The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ(原案協力・東海帝皇)



(10)戦争の始まり



キャンベルガーデン。
それは、木下王国のフサエ王女(現王から見れば、叔母に当る方です)が、木下王国の領土の一角を譲り受け、流行り病や悪政によって最近増えている寡婦や孤児を集めて生活させている、半独立の共同体です。
寡婦や孤児が経済的に自立出来るようにと、独自の産業を起こしておりました。

黄金石楠花(こがねしゃくなげ)の葉を食べる山繭蛾・インペリアルモスを養殖し、非常に珍しい黄金色の絹を生産し、輸出しています。
黄金石楠花は、キャンベルガーデンと工藤王国のごく一部の土地でしか自生しない為、インペリアルモスを養殖出来る地域も非常に限られています。
また、赤味が殆どない葡萄・ブルーマスカットを栽培し、珍しいブルーワインを造っておりましたが、ブルーマスカットを栽培出来る地域は黄金石楠花の自生地とほぼ重なっており、こちらもキャンベルガーデンの特産となっておりました。



そのキャンベルガーデンへ、工藤王国からの表敬訪問として新一王子と蘭王子妃が赴く事になり。
そのお供として付いて行くのは、侍女の歩美と、王子の守役である阿笠に決まりました。
最初、新一王子は蘭王子妃と2人で行く積りだったのですが、阿笠博士が強硬に付いて行くと言い張ったのです。
更に、侍女の内1人は連れて行く事になり、今回、歩美が選ばれました。

但しここで問題がありました。
阿笠博士は馬に乗るのが不得意だったし、歩美はまだ1人で馬に乗る事が出来なかったのです。



「で?今度こそ、大丈夫なんだろうな?」
「お任せ下さい!今度こそ世紀の大発明、4人位なら楽に運べる車ですじゃ!」

そう言って博士が自分の家から持ち出して来たのは、以前、江古田の森に出かけた時に博士が同行しようとして大破させた車と同じようなものでした。

「出力を上げ、ブレーキもハンドルも付けましたですじゃ。4人乗せても、キャンベルガーデンまでひとっ飛びですじゃ!」

阿笠博士はドンと胸を叩きましたが、新一王子は胡散臭そうに半目で見ていました。
確かに博士は天才的な発明をいくつもしておりますが、失敗して爆発させた事も数知れず、だったからです。

すると、阿笠博士の家から養女である志保が出て来て、言いました。

「大丈夫よ。今回は、ちゃんとテスト走行済みだから」

すると今迄遠巻きに、心配そうに見ていた歩美が、志保の所に駆け寄って来て言いました。

「志保さんが太鼓判押すなら、大丈夫ねっ!」

歩美は最近志保が栽培する薬草園の手伝いをする事が多く、今ではすっかり志保と仲良しだったのです。

博士が胸を叩いても胡散臭げに見ていた新一王子と歩美が、志保の言葉ですっかり信用して安心しているのを見て、阿笠博士は苦笑いしておりました。


車は一応4人まで乗れますが、運転手の阿笠博士と歩美が車に乗って、後は荷物を載せ、新一王子と蘭王女は馬で、それぞれ旅する事になりました。

キャンベルガーデンは、木下王国の中でも工藤王国に隣接している所ですので、馬でゆっくり昼間だけの移動でも、3日間の旅で到着できます。(早馬なら一昼夜で着きますが)



今回のキャンベルガーデンへの旅は、病気療養中の木下王国国王の病気見舞いも兼ねるかも知れず、滞在も長くなるかも知れませんでした。
蘭王女は、侍女達の協力を得て、イラクサを充分集め、編み掛けの帷子とイラクサの糸を荷物の中に入れました。
この作業だけは、旅の途中でも続ける積りです。



「博士、どうしたの?ソワソワして、みっともない」

阿笠博士の養女である志保が、家の中を熊のようにうろついている博士を訝って、声をかけました。

「ソワソワ?ワシが?・・・そうかも知れんのう」

今度は阿笠博士は溜息をつきました。

「いや、そもそも身分違いだし、ワシの事など覚えてはおられるまい。再びお姿を見る事が出来るだけでも、幸せというもんじゃ。せめて粗相がないようにだけは気を付けんとのう」

志保は薬草園で栽培したものから色々と、薬品などの調合をしています。
博士がブツブツ言うのが志保の耳に入り、志保は作業の能率が上がらずにイライラしていました。

「博士!もう、何だって言うの?さっきから」

博士は更に溜息をついて座り込み、志保の知らない昔話を始めました。

「いや・・・ワシが子供の頃、王宮の庭でふとした事から助けた素晴らしく可愛らしい赤毛の女の子がおってのう。多分貴族で身分違い、そもそも叶わぬ恋とは思うておったが、更に身分違いもいいところで、相手は木下王国の末の王女様だったんじゃよ。

もう、あれから何十年も経つが、ワシは1日たりとも忘れた事などなかった。美しく成長なされただろうに、誰の元にも嫁がれず、国王の良き助言者となられ、今は孤児や寡婦を集めて面倒を見ておられる、素晴らしいお方じゃ。
遠くからお姿を見られるだけでも、望外の幸せと思っておる」

阿笠博士の話を聞いた志保は、ちょっと呆れたように溜息をつきました。

「殿下の心配をして付いて行くのかと思えば。初恋の女性をひと目見たいが為に、ごり押ししたのね」
「これ、人聞きの悪い事を。新一王子様が心配なのは、本当じゃわい!」

阿笠博士は真っ赤になって怒鳴りました。
志保は「はいはい」と手を広げて背中を向けました。
博士が言った理由も確かに少しは入っているのでしょうが、志保が言った事の方が図星のようでした。

それにしても、縁が全くなかった訳でもなかろうに、阿笠博士が50過ぎる今迄独身で居たのは、おそらく初恋の少女の面影を忘れかねての事だったのかと、志保は子供の面倒見が良い博士の別の面を見た思いでした。



毛利兄弟は、蘭王女がキャンベルガーデンに行くと聞き、兄弟の内誰かが付いて行く事にしました。
その時、行くと言い張ったのは、末の双子王子の1人である元太王子でした。

「今回、元太は妙に張り切ってないか?元々、姉思いなのは確かだと思うが・・・」

長兄の参悟王子が首を傾げました。
元太王子と比較的年齢が近い、探王子がちょっと笑って言いました。

「あいつもそろそろ、年頃なんですよ」
「はあ?」

参悟王子が不得要領な顔をしていると、重悟王子がちょっと怖い顔をして言いました。

「お前達、この工藤王国に来たら、妙に色気づきやがって。そんな場合ではなかろうに」

自分の目的を見抜かれていた元太王子が真っ赤になっています。
智明王子が助け舟を出しました。

「まあまあ、兄上達。愛する女性が居る方が、強くなれるのも確かな事ですから」

ミサヲ王子が、大きく溜息を付いて嘆きました。

「何故弟達ばかりが色気づいて、我々上の兄弟には全く縁がないのでしょうかねえ」

重悟王子がミサヲ王子の肩に手を置いて言いました。

「仕方ないさ。そういうキャラだからな」

この王子達にもいつか春が来る日があるものか、それは誰にも分かりません。

ただ、恋する相手が出来た弟王子達も、毛利王国でヒカルを妻にした智明王子以外は皆、今の時点では片思いでした。


そして、蘭王女と歩美には、蘭の弟である元太王子がこっそりと付いて行く事が伝えられました。
元太王子は、昼間は空を飛んで行けますけれども、優作王から、いざという時の為の馬が貸し与えられました。
馬には、昼間元太王子が空を飛んでいる時に勝手に同じ方角へ走って行くように、魔法師団長の紅子が魔法をかけました。





そして一行は、キャンベルガーデンに向けて旅立ちました。

「おい!オメーは一体、何だ!?」

旅の最初の夜営にて。
ついうっかり、夜営地に近付き過ぎた元太王子が、新一王子に見つかってしまうという大失態を演じてしまいました。

「まだ若いし身なりも悪くないし、盗賊の類とは思えねえ。こんなにドジじゃ、スパイとも考えられねえしな。けど、俺達の夜営を窺ってたのは事実だ。何者で、何が目的だ!?」

蘭王女は、自分の弟だと言う事も出来ず、おろおろしていました。
元太王子も、この事態をどう切り抜けたら良いのか思い浮かばず、目を白黒させていました。
見かねた歩美が、突然元太王子を庇うように前に立ちはだかって言いました。

「お、王子様!この人は元太さま・・・元太くんと言って!そ、そのう、この前の結婚披露パーティで知り合った、あ、あたしのボーイフレンドで!あたしが他所の国に行くと知って、心配して付いて来たの。勝手な事して、ごめんなさい!」

歩美の必死な様子に、新一王子の表情は和らぎました。
そして、歩美の頭をポンポンと軽く叩いて言いました。

「バーロ。んな事情なら、俺としても野暮を言う積りはねえよ。歩美、オメーもボーイフレンドが居るんなら、国に残ってりゃあ良かったのに。けどもう旅は始まっちまったし、せっかくだから、ずっと一緒に居て構わねえぜ、あちらではお供の1人という事にすれば良いしな。
けど、おい、元太とやら。歩美は母上から預かっている大切な女の子だしお互いまだ子供なんだから。いきなり無体な事はすんじゃねえぞ」

という事で、歩美の機転のおかげで元太は堂々と同行を許されました。
ただ問題は、昼間です。
元太王子は白鳥になってしまいますが、同行している筈なのに姿が見えないと、新一王子は逆に怪しむでしょう。
そこで助け舟を出してくれた人がありました。

「ったく。俺が何でこんな後始末しなきゃなんねえんだよ・・・」

昼間、元太に変装して馬に乗って付いて来る事になったのは、魔法使いキッドでした。

「ぼやかないで。新一王子に知られちゃったら、全部パアなんだから、仕方ないでしょ?」

元太に変装中のキッドの上で、ヒラヒラ舞う蝶に変身した青子が、そう言いました。

かくして、新一王子の知らない所でもメンバーが増え、キャンベルガーデンに訪れる一行は実際には総勢7人となったのでした。



   ☆☆☆



「テキーラ、カルヴァドス。木下王国に紛争の種が芽吹きかけている。現国王が崩じたら一挙に動くだろう。お前達はその争いに介入せよ」
「ベルモット様。御意。必ずや争いを大きくして戦火を拡大して見せましょう」

ベルモットが配下の魔物に指令を与え、2人(?)は木下王国に向かいました。

「おい!ベルモットとやら。オメーは何が楽しくてこんな事をするんだ!」

鉄格子の向こうから、幽閉されている毛利王国の国王・小五郎が叫びました。
ベルモットは(本当の姿がどんなものかは分かりませんが)美しい金髪碧眼女性の姿をしています。
赤く薄い唇を嘲笑の形に歪めて、言い放ちました。

「フフフフフ、ハハハハハ。我が行っているのは、元々、人間どもの心の奥底に隠された欲望を叶えてあげ、その見返りに力を頂いているだけの事。
お前達を生かしておくのは、この世の地獄を見せてお前達に絶望を与える為だよ。絶望が大きい程、我の力になるからね。そこで何も出来ない己を呪いながら、見ているが良い。ハハハハハ」

小五郎王は歯噛みをしました。
英理王妃の幽閉されている場所はまた別の所です。
心配でなりませんが、今は何も出来ません。
その事が歯がゆくてなりませんが、小五郎王は「絶望」とは無縁の男でした。
ベルモットに悪態をつきながら、日々闘志を燃やし続けていたのです。



絶大な力を持っている筈のベルモットにも、実はそれなりの苦悩があります。
決して小五郎王や英理王妃の前では見せる事はありませんが。

ベルモットは元々、この美しい顔と体で小五郎王をたぶらかして、世界を手中にする足がかりとする積りでした。
しかし、小五郎王は女にだらしないという見かけに反し、実はベルモットの誘惑には乗りませんでした。
小五郎王が女好きなのは、あくまでもミーハー的な部分においてであり、現実に浮気をするとか、そういう事ではないのでした。
軽そうな態度に反して、英理王妃以外の女性に本当に目移りした事はなかったのです。

それに、小五郎王を殺せない本当の理由は、英理王妃を殺せないのと同じで、ベルモットがまだ完全にその魂を押し潰す事が出来ないこの体の元々の持ち主が、邪魔をしているからだったのです。



  ☆☆☆



新一王子の一行は、キャンベルガーデンに到着しました。
そしてすぐに、そこの統治者であるフサエ王女に謁見しました。

「ようこそ、キャンベルガーデンへ。新一殿下、蘭妃殿下、歓迎いたしますわ。何もない所ですが、どうぞ、ごゆるりと滞在なさって下さいね」

そう言って微笑んだフサエ王女は、50歳を過ぎている筈ですが、とても美しい女性でした。
普段美人にはあまり心動かない新一王子までが、思わず僅かに頬を染めた位です。

阿笠博士は感極まっていましたが、流石にそれを表に出すのは憚られましたので、膝間付いて俯いておりました。
すると、フサエ王女の方から声を掛けて来たのです!

「あら?あなたは、博士(ひろし)さんではありません事?」

阿笠博士は文字通り飛び上がりました。

「わわわワシの事を、おおお覚えて居られるのですか?」
「忘れた事など、ありませんよ。私の事を王女と知っておべっかを使う人はたくさん居ましたが、私の身分も知らずに親切にしてくれたのは、あなただけでしたから。

私が、風で飛んでしまったお気に入りの帽子を取ろうと無謀にも崖を降りようとしたところを、あなたが止めて代わりに帽子を取って下さった。
体を鍛えている騎士階級でもない方が、私を守ろうと自分が危険を冒して下さった事、今でも忘れては居ませんよ」

阿笠博士は真っ赤になって、ものも言えずに居ました。
その様子を、新一王子・蘭王女・歩美・元太王子に化けたキッドが、呆然と見ておりました。



一行は、キャンベルガーデンの中を案内されました。
黄金石楠花は、黄金色の花も大輪の美しいものでしたが、残念ながら花の長距離輸送は無理ですから、他国の人が観賞する事は殆ど不可能で、新一王子も今回初めて目にしたのでした。
黄金石楠花の自生地の傍にいくつもの作業小屋が作られ、インペリアルモスの養蚕と、その黄金色の繭から黄金色の生糸を取る作業、そして更に布を織る作業などが、行われています。
布はそのまま輸出されるのが殆どですが、たまに依頼があれば、洋裁が得意なフサエ王女自らがドレスに仕立てる事もありました。
深い藍色の実が実るブルーマスカットの農場と、ワインを作る小さな工場と、それを樽に詰めて寝かせる貯蔵庫も、一行は見学しました。
キャンベルガーデンでは、食糧をある程度自給できるだけの農業を営みながら、特産として黄金絹とブルーワインを輸出し、運営していたのです。

「樽を作るのに使う真木(まき=杉や檜の事)は、残念ながら木下王国領土には少ないのです。毛利王国や工藤王国などからの輸入に頼っているのが現状なのですが、最近では毛利王国がほぼ鎖国状態になっていて・・・まあ、樽位は何とかなりますけども、あの国の事はいささか心配ですわね」

新一王子は、一国の王太子としてその事には関心があり、フサエ王女の話に頷きましたが、蘭王女は暗い瞳になって顔を伏せました。
幸い・・・と言って良いのかどうか、新一王子は蘭王女のその表情に気づく事はありませんでしたが。

「黄金絹布やブルーワインを、工藤王国を始めとして、皆様が良い値で買って下さるので、ここでは皆贅沢は出来ないまでも、豊かな生活を送る事が出来ますわ」

フサエ王女が開いてくれた晩餐会の御馳走は、焼き立ての少し固めのパンと、新鮮な果物で作ったジャム、作りたてのバター、たっぷりのチーズの盛り合わせ、温野菜と鶏肉のサラダ、ウサギ肉のシチューといったもので、王侯貴族の食事しては簡素なものですが、美味しく量もたっぷりでした。
ちょっと贅沢なものと言えば、ブルーワイン位でしょうか。
ブルーワインは文字通り、深い海を思わせる青い色のワインで、味も良いものでした。(この世界では、13歳になると成人とされ、飲酒が認められています)

一行は御馳走を美味しく頂きました。
中でも、元太王子の食べっぷりは見事なものでした。(もう既に日が落ちていますから、キッドの変装ではなく本人です)

「ちょっと、元太おう・・・元太くん、少しは遠慮したら?」

次々と食べ物に手を出す元太を、歩美が思わず嗜めます。

「けどよ、せっかくの美味しいもん、残したら勿体ねえじゃん」

元太王子は悪びれる事なくそう言って、皿に残った最後のシチューをパンで拭って食べました。

フサエ王女がにっこりと笑って言いました。

「確かに、食べ物は残さずしっかり食べてこそですね」

その微笑につられて、皆が笑い、なごやかな空気が漂いました。

主従の別なく同じテーブルで食事を頂くアットホームな雰囲気で、一行は楽しく食事時間を過ごしました。

「工藤王国は、素晴らしい跡継ぎと素適なお妃様に恵まれて、将来安泰ですわね・・・」

フサエ王女がそう言って、ちょっと顔の表情を曇らせました。

「陛下の具合は、如何なのでしょうか?もし良ければ、お見舞いに伺いたいのですが」

新一王子が、今病床にある現国王(フサエ王女の甥に当ります)の事を尋ねました。

「残念ながら・・・あまり良いとは言えません。おそらくもう長くはないでしょう。今の陛下は、まずまず立派な方なのですが、正直跡継ぎに恵まれているとは言えませんわね・・・陛下の力添えで作る事が出来たこのキャンベルガーデンも、陛下が崩じられたらどうなるのか、とても心配です。
王族で私が信頼出来るのは、現陛下を除けば、私のすぐ下の弟であるビリー王子のみ。けれどだからと言って、彼を後継者にするのは直系相続の原則を曲げる事になり、また争いの元になりかねませんし」

フサエ王女の言葉に、思わず座が静まりました。

「あらあら。湿っぽい話をしてしまったわ。今夜はどうぞ、ごゆるりとお休み下さいね」


晩餐が終わった後、一行はそれぞれの寝室に案内されました。

新一と蘭は夫婦ですから勿論同じ部屋で。
あとは阿笠博士と元太、歩美1人、という部屋割りでしたが。
歩美は事情を知っていますので、妖精王女の青子は元の姿に戻り、こっそり歩美と同じ部屋でやすむ事になりました。

「俺だけ、何でこんな目に・・・」

そうぼやいているのは、魔法使いのキッドです。
木の上に魔法で寝床をこしらえ、1人寂しく身を横たえたのでした。



  ☆☆☆



夜中。

キッドは気配に目を覚まし・・・そして寝床の中に妖精王女の青子がもぐり込んでいるのに気付いて、ぎょっとしました。

「ああああアホ子っ!!」

思わず怒鳴ると、青子が目をこすりながら体を起こしました。

「何よぅば快斗、夜中なのに大声出して」
「なななに俺の寝床にもぐり込んでるんだっ!?」
「ん〜?快斗と一緒に寝ようと思って。だって快斗、1人で寂しかったでしょ?」
「俺が寂しいなんて思う訳ねえだろ!」
「ん〜、いいじゃない。青子が寂しかったんだもん。青子眠いから寝るね、お休み〜」

そう言って青子は再び寝息を立て始めました。

「おい・・・そんな無防備に眠ってっと、・・・襲うぞ!」

キッドがそう言ってみても、青子王女は既に寝息を立てていました。

「お子様青子。オメーって、な〜んにも分かってねえんだな・・・」

キッドはそう言ってため息をつきながら横になりました。
おそらく今夜は眠れぬ夜となる事でしょう。

人間よりずっと長命である妖精族の青子王女は、幼いキッドが妖精王国に預けられた時には既に今と変わらぬ姿でした。
子供子供した印象を与える青子ですが、実際にはキッドよりもずっと長い時を生きて来たのです。
幼いキッド――いや、その頃の名は快斗といいましたが――は、早く青子と並んで立てるだけの大人になりたいと願っていたものです。
快斗が大人になりキッドと名乗るようになり、幼い頃の念願叶って青子と並び立てるようになった今。
今度は逆に、今のままの姿の青子を残して、自分がいずれ年老いて行く事が理解出来るようになっていました。

妖精族の青子が、キッドと同じ時を歩む事が出来るようになる方法を、キッドは知っていました。
しかし青子を心の底から大切に思うが故に、その方法を取る事も、長命な妖精族である青子の寿命を縮めてしまう事も、キッドにはためらわれる事だったのです。



   ☆☆☆



数日間は、穏やかな時間が流れました。

蘭王女と歩美は、黄金繭から黄金生糸を紡いだり、機織して絹地に仕立てたりする作業を一緒に行い、新一王子と阿笠博士と元太王子(に化けたキッド)は、建物・機械器具の修理やブルーワインの仕込など、特に男手が必要な部分の手伝いをして、過ごしました。


蘭王女は、帷子編みの仕事もありますから、忙しくくるくると働き回っていましたが、始終幸福そうでした。
新一王子は、屋根修理の作業の合間に、笑顔いっぱいの蘭をじっと見詰めます。



「あの男と暫く会えないというのに、ちっとも陰りがないな・・・嫉妬のあまり目が歪んじまった俺の邪推だったか?」

蘭は夜、新一王子の胸に頭をもたれされてそれは幸福そうな顔で眠ります。
蘭王女が辛そうにするのは夫婦の営み自体だけでした。

新一と蘭はキャンベルガーデンで、思いのほか、誰にも邪魔されない時間を過ごしました。
始終幸福そうにしている蘭を見ている内に、新一王子は自分の考え違いに気付いたのでした。

蘭は新一と共に居る事を幸福だと感じてくれているのは、間違いないと確信がもてたのです。

夜の生活で辛そうなのは、蘭がいまだに慣れていない事と、新一王子の求めが毎晩の事なので疲れさせてしまった所為であろうと、解釈するに至りました。
新一王子は蘭の為に、自分の欲望を抑え気味にしようと決意しました。

異国の地で忙しく楽しく過ごす中で、蘭の新一への愛情を確信したからこそ、新一王子の方にもそれだけの余裕が生まれたのでした。



笑い声が聞こえて、作業の合間に蘭を見詰めていた新一王子は、そちらの方へ目を移しました。
歩美と元太とが、仲良さそうに笑い合っています。
歩美がほんのり頬を染めているのを見て、新一王子は微笑ましい気持ちになりました。
新一王子が妹のように思う歩美に、幸せになって欲しいのは山々です。
可愛い歩美にあの元太少年ではどうなのだろうと正直思わないでもなかったのですが、歩美のはにかむような笑顔を見て、歩美が良いのならそれでも良いかと思ったのでした。


・・・勿論、新一王子は気付いていませんけれども。
太陽が高い今の時刻、元太少年はキッドの変身した姿であり。歩美は相手がキッドだと知っているから頬を染めていたのですが。

幸か不幸か、新一王子は、歩美も元太少年の事を憎からず思っていると誤解(?)するに至ったのでした。
そして、ちょっと小太りの白鳥が、じっと歩美の姿を見詰めている事に、新一王子は気付いていませんでした。



晩餐の席で。
元太王子は、歩美に訊きました。

「なあ。歩美は、あの魔法使いが好きなのか?」
「魔法使い?キッドの事?好きって・・・う〜ん、カッコ良いとは思うし、憧れちゃうよね。でも、魔法使いには妖精王女様がいるでしょ?それに私が好きなのは・・・」

そう言った歩美の眼差しが、新一王子の方に流れたのに、元太は気付きました。

「あ、あ、歩美!新一兄ちゃんのお妃様は蘭姉ちゃんだぞ!」
「元太王子・・・大声出さないで。分かってるよ、歩美は失恋しちゃったの。蘭王女様は素敵な優しい方だし、お似合いのお2人だって、ちゃんと分かってるよ。もう諦めてる・・・でも、好きな気持ちが簡単に無くなったりはしないだけの。でも、蘭様に張り合おうなんて気持ちは全然ないから、安心して」

そう言ってちょっと寂しげに微笑んだ歩美の顔は、とても綺麗で、元太王子はそれに見とれて赤くなりながら、同時にとても悲しくなりました。
歩美は元太の気持ちに全く気付かず、姉である蘭王女の夫に横恋慕しているから咎め立てした、位にしか思っていないのです。
どうやら、元太王子の片思いの先行きは大変そうです。



  ☆☆☆



暫くの間、キャンベルガーデンでの穏やかな日が続きましたが、突然にそれが破られる日が来ました。

おそろしい勢いで駆けてきた人を乗せた馬が、キャンベルガーデンの統治者であるフサエ王女の館の中に飛び込んで来たのでした。
作業中だった新一王子を始めとした一行は、慌てて作業を放り出してフサエ王女の居室に向かいました。


「ビリー!?どうしたのです、こんな無作法な真似!?」

フサエ王女が思わず叱咤の声を上げました。
騎馬で屋敷に飛び込んで来たのは、フサエ王女の末の弟王子・ビリーだったのです。

「へ・・・陛下が・・・崩御なさった・・・」
「何ですって!?」

フサエ王女とビリー王子には甥に当たる、病床にあった木下王国の国王が、とうとう崩御なされたのでした。

「では、すぐに王宮に向かわなくては・・・」

そう言って立ち上がったフサエ王女を、ビリー王子が制して言いました。

「なりませぬ、行ってはなりませぬ、姉上!!今王宮に行くのは殺されに行くようなものだ!」

身支度の為に奥の部屋に入ろうとした王女は、弟の方を振り向いて尋ねました。

「どういう事です?何が起こっているのですか!?」
「王太子と弟王子とが、王位争いの為に兵を集めています。王太子は沢木王国と、弟王子はスコーピオン帝国と、それぞれ密約を結び・・・」

フサエ王女は顔色を変えました。

「他国と友好関係を結ぶのは、結構な事。でも、沢木王国もスコーピオン帝国も、きな臭い国。王位欲しさにかの国々と手を結ぶとは、悪魔に魂を売り渡すも同然。やがては自分達の方が食われるであろうに、それすら分からない愚か者とは・・・」
「姉上。沢木王国とスコーピオン帝国は、今我が国に向かって進軍中です」
「・・・!!ならば、今は跡目争いなどしている場合ではないわ。兄弟すぐに仲直りして、国の守りを固めるように言わなければ・・・!」
「無駄です、姉上。私はそれを進言して、危うく首をはねられる所でした。私の忠実な部下の機転で、命からがら逃げ出す事が出来ましたが。その部下に妻子を守らせ、急ぎ工藤王国に向けて旅立たせました。私は姉上が気がかりで、こちらに参ったのです。姉上、奴らは特産物を産する豊かなこの地を狙っています。一国の猶予もなりません、キャンベルガーデンあげて、工藤王国の保護を求めるべきです」

フサエ王女は青褪めて、椅子に座り込みました。

「この国は元々寡婦や戦災孤児が集まった国、沢木王国やスコーピオン帝国の侵略を許せば、女達は慰み者にされ、年若い者達は奴隷と変わらぬ境遇に置かれる事でしょう。工藤王国は英邁な国王陛下が治め、義に厚い国。このキャンベルガーデンとは近い事ですし、そなたの言う通り、かの国に助けを求めるのが最上の方法でありましょう。
わかりました。急いでガーデン中に触れを出し、かの国に向かって一人でも多く逃げ延びるよう、伝えます。幸いと言って良いのか、今丁度新一殿下ご一行がここに居られます。先導を頼みましょう」
「はい、それは私も心強く思っておりました。さ、姉上も、急ぎお支度を!」
「いえ、私はここに残ります」
「姉上!?」
「私は、このキャンベルガーデンの統治者。逃げる訳には参りませぬ。せめても最期の責任を取って皆を逃がし、ここと運命を共にします」
「姉上・・・!それは・・・!!」



その時、突然扉が大きく音を立て開かれました。

「姫様、それはなりませぬぞ!」

そう言って開かれた扉に仁王立ちになっていたのは、阿笠博士でした。

「わ!馬鹿、いきなりドアを開けるなよ!」

阿笠博士の影になっている所に新一王子が居て、慌てて小声で博士を制していましたが、扉は大きく開かれて、もはや手遅れでした。
そして、フサエ・ビリー姉弟には、仁王立ちの博士しか目に入っていませんでした。

「博士さん!?今の話を!?」
「な・・・!?お前は、何者!?」
「騎馬が凄い勢いでこの屋敷に侵入したので、姫様が心配で慌てて飛んで来て・・・悪いがお2人のお話が聞こえてしまいましたですじゃ。ワシは、工藤王国の新一王太子殿下の守役で、阿笠博士と申す者。失礼は幾重にもお詫びしますが、今は一刻を争う時、急ぎ脱出のご準備を!!」

阿笠博士の言葉に、ビリー王子は目を丸くし、フサエ王女は少し悲しげに微笑みました。

「キャンベルガーデンの住民達は、ようやく豊かな生活が出来るようになったばかりでした。彼らには、幸せに生き延びて欲しい。
工藤王国は、彼らを託すに足る国で、尚且つここから近い。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します。
ですが、私自身は元々木下王国の王女で、キャンベルガーデンの統治者。ここを放り出して逃げ出す訳には参りません。
身内の愚かな争いで、この国はまさに滅びんとしています。私は責任を取ってここと運命を共にします」

フサエ王女の威厳に満ちた声に、その覚悟の程が知れました。

「あ、姉上・・・ならば私も・・・」
「それはなりませぬよ、ビリー。あなたには守るべき家族が居るでしょう?そなたは生き延びて下さい。そして、キャンベルガーデンの民の事、頼みます」
「姉上・・・」

「姫様。あなたも、無責任な方ですな」

阿笠博士の突き放したような声に、フサエ王女もビリー王子も、博士の後ろで事の成り行きを見守っていた新一王子一行も、皆ギョッとした顔で博士の方を見ました。

「無責任とは、どういう事です!?わ、私は王族としての使命を最期まで果たそうと・・・!」

フサエ王女が唇を震わせながら言いました。
阿笠博士は真正面からフサエ王女を見据え、静かな、しかしきっぱりとした口調で言いました。

「姫様。あなたは国とはつまるところ、国土とお思いか?否、そうではない筈ですじゃ。まっこと国を形成しておるのは、土地ではなく、そこで暮らす人々である事、その位はあなたにもお分かりの筈。
あなたがここで自己満足して死んでいったら、あなたを慕い集まってきたキャンベルガーデンの住民達は、どうなりましょう。工藤王国は暖かく迎え入れるでしょうが、それでも彼らは拠り所を失い、故郷を失った根無し草、流浪の民となってしまいますじゃ。
民達の心の支えとして、姫様は必要なお方ですじゃ。死ぬ勇気よりも、どんなに辛くとも生き延びる勇気を持ちなされ。それが本当に責任を取るという事ですじゃ」

フサエ王女は少しの間、黙っていました。
やがて、大きな息を吐いて、口を開きました。

「あなたの言う通りです。私はこれから背負うべき責任から逃げようとしていました。でも、国土よりも国民こそが国を形作っている、本当にあなたの言う通りです。
分かりました。1人も死なせはしません、全員で逃げましょう」

それからが、大変でした。
キャンベルガーデンの全住民挙げて、工藤王国へと向かう算段が、大急ぎで計画されたのでした。

食料や、最低限の物資も持って行く必要があります。
驚異的なスピードでそういった準備が整えられ、幼い子供連れの家族から順次出発する事になりました。


キャンベルガーデンへの侵略兵は、まだ遠く、けれど着実に向かって来ていました。



(11)に続く



++++++++++++++++++++++++++++


(10)の後書き座談会

智明「では恒例の座談会を始めます」
ワタル「今回、安否が危ぶまれたあのお人が、久し振りに元気なお姿を見せましたね」
探 「ベルモットは、原作では単純に敵キャラという訳ではなさそうですが、この話では何だか悪の親玉で悪の権化なんですねえ」
ワタル「で、今回、何だか凄いタイトルがついてますが、大丈夫なんでしょうか?」
園子「これで行くと、次回は戦乱の幕開け?」
智明「イヤ多分、そうはならないですね。次回のネタは、最初は新一王子一行のキャンベルガーデンから工藤王国への大逃走の話ですが・・・」
青子「工藤王国に帰り着いた一行は、園子ちゃん受難の話を知るんだよね〜」
園子「ええ!?私!?」
真 「園子さん、待っていて下さい!私が命をかけてもお守りします!」
園子「真さん・・・!!」
智明「・・・・・・ハイ、次回後半はそういったお話です」
探 「え、じゃあ次回は真園なんですか。早く僕達も何とかして欲しいものですね」
快斗「けっ!オメーは原作でも誰とも何ともなってねえじゃん」
元太「オレ、せっかく出番があったのによ、昼間は白鳥になってる所為で、出番の半分以上を取られちまったぜ」
快斗「俺は逆に便利キャラになっちまったかも・・・最初の構想では元太王子に化けるなんて話はなかった筈なのによ」
青子「ねえ快斗、青子達が一緒の時を生きて行ける方法って、一体何なの?」
快斗「そ、それは・・・知らない方が良いと思うぜ(汗)」
智明「何でしょう?気になりますね」
快斗「ま、まだ企業秘密だよ(滝汗)。それより、もうそろそろ・・・」
智明「そうですね、色々謎あり、伏線ありですが、今後のネタばらし合戦にならない内に、お開きにしたいと思います」


(9)「疑惑の芽」に戻る。  (11)「白鳥の騎士部隊」に続く。