The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ(原案協力・東海帝皇)



(9)疑惑の芽



風戸王国の京介王は、自分の寝台で目覚めました。
最初は状況が分かりませんでしたが、すぐに思い出して、慌てて体を起こしました。

側近の者を呼ぶべく手元のベルを鳴らしましたが、誰も来ません。

実は平次公子一行は、ジョディが持参した、火にくべれば催眠作用がある煙を出す薬草を炊いて城中の者を眠らせ、風戸王国を後にしたのでした。

薬草は勿論、志保が栽培し、紅子が調合したものです)



枕元には工藤王国の優作国王からの書簡が残っていました。
その書簡の中身は、一読しただけでは礼節を守った丁寧な文章のようでいて、実は「我が国にも国民にも手を出したら決して許さない」という脅しと警告が充分に利いたものでした。
それを読んで、京介王は激怒し歯噛みしましたがどうにもなりません。
ただ流石に京介王は、国力充分な工藤王国に今すぐ単独で攻め入ろうと考える程に愚かではありませんでした。


けれど、恨みの心を抱いてじっと復讐の機会を窺う事になったのです。









平次公子が工藤王国に帰って来た時。
城全体が祝賀ムードで迎えてくれ、単純に平次公子は気を良くしていました。




「ささ、公子殿下。旅の疲れと垢をお流し下さいませ」

侍女の美和子がそう言って平次公子を浴室まで引っ張って行きました。
平次はすぐにも和葉姫に会いに行きたい気持ちでいっぱいでしたが、その前に美和子に有無を言わせず引きずって行かれて、内心不満タラタラでした。
けれど、和葉に会うのには風呂で汚れを落としてから・・・と思い直し、大人しく従いました。

浴槽には、汚れを落とし疲れを癒すのに効果的な薬草入りのお湯が張ってあります。
細かな気遣いに、平次は少しばかり気を良くしていました。

工藤王国では貴族といえども成人した男性が女性に世話されて入浴する事はありません。
平次公子は、1人でのびのびと湯に浸かりました。
お供の大滝も、別の場所で入浴している筈です。



  ☆☆☆



入浴を済ませて脱衣所に入りますと、普段は身に着けないような立派な礼装の準備が整っていました。
平次公子は首を傾げましたが、帰って来た使者が国王に謁見する為の服装だろうと考え、袖を通しました。
疲れを癒す為の、冷やした香草茶も用意してあり、それを飲んで心身共に落ち着いたところで、平次は国王に謁見する為の大広間へと向かいました。



☆☆☆



大広間の扉では、着飾った2人の侍女――歩美と園子が待っていて、恭しく平次公子に礼をして、扉を開けました。

シャンデリアが煌びやかな光を投げかけ、平次公子が思わず目を細めます。
ファンファーレが大きく鳴り響き渡りました。

見ると、国王夫妻・王太子夫妻を始め、主だった人々が正装して居並んでいました。

「平次!」

平次が会いたかった女性が、純白に輝くドレスにベールの裾を引き・・・つまり早い話が、花嫁の格好をしてそこに立っていたのです。

そのあまりの美しさにボーっとなった後、平次公子は事態に気付きました。



平次が何かを言おうとするより先に、優作王が口を開き、厳かに言いました。

「服部大公の公子・服部平次、使者としての公儀を立派に果たして帰った事、大儀であった。ついては、その功績に報いる為、遠山元帥の一人娘和葉姫を娶る事を許す。2人協力して末永く、服部公国を治めて行くように」

平次は国王に対し「こんの狸陛下〜!」と内心思いましたが、勿論口に出来る筈もありません。

新一王太子が、そっと平次公子に耳打ちしました。

「オメーが、帰って来たら契りを結ぼうと和葉姫に約束した件、わが国の誇る隠密部隊からしっかりと情報が伝わってんだぞ。ま、覚悟を決めるんだな。オメーにも決して異存のある事ではねえだろ?」


そう言えば、と平次公子は思い出していました。
隠密部隊の3人は、平次公子や大滝とは風戸王国を出た時点で別れましたが、その時ジョディがにこやかに言ったのでした。

『公子殿下〜、無事にご帰還出来て、本当に良かったですね〜。これからイイ事が待ってますからね〜、頑張って下さいね〜。それと〜、壁に耳あり、障子に目ありですよ〜、気を付けて下さいね〜』

平次公子は、『障子って一体何の事や?』と訝りながら、自分たちと別行動となる隠密部隊を見送ったのですが・・・おそらく「チクリ屋」はジョディに間違いないと気付いて、むかむかして来ました。



「平次・・・ホンマは嫌やってん?」

思わず仏頂面になった平次に、和葉が泣きそうな小声で訊いて来ました。
和葉と並んで目暮大司教の前まで歩いていた平次は、ハッと我にかえりました。。
このような場面で不機嫌な顔などしていたら、どれ程和葉を傷付ける事になるかに思い至ったのです。

「せやない・・・和葉、お膳立てされとったんが気に入らへんかっただけや。お前と結婚するんが嫌なんやない」
「せやけど・・・」

なおも不安そうに瞳が揺れる和葉に、平次公子は苦笑して見せました。

「堪忍な。俺は自分の口でお前にプロポーズしたかったんに、それが出来んで面白うなかった、ただそれだけや。俺の嫁はんはお前しかおらへん。そないな顔をするなや。笑わんと、せっかくの衣装が台無しやで」
「・・・うん!」

ようやく和葉が微かに笑顔を見せたので、平次も安心しました。

「そん代わり、今夜は寝かせへんからな」

平次の言葉に和葉は真っ赤になって「アホ!」と返しました。





その夜。
確かに2人は寝られない夜を過ごしましたが。
宴が夜通し続き、他の者は交代で休みましたが花婿である平次公子はその場を離れる事が許されず。

2人の「初夜」は、また後日の事となったのでした・・・。



  ☆☆☆



平次公子はパーティ会場である大広間から離れられませんでしたが、和葉は女性ですから皆が気遣い、1人、寝室へと引き上げる事が許されました。
和葉は新しく城の中であてがわれた平次と2人の寝室へ入ると、美しいけれど窮屈なドレスを脱ぎ、部屋着へと着替え、溜息を吐きました。

「平次・・・アタシはホンマに嬉しいんやけど・・・平次にとってはアカンかったんちゃうやろか?」

和葉が引き上げる時、再び仏頂面になっていた平次の顔を思い出して、和葉はそう独りごちました。

「和葉ちゃん!あ・・・公子妃殿下、おめでとうございます」

園子・美和子・歩美に続いて、蘭王太子妃、それに王太子妃の姉である由美王女まで部屋に入ってきたので、和葉は驚きました。

「和葉お姉さん・・・何だか浮かない顔してるけど・・・何で?」

歩美が心配そうに和葉の顔を覗き込みました。

「流石に疲れたのでしょう?ここ暫く忙しかったし、気も張り詰めていたから」

美和子が気遣わしげに、そう言いました。

蘭が、トレイに乗せた和葉の好きな菓子を差し出し、ニッコリと笑いました。

「あ・・・ありがとうございます」
「私は経験ないけど。結婚披露宴って、花嫁はろくに物を食べられないし。まずは温かい飲み物と美味しい食べ物で、くつろぐ事が大切よ」

そう言って由美王女が、香り豊かなお茶をカップに注いで和葉に差し出しました。

「これはね、蘭が私達に準備を頼んで来たの。やっぱり花嫁の先輩だけあって、和葉ちゃんが疲れるだろう事、予想が付いてたみたいね」

それぞれに持ち込んだ軽食や飲み物をその場に広げます。
さながら、ピクニックか何かのようでした。

和葉は、皆の心尽くしをありがたく受け取り、口にしました。
体がほんわりと温まり、疲れが取れていくようです。
皆の温かい心遣いを感じ取り、和葉はほろりと涙を流しました。

「和葉ちゃん!?」
「妃殿下!?」
「アタシは、ええんよ。こないにみんなに優しくして貰えるし。けど平次は・・・大役果たして疲れて帰って来たら、有無を言わさず結婚式やん?アタシには『嫁はんは和葉しかおらん』言うてくれたけど、ホンマはきっと嫌やってん」
「え〜!?そんな事、絶対にないって!」

和葉の言葉に、園子が呆れたように言い返しました。

「ホンマや・・・平次はただ、アタシとその・・・え、エッチしたかっただけで・・・結婚はまだ先と考えとったんやと思う・・・」
「何を仰います!?遠山元帥の一人娘であらせられる和葉姫に、愛妾のような真似をさせられますかっ!」

今度は美和子が少し怒った調子でそう言いました。

「せ、せやけど・・・新一殿下かて・・・」
「新一様は、最初から蘭様をお妃にするつもりだったじゃない。平次様だって、和葉お姉さんの事、遊ぶつもりなんかじゃなかったと思うよ」

年若な歩美も、真っ直ぐに和葉を見てそう言い放ちました。

「でも、さっきアタシが先に寝室に引き上げる時・・・平次、不機嫌やってん・・・」

和葉が辛い思いを吐き出しますと、3人の侍女と由美王女は一瞬黙った後、一斉に笑い声を上げました。

「そ、そりゃあ・・・平次公子も、こらえ性のない・・・」
「どうせ後2,3日待てば良いだけなのに」
「平次様って、まるであたしより年下みたいなんだから」
「もう本当に・・・男の人って、仕方ないのねえ」

4人がお腹を抑えひいひい笑い、蘭王太子妃まで声を出さずに笑っているのを見て、和葉は呆然となりました。

「あのね、和葉お姉さん。蘭様が今夜和葉様のところに行くと聞いた時、新一様、とっても機嫌悪かったよ。それとおんなじだと思うの」
「そうそう。蘭様のこと、もう毎晩離さないんだからさ、たまには良いと思うのに、新一殿下も本当にこらえ性がないわよね」

歩美と園子の言葉に、蘭が真っ赤になって俯きました。

和葉はまだ5人が何を言いたいのかに気付かず、目が点になっています。

「あのね。公子殿下は、『生きて帰って来たら』と和葉姫とお約束された事を、早く実行なさりたいだけなの。帰国したばかりでいきなり結婚式で、とてもお疲れの筈なのに、そっちの方はお元気なんだから」

美和子の言葉に、和葉はちょっとの間考え込み・・・意味に気づいて、顔が赤く染まりました。
ここにいる女性陣が5人共にそう考えている・・・という事は、おそらくそれが事実なのでありましょう。
こういう事に関しては、何故か、傍から見ている方がよく分かるものなのだなと、和葉はぼんやり考えていました。


「ところで、蘭妃殿下は、そろそろ王太子殿下の元へ戻らへんでええの?」

お茶とお菓子でくつろいだ後、和葉は蘭に尋ねました。
蘭はニコリと笑って首を横に振ります。

「ま、アタシはええねんけど。新一殿下の機嫌がわるうなっても知らんで」

由美王女は美和子とちょっと顔を見合わせて、複雑な顔をしていました。
2人は男性体験皆無ではありますが、この中ではちょっとばかり人生の先輩でしたので、蘭王女が新一王太子を微妙に避ける事情に、薄々感付いていたのです。


その夜は、蘭王太子妃、和葉公子妃、園子、美和子、歩美、由美王女とで楽しく盛り上がり・・・いつの間にか公子夫妻用の大きなふかふかの寝台の上で、6人寄り添って眠りに落ちていました。









平次公子と和葉との結婚式が終わり、3日3晩に渡って続けられて宴も終わって、更に数日後の夜。

蘭王女はいつも通り、眠る新一王太子の腕をすり抜け、小部屋で帷子を編む作業を行っていました。
慣れたとは言え、編み針も何も使わずに硬いイラクサの繊維を編むのは、並大抵の事ではありません。
それでも、ようやく5枚目の帷子に取り掛かったところでした。

イラクサの帷子を編む作業は全て1人でこなさなければなりませんが、皆から大切にされ、協力を受けて、順調に作業は進んでいます。
ただその全てを夫である新一王子には隠しておかなければならない事が、辛くてなりませんでした。


蘭王女は、つい先程新一王子の腕の中で、身も心も蕩ける様な時間を過ごした事を思い起こし、全身が熱くなりました。
新一王子と2人で愛を交わす時間は、素晴らしい時間ではありますが、兄王子達の命を奪わない為に声を殺さなければいけないのが何とも辛い所でした。
新一王子と情を交わせば交わすほど、愛される歓びを知れば知るほど、「声を出さない」で居る事は、辛く困難な事になってきていました。

帷子を編み上げるまでは・・・そして新一王子に「自分の口で」愛の言葉を告げる事が出来るその日迄は、どんなに苦しくとも耐えなければなりません。



そういった事情で、最近の蘭王女は、微妙に新一王太子を避けるようになって来ていました。

蘭王女は、頭を冷やそうと、作業を中断してガウンを羽織り、お城の中庭に出て行きました。
日中白鳥の姿である兄王子達が泳ぐ大きな池を、満月が照らし出しています。


『お父様、お母様』

蘭王女は、月を見上げながら、声に出さずに呼びかけました。
今は命に別状はないと言われている父と母ですが、どんなに辛い思いをしているだろうと考えると、胸が痛みます。

『待ってて・・・お兄様達の魔法を解いて・・・必ず助けに帰るから・・・』



「眠れないのかい?」

声を掛けられ、蘭王女は振り向きました。
そこには、蘭・真・探の三つ子のすぐ上の兄である、智明王子が立っていました。


蘭が言葉を出せない事を知っている智明王子は、蘭の言葉での答を期待している訳ではないのでしょう。

「僕も、考え事をしていてね。目が冴えてしまったので、散歩をしているんだ」

そう言って、蘭と並んで立ち、月を見上げました。


蘭は、ハッとします。
智明王子は、遠い故郷に妻となったばかりのヒカルを置いて来たのでした。
きっと今、ヒカルの事を思い出して切なくなっているに違いありません。

思わず智明王子の顔を見上げた蘭王女に、智明王子はふっと微笑みかけました。

「蘭。お前の事だ、余計な事を考えているんだろう?だがね、僕の事など案じなくて良いのだよ。僕はヒカルを置いて来た。けれど、ヒカルという妻を得て、妻が待っていてくれると思うだけで、勇気が出てくる。必ず帰ろうと決意を新たに出来る。僕は幸せなのだから、気に病まなくて良いんだ」

蘭は頷きながらも、妖精の森で智明を待っているだろうヒカルの事を思い、涙を流しました。

智明王子が、優しい目で蘭王女を見て、問いました。

「蘭。新一王子は優しくしてくれるか?お前は・・・幸せなのか?」


智明王子の言葉に、蘭は目を見開き・・・自分でも顔の表情がほころぶのが分かりました。
たとえどのような状況であっても、新一王子の傍に居られる事がこの上ない幸せな事だと、蘭王女自身も自覚しているのです。

蘭王女は頬が熱くなるのを感じながら、頷きました。
智明王子は、優しく微笑みます。

「蘭。お前が幸せなら、良いんだ。お前にはただでさえ1人だけに苦労をかけている。お前の事だから、『兄さん達が大変なのに』と思っているだろうが、何も遠慮する事はない。むしろ、お前が幸せで居てくれる方が、我々も嬉しい。それに、お前にただ苦労ばかりかけているとなれば、僕達は父上と母上に顔向けが出来ないよ」

智明王子の言葉に、蘭の心は少しだけ軽くなりました。




さて、兄妹がほのぼのと交流をしているのを、少し離れた場所から見ている人影がありました。

「あ、あの男は一体何だ!?蘭、何故そんなに幸せそうな笑顔をする!?」

蘭王太子妃の、はにかむような笑顔は、傍から見ても幸せそうで、思わず見惚れてしまう程に美しいものでした。
蘭が新一王子を想って見せた笑顔を、目の前に居る男(=智明王子)に見せたものと勘違いしてメラメラと嫉妬の炎を燃やしているのは・・・勿論、新一王子その人です。

新一王子は、蘭王女が毎晩自分の腕をすり抜けて小部屋へ篭る事には気付いていました。
今夜は、その小部屋をも抜け出して中庭に出る姿が見えましたので、こっそりと後をつけたのでした。

蘭王女と、背の高い優男とは、お互いに優しい微笑を交わしましたが、全く触れ合うでもなく・・・けれど2人の間には、確かに温かい愛情に満ちた空気が流れていると、新一王子は感じました。

「蘭・・・!オメーはもしかして・・・本当はその男と想いを交わしていたんじゃ!?けれど俺が一国の王子だから逆らえず・・・体はオレのものになっても、心だけはその男のものなのか!?」

あらぬ疑いを持ってしまった新一王子でしたが、そこには無理からぬ事情も潜んでいました。
蘭王太子妃が、新一王太子以外に体を許していない事は確かな事実で、その点で新一王子が疑いを持った事はありません。
しかし、肌を重ねる毎に段々、蘭王女は新一王子と床を共にする事を微妙に避けるようになってきました。
最近の蘭は、新一王子の腕の中では妙に力が入って眉を寄せた表情で、苦痛に耐えている風にも見えます。
最初の時にあっさりと新一王子を受け入れてくれた時とは明らかに変化しており、新一王子はその事で胸を痛めておりました。
だからと言って、抱かずに我慢するという事も、そう何日も出来るものではありません。
それに、新一王子が我慢した夜の蘭は、どこかホッとした様子でもあるけれど、寂しそうでもありました。



「俺の妃になるのを嫌がったのも・・・本当の理由は、あの男のため・・・か・・・?」

自分の欲望で、蘭に辛い思いをさせたのかも知れないと思うと、それはそれで新一王子にはとても辛い事でした。
けれど、たとえ蘭の心が自分ではなくあの男に向いていても、我儘と言われようが、蘭を離す気は全くありませんでした。



蘭王太子妃は、幸せそうな笑顔を浮かべたままで、その男と別れ、建物の中に入って行きます。
男は、優しい表情で蘭を見送った後、ふと寂しげな表情を浮かべ、月を見上げました。

蘭に優しい表情を向けただけで触れるでもないその男の態度に、新一は蘭への純粋な愛情を見たような気がして、抑えようもない嫉妬の気持ちが更に膨れ上がるのを感じていました。


「それに・・・あの男、何者なんだ?」

城内に、新一王太子の知らない人物が入り込んでいる・・・その事に、新一王子は別の意味で不快感を覚えていました。

「俺の知らないところで、何かが進行している?」

この城内に、怪しい者が入り込む筈がない事は、分かっているのです。
であれば、自分自身がどうやらつんぼ桟敷に置かれているのであろうと、気付いたのでした。

「父上達がご存じない筈がない。となれば・・・服部は、どう考えても俺と同じつんぼ桟敷に置かれてるな。関わっている者はどれ位居るのだろう?」


皆で協力し合って新一王子に隠し通してきた事が、もろくも崩れ去ろうかという危機に直面していました。



  ☆☆☆



「快斗!新一王子には目くらましの魔法が効かなかったよ〜」

妖精王女の青子が、白い魔法使いキッドが居るお城の台所(キッドはここが気に入って、入り浸ってよくお茶を飲んでいました)へ駆け込んできて訴えました。

「もしやそうかも知れないと危惧してたが、やっぱりそうか・・・」
「それでね、新一王子様、蘭ちゃんがお城の庭でお兄さんの1人と会ったところを目撃しちゃったの」
「あっちゃあ〜。それって、もしかして最悪かも・・・。兄弟だと知れたら、そりゃそれでアウトだが。兄弟と知れなければ、また別の意味ですっげーやばいんじゃねえか?」
「ねえ快斗、どうしよ〜」
「とにかく、彼らの存在と身分が新一王子にばれたら拙い。ここはやっぱり国王夫妻と相談すべきだろうな・・・」


青子姫とキッドから話を聞いた優作王は、深く頷いて言いました。

「新一のことだ、いずれは手がかりを辿って真相にたどり着いてしまう可能性が大いにある。ここはやはり・・・」
「やはり?」

有希子妃とキッドと青子が固唾を飲んで次の言葉を待ち受けます。

「新一君にばらしてしまいましょう」

その言葉を聞いた一同が、脱力してひっくり返ったとしても、無理はありますまい。

「こらこら、落ち着きなさい。私はふざけて言っているのではないよ。下手に隠し立てをすると、新一君はどこまでも真実を求めて追及して来る。それを阻止する為の方法としては、『真実を追究する事が拙い』事実を、あの子に伝えるのがベストだと思う」

有希子王妃が素早く立ち直って言いました。

「そうか!新ちゃんが全てを知る事が、呪いの成就に関係しているという事が分かれば・・・!」

「でも、その方法は危険ではないですか?やつの・・・ご子息の事だ、それを突きつけるだけで、全体像をある程度掴んでしまう可能性だってあると思いますがね」

快斗の言葉に優作王は笑って答えました。

「心配ない。あの子の蘭くんへの気持ちは、その思考をねじ伏せてしまう位の力を持っているからね。あの子は気付きそうになった事実を心の底に封印するだろう。全てを明らかにして良いその日までは」
「そっかなあ。やつは・・・あ、いや、新一王子は、墓穴を掘ると分かっていても、真実を追究しそうなタイプに思えますがね」
「魔法のない世界では、そうかも知れないね。けれどあの子もこの世界では、魔法の理不尽さと法則とを心得ている。自身は全く魔力の欠片もなくてもな」
「ううん、王子様はすごい魔力を持ってるよ。意識しては全く使えないらしいけど、魔力を無力化してしまうんだもの」

青子王女の言葉に、キッドが頷きました。

「そう、目くらましも効かねえし、そもそも蘭ちゃん・・・あ、いや、王太子妃が白鳥にならなかったのも、出会う前から新一王子に守られていた為だからだからね」

優作王は、笑顔でそれに答えました。

「確かに、心配になるのも無理はない。だが多分、そういった無意識領域で、新一君は蘭君を守ろうとして真相に気付かないで居てくれると、私は思っているよ。下手な隠し立ての仕方を続けようとしても、もはや無理であろうという事は明白だ。むしろあの子にはストレートに手の内を明かした方が良い」

結局、危険は伴いますが、優作王の言う方法が一番であろうとの結論に達しました。

「ただ、どう伝えるかも慎重に考えたいし、皆でもう1度打ち合わせもしたい。時間が欲しいな。新一君は確か、キャンベルガーデンへの招待を受けていた筈だ。丁度いい、暫く蘭君と一緒に、この国を離れていて貰おう」



  ☆☆☆



「和葉ちゃん!あ、いや・・・公子妃殿下」

侍女達の部屋に顔を出した和葉に、園子が声を掛けて来ました。

「その妃殿下ってのはやめてえな。アタシはアタシ、何も変わらへん。今迄と同じお付き合い宜しゅう頼むで」
「和葉ちゃんのそういうとこ、好きだな〜。で、新婚生活はどう?」

園子に訊かれて、和葉は首筋まで真っ赤になりました。

「ははは、訊く方が野暮だったわね」

園子が苦笑します。

「あんな・・・アタシ自身、平次と夫婦になって思ったんやけど・・・」

和葉がちょっと深刻そうに言ったので、侍女仲間が真面目な顔で聞き入ります。

「その・・・あの・・・夫婦になって・・・声が・・・出てまうんや・・・どうしても」

和葉が赤くなってしどろもどろに言った事が、最初は皆に伝わらず、皆、首を傾げました。

「あの・・・好きな相手と『夫婦』になるっちゅうんはホンマに幸せな事で、あれは体験してみんと分からんと思うんやけど・・・その・・・声を『我慢する』んは、並大抵の事やあらへんのに気付いたんや。せやから蘭様はむっちゃ辛いんやあらへんやろかと・・・」

そこまで聞いて、ようやく園子達は和葉の言わんとするところが理解出来ました。

「・・・そりゃあ、一刻も早く蘭様の『作業』が終わらないと、新一殿下も、お互いが辛いわよねえ」

園子がそう言って溜息を吐き、美和子が考え込みます。

「辛い、ってだけじゃないわ。殿下は、蘭様の事情を知らないままだと、ヘンな風に誤解しかねないわね」
「でも、新一様が全てを知ったら、呪いが解けなくなってしまうんでしょ?」

歩美がそう言って、一同は考え込みました。
とにかく早く呪いが解けるように、出来る限りの協力をする・・・4人にはその位しか、思い付きませんでしたが。









「蘭。話がある」

ある晩のこと、新一王太子に改まった様子でそう言われ、蘭は小首を傾げてそれを聞いていました。

「木下王国にあるキャンベルガーデンから、招待状が届いてたんだ。服部の事が気になって延ばしていたんだが、無事戻ってきた事だし。3日後に、キャンベルガーデンに向かおうと思う。暫く・・・多分、1月ほどは、留守にする事になるだろう」

新一王子の言葉を聞いた蘭の顔に、奇妙な表情が浮かびました。
一瞬顔が曇り・・・その後、ぎごちない笑顔を作ったかと思うと、涙が頬を伝い、慌てて俯いたのです。

「蘭・・・?どうした?」

蘭の動揺した姿を見て、新一王子は慌てまくりました。

『ハッ・・・まさか・・・あの男と離れるのがイヤなのか!?』

動揺する新一王子を他所に、蘭王太子妃は、慌てて涙をこすって、今度はきちんと笑顔を作り、新一王子に向き合いました。
そして新一王子の掌に指文字で何かを書き始めました。

「んん?『泣いたりしてごめんなさい。新一様の留守はしっかりお守りするようお勤めします。安心して行ってらっしゃいませ。そしてどうかご無事にお戻り下さい・・・』って、蘭?オメー勘違いしてねえか?妻帯者である俺が1人で親善訪問する訳ねえだろ」

新一王子の言葉に、蘭は目をぱちくりさせました。

「俺と一緒に行くのは、イヤか?」

蘭王女は、慌ててぶんぶんと首を横に振りました。
そしてにっこりと笑い、新一王子の胸に飛び込んで来ました。

新一王子は、蘭王女の髪を撫でながら、色々と思い巡らしていました。

『今の蘭の態度から言えば、蘭は俺と一緒に居たいと思っている・・・?じゃあ、あの男との事は、俺の卑しい邪推だったのか?』

まだ、すっぱりと疑惑の芽が捨てられた訳ではありませんでしたが。
ともかくも、蘭が一緒に行く事に逡巡しなかったので、新一王子はとりあえず、それで良しとする事にしました。



キャンベルガーデンへの旅に、何が待ち受けているのか。

この時点では、誰も予測していませんでした。



(10)に続く



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(9)の後書き座談会


園子「和葉ちゃん、おめでと〜」
和葉「あ、ありがと。原作でもこんなんなったらええん・・・って、ちゃうちゃう!アタシは平次のお姉さん役でな!」
平次「アホ。台本がああやったから仕方なくお芝居しただけや。誰があんな乱暴な女と・・・」
光彦「ふたりとも、素直じゃないです」
ジョディ「違いますね〜、2人とも照れてるだけで〜すね〜」
平次・和葉「「誰が!!」」
美和子「・・・息がピッタリ」
由美「ほ〜んと」
智明「はあ。僕って結局、当て馬だけの存在なのでしょうかね?」
園子「う〜ん。私的に新出→蘭も面白いと思うんだけど、ドミさんの頭にはそれは全くないみたいね」
智明「縁起でもない事を言わないで下さい!それに、鈴木さんは蘭さんのお友達でしょう?工藤君以外の男性とどうこうなって良いんですか?」
園子「私は構わないわよ。蘭さえ良ければ、新一君はどうだっていいんだもの」
平次「ほ・ほー。今度姉ちゃんを焚き付けて京極はんに迫らせてみよか♪」
和葉「へ、平次!」
平次「工藤は俺のダチやからな、鈴木の姉ちゃんにいいようにはさせへんで」
和葉「けど、そんな事したら、工藤君に殺されてまうんは平次やで!」
真 「そ、園子さん、大丈夫です!私はあなた一筋ですから!」
園子「真さん・・・vv」
美和子「それ以前に、蘭さんが他の男性を誘惑するなんて考えられないわよね」
由美「ほんとに。あの子、真面目だしね」
智明「やれやれ・・・」
ワタル「新出先生は確かに、当て馬には非常に都合のいいキャラかと。もっとも、ドミさんの中では新出先生×ひかるさんのカップルが確立しているらしいですね」
任三郎「それにしても、とうとうテレビでも本物の新出先生が復帰しましたね。この連載開始の頃は、原作で偽新出先生の正体がばれたばかりだったのに」
真「『僕はどこへ行ったんですか?』と仰った堀さんも、きっとホッとした事でしょう」
園子「ふ〜ん。この連載がもたもたしている内に月日は流れたって事ね。ところで話は変わるけど、欧米のお風呂には脱衣所ってなかったんじゃない?」
由美「この話の舞台って、欧米なの?」
探 「アメリカって事はないでしょう。けれどヨーロッパなのかも微妙ですね」
園子「東の遠い国が日本であるかのような描写もあるから、てっきりヨーロッパかと・・・」
真 「だけどそれにしては時代考証がいい加減だし、全く架空の設定も多々あるから、あんまり拘らない方が良いかと」
参悟「東洋か西洋かと言えば・・・ドミさんって、名前も最初はカタカナにしようとしたんだそうだ。なのに漢字で押し通しているのは何故かと言えば・・・」
重悟「は?理由があったのか?」
参悟「他の話を書くときに、変換のやり直しをしないといけないのが面倒臭い、というのが理由らしい」
重悟「成る程・・・似非西洋風で決める為に、本当は片仮名名前にしたかったが、面倒臭くて止めてしまった、という事か」
ワタル「ところでこの話、いよいよ2004年中には終わらない事が確実になりましたね」
任三郎「来年も、ドミさんがイベントに出没&新刊を出す関係上、サイトの更新がおざなり→連載が滞るのではないかと」
美和子「でも、原作が終わる前には、こっちの連載が終わるでしょ?」
探 「何か、それも悲しいですけどね。まあ僕の立場としては、コナンなどさっさと終わらせて、まじ快の連載をして欲しいという気もありますが」
キッド「それは、俺も同感。ちょい微妙だけど。それにしても最近主役の2人が座談会に出ねえよな。まあ蘭ちゃんは今口が利けねえから仕方ねえけど」
青子「色々と忙しいのよ。それに、新一王子と蘭ちゃんは、今頃キャンベルガーデンへの旅立ちの準備をしていると思うよ」
智明「次回はキャンベルガーデンで、どんな展開が待っているのか分かりませんが、工藤君達には頑張って夫婦の危機を乗り越えて欲しいと思いますね。僕もいつまでも当て馬にされるのはたまりませんし。という所で、今日はこの辺でお開きにしたいと思います」
真 「新出先生も、いつの間にか司会づいてきましたね」


(8)「隠密部隊」に戻る。  (10)「戦争の始まり」に続く。