The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜


byドミ(原案協力・東海帝皇)



(14)工藤王国包囲網



「歩美の姿が見えねえようだが、どうかしたのか?」
「ちょお、お使いを頼まれて、薬草菜園まで出かけとんのや」
「お使い?もう、日が落ちてるぞ?大丈夫なのか?」
「あら、心配ないですよ。志保さんも一緒だし、ちゃんとナイトも付いてますから」
「ナイト?あの小太りの少年か。1人よりは良いが・・・」
「いざとなったら、青子があげた痴漢撃退アイテムがあるから、大丈夫」

最近、侍女の最年少である歩美が、日が落ちた後に外を出歩く事が多くなっていました。
それは、歩美が、元太王子。光彦王子・志保との4人で遊ぶ機会が多くなった為です。
元太と光彦は、日が射している間は白鳥になってしまいますから、日が落ちた後、真っ暗になってしまうまでの僅かな時間が、交流出来る時間だったのです。

日が射している間は、元太が歩美を、光彦が志保を、それぞれ背中に乗せて、空の散歩をする事もありました。

新一王子は、そういった事情が分かっていませんでしたから、妹のように思う歩美の身に危ない事がないか、それを心配していたのです。
阿笠博士の養女である志保は、しっかりしていますから、志保が一緒なら大丈夫だろうとも思っていましたが。


元妖精王女だった青子は、いつの間にか侍女達の部屋に入り浸っていました。
キッドと青子は、2人のささやかな新居が街中にありますが、王宮内に部屋が与えられました。
新一王子からは、キッドに対して、「必要以上に蘭妃に近寄らない事」という条件がつけられましたが。

「ちぇ。それって、オレの事ばかりじゃなく蘭ちゃんの事も信用してねえって事じゃん」

キッドが零しますと、青子からモップで頭をはたかれました。

「それは、快斗が女好きだって事、見抜かれてるからでしょ!?文句言う位なら身を慎みなさいよ!」
「だ〜っ!慎んでるよっ!青子以外の女を抱いた事ねえし!」
「明らかな浮気はなくても、思わせ振りで女の子をトロンとさせた事は、数え切れない位あるじゃない!」

2人に与えられた部屋の中で口喧嘩をしていた2人ですが、窓の外から視線を感じ、そちらへ目を向けました。
そこには、黒鳥と小太りの小白鳥が飛んでいて、気の所為かキッドを睨んでいるようです。

「ホラ。真王子と元太王子も、愛しの女性に思わせ振りをした快斗の事、怒ってるよ!」
「・・・精進します・・・」

キッドは、この2人(2羽?)を本当に怒らせたら恐ろしいものがあると分かっていましたので、しおらしくうな垂れました。


   ☆☆☆


今日も、歩美は元太小白鳥の、志保は光彦小白鳥の背中に乗って、遠出をしていました。
そして、日が沈んだので、暗くなりかけた道を徒歩で歩いて王宮まで帰っていました。

「迂闊だったわ。日が沈む前に、もうちょっと王宮近くまで戻っておくべきだったわね」
「うん、やっぱり空を飛ぶのと地上を歩くのでは、かなりスピードが違うよね」
「そうですね。ボクは一刻も早く元に戻りたいですが、大空を自由に飛び回る事が出来なくなるのだけが、ちょっぴり残念です」
「あ、それはオレもちょっとだけ思うぜ」

4人一緒でしたから、心細く思う事も怖いと思う事もなく、4人は歩いていました。
と、道中道端で、難しい顔をしながら絵を描いている老人と出会いました。

「お爺さん、こんな寂しい所で1人で居ると、危ないですよ。夜盗や獣に襲われたら・・・」

光彦王子が声をかけました。

「お若いの、邪魔せんでくれ。この黄昏の僅かな時間の風景を、急いでスケッチしとるんじゃから」

老人は、絵を描き続けながら答えました。
やがて、星が瞬き始め、真っ暗になり、絵が全く見えなくなった時、老人は筆を置きました。

「ふう。後は明日じゃな。明日も今日のような天候だと良いが・・・」
「お爺さん、お家はどこです?送りますよ」
「わ!ビックリした、お前達、まだ居たのか」
「お爺さん1人放って置く事なんか出来ません」
「やれやれ、お人好しだのう。じゃが、ワシに関わらん方が良いぞ」

まるで、その老人の言葉に呼応するかのように。
足音がして、怪しい人影が数人、そこに現れました。

「見つけたぞ!如月峰水!」
「さあ、帝国に帰って貰おう!女帝陛下は、目の前でお前が引き裂かれるのをお望みだ!」

口々に言って、怪しい男達は老人を連れて行こうとしました。
歩美・志保・元太王子・光彦王子の4人は、その老人を庇うように立ちはだかりました。

「何を乱暴な事してんですか!?」
「お年よりは労わらねえといけねえって、オレの母ちゃんがいつも言ってるぞ」
「あなた達。この国の人ではないわね。この工藤王国内で狼藉を働くなど、言語道断!」
「寄ってたかってお爺さんを苛めるなんて、許せない!」

「お前達。気持ちはありがたいが、相手が悪い。ワシは罪を犯して来た、もとより老い先短い身、最早この命がどうなろうと構いはしない。若いお前達には未来がある、さあ早く、この場を去りなさい!」

「そんな訳には行きませんよ!」
「弱い者苛めに知らん振りなんかしたら、母ちゃんがもう2度と家に入れてくれねえぜ」
「工藤王国の威信にかけて、王国内で外国の刺客に狼藉を働かせる訳には行かないのよ!」
「お爺さん、私達が絶対守ってあげるんだから!」

志保は、目で人数を確認しながら、懐にある痺れ薬の薬草を取り出そうとしました。

『周りを取り囲まれている。下手すると私達の誰かが薬を吸ってしまうかも。誰かが倒れたら、残った者が担いで行けば良いけれど、でも、敵の内誰かが残ってしまう可能性もある』

志保の背を冷や汗が流れます。
躊躇っている暇はないと、志保が意を決して薬草を使おうとした時。

「そうだ、これ!」

歩美が、緑色の宝石が嵌った腕輪を、頭上にかざしました。
危機になったら使うようにと、歩美が青子から貰い受けた腕輪です。


腕輪から、緑色の眩い光が出て、辺りを照らしました。
すると、突然風が吹き、木の葉が舞い上がって、歩美達と老人の周りを木の葉が渦を巻いて飛び回りました。

「う、うわあああああ!!」
「逃げろ!」

怪しい男達は、慌てて逃げ去って行きました。


「い、今のは一体?」
「これ、青子さんから貰ったの。妖精の風と緑の力がこれに篭っていて、いざとなったら風と植物が味方してくれるって」
「そうだったの。でも、どうして彼らは急に、逃げ出してしまったのかしら?」

「木の葉の1枚1枚が、全部屈強な兵士に見えたのじゃよ」

解説したのは、老人で。
4人は驚いて老人を見ました。

「妖精王国の『幻影の腕輪』、話に聞いた事はあるが、ワシも実物をこの目で見るのは、初めてじゃわい。お前達、良く見れば身なりも良いし、ただの少年少女ではないな」
「お爺さん・・・」
「如月峰水じゃ。今の男達はスコーピオン王国の追手。ワシはスコーピオン王国で何人も手にかけた大罪人。お前達に守られる資格など、ないんじゃよ」
「たとえ、罪人だとしても。あなたは今、工藤王国に居る。他所の国からの追手に攫われるような真似をさせる訳には行かないわ。罪人は、工藤王国の法において裁かれるのよ。勿論、あなたの居た国から正式な申し入れがあり、その申し入れが順当なものなら、引き渡す事も有り得るけどね」

志保の言葉に、峰水は目を細めました。

「ほほう、君は、若いがこの国の中枢に近い位置に居るのじゃな?」
「薬師長の地位を拝命しているわ。普段、直接裁きの場にタッチする事はないけれど、こういった時にある程度の判断を任せられるだけの権限は、持っているの」
「おお、そうか。ワシも、この国に生まれたかったのう。ワシが愛してやまぬ霊峰・聖山も、確かこの国の辺境から見られる筈じゃから」
「ともかく、再び追っ手が来る前に、王宮に向かいましょう。話はそれからで」
「ああ、最早ワシの命は、君達に預けた。言う通りにしよう」
「ところで爺ちゃん、王宮までは後1時間ほど歩かなくちゃいけねえけど、大丈夫かよ?」
「バカにするな。杖はついて居るが、まだまだ若いもんになど負けはせんわい!」


そして一行は、王宮に向かいました。


   ☆☆☆


「ふむ、成る程。丁度、スコーピオン帝国の青蘭女帝からも、如月氏引渡しの要請が来ているし。ここは、きちんと裁きの場を設けねばなるまい」

如月峰水の事を聞いた優作王は、そう言いました。

そして、国王・王妃・王太子臨席の元、連れ帰った一行の1人である志保が薬師長の立場で立会人となって、峰水に対しての事情聴取が行われました。


「ワシの命は、ここに連れて来てくれた4人の少年少女に預けておる。隠し立ても逃げ隠れもしない、陛下がワシを青蘭女帝に引き渡すと決定なさったら、それに従うまでじゃ」
「4人の少年少女?」

新一王子が、その言葉を聞きとがめました。
歩美と志保が峰水を連れ帰ったのは知っていましたが、少年の同行者が2人居たのは初耳でした。

「1人は、そこに居る赤毛の・・・志保さんと言ったかな。後は、13〜14歳位で、黒髪にカチューシャをした可愛い女の子、歩美ちゃんに。小太りの元太とかいう少年と、そばかす細身の光彦という少年じゃ」
「元太は、確か歩美のボーイフレンドだったな。光彦というのは・・・?」

蘭王太子妃の兄弟の事が、新一王子にばれたらえらい事になります。
そこで素早く機転を利かせ、その場を収めたのは志保でした。

「あ、光彦君は・・・わ、私のボーイフレンドよ。最近菜園作業や製薬作業を手伝って貰ってるの」

慣れない誤魔化しに、志保の声は上ずり、頬が赤くなっていました。
どうやら新一王子は、それを別の方向で取ったようです。

「へ!?13〜14歳の少年って・・・志保、オメーって、年下趣味だったのか!?」
「わ、悪かったわね!」

事態収拾の為に慣れない嘘をついた志保は、無理ないとは言え新一王子の言い草に、心中「まったく人の気も知らないで、暢気なもんだわ!」と毒づきながら、言葉を返しました。
新一王子は、その件ではそれ以上突っ込む気はなかったらしく、峰水に向き直って声をかけました。

「あなたは、青蘭女帝の書簡によれば、画家だそうだな。夜道で夜景をスケッチしていたとの事だし、それは確かなようだ。絵筆を持つ手を血塗らせる事になったのは、どういう事情だったんだ?」
「ワシは、霊峰・聖山を心から愛し、画家としての後半生は、売れようが売れまいが関係なく、聖山だけを描き続けて行く積りじゃった。スコーピオン帝国の辺境に、聖山を見る事の出来る小高い丘があっての。そこに家を建てて、聖山を描き続けた。ところが」

それまで穏やかだった峰水が、拳をわなわなと震わせ、激昂したように声を荒げた。

「ワシの家から向こうは、既に聖山の聖地であり、何人もそこを侵し何かを建てようなどと馬鹿な事はしなかった!それなのに、あの女・常盤美緒は!女帝になった青蘭の妹である自分は、聖地を踏み躙る権利があると言わんばかりに、何人も建物を建てるのを憚った聖地に、大勢の人民をこき使って、バカ高い塔をおっ建ておったのじゃ!」

その激しさに、一同は思わず息を呑みました。

「ワシの家から美しいお姿を見る事が出来たのに。あの女の建てた塔で、ワシの聖山は真っ二つに割られた形にしか見えんようになってしまった。ワシの画家としての命も、終わった。じゃからワシは、あの女と、塔建設を指揮した者達を手にかけて、スコーピオン帝国を出奔した・・・」
「そうか・・・。どういう理由があろうとも、人を殺めたという貴方の罪は許し難い。けれど、国境を侵して罪人を攫って行こうとした青蘭女帝のやり方も、この国の元首として許せるものではない。だから、引渡しには応じない。貴方には工藤王国の法の下、罰を与える事になるだろう」

優作王が、威厳を持ってそう宣言し。
一同は頭を垂れました。


結局、如月峰水は、人を何人も殺めた罪で終身刑を言い渡され、その余生を、人も滅多に通わぬような工藤王国辺境の高原で、懲役をしながら過ごす事になりました。
そこは、国境にある霊峰・聖山の威容を見る事が出来る場所で。
峰水は、懲役の合間の僅かな自由時間を使い、終生、配流場所から見える聖山を描き続けたという事です。


   ☆☆☆


優作の書簡が、スコーピオン帝国に届けられ、青蘭女帝は面白くなさそうにそれを一瞥しました。

「工藤優作。予想通り、わが妹を殺めた下手人の引渡しを拒んで来たか。あのジジイは、わらわが自ら引き裂いてやらねば気が済まぬと思うていたが・・・まあ良い、それは、あの国を滅ぼしてから、あのジジイを牢から引きずり出せば良いだけの事、楽しみはあとに取っておかねばの」
「陛下。では・・・」
「機は熟した。工藤王国を、討つ!だが、まともに行ったら我が方の損失も大きいかも知れん。ここは、搦め手から行くのが常道よのう。まずは、妃王国への宣戦布告じゃ!」

スコーピオン帝国に、ときの声が上がりましたが。
その殆どが、魔性の声であった事に気付いたものがどれ程居たでしょう。

会盟参加の国々は、強力なようでしたが、既に腐敗と内部崩壊が、手の施しようもなく進んでいたのです。


   ☆☆☆


「有希子、新一君、蘭君。どうやら、戦争が始まるのは避けられない」
「あなた・・・」
「父上・・・」
「京介王からは、平次君の引き渡し要求が再三寄せられていて、今回は、画家の如月峰水殿を引き渡すよう青蘭女帝から要求があった。勿論どちらも理不尽な要求だったから、はねつけたが。それを口実にして、我が国に攻め入ってくるだろうという予測は立てていた」
「・・・・・・」
「だが、彼らは、『会盟に組しない国は、工藤王国を擁護する敵国である』と理不尽な言いがかりをつけて、まずは妃王国に矛先を向けてきた」
「へ!?」
「妃王国へ?何でまた!?」
「おそらく、搦め手から来る戦法だろうな。だが、友好国の危機を見殺しには出来ない。けれど、工藤王国を完全に留守にしてしまえば、隙を突かれる恐れがある」
「そうね、確かに・・・」

優作王・有希子王妃・新一王子の会話を聞きながら、蘭は倒れそうになりました。
妃王国は、英理の出身地。
自分の故郷に続いて、母親の故郷までが、大変な事になりそうなのです。

『お祖父様、お祖母様、伯父様・・・』

蘭の結婚式で初めて顔を合わせた親戚の顔を思い浮かべ、蘭は胸が詰まりました。


「蘭。準備が整い次第、オレ達は出兵する」

新一の言葉に、蘭は息を呑みました。
祖父母や伯父の事、母親の故郷の事は、勿論心配ですが。
新一王子が出兵するとなれば、それだって、とても心配に決まっています。


蘭王太子妃は思わず涙を流しました。

「蘭。今度はオメーを連れて行けねえ。けどきっと、無事に帰って来っからよ。母上と一緒に留守を守って待っててくれ」

蘭は大きく頷きながらも、涙を止められなくて顔を手で覆いました。
新一王子は、優しく蘭を抱き締めました。



それから間もなく。

軍備を整えた工藤王国は、優作王と新一王子を先頭に、妃王国へと歩を進めて行きました。
服部公国の主だった者達も、魔法師団も、その多くが今回の出征には参加しています。
そして、キッドと青子も、この一行に加わっていました。
青子は、薬師長の志保の代わりに、どんな怪我もたちどころに治す力を持つ薬を持っての参加です。
キッドは、青子を守り、魔法の攻撃から工藤王国軍を守る為に、一行に加わっていました。

有希子王妃・蘭王女を始め、残る人々は、妃王国を助け、無事帰って来て欲しいと祈りを込めて、彼らを送り出しました。


国王達が留守にしている工藤王国に、魔の手が伸びているとは、この時誰も気付いていなかったのです。


   ☆☆☆


工藤王国が、妃王国への援軍を出した頃、毛利王国の王宮内では。
魔女ベルモットの前に、魔物の1人・カルヴァドスが額づいて報告をしておりました。

「・・・以上の状況です。ベルモット様、計画は着々と進んでおりますぞ」
「カルヴァドス、・・・お前は、おめでたいな」
「はあ?」
「肝心の工藤王国が、たとえ国王達が留守になってさえ、微塵も揺らいでおらぬ。会盟参加の国々は一見強力なようだが、人心は既に離れ、崩壊寸前だ」
「は、はあ・・・だが、それはそれで構わないのでは?」
「そうは行かぬ、わが野望の為には、工藤王国をこそ手中にしなければ意味がない。人間どもになど任せては置けぬ。やはり私自らが工藤王国に出向き、国王と王太子不在の今、内部から仕掛けをしないと駄目なようだ」

カルヴァドスが一礼して去ると、ベルモットは顔を歪めました。

「くう。この器の魂が、いまだに私の邪魔をする。工藤王国に出向くのは、潰し切れないこの魂が更に足掻く危険も伴うが、仕方あるまい」

そして、ベルモットは、そこから姿を消しました。


   ☆☆☆


目暮大司教は、その日の朝も、真面目に礼拝堂に向かっていました。

「陛下と殿下が留守の間、しっかりとこの工藤王国をお守りしなければ。ワシには大した力もないが、少しでもお役に立てるよう、全力を尽くそう」

新一王太子の結婚式の頃、蘭妃に対して覚えていた不信感も、その後の蘭妃の様子を見ている内に、今ではすっかり拭われていました。

「ワシも本当に人を見る目が無いのう。あの優しく聡明なお妃様を、たとえ一時でも魔性の存在ではないかと疑うとは」

目暮大司教が、溜め息混じりにそう言いますと。

「ほほう。そういった事が、あったのか・・・」

礼拝堂に向かう暗がりの中で、突然声がして。
目暮大司教は、きょろきょろと辺りを見回しました。

「誰だ!神聖な場所に忍び込むのは!」

大司教は叫びましたが、次の瞬間、体に何かが巻きつき、気が遠くなってしまいました。


目暮大司教が目を覚ますと。
目の前に、何と、自分自身が立っていました。
目暮大司教の目の前の、偽者の目暮は。
姿形はそっくりですが、邪悪な笑みを浮かべていました。

「お、お前は一体!?」
「国王と王太子に信頼が篤いお前の姿、暫く借りるぞ」

目暮大司教は下着姿で、後ろ手に縛られていました。
ここは礼拝堂の地下室のようでした。
偽目暮は、大司教の服を着ています。
どうやら、目暮大司教から服を剥ぎ取ったようです。

「貴様!ワシの姿で、この国に徒(あだ)なす気か!?」

目暮大司教は、体を震わせて叫びました。
偽目暮は、にやりと笑って出て行きました。


国王と王太子が留守の間は、この国の最高指揮権は一時的に目暮大司教に移ります。
偽目暮に、この国を良い様にされてしまっては、留守を預かった身として、申し訳が立ちません。

「くそっ!あやつにこの国を・・・誰か!誰か!!」

目暮大司教は、手を必死に動かし、あらん限りの声で叫びました。
しかし、もがけばもがく程手に縄が食い込み、広い地下室に空しく声が響くばかりでした。


流石に、魔法師団長の紅子が、工藤王国に留まって居れば。
大司教の異変に気付いたでしょう。
けれど、不幸な事に、紅子師団長も今回の遠征に参加しており、国を遠く離れていて。
異変に気付く事はなかったのです。



「あ、あれ・・・?目暮大司教様?」

司教の千葉が、いつも通り遅刻して(雄鶏を貰い受けたのに、効果はなかったようです。どうせなら、卵を産める雌鳥を貰えれば良かったなと罰当たりな事を考えている千葉司教でした)、礼拝堂に駆け込んで来ますと。
いつもだったら熱心にお祈りを捧げている最中である筈の目暮大司教が、礼拝堂から出て来ました。

「大司教様、どちらへ?」
「お前のような下賎な輩に言う必要は無い」

目暮大司教は、じろりと千葉司教を一瞥して、立ち去って行きました。
千葉司教は、首を傾げて見送りました。


「大司教様。オレがあんまり情けないから、とうとう怒らせたのかな?」

千葉司教はそう呟きましたが、違和感は拭えません。

「まあ良いや。遅くなったけど、今から礼拝堂の掃除をしよう」

千葉司教は礼拝堂の掃除を始めました。
地下室では、目暮大司教が叫び続けておりましたが、魔法がかけられている為に、残念ながら千葉司教の耳にはその声が聞こえなかったのです。


   ☆☆☆


『ようやく・・・後もう少しで、帷子が完成するわ!』

蘭王女は、忙しい合間をぬって、兄弟達を救う為に、イラクサの帷子を編み続けてきましたが。
10枚出来上がり、ようやく後1枚にまでこぎ着けました。

『新一様・・・どうかご無事で、早く帰って来て。私、これを編み上げて兄様達をお救いした暁には、沢山沢山、愛の言葉と感謝の気持ちを届けたい!』


蘭が、11枚目の帷子を編み始めますと、突然、王太子妃のドアが荒々しく開けられて。
何人もの兵士達が、それぞれ手に槍や剣を構えて、踏み込んで来ました。


「何事です!?ここはお妃様の部屋ですよ、無礼な!!」

次女の美和子が立ち上がり、凛として言い放ちました。
園子と和葉と歩美も、蘭を庇うように立ちはだかります。


悠然とした歩みで兵達の間から現れたのは、目暮大司教でした。(読者の皆さんにはお分かりと思いますが、勿論これは偽者の目暮大司教であり、魔女ベルモットの変身した姿です)

偽目暮は、本当の大司教の温厚な雰囲気とはうって変わって、恐ろしい眼差しで、蘭王太子妃を見つめました。

兵士達は、蘭妃に向かって、おっかなびっくり槍と刀を構えながら言いました。

「お、王太子殿下に取り入って、まんまと王太子妃に納まった姦婦め!」
「お前が本当は、工藤王国を腐敗堕落させようと企む悪い魔女だってネタは、あがってんだ!」

蘭の虫も殺せぬ優しげな様子に、兵士達も、半信半疑で。
けれど、彼らが尊敬する目暮大司教からそう告げられたのですから、この優しげな姿も魔力によるものに違いないと、心を奮い立たせながら、必死で武器を蘭王太子妃に向けていました。


『止めて、止めて!私のエンジェルを傷付けないで!』

そして、偽目暮・ベルモットの内部では、必死に抵抗し叫んでいる魂がありました。(勿論その声は、ベルモット本人にしか聞こえません)

「ええい、うるさい、黙れ!」
「は、申し訳ありません!」

偽目暮が叫び、兵達がビクビクとしながら謝りました。
侍女達は、敬愛する目暮大司教が蘭王太子妃を弾劾するのが信じられず、口々に言いました。

「目暮大司教、一体どうなさったんです!?」
「王太子妃殿下が悪い魔女だなんて、何かの間違いだわ!」
「アンタ等、騙されたらアカン!蘭様は見た目通りの優しく賢い、立派な方や!」
「そうよ、大司教様、誰に何を吹き込まれたか知らないけど、目を覚まして!」

「可哀想に、侍女達も、すっかり魔女に魅入られてしまったようだ」
「大司教様、ど、どうすれば・・・!」
「王太子妃を騙る魔女は、1番奥の岩牢へ。侍女達は、目が覚めて改心するまで、手前の牢に入れるが良い」
「し、しかし・・・」
「この魔女の魔力は、ワシが封じておる、その間に早く!」
「は!かしこまりました!」


侍女達は、この程度の兵士達位はやっつけるだけの戦闘能力は持っていましたが。
誰からどういう形でかは分かりませんが、単に騙されているだけの兵士達を攻撃する事も出来ず。

連行されてそれぞれ牢に入れられました。


窓の外では、白鳥達が、歯痒い思いでこの光景を見ておりました。
やがて、兵士達が去った後、その部屋に現れたのは。


「とうとう、ベルモットがこの国に現れたのね。歩美ちゃん、せっかくあの腕輪を持ってるのに、まだ使いどころが良く分からないか」

背中に蜻蛉のような羽を持つ乙女、妖精の1人である恵子でした。

「さて、どうしたものか。とりあえず、帷子とイラクサは、届けてあげたいけど、私が届けたんじゃ呪い解除の効果がなくなってしまうし・・・ん?」

その場に現れたのは、ネズミ達でした。

「お前達、手伝ってくれるの?」

ネズミ達は頷きました。

「そう、じゃあ、奥の岩牢に閉じ込められている蘭さんの所へ、この帷子と、イラクサと、イラクサから作った糸を、届けてあげてね」

ネズミ達は再び頷き、恵子の頼み通り、帷子とイラクサを岩牢にまで運んで行きました。




「何の真似なの、目暮大司教」

有希子王妃が、威厳を持って問いかけます。


偽目暮は、脂汗を流しながら有希子王妃と対峙しておりました。
と言うのも、先程内部で抵抗し叫んでいた声が、再び強くなったからです。


「悪足掻きを・・・」

偽目暮は舌打ちします。

ベルモットが今迄工藤王国に直接乗り込まなかったその理由は、この有希子王妃にこそあったのでした。
ベルモットの中に居る、この体の本来の持ち主が、有希子王妃とは非常に仲が良く、今でもベルモットの中で抵抗を続けていて。
ベルモットが拘る相手を害そうとすれば、その抵抗が大きくなるからです。


「王妃陛下。あなたも、あの姦婦魔女に誑かされているようだ。王妃陛下も目が覚めるまで、この部屋から出るのは遠慮して頂こう」


それは、依頼という名目の、軟禁でした。
有希子王妃は、優作王と新一王太子の留守に、こういう形で危機が訪れるとはと、拳を握り締めました。




優作国王と新一王太子は、彼らの大切な者達へ魔の手が伸びている事を露知らず、妃王国への進軍を続けておりました。




(15)に続く

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(14)の後書き座談会


新一「いきなり、風雲急を告げる展開になって来たな」
蘭 「クライマックスに向けて、突き進む・・・と言っても、これからも結構長いらしいんだけど」
新一「連載開始3年にして、ようやく収束に向かい始めたか」
和葉「蘭ちゃんの編んどる帷子、いつの間にか残すところ1枚になってたんやね」
蘭 「うん、私もビックリしたわ」
平次「アンデルセン童話での終わりの部分は、最終回やのうて、もうちょお手前にあるらしいで」
蘭 「最後の方では私もようやくお喋り出来るらしいの、長かったわ」
園子「蘭、アンデルセン童話で他に人魚姫とかをやったら、またお喋り出来ないわね」
新一「あ、それは、今のところやる気はないらしいから。やるとすれば男女逆バージョンで裏だとかで」
蘭 「裏あ!?そ、それに、男女逆って!?」
平次「口が利けへん工藤なんて、工藤やないで」
和葉「せやなあ、あん舌先三寸が工藤君の命やから」
新一「おいおい、オメーら・・・」
園子「新一君が泡になって消えちゃうなんて、柄じゃないわよねえ」
真 「あの、皆さん。話がずれてますよ」
園子「真さん、ごめんなさ〜い」
新一「いよいよ残すカップルも・・・もとい、残すエピソードも僅か。それにしても、この話ではベルモットってのはどういう設定になってるんだろう?」
平次「姉ちゃんの事エンジェルと呼んでるんが、ベルモットの体の『元々の』持ち主言うこっちゃな」
新一「とすれば・・・原作では同一存在のベルモットとあの人が、この作中では別存在で、ベルモットがあの人の体を乗っ取っている、と」
平次「そこら辺の謎が明らかにされるんは、次回以降やな」
光彦「ところで、元太君、突っ込みたくて仕方がなかったんですが」
元太「何だよ、光彦」
光彦「元太君お得意の台詞、『オレの母ちゃん言ってたぞ』が、2回ほど出てきましたけど、この作中で元太君のお母さんって・・・」
歩美「あ〜っ!そうよね、元太君と光彦君は、蘭お姉さんの弟王子で、両親は、毛利探偵と妃弁護士なんだよね!」
元太「オレ、台本そのまま読んだだけだぞ。けど、妃先生なら、オレの母ちゃんと似てるな」
光彦「ええ!?そうですか?どこが!?」
元太「怒ったら怖い所なんか、もうそっくりだぜ」
光彦「・・・元太君。正直なのも、程々にしといた方が良いですよ」
新一「オレは、次回か次々回でようやく蘭の声が聞けるのが、楽しみだ♪」
蘭 「え?し、新一・・・(////)」
平次「・・・こほん。今回、いつも締めをやる新出先生は、おらへんな・・・っちゅう事で、近い内に」
真 「相変わらず、予定は未定らしいですが」
園子「じゃあねえ」


(13)「魔術師と妖精王女の誓い」に戻る。  (15)「風雲急を告げる」に続く。