君に会いたい
byドミ
(4)雨上がりの空を、あの日君が見上げていたから 後編
「な、何ですって?今日は帰れそうにない?」
次の日。
阿笠博士からの連絡で、わたしは一瞬、肝を冷やした。
少年探偵団の誰かに。
コナン君に。
・・・新一に。
何か遭ったのじゃないかと、悪い想像が頭をよぎる。
『面目ない。タイヤがパンクしてのう』
博士の話によると。
博士の車が山道でパンクして、生憎、スペアタイヤも切らしていて。
すぐ近くの家に助けを求め、JAFも呼んだけど、取りあえず今夜は間に合わないので、泊めて頂くという事だった。
「大事じゃなくて良かったわ。連休で助かったわね」
『全くじゃ。学校を休ませる事になったら、あの子達の親から大目玉じゃろうからのう』
「博士、お疲れ様。子供達の事、いつも、ありがとう」
『何の。元々、コナンは、ワシの親戚じゃったのを、無理を言って蘭君に預けとるんじゃから。礼を言うのはこっちの方じゃ』
わたしは、ホッと一息ついたけれど。
悪い予感が、完全に消えてくれない。
これは、何なのかしら?
胸がちりちりと痛む。
空を見る。
また、雲行きが怪しい。
「あん?蘭、坊主はまだ帰って来ねえのか?」
「博士の車がパンクしちゃって、もう一泊して来るんですって」
「けっ!小学生は暇で結構なこった」
父の悪態を背に受けながら、わたしは自室に入り、仕舞い込んだものを取り出した。
「今夜、もう一泊するのなら。明日、雨が降ったら大変だよね?」
てるてる坊主を取り出したわたしは、しばし迷った。
『やたらと使うと、ご利益がなくなっちゃうんじゃないの?』
『オレは別に、神頼みを一概に否定する気はねえけどよ。ここぞ!って時だけに、しといた方がいいと思うぜ』
一昨日のコナン君の言葉に、昔聞いた新一の言葉が、重なる。
「でも、でもっ!悪い予感がするんです!てるてる坊主、お願い!続けてもう1回、頼みます!」
わたしは再び、軒先にてるてる坊主を吊るした。
そして・・・その夜遅く。
事件が起こったのだった。
次の朝、休日だったけれども、わたしは早くから目覚めていた。
『蘭!』
「・・・新一?」
新一の声が聞こえたような気がして、わたしは思わず返事する。
そんな事、ある筈ないのに。
けれどその時、携帯電話が鳴って、わたしはドキリとした。
「もしもし?」
『蘭君?ワシじゃ、阿笠じゃ!』
阿笠博士の声に、わたしは心臓が止まりそうになる。
「何か、あったの?」
『子供達とワシは、心配ない。元気じゃ。が、昨夜泊めてもらったお宅で、その・・・殺人事件が起こってのう』
「・・・!」
わたしは思わず息を呑んでいた。
「警察へは?」
『もちろん、連絡した。が、天候が悪くて、到着がいつになるか、わからん。それにこの分では、ワシらもいつになったら帰れるか・・・』
「わかったわ。もしもの時は、わたしから学校にもれんらくするし。博士、子供達の事・・・コナン君の事、頼みます」
『ああ。そっちは、大丈夫じゃ。コナンと哀君がしっかりしとるからの』
わたしは、窓を開けて空を見上げた。
こちらの雨は、朝になると共に止んでいるみたいだけど。
コナン君たちのいるところは、まだ雨が続いているのだろうか?
わたしは、まだ寝ている父親を叩き起した。
「蘭?まだ早いじゃねえか」
お父さんは、あくびをしながら抗議する。
「コナン君達が事件に巻き込まれたみたいなの!」
「んあ?またかよ。あいつはどこに行っても、事件を呼ぶ奴だな」
「お父さん!そんな事言わないで、迎えに行こうよ!お父さんだって、探偵でしょ!?」
そう。
少年探偵団が何故だか事件に巻き込まれるのは、確かにしょっちゅうある事なんだけれど。
その時のわたしは、胸騒ぎがして、仕方がなかったの。
結局お父さんは、渋々重い腰をあげて、レンタカーを借り、わたしを連れて、コナン君達のいるところへと向かった。
東京は、曇り空位だったのに。
山道に差し掛かると、雨が降っている。
雨には、嫌な思い出がある。
ううん、良い事もあったけれど。
それでも、不安になる。
新一!
『きっと、金の鈴をあげるから、どうかお願い!』
わたしは、自宅の軒先に吊るして来たてるてる坊主に、祈った。
わたしの祈りが通じたのか。
車が進んで行くに連れて、雨が小降りになって来た。
わたしの携帯が鳴り、慌てて電話に出た。
『雨も小降りになって来て、ようやく警察が、到着したのじゃが』
博士の声に、陰りがある。
『そのまあ、限られた人間の中で、犯人がその中にいるのは明らかで。警察が来る前にワシらで少しずつでも調べようとしていての』
「・・・博士?」
『犯人らしき人間を絞り込んだのじゃが、ソヤツが歩美ちゃんを人質に取ろうとして逃げ出そうとしてな』
「・・・!歩美ちゃんが!?」
わたしは、思わず息を呑んだ。
『し・・・えー、コナン君が助けたから、歩美ちゃんは大丈夫じゃ』
「そ、それで、コナン君は・・・?」
『・・・代わりに、ソヤツに連れて行かれて・・・』
衝撃を受けたわたしは、目の前がスーッと暗くなりそうになった。
コナン君が・・・もしも、新一であろうと、なかろうと。
今、非力な子供である事には、変わりない。
「・・・坊主に、何か遭ったのか?」
運転しながら、お父さんが言った。
「う、うん・・・殺人犯に、人質にされて・・・」
「ちっ!ガキのクセして、事件に首突っ込んだりするからだ!」
お父さんは悪態をつきながらも、心持ちスピードを上げたようだ。
体が震える。
コナン君、どうか、無事でいて!
道はまだ濡れているし、木々から雫が零れ落ちているけれど、雨はスッカリ上がり。
現場に向かうにつれて、空は晴れて行く。
そして、雲の切れ間から、太陽が顔を出す。
お父さんは、ややスピードを上げながらも、ラインをはみ出さない安全運転だった。
けれど、右カーブを曲がろうとしたところで、対向車線からはみ出して来た車と危うく衝突しそうになり、慌ててハンドルを切って難を逃れた。
わたし達が乗っている車は、右側の対向車線にはみ出して、崖の手前で止まり。
対向車線からはみ出して来た車は、ガードレール際でかろうじて止まった。
「あっぶねー奴だなあ、おい!」
お父さんが車から降りる。
コナン君の事が心配で気は焦るけど、このまま行く訳にも行かないので、わたしも車から降りた。
運転席の人は、ハンドルにうつ伏せているけど、外から見た限りでは血も流してないし、大きな怪我もないみたい。
そして。
後部座席には誰もいないように見えたのに、突然、後ろのドアが開いたので、驚いた。
転がるように出て来たのは。
「コナン君!」
小さな彼の姿だった。
わたしは慌てて駆け寄り、コナン君を抱き締めた。
「ら・・・蘭姉ちゃん?どうしてここに?」
「コナン君を心配して来たに、決まってるでしょ!?」
コナン君の戸惑った声に、わたしは安堵のあまり少し怒り声になってしまった。
「じゃあ、もしかして、こいつがオメーを人質にして逃走してた殺人犯か!?」
お父さんが車の運転席でうつ伏せている人に、目をやって言った。
「まさか、オメーが何かしたのか?」
お父さんが、コナン君を見やって言った。
「まさかあ。そりゃ、逃げ出そうって狙ってたけど。山道を運転している人に何かしたら、危ないじゃない」
「・・・ま、そりゃそうだが」
「ほら。お日様が出てるでしょ?焦って運転していたこの人が、木の雫か何かに反射した光で目がくらんで、ハンドル切り損ねたみたいでさ。今は、ショックで気を失ってるだけだよ」
実際、その人は、怪我ひとつないのに気を失っていた。
お父さんは、これ幸いと、その人を縛り上げる。
コナン君は、不敵な笑みを浮かべて、雨上がりの空を見上げていた。
その横顔に、わたしはドキリとする。
あの日。
新一の最後のサッカー試合となった、高校1年の、夏の大会。
雨上がりの空を、新一が見上げていた。
その表情と、同じ。
勝利を確信している時の、不敵な笑み。
「・・・こいつが、本当に殺人犯なのか?」
「間違いないよ。雨で証拠が消えてしまうと踏んでたみたいだけど、思ってたよりずっと早く雨があがったから、まだ証拠も残っている筈だよ」
コナン君は、そう言ってニッと笑った。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえて来る。
犯人の車を追って来たのだろう。
コナン君が、わたしの所に来て、きゅっと手を握った。
何となく、ドキドキしてしまう。
コナン君がわたしを真っ直ぐ見上げて、言った。
「ねえ、蘭姉ちゃん。昨日また、てるてる坊主を吊るした?」
「えっ?」
「ボク達が、帰れなくなったって知って、もう一度てるてる坊主、吊るしてくれたんでしょ?」
「う・・・うん・・・」
「やっぱり」
コナン君が、ニッコリ笑う。
「本当は、雨がまだ降っている筈だった。アイツは、雨に紛れて逃走し、証拠も流れてしまう筈だった。でも、雨が上がったから。証拠は残ったし・・・それに、ボクも」
「コナン君?」
「雨上がりの木は、雫がいっぱい残ってて。そこに、太陽が顔を出したから、その反射の光で目が眩んで、アイツは運転を誤って・・・ボクは、助かったんだ。蘭姉ちゃんのお陰だよ。ありがとう」
そう言って、コナン君はまた笑った。
ああ。
この笑顔は。
この、笑顔は。
新一がわたしの行動に、純粋に感謝してくれた時と、同じ。
新一は、結構意地悪な事も言うけど。
悪いと思ったら躊躇せずに謝ってたし、わたしが新一の為に何かをした事に気付いた時は、それが役に立ったとか立たないとか関係なく、感謝の言葉を口にしてくれていた。
ありがとうの笑顔は、新一もコナン君も、同じ。
そして。
雨上がりの空を、同じ表情で見上げていたから。
あの時の新一と、今のコナン君とが、同じ顔で見上げていたから。
今度こそ間違いなく。
小さな彼は、彼と同一人物なのだと、わたしは確信していた。
To be continued…….
++++++++++++++++++
唐突に。
「蘭ちゃん、気付いた」編。
この短編連作は、一応、時間軸に沿って、「蘭ちゃんの微妙な変化」を追っていたり、します。
で、後半では「蘭ちゃん気付いてる」設定の話になる事は、決まってました。
ですが、気付いた話を書く予定じゃなかった筈なのに、何でだ(苦笑)?
この第4話以降は、「現在の原作より未来」のお話になります。
だから、第3話と第4話の間には、かなり時間の開きがある筈です。
およそ半年?(笑)
実は、この第4話だけ、いつまでも話が思い浮かばず、なかなか書けませんでした。
それがまさか、連作の中核をなす「蘭ちゃんが気付くお話」になるとは、自分でもビックリです。
そして、妙に長くなりました。で、二つに分けました。
長くなったのにも、ビックリです。難産だった分、育ち過ぎたのかな?
そして、妙に、テレビアニメオリジナルと、かぶっているような。うーむ。
これの後は、また、短いお話が続きます。
当初、声だけでも、新一さんを出す気はなかったんですけどね。
まあ、電話の向こうにいるのは、言わずもがなの「小さな彼」ですけど。
この連作、実は、「完全に新一さん無しで」新蘭を描こうと、思ってたのですが。
なかなか思ったようには行かないものです。
お題提供「as far as I know(わたしのしるかぎりでは)」様