The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ(原案協力・東海帝皇)



(15)風雲急を告げる



牢に入れられた蘭は、途方に暮れましたが。
ネズミ達が、イラクサで編んだ帷子と、材料のイラクサを運んで来てくれましたので、ホッとしました。


『とにかく、早く帷子を仕上げてしまわなければ。お兄様達を人間の姿に戻して差し上げれば、私も喋る事が許される、無実を訴える事も出来る』


蘭王女は、そっと腹部に手を当てました。

今迄の蘭でしたら、命を粗末にしないまでも、いざとなったら自分の身を厭わないところがありましたが。
今は、自分自身を守らなければならない、何があっても生き延びなければならないと、強く思うようになっていました。
何故ならば。


『月のものは、もう半月以上遅れている。ここに・・・新一様の命を受け継いだ、新しい命が宿っている。』


蘭王女は、遠くに居る筈の夫の事を思いました。
新一王子の為にも、新しい命の為にも、強くならなければ。
とにかく今は、自分に出来る事を頑張ろうと、蘭王女は思いました。


『新一様!』

蘭王女は、心の内で呼びかけて、帷子を編む作業に没頭し始めました。



   ☆☆☆



「蘭・・・?」

遠く離れた故郷に置いて来た妻が、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、新一王子は虚空に目を向けました。
胸騒ぎがしてなりません。

新一王子は、馬を駆って父王の元へと向かいました。
優作王は、馬を止めて新一王子を迎えました。

「父上」
「ああ・・・そろそろだな」
「はい」

2人は、アイコンタクトを交わします。
近くに控えている者達にはさっぱり分からない、含みのある言葉少ない会話が、されていました。

優作王が、騎馬のままゆっくりと近付き、新一王子の肩に手をかけ、耳元で囁きました。

「有希子を・・・頼む」

新一王子は、表情を引き締めて頷きました。


新一王子と優作王は、工藤王国の異変に勘付いていました。
と言うより、2人同時に工藤王国を離れてしまえば、必ずや何らかの異変が起こる事を予測していたのです。

最初から、ある程度工藤王国を離れたところで、新一王太子が取って返す事にしていたのです。
そして、新一王子と優作王は、今がその時であると悟っていました。



「服部!行くぞ!」
「よっしゃ!合点や!」

平次公子は、新一王子の声に頷き、兜をかぶり直しました。

空から、数匹のサラマンダーが降りて来ます。
新一王子は自分がいつも使うサラマンダー「コナン」に、平次公子はサラマンダー「ハンゾウ」に、それぞれまたがり、飛び立って行きました。

騎馬の一団も、工藤王国軍から一部別れて、駆け足で引き返して行きます。


新一王子は、前を見据えながらサラマンダー「コナン」を駆って飛んで行きます。
眼裏(まなうら)に浮かぶのは、愛しい妻の姿。


『蘭、待ってろ!オレが帰りつくまで、無事で居てくれ!』


目指す米花京は、まだ遥か彼方でした。



   ☆☆☆



「もう、一刻の猶予もならぬ、早くあの女を消してしまわねば」

目暮大司教の姿を借りた魔女ベルモットは、脂汗を流しながらそう呟きました。

この宿主の体を借りて、人間界に現れた時から、ベルモットは自分を滅する力を持つ幾人かの存在を知っていました。


その1人は、黒羽盗一・快斗親子。黒羽王国の国王と王子でした。
まだ息子の方が幼く力がない内に、2人共に消してしまおうと、ベルモットは黒羽王国を滅ぼしました。
けれど、国王の方はその時命を落としましたが、王子の快斗は妖精王国に保護され、簡単に手出しが出来ないようになりました。

現在、その快斗は、人間界に舞い戻っていますが、単独であれば大した脅威とは成り得ません。
彼が伴侶として選んだのは、半妖精の青子で、快斗と結ばれれば妖精としての神通力が失われるので、その点はベルモットは楽観視していました。

そして今は、快斗よりずっと大きな脅威が、ありました。


「工藤新一と、毛利蘭。あの2人が揃ってしまえば、我を滅するシルバーブレッドとなってしまう」

時空を超えた永遠の恋人達は、確実に、ベルモットを葬り去る力を持っているのです。

工藤王国は、魔法に対しての守りが非常に強く、為にベルモットは、まず蘭の方を先に葬ってしまおうと、毛利王国で「人間の魔女」として信頼を築き上げ、魔法師団長に就任したのでした。
そして、工藤王国の王子王女に呪いをかけ、白鳥の姿にしたのですが、蘭はその呪いを受けたにも関わらず、白鳥になりませんでした。


白鳥達が毛利王国内に留まれば、人間に戻れなくなってしまうという呪いが裏目に出て。
彼らは、蘭を連れて工藤王国へと旅立って行きました。
そして、恐れていた通り、蘭は新一王子と出会ってしまい、惹かれあって結ばれました。

しかも、蘭王女は白鳥の呪いを解く方法を知り、着々と準備を進めています。

いずれは、蘭王女が新一王子を伴って毛利王国に取って返し、ベルモットを滅するのも時間の問題と思われました。


とにかく、どうにか2人を引き離して、どちらかを殺してしまえば、脅威はなくなります。
魔物ですから、元より人間界に争乱の種を持ち込む事を好んでいたのですが、最近のベルモットは、工藤王国包囲網を築く事で、新一と蘭を引き離そうと躍起になっていました。

その道具として使っている筈の人間達も、思うように動いてくれずにヤキモキしましたが。
ようやく、王子をこの国から遠ざけ、蘭妃と引き離す事に成功しました。



「とにかく。王子が戻ってくる前に、蘭を亡き者にしなければ・・・」

ベルモットの強大な魔力では、蘭王女を害する事は出来ませんでしたから。
そこは、魔力ではなく人間達を動かして、別の方法でやるしかありません。


「王子を誑かしてこの国を乗っ取ろうとした魔物として、火刑に処す。これが最上だな。邪魔をされないように迅速に事を運ばなければ」

この体の本来の持ち主が、そうはさせじと必死になっていて、偽目暮は、指一本動かすにも、大いなる力を強いられました。

「ちっ!この魂も、早いところ叩き潰さねば」

ベルモットは、脂汗を流しながら呟きました。


そもそも、神代の昔。
妖精族と戦い敗れ、魔界の奥底の虚無の牢獄に閉じ込められてしまった、有力魔族のベルモットでしたが。
その牢獄から出る方法として選んだのが、「人間の召還に応じる」という事だったのです。



10年前。
人間界で、大いなる力を欲したある女性が、強大な魔物の召還を行いました。

普通でしたら、召還に応じるのは、「その人間の支配下に置く事が可能」な程度の魔物です。

かなり危険を伴いますが、魔女や魔法使いは、使い魔として魔性を召還する事は、割とよくある事でした。
工藤王国の魔法師団長紅子も、時折「ルシュフェル」という魔物を召還しています。

1度も魔性の召還をした事がない魔法使い・魔女は、「白い魔法使い(魔女)」と呼ばれる限られたメンバー位です。(キッドも、その1人です)


その女性の強力な呼びかけの声は、虚無の獄に閉じ込められていたベルモットの元にまで届きました。
普通だったら、無視するところですが。
虚無の獄から出る方法を探っていたベルモットに取って、その女性の呼びかけは、大いに魅力だったのです。



ベルモットは、その女性の体を依り代として、虚無の獄を脱し、人間界へと出る事が叶いました。
しかし、今のベルモットはあくまでその女性との「契約」によって、ここに存在していますので。
おいそれと、女性の魂を潰してしまう事も出来ません。(今、迂闊にそのような事をしてしまえば、契約によって人間界に存在しているベルモットは、虚無の獄へと引き戻されます)

ベルモットが、全き姿を取り戻し、契約のくびきを離れこの世に留まるには、いくつもの条件をクリアーする必要があります。
けれど、その前に。


「我を滅する力を持つ者を、叩き潰さねば」

自身の存在を滅ぼされてしまえば、再生する事も叶いませんから、虚無の獄を脱したところで、何もなりません。
偽目暮は立ち上がり、居室を出ました。



   ☆☆☆



「どうも何だか、おかしいんだよなあ。最近の大司教様は。公平で慈悲深いあの方が、機嫌が悪い位であのようになるとは、考えられない」

千葉司教は、ここ数日考え込んでおりました。
どうしても、違和感が拭えません。

「そう言えば・・・ここ最近、大司教様は地下室の掃除をお命じにならないな。むしろ、嫌がられる。一体、どういう訳だろう?」

掃除嫌いの為、今迄「ラッキー」位にしか思っていなかったけれど、何かがおかしいと、千葉司教は考えました。


そして、千葉司教は、目暮大司教が出て行ったのを確認すると、地下室へと向かって行きました。


「んん?階段が、ない?確かこの辺にあった筈なのに?」

千葉司教は、地下へ降りる筈の階段があった辺りで、ウロウロして、首を捻りました。

『おおおお〜い、誰か〜』

「ん?何か、声が聞こえる?目暮大司教様の声のような?」

『助けてくれ、誰か〜!』

「・・・気の所為か?」


千葉司教が諦めてそこを離れようとした時。


「な・・・白鳥?」

1羽の白鳥が飛び込んで来て、千葉司教の目の前で羽ばたきます。

「これは、王太子様達の結婚式の時に飛んでいた白鳥の1羽か?」

そして、その白鳥は。
千葉司教が「ここら辺に階段があった筈」とウロウロしていた場所で、ふっとかき消すようにいなくなりました。

しかし、白鳥の羽音はまだ聞こえています。



「もしや、目くらまし?じゃあここには、階段が?」

千葉司教が手を伸ばしますと、壁と見える所に何の手応えもなく、手が壁の中に入り込んで行きます。

「わわっ!」

思わずビビりましたが、見た目と違い感触的には、手は空を切っただけでした。
千葉司教はおっかなびっくり歩を進めました。

「うわわ!」

見えない階段を踏み外しそうになり、ぐらつく体を辛うじて支えました。
千葉司教は、思い切って目を瞑り。
足探り手探りで、地下への階段を下りて行きました。

そして・・・。


「目暮大司教様!」

千葉司教は、後ろ手に縛られ鎖で繋がれ、下着姿で、頬がこけ無精ヒゲ姿になった目暮大司教の姿を、見つけたのです。

「おお・・・千葉君、来てくれたのかね」

目暮大司教は、数日間に渡る飢餓生活でかなり弱っていましたが、意識はしっかりしていました。
千葉司教は、目暮大司教の手の鎖を解き、肩を貸して、地下室から外へと出ようとしました。
しかし、目暮大司教は足が立たなくなっており、よろけて階段を上るのには無理がありました。

すると白鳥が、嘴でつんつんと目暮大司教を突付き、背中を見せて床に降り立ちました。

「何?背中に乗れと、言うのかね?」

白鳥は頷きます。

「気持ちはありがたいが、ワシは重いぞ」

しかし、白鳥は動きません。

「やれやれ。この数日間で少しばかり軽くなったかも知れんが・・・世話をかける」

目暮大司教を背中に乗せた白鳥は、酔っ払ったようによろよろとしながらも、歯を食いしばって(白鳥に歯はありませんが、目暮大司教と千葉司教には、そう見えたのです)飛んで行きました。


「おいおい、一体どこまで!?」

白鳥は、1階まで大司教を運ぶ気かと思いきや、礼拝堂を出て更に懸命に飛んで行きます。

山の端に、日が沈もうとしていました。
そして、白鳥がようようたどり着いたのは。



「ここは、キャンベルガーデンのフサエ王女様達の住まい・・・?」

白鳥が、息も絶え絶えといった感じで、地上に降り立ち。
目暮大司教は、白鳥の背中から降りると、そっと白鳥の背中を撫でて労をねぎらいました。

後を追って走って来た千葉司教も、すっかり息が上がっています。


大勢の白鳥が、その場に現れて、目暮大司教と千葉司教は目を丸くしましたが。
太陽が沈むと同時に起きた「白鳥達が人間の姿になる」異変に、腰を抜かしました。



「ななな・・・!?白鳥が人間に!?」
「お、お前達・・・いや、あなた方は一体!?」
「あーっ!確か、キャンベルガーデンの人達が逃げ込んで来た時、侍女達と一緒に働いていた・・・!」

千葉司教が思い出して叫びました。

目暮大司教を運んで息も絶え絶えだった、ワタル王子が、笑顔を見せて言いました。

「覚えていてくれて、ありがとう。我々は、毛利王国の王子で・・・そして、この工藤王国で王太子妃となっている蘭の兄です」


目暮大司教と千葉司教は、目を丸くして一同を見回していました。
あまりの事態に、頭がついて行かなかったのです。



   ☆☆☆



目暮大司教は、葡萄ジュースを水で割ったものを飲み、麦を炊き込んだスープを食べ(何しろ数日間飢餓状態でしたから、いきなり普通のご飯を食べると、体に毒ですからね)、お風呂に入ってひげを剃り、服を着てこざっぱりとなりました。

「あなた」
「み、ミドリ!?どうしてここへ?」

目暮大司教は、愛する妻の姿を見て、驚きました。

「偽者の目暮大司教の正体をすぐに見抜いた為、命を狙われたのです。そこで急いで保護したのですよ」

そう答えたのは、この仮住まいの主、フサエ王女です。

「それにしても、良かった・・・やつれてはいるけれど、あなたが無事で・・・」
「ミドリ・・・心配かけてすまん」

普段気丈なミドリ夫人が目を潤ませ、目暮大司教はそっとその肩を抱き寄せました。

「ワシの養女である志保君が、異変の事や、毛利王国の王子様達の事を、知らせて来たのじゃよ。それで、目暮大司教の様子があまりにもおかしいと思い、お住まいを張っておったから、ミドリ夫人の危機にもすぐに気付いたという訳じゃ」

そう言ったのは、新一王子の養育係だった阿笠博士です。
阿笠博士は、キャンベルガーデンの人達から既に、「フサエ王女の夫君」として受け入れられていました。

「まあ、何にしても良かった。ベルモットが、ミドリ夫人の行方を追う事にまで気が回っていない様子で」

そう言ったのは、毛利兄弟の長男、参悟王子です。

「ミドリを助けて頂いて・・・何とお礼を言ったら言いか。ありがとうございます」

目暮大司教は、深く頭を下げました。


目暮大司教と千葉司教は、皆から、謎の魔女ベルモットの事、毛利王家がどのような目に遭っているのかという事、そして今、優作王と新一王子の留守に、どういう事態になっているのか、話を聞きました。
(但し、ベルモットの正体と目的、そして、何故毛利王家が狙われたのか、そういった事については、誰も知りませんでした。そして、蘭王女に危険が迫っている事も)


「たたた、大変じゃないですか!急いで国王様か王子様を呼び戻さないと!」

千葉司教が、顔を青くして言いました。

「いや、きっと、今頃はこちらに向かって下さっている」

目暮大司教は、キッパリとそう言いました。

「ええ?何でそんな事、分かるんです?」
「陛下と殿下が2人揃って王国を留守にするとどうなるのか、それが分からないお2人ではない。ワシ等はワシ等で、出来る事をしておお迎えするのじゃ。多分、蘭妃殿下の身には、危険が迫っている」

「へ!?大司教殿、それはどういう!?」
「あの魔女は、ワシの姿を借りる時に、言ったのだ。ワシが一時、蘭王太子妃様が王太子殿下を誑かしている悪い魔女ではないかと疑いを持った事があったのだが。『そういう事があったのか』と、言っておったから。先ほどの話では、蘭様にはベルモットとやらの魔法は通じないのだな?であれば、人間の権力を使って、害そうとするのではないか?」
「すごいですね、大司教様、どこぞのお話と違って、えらい冴えてるじゃないですか!」
「・・・何だね、千葉君、その『どこぞのお話』と言うのは?」
「独り言です、気にしないで下さい」


毛利兄弟に目暮大司教・千葉司教・阿笠博士達も加わって、新一王子と蘭王女をサポートする新たな動きが始まったのでした。



(16)に続く

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(15)の後書き座談会

ワタル「うーん、目暮警部、もとい、目暮大司教は、何日間飢餓生活だったんでしょう?よく無事でしたね〜」
千葉 「まあ、お話ですからね。もし、現実の話だったら、そもそもトイレに行けないから、失・・・(モガッ!)」
任三郎「千葉君!それ以上を口に出しては、倫理規定違反だ、口を慎みたまえ!」
美和子「それにしても、最近のドミさんの書くお話って、蘭さんが○○ってのが多いような気がするわね」
由美 「それはきっとあれよ、願望の現われってヤツ?」
目暮 「オッホン、ま、現代日本では工藤君が17歳では早過ぎるが、この物語世界では正式に結婚しているのだから問題はなかろう」
参悟 「まあ、結婚していてそういう事が皆無という方が不自然でしょうね」
ミサヲ「はあ・・・原作では最近出番が多いのに、ここでは出番が減っちゃったりして」
重悟 「仕方あるまい、2次創作では古川登志男さんの声がつく訳じゃないからな」
平蔵 「ワシ等は今、どこに居るんかのう?」
遠山 「話の流れでは、工藤王国軍の中に居るんとちゃうか?」
大滝 「ワシも最近とんと出番がありまへんなあ」
ワタル「何気に今回の座談会は、警察関係者でした。それでは、また次回の話で」


(14)「工藤王国包囲網」に戻る。  (16)「決戦」に続く。