探偵戦隊ディテクティブ・アイズ



Byドミ



第1章



(5)最初の戦い



怪人は、ある高校を占拠していた。
大勢の高校生が体育館に押し込められている。

遠目にはケンタウロスか何かのように見えた怪人だったが、良く見ると上半身は人間、下半身が何と巨大な蜘蛛という姿だった。
女の顔付きは美しいと言えなくもないが、歌舞伎のような隈取化粧を顔に施しており、不気味な事この上ない。

「おっほほほほ、これでひとつ。数日の内には都内の高校・中学全てを我が手中におさめてやるわ!」

怪人が高笑いした。

その時、凛とした若い男の声が響き渡った。

「そうは行かない!高校生達は返して貰うぞ!」
「だ、誰!?」

怪人が見回すが、体育館の中に声の主は見当たらない。
出入り口がいつの間にか開けられており、その向こうから声が聞こえて来るのだった。

「実体もなく忍び寄る白い影・・・その名は」
「おいおいブラック、それは戦隊が違うで」
「それじゃガッチャ○ンじゃねえか」
「そうだっけ?・・・俺たちがいる限り、この世に悪が栄える事はない!」
「それもどこかで聞いたわよ!もう、しんい・・・ブラック、しっかりしてよ!リーダーでしょ!?」
「戦隊物は初めてだから、勝手が違うんだよ!」

怪人は何人かの男女が言い争っているのを呆然として聞いていた。
しかし、気を取り直して言う。

「おほほほほ。坊や達もアタシの虜になりに来たのかい?連れてってあげるよ、極上の天国へさあ」

「んだから、やっぱりここの決め台詞は・・・」
「それも○○からのパクリだろ?」
「決め台詞にアイデンティティ求めてどうすんだよ!」

言い争いは続き、無視された格好の怪人は額に青筋を立てていた。

「人を無視して・・・坊や達、許せないわ、キ〜〜〜ッ!」

ふいに開いた扉に、六人の姿が並んだ。
逆光になっており、姿の詳細は判らないが、体格からして男三人、女三人のようだ。

「混迷の闇の中に一筋の光を!たった一つの真実見抜く、その名は探偵戦隊ディテクティブ・アイズ!」
「あ〜あ、くど・・・ブラックは探偵から離れられねえんだな」
「ええやないか、探偵戦隊なんやから」
「はっと・・・グリーンも探偵なんだから良いだろうけどよ・・・」

「探偵戦隊とな!?ちょこざいな!」

怪人がいきり立ち、口から何かを吐き出した。そのねばねばしたものを、すんでのところで六人はかわす。

「お前達のその格好・・・所謂コスプレと言うやつかえ?」

巨大蜘蛛の怪人が胡散臭そうに訊いた。
黒尽くめのマントを羽織りマスクを被った中世の騎士のような格好の男、仮面を着けたシルクハットに白スーツ・白マントの男、緑色の剣道着に緑のマントを羽織った男、そして色違いでお揃いの露出度の高い格好をした可愛い女の子三人。
コスプレ集団と言われても仕方がないかも知れない。

体育館の中には大勢の生徒達が倒れていた。そして、強烈なアルコール臭が漂う。
黒タイツ軍団は体育館の周りを守るように固めていたが、体育館の中には一人も居なかった。

「おい!お前は一体何者だ!?ここの生徒達に一体何をしたんだ!?」

黒騎士が問う。

「アタシはドブロク女郎蜘蛛。偉大なるBlack Organizationの一員だよ。この子達は今酒に酔って天国に居るのさ」
「さ、酒酔い?」
「ああ、そうさ。お酒は二十歳からなんて馬鹿馬鹿しいと思わないかえ?アタシの目的は青少年を酔わせて天国に連れて行って、お酒の楽しみを布教する事さ」

「なあ・・・グリーン。俺、なんか今、すっげー脱力してんだけど」
「せやなあ、今時言うか昔からやけど、未成年がアルコール飲んでるのは当たり前やがな、この姉ちゃんそないな事も知らへんのかいな」
「バーロ!問題はそこじゃねえ!俺は、こんな仰々しい事をして目的がそんな事かと思うと、馬鹿馬鹿しくなって戦う気力が失せてんだよ!」
「ああ、くど・・・ブラック、オメーのその気持ちは良く解るぜ・・・。で、こいつらは酔って寝てるだけなんだな」

ホワイトが体育館の中に累々と倒れている生徒達を指差して言った。
誰一人殺されたり傷付いたりしていない、という事で安心して気が抜け、同時に馬鹿らしくなった事は否めない事実であった。

「ほほほ、坊や達にも天国を味合わせてあげるよ」

そう言ってドブロクは口をかっと大きく開いた。
その口から再びねばねばした物が飛び出し、六人はそれぞれに飛び退いて難を逃れた。

「やっぱり蜘蛛なんだな・・・これって蜘蛛の糸だろ?」
「げげげっ!絡め取られたら逃げられそうにねえな」
「蜘蛛の糸ならこれだけの太さがあったらかなり強靭な筈や、捕まらんようにせんとあかんで」
「く、蜘蛛・・・ちょっと生理的に嫌かも・・・」
「いやあん、あんなおっきな蜘蛛!」
「あ、アタシも蜘蛛は苦手や」
「かず・・・オレンジは蜘蛛は平気やろ、こん前も摘み上げとったやんけ」
「あ、あれは・・・!可哀想やから外に逃がしてあげたんや、第一あん時の蜘蛛とはサイズが大違いやん!」
「ほほほ・・・怖がってるね。でも心配ないわ、お前達もこの私の子供となるのだから」
「・・・人種差別をしたかねえが、蜘蛛を親に持つのは嫌だな」
「同感」
「ほほほほほ、お前たちの意思は関係ないのよ、ほら、子供達。新たな兄弟になる子達を捕まえなさい」

ドブロクの声に今迄倒れていた生徒達がむっくりと起き上がる。
その目付きは酔っ払い独特の据わり方をしていた。

「・・・たかが酒酔いと思ってたけど、とんでもねえようだな」

ブラックが軽口を叩いたが、次の瞬間にはそんな余裕もなくなった。
生徒達が集団で飛び掛って探偵戦隊のメンバーを押さえつけたのだ。

「こ、こいつら・・・操られてんのか!?」
「ブラック。ただの酔っ払いと侮ってたが、どうやらこいつら、蜘蛛の手下になっちまったみてえだぞ!」
「けど、元々只の高校生達や、攻撃する訳にはいかんで!」

ホワイトとグリーンが切羽詰まった声で叫ぶ。

「きゃああああっ!」

幼馴染の悲鳴に、男三人は余裕をなくしてそちらを見た。
女の子達も操られた生徒達に押さえつけられていた。
ただ、幸い・・・と言うべきか、女の子達を押さえつけているのが女生徒達であったので、男三人は(安心できる状況とは言えないのだが)安堵の溜息を吐いた。

「ほほほ、お前達も私の子供になるのよ!」

ドブロクが叫んで口から太い粘ついた糸を吐き出した。
今度こそ避けられずに、六人はドブロクの糸に絡め取られていった。

お酒を飲んでもいないのに、たちまちの内にアルコール成分が体中を巡る。
六人はあっという間に酔っ払って行った。

「蘭。俺、前からオメーの事が・・・」
「新一・・・?」
「好きだよ、蘭・・・」
「新一・・・私もよ」

ブラックとレッドが素に戻り、酒臭い息を吐きながら抱き合い、もう少しでその唇が触れ合いそうになっていた。

「青子・・・俺はいつもオメーの事苛めちまうけど・・・」
「快斗・・・?」
「お、お、俺・・・青子が誰より可愛くて・・・つい意地悪を・・・」
「それってどういう意味なの?」
「ええい!愛の告白に決まってるだろうが、気付けよ、アホ子!」
「快斗、嬉しい・・・!青子も快斗の事・・・」

ホワイトとブルーも素に戻り、こちらも抱き合ってもう少しで唇が触れ合いそうになっていた。

「平次ぃ、アタシの事、一体どない思うとるん?」
「ど、ど、ど、どないって・・・口に出して言わんとわからへんか?」
「うん、わからへん」
「こない思うとるんや!」

こちらも素に戻ったグリーンとオレンジだが、他の二組と違い、愛の囁きの前にいきなり抱き締めて唇を奪うという実力行使に出ようとしていた。
たとえ酔っていても言葉に出すのは照れ臭かったらしい。

「お前達、何してるんだい!?母さんの言う事聞かなきゃ駄目じゃないかえ?」

ドブロクが長い蜘蛛の足を伸ばして今にもキスシーンに突入しそうな三組をちょんちょんと突付いた。

「新一の馬鹿〜〜〜っ!!」
「ば快斗ば快斗ば快斗!!」
「平次のアホ〜〜〜っ!!」

突然、突付かれて(酔ったままだが)我に返った女の子三人が叫んだ。

「新一ったら、いつもいつも女の子なら誰にでも優しくて、私にだけ意地悪で、今迄何人の女の子にそんな調子の良い事囁いたのっ!」

蘭の鍛えられた空手技が、拳が蹴りが、新一に向かって次々と繰り出される。
新一はいつも通り紙一重でそれをかわす。

「快斗のエッチ、スケベッ!女の子なら誰でも好きなんでしょ、誰でも良いんでしょ!青子の事だけいっつもいっつもお子様って女扱いしない癖にっ!」

どこから取り出したものか、青子の手にモップが握られ、快斗の頭上に振り下ろされる。
快斗はいつも通り軽やかな動きでそれをかわす。

「平次のどアホ!硬派な顔して、さらっと手ぇ出して、今迄何人女を泣かせて来たんや、コラ、白状し!」

和葉が平次を合気道で投げ飛ばそうとその腕を握ろうとする。
それを平次はいつも通り紙一重でかわす。

「あ・・・」
 新一と快斗と平次がその後の光景に思わず呟きを漏らした。

「ぎひいいっ!!?」

ドブロクが叫び、慌てて飛び退ろうとしたが間に合わない。
男三人がかわした女の子三人の攻撃の矛先が、あろう事か、その先にいたドブロクにもろに掛かる事になってしまったのだ。

「ぐほっっ!ぎゃはっっ!!ひでぶっっっ!!!」

蘭の拳と蹴りでこてんぱんにのされ、青子にモップで叩きのめされ、挙句の果てに和葉に投げ飛ばされて床にズシ〜ンと音を立てて倒れ込んだドブロク女郎蜘蛛は、可哀想に、目を剥いて気絶していた。

「きゅ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ・・・・・・」

その光景を見てすっかり酔いが冷めた男性陣三人は、青くなって顔を見合わせた。

「まあ、取り敢えず、任務は完了したかな?」

新一ことブラックが呟く。

「せ、せやな。生け捕りに出来そうやしな」

グリーンこと平次が乾いた笑いをもらしながら言った。

「まあ、生徒たちも親玉が居なくなったらその内アルコールも抜けて元に戻るだろう」

ホワイトこと快斗がそう締めて、三人は生け捕り用の網を手配すべく本部に連絡を入れようとした。その刹那――!

「な、何っ!?」
「何やてっ!?」

いきなりドブロク女郎蜘蛛の体をビームが貫いたかと思うと、一瞬の内にドブロクの体が燃え上がり、一掴みの灰になってしまった。

新一達がハッとして見回すと、講堂の舞台の上に、黒尽くめの服を着て黒い帽子を被った男が二人立っていた。
長い銀髪の男の方は手に小型のビーム砲を抱えており、その先端から煙が上がっている。

一瞬の出来事なので現実感がなかったのだが、その男がビーム砲でドブロクを殺したのだとわかり、女性陣から悲鳴が上がった。

「き、貴様っ!自分の仲間を殺したな!」

新一が怒鳴る。

この二人が味方等ではない事はすぐにわかった。
おそらくドブロクは、仲間から消されてしまったのだ。

「数日中には都内の高校中学全てを支配下に置くと豪語していたが、他愛もない。俺達の組織では、任務に失敗したら死が待っている。君達のような甘ちゃんの世界ではないのだよ、坊や」

銀髪の男の目付きの鋭さと声の低さに、新一は悪寒を覚えた。
一筋縄では行かない相手、今の自分とは全く格が違う。
戦えば負けるとわかっていた。
それでも新一は背後に蘭達を庇うようにして毅然として立ちはだかった。

いざとなれば、このコスチュームが相手の攻撃をある程度防いでくれる。
少なくとも、最低蘭を守りぬく盾にはなれる筈である。

快斗と平次も、さり気なく自分の愛しい女性を守る形で立ちはだかった。
新一はそれを感じ取る。
奇妙な事だが、今、新一は初めて、快斗と平次が自分と共に戦う仲間だと感じていた。

しかし銀髪の男はビーム砲を仕舞い込むと、言った。

「悪いが、坊や達を相手にする程こちらも暇じゃねえんだ。俺はジン、こいつはウォッカ。Black Organizationの一員だ。いずれまた会おうぜ、探偵戦隊諸君」

そう言って、銀髪の男――ジンは、サングラスを掛けたいかつい大男――ウォッカを伴い、踵を反して行った。
残された新一達は大きな溜息を吐いた。

「あいつら・・・何で俺らを見逃したんやろうか?」

グリーンこと平次が誰に訪ねるともなく呟く。

「さあな。あいつらの余裕と言うか・・・遊びだろうぜ」

そう答えたブラックこと新一は、全身が冷や汗でびっしょりだった。



「兄貴、あいつらをほって置いて良いんですかい?」

ウォッカが尋ねるのに、ジンは冷たい目を向けて言った。

「あいつらが六人死ぬ気で束になって掛かって来たら、流石にてこずる。下手すると合い討ちになっちまったかも知れねえ。そうさせねえ為に、余裕をかまして撤退したんだ。まだ若いようだが、結構な玉だ。流石に俺が余裕を演じていた事までは気付いてなかったようだがな。ウォッカ、相手を見下して油断するのは命取りになるぞ。精々気を付けるんだな」

ジンの思い掛けない言葉にウォッカは絶句する。
まだ若い探偵戦隊達は、ジンが余裕をかましたハッタリに全く気付く事はなかった。



探偵戦隊ディテクティブアイズ第1章(6)に続く





に戻る。  に続く。