The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



Byドミ 原案協力:東海帝皇



(4)千夜一夜



「由美!一体蘭はどうしたんだ!?」

洞窟に戻って来た参悟王子達は、洞窟の中で眠り込んでいる由美王女を見つけました。
そして、蘭王女の姿はどこにも見当たりませんでした。

「ら、蘭はあの男達に・・・!」

由美王女は、自分が気を失う前の事を思い出し、蘭王女は狩人の一行に攫われたと思ってワッと泣き伏しました。

「姉上、落ち着いて。ここは妖精の加護がある森、何者であろうと蘭に無体を働くなど出来る筈がないですよ」

任三郎王子がそう言って由美王女を宥めました。


「こんばんは」

洞窟の入り口から覗き込んで声を掛けて来たのは、妖精の乙女であり、妖精王女・青子の親友である恵子でした。

「恵子さん!蘭がどうなったか、知らない?」

由美王女が必死で尋ねます。

「蘭王女を連れて行ったのは、この工藤王国の王太子・新一様よ。あの2人は、奇しき縁で結ばれた、運命の恋人なのだそうなの。直に会ったのは初めてだけど、今までに何回も夢で巡り会っているわ。王子様は、蘭王女がこの森で1人で暮らしていると思って、心配して連れて行っちゃったのよ」

兄弟達は妖精乙女から聞かされた思わぬ真相にざわめきました。
賢王と名高い優作王の1人息子が、森で1人暮らす少女を心配して連れて行ったのなら、取り敢えず蘭王女に危険はないと思われます。
しかし、今の蘭王女は口が利けないので、色々と辛い思いをするのではないかと兄弟達は案じました。

「今は、青子と白い魔法使いがお城まで様子を見に行ってるから、きっと大丈夫よ」

恵子の言葉に、王子達はやっと少しだけ胸を撫で下ろしました。
参悟王子がふと気付いたように言います。

「そう言えば・・・母上から聞いた事があるぞ。工藤王国の有希子王妃と母上は大親友で、いずれ子供同士を娶わせる約束をしていたと。工藤王国で生まれたのは蘭と同じ年の新一王子ただ1人。それから考えると、新一王子は蘭の許婚だ。その新一王子に連れて行かれたのなら、まさしく運命なのかも知れない」
「けどよ兄貴。今の蘭は呪いを解く為の作業中で、口を利けないから、苦労するんじゃねえか?」

そう長兄に言ったのは、2番目の重悟王子でした。

「わかっている。元より、可愛い俺達の妹姫・蘭を1人にするなど、出来る筈がない」

参悟王子が答えます。

「日が昇るのを待って、お城まで飛んで行くぞ」

長兄の言葉に、兄弟皆が頷きました。



  ☆☆☆



毛利兄弟が洞窟に帰って来る少し前。
新一王太子と蘭王女、平次公子、そして狩人達の一行は、工藤王国の都・米花京に着いていました。
毛利王国の都・帝丹京にも優る賑わいに、蘭王女は目を見張りました。
連れて行かれたお城も、それはそれは立派です。

蘭王女は、それらを見るにつけ、父母である小五郎王と英理王妃、それに兄王子達と一緒に帝丹京のお城で暮らしていた時の事が思い起こされ、せっかく始めた呪いを解く仕事が中断された事を嘆き悲しまずには居られませんでした。



「大変よ、みんな!殿下が森で女の子を拾って来たわ!」

侍女の美和子がスカートの裾をさばきながら颯爽とした足取りで侍女たちの控え室に飛び込んで来ました。

「へ!?女の子やて!?」
「え〜?あの殿下がぁ?まさかでしょ!」

侍女の仲間である和葉と園子が信じられないと言った様子で言いました。
2人がそう言うのも無理はありません。
今まで見る限りでは、新一王子は女嫌い・・・とまでは行かなくても、女性に興味がなさそうに見えていたからです。

「でも、王子様は優しいもの。もしかして身寄りのなくなった可哀想な人をお城に連れて来たのかも知れないわ」

侍女達の中で1番年下の歩美が言いました。
他の3人も、そうかも知れないと頷きかけました。
そこへ、長い黒髪の美しい少女を抱えた新一王太子が現れた為、4人は仰天しました。

新一王太子は少女を下ろして言いました。

「この子は蘭。今日からこの城で暮らす事になった。お風呂に入れて着替えさせて・・・部屋は・・・『月光の間』をこの子の為に用意してくれ」

侍女達は思わず顔を見合わせました。
新一王子が言った「月光の間」とは、王太子の私室と続きになった、本来は王太子妃の為に用意されてある部屋なのです。

「あ、それと・・・この子、耳は普通に聞こえているけれど、口が利けないので、宜しく頼む」

侍女達は黙って頭を下げ、恭順の意を示しました。



蘭は、新しい服を渡してくれた歩美に腰を低く屈めてお礼の意を示し、入浴を手伝おうとする4人を申し訳なさそうに制して1人でお風呂に入って身支度をしました。
最初は胡散臭げに蘭王女を見ていた侍女4人でしたが、蘭王女の育ちが良さそうでけれど驕る事のない控えめな態度に、段々心惹かれるものを感じ始めていました。

「ねえこの服、簡素に作ってあるけど凄く良い生地よ。それに、小さいけど上質なエメラルドのピアスをしているわよね」
「せや、それに立ち居振る舞いが上品やし、結構ええ家柄の娘さん思うで」

蘭が入浴している間に、園子と和葉はそのような会話をしていました。

園子は新一王子と同じ17歳、諸国をまたにかける大商人・鈴木カンパニーの代表者・史郎の次女で、有希子王妃が行儀見習いのために預かっている娘です。

和葉も同じく17歳、工藤王国内の半独立国・服部公国の大貴族であり工藤王国の近衛師団長である遠山卿の一人娘で、平次公子とは幼馴染の仲、やはり有希子王妃が行儀見習いの為に預かっていました。
実は和葉だけは、他の3人の様に王子がその気になった時受け入れる覚悟も全くなく、ある意味安心して王太子付きの侍女となっていました。
平次公子と親しい新一王太子とは、和葉もよく会う機会があり、最初から新一王子が自分に女性としての興味を持つ事は絶対にないだろうと確信していたのです。
そうでなければ、密かに平次公子の事を慕う和葉は、この話を断っていた事でしょう。

園子も和葉も高い教育を受けて来た娘達なので、目端が利き、すぐに蘭が元々は良い家柄の娘だと見抜きました。

「でも何だか、悲しそうな顔してたよ。何があったのかなあ」

歩美が心配そうに言いました。
歩美は今年13歳、元々名門である吉田侯爵家の娘でしたが、両親を早くに亡くし、有希子王妃の手元で育てられたのでした。
侍女4人の中で歩美だけは、幼い頃から新一王太子に憧れ、憎からず思っていたので、新一王太子が森から連れて来た蘭という少女を気に入っているらしい事が辛くてなりませんでしたが、優しい娘でしたので、蘭の悲しげな表情が気になって心配していたのです。

ちなみに23歳と4人の中で1番年嵩の美和子は、元々、宮本王国の貴族であり中将の地位にあった佐藤公爵の一人娘でした。
王の異腹の弟である公平王子がクーデターを起こした際、佐藤中将も王と共に命を落としました。
幼かった美和子は母に連れられてこの工藤王国に落ち延び、優作王と有希子王妃の庇護を受けたのでした。



  ☆☆☆



入浴を済ませ髪を結って綺麗なドレスを着た蘭の姿は、それは気高く美しく、なまじの相手には身分も美貌も負けない自信がある筈の侍女4人も、自然と頭を垂れました。

着替えた蘭王女の姿を見て、新一王太子は息を呑み、頬を染めました。
しかし、蘭は悲しみに心塞がれていて、周囲の人たちの様子など目に入らぬ様子でした。



  ☆☆☆



新一王太子は自ら蘭を部屋にまで案内しました。
王太子の寝室との続き間になっているそこは、とても大きくて立派な部屋でした。
けれど、部屋が立派であっても今の蘭の目には映らず、何の慰めにもなりません。
兄王子達と離れ、呪いを解く為の作業中だったのにそれが皆置き去りになった事で胸が塞がれる思いだったのです。
けれど、新一王子が立派な寝室から更に続く小部屋のドアを開けたとき、蘭王女は目を見張りました。

そこは今まで住んでいた洞窟に似せたような内装になっていて、蘭が摘んで来たイラクサの束や、それを足で踏んで作った繊維の束が床に置かれ、編み掛けの帷子は壁に飾られていたのです。

「オメーが住んでいた所にあったやつを狩人の長が気を利かせて持って来てたんで、飾り付けさせたんだ。その・・・攫うようにして連れて来ちまったから、少しでも慰めになればと思ってよ」

蘭王女は、心の底から安堵していました。
これで、呪いを解く作業を続ける事が出来ます。
兄達と離れた事は心細いけれど、今は新一王子が傍に居て、何かと気遣ってくれています。
蘭王女は、新一王子を見上げて、にっこりと微笑みました。
新一王子は、目を丸くして蘭を見ていましたが、次の瞬間、蘭王女は新一王子の腕に抱きすくめられていました。
息も吐かせぬ程の激しい抱擁に、蘭王女は戸惑います。

「やっと笑ってくれたな」

新一王子が耳元で囁き、蘭は新一王太子がずっと自分を案じてくれていた事を知り、温かなものが胸を満たして行くのを感じました。
蘭王女の方も、おずおずと新一王子の背に手を回して抱き締め返しました。

「蘭。ごめんよ。オメーを傍に置いときたいあまりにあんな攫うような真似しちまって・・・オメーがずっと泣きそうな顔してるもんだから、俺は何て無体な事をしちまったんだろうと・・・」

新一王子が蘭の目を覗き込んでそう言いました。
蘭は首を横に振ります。
蘭王女が辛かったのは、連れて来られた事ではなく、呪いを解く作業が中断されてしまった事だったのですから。

「ずっと俺の傍に居てくれるか?」

新一王子の言葉に、蘭王女は思わず頷きました。
その一瞬は、兄達の事も、両親の事も、蘭王女の頭から消え去っていたのです。
新一王子の顔が近付いて来て、蘭王女は目を閉じました。
唇に温かく柔らかなものが触れます。
新一王子は蘭王女の唇に軽く自分のそれを重ねた後、熱く囁きました。

「蘭。好きだよ」

そして再び唇が重ねられます。
新一王子の口付けは、最初は触れるだけの軽いものでしたが、何回も繰り返される内に段々深く激しいものになって行きました。
夢の中で会ってからずっと焦がれ続けていた相手との口付けに、蘭はすっかり酔っていました。

「蘭。今夜、オメーと一緒に過ごしたい・・・今夜オメーの部屋に泊まって・・・良いか?」

蘭王女が新一王子の口付けに蕩けそうになって足の力が抜けた頃、新一王子は蘭王女をしっかり抱き締めてそう囁きました。
蘭王女は潤んだ瞳で新一王子を見上げ、頬を染めて頷きました。

「え?蘭・・・。本当に・・・良いのか?」

あっさり頷いた蘭王女に、逆に戸惑った様子の新一王子が再び尋ねて来ました。
蘭は、何故わざわざ念を押すのだろうと訝りながら、再び頷きました。



  ☆☆☆



「今、そこの廊下で信じられへんもんを見てもうた・・・」

和葉が青い顔をして侍女達の控え室に入って来ました。

「和葉ちゃん、信じられないものって何?」

園子が訝しそうに訊きます。
和葉がこんなに顔色を変えるとは、尋常ではないと思ったのです。

「いやあの・・・殿下とすれ違うただけなんやけどな」
「ふんふん」
「あの殿下が・・・ニマニマとにやけた顔しててな、擦れ違ったアタシにも気付かんとスキップしながら行ってもうたんやで!」
「ええええええっ!?う、嘘でしょおおおおおおっ!!」

園子と歩美が同時に叫びました。
いつも気障でカッコつけの新一王太子が、ニマニマ笑っていたり、スキップしたりするなど、信じられなかったのです。
特に、4人の中で1番年若く新一王太子にほのかに憧れていた歩美は、今までの新一王子像がガラガラと音を立てて崩れ、大きなショックを受けていました。

そこへ、侍女4人の中では1番の年長でリーダー格になっている美和子が、颯爽とした足取りでやって来ました。

「みんな、仕事よ。今夜殿下が蘭様と床を共にされるから、その支度をするようにとの事よ」

和葉と園子と歩美は顔を見合わせました。
新一王子が蘭の私室にお妃様用の部屋をあてた時から、いずれそうなるのではと薄々予想はしていたのですが、はっきりそうだと聞かされるとまた複雑なものがありました。
特に、淡い想いを新一王子に対して抱いていた歩美は、胸が抉られるような気持ちでした。

「なあ、じゃあさっきの殿下の様子がおかしかったんは・・・」
「・・・今夜の事を考えて浮かれてたのね・・・」

和葉と園子は顔を見合わせて溜息を吐きました。
この2人は王子に対して歩美のような想いは抱いていませんでしたが、今までの新一王太子像が崩れるのはやはりそれなりにショックでした。

侍女たちが知る限り、新一王子が女性と床を共にした事はありません。
有希子王妃も非常に心配していましたから、おそらくまだ女性体験がないのだろうと思われます。
一般の男性ならいざ知らず、立場上その気になれば女性に不自由しない筈の新一王太子が、決して据え膳を食う事もなく今日まで禁欲生活を続けて来たのは、真面目で誠意があって淡白なのだろうと侍女達は考えていました。
その王子が、森から連れて来た少女を今夜床に侍らせるというのです。
おそらく本気で惚れたのであろう事は、容易に想像がつく事でした。

一時の驚きの時間が過ぎ去ると、侍女4人は気を引き締めて頷き合いました。
彼女らは元々有希子王妃から遣わされて来た、様々な意味で生え抜きの侍女であり、新一王太子が相手にする女性が果たして妃として相応しいかどうか見極めるという任務もあるのです。



  ☆☆☆



蘭王女の部屋に、侍女4人が入って来ました。
有無を言わさずに、先程入浴を済ませたばかりの蘭を再び風呂場に連れて行きます。
蘭は真っ赤になり、自分ひとりで出来るとゼスチャーで示しますが、問答無用で4人に体の隅々まで磨き上げられました。
そして、香油を塗りつけられます。

「今夜は殿下と床を共にして頂くのですからね、一段と磨きをかけて頂かなければ」

美和子がそう言い、蘭は、それもそうかと思います。
王子のすぐ傍で過ごすのですから、綺麗になっておくに越した事はありません。


入浴が終わってひと段落した後、蘭王女は衣裳部屋へと連れて行かれました。

「さて、今夜のお召し物は・・・と。これなんかどう?」

園子が出してきた服は、透けて見える薄物で、蘭は目を見開き、とんでもないと言った様に真っ赤になって首をフルフルと横に振りました。

「何よ、気取らなくったって、どうせ脱いじゃうんだから一緒でしょ?」

園子の言葉に、蘭は目を剥き、固まりました。

「え?」
「何て顔してるん?」

暫らくの沈黙の後、園子と和葉が戸惑ったように言いました。
美和子がハッとした様に言います。

「蘭様。まさかと思うけど、王子様と床を共にするっていう意味、わかってる?」

蘭がきょとんとした様に首を傾げて美和子を見ます。

「あの・・・ただ単に一緒のお布団で寄り添って眠るってだけじゃないのよ?」

美和子の言葉を聞いて、蘭の目が驚きと疑問と戸惑いに見開かれました。



侍女4人は暫らく脱力して座り込んでいました。
4人とも男性経験などありませんが、有希子王妃から因果を含めて送り込まれて来た侍女たちですので、年若い歩美も含めて、しっかりと性教育は施されてきています。
そうでなくても、教師などからある程度の知識は得ていました。

(しかるべき家柄の女性は、その手の事もしっかりと教育を受けるのが当たり前なのです)

「まったく・・・おそらくご両親が目の中に入れても痛くない程に可愛がっておられたのでしょうけれど・・・この年頃なら、きちんとした教育が必要でしょうに・・・」

美和子がそう言って溜息を吐きました。
これだけ美しい娘なら、まだ幼い頃からでも、身を守る為にも絶対にその手の知識は必要と思われるのに、そして、蘭は立ち居振る舞いやピアスなどから見て結構良い家柄の娘と思わせられるのに、全く擦れておらず純真で、本当に何も知らない様子でした。

美和子から、男と女が床を共にするのはどういう意味なのか、詳しく説明されて、蘭は赤くなったり青くなったりしました。

「蘭様。殿下は今迄私達が知る限りでは、女性に無体や乱暴を働いた事などない、真面目な良い方よ。以前、内田公爵家の麻美姫が既成事実を作ろうと目論んで忍んで来た事があったけど、その時だって据え膳を食わなかった位だもの」

美和子が言うと、園子と和葉が頷きました。

「私はショックだったわあ。麻美姫は才色兼備のとても素敵な方で、あんな女性になりたいって憧れてたのに、あんな賢しらな事なさるなんて」

園子が天を仰いで言いました。

「アタシはあの人意外と腹黒い思うてたから別にショックも受けへんかったけど。けどあん時の様子は見物やったなあ」

和葉はちょっと意地悪くそう言いました。









それは今から1月ほど前の事。

内田公爵の公女・麻美姫が、あろう事か新一王太子の私室に忍び込んで来ました。
王太子の私室に誰かが忍んで来るのを、腕利きの侍女たちが気付かない筈はありません。
けれど、麻美姫の侵入に、4人は敢えて知らん振りをしていました。
新一王太子がこの事態を切り抜けられないようなら話になりませんし、それに麻美姫に捕まったのならそれはそれ、責任を取ってお妃様になさるのもまた良し、との判断でした。



「どういうお心算ですか、麻美姫?」

自室に帰って来た新一王子は侵入者に冷たい目を向けてそう言いました。

「ずっとお慕いしておりました。一夜だけでも良いのです、あなた様のお情けが欲しい」

薄い生地の下着姿だけになった麻美姫が恥じらった表情でそう言って王子に迫りました。
王太子より2歳年上の麻美公女は、美しく優しく教養も高く、若い貴族達からの憧れの的でしたが、どの殿方も悉く袖にして来ました。
麻美公女は、身分から言っても、美しさや教養から言っても、自分がこの国で1番だと自負しており、当然の如く新一王太子の花嫁になる心算でしたが、全く王子に相手にされる事は無かったのです。
その麻美姫が思い切って夜這いという手段に出たのは、摘み食いしても許される身分の王子だとて、公女の純潔を奪えば責任を取らされる立場になるだろうとの計算があっての事でした。
それに、今まで浮名を流した事のない新一王太子と言えど若い男、麻美姫がその美しい体を晒して捨て身で迫れば落ちない筈などないという自信もありました。

「せっかくだけど、毒が仕込まれている据え膳を食う気になどなれねえな」

新一王子はそう冷たく言い放ちました。
目の前に下着姿の美しい女性が居るというのに、焦る様子も動揺する様子も全くありません。
その瞳にも全く欲望の色は浮かばず、冷たいままでした。

「ど、毒など・・・わ、わたくしは・・・!」

麻美姫が言い募るのに、新一王子は背を向けます。

「さっさと服を着て出て行けよ。でねえと、その格好のままオメーをつまみ出すからな」

あまりの屈辱に、麻美姫は身を震わせました。

「た、たとえ殿下が何もなさらなくても・・・部屋に2人きりで居て何もなかったなんて、世間はきっと思わないでしょう」
「ほう・・・やはり既成事実を世間に認めさせるのが狙いだったか。けど俺は、世間で何と後ろ指差されようと、鬼のような男と言われようと、別に一向に構いませんよ?あなたが何と言いふらそうと構わないが、あなたの方こそ、王子に一晩の慰み者にされた挙句捨てられた女という芳しからぬ評判が立つのが関の山だと思いますがね、公女殿下?」
「・・・・・・!」

麻美姫は息を呑み、自分の完敗を悟りました。

「美和子、園子、和葉、歩美!公女殿下がお帰りだ、丁重にお送り申し上げるように!」

新一王太子は、近くに4人の侍女が控えている事をちゃんとわかっていたのです。
麻美公女は、4人の侍女によって文字通り問答無用でつまみ出されました。









新一王太子と内田公爵の公女との顛末に、蘭は目を丸くして聞き入っていました。

「まあそんな方だから、殿下が蘭様との一夜を望まれたのなら、それは戯れなどではないと思います。連れて来ていきなりなんて性急過ぎるけど、心底蘭様の事を大切に思っていらっしゃるのは間違いのない事。蘭様が同衾の意味を知らなかった事を説明してやっぱり嫌だって言えば、無理強いはなさらないと思うわ。私から殿下に説明しましょうか?」

美和子が気遣わしげにそう言いましたが、蘭は暫らく考えた後首を横に振りました。

「良いの?その・・・私も実はよくわからないのだけど、初めての時は凄く痛い思いをしたり、怖かったりするっていう話よ。それでも?」

蘭は今度は首を縦に振ります。
蘭王女の瞳には、戸惑いも恐れもなく、心を決めた揺ぎ無い光が浮かんでいました。

「蘭様。あなたはもしかして、殿下の――新一王子様の事を、お慕いしていらっしゃるの?」

美和子の言葉に、蘭王女は頬を染めながらもはっきりと頷きました。



  ☆☆☆



その夜は明るい月夜でした。
侍女4人はベッドの中から月の光を見上げ、今頃は熱い時間を過ごしているだろう王子達の事を考えていました。

「何やアタシ、あの子の事、気に入ってもうた」
「うん、私も。女の目から見ても、すっごく可愛いよね」

和葉が呟くと、園子が同調しました。

「あの人なら・・・王子様が惹かれても無理ないなって気がする・・・」

歩美が少し涙ぐみながら言いました。

「純真だけど、きちんと強さも持った女性。何より、計算などではなく心の底から殿下をお慕いしているあの様子。お妃様として相応しい女性だと思うわ」

そう美和子が言いました。
他の3人も、美和子の言葉に無言で頷き、再び月を見上げました。



  ☆☆☆



蘭王女が目を覚ました時、目の前に新一王子の寝顔があり、蘭は一瞬の戸惑いの後に笑顔を浮かべました。
昨夜は、痛みも怖れもありましたが、それ以上に、愛する人と肌を重ね合わせる素晴らしさと喜びを知ったのです。
新一王太子は優しく慈しんでくれ、幸せな一夜でした。
そして、その気になれば女性は選り取りみどりの王子が、今まで女性を求めた事がなく、蘭ただ1人だけだというのは、無上の幸福でした。

けれど、ひとつとても困った辛い事がありました。
それは・・・どんな時でも声を出してはならないという戒めです。

その為に蘭王女は、新一王子と過ごす時間に溺れてしまう事が出来なかったのです。



やがて新一王太子が目を覚まし、優しく微笑んで蘭を見詰めると、抱き寄せて熱い口付けをして来ました。
蘭は、今この瞬間だけは兄達の事も両親の事も何もかも忘れて幸せに酔っていました。



  ☆☆☆



白鳥達は、お城のところまで飛んで来てぐるぐると飛び回りましたが、蘭がどこに居るのかはわかりませんでした。
とうとう諦めて、広大な庭にある大きな池に降り立ち、羽根を休めました。
ここに居れば、いずれ必ず会えるに違いありません。
兄王子達は、彼らの大切な妹姫・蘭が、既に新一王子と結ばれ一緒に過ごしているなど、流石に思いもつかなかったのです。

お城に姿を隠して忍び込んでいた妖精の王女・青子と白い魔法使い・キッドは、白鳥達が飛んで来たのに気付きました。
夜の帳が下り、白鳥達が池の畔で人間の姿に戻ると、青子とキッドがその前に現れました。

「昼間ならともかく、夜ここで過ごすのは大変でしょうに」

キッドが呆れた声で言いました。

「お前は誰だ!?」

長兄である参悟王子が兄弟皆を庇うようにしてキッドに向かって身構えました。
蘭王女以外の兄弟達はキッドに直に会った事がなかったので、妖しい奴としか思えなかったのです。
青子王女はちょうどキッドのマントに隠れる格好になっていたため、目に入らなかったのです。

「通りすがりの魔法使い・・・ですよ」

キッドの言葉に、参悟王子は表情を険しくします。

「もう、かいと・・・キッドったら、何気取ってんのよ!こんばんは」

青子王女がキッドのマントの陰から出てペコリと頭を下げたので、その場の緊張が一気に和らぎました。

「おお、これは、妖精の青子姫!するとそちらの方は?」

参悟王子の言葉に、キッドは改めて自己紹介をしました。

「縁あって妖精王国にお世話になっている魔法使いのキッドですよ。まあ元々はただの人間なのですがね」
「そうか、蘭の様子を見に来てくれたんだね、ありがとう。ここまで来たは良いが、まだ蘭の姿を見つけられないでいるんだ。あの子は大丈夫だろうか」

参悟王子が心配そうに尋ねます。

「心配ないわ、蘭ちゃんはこのお城で部屋を与えられて大切にされているから。それに、イラクサや編みかけの帷子は、狩人の長が持って帰って、今蘭ちゃんのお部屋に置いてあるようだし。お城の中での生活だから中々会う機会がないかも知れないけど、その内きっと会えるわ」

青子王女が毛利兄弟達に微笑みかけて言います。

「良かった・・・」

自分が付いていながら蘭王女を連れ去られる格好になってしまった事をずっと悔やんでいた由美王女は涙を流して安堵の表情を浮かべました。
キッドと青子はこっそり顔を見合わせます。
2人は、蘭王女が昨夜から新一王太子と床を共にしているのを知っていたのですが、流石に今の時点でそれを毛利兄弟達に告げる気になれませんでした。

広大な城の庭ですから、夜兄弟たちが身を隠しながら過ごせる場所は何とか見つかりました。
傍に立つ大きな木が、妖精の青子王女に頼まれた為に、兄弟たちが雨露に当たらないよう枝葉を広げてくれました。
洞窟でも使った、妖精から貰った不思議な布に包まって寝る事で、寒さを凌ぐ事が出来ます。
また、庭師など城で働く人たちに簡単に見つからないように、キッドが目くらましの魔法を掛けてくれました。
兄弟達は、城で過ごす蘭王女の事を案じながら眠りに就きました。









「なあ・・・もう3日3晩経つけど、2人とも寝所から出てけえへんなあ・・・」
「新一様は淡白なのかと思っていたけどそうじゃなくて、ただ蘭様以外の女性には興味がなかっただけだったのね・・・」

園子と和葉が、閉ざされた扉の前で声を潜めて話をしていました。

「運んだお食事はきちんと召し上がっているのでしょう?なら、お2人とも生きてるって事だから気にしなくて良いのよ、取り敢えず差し迫った公務もないし。その内気が済んだら出て来られるでしょう」

2人の後ろから美和子があっけらかんとそう言って、和葉と園子は顔を見合わせて苦笑しました。



  ☆☆☆



「ここ3日ほど新ちゃんの姿が見えないようだけど、どうしたのかしら?」

有希子王妃が新一付きにした侍女達に尋ねました。

「殿下はご側室をお召しになりまして、ここ3日程はお篭りでございます」

美和子が涼しい顔で報告しました。

「そう、側室を・・・え!?ええ!?新ちゃんが!?あの新ちゃんが、女性と契ったって言うの!?」

有希子王妃の声が広間中に響き渡り、そのあけすけな言葉に、城で働く者達は皆思わず顔を赤くしました。

「そう、新ちゃん体がどっか悪いんじゃないかって心配してたけど、大丈夫だったのね!それも、3日3晩も相手を放さないとなると・・・そっかそっか、優作と同じで、惚れれば1直線タイプだったのねっ!良かった良かった。ねえねえ、どんな子なの?」

有希子王妃がワクワクした様子で尋ねます。

「殿下が3日前に森から連れて来られたのですが、お人柄は優れていて、殿下のお妃様となるには相応しいかと。それに、とても可愛らしい清純な雰囲気の美しい方です」
「新ちゃんがそれだけ惚れぬいて居て、美和子が人柄に太鼓判を押すなら大丈夫ね」
「ただ・・・上等なお召し物やエメラルドのピアスを身に着けて居られた事から、良い家柄の方とお見受けしますが、身元はわかりません。それに、何故だか口が利けないのです」
「そう・・・まあ家柄はどうだって良いわ。口が利けなくても、人柄が優れているのならば、私は何も言わない。ああ、新ちゃんを虜にした天晴れな子、早く会ってみたいわ」



  ☆☆☆



「ねえ、快斗。どうする?」

妖精の王女・青子と白い魔法使い・キッドは、姿を隠して忍び込んだお城の中で会話をしていました。

「運命の恋人同士だというが、新一王子がこんなに手が早いとは・・・あいつが愚鈍で何も気付かないような奴ならいいけどさ、蘭王女、わかってんのかね?新一王子に知れたら呪いが解けなくなって、何もかもパアだぞ」
「もしかして蘭ちゃん、あれが結婚したって事なんだってわかってないのかも」
「有り得る・・・蘭王女の事だ、結婚とは教会で皆の前で誓う儀式を行う事だって思ってるんだろうな」

2人が心配していたのは、呪いの解く作業の条件付けのひとつ・・・「蘭王女の夫となった者には決して秘密を知られてはならない。白鳥達が蘭の兄弟である事、蘭が編んでいる帷子がその呪いを解く為のものである事を蘭の夫に知られてしまったら、蘭の兄弟達は決して人の姿に戻れなくなる」という部分でした。
こうして新一王子が蘭王女の夫となってしまった以上、聡明で鋭い新一王子に、蘭王女が行っている作業の意味など知られてしまったらそれこそ大変です。

「何か手立てを考えねえとな・・・」

そうキッドが呟きましたが、元より良い手を思い付く筈もありません。
2人が結ばれる前に阻止すれば良かったのでしょうが、今それを言っても後の祭りです。

「新一王子の奴、連れて来たその晩だなんて、手が早過ぎんだよ!蘭王女も、抵抗ぐらいしろってーの、ったく!」

キッドがシルクハットの下の髪の毛を掻きむしります。

「快斗。焼き餅はみっともないよ」
「アホ子!誰が焼き餅なんか!」
「憧れの蘭ちゃんが新一王子のものになっちゃって口惜しいんじゃないの?」
「違うって言ってんだろ!そんなんじゃなくって、俺だって青子とまだなのに!・・・あ・・・」

キッドが慌てて自分の口を押さえます。
キッドも青子も、真っ赤になって俯きました。

「そこに居るの、誰!」

侍女の美和子がバタンと大きな音を立てて扉を開け、廊下に向かって誰何しました。

「あ、あら・・・?」
「美和子さん、誰も居ないじゃない」

血相を変えて扉を開けた美和子に、園子が呆れ果てた目を向けて言いました。

「おかしいわねえ・・・誰か居た様な気配がしたんだけど」

そう言って美和子は再び扉を閉めました。

「ああ、やばかった。人間にも気配に敏感な人が居るのね・・・」

青子がポツリと呟きます。
青子とキッドは姿を隠しており、声も他の者には聞こえない筈なのですが、侍女の美和子は2人の気配を敏感に察したようでした。

「アホ子。俺だって人間なんだぜ。人間にも色々力持った奴は居るからな、侮るんじゃねえぞ」
「うん、わかった」
「けど、もしかしたら・・・あの人達にいずれ協力を頼む時が来るのかもな」

キッドの予感は滅多に外れる事がありません。
青子も、この先大勢の人間を巻き込んだ大きなうねりがやって来る予感がしてなりませんでした。



  ☆☆☆



「もうそろそろ部屋を出ねえと、いくら何でもまじいだろうな」

新一王子は、蘭の華奢で柔らかい体を抱き締めながらそう呟きました。
ここまで貪欲に蘭を求めても、まだ飽き足りない自分自身に呆れ果てています。

蘭がつぶらな瞳で王子を見詰めます。
新一王子は、蘭の桜色をした柔らかな唇に自分のそれを重ねました。

「蘭。先にこんな事しちまって順序が逆になっちまったけど・・・すぐにでも父上と母上に言って教会で式を挙げよう」

蘭がきょとんとした顔をしました。

「だからその・・・つまり・・・俺のお妃になってくれって事だよ」

新一王子がはにかみながらそう言います。
先に手を出しておいて何ですが、はっきりとプロポーズの言葉を口にするのはかなりの勇気を必要としたのです。

蘭は、驚きに目を見開いた後、悲しげに目を伏せました。
そして、ゆっくりと首を横に振ったのでした。







(5)に続く



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(4)の後書き座談会



青子 「あ〜あ、蘭ちゃん、やっぱりわかってないのね・・・」
快斗 「新一王子の頭の中は、クエスチョンマークが飛び交ってるだろうな」
和葉 「それにしても、ドミはんの書く工藤くんてホンマに手が早いねんな」
美和子「前回と今回の展開は、ドミさんが本当に頭を痛めたところだそうよ。どこでどうやって一線を超えさせるか、散々悩んだらしいわ」
園子 「ニマニマしてスキップする新一くんって、私もちょっと見たかったわね」
和葉 「ああ、あれは恐ろしい光景やったで、見ん方が身のためや。あ、向こうで何や叫んどる人が若干1名おるで」
美和子「ああ、例のレモンパイの人?」
園子 「私達の憧れで2年先輩の、帝丹中学生徒会長だった・・・うう、先輩、あんな役させられて気の毒に」
和葉 「なあ、ひとつ訊きたいんやけど、本当にレモンパイは工藤くんの好物やってん?」
美和子「そう言ったのは本人じゃなく、内田さんだけなんでしょ?」
園子 「あやつの場合、蘭が作ったものだったら何でも大好物なのよ。ところで新一くんと蘭は?」
和葉 「まだベッドん中ちゃう?」
平次 「今頃工藤は頭ん中真っ白けやろうな、南無・・・」
美和子「ところで、今回の話は結婚式の予定じゃなかったの?」
歩美 「長くなったから、次に回したんですって」
青子 「って事は、次回、結局無事プロポーズにOKを出すんだ」
快斗 「さあ、無事って言えるのかどうか・・・」
平次 「毛利のおっちゃんどないしたんや、姿が見えへんようやけど」
園子 「それは、決まってるじゃない、あの人がこの場に居たらどんな恐ろしい事になるか・・・」
和葉 「せやな、恐ろしい事になる思うで」
参悟 「オホン。で、次回は我らが妹蘭と工藤君の結婚式、そして最終回のベルモットとの決戦までは、色々と話がてんこ盛りらしい。全何話になるのか、いつ終わるのか、見当も付かないと言ってたな」
重悟 「各人のロマンスも用意されてるらしいな。悪役陣営を除いて主要人物の中でロマンスがないのは兄貴と俺と山村刑事だけだそうだ」
ミサヲ「そ、そんな〜、あんまりです」
重悟 「原作に俺達の相手になるような該当者がいねえんだから仕方ねえだろ!」
園子 「えっ!じゃあ、阿笠博士にも白鳥刑事にも相手が居る訳!?」
任三郎「フフフ、原作を差し置いて、とうとう佐藤さんが私のものに・・・」
ワタル「そ、そんな馬鹿な!ドミさんは原作カップリング推奨派じゃなかったんですか!?」
智明 「原作カプ推奨・・・しかしながらこの話の中ではそれを邪魔しない範囲で色々カップルが出来るとか。私とひかるさんもそうですしね」
真  「新出先生に関しては原作でも何となくそんな雰囲気を感じていましたが」
探  「って事は・・・白鳥警部のお相手は一体?」
任三郎「そ、そんな馬鹿な!佐藤さ〜〜〜〜ん!」
目暮 「ワシの出番はいつあるんかい!」



(3)邂逅に戻る。  (5)協力者達(あるいは陰謀仲間達)に続く。