The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ(原案協力・東海帝皇)



(16)決戦



ニセ目暮大司教は、蘭王太子妃に、「王子を誑かした魔女」として、磔火刑に処する命を、出しました。

その話は、瞬く間に都中に広がります。

「あの美しくお優しいお妃様が魔女だなんて、信じられない!」
「いやいや、それこそ、魔女に誑かされてしまっているんだよ」

蘭王太子妃の事は、結婚式で見知った程度の者が多く、まだまだ、その人となりが知れ渡っている訳ではありません。
目暮大司教は、真面目で慈悲深い司教様として、民に慕われていましたから、「あの大司教様が火刑に処すと決めたのだから、よほどの事なのだろう」と考える者が多かったのです。

勿論、蘭王太子妃と直接交流した経験のある者は、「そんな馬鹿な!」と声を上げましたが、人々の意識の流れを変えるまでには至りませんでした。


蘭王太子妃が、早々に火刑に処せられる話は、白鳥の王子達にも伝わりました。

「たたた大変だ大変だ!」
「おい、兄貴!えらい事だぞ、早く何とかしなければ!」
「ああ、重悟、夜が明けたらすぐに白鳥の姿で飛んで行って、急ぎ新一王子を呼び戻そう!」

毛利兄弟が、フサエ王女の館の中で、蘭王女を救い出す相談をしておりますと。

「大丈夫で〜す、王子様はおそらくもう、サラマンダー「コナン」でこちらに向かっています、間違いありませ〜ん。サラマンダーは白鳥より速く空を飛べますから〜、呼びに向かってもおそらく無駄足で〜す。」

いきなり、毛利兄弟の会話に割って入った者がありました。

「わ!ビックリした!あなたは確か、女忍者・・・もとい、工藤王国特務部隊の、ジョディさん?」
「ええ、そうで〜す。王子様はおそらく、明日の朝にはこちらに着く事と思いま〜す。私達はそれまで『時間稼ぎ』をしていましょ〜」



蘭王太子妃は、牢の中でひたすらに、イラクサの帷子を編み続けました。
最後の一枚も、完成はもうすぐです。

『お兄様達、待ってて。もうすぐ、人間の姿に戻れるから。そうしたら、お父様とお母様をお助けする事も、きっと出来る』

時間がない事を、蘭は感じていました。
寝る間も惜しんで、帷子を編み続けます。

けれど。
蘭が牢に入れられて、3日後の夜明け前。
まだ、最後の帷子が編みあがらない内に、牢の扉が開きました。


「出ろ、魔女。これから、処刑だ」

数人の兵士が、蘭王女に槍を向け取り囲んで、言いました。

蘭は静かに、兵士達を見詰めました。
その無垢な眼差しに、兵士達は「本当にこの女性が魔女なのか?」と動揺します。

けれど、命令に逆らう勇気がある者はなく。
彼らは槍の穂先で突付くようにして、蘭が動くよう促しました。

蘭王太子妃は、帷子を全て持って、立ち上がりました。

処刑台に至る道を、牛車に乗せられて蘭王女は進みました。
編み上がった帷子も全て、牛車に乗せられましたので、蘭はホッとしました。
手は一刻も休む事無く、帷子を編み続けます。

最後の最後まで、諦める気はありません。
兄弟を助ける為の作業を続けながら、夫の新一王子の事、お腹の中にいる新しい命の事を、考えていました。
兄達を必ず人の姿に戻し、自分自身も必ず生き延びる。
硬く決意していました。

宮殿からほど近い丘の上に、磔火刑用の十字架が立てられていました。
その周りには、薪が山のように積まれています。

牛車はゆっくりと確実に、丘を登って行きます。
蘭は、一心不乱に帷子を編み続けておりました。


そして・・・空が少しずつ白み始めました。


   ☆☆☆


「ななな何やて!?今朝、蘭様の火あぶりが実行される!?んなアホな!!」
「蘭様、どうしよう、どうしたら良いの!?」

一旦、蘭王太子妃の隣の牢に入れられた後、引き離されて高い塔の上に幽閉されている侍女達も、真っ青になって慌てていました。

「落ち着いて、みんな!」

そこに現れたのは、妖精の恵子です。

「恵子さん!」
「大丈夫。新一王太子がこちらへ向かっているわ。サラマンダーは夜も飛べるから、おそらく、朝には到着できる筈よ」
「でも、王子様、間に合うかなあ」
「時間稼ぎが出来れば・・・恵子さん、あなたにそれをお願い出来るのかしら?」
「私は妖精だから、直接の手助けは出来ないけれど、助言なら出来る。歩美さん、あなたの持っている腕輪は、大いなる力を秘めているのよ。風と緑が、力になってくれる。腕輪の力で、あなた達がこの塔から脱出する事も出来るのよ」
「あの・・・妖精が直接手助け出来ないのなら、腕輪の力を使う事も出来ないのでは?」
「その心配は要らないわ。腕輪は、妖精の力を秘めながらも、ただのアイテムに過ぎないのだから。だからこそ、青子のお父さんである妖精王は、その腕輪を青子に託したの」

歩美がじっと、腕輪を見詰めました。

「青子さんから貰った腕輪さん。歩美達を、助けてくれる?この塔を出て、蘭様を助けに行きたいの!」

すると。
窓の外から、太い縄のようなものが、室内に伸びて来ました。
良く見るとそれは、塔の外壁を這っている蔦の蔓が太くなったもののようでした。

その蔓は、窓の鉄格子を捻じ曲げ、人一人が充分通れるスペースを作ります。

4人の侍女達がおそるおそる窓の外を見下ろしますと、太い蔓が絡まって、縄梯子のようになっておりました。


地面までの距離に、気が遠くなりそうな4人でしたが。
意を決して、鉄格子の隙間を潜り抜け、太い蔓に足を下ろしました。

蔓は確かな感触で足場を作ったのみならず、侍女達の体を守るように巻きついて、支えてくれました。


そして、4人がようやく地面に到着しようかという時。


突然、妖精が起こす風と全く違う黒いつむじ風が巻き起こり、4人を襲って来たのです。

「きゃあああああっ!」

4人とも蔓に必死でしがみ付きましたが、歩美の掴んでいる蔓が、つむじ風で無残にも断ち切られ、歩美は落ちて行きました。


もう、地面に程近いところまで降りて来ているとは言え、落ちたら大怪我をしそうな高さに、園子・和葉・美和子は、息を呑みました。
しかし。



「・・・ってえ・・・」
「げ、元太王子!?」

いつの間にそこに来ていたものか、歩美の下敷きとなって柔らかく受け止めたのは、元太王子でした。


「歩美、怪我はないか?」
「う、うん。元太王子様こそ、大丈夫?」
「ああ。体がでけーのも、時には役に立つよな」

皆、ホッと胸を撫で下ろしました。

和葉が地面に降りようとすると、手を伸ばして受け止めてくれたのは。

「探王子?」
「すみませんね、あなたの大切な方じゃなくて。あなたの夫・平次公子は、新一王子と共にこちらに向かっているようですが、到着までもう少しかかるでしょう」

探王子は新一王子に勝るフェミニストぶりを発揮して、にっこりと笑いました。

園子に手を差し伸べたのは、勿論、真王子です。

「大丈夫ですか、園子さん」
「ま、真王子様?」
「私はもう、あなたの夫なのですから。王子様は余計ですよ」
「そうね♪じゃ、真さん」
「ハイ、園子さん」

2人のいちゃつきぶりを目の当たりにして。
侍女達は、園子が既に真王子と結ばれている事実を知っていますから、今更何とも思いませんでしたが。
探王子と元太王子、そしてその場に来ていた任三郎王子、ワタル王子の4人は、目を丸くしていました。


そして。

「あの。2人から手を差し伸べられても、困るんだけど」

任三郎王子とワタル王子の2人から手を差し出された美和子は困惑したように言って、結局1人で地面に降り立ちました。


「さあ。もうすぐ、夜が明ける。蘭は丘の上の磔台に向かっている。急ぎましょう」

探王子がそう言って。
一行は、丘の上に向かいました。



「やれやれ」

物陰から一行の顛末を見ていた志保が、大きな溜め息をつきました。
志保は、侍女達が塔から脱出するのを手助けする為に、眠り薬を風に乗せて流し、塔の見張り番の兵士を眠らせておいたのです。

「志保さん、僕らも急ぎましょう!」

志保に声をかけて来たのは、光彦王子です。
志保は頷き、連れ立って丘の上に向かいました。


   ☆☆☆


「黒いつむじ風を起こして4人を害そうとしたのは、あんたね?」

一行が去った後、妖精の恵子は、部屋の隅の暗がりに向かって言い放ちました。
そこから現れたのは、おかっぱ頭で、左目に怪しげなアゲハチョウの隈取りをつけている、女性魔族のキャンティです。

「ぐっぐっぐ。オマエら妖精族は『人の世の理に手出しをしてはならない』という掟を律儀に守ってるみたいだけど〜。ほんっと、愚かよね〜」
「その点について、あんたと議論をする気はないけど。私達は人の世の理には関与出来なくても、魔族と戦う権利はあるわ。覚悟おし!」
「くくくくく。妖精族の小娘が、このアタイに勝てると思ってんのかい?」
「・・・侮らない方が良いわよ。私は、青子が妖精の神通力を持っていた時と、同等の力を持っているのだから!」


塔の入り口を守っていた兵士は、志保の眠り薬で眠り込んで、侍女達の脱出にも気付いていなかったのですが。
塔が揺れたので、さすがに目を覚ましました。

「う、うわああああ!!」

兵士は間一髪、崩れ落ちる塔から逃れました。
人外の力による戦いの為に、塔は崩壊してしまったのです。


崩れた建物の跡に、背中に蜻蛉のような羽をつけた妖精乙女が立っていました。


「青子。あなたが生きて行くこの世界を、私は私のやり方で守るわ。いつまでも、友達だからね」

妖精乙女の呟きを聞いた者は誰もいませんでした。


   ☆☆☆


さて、侍女4人と、5人の白鳥の王子達が丘に向かっている間に。
日が昇りました。

5人の王子は、朝日を浴びて白鳥(1羽は黒鳥)の姿に変わりました。
白鳥達は侍女達に背を向けて、乗るように促し。

歩美は元太小白鳥に、園子は真黒鳥に、和葉は探大白鳥に、それぞれまたがりました。
美和子は、残った2羽の大白鳥から適当に選んでその背中に乗りました。
選ばれた白鳥は、フフンと胸を反らし、選ばれなかった方はうな垂れていましたけれど、

「ごめん、私、人間の姿ならともかく、この姿では2羽の区別つかないから」

美和子の言葉に、選ばれた方も気のせいか、うな垂れてしまったようです。


遅れて丘に向かっていた志保は、勿論、光彦小白鳥の背中に乗せてもらっていました。



さて、一方、残る5人の毛利兄弟達は。


「は〜い、そこの兵隊さん。私とイイ事しない?」

「だだだ、誰だお前は!?」

「う〜ん、色仕掛けは無理だったかなあ?」
「おいおい、由美。工藤王国の兵士達は、そこら辺の躾はきちんとされているんだから」
「そうですよ、姉上の色気が足りないという事ではなかったりなんかしちゃったりして」
「そうか?さすがに色仕掛けするには、正直なところ色気パワーが足りねえと、俺は思うぞ」
「姉上、イイ歳して下賎なやり方をするのは止めて下さい、みっともない」
「もう、何よあんた達、失礼ね〜!」

軟禁されている有希子王妃の居室の前で、不毛なやり取りを繰り広げていました。



「お、お前達は一体何だ!?ここは、王妃陛下の居室であるぞ、控えよ!」
「怪しい人間を、陛下の居室に通す訳にはいかん!まして今は、夜明け前、陛下はまだお休みの時刻だ!」

兵士達は、槍を構えて毛利兄弟に対峙しました。

「・・・王妃陛下は、国王陛下と並ぶ尊い御方の筈。その王妃陛下を軟禁しているのは、何故か?」

長兄の参悟王子が、威厳を持って問い質しますと。
気圧された兵士達の間に、明らかな動揺が走りました。

彼らとて、目暮大司教の命に従っているものの、王妃を軟禁しているという事実に、どこか理不尽なものを感じて不安だったのです。


そこへ、金髪ナイスバディの美女が、顔を覗かせて言いました。

「真面目な兵隊さん達〜、私の事は、覚えていますよね〜」
「あなたは確か、王太子殿下のお妃候補の方々の、教育係・・・」
「ええそうで〜す、のっぴきならない事情で、王妃様にお会いしなければいけませんね〜」
「と言われても。教育係ごときの命を受ける訳には」
「オウ。それはパワハラで〜す」(*パワハラ=パワーハラスメント。ごく簡単に解説すれば、職権などを背景にした、業務を超えた苛め)
「ぱ、パワハラ?」

兵士達は訳が分からず目を白黒させ、重悟王子は溜め息をついて額を押さえました。

「ジョディさん・・・。今の時代そんな言葉はないし、それに、用法がずれているような気がするが」
「そうですか〜?」


参悟王子は、優作王から授けられた盾と剣をかざして見せました。
盾と剣の柄には、工藤王国の紋章と白鳥の姿が刻まれています。


「我等は、王直属の白鳥の騎士部隊。この剣と盾を持った者の命には従うべしとの、王命が下っていると思うが?」

兵士達は顔を見合わせました。
そして兵達は両側に退き、王妃の居室への扉が開かれたのでした。


有希子王妃は、既に起きて身支度を整えておりました。
蘭王太子妃処刑の話は、届いておりましたから。とても寝てなどいられなかったのです。


「遅かったじゃないの。仕方がないから、どうやって抜け出そうかと算段を巡らせていた所よ」

有希子王妃の言葉に、参悟王子は苦笑しました。

有希子と言い、参悟王子の母親である英理と言い、「深窓の姫君」であるのは見た目だけで、実態は行動力もあり体術にも長けた王妃達である事を、参悟王子は良く知っているのです。


「さて。間もなく夜が明けます。失礼ながら、王妃陛下は私の背に乗せてお連れしようと、思っているのですが」
「あら♪良いわね、私も一辺、白鳥の背中に乗って飛ぶという体験をしてみたかったの〜♪」

有希子王妃の言葉に、5人の王子王女が少しばかり脱力したとしても、無理はありますまい。

「あ、良いですね〜。私も乗せてって〜くれますか〜?」

ニッコリ笑って便乗するジョディに、文句を言える気力のある者は、ありませんでした。



そして。
夜明けと共に窓が開け放たれ。


5羽の白鳥が窓から飛び立ち、1羽の背には有希子王妃が、別の1羽には侍女達の教育係だったジョディが乗っているのを見て。
兵士達は、呆然としながら見送ったのでした。


   ☆☆☆


「蘭・・・?」

新一は、サラマンダーを駆ってまだ暗い空を飛びながら、虚空に目を向けました。

「どうしました、王子?」
「赤井さん。いや、蘭が俺を呼ぶ声が聞こえたような気がして・・・」
「工藤、姉ちゃんの声を聞いた事はあらへんのやろ?」
「・・・昔、蘭と実際に会う前に、夢で聞いた事がある。蘭が実在したんだから、夢で聞いた声も、多分、本当の蘭の声なんだろうと思うよ」
「姉ちゃんは、口利けへんのとちゃうんか?」
「・・・そうだな。でも、多分・・・」
「多分?」
「あ、いや・・・」

新一王子は、それ以上は言葉を濁してしまいました。
そして平次公子も、それ以上を追及しようとはしませんでした。


「夜明けやな、工藤」
「急ごう、服部、赤井さん。嫌な予感がする」
「合点や!」
「承知」

新一王子と平次公子と秀一は、サラマンダーを駆り、夜明けの空を工藤王国へと急いでいました。


「ん?あれは・・・処刑の丘!?」


長い期間使われる事のなかった、王宮近くの丘に。
磔台が立ち、山のように薪が積まれ、大勢の人々が集まっているのを、新一王子は遠目に見て。

サラマンダー「コナン」に声をかけ、更にスピードを上げました。


   ☆☆☆


処刑の丘には、工藤王国の民衆も、集まっておりました。

彼らの敬愛する王子殿下が選んだお妃様が、魔女であるなど、信じられないという思いと。
その王子様を誑かすなど、許せないという思いと。

それぞれの感情が渦巻いて、「魔女」を一目見ようと、集まったのです。


牛車に乗せられて丘を登ってくる蘭王太子妃の姿に、ざわめきが起こりました。
蘭の美しさは、清浄で無垢な美しさでしたから。
やはりこの女性が魔女であると聞かされても、にわかには信じがたいものがあったのです。


「そこが、魔女の魔力なのではないか?」
「けれど・・・だったら何故今、魔力で逃げようとしないんだ?」
「それは、目暮大司教様が持てるお力の全てで魔女の魔力を封じておられるからさ」
「しかし・・・邪悪さのカケラも、感じられないぞ」


蘭王女の耳には民衆のざわめきは入らず、手は一心不乱に帷子を編んでいます。
11枚全て編みあがらないと、効果はなく。
全てが水の泡になってしまいます。



けれど、無常にも、まだ11枚目が編み上がらない内に、蘭は磔台に括り付けられました。



「火をかけろ!」

ニセ目暮大司教の声が響き、薪に火がつけられようとしました。

ところが。
カラカラに乾燥している筈の薪がいきなり芽吹き、枝葉を広げ始めました。
突然生木になってしまった薪には、どうあっても火をつける事が出来ません。

そして、蘭王女の手を括りつけていた蔓は、勝手に解けてしまいました。
その蔓の方も、いつの間にか芽吹いています。

この事態を目の当たりにして、民衆のざわめきは大きくなりました。


「魔女の魔力だ!」
「いや、違う!魔力は魔力でも、植物の力を使えるのは白い魔法の方、聖なる力だ!」
「そうだ、王太子妃殿下は、悪い魔女なんかではない!」

民衆の間の声は、徐々に「蘭王太子妃は悪い魔女などではない」というものに変わって行きます。


「間に合ったわ!」

白鳥に乗って近くまで来ていた歩美が、安堵の息をつきました。
薪と蔓を芽吹かせ蘭王女の危機を救ったのは、歩美の持つ腕輪の力だったのです。


「ええい!惑わされるな!新しい薪を持て!」

ニセ目暮大司教が叫びました。
けれど、処刑執行人達も顔を見合わせ、なかなか動こうとしません。

長年皆の敬愛を集めてきた大司教ですが、さすがに事ここに至っては、純粋に信じる事も難しくなったのです。



「みんな!騙されるな!そいつは、目暮大司教様なんかじゃない!ホンモノの目暮大司教様は、こちらにおわす、このお方だ!」

いつものヘタレ振りとはうって変わって、凛とした声を響かせたのは、千葉司教でした。
まだ足腰が弱っているホンモノの目暮大司教が、千葉司教に支えられて立っていました。


「大司教様!」
「猊下(げいか)!」
「おお・・・目暮大司教様・・・」


ニセ目暮は、一瞬醜く顔を歪めましたが、笑顔を見せ、民衆を見回して言いました。

「ワシはホンモノだ。あのような貧相なニセモノに騙されるな」


ホンモノの目暮大司教は、冠も装束もニセ目暮に奪われておりましたから、今日は簡素な服を着ておりました。
おまけに、かなりやつれておりましたが。

さすがに、この成り行きで、どちらがホンモノであるのか。
それは、誰にも明らかな事実でした。


そして。
11羽の白鳥達がその場に現れ、蘭王女を取り囲んで守るように、羽ばたきました。

白鳥の背中に乗っていた者達は、その少し前に地面に降ろされていて、連れ立ってその場に現れました。


「目暮大司教がニセモノだったとは、さすがに私も気付かなかったわ。てっきり操られているものだとばかり思っていたのだけど」

「王妃陛下!」
「王妃様!」

「ニセモノの大司教、魔物なのはお前の方だわ。息子の大切な妻を、よくも卑怯な手で葬ろうとしてくれたわね!」


「ぐうううううう」


最早、誰もがニセ目暮をニセモノと認識しています。
この四面楚歌の状況で、ニセ目暮は、最早取り繕う事を止め、とんでもない暴挙に出ました。



「我が配下の魔物たちよ、出でよ!この場にいる人間どもを、根こそぎ亡き者にするのだ!」



   ☆☆☆


さて、妃王国を助ける為にやって来た、工藤王国軍ですが。

まず、魔性の気配に敏いキッドが、異変に気付きました。


「青子。魔物達の気配が、消えた」
「え?快斗、どういう事?」
「もしかして、どこかに集められたか?」


「どういう事ですの?魔物が残らず、居なくなりましたわ」

キッドと青子に続き、紅子も異変に気付きます。


魔物が居なくなったと言っても、目の前の敵軍が居なくなった訳ではありませんし、敵軍の中にも魔法使いは居ますから。
魔法師団長の紅子はさすがに、ここを離れる訳には行きません。


「キッド!あなたは確か、ペガサスに乗って来たのでしたわよね?」

紅子が空に向かって呼びかけました。

「お願い、工藤王国を守って欲しいの!」

紅子の胸にふっと過ぎった面影は。
端正な面差しの、蘭の三つ子の兄の1人、探王子。

『え?何故、あの方の事を?』

最近、魔法師団長の紅子が毛利兄弟と関わる事は、何かと多く。
探王子と親しく言葉を交わす事も、さり気なく作業を手伝ってもらう事も、ありましたが。

今迄意識した事は殆ど無かったというのに、工藤王国に残してきた人々が危ないとなった時に、真っ先に浮かんだ顔が、探王子だった事に、紅子の胸は騒ぎました。


「青子、行くぞ」
「うん!」

キッドと青子は、ペガサスにまたがり、工藤王国の方へと取って返しました。


   ☆☆☆


「きゃああああ!」
「うわあああああ!」

沢山の魔物達が現れて。
人々はあるいは逃げ惑い、あるいは応戦し。

大混乱となりました。

「駄目ええええっ!!」

歩美が妖精から授けられた腕輪を魔物達に向け、力を発動させます。
それは魔物達を怯ませますが、全てを葬り去る力がある訳ではありません。

薬師長の志保も、紅子の協力の下作った魔法薬を使って、応戦します。
まだ足が立たない目暮大司教も、千葉司教も、そして有希子王妃も、それぞれに、魔物達と戦っていました。


「お前達〜、闇の世界に帰りなさい〜!!」

いつの間にかその場に現れていたジョディが、次々と魔物を葬ります。
特務隠密部隊の隊員という地位は、伊達ではないのです。


「人同士の戦いには関与出来ないけど、お前達となら遠慮なく戦えるわ!」

いつの間にそこに現れたものか。
妖精乙女である恵子、ヨーコ、輝美、ユキ、薫も、いつの間にか参戦しています。

そして白鳥達も、果敢に魔物を攻撃します。

今のところ、何とか1人も怪我人を出さずに、大勢の魔物達相手に善戦していました。




その中で、蘭王女は。
ひたすらに、帷子を編み続けていました。



「ああ、美和子さん、危ない!」

園子が叫びます。
美和子に向かって、魔物の鉤爪が振り下ろされたのです。


けれど、美和子の前に1羽の白鳥が飛び込んで、代わりにその攻撃を受け止めました。


「きゃああああっ!!」

血まみれになって地に落ちた白鳥を、美和子は抱えました。

「しっかり、しっかりして!」

美和子の声が聞こえているのか居ないのか、白鳥はぐったりとして動きません。


侍女達も、そして白鳥の妹である蘭も、真っ青になりました。
しかし、侍女達は次々と襲ってくる魔物達を撃退するのに精一杯でしたし。
蘭王女は、怪我をした白鳥に向かって駆けて行きながらも、最後の帷子を編み上げようと必死に震える手を動かしておりました。


他の白鳥達も、怪我をした白鳥の方に集まって来ようとしますが、そこに魔物が襲い掛かります。



「ふふふふふ。白鳥の1羽が怪我?これは良い。白鳥の呪いは解けない。人間どもや妖精の小娘達がどれ程あがこうと、ここでジ・エンドだ!」

ニセ目暮が、魔女ベルモットとしての以前の姿に戻り、笑い声を上げました。

それもベルモットの本来の姿という訳ではありませんが。
毛利王国で魔法師団長に就任した、若く美しい女の姿を取り、長い金髪をなびかせました。


『やめて、やめて〜〜〜〜!』

ベルモットの内部では、この体の持ち主が叫びましたが、その声はベルモットにしか聞こえません。

「いずれ、お前の魂も叩き潰してやる。そうすればお前の苦しみもなくなるだろう」

ベルモットは、内部の魂に向けて、妙に優しい声で囁きました。



「ああああっ!?お前は、まさか・・・シャロン!?」

有希子王妃が、ベルモットの元の姿を見て、叫びました。





蘭王女は、美和子に抱えられている白鳥の傍に駆け寄りましたが。
白鳥はグッタリして、意識がありません。
その命の灯火は、消えそうになっているようです。

「しっかりして、しっかり!」

美和子が叫び、白鳥を揺すります。



『新一様ああっ!!』

蘭は、声に出さずに新一王子を心の内で呼びました。
すると。


「らああああああん!!」


誰の耳にもハッキリと、蘭妃を呼ぶ新一王太子の声が、聞こえたのです。




(17)に続く

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(16)の後書き座談会

任三郎「白鳥の王子から、今度は瀕死の白鳥、ですか・・・」
参悟 「おい、今回のは冗談で済まされる問題じゃないんだぞ!」
ワタル「いやいや、エースヘヴンですから、大怪我をしてもきっと、回復しますって」
新一 「白鳥警部、高木刑事、怪我したのはお2人のどちらかなのに、んな悠長な事言ってて良いんですか?」
任三郎・ワタル「「ギクッ!!」」
蘭  「新一、それ、本当なの?」
新一 「展開からして、読めるだろ?まあおそらく、彼の方だろうけどな」
美和子「ねえねえ、私には区別がつかない白鳥達だけど、蘭さんには区別がついてるの?」
蘭  「ううん、種類が同じ白鳥はさすがに分かんない。小白鳥の2羽は、体形が違うから分かるんだけど、大白鳥は数が多いからねえ。お兄さんの誰か、という事しか」
元太 「ちぇー。蘭姉ちゃん、薄情だなあ」
光彦 「いやだから、僕達の区別はついてますって」
歩美 「無理だよ〜。白鳥の区別がついたら、そっちの方が不思議だって思う」
園子 「甘いわね、佐藤刑事、区別がつかないのは愛が足りないのよ」
美和子「あのねえ!そりゃ、京極君は良いわよ、黒鳥は1羽だけなんだから!」
蘭  「・・・・・・」
和葉 「蘭ちゃん、『もし新一が白鳥だったら区別つくかしら』とか思うてんのとちゃう?」
蘭  「え!?ないない、そんな事!」
平次 「工藤、知りたいやろ?」
新一 「ノーコメント!」
園子 「でもさ、蘭だったら、区別つくんじゃない?旦那とのテレパシーは健在みたいだし」
蘭  「だ、誰が旦那よっ!」
新一 「園子、誤解招くような事言うんじゃねえよ!」
園子 「あら〜。だって、このお話では正真正銘、夫婦じゃな〜い♪」
新一 「(////)コ、コホン!あ〜、ここら辺、アンデルセン童話とは随分かけ離れた展開になって来たなあ」
目暮 「いやあ、ワシが蘭君を処刑しようとする展開じゃなくてホッとしたわい」
重悟 「けど、どうするんだ?窮鼠猫を噛む、じゃねえけど、ベルモットは追い詰められて、なりふり構わず、ってヤケになってるし」
和葉 「平次と・・・それに工藤君も、やっと帰って来るようやけど、人間ならともかく相手は魔物やろ?戦えるん?」
平次 「何や和葉、信じてへんのか?童話やさかい、戦えへんと困るやろ」
新一 「次回こそは、蘭の声が聞けそうだな」
平次 「工藤、関心事はそれだけかい!」
智明 「という事で、いよいよラストに向けて突っ走る予定です」
青子 「青子達も、ペガサスで急いでるからね〜!」
快斗 「ペガサスの手綱握ってるのは俺だッ!て事で、次回、近い内に」


(15)「風雲急を告げる」に戻る。  (17)「復活・白鳥の王子達」に続く。