄せていることを。」
宮野さんが謝った後、諭しました。
すると世良さんが気まずそうな顔をしました。
「ちぇっ。気づいていたのか。流石先輩。ボクの気持ちに気づいていたとはな。わかった。先輩の代わりにボクが行くよ。」
そう言うと、世良さんはソファーから立ち上がり、阿笠邸を後にしました。
「宮野さん!これからトロピカルランドに行きませんか?」
僕は尋ねました。
すると宮野さんが答えました。
「えぇ。いいわよ。でも名字で呼ぶのはもう止めてもらえないかしら。」
「そ、そうですね!だって僕達、恋人同士になったんですから!そ、そのっ!ぼ、僕のことも名前で呼んで頂けますか?」
僕は尋ねました。
すると宮野さん―――――――、志保さんが口を開きました。
「・・・み、光彦。」
「し、志保さん・・・。」
僕は顔を近付けました。
すると志保さんが目を閉じました。
次の瞬間。
僕は志保さんにキスしました。
「んっ・・・。」
志保さんがくぐもった声を上げました。
僕は唇を放しました。
「じゃ、じゃあ行きましょうか。」
僕は志保さんに声を掛けました。
すると志保さんが答えました。
「え、えぇ。」
そして僕達はトロピカルランドに向かいました。
僕達がトロピカルランドに着くと、元太君と歩美ちゃんが駆け寄って来ました。
「「光彦先輩!」」
「あ、元太君!歩美ちゃん!連れて来ましたよ!僕の好きな人を!」
僕は二人に声を掛けました。
「へ〜。その人が光彦先輩の好きな人か〜。オレは小嶋元太!光彦先輩の高校時代の二年後輩だ!宜しくな!」
元太君が目を丸くした後、名乗りました。
「私、吉田歩美です!光彦先輩の高校時代の二年後輩で、元太君の婚約者です!宜しく!」
歩美ちゃんも名乗りました。
「宮野志保よ。宜しくね。」
志保さんが名乗り返しました。
そして僕達はトロピカルランドを満喫しました。
トロピカルランドを満喫した僕達は、それぞれ帰路につきました。
僕は志保さんを阿笠邸まで送りました。
「そ、それじゃ、僕はこれで!」
そう言うと、僕は自分の家に帰りました。
え?
志保さんのお見合い相手がどうなったかって?
知りませんね!
知りたくもありませんね!
志保さんを取り逃がして、今頃歯ぎしりしているかも知れませんね。
その人がもし志保さんを奪いに来たとしても、僕が全力で阻止します!
え?
その人は世良さんと恋人同士になって、そのうち結婚したんじゃないかって?
それはないと思いますよ!
もしそうなったのなら、志保さんに結婚披露宴の招待状が来る筈です!
でも僕は志保さんから、そんな話、訊いていませんから!
え?
志保さんが秘密にしているんじゃないかって?
それはあり得ませんね!
恋人同士になっていなかった時ならまだしも、恋人同士になった今では、僕達の間には、秘密なんてありませんから!
え?
僕と志保さんがその後、どうなったかって?
それは・・・。
もちろん結婚しましたよ!
数ヵ月後に!
六話目に続く
|