君に会いたい



byドミ



(4)雨上がりの空を、あの日君が見上げていたから 前編



「てるてるぼうず〜てるぼうず〜〜」

思わず、鼻歌が出てしまう。
軒先にてるてる坊主を吊るすわたしを、コナン君が何とも言えない表情で見上げていた。

「蘭姉ちゃん、それ、使うの?」
「うん。だって、明日は楽しみじゃない?」
「それは、そうかもしれないけど。やたらと使うと、ご利益がなくなっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫よ。やたらとは、使ってないから」
「でも・・・」
「この前は、吊るす時間が遅かったから。今日は、早い時間から吊るしてるから、絶対大丈夫」

わたしはそう言って、コナン君に微笑って見せた。
このてるてる坊主は、わたしが中学生の頃に作って、ずっと使い続けているもの。
新一の大事な試合の時に、前夜からこのてるてる坊主を吊るしていたら。

どんなに雨が降っていても、予報で雨の確率100%と言っていても、必ず晴れた。

でも、この間、コナン君の遠足の日に、このてるてる坊主を吊るしてみたんだけど、晴れるまでに時間がかかってしまって、遠足には行けなかったの。

「新一がサッカーを止めて、このてるてる坊主も、滅多に使う事がなくなってたから。だから・・・きっと大丈夫」

そう言って笑うわたしを、コナン君は複雑そうな表情で見上げていた。


コナン君は、明日、歩美ちゃん達と一緒にキャンプに行く予定。

「キャンプは何回も行ってるんだから、たまには中止になっても良いんじゃない?」
って、コナン君は言ったけれど。
でも、せっかくだもの。楽しんで来て欲しい。



そして、翌朝、晴れた。
コナン君は、雨上がりの空を、黙って見詰めていた。

特に喜んでいる訳でもなく、かと言ってガックリ来ている訳でもない。
ただ、見ているだけ。


「コナン君、晴れたね」

わたしが声をかけると、コナン君は振り返って、ニッコリ笑った。

「うん、ありがとう。蘭姉ちゃんのおかげだよ」

その曇りのない笑顔が、何故だかわたしの胸をチクリと刺した。


コナン君は、確かに、とても嬉しそうなんだけど。
別に、「晴れた事を」喜んでいる訳では、なさそう。


そうじゃなくて。


そうじゃ、なくて・・・。



「じゃあ、蘭姉ちゃん、行って来るね」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」



わたし。
コナン君のあの笑顔。
いつかどこかで見た事がある。


いつか、どこかで。



いつ?どこで?




今日は、コナン君はキャンプだから、久し振りにお父さんと2人の食事。
いつ帰ってくるか分からないけど、とりあえず2人分のご飯を作る。

どうも、張り合いがないなあ。
昔はいつも2人分、当たり前に作っていたのに。

コナン君がいつも「美味しい!」と食べてくれるから、最近はご飯を作るのも、とっても張り合いがあって楽しかった。



『うん、悪くはねえな』
『何よ。文句があるなら、食べないで』
『あ、ち、違うって!その・・・ありがとな、蘭』
『別に、無理にお礼を言って貰わなくたって、結構です!』


唐突に、頭の中に広がる、昔の光景。

何で突然、思い出すんだろう?

あれは、中学時代。
新一のご両親がアメリカに行ってしまって、わたしがたまに新一の家にご飯を作りに行くと。
新一は絶対、ストレートに褒めてはくれなかったけれど、いつもお礼は言ってくれてたし、笑顔で食べてくれた。


『美味しいよ、蘭姉ちゃん!』
『ま、不味くはねえな、いいんじゃね?』

コナン君と新一。
全然、台詞は違うのに。
食べてくれる時の笑顔は、同じ、だった。



胸が、ドキドキする。
わたし、また、バカな事考えてる。


何度も何度も、疑って。
その度に、いつも、否定されて。


それでも、何でわたしは性懲りもなく、コナン君の中に、アイツの影を重ねてしまうの?



お父さんは、まだ帰って来ない。
もしかして今夜はこのまま、帰って来ないかも。

コナン君のキャンプ地は、携帯の圏外だから、コナン君からも博士からも、連絡がある事はない。


駄目元で新一に電話をかけてみたけど、携帯の電源を切っているようだった。

ううん、もしかして。
新一も、携帯が圏外になる所に、いるのかも。


わたしは、またバカな事を考えようとしている。
頭を横に振った。


1人の夜は、寂しい。
昔は、たまにお父さんが留守でも、こんな事、考えなかったのに。
コナン君と生活するようになって、1人が寂しいと思うようになってしまった。

ああ、でも、あの頃は。
コナン君が来る前は。

家の電話から新一の家に電話をしたら、大抵、繋がってたんだった。
新一が事件で夜中までかかりきりじゃない限りは。


空模様が怪しい。
かすかに雷の音が聞こえて、わたしは身をすくませる。


コナン君がキャンプをしている場所は、大丈夫だろうか?
携帯を取り出して、気象情報を確認する。
新一から贈られた携帯は、電話をかける以外に、こういう使い道もあるのだった。


どうやら、キャンプ地辺りは、大丈夫みたいで。
ホッと息をつく。

新一は大丈夫だろうかと、ちょっと思う。
まあ、アイツの事だから、雷程度でビビったりなんかしないわよね。

昔、子供の頃、雷を怖がったわたしは新一にバカにされた事を思い出した。
ちょっとムカついたけど、同時に、新一が何のかんの言いながらわたしを庇って守ってくれた事も思い出す。


そうなのよね。
新一は、口では意地悪だったけど、行動は優しかった。
わたしは、大事にされていた。

それを思い出すと、ほんのりと胸が温かくなるけど、同時に寂しくもなる。


と、突然、携帯が鳴った。
かけて来た相手は・・・公衆電話?
わたしは慌てて、電話に出る。


『よお、蘭』
「・・・どうしたの、新一?携帯電話、壊れたの?」
『圏外なんだよ。で、公衆電話からかけてんだけど・・・』
「あ、そうなんだ。何か用事なの?」
『いや。今情報見てたら、オメーのとこ、雷が近いみてーだからよ』
「もしかして、わたしの事、心配してくれたの?」
『バーロ。誰が心配なんかすっかよ。そのビル、避雷針ぐれー、あんだろ』


相変わらず、素っ気ない憎まれ口。
でも、携帯の圏外にいるあなたが、わざわざ情報を見て連絡してくれる、その行動が何よりも、あなたの優しさを物語ってる。


『今夜、おっちゃんは、いねえのか?』
「あ、う、うん。麻雀に行っちゃったみたいで」
『ちっ。しょうがねえな。今夜、眼鏡の坊主もいねえんだろ?戸締りはきっちりしとけよ』
「あら、心配してくれる訳?」
『か・・・勘違いするなよ?うっかり泥棒でも入ったら、泥棒の方が気の毒だからな』
「大丈夫よ、手加減するから」
『オメーな!』
「・・・ウソよ。気をつける。新一、ありがとう」
『あ、ああ・・・』
「おやすみなさい、新一」
『ああ。おやすみ、蘭』


嬉しい。
泣きそうな位に、嬉しい。



でも新一、コナン君が留守だって、何で知ってるの?
そう聞いたら、きっとあなたは、「眼鏡の坊主に電話で聞いたんだよ」って答えるでしょうけど。


2人とも携帯の圏外にいるのに、どうやって連絡取ったの?

そう突っ込んだらきっと、「それは、出かける前に連絡してたんだよ」って、言うでしょうけどね。




気がつけば、雷も遠ざかっていた。
わたしは、小さな幸せを感じながら、眠りに就いた。



<後篇に続く>




お題提供「as far as I know(わたしのしるかぎりでは)」


(3)「憎まれ口が恋しいなんて、呆れたものだと思う」に戻る。  後編に続く。