The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ(原案協力・東海帝皇)



(11)白鳥の騎士部隊



「新しい土地で、どうか根付いてくれよ・・・」

祈るような気持ちで、小金石楠花やブルーマスカットの苗木を準備しているのは、このキャンベルガーデンで育ち、ようやく一人前の若者に育った者達です。
娘達は、小金石楠花の干した葉にインペリアルモスの卵を産み付けさせたものを、大切に箱にしまって荷物の中に入れました。
ここは彼らが作り上げた彼らの故郷。
きびきびと旅立ちの準備をしながらも、ふと周囲を見回して、ほんの少し感慨に浸り・・・また、準備に取り掛かります。

キャンベルガーデンの住民達は、幼い子供や体の弱い年寄りを抱えた家族から、順に出発して行きました。
馬は少ないのですが、幸いと言って良いのかどうか、牧畜もやっておりましたから、牛や羊や山羊、それに犬もいます。
家畜に荷車を引かせたり、直接またがったりして、次々と旅立って行きました。

途中険しい山道もありますが、山羊はそこを超え、牛は迂回して、進んで行きます。


「元太。オメーは馬に乗れるな?だったら、歩美を乗せて工藤王国に急げ!歩美!父上達に一刻も早く事態を伝えるんだ!」
「あ、ああ・・・分かった!」
「分かったわ、王子様!」

元太(に化けたキッド)と歩美が、力強く頷きました。

キッドは歩美を自分の後ろに乗せ、馬を走らせました。
勿論、小太りの小白鳥が空を飛んでついて来ている事は、きちんと把握しています。


森の中に入ると、キッドは馬を止めました。
小白鳥が傍に降りて来ます。

「元太王子。事態は分かっているな?歩美ちゃんを乗せて工藤王国の王宮に急げ。一刻も早く応援を呼んで来るんだ!」

小白鳥は頷き、歩美に背中を向けました。
歩美はこわごわと白鳥の背中に乗り、しっかりと捕まりました。

白鳥が歩美を乗せて力強く羽ばたき、大空へと舞い上がりました。
あまりの高さに歩美は目が回りそうになり、震えて白鳥にしがみつきます。
凄いスピードと高さに、振り落とされそうな気がして怖ろしく、また、強い風が当たる為、歩美は寒さに震えました。

白鳥が小太りなのが幸いでした。
広い背中は安定感があり、歩美が安心出来たのです。


元太小白鳥は飛びながら器用に、歩美に紐と、軽い布のようなものを寄越して来ました。

「あ、ありがとう・・・」

歩美は紐で元太白鳥に自分の体をしっかりと固定し、布のようなものを体に羽織りました。
軽いのに、随分暖かなそれは・・・よく見たら、すごく不器用な作りではありますが、白鳥の羽を縫い合わせてこしらえられたものでした。
歩美がはっとして元太白鳥の姿を良く見てみますと・・・ところどころ羽がはげた部分がありました。

「元太王子・・・」

普段スマートな言動も出来ない元太王子ですが、不器用なやり方ながらも暖かい優しい心の持ち主だという事が、歩美に伝わり、歩美も暖かな気持ちになりました。

元太小白鳥は、昼間少しずつ自分の羽を抜き、夜それを糸で縫い合わせて歩美が羽織るマントをこしらえていたのです。
今日のこの事態を想定していた訳ではありませんでしたが、予知能力のあるキッドと青子に助言を受けてやっていた事でした。


歩美が安心して落ち着いたのを見て、元太王子は更に高く飛び上がり、スピードを上げ、工藤王国を目指して飛んで行きました。



「さて。俺達は、動物達が脅えたり道を外れたりしないよう、守るぞ」

キッドは、元太王子と歩美を見送った後、馬を工藤王国に向けて走らせ、姿を現した青子にそう告げました。

「うん!避難する人達が迷子になったり逃げ遅れたりしないように、頑張ろうね!」


魔法使いと妖精王女の加護の元、キャンベルガーデンから脱出する一行は、信じられないスピードで誰一人迷う事もなく、工藤王国へと向かう事が出来たのです。



「博士!フサエ王女とビリー王子と・・・それに、蘭を頼む。あの車で工藤王国に向かってくれ。俺は、しんがりを守るから」

新一王子は、歩美と元太(に化けたキッド)を見送った後、一行にそう言いました。

「殿下を置いて行くなぞ無理ですじゃ!」
「そのような!他国の方にしんがりを任せて逃げ延びるなど・・・!」
「姉上は女性ですしキャンベルガーデンの統治者、先に逃げ延びて下さい!しんがりは私が!」

阿笠博士とフサエ王女とビリー王子が次々と言い、蘭王女は涙ぐんで新一王子にしっかりとしがみ付きました。

「フサエ王女・・・悪いが、あなたがしんがりに残っていると、どうしても庇わざるを得ないんで、まともに戦えねえんだ。
博士、フサエ王女はキャンベルガーデンの人々にとって大切な御身、どうか守ってくれ。
そして・・・蘭は俺にとって世界中で一番大切な女性だから・・・蘭の事も・・・頼む」

新一王子の気遣いに、皆、ハッとします。
阿笠博士とフサエ王女は、ここで留まっては足手まといだと思い、新一王子に言われた通り、博士の車で一足先に出発する事にしました。

蘭王女は、いやいやするように首を横に振って新一王子に抱きつきます。
新一王子は優しく蘭王女を引き離すと、目を覗き込んで言いました。

「蘭。オメーが無事国に帰ったなら、俺はそこを目指して必ず戻る。ぜってー、無駄に命を落としたりしねえから・・・だから俺が帰って来れるように、先に戻って待っててくれ!」

新一王子の言葉に、蘭王女は涙を流しながらも頷き・・・博士の車に乗り込みました。
蘭王女は、命に代えてでも新一王子と共に居たい気持ちがありましたが、今、帷子を編む作業を中断してしまい、兄王子達の命を奪う訳にも行かなかったからです。

ビリー王子は、新一王子と共に残ると言い張りました。

「私は決して足手まといにはならない。それに、既に逃がした妻子の元に必ず行かなければならないから、命を落とす気もない。新一王子、必ずやお互い無事に工藤王国に向かいましょう!」

新一王子は、頷きました。
博士の車に、フサエ王女と蘭王女が乗り込み、必要な荷物も乗せ・・・新一王子は流石に人目も憚らず蘭王女を強く抱きしめ熱い口付けを交わし、車は出発しました。


長い長い人々と家畜の群れ。
妖精王女と魔法使いの加護があってなお、最後の隊列が出発するまで間がありました。


全てを見届けて、馬に乗った新一王子とビリー王子が、最後に出発しました。




「動物達はもう大丈夫だな。・・・けど青子、ちょいまじいな」
「うん。スコーピオン帝国と沢木王国の軍には、魔物が居るね」
「新一王子もビリー王子も、人間相手になら善戦出来るだろうが、魔法は厄介だな」
「新一王子は自覚してないけど、魔力だけの直接攻撃なら受け付けないよ。でも、魔道の力を得た矢を防ぐ事なんかは、難しいと思う」

魔法使いと妖精王女は、そのような会話を交わし、密かに新一王子とビリー王子への守りを固めました。



太陽が地平線に姿を隠そうとする瞬間に。
上空から工藤王国の王宮に、すごいスピードで白鳥が舞い降りてきて、池の傍にたどり着きました。

「元太!」

日が落ちると同時に、毛利兄弟達は白鳥から人間の姿に戻り、地面にたどり着いた途端に同じく人間の姿に戻った元太王子に駆け寄りました。

「ぐ、ぐええええ、歩美、苦しい・・・!」
「あ!ご、ごめんなさい!」

元太王子が喉元を押さえてもがき、歩美は慌てて元太王子に結び付けていた紐を解きました。

そうです、歩美が白鳥に自分の体をしっかりと固定していた紐が、元太王子が人間の姿に戻ると同時に、首を絞めてしまったのでした。

「元太!!一体何事だ!?蘭は!?」

参悟王子が元太王子をゆすって尋ねましたが、元太王子は息も絶え絶えで、暫く言葉も出ませんでした。
代って歩美が答えます。

「木下王国の国王様が、崩御されて・・・王子様達の間で、王位継承争いが起こったの。スコーピオン帝国と沢木王国が、キャンベルガーデンに向かって進軍中で、キャンベルガーデンの人達は、皆、工藤王国に向かって逃げて来てるの。新一王子に、先に工藤王国に戻って急を伝えてくれって頼まれて・・・!」

流石に、有希子王妃が新一王子のお妃候補として侍女として送り込んだだけあって、歩美は若輩ながらなかなか豪胆であり、焦りながらも事態を簡潔明瞭に説明しました。



優作国王は、歩美から事情を聞くと、すぐに全軍に触れを出しました。
工藤王国の誇る竜騎軍の内30騎が、先頭部隊として出発し、その後を、工作兵を中心とした騎馬軍が追って行きます。

「今回の第一任務は、キャンベルガーデンの人々を速やかに保護する事にある!その上で、工藤王国に侵入してくる軍があれば撃退せよ。しかし深追いはするな!決してこちらから戦端を開いてはならぬ!」

優作王の命令は、隅々まで行き届き、まずはキャンベルガーデンの人々の保護に全力が注がれました。

全力で逃げて来て疲労した人々の為に、工作兵達が国境近くの安全な場所に、速やかに小屋を作りテントを張って行きます。
火を焚いて温かい飲み物や食べ物の準備も整えます。

「まだ夜は冷えるわ、毛布をもっと運ばないと!」
「姉上、薪は足りますか?」
「ええ、薪は充分。でも、水がもっと欲しいわね」
「汲んで来るばかりじゃ埒が明きません、上流の谷川から樋でキャンプ地に水を引きましょう!」

工作兵達に混じって、キャンベルガーデンの人々を迎え入れる準備を手伝っているのは、侍女の美和子・歩美の他、毛利兄弟の由美、ミサヲ、任三郎、ワタル、智明、光彦、元太と、薬師長の志保、司教の千葉、などなどです。

美和子がキビキビと働き指示を出しているのを、任三郎王子とワタル王子はついついボーっとした顔で見詰めてしまい、美和子に叱られて慌てて働き始めるのを、由美王女が苦笑いしながら、ミサヲ王子が怪訝な顔をしながら、見ていました。
司教の千葉は、見知らぬ顔が侍女の美和子や歩美達と親しそうに会話をしているのを、首を傾げて見ていましたが、朝になってみるといつの間にかそれらの人々が見当たらなくなってしまい、更に首を傾げる事になるのでした。

キャンベルガーデンから工藤王国に逃げ込んだ人々は、保護の手が差し伸べられたばかりでなく、簡略ながら住まいや温かい飲食物、体を休める寝床やごく簡単な風呂の準備まで整えられていた事に、ホッと息をつく事が出来たのでした。


   ☆☆☆


しんがりを守る新一王子とビリー王子は、夜の森の中を駆け抜けて行きました。
新一王子とビリー王子、そして2人が乗る馬だけに見える光が、一行を先導してくれました。
それは、工藤王国の魔法師団長紅子が、遠くから送って来た魔法の光でした。
しかし流石に暗闇の中で昼間のようなスピードでは動けず、追いついた兵達の攻撃を受け、それを退けながら、2人は工藤王国に向けてひた走りました。


しかし、敵も、テキーラやカルヴァドスが背後についており、黒い魔法の力を得て、着実に2人に迫ってきます。

新一王子は、自身を助ける加護と同時に、敵にも魔法の助けがある事に気付いていましたが、今それが分かったところでどうなるものでもなく、とにかく今は全力で、追いすがる兵を退けつつ逃げるしかありませんでした。



「王女様、お妃様、もうすぐですぞ!ここを超えれば、もう工藤王国は目と鼻の先ですじゃ!」

阿笠博士の運転する車も、夜の帳の中でかなりスピードが落ちていましたが、ようやく国境近くの峠まで辿り着き、博士はホッとして2人に声をかけました。

と、突然車の前に、騎馬の人影が現れました。

「何者じゃ!」

車を止めて、阿笠博士が誰何します。
工藤王国の人々にしては、見覚えがなかったからです。

蘭王女は、人影を見て息を呑みました。
そこに立っている者達は、参悟、重悟、任三郎、探。蘭王女の兄王子達だったのです!

「阿笠博士ですね。我らは優作陛下の信任を受けた、白鳥の騎士部隊。今、新一王子を助けに向かっているところです!」

そう言って参悟王子が見せたのは、確かに、優作王が密命を与えた者だけに自ら与える、紋章付きの剣と盾でした。
そして、白鳥の騎士部隊と呼ぶに相応しく、剣の柄と盾の模様に白鳥の形のレリーフが入っています。
優作王が、毛利兄弟が騎士として動く必要が出来た時の為に、準備させていたのでした。

「おお・・・!」

工藤王国には元々隠密部隊があり、普段は他の者に顔を晒す事無く動く者達は多いのです。
阿笠博士もその事は知っていますから、すぐに目の前に現れた男達を信用しました。


蘭王女が突然車から降りて長兄の元に駆け寄りました。

「蘭・・・!新一王子の妃よ、あなたは工藤王国に戻って待っていなさい!」

参悟王子が慌てて言いましたが、蘭王女は首を横に振りました。
元々蘭王女にとって、新一王子から離れて先に逃げる事自体が、死ぬより辛い事でしたから。

「お妃様!ワシは新一殿下より責任を持ってあなたを送り届けるよう頼まれたんじゃ。どうか、車に戻って下され!」

阿笠博士が叫びますが、蘭王女はそちらに涙に溢れた目を向けてなおも首を横に振りました。

白鳥の騎士部隊(毛利兄弟達)と阿笠博士が、進退窮まっているところに、頭上から声が掛かりました。

「新一殿下と蘭妃殿下は連理の枝、離れ離れになる事は無理なのであろう。お二方とも、私が必ずやお守りする。阿笠博士、あなたはフサエ王女殿下を王宮まで速やかにお連れするが良い」

皆が頭上を振り仰ぐと、そこには、紅蓮の炎のように真っ赤なサラマンダーにまたがり、赤い鎧兜に身を包んだ騎士がおりました。

「おお・・・!赤い彗星・・・!」

それは、赤い彗星と呼ばれている竜騎士でした。

竜騎士の中でも、サラマンダーを自在に操る事が出来る者は少なく(多くの者はもっと小型のワイバーンをやっと使う事が出来る程度です)、この真っ赤なサラマンダー「サザビー」にまたがる事が出来るのは、ただ1人だけの筈です。
竜騎士として活躍する時は常に赤い鉄仮面を被り、誰もその素顔を知りませんが、彼以上に自由にサラマンダーを操れる者はなく、誰も彼に成りすます事など出来ません。

阿笠博士もその評判は耳にした事がありますが、実際に見るのは初めてでした。


赤い彗星の正体は、普段は隠密部隊で働く事の多い秀一ですが、元々は竜騎士軍の中でもごく僅かな、サラマンダーの騎士の1人であったのです。(但し、その事実を知る者は工藤王国でもほんの数人です)

「しかし、竜騎軍を海賊退治や救助活動以外に実際に動かす日が来ようとは・・・もしや、これから戦乱の世の中になるのか・・・?」

秀一は、暗い想念を振り切り・・・白鳥の騎士軍と蘭王女を守りながら真紅のサラマンダー「サザビー」を駆りました。


   ☆☆☆


「くっ・・・新一王子、無事か!?せめてあなただけでも無事に・・・!」
「ビリー王子!最後まで諦めるな!必ず無事に家族の元に戻ると約束したのだろう!?」

新一王子もビリー王子も、追っ手を振り切り善戦しながら、何とか大きな怪我もなく工藤王国の国境付近に近付いていましたが、流石に2人とも疲労の色が濃くなっていました。

新一王子の眼裏に、長い黒髪の女性の姿が浮かびます。

『蘭・・・っ!!こんなところで・・・』
「終わる訳には行かねえんだよっ!!」

叫びざま剣で、飛んで来た矢を振り払った新一王子でしたが、肩で息をしていました。

「く・・・っ!この力・・・!ベルモットの側近か!?」

陰で新一王子とビリー王子を助けているキッドと青子も、テキーラとカルヴァドスの魔力を封じるのに精一杯で、直接の手助けなど出来ません。


突然、木の間から飛び出して来た兵士が、ビリー王子に向かって剣を振り下ろしました。

「ああっ!!ビリー王子!」

新一王子が思わず手を伸ばしましたが、届く筈もなく。
思わず覚悟した瞬間、ビリー王子を狙った剣が撥ね飛んでいました。

「えっ・・・!?ら、蘭・・・!?」

蹴りを入れて剣を弾き飛ばしたのは、他でもない、新一王子の妻である蘭だったのでした。

「新一殿下、ご無事ですか!?」

上空から現れた赤い彗星が、サラマンダーの吐く火炎弾で次々に迫り来る敵兵を追い散らしました。
そして、数人の見慣れぬ騎士が、新一王子とビリー王子の近くの敵兵をなぎ倒して行きます。

見慣れぬ者達であっても、父・優作王から授けられた紋章入りの盾と剣を手にしているのを、すぐに新一王子は見て取りました。

そして、特筆すべきは蘭でした。
たおやかな外見のどこにそんな力を秘めているのか。
鋭い突きと蹴りで、敵兵の急所を的確について倒して行きます。

「はは・・・つええ・・・」

新一王子が思わず我を忘れて、半ば呆れたような感嘆の声を上げていました。



戦いがひと段落した時。
蘭王女が、新一王子に飛びついて来ました。
涙を溢れさせて見上げる蘭の瞳には、新一王子への愛が、溢れていました。

新一王子は、しっかりと蘭を抱きしめました。
蘭は、ただ守られているだけの少女ではなく、愛する者の為に戦う強さを持っている事を、新一王子は感じていました。

この蘭が、成り行きや立場で仕方なく新一王子に身を任せる筈などありません。
その事を今、新一王子は悟りました。

先の話になりますが。
これ以後、新一王子が、妃である蘭の、自身への愛情に疑いを持つ事は、決してありませんでした。
もっとも、横恋慕してくる(と新一王子が勝手に思った)男性への容赦のなさは、変わる事がありませんでしたが。


   ☆☆☆


新一王子とビリー王子、蘭、毛利兄弟達の一行は、森を抜け、開けた場所に出ました。
もうここは、工藤王国の領内であり、王宮へもそう遠くありません。

空が白み始めていました。

「おおっと。我々はもう行かなければ」

参悟王子が言いました。

「あなた達は一体・・・?」

新一王子が問いかけます。

「我々は、白鳥の騎士部隊。またお目にかかる事もあるやも知れません。では、新一殿下、ビリー殿下、・・・蘭妃殿下、ごめん!」

そう言って、参悟王子以下、毛利兄弟達は馬を駆って去って行きました。
そして、木々の間に消えて行きました。


朝の光が射す中で、その木々の向こうから数羽の白鳥が飛び立って行くのを、蘭王女が感謝と信頼の気持ちを込めて、見送りました。


   ☆☆☆


後の事になりますが。
工藤王国の一角にある小金石楠花の自生地では、ブルーマスカットが無事根付き、キャンベルガーデンの人々は、再びブルーワインと黄金生糸の生産を行えるようになりました。

やがて木下王国に平和が戻った時、キャンベルガーデンは工藤王国と木下王国にまたがる、大きな自治領となったのでした。


   ☆☆☆


さて、時間は少しさかのぼり、元太王子と歩美が王宮に帰り着いた時の事です。
温かい飲み物で一息ついた歩美と元太王子は、ある事に気付きました。

「園子お姉さんと和葉お姉さんは、どこに居るの?」
「真兄ちゃん、どこ行ったんだ?」

新一王子付きの園子と和葉、それに、毛利兄弟の真王子が、姿を見せなかったのです。

美和子が、由美と顔を見合わせた後、言いました。

「実はね・・・園子さんが・・・」



数日前の事。
園子の姉・綾子からの使いと名乗る者が、園子の元を訪れました。

綾子の嫁いだ富沢伯爵家では家督争いなどがあり、綾子の婿・雄三氏は三男だった為本来跡継ぎの地位になかったのですが、伯爵位が(結果的に)転がり込んで来ました。
思いがけず伯爵夫人の地位に上ってしまった綾子は、まあ基本的には幸せなのですけれども、気苦労も多く、園子にいつも愚痴をこぼしていました。

しかし今回、深刻な悩みで是非とも妹に相談したい事があるとの使者の言葉に、園子は何の疑いも持たず同行し・・・そのまま行方知れずとなりました。

綾子のところでは、最初、使者を寄越した覚えもなく園子は来ていないと言っていましたが、その後急に言を翻し、園子が病気になったので暫く預かると言って来ました。


そこまで話を聞いた歩美は、大きな声で言いました。

「ええ!?それって、変じゃない!?園子さんのお姉さんは、礼節を重んじる人って聞いたよ?そんないい加減な事って・・・!」

美和子が答えます。

「ええ。歩美ちゃんは、身内の人が最初と言を翻して、関わって欲しくないそぶりをする時って、どんな時だと思う?」
「それは・・・本当の事を言えない事情があるって事?」
「そうね。今回の事、両陛下がやはり疑問に思われたのよ。綾子さんが嘘をつくとしたら、誰かの命がかかっているに違いない。だとしたら、実は園子さんが誘拐されてて、鈴木カンパニーが何らかの脅迫を受けている可能性が高い、綾子さんもそれを知らされて園子さんを危険に晒さない為に慌てて言を翻したのだろう、と」

思いがけない話に、歩美は息を呑みました。

「大変・・・!だったら、助けに・・・」
「それは、大丈夫。平次公子・和葉公子妃両殿下が、陛下から直々に命を受けて、救出に向かっているわ。それに、私達には明らかにされていない隠密部隊のメンバーも、動いているらしいし。数は少なくても精鋭メンバーが動いているから、きっと園子さんを助け出してくれる筈よ」

そこへ、由美が口を挟みました。
「で、実はね。言い難い事なんだけど、園子さんの危機を聞いて、弟の1人も慌てて飛び出して行ったの。うちの兄弟は何らかの格闘術に長けている者が多いし、その子もかなり腕が立つから、きっと園子嬢の危機には、大いに役に立ってくれる筈だと信じているわ」

「へっ!?もしかして、真兄ちゃんが?なんでだ?」

素っ頓狂な声をはさんだのは、元太王子です。
そこへ、呆れ果てたような目を向けたのは、長兄の参悟王子でした。

「それはな、元太。キャンベルガーデンまで行ったお前と同じ動機だよ」

元太王子は、一瞬ポカンとしていましたが、次の瞬間、意味を悟って真っ赤になりました。
一方、歩美は首を傾げてきょとんとしています。

美和子がちょっと苦笑して助け舟を出しました。

「あのね。元太王子はお姉さんの事だけでなくて。まだ若い歩美ちゃんが、新一殿下達と一緒とは言え、よその国まで出かけて行くのを、心配してたって事」
「で、弟の真は、園子さんの事が心配で、助けに行ったって訳」

由美王女が、補足して言いました。

「そうだったんだ・・・元太王子様、ありがとう・・・」

歩美に素直な感謝の言葉を述べられて、元太は更に赤くなりました。


「でも、心配だね・・・」

歩美が園子の身を案じて不安そうな声を出しました。

「ええ、そうね。待ってる身も辛いわ。でも、平次公子殿下と和葉妃殿下、真殿下・・・それに隠密部隊の人達を信じましょう」


そしてほどなく。
参悟王子以下、王子達の内4人は優作王から騎士の剣と盾を授けられて、新一王子夫妻達を助けに赴き、他の皆は、キャンベルガーデンから逃げてくる人々の受け入れの為に、てんてこ舞いする事になったのでした。



   ☆☆☆


「な、なに!?」

王宮にようやく戻って来た新一王子と蘭王子妃は、平次公子と、侍女の園子と和葉が不在である事にすぐさま気付き。
そして、園子が行方不明となった事を聞いたのでした。

蘭は、園子の身を案じて真っ青になり、まさに訳も分からず飛び出そうとして、美和子と歩美に羽交い絞めにされて止められました。

「落ち着け、蘭!」

新一王子が声をかけます。
蘭は、目にいっぱい涙を溜めて、恨めし気に新一王子を見ました。

新一王子は大きな溜息をつきました。

「あのな。方向音痴のオメーじゃ、1人で行っても迷子を出すだけだろ?情報を集めるからちょっとだけ待て」

蘭が目を見開いて新一王子を見詰めますと、新一王子は苦笑しました。

「こういう時のオメーが、言っても聞かねえ奴だって事は、よく分かってるよ。一緒に行ってやっから、ちゃんと食事と仮眠を取って、待ってろ」

蘭は、眠れそうにないと思いましたが、確かにキャンベルガーデンから夜を徹しての大脱走を遂げた後でしたから、少しでも身を横たえて休む事にしました。
そして新一王子は情報集めをしようとしましたが、その前に父王から呼び止められました。

「待ちなさい。君にも休養が必要だ。後の事は我々に任せて、君も休むと良い。キャンベルガーデンの顛末に着いての報告も後日で構わんから、今は園子君救出の為に力を温存しておきなさい」

新一王子はここは父王の言う通りだと考え、休憩を取る事にしました。
自室に入った新一は、眠りの効果がある香草が焚かれているのに気付きました。
おそらくは簡単に眠れないであろう蘭の為の、魔法師団長の紅子の心づくしに違いありません。
新一は、暫く蘭の寝顔を見詰め、その眠りを邪魔しないようにそっと隣に身を横たえました。


   ☆☆☆


2人が仮眠から目覚めた時、胃にもたれないような軽い食事と、身を清めるお湯と、着替えの支度がしてありました。
歩美と美和子は、キャンベルガーデンの人々の世話で手一杯です。
これは有希子王妃の心遣いでした。

新一は蘭と共に馬を駆って行く積りでしたが。
竜騎士の赤い彗星がサザビーに乗り、別のサラマンダーを伴って現れました。

「敵は、海上に居るという情報を得ました。馬では無理です。新一殿下は確か竜に乗れる筈と伺ってます。妃殿下も新一殿下と一緒であれば大丈夫でしょう」

新一王子はサラマンダー「コナン」にまたがり、蘭を自分の前に座らせました。

サラマンダーが空高く飛び上がります。
蘭王女は、兄王子達に連れられて網に乗って空を飛んで行った事がありますから、飛ぶのには慣れていましたが、それでも緊張していました。
けれど、しっかりと蘭を背後から支えている新一王子のぬくもりに、徐々に落ち着いて来ました。


『ああ。園子、無事で居て!』

蘭は祈りました。
今はかけがえのない友となった園子の事が心配で、胸が潰れそうでした。


   ☆☆☆


話は少し前――キャンベルガーデンの急を知らせる元太王子と歩美が工藤王国に到着する1日前に遡ります。

富沢家から、最初は使者を寄越した覚えもないし園子は来ていないと連絡があったかと思うと、すぐに言を翻し、園子は病気になったので預かって静養させているという連絡がありました。

誘拐されたのに間違いないと目星をつけた優作王は、平次公子と和葉公子妃、それに隠密部隊のジョディを呼び、園子の救出を命じました。

話を聞いた真王子は、園子が使者と共に出て行った時、後をつけなかった事が悔やまれてなりませんでした。

「参悟兄上。私も園子さんの救出に向かいたいのです。許可を願えませんか!?」

弟の必死の嘆願に、長兄の参悟王子は頷きました。

「分かった。園子嬢には我々も恩義がある。但し、気をつけろよ?聞いた情報だと、どうやら色々なところに魔女ベルモットの魔の手が伸びているらしいからな。園子嬢も、自分自身も、必ず守れ」

長兄の言葉に頷いて、真王子は城を後にしました。


真王子は、園子と使者が向かったらしい方角へと馬を進めました。
すると、鞍だけをつけた栗毛の馬が、王宮に向かって駆けて来るのと出会いました。

その栗毛の馬は、園子が乗って行った馬に間違いありません。
真王子は、今まで乗っていた馬を放し王宮へと帰させると、園子が乗っていた栗毛馬に乗り換え、来た道を後戻りさせました。

空が白み始める頃、真王子は小さな港町に到着しました。
馬がいなないて、沖の方に向かって前脚を高く挙げました。

「園子さんは、船で海に連れ去られたのか?」

真王子がそう訊くと、馬は返事をするようにいななきました。

真王子は馬の背を叩き、駆け通しの労をねぎらうと、再び王宮に向かって走るよう、馬を放ちました。


やがて、朝日が射しました。

1羽の黒鳥が、港から飛び立ちました。
水平線の向こうにいる筈の、囚われの身となっている愛しい女性を助け出す為に。


   ☆☆☆


「どうやら園子さんは〜、港から船で連れ去られた〜らしいですね〜」
ジョディが呟きました。

平次公子と和葉姫、そしてジョディは、僅かな手がかりを元に園子の足取りを追っていて、真王子に遅れる事半日、小さな港町に辿り着いたのでした。


「ここは〜、サラマンダー部隊の〜協力が〜、必要と思いますで〜す」

そう言ってジョディは、紅子の魔法で眠らせておいた鳩に通信を括りつけ、空へと放ちました。


「たっかいなあ。ほな、10万ゴールドでどないや?」
「・・・20万ゴールドだ。びた1文まからんと言った筈だぞ、坊主」
「平次。こないな時やのに、値切り交渉してどないすんねん!」

平次・和葉・ジョディの前には、平次と同じ位色黒で(但しこれは平次公子と違い日焼けによるものと思われます)、隻眼の、いかにも海の男を思わせる屈強な男性が、腕組みをして立っていました。
この港町で1番の船乗りと自認する、シルバーです。

一行は、園子が攫われた船を追って行く為に、船を借り船乗りを雇う事にしたのでした。

服部公国の人間ならば、商魂たくましいのが普通です。
しかし、危急の時にも関わらず値切り交渉する平次公子には、同じ服部公国人である和葉姫も、流石に少し呆れていました。

「オウ!私達〜、そんなにお金の持ち合わせ、ありませんね〜。でも、この港町1番というシルバーさんの助け、どうしても欲しいで〜す」
「ジョディ先生まで。こらあかんわ」

和葉姫はジト目で、値切り交渉に加わったジョディを見ていました。
ちなみに和葉姫がジョディを「先生」と呼ぶのは、自身の教育係だからです。

結局、15万ゴールドで交渉が成立し、一行は海に乗り出しました。


   ☆☆☆


真王子は、高く高く飛び上がり、遠くに船が一隻あるのを見つけました。
それと同時に真王子が見つけたもの、それは・・・嵐でした。

真王子より遅れて、船の乗組員も近づく嵐に気付いたようです。
帆を降ろし、停泊している様子でした。

真王子は必死で羽ばたき、急いでその船に向かって行きました。

嵐は予想外の速さで近付き、やがて強い風と大粒の雨が黒鳥の体を叩き。
やっと船のところまで辿り着いてホッとしたのも束の間、煽られた真王子はバランスを失い、船の甲板に叩きつけられるように着地して、気を失いました。



(12)に続く



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(11)の後書き座談会

秀一「ひ・・・一言だけ言わせてくれ!人使いが荒いぞ!」
ジョディ「まったくで〜す!工藤王国、あんまり〜人材なさ過ぎです〜、もう信じられませんね〜」
参悟「いや、赤井さんは、忍者だったり竜騎士だったり、ここかとおもえばまたまたあちらと、本当にご活躍ですね」
重悟「仕方あるまい、名探偵コナンの登場人物は多々あれど、この話で使えそうなやつは少ないからな」
平次「せや、それに毛利兄弟でその大半取られとるんやで」
ミサヲ「はあ・・・僕も毛利兄弟という立場ですからねえ」
重悟「山村刑事、あんたの場合は他に使いようがねえだろうが」
園子「それにしても、ああ・・・!蘭が私を助けに来てくれるのね!」
真 「そ、園子さん・・・私が先にお助けに上がるんですが・・・(涙)」
美和子「無鉄砲に飛び出すって、工藤君の専売特許じゃなかった?」
博士「何の、無鉄砲さでは蘭君も引けを取らん。全く似た者同士じゃて」
智明「そうですねえ、確かに」
快斗「ところで、今回新登場のシルバーって・・・」
青子「まじ快1巻で、紅子ちゃんより先に登場した海の男だよ」
快斗「・・・コナンとまじ快って、登場人物の人数だけは多い筈だが、残った奴は本当に使えそうもねえ。こりゃ本格的に人材不足だな」


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