The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



By ドミ 原案協力:東海帝皇



(3)邂逅



蘭王女がふと気付くと、湖の畔に満月の光を背にして若者が1人立っていました。

『あの方だわ!』

蘭王女の胸が騒ぎます。
いつも夢で見る通りの黒ずくめの騎士姿――今度こそ間違いなく新一王子のようでした。



「ここは・・・」

新一王子の問いに蘭が答えます。

「妖精達に江古田の森だって聞きました」
「そうか。聞いた事はある。俺の城の外でオメーに会ったのは初めてだな」

新一王子のマントと蘭王女の髪を靡かせて、風が吹き過ぎて行きました。
そのリアルな感覚に、蘭王女はこれが夢なのか現実なのか、訳がわからなくなってしまいました。


ふいに新一王子の手が蘭の頬に伸びてきて触れました。

「蘭、オメーは・・・現実に居るんだよな・・・?」

新一王子の言葉に、ふと蘭は、自分こそが幻なのかも知れないと思ってしまいます。

「新一様、私は・・・」

蘭王女は新一王子に抱き締められました。
新一王子の体が細かく震えています。

「蘭、蘭、蘭」

新一王子が蘭の頭をなで、髪を梳きながら名を呼びます。
抱き締められる暖かでリアルな感触に、蘭王女は眩暈を起しそうになりました。

新一王子がちょっとだけ体を離し、じっと蘭の目を覗き込みました。
新一王子の顔が近付き、蘭は自然に目を閉じました。









蘭王女が目を覚ました時、既に日は高く上っていました。
兄達は既に白鳥になって飛び立っていましたが、年若な双子の小白鳥が洞窟に残っておりました。

「元太くん、光彦くん。私が寂しい思いをしないように残ってくれてたのね」

蘭王女は優しく声を掛けました。


昨夜の出来事を蘭は思い出しましたが、どこからどこまでが夢だったのか、定かには思い出せません。
けれど新一王子に出会った事だけは間違いなく夢なのだろうと言う妙な確信がありました。

『わ、私・・・!夢の中とは言え、あの方と・・・!』

もう少しで新一王子と口付けを交わしそうになった事を思い出し、蘭王女は真っ赤になってジタバタしました。

2羽の子白鳥は、そんな蘭王女の様子を、お互いの顔を見合わせ首を傾げてみていました。




「あの魔法使いとの出会いも、夢だったのかしら・・・」

せっかく呪いを解く方法を知ったと思ったのに、と蘭王女は溜息を吐きました。

「いたっ・・・!」

ふいに蘭王女の掌に痛みが走りました。
掌を見ると細かな傷や水ぶくれが一面に出来ています。
蘭はハッとしました。
自分が寝ていた所を見ますと、イラクサが1本落ちていました。
昨夜キッドに渡されたものに間違いありません。

「夢じゃなかったんだ!これで兄様たちの呪いを解いてあげられる・・・!」

蘭王女は喜びましたが、昨夜のキッドの言葉を全て思い返している内に顔を曇らせました。

「一旦始めたが最後、声を出してはならない・・・もしも声を出したなら・・・」

自分の声が兄王子達を殺してしまう。
それを考えると、蘭王女は真っ青になって身を震わせました。

先程の様に痛みが走った時に反射的に声を出してしまう事さえ出来ないのです。
全てやり遂げてしまうまでは声を出してはならない、これは、余程の覚悟が居る事でした。
決して反射的にでも声を上げないように、常に自分を戒めなければなりません。

『じゃあ、諦めるの?諦めてしまうの?』

世界の命運は貴女に懸かっている・・・魔女ベルモットを滅ぼさねば、世界が滅ぼされてしまう・・・

キッドの言葉が頭の中をぐるぐる回ります。



蘭王女は覚悟を固めました。
洞窟の回りに生えているイラクサの繁みまで行き、1つ大きく深呼吸をすると、刺だらけのイラクサの中に手を差し入れました。



  ☆☆☆



「何や工藤、えらいボーっとしてからに」
「うっせーよ。くそー、いいとこだったのに」

平次公子に声を掛けられ、新一王太子は不機嫌そうに返事をしました。
新一王子は、夢の中で蘭の桜色の柔らかそうな唇にもう少しで触れそうだったのに、そこで目を覚ましてしまった事が悔やまれてならなかったのです。

「江古田の森・・・か」

新一王子が呟いた言葉に、平次公子が反応しました。

「江古田の森やて?あの、妖精王国の入り口があるいう噂の森かいな」
「ちょっと遠いが・・・服部、今度そこに狩に行こうか」
「な、何やて?あかん、あそこはあかんで!妖精達の加護がある森や、狩に行ったりしたらえらい目ぇに遭わされるで!」
「妖精の森、か。・・・あの子、妖精なんだろうか。いや、確か『妖精から聞いた』とか言ってたから、違うな・・・」
「おい工藤!人の話を聞かんかい!あの森だけはあかんで!道に迷う位はまだええ方や、下手すると取り殺されるで!」

平次がワアワア言うのを、新一は全く無視していました。




しかし、暫らくの間新一王太子達は、狩に出るどころではありませんでした。
何故なら、毛利王国の異変を聞きつけた有希子王妃が、親友である英理王妃とその家族達の身を案じ、今度は本当に臥せってしまったからです。




「母上、お加減はいかがですか?」
「新ちゃん・・・ありがと、私は良いんだけどね・・・ああ、英理たちは無事で居るのかしら?私が昔英理に贈った守護の指輪が、少しでも力になると良いのだけれど」

有希子王妃は、自分の右手小指に嵌った指輪を見詰めて言いました。
それは、英理が海を隔てた所にある毛利王国に嫁ぐ時に、有希子に贈ってくれたお守りの力がある指輪でした。
その時、有希子の方からもお返しに、英理にお守りの力がある指輪を贈ったのでした。









「ベルモット様。あの人間達を引き裂いてしまってはいけないのか?」

金髪の美貌の魔女ベルモットが闇に沈んだ毛利王国の玉座に腰掛けていると、配下であるジンが声を掛けて来ました。

「忌々しい事に、我はこの世界でまだ完全体では存在出来ぬ。依り代にしたこの器の奥に押し込めてしまった筈の魂が、まだ悪足掻きをしている。王妃があの指輪を嵌めている限り、手出しがかなわない。けれど私が全き姿を取り、この器の魂を押し潰してしまったら、その時は指輪があろうとも国王夫妻をひねり潰せる。だから待て」
「心得ました。ベルモット様が完全な姿でこの世に降臨なさる為に、今生贄を集めているところですぜ」

ジンと同じく魔女の配下であるウォッカが言いました。

「我はまだまだ力が足りぬ。戦争を起こせ。失われる命と流される血と怨嗟の声が、我の力となる」

ジンとウォッカを始めとした魔女の配下の魔物たちは、ベルモットに礼をして退出すると、人間界の戦火を更に広げるべく、新たな地へ向かって行きました。









「蘭、おい、一体何があったと言うのだ!?」

毛利兄弟の長兄・参悟王子が蘭王女の肩を揺すぶります。
蘭は瞳を伏せ首を横に振るばかりでした。

今日の夕方、兄達が人間の姿に戻り住処とした洞窟へ帰って来ますと、蘭王女はひと言も口を利かなくなっていたのです。

「元太、光彦。お前達2人が今日は蘭に付き添っていた筈だな。一体何があったのだ!?」

参悟王子の言葉に、末の双子王子は答えました。

「それが、俺たちにもよく判んねえんだよ。朝は蘭姉ちゃん、普通に口利いてたぜ」
「でもちょっと気になる事がありました。姉上は何故か、あの刺だらけのイラクサを素手でたくさん摘み取って帰り、帰って来てから何やら作業をしていたのです」

光彦王子が指差す先には、摘み取ったイラクサの束と、それから作ったのらしい繊維の束、そして何か編みかけのものが置いてありました。

由美王女がハッとして蘭王女の手を掴みました。
蘭王女は顔を顰めましたが、声ひとつ上げませんでした。

「蘭、何なの、この手、この足!あんなに白くて綺麗な手足だったのに!傷と水ぶくれだらけじゃないの!」

その時、洞窟の入り口から声が掛かりました。

「こんばんは、毛利王国の王子様達」

皆が振り返って見ますと、そこには森の乙女が2人立っていました。
1人は蘭王女にそっくりで、皆すぐにアースレディースから聞いていた妖精王の娘だとわかりました。





「何だって!?じゃあ、蘭は・・・」
「僕達の為に!?」
「ああ、何て事なの!」

兄弟達は、妖精王の娘・青子とその友人・恵子から詳しい事情を聞き、蘭王女が皆の呪いを解く為に辛い道を選択した事を知りました。
そして毛利兄弟は皆泣き出しました。
真王子や探王子などは、普段物事に動じる事が無く物心ついてからは1度も泣いた事がなかったのですが、彼らも蘭王女の健気さに心打たれ涙を流したのです。
王子・王女達の目から零れ落ちた涙が蘭の手や足に掛かりました。
すると不思議な事に、兄達の涙が掛かった所は傷や水ぶくれが綺麗に消えて痛みも治まったのでした。









蘭王女は毎日ただひたすらにイラクサの帷子を編み続けました。
妖精たちや兄王子達が何かと気遣ってくれますが、作業は全て1人で行わなければなりません。
慣れない作業に、それでも一生懸命に打ち込んでいますと、少しずつ1枚目の帷子が形になってきました。





「蘭」

新一王子に呼ばれ、蘭は心震わせます。
しかし、夢の中とわかっていても、今の蘭王女は口を利く事が出来ませんでした。
あの条件が夢の中を除外してくれているものかどうかもわからないし、万一寝言にでも声を出したら大変です。

「蘭、オメーの声を聞かせてくれねーか?」

新一王子が言うのに、蘭王女は悲しそうな瞳で見上げ、頭を振るばかりでした。

「蘭。もしかして何か遭ったのか?俺に何かしてやれる事はねーか?」

蘭は驚いて新一王子を見詰めました。
そして再び頭を横に振ります。
新一王子の優しさはとても嬉しかったのですが、蘭王女が自分ひとりでやり遂げなければならない事だったからです。





帷子を編み始めてからも、蘭は毎晩のように新一王子と夢で出会いました。
出会う場所は、新一王子の居るらしいお城の中だったり、江古田の森の中だったりします。
たとえ夢と分かっていても、新一王子と会えるのはとても嬉しい事でした。
白い魔法使いキッドの言葉によれば、新一王子が現実に存在しているのは、間違いない事のようです。
蘭王女は、夢でなく現実に会いたい、と願うと同時に、恐れも抱き始めていました。
出会ってしまったらおそらく確実に、新一王子を巻き込む事になってしまいます。
蘭王女はそれが怖かったのでした。









「工藤、何や。またもやボーっとしてからに」
「ああ、服部か・・・」

新一王太子は、夢で会う蘭という名の乙女の事をずっと考えていました。
やっと言葉を交わしたと思ったら、次に会った時には蘭は口を利かなくなっていました。
そして、新一王子を見詰める眼差しが最近悲しげなのがとても気になります。

「もうこれ以上待てない。服部、明日江古田の森に行くぞ」
「工藤、せやからあそこはあかんて言うたやないか。狩なんぞしたら、妖精王の怒りに触れるで」
「狩は口実。本当に狩をする気はねーよ。妖精達には嘘は吐けねーから、狩が本気じゃねー事はすぐにわかってもらえると思う」









狩人達は、最初江古田の森に行くと聞いて酷く難色を示しましたが、新一王太子から「形だけで決して実際の狩はしない」と聞き、「では何しに行かれるのだろう?」と首を傾げながらも黙って従う事にしました。



「殿下、待って下され〜」

新一王太子一行が出掛けようとしていますと、丸っこい体で文字通り転げるように駆け寄ってくる人物がありました。

「博士・・・どうしたんだよ?」
「お出かけなのに守役のワシを連れて行かないとは、悲しいですぞ、殿下」

その人物は、ハアハアと息を切らしながら新一王太子に文句を言いました。
王太子の守役である阿笠博士です。

「遠くの森まで狩に出かけるんだ。博士、馬に乗るの不得手だろ?それに最近新しい発明の為篭ってたようだし、連れて行くのも悪いかと思ってよ」
「大丈夫、新発明のこれで行きますからの。薪を燃やしてその火力で動くやつでして・・・10馬力は出るから、理論上から言えば馬よりずっと速く走れる筈ですじゃ」

そう言って阿笠博士が新一王子達に見せた物は、本来4頭立ての馬車であるボディーの御者台に、何か変な機械が取り付けられたものでした。
太く短い煙突からは黒い煙が上がっています。

「なあ服部。蒸気機関の発明って、ずっと後世の話じゃねえか?」
「工藤。ここは『メルヘン』の世界やで。時代考証は考えん方が身の為や。それにあれは、どない見ても蒸気機関にしか見えへんけど、あくまでただの『カラクリ』なんや」

王子と公子の会話に気付かない様子で、阿笠博士は新一王太子に話しかけてきます。

「殿下、江古田の森に行かれると言うのは本当ですかの?」
「ああ、そうだが・・・」
「あそこでは殺生は出来ない事はおわかりですな?」
「ああ、わーってるよ。本当に『狩』をする積りはねえんだ」
「ではこれをお持ちくだされ」
「新しい発明品か?って、どう見ても吹き矢にしか見えねーんだが」
「ただの吹き矢ではありませんぞ。それに仕込んであるのは細い針で、麻酔薬を塗ってあります。殿下の身に危険が及んだ時、相手を殺す事無く瞬時に眠らせる事が出来ますのじゃ。しかも、針はすぐに自然分解して後に残らないという画期的なものですじゃ」
「へえ・・・それは確かに何かの役に立つかも知れねーな」

新一王太子は阿笠博士から「吹き矢型麻酔銃」を受け取りました。

そして一行は出発しました。

阿笠博士を乗せた車は、素晴らしいスピードで一行の先頭を切って走って行きます。

「おお、すげえ!」
「ほお、大したもんや!」

新一王太子と平次公子は、馬を走らせながら感嘆の声を上げました。

ところが・・・。

「おい、博士、そっちは・・・!」
「ああ、あかん、止めるんや!」
「ああ!ワシとしたことが、ハンドルとブレーキを付けるのを忘れとったわい!だ、誰か止めてくれ〜〜〜!!」

阿笠博士を乗せた車はまっしぐらに大きな木をめがけてぶつかって行きました。
車は木にぶつかり、凄まじい音を立てて大破し、爆発炎上しました。

流石に新一王太子と平次公子、それに狩人達が青くなって見ていますと、大破した車から煤けて真っ黒になった阿笠博士がひょっこり顔を出しました。

「また失敗しましたわい」

苦笑いしたその様子では、真っ黒になっているけれど全く怪我はしていないようです。

「ふう、やれやれ、脅かすなよ・・・」
「こないなとこはメルヘンでホンマ助かったで」

阿笠博士が無事なのを見て、一行は胸を撫で下ろしました。


そして再び(馬に乗れない阿笠博士は置いて)江古田の森を目指して進んで行きました。



  ☆☆☆



「ここが、妖精達が守っているという江古田の森か・・・」
「普通の森やんけ。何の変哲もあらへんな」
「服部、オメーどういう想像してたんだよ?・・・俺はまだ妖精という者に会った事はねーが、見た目は殆ど人間と変わらねえそうだ。背中に透き通った羽根がある位で」
「工藤、妖精言うたら美男美女ばかりやと聞くで。そない考えると一辺おうてみたいもんやな」
「美男美女か・・・若干の例外は居るらしいけどな」

余談ですが、新一王太子がそう言った途端に、風邪など引く筈もない妖精の王様が、何故か盛大にくしゃみをなさったとかいう事です。

「言い伝えによれば、工藤王国の王家も過去に妖精族と通婚した事があるらしいし、人間とそうかけ離れた存在という訳でもないようだ」
「へ!?せやったら、工藤にも妖精族の血が流れとるんか!?」
「・・・伝説になるほど昔の事だ、流れてたとしたって僅かだよ。けど多くの王家で同じような話はあるらしいぞ。服部家にも似たような伝説位あるんじゃねーか?」
「おかんなら、まあまだわかるで。けど、あのキツネ目クソ親父にそんな伝説似合わへんわ」




新一王子と平次公子は軽口を叩き合いながら森の奥へと進みました。



やがて、森が開け大きな湖の畔に出ました。

『・・・夢の中では夜だったからはっきりとはわからねーが・・・夢の光景に似ているような気がする・・・』

新一王子は、胸がざわめくのを感じながら、馬に乗ったまま湖の周囲をゆっくりと巡って行きました。



  ☆☆☆



「王よ、我々が守る森に侵入者が・・・如何なさいますか?」

妖精王銀三の元に妖精の1人が来て告げました。

「今の所、彼らには害意はない。それにあの男達・・・工藤王家と服部大公家の者たちだ。運命の導きによってここを訪れているのだ、森の生き物達に手出しをせぬ限りは邪魔をするな」

妖精王銀三は、ちょび髭を生やした妙に人間臭い渋い風貌の妖精でした。

銀三の前には大きな鏡があります。
そこには森を訪れた2人の若者の姿が映し出されていました。
妖精王は、彼らが森に入った瞬間からずっと監視をしていたのです。

「おや・・・工藤王家の若者は良く見ると快斗くんに似ているな。そう言えば蘭王女は青子に似ているし・・・これも何らかの因縁というやつかも知れん」

妖精王銀三はふと眉根を寄せて口の中で呟きました。

「それにしても何でか解らんが・・・あの若者、虫が好かねーんだよな・・・これも何かの因縁か?」



  ☆☆☆



「お、工藤。何や珍しい白鳥がおるで。首の周りに黒い飾りが付いとって、まるで襟みたいや」

平次公子が言った通り、優雅な襟模様が付いた白鳥が、湖の上を滑るように岸に向かって泳いでいます。
白鳥が向かう先に乙女が1人立っていました。

新一王子の胸が早鐘を打ちます。
夢で見た通りの・・・いや、日の光の下で見ると、白皙の肌に艶やかな黒髪と桜色の唇が映えて、夢の中で見た以上に愛らしい姿、夢で何回も会った乙女・蘭に間違いありません。

乙女がこちらを振り向きました。
そして驚愕の表情を浮かべます。
向こうも確かに新一王太子の顔を知っているようです。

夢は双方繋がっていた事を、新一王子は確信しました。

しかし、新一王太子が馬から下りて近付いて行きますと、乙女は身を翻して洞窟の中に駆け込んで行きました。

「蘭!」

新一王子が乙女を追おうとすると、先程の白鳥が新一王子の顔をめがけて突っ込んで来ました。

「わわっ!何だ、この鳥は・・・!?」

白鳥が新一王子の顔を攻撃しているのですが、一行は殺生が出来ない為、手出しが出来ず、呆然と見ていました。
白鳥に襲われたからと言って命に別状がある訳ではありませんが、このままでは何も出来ません。
新一王子は懐から、阿笠博士に渡された吹き矢を取り出して、白鳥に狙いを定めました。



  ☆☆☆



洞窟の奥に逃げ込もうとした蘭王女ですが、勿論新一王太子に会うのが嫌だった訳ではありません。
ただ、今現在の自分の境遇や兄弟達の事を思うと、逃げ出さずには居られなかったのでした。
姉の由美王女が、蘭を追おうとする新一王子を見て攻撃を始めました。
おそらく由美王女は、新一王子が嫌がる蘭王女を無理に追っていると勘違いしたのでしょう。
蘭王女は慌てて引き返し、由美王女を止めようとしました。
しかし蘭の目の前で、黒襟白鳥は地面に落ちて行ったのでした。

蘭は悲鳴をあげそうになり、辛うじて踏み止まりました。
地面に落ちた白鳥に駆け寄り、抱き締めます。
白鳥はもう完全に意識がなく、蘭王女は目の前が真っ暗になりました。

「その白鳥は君の仲良しだったのか?すまない。咄嗟の時だったから、つい・・・」

上から、蘭の大好きな深みのあるテノールが降って来ました。
けれど今の蘭王女はただひたすら白鳥を抱き締めて涙を流していました。

白鳥はまだ温もりが残っていました。
いや・・・抱き締めていますと、確かな心音を感じます。
由美王女である黒襟白鳥は、どこにも怪我などなく、ただ意識を失っているようでした。
蘭王女はハッとして顔を上げました。

「ごめんよ。でも、その白鳥はただ眠っているだけで、暫らくしたら目を覚ます。何も心配いらねえから」

蒼味がかった深い色の眼差しが心配そうに蘭王女を覗き込んでいました。
そう言えばここ江古田の森では、生き物に害意ある者が無事で居られる筈がありません。
白鳥は新一王子が言う通り、ただ眠っているだけのようです。
蘭はようやく安心してホッと息を吐きました。

蘭王女は黒襟白鳥を抱き上げ、洞窟の中の草の上にそっと寝かせました。
風邪を引かないように、上からそっと布をかけます。

蘭王女について新一王太子が洞窟の中に入って来ました。

「蘭、オメーはここに住んでんのか?」

蘭王女は頷きます。

「蘭?もしかして・・・、オメー、口が利けねえのか?」

蘭王女は逡巡しながらも再び頷きました。
今現在口が利けない状況である事は間違いないからです。

「こんな所に・・・いくら妖精の加護がある森といっても、たった1人で誰とも会わずに生活するなんて、良くねーよ。俺の城に来ねえか?」

蘭は驚いて新一王子を見ました。
その申し出は嬉しく、新一王太子の傍に居たいのはやまやまですが、蘭は1人ではなく兄弟達皆と一緒に暮らしているのですし、兄弟達を置いて、増してや呪いを解くと言う大切な作業を中断してここを離れる訳には行きません。
喋る事が出来ない為、どう説明したものかと考えていますと、ふいに新一王子にひょいと抱え上げられました。
蘭王女はビックリして暴れましたが、新一王子は動じる様子もなく、蘭王女を抱えたままスタスタ歩き出しました。
なおも蘭王女が暴れていますと、ふいに唇に柔らかい物が触れ、蘭は驚いて動きを止めました。
思い掛けない形でふいに与えられた初めての口付け。
その熱さと、抱き上げる腕の力強さに、蘭は何も考えられなくなり、手足から力が抜けていきました。
蘭の顔のすぐ傍で、新一王子が囁きました。

「大人しくしろって。こんなとこにオメー1人を置いておけねえ。悪いようにはしねえから、俺に任せてくれ」



  ☆☆☆



新一王太子が蘭王女を抱えて洞窟を出、一行の所に戻りますと、平次公子が声を掛けて来ました。

「工藤、一体何なんや、その子は!?妖精やあらへんのか?」
「人間の少女だ。名前は蘭。口が利けねえようだから、どういう事情でこんなとこに1人暮らししてんのかわかんねえが、城に連れて行く」
「もしかして、最近の戦乱を逃れて来たんかも知れへんな」

新一王子は頷きました。
平次公子は怯えている風情のその少女に向かってニコリと笑うと、言いました。

「こいつはここの国の王太子や、安心しとってええで」

出来るだけ優しく怖がらせないように言った筈なのですが、蘭は新一王子の胸に顔を隠してしまいました。

「工藤。何や妙にお前だけに懐いとるけど、今日初めて会ったばかりや言うんに、何でや?おまけに、口利けへんのに名前知っとるようやし。人間を誑かす怪かしのモンちゃうやろな」
「バーロ。妖精が守護する森にそんな怪かしが居るかよ」
「俺は工藤と違うて妖精を手放しで信用でけへんからな」

新一王子は蘭を抱えて馬に乗り込み、一行には帰城が伝えられました。
元々本当に狩をするつもりではなかった一行でしたので、やれやれと言った表情で帰途についたのでした。







「ねえねえ快斗、蘭ちゃん連れて行かれるけど、いいの?」

人間達からは姿を隠していた妖精の青子王女は、白い魔法使いキッドに話し掛けました。

「ああ。あいつが蘭王女の運命の相手だ、蘭王女だって本気で嫌がってる訳じゃねえ。ただ兄弟達の事を案じているだけだ。連れて行かれるのは別に良いんだが・・・けど、このままだとまずいな・・・」

そう言うと、キッドは姿を変えて一行に近付きました。

「王子様は、あの女の子を側女にする積りなんですかい?」

狩人の長は、(キッドが化けた)部下の1人から声を掛けられて、顔を顰めました。

「そうかも知れんが、滅多な事を口にするんじゃない」
「いやね、お城の中に部屋が与えられるにしても、あの子、怯えているようですし、何か可愛そうな気がするんですが」
「だからと言って、どうしろと言うんだ」
「あの子が住んでいた洞窟の中にあった物を持って行って、同じように部屋を飾ってあげれば、あの娘も森に帰ったような気がして少しは安心できるんじゃねえかと思うんですがね」
「なるほど、お前が言うのももっともだ」

狩人の長はキッドの思惑通り、蘭王女が摘んだイラクサと、それを足で踏んで繊維にした束、編みかけの帷子などを持って行く事にしたのでした。







(4)に続く



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(3)の後書き座談会



青子 「蘭ちゃん、ようやく新一王子様と巡り会えたんだね」
快斗 「まあな。感動の出会いとは程遠いけどな」
探  「フッ・・・。それもひとえに蘭さんが僕達の身を案じているからですね」
新一 「蘭がオメー達の事案じてんのは、あくまで兄弟設定だからだろ!勘違いすんなよな!」
小五郎「新一、貴様あ!この人攫いが!」
新一 「おっちゃん、人聞きのわりぃ事言うなよ・・・」
蘭  「くすんくすん、新一ったら、いきなり私のファーストキスを・・・」
小五郎「うがあ!やっぱり無体な事してんじゃねえか!」

〜殴りかかろうとする小五郎を、英理と目暮が後ろから止める〜

新一 「え?あ・・・ご、ごめん。蘭が暴れるから、宥めようと思って」
志保 「で、ついキスしてしまったと。救いようがないわね、工藤くん」
新一 「ほっといてくれ!」
園子 「それにしても、パラレルの新一くんって何故か手が早くない?」
和葉 「ほんまやな」
平次 「それはあれや、幼馴染やない分、そうなるんちゃうか?・・・っ!和葉、何いきなり殴るんや!」
和葉 「知らんわ、どアホ!」
園子 「で、次回はやっと私や和葉ちゃんの出番があるらしいわ」
真  「どういう展開になるんですか?」
目暮 「ワシはどうもいやな役柄を割り振られているらしい」
紅子 「ああ、アンデルセンの原作通りなら目暮さんが蘭さんを火あぶりに・・・」
小五郎「け、警部殿!?それはあんまりです!!」
任三郎「火あぶりはともかく、目暮警部殿が蘭さんを魔女だと言いたてるのは間違いないようですね」
目暮 「ワシは知らんぞ!そんな台本を作った奴が悪い!」
園子 「で、次回は新一くんが蘭を手籠めにするお話・・・と」
新一 「おいおいおい!」
美和子「あら、大差ないでしょ、無理矢理お妃にするんだから」
新一 「佐藤刑事までそんな事を・・・」
和葉 「身も蓋もない言い方やけど、アンデルセン童話ではとどのつまりはそうやな」
歩美 「え?次回は新一お兄さんと蘭お姉さんの結婚式じゃないの?私はそう聞いたけど」
志保 「だからね、手籠めも無理矢理お妃も結婚式も、全部同じ意味なのよ」
光彦 「へー、そうだったんですか」
元太 「ところで、手籠めって何だ?結婚式のご馳走か?」
参悟 「オホン、それは、子供が聞いてはいけないお話だよ」
新一 「あのなあ・・・ああ、この先の展開、マジで心配になってきた・・・」



(2)旅立ち・海を越えてに戻る。  (4)千夜一夜に続く。