The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ (原案協力・東海帝皇様)



(6)結婚式



有希子王妃は、部屋の入り口で番をしている筈の兵士の目をくぐり抜けて突然部屋へ入って来た青子と園子に目を見張りました。

「王妃様、夜分無作法恐れ入ります」

園子が腰を低く屈めて言いました。

「良いのよ、うちの扉は貴女達のためにはいつでも開いてるわ。そちらの方は?どうやら妖精族のようだけれど」

有希子王妃が園子から青子へと目を移して言いました。

「妖精王・銀三の娘、青子と申します」

青子も腰を低く屈めてそう挨拶しました。

妖精族が人界に出て来ること自体が珍しい事なのに、妖精の王女のお出ましと聞いて、流石に有希子王妃も息を呑みました。
けれど、それを表情には出さないようにして言いました。

「その妖精の王女様が、夜分私の所に忍んで来るとは・・・余程の事態のようね」

青子が真っ直ぐに有希子を見て言いました。

「今からすぐ、国王様も御一緒に、庭の池まで来て頂きたいのです。そこで会わせたい人達が居るのです」
「・・・こんな時間に?」
「ええ。夜でないと会えない人達で、そして・・・殿下には知られないように話をしなければならないから」

有希子王妃は僅かに表情を動かしました。

「あの子に秘密裏にしなければいけない話って事?でもそれに、母親である私が乗ると思っているの?」

園子が必死な面持ちで言葉を挟みました。

「あの・・・これは新一様の為でもあるんです。でも今の時点で新一様に知られてしまうと、全てが悪い方に行ってしまうんです!」
「園子。貴女を信用していないわけではないわ。そしてここで簡単に話せないような事なのね。わかったわ。陛下をお連れして来るから、ちょっと待ってて」

やがて、足音を忍ばせながら国王夫妻と園子・青子の一行が廊下を通って庭まで進んで行きました。
見張りの兵士は、人影を見ると槍や刀を構えましたが、相手が自分達の主人である事を知るとすぐにまた元の姿勢に戻りました。
工藤王国の国王一家は、時にお忍びで出かけるのは良くある事でしたので、わざわざ行き先や目的を問い質すような無粋な部下は、1人としておりませんでした。



  ☆☆☆



「誰?危急の病気で薬を欲しがってるって訳ではなさそうね」

月の光に照らされた菜園で薬草を摘んでいた薬師長の志保は、作業を続けながら突然現れた3人組に言いました。
智明王子は当初の目的を忘れ、目を見張って言います。

「これは・・・!月光の元で花開き、花が開いている時に摘んだ時のみ薬効があるという月光草!貴重な薬草がこんなにたくさん・・・!」
「あら・・・これを知ってる貴方も珍しい方ね。これは1日しか咲かないから、今日中に採取してしまわないといけないのよ」
「手伝いますよ。僕は将来故郷に薬草菜園を備えた施薬園(せやくえん=診療所のようなもの)を作るのが夢だったんです」
「そう。私は今その仕事をしてるのよ」

智明王子は慣れた手つきで薬草を摘み、志保はちょっと感心したようにそれを見て、また作業を続けました。
切れ長の瞳、赤い唇、白く透き通った肌・・・志保の赤味がかった茶髪は、月の光を受けてそれは幻想的なくらいに美しく輝いています。
我を忘れて見惚れてしまっていた光彦は、ハッとして我に返りました。

「あ、ぼ、僕も、お手伝いします!」

そう言って光彦王子が花を摘み始めました。

「ああ、そんなに乱暴に扱わないで。根元から摘まないと有効成分が充分に取り入れられないから」
「こうですか?」
「そうそう。あなた、飲み込みが良いわね。この施薬園の助手に欲しい位だわ」
「あのな、こんな事してる場合ちゃうんやけど・・・」

志保の手伝いを始めてしまった智明王子と光彦王子を呆れたように見て和葉が言いました。
志保がふっと笑って摘んだ薬草を束ねながら言います。

「わかってるわよ、何か急ぎの用があるんでしょ?もうこれで終わるから・・・手伝ってもらったお陰で早く終わったわ。じゃあ、行きましょうか」
「阿笠博士は?」

和葉が、薬草菜園の傍にある小さな家に目を向けて言いました。
そこは元々新一王子の守役でもある阿笠博士が1人暮らししていた所でしたが、10年ほど前に身寄りのない志保を引き取ってからは父子2人で暮らす家だったのです。

「義父に用があるの?あの人は早くから寝てるわよ。日の出と共に起き出し、日の入りと共に眠る、それがあの人のここでの生活スタイルだからね」
「いや、逆なんや。人の良い阿笠博士に知られてしもうたら、ちょおまずい事になるよって、知られとないんやけど」
「ふ・・・ん。まあ、話次第ね。義父に知られない方が良い話だってわかったら、黙っておく事にするわ」

そして4人は、お城の庭へと向かいました。



  ☆☆☆



「げっ・・・!貴方一体何しに来たわけ!?」

魔法師団長の紅子は、師団長室に入って来た白い魔法使いの姿を見るなり狼狽して叫びました。

「・・・あんた一応この国1番の魔法使いだろ?だったらやはりここはあんたの協力が必要なんじゃねえかと思ってよ」

キッドはぞんざいな口調でやや不機嫌そうに言いました。
美和子が明るく言います。

「あら・・・あなた達、魔法使い同士でお知り合いだったのね。それなら話が早いわ」
「・・・どう見ても仲が良いように見えない俺達を指して『お知り合いだったのね』の一言で済ませるって、あなたも相当な大物だな・・・なあ探王子・・・」

キッドがそう言いながら探王子の方を見ますと、彼はボーっとして紅子に見惚れていました。

紅子の髪と目は月の光を受けて、漆黒なのに真紅の輝きを放ち、それが白い肌と赤い唇に映えて、それはそれは美しい姿でした。
探王子は魂を抜かれたようにその姿に見惚れています。

一方、何故か全くその美貌に心動かされる様子のないキッドは、「ケッ」と呆れたような声を出して半目で見ていました。

「あら?あなた・・・魔法が掛けられているわね。それもかなり強力な・・・」

紅子が探王子を暫らく見詰めた後言いました。

「俺の白魔術ではどうにもならねえが、あんたの赤魔法は黒魔術に近いんだろ?何とかならねえのか?」

キッドに言われて、紅子は溜息をつきました。

「あのね・・・赤魔法だって黒魔術と全然違うわよ。それにあなたも知ってるでしょ、強力な魔法で掛けられた呪いは生半可な方法では解けない事」
「で、紅子。その呪いの件で色々あんたにも相談してえ事があんだけど、一緒に来てくんねえ?」
「・・・美和子さんもこの場に居るって事は、王妃様か王子様かあるいはその双方が関わっておられるって事ね。わかったわ、行きましょう」

そして一行はお城の庭へと向かって歩いて行きました。



美和子と紅子が並んで歩き、少し遅れてキッドと探王子が続きます。

「あの・・・キッド?」

探王子がキッドに小声で話し掛けました。

「・・・何でしょう、探王子?」
「君とあの美しい方とはどういう関係なんでしょうか?」
「へっ!?美しい方って?」

探王子が指した先には紅子の姿がありました。

「どういう関係って・・・昔魔法の修行中に何度か出会う機会があってね。お互いあまり良い思い出がねえから出来れば関わりたくなかったんだが・・・」
「お付き合いされている訳ではないのですか?それとも昔恋人だったとか・・・」
「やめて下さい、冗談じゃねえ。俺はマジにあの女、苦手なんだよ!」

キッドの声が大きくなりかけ、前を歩いていた2人の女性が振り返ったので、慌ててキッドは何でもないというジェスチャーをしました。

「それにしても、何故だか君とも妙に初対面とは思えないというか、気に障るというか・・・」

探王子はキッドにそう言いました。

「・・・お互いの精神衛生上、あまり深く追求するのはやめときましょう、探王子」
「そうですね。その方が良さそうですね」

探王子とキッドが会話をしている間に、お城の庭が近付いてきました。



  ☆☆☆



月が輝く夜、王宮の庭で、工藤王国国王夫妻と毛利兄弟達の会談が行われました。
有希子王妃は、兄弟たちから話を聞いて、はらはらと涙を流しました。

「英理たちは今の所幽閉されては居るけど無事なのね?」

有希子王妃が言い、毛利兄弟は頷きます。

「それにしても・・・奇しき縁だな。私は運命とは自分で切り開くものと思っているし、あまり宿命と言うものを信じない方なのだが、息子とあなた方の妹姫には確かに不思議な縁があるようだ」

優作王が考え込みながら言いました。

「それにしてもごめんなさいね・・・新ちゃんが節操なしで、手が早くって、蘭ちゃんを傷ものにしちゃって」

有希子王妃に頭を下げられて、参悟王子は顔を赤くしながらカチコチになって答えます。

「い、いえ!大切にして頂いてるそうで、我らとしても妹が幸せなら何も言う事はありません!」
「もう新ちゃんって、誰かさんによく似てるから」

有希子王妃がちらりと意味あり気に優作王の方を見、いつもポーカーフェイスの優作王が心なしか頬を少し染めて知らない振りをしていた事に、その場で気付く者はいませんでした。

「どうだろ、あの王子様、王妃様相手だと態度違うんじゃない?」

そう美和子が呆れたように呟き、和葉が「まあまあ」と宥めていました。


そして一同は、薬師長の志保、魔法師団長の紅子も交えて、色々な事を話し合いました。


それにしても、侍女四人に加え志保、紅子、妖精王女の青子と、それぞれに異なった美貌を誇る若い女性達に囲まれて、毛利兄弟達は慣れるまでかなりドキマギとしていました。
彼らの母・英理と同じ年齢の有希子王妃も、英理と並んで絶世と謳われた美貌は流石でしかも若々しく、目の保養です。

会談の内容はいたって真面目で真剣でした。
まだ謎の多い魔女ベルモットについてもかなりの事が話し合われ、このままにして置けば事は毛利王国だけですまない事、全世界の為にも一刻も早く毛利兄弟の呪いを解き小五郎王・英理王妃を助け出す必要がある事がまず確認されました。

次いで、要となる蘭王女は運命の伴侶である新一王子に守られてもいますが、同時に、実質的に夫婦となってしまった為に、呪いが解かれる迄は新一王子に決して呪いの事を知られてはならないと言う、非常にややこしい事態になってしまった事も改めて確認されました。

そして、蘭王女の作業が全て終わるまでどういう風に新一王子を欺き通すのか、蘭王女の作業そのものを直接手伝う事は出来ませんが、イラクサを摘みに行く時どうカモフラージュするか、毛利兄弟が人目を避けて過ごす為の部屋の手配など、かなり突っ込んで話し合い、会談は深夜にまで及びました。

色々な打ち合わせが終わった後、優作王が口を開きました。

「新一くんと蘭姫がそのような関係になったという事は、蘭姫がいつ懐妊してもおかしくないという事でもある。やはりこれは一刻も早く新一の正式なお妃になって貰うに越した事はないね」

一同はハッとします。
こればかりは授かりもの、確かにいつそうなってもおかしくはありません。
優作・有希子夫妻に子供が授かったのは結婚後9年を経ていましたが、小五郎・英理夫妻は結婚とほぼ同時に御懐妊だったのです。

「けど、蘭ちゃんがねえ・・・自分だけが幸せになるのは申し訳ないって思ってるみたいで・・・」

そう青子王女が言い、毛利兄弟は蘭王女の気持ちに涙しました。

「くっ。あの子らしい優しさだが、我々としてもあの子の花嫁姿が見られる方がどれだけ嬉しいか。父上達だって、蘭が側室になってるよりは正式に花嫁になってる方が、どれだけ安心なさるかわからないのに」

参悟王子が男泣きしながらそう言いました。

「やっぱりここは、焼き餅ラブラブ大作戦よ!」

突然の園子の言葉に、一同は目を丸くしました。

「古今東西、焼き餅こそが恋愛関係を一歩進めるエッセンス!やっぱりここは、蘭様に焼き餅妬かせて、危機感を持って頂くのよ」

左手を腰に当てて胸をそらし、右拳を握り締めてそう言った園子の勇姿に、一同はなんとコメントしたら良いのか、言葉に迷ってしまいました。
1人真王子だけは頬を染めて園子の姿に見入っています。
やがて和葉が頷いて言いました。

「案外ええかも知れへんなあ。やってみる価値はあるで」

美和子も考え込みます。

「まあ、どの道何もしないよりは良いでしょう。でも、当て馬は誰にするの?私達王太子付の侍女4人はもう既に蘭様と面識があって不自然だし、事情を知らない貴族の姫君たちに頼む訳には行かないし」

そして一同の視線は、必然的に志保と紅子に集中するのでした。



  ☆☆☆



蘭王女は、今日も帷子を編む作業をしていました。
もう3枚目が完成しようとしています。
作業は順調に進んでいますが、そろそろ材料のイラクサが足りなくなりそうでした。
摘みに行かねばなりませんが、1人で出て行くのは門番に見咎められますし、第一蘭王女は方向音痴で、どちらに行ったら良いかもわかりません。

『早く青子ちゃん来てくれないかな。そしたら協力頼めるのに』

1日でも早く兄たちの呪いを解いてあげたい。
蘭王女はその思いで一杯でした。




突然、小部屋のドアが開きました。
蘭王女が驚いてそちらを見ますと、美しい女性が立っていました。
蘭と同じく長い黒髪、黒い瞳です。
しかし不思議と真紅のイメージを与える、艶やかな女性でした。
その女性が、蘭の全身を嘗め回すように見て、言いました。

「ふ〜ん。あなたが王子様の側女(そばめ)の蘭ね」

蘭王女は訝しげな瞳でその女性を見詰めました。

「本来なら目上である私の方から自己紹介する立場ではないのだけれど・・・特別に教えてさし上げるわ。私、今度新一王子様のお妃になる事に決まった、小泉侯爵家の紅子というの」

蘭は立ち上がりました。
真っ青な顔でその紅子と名乗った女性を見詰めます。

「王子様が何人側女を囲おうと、私は気にしなくてよ。私には『正妃』という誇りがありますもの。あなたとも仲良くしてさし上げても宜しくてよ、オッホホホホ」

高笑いする紅子を、物陰から4人の侍女と薬師長の志保が感心したように見ていました。

「よしよし、紅子さん乗ってるわね、人材としてはうってつけだったわ」

園子が言い、志保が頷きます。

「でしょ?私にはあの手のお芝居は無理だからね、紅子さんだったら絶対乗り乗りでやってくれると思ったのよ」
「ねえちょっと!新一王子様が!」

歩美が廊下の向こうに姿を現した新一王子を見つけて、慌てて他の4人の袖を引っ張ります。
幸い新一王子の方からは鎧兜像の陰に居る5人は死角になっていて、気付かれていないようです。
5人は慌てて隣の部屋に転がり込みました。

「どうしよう・・・王子様がこんなに早くお戻りになるなんて、聞いてないわよ!」

園子が胸を押さえて言いました。
今日の新一王子は、2人の商人から言い分が食い違う争いの訴えがあった為に、その裁定に出掛けていたのです。
王子はすぐに、2人の訴えの矛盾点を暴きだし、持ち前の推理力を発揮してあっという間に裁定を終え、予定より随分と早く帰って来たのでした。

和葉が頭を抱えて言いました。

「殿下にお芝居がばれてもうたら・・・ただではすまへんやろな」

美和子が固い表情をしながら自分にも言い聞かせるように言います。

「・・・その時はその時よ、新一殿下だって蘭様をお妃様にしたいと思っているのだから、一時的に怒っても、きっとわかって下さるわ」

「で、でも・・・このままだと作戦失敗かなあ?」

手を組んで心配そうに言う歩美に、志保が柔らかな微笑を向けて言いました。

「まあ駄目で元々って話だったじゃない。気楽に構えたら?」



「身の程知らずにも、新一殿下のプロポーズを断ったのですって?馬鹿な娘。でも、どこの馬の骨とも知れぬ子が工藤王国のお妃様にならずに済んだのだから、王国の忠実な臣としてはあなたに感謝すべきなのかしら?」

嘲るような紅子の言葉に、蘭王女は悲しげに顔を伏せていました。
自分に対する屈辱的な言葉にだったら耐えられます。
しかし、大切な新一王子まで侮辱されたような気がして、それは辛くてなりませんでした。

「知ってる?新一殿下は、本当はまだ正式な王太子様ではないって事。他の国ならいざ知らず、この工藤王国ではね、正式に立太子する為にはお妃様が必要なのよ」

紅子の言葉に、蘭は顔を上げました。
それは初耳です。

毛利王国ではそのような決まりなどなく、兄の参悟王子は25歳にもなってまだ独身ですが、正式な王太子になっていました。

「当然でしょう。未来の王妃が決まっていない者が跡継ぎになる事など出来ないわ。20歳になるまでにお妃様が決まらなかったら、新一様は王位の第一継承権を失ってしまうのよ。優作王様も有希子王妃様も、新一殿下が選んだ方を誰であれお妃様にするつもりだったけれど、とうとう痺れを切らされてね。国王陛下と王妃陛下の命で、私がこの度お妃になる事に決まったのよ!」

蘭王女は俯いて唇を噛み締めていました。
新一王子の立場では早く正式なお妃を迎えなければならないという事情は飲み込めました。
蘭王女にとっては、新一王子が他の女性を妻とし愛するというのは胸が張り裂けるような事ですが、自分は日陰の身としてでも新一王子の側近くにずっと仕えられるのならそれで良いと、覚悟を決めようとしていました。


「俺は、たとえ形の上だけでも蘭以外の女を妻にする気はねえぞ!」

突然新一王子の声が響いて、紅子と蘭は飛び上がらんばかりに驚きました。
血相を変えた新一がつかつかと歩み寄って来ます。

「母上は・・・理解あるような事言ってたが、結局形だけでも妃を迎えろってか?冗談じゃねえ、真っ平だ!」

紅子は真っ青になり身を震わせながらも、必死で言い募りました。

「私はただ・・・王命に従っているだけで・・・新一殿下、二十歳になるまでにお妃様を迎えられなければ王太子たる資格を失われるんですのよ!」

新一はやや乱暴に蘭を抱き寄せると、紅子を睨み付けました。

「2度と来るな!蘭にまた余計な事を言ったりしたらそん時は・・・容赦しねえからな!」

紅子は真っ青になったままに一礼すると、逃げるようにその部屋を出て行きました。




「紅子さん・・・」
「う〜、何で私があそこまで言われなければいけないのよ!」

5人が隠れている部屋に駆け込んできた紅子は、悔し涙を流していました。

「でも偉いわ。殿下が入って来ても最後までお芝居を通したんだから」

志保が慰めるように言いました。

「元はと言えば志保!あなたが辞退するから私がこの役やる羽目になったんじゃないの!」

そう紅子が言い、志保は肩を竦めて答えました。

「でもあなたが適役だったのよ。実際、乗り乗りだったでしょ?」
「で、でも・・・うう、暫らく立ち直れそうにないわ・・・。どうも私、あの手の顔とは相性が悪いみたい」

紅子の言葉に、5人は顔を見合わせ、もしかしたら過去に紅子とキッドの間にも何かあったのかも知れないとちょっと思いましたが、傷口に塩を塗り込みそうなので、敢えて何も言いませんでした。



  ☆☆☆



「蘭?どうした?泣いてんのか?」

蘭はフルフルと首を横に振りましたが、泣いているのは一目瞭然でした。

「蘭。決してオメー以外の女を迎え入れたりしない。誓うよ。だから、泣き止んでくれねえか?」

新一王子は困ったような顔で、蘭を抱き締め髪を撫でながらそう言いました。
蘭は更に首を横に振ります。
そしてじっと新一王子の顔を見上げ、何か言いたそうにしていました。

蘭は、新一王子の掌に、指で文字を書き始めました。
新一王子は驚きましたが(何しろこの時代、文字が書ける人は限られているのです)、蘭が書く文字をきちんと読み取ろうと神経を集中させました。

「ふむふむ、先程の紅子様の仰る事は本当かって?だから俺は蘭以外の女は・・・。ん?その事じゃない?もしかしてあれか、俺が20歳になるまでに正式に結婚しねえと王位継承権を失うってやつ?」

蘭がコクコクと頷きます。

「うん、まあ本当だけどよ・・・まだ後3年あるし・・・俺はオメーに是非ともお妃になって欲しいけど・・・」

蘭が顔を曇らせ俯きました。
新一王子は蘭の頬に手を当て優しく顔を上げさせます。

「蘭。オメーに無理させたい訳じゃねーんだ。良いんだよ、もしオメーがどうしても嫌だってんなら、王位継承権を捨ててオメーと2人、市井の生活をするのも悪かねえと思ってる」

蘭王女は目を見開いて新一王子を見上げました。
そして頭を振り、新一王子の掌にまた指文字を書きました。

『あなたは国王陛下の唯1人の御子、国中の者が正式な跡継ぎとなられる日を待っています。しかるべき方をお妃様に迎えて正式な王太子様になって下さい』

新一王子は蘭の言葉に、苦いものが胸の中に広がるのを感じていました。
誰よりも愛しい女が、自分の立場の為に他の女を妻としろと言うのです、こんなにつらい事はありません。
新一王子は苦笑した後、蘭の唇に優しく口付けて言いました。

「蘭。愛してる、オメーだけを愛してる。王位を継ぐ為に、オメー以外の女をたとえ名目上でも妻とするなんて、俺が、俺自身が絶対に耐えられねーんだよ」

蘭は目を閉じました。
閉じた瞼から、大粒の涙が流れ落ちて行きました。

新一王子が蘭の瞼に口付け涙を拭い、再び蘭王女の唇に自分の唇を重ねました。
蘭は目を開き、何かを決意したような瞳で新一王子を見上げていましたが、やがて新一王子の手を取り、再び掌に指文字で何かを書きました。
その意味を了解すると、新一王子の胸に、今度はどうしようもない歓びが湧き上がってきました。

「蘭!本当か!?本当に俺の妃になってくれんのか!?」

新一王子の言葉に、蘭ははっきりと頷きました。

「蘭!!」

新一王子は蘭をきついくらいの力で抱き締めると、深く口付けました。





結果的には、園子の作戦が成功したと言えましょう。
しかし、蘭王女が新一王子のお妃になる事を決意したのは、「嫉妬」の為ではなく、新一王子の立場を考えての事でした。
自分が日陰の身に甘んじようとする事が、結果的に新一王子を苦しめ、王太子たる資格を失わせ、誰よりも愛する大切な相手を困らせる結果になる事を知り、気持ちを変えたのです。









新一王子から優作王と有希子王妃に、蘭がプロポーズを承諾した旨伝えられ、2人は大喜びしました。
そして善は急げとばかりに、大慌てで婚礼の支度が始められました。



  ☆☆☆



「蘭ちゃ〜ん!!会いたかったわあ!新ちゃんったら、勿体ぶって蘭ちゃんとなかなか会わせようとしてくれないんだも〜ん!」

蘭王女は、一国の王妃に、それも、自分の母と並び絶世の美姫と称された人に、いきなり抱き付かれ、文字通り鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていました。(筆者は鳩が豆鉄砲を食らった顔というものをまだ見た事がありませんが、ビックリして目を真ん丸くした顔をそう言うそうです)

有希子王妃からやっと解放されると、蘭は改めてドレスの裾を持ち腰を深く屈め、優雅なお辞儀をしました。
有希子が今度は涙ぐみます。

「うう・・・嬉しいわ、蘭ちゃん・・・こ〜んな可愛い子が私の娘になってくれるなんて〜!」

苦笑しながら成り行きを見ていた新一王子が、今度はあからさまに不機嫌な顔をして言いました。

「おい!蘭は母さんの娘になるわけじゃなくて、俺の嫁さんになるんだよ!」
「あら〜、いいじゃな〜い。おんなじ事でしょ?」
「ちげーよ!」

有希子王妃と新一王太子が大人気ない言い合いを続けています。

姑になる人と夫になる人が自分を取り合っているという、普通なら考えられないような事態に、蘭の頭は真っ白になり、暫らく思考力を放棄していました。

「やれやれ。2人とも嬉しいんだよ。蘭くんのような素敵な女性が新一くんのお妃になってくれるというのがね。まあ素質はあると思うがまだまだ未熟な息子だ。新一くんの事、宜しく頼むよ、蘭くん」

優作王が穏やかに微笑んで蘭王女に言いました。

国王夫妻の気さくな人柄と、蘭から見れば身に余ると思える優しい言葉に、蘭は嬉しくも申し訳なくも思いました。
今の蘭は、感謝の言葉を述べる事すら出来ません。

いつの日か、兄達の呪いを解いて喋れるようになったその時は、全ての人達に、ありったけの思いを込めて感謝の言葉を言おう。
そして新一王子に、どれだけ自分が王子を愛し慕っているかを告げよう。
蘭は今、初めて前向きにそう思ったのでした。



  ☆☆☆



「ああ、その、紅子。悪かったよ、ひでー事言って」

紅子が新一のお妃に決まったとして乗り込んで来たのが、実は蘭に焼き餅を妬かせお妃になる気にさせようというお芝居だったという事を後から知った新一王子は、魔法師団長・紅子の元へ謝りに来ました。

「・・・別に怒っては居りませんけど。正直、傷付きましたわ」

紅子が新一王子から顔を背け、不貞腐れた顔で言いました。

「ごめん!悪かった!その・・・オメーが蘭を苦しめてると思ったらつい、我を忘れちまって!」

新一王子は手を合わせ、真剣に悪かったという表情で必死に謝りました。

「・・・もしかして、心優しいお妃様に叱られてしまったのでしょう?」

紅子がちょっと表情を緩めてそう言うと、新一王子は「何で解ったんだ」と言わんばかりの表情で、明らかに狼狽していました。
紅子は思わず笑い始めてしまいました。
いつもの高笑いではなく、お腹を抱え、苦しそうに涙を流しながら笑い転げます。

新一王子が呆然としていると、やがて笑いを収めた紅子が苦笑しながら言いました。

「良いですわ、蘭様に免じて今回は特別に許してさし上げるわ」

新一王子は首を捻っていましたが、とにかく確かに紅子が機嫌を直したのだけは事実だとわかったようで、不得要領な顔をしながらも帰って行きました。

紅子が「他の事では絶対に動じない新一王子が狼狽する姿を見る事が出来ただけでも、あの大芝居を打った甲斐があった」と思って溜飲を下げたなどとは、新一王子に取っては全くもって理解の外だったのでした。



  ☆☆☆



薬師長の志保と魔法師団長の紅子が協力して作った傷薬が、侍女達の元に届けられました。
イラクサの所為で手足に生傷と水脹れが絶えない蘭王女の為に、2人が心を込めて作った薬でした。
工藤王国最高の魔法と化学を駆使して作った薬は流石に良く効き、蘭王女が新たな作業の度に傷を作るのは相変わらずとしても、作業を終えて歩美や園子に薬を塗って貰うとたちどころに全ての傷が癒えるようになったのでした。

「蘭様の行う作業そのものは何人にも手伝う事は許されないから、せめてこういった形で手助け出来れば」

と志保と紅子は言ったのです。
その事を聞いた蘭王女が、胸詰まらせ、協力してくれる皆の為にも少しでも早く呪いを解かなければと決意を新たにしたのは言うまでもありません。









「初めまして〜。私、ジョディ=サンテミリオンで〜す。新しい王太子妃様の〜、教育係を仰せつかりました〜、宜しくお願いしますね〜」

蘭王女が正式に王太子妃になる事が決まり、準備に慌しい中でもそれなりの教育が必要と、教育係の女性が派遣されて来ました。
ジョディは今迄も、有希子王妃が行儀見習いで預かっている和葉・園子、引き取り手元で面倒を見ている美和子・歩美の教育係をしていました。
喋り方は変ですが、教育係としての実力は相当なものです。

ジョディは蘭の担当になってすぐに感嘆の声を上げました。

「オ〜、蘭様は〜行儀作法も読み書きも〜、教養は完璧ですね〜。多分そうかも知れないと〜、聞いてはいましたが〜、私が教えなければならない事、何もないで〜す」

侍女4人は、やはりと言う顔で頷き合いました。
小五郎王の即位後に毛利王国内に新たに学問所を作った為、毛利兄弟は父母と違って外国に留学はしませんでしたが、英理王妃の指導の下、きちんとした教育を受けて来たのは確かなようでした。

ジョディが少し考え込んだ後で言いました。

「蘭様は〜、いずれこの工藤王国の国母様となられるので〜すからね〜、この国の歴史を〜、お教えした方が良いかもですね〜。取り敢えず〜、今の国王様の若き日のお話を〜、しましょうかね〜」

そしてジョディが話してくれたのが、以下の事でした。









先代の王が若くして亡くなった為、優作王太子は18歳の若さで即位しました。
幼い頃から賢く情に厚いと評判の王子でしたから、誰しもが立派な王様になるものと期待をしておりました。

ところが優作王は何と、即位してから3年の間、政務を全く見ずに有希子王妃と日夜どんちゃん騒ぎをしていました。
当然の事ながら心ある者は皆眉を顰めましたが、

「私に諫言する者は何人たりともその場で切る」

とのお達しにより、群臣は皆口をつぐんだままでした。



そんなある日の事、工藤王国の大公の一人である白馬大公が宴席にまかり出て、

「陛下、おひとつ謎々を致しましょう」

と持ちかけました。

「良いでしょう」

有希子王妃を抱き寄せながら優作王はにこやかに頷きました。

「大きな鳥が木に止まっています。3年も飛び立たず、3年も鳴きません。さて、この鳥は何でしょうか?」

との白馬大公の問いに対して、

「成る程、3年も飛ばないのですか。もしその鳥が一旦飛び立ったら、大空を我が物とせんでしょうな。そして3年も鳴かないとなれば、その鳥が一度鳴けば、皆は腰をぬかす事でしょう」

そう返答しつつ優作王は、白馬大公に下がるよう手で合図し、それを受けて大公は一礼してその場を後にしました。





それからまた数日後、今度は工藤王国国軍少将の服部平蔵が、親友の遠山大佐と共に優作王の前にまかり出て、ストレートに諫言しました。

「あなた方は私の達しをご存知でしょうな!?」

と優作王は怒気を見せつつ、2人を睨みつけます。

「それはもとより承知です。例えオレ等2人が死のうとも、それで陛下を正気に戻す事が出来るんなら、それで本望です」
「オレも平蔵と同意見です」

と必死の面持ちで2人が言うと、

「よし!」

と優作王は立ち上がって剣を抜きました。
それを見た周囲の者達は、平蔵と遠山の首が飛ぶのかとヒヤリとしました。
が、優作王は剣を振るって、鐘の紐を切り払いました。
床に落ちた鐘が大きな音を立てたのと同時に、

「優作、いよいよね」

と今まで優作王にしな垂れかかっていた有希子王妃が姿勢を正しその面が引き締まりました。

「ああ」

頷いた優作王は平蔵と遠山の方を向き、

「少し経ったら白馬大公と共に王の間に来るように」

と言って、有希子王妃と共に奥へと入って行きました。

「「はっ!!」」

平蔵と遠山は一礼して2人を見送りました。



  ☆☆☆



それから少し経った王の間では、正装に着替えた優作王が玉座に座り、その周りを服部平蔵少将と遠山大佐、そして白馬大公が固めていました。
大公の手には、いつの間に用意したのか、○と×が書かれている多数の紙があります。
優作王が平蔵に向かって、

「文武百官を呼び出して下さい」

と命じました。

「ハッ!」

平蔵はおもむろに、文武百官の登庁を命ずる鐘を鳴らすよう指示しました。
同時に優作王は、紙を持った白馬大公に何事かを命じ、それを受けて白馬大公は、王の間の入り口へと向かいました。

間もなく文武百官達が、何事かと怪訝な顔つきで王の間へと集まってきました。
その時白馬大公は、早めに登庁して来た百官達に○が描かれている紙を渡し、右側の席に座るよう命じました。
それから30分も経たない内に右側の席は満席になりました。



それから2時間後、ようやく左側の席が×の紙を持った者で埋まりました。


それを見届けた優作王は、右側の席についている江古田州の茶木神太郎知事を呼び出しました。

「茶木知事よ。君が江古田州の知事になってから、私の元に届く報告は君の悪口ばかりであった。しかし、私が密かに白馬大公に命じて直接調査したところでは、田畑が良く開墾され、民は富裕で生を楽しみ、役所は平静で事務に渋滞がなく、為に森谷王国はわが国に全く手を出せず、その国境は至って安寧である。こんなにも治績が上がっているのに、悪評ばかりが私の耳に入るのは、君が清廉で賄賂を使って私の左右の者に取り入る事をしないからである。私は君の政治手腕と清廉とを嬉しく思う。だから君を一万戸の土地の伯に取り立てよう」

と上機嫌で江古田州の茶木知事を賞しました。
それを聞いた文武百官は一様に驚きの声を上げました。

次に優作王は左側の席に座っている杯戸州の知事を呼び出し、

「君が杯戸州の知事になってから、毎日のように君を褒める言葉が私の耳に届いた。しかし、私が遠山大佐に密かに命じて調査させた所、開墾すれば立派な耕地となる土地が原野のまま打ち捨てられている所が多数あり、為に産業は興らず、民は貧しく、飢えに苦しんでいる。かつて風戸王国が攻め込んだ時にも、君は知らん顔で傍観していた。かくの如く政務をほっぽり出し、無責任を極めているのに、私の耳に入るのがよい評判ばかりであるのは、君が私の近臣に賄賂を使って取り入っているからだ。君は実に憎むべき姦吏だ!!」

と舌鋒鋭く言い放ち、杯戸州の知事と近臣を逮捕させました。
そして更に×の紙を持った、左側に着席している者達に向かって、

「その×の紙を持った者達は全員その職を免ずる。3年もの間じっと勤務評定をしてきた末の結論だ。それぞれ身に覚えがあろう。更に裁判にかけてそれぞれが犯してきた罪状を吟味の上、しかるべき断罪を下すので、さよう心得よ」

と言って、左手を挙げました。
と同時に多数の司法官が、左側の席に座っていた者達を一斉に検挙して行きました。


それから優作王は、右側に座っている者達に対し、

「君達は私が放蕩を続けている間も、真面目に勤務してくれた。私は君達のその働きに大いに応えよう」

と言って、多大なる恩賞を与えました。
そして、服部平蔵少将を元帥に抜擢し、国軍の総指揮を任せました。
遠山大佐は大将へと特進し、近衛師団長の高位に付きました。
白馬大公は、法官の最高位である司法長官を拝命しました。


この様に優作王は信賞必罰を行い、為に工藤王国の国力は急激に増大して行ったのです。









ジョディは長い話を締め括り、最後にこう言いました。

「優作陛下は民に優しい、とてもとても良い王様ね〜。でも上に立つ者として〜、部下にとても厳しい面もありますね〜。曲がった事が大嫌いで〜、のらりくら〜りしてるように見えても〜、本当は勤勉ですね〜。新一王太子、その優作王にとてもとて〜も良く似ていま〜す。きっと将来〜、良い王様になるの間違いないですね〜。蘭様も〜王子様を支える為〜、頑張って下さいね〜」

蘭は頭を下げました。
本当に、新一王子のお妃になるというのはなまじの覚悟では出来ないのだと改めて感じていました。
気立てが良く優しく芯の強い蘭王女は、充分過ぎるほど王太子妃として相応しいと周囲の者は思っていましたが、蘭王女は謙虚過ぎる程の娘でしたので、自分がそれだけのものを持っているという自信は全くなかったのです。









蘭王女は事情を知る周囲の人たちの計らいで、心置きなく帷子を編む作業を続け、時には新一王子に知られる事なく兄弟達とゆっくり会ったりする事も出来るようになりました。
イラクサを摘みに行く時も、帷子を編む作業をする時も、兄弟達と会う時も、有希子王妃の名でお茶会に呼ばれたとか、侍女達とピクニックにお出かけとか、誰それのところにお呼ばれとか、様々な言い訳をつけて貰えるのです。

お陰で新一王子は、公務がない時でも蘭と一緒に居られない事が多くなり、「母上に蘭を取られた」とブツブツ文句を言いました。
けれど夜は誰にも邪魔されない2人だけの時間を持てるのですし、先々の事を考えますと蘭が新一以外の宮廷人達とも親しく交わっていた方が良いに決まっていますから、本気で機嫌を損ねるような事はありませんでした。





蘭の兄王子達は国王夫妻の計らいで、小さな離宮に部屋を貰っていました。
そこは名目上、大商人の鈴木カンパニーに貸し与えられている事になっています。
蘭王女は時々そこに出向いては、兄弟水入らずで過ごしました。
兄達が人間の姿に戻るのは太陽が沈んでいる間だけなので、蘭王女が兄弟達と会話出来る時間は限られていましたけれども。

「蘭、お前の結婚式に列席したいのは山々だが、式は昼間行われるのだし、第一今の自分達は、事情を知る一部の方々以外の人には不審人物でしかない。けれど、私達にとってはお前が幸せで笑っていてくれるのが1番だ。式には出られないが、皆でお前の幸せを祈っているよ」

結婚式を3日後に控えた夜、長兄の参悟にそう言われて、蘭王女はハラハラと涙を流しました。









「はあ!?王太子のお妃様は、森で拾って来たどこの誰とも知れぬ娘ですと!?」

王太子の婚礼を執り行う予定の目暮大司教は、大聖堂にやって来た優作王相手に、困惑した声で言いました。

「工藤王家だとて、まだ王を名乗ってから10代に満たぬ新興の王家、相手の家柄がどうのと言う立場ではない。それに、妃の務めは王や王子が良い政治を行えるよう支える事だ。家柄よりも、その地位に相応しい人柄であるかですよ、大司教殿。蘭殿の人柄は、私と有希子がしっかりと見極めている。それでは不満かね?」

優作国王の言葉に、目暮大司教は口ごもります。

「い、いえ、不満などは・・・」
「君が私の息子を実際以上に高く買ってくれて、心配してくれているのは良く解っているよ。だが、心配は要らない。急な事で悪いが、宜しく頼むよ。何せ息子は蘭殿を実質上妻にしていてなあ、早く式を行わないと、第1子出産の時に『計算が合わない』なんて事になれば、天下の工藤王家が恥を晒す事になってしまうのでね、はっはっは」
「は、はあ・・・」

実は目暮大司教が危惧していたのは、正にそこだったのです。

新一王子はストイックで真面目で、今迄どのような美女にも靡かず据え膳すら食わなかったのに、森から連れ帰った女性に即行手を出した、というのが、目暮大司教にはどうしても信じられなかったのでした。

『何らかの魔力で王子を誑かした魔性の者かも知れない・・・』

その疑いが頭をもたげ、どうしても抜け切れなかったのです。
国王夫妻の人を見る目を信じていない訳ではありません。
けれど、もしかしたらその国王夫妻すらも魔法の力で・・・とあらぬ疑いが更に強くなってしまったのでした。

しかしやがて目暮大司教は頭を振って祭壇に向かいました。

「ふっ・・・何という馬鹿な事を考えるのだ、ワシは。国王陛下や新一殿下の人を見る目を疑うなど・・・神よ、罪深いワシをどうかお許し下さい」

そして苦笑します。

「そう言えばあの国王陛下とて、王妃陛下相手に・・・」

まだ目暮大司教が一介の司教になり立ての若かりし頃、王子だった優作と藤峰王国の有希子王女の婚礼が執り行われました。
その時も実は「既成事実が先」でしたので、大急ぎで式が挙げられたのでした。









その昔、隣り合った小国同士の藤峰王国と妃王国は、タイプは違うものの、ともに絶世の美女である王女を抱え、頭を痛めておりました。
内外の王侯貴族・諸侯達から縁談が山のように舞い込み、その中には金力・軍事力を傘に着て脅しをかけて来る者や、あろう事か厳しい警護をくぐり抜けて既成事実を作ろうと忍び込む輩まで居たのです。

実は、2人の王女にはそれぞれに想い合う人が居りました。
2人は子供の頃、優秀な教師を何人も置いた学問所がある工藤王国へ留学しました。
そこで、藤峰王国の有希子王女は工藤王国の優作王子と、妃王国の英理王女は同じく留学していた毛利王国の小五郎王子と、それぞれ恋仲になりました。
やがて13歳になって国へ帰る日が来ると、涙ながらに将来を約束して別れたのでした。
国に帰った後も連絡を取り合い、時にそれぞれの王子達は表敬訪問を兼ねて愛しい王女の元を訪ねました。

藤峰王家と妃王家は、王女達がそれぞれの想い人と結ばれる事については異存はなかったのですが、諸侯の脅しや侵入にはノイローゼになりかけていました。
そこで2国は協力してお互いの国境の所に高い塔を作り、そこに大切な王女達を閉じ込め、厳しい警護をしきました。
それこそ猫の子一匹として王女達に近寄る事が出来ません。
閉じ込められた王女2人は、両親達の深い愛情はわかるものの、その行き過ぎたやり方には不満でした。
毎日が退屈で仕方ありませんし、幼い頃から想い合っていた王子達とも会う事が叶いません。

そして、事態を憂えた優作王子と小五郎王子は強攻策に出ました。
他の何人も忍び込めなかった塔に2人で協力して忍び込み、それぞれ自分の想い人と契ったのでした(無論、無理矢理にではなく、王女達の了解は取り付けた上での事です。忍び込む際にも、王女達の姫君とは思えぬ技と体術を駆使した、内からの協力があったのでした)。
事実を知った藤峰王家と妃王家は流石に渋い顔をしましたが、事ここに至っての最善策は一刻も早く正式に婚姻させる事だと判断し、急遽大々的に婚礼を執り行い、他の王家や不逞な輩達の目論みも封じたのでした。

今の穏やかな優作王からは想像もつきませんが、彼はそのような激しい面も実は持ち合わせていたのです。









「血は争えぬというやつか・・・」

再び苦笑した目暮警部が、大聖堂の外回廊に出て王城の方へ目をやりました。

大聖堂は高台の上にあり、外回廊からは首都である米花京が一望の下に見渡せる為、目暮大司教はよくここから景色を見ているのです。
善政をしく工藤王家と同じく、この国の聖職者達は、贅沢をせず自らも畑仕事で可能な限り自給自足し、常に民達が豊かに平和に暮らしていけるよう気を配っています。
目暮大司教も景色を眺めながらいつも、異変がないか、民草が平穏無事に生活しているか、心を砕いているのでした。

ふと、目暮大司教は、大聖堂近くにある墓場に人影がいくつかあるのを見つけ、目を凝らしました。
いつも持ち歩いている、鈴木カンパニーを通じて手に入れた「望遠鏡」というものを使って、その人影を詳細に見ます。

「5人・・・うち4人は、殿下の侍女として仕えている者達だ。あと1人は見た事がない顔だな。清楚な感じの綺麗な子だが・・・清楚な見かけというのは当てにはならん・・・何をやっとるんだ?草を摘んでいるようだな・・・墓場で草摘みするなど、まともな事とは思えんし・・・」

読者諸氏には既にお判りの事と思われますが、蘭王女は侍女4人に付き添われて足りなくなったイラクサを摘みに墓場まで来ていたのでした。
その姿を偶然にも目暮大司教に見られる事になってしまったのです。
そしてその事が、後々災いの一因となるのでした。









結婚式前日。

大聖堂にて、王子の花嫁となる女性と初めて対面した目暮大司教はギョッとしました。
つい先日、墓場で草を摘んでいた女性その人だったからです。

「国王陛下、僭越ながら申し上げます。あの者は、先日墓場で草を摘むという怪しげな行動を取っておりました。やはり、殿下を誑かした悪い魔女に相違ありません!」

血相を変え勢い込んでそう言った目暮大司教を、まあまあと宥めて優作王は言いました。

「たまたま墓場に綺麗な草花でも生えていたのでしょう。日中だし、侍女達も一緒だし、何の問題もないと思いますが」

勿論優作王は、蘭王女が墓場でイラクサを摘んでいた事情全てを知っていましたが、目暮大司教にそこまで打ち明けるのは新一王子へ話が伝わってしまう恐れがある為に言葉を濁したのです。
目暮大司教の方は、国王夫妻も侍女達も魔女にすっかり誑かされていると思い込み、自分だけでも王子のお妃への監視を続けなければと決意をするのでした。

蘭王女の方は、目暮大司教から時々敵意を持った眼差しで見られるのに気付いていましたが、それが何故かは解らず、戸惑っていました。
けれどその事について深く追求するような余裕などありません。
今は明日の結婚式で、新一王子に恥をかかせてはいけないという事で頭が一杯だったのです。

新一王子の方はすっかり舞い上がっておりましたので、聡明で注意深い王子にしては迂闊にも、目暮大司教が自分の愛しい女性をどんな目で見ているかには全く気付いていなかったのでした。









そして婚礼の日がやって来ました。

天も2人を祝福しているかのように、よく晴れ、雲ひとつありません。
草木も競って花を開き、一面に良い香りが漂い、素晴らしい日となりました。

まず教会で、2人の婚礼が行われました。
蘭王女の、神々しい位に清楚な美しい花嫁姿に、列席した人々は皆息を呑み、頭を垂れました。
花婿たる新一王子も、花嫁の美しさに思わず我を忘れて見惚れていました。

花嫁をエスコートしてバージンロードを共に歩く役目は、異例の事ですが、優作王が務めました。
王は心の中で友人をいずれ救い出す事を誓いながら、今日この日は自分が代わりに友の娘をエスコートしたのです。
事情を知らない新一王子には、「身寄りのない娘が王太子妃になる為に、国王自らが父親代わりになる」と説明されていました。

「新一くん。蘭くんを正式に妻にするという事は、それ相応の義務を負うと言う事でもあるのだよ。全身全霊をかけて蘭くんを守るのだ。花嫁を迎えた今日この日、君は正式な王太子ともなるのだから」

優作王は花嫁を自分の息子へ委ねながら、真面目な顔でそう言いました。

「ああ、約束するよ」

新一も真面目な顔でそれに頷きます。
身寄りがない娘が王太子妃になるという事は、内外から様々な重圧がかかる事が予想されます。
新一王子はその重圧から蘭を守り、何としてでも蘭を幸せにする、と固く心に誓っていたのでした。



花嫁への疑いが拭い切れない目暮大司教は渋面を作りながらも、とにかく役目を果たします。
新一王子が結婚の誓いの言葉を述べ、喋る事の出来ない蘭王女は頷く事で誓いの意を示しました。



  ☆☆☆



色々と躊躇いはあったものの、やはり新一王子の花嫁となるのは、蘭王女に取って晴れがましく幸福な事でした。
様々な人達から大切にされ、何よりも、生まれて初めて愛した男性から深く愛されているのです。
今の状況や、蘭王女が負っている義務や試練をも、全て忘れてしまいそうな程に幸せでした。

儀式に参列しているのは、国王夫妻を始め、貴族や有力諸侯など、ある程度以上の地位や身分を持った者達です。
司法長官である白馬大公、服部公国の大公であり工藤王国の元帥でもある服部平蔵、妻の静華と跡取りである平次公子、遠山近衛師団長、諸国を股にかける大商人である鈴木カンパニーの代表・鈴木史郎と妻の朋子、などそうそうたるメンバーが顔を揃えています。
侍女4人もしかるべき地位や身分を持っていたので参列しています。
薬師長の志保や魔法師団長の紅子も居ます。
そして、姿を隠していますが妖精王国の青子王女と白い魔法使いキッドも列席してくれている事を蘭は知っていました。

けれど本来だったらここに居る筈の両親と兄弟達が居ない事は、蘭に取って、仕方ないとは言えとても悲しい事でした。

突然羽ばたきの音が聞こえ、結婚式真っ最中の大聖堂の中に、11羽の白鳥が現れました。
勿論、蘭の兄王子達です。
白鳥達は2人を祝福するように周囲を飛んで、誓いの口付けまでを見届けると、再び飛び去って行きました。

『お兄様達・・・ありがとう。蘭は幸せです、こうやって祝福して貰って。私だけこんなに幸せで・・・ごめんなさい』

蘭は兄達の気持ちに涙し、事情を知る者達もやはりこっそりと涙を流したのでした。

そして事情を知らない者達は、白鳥がたくさん婚礼を祝福しに来たのは吉兆だとして歓声を上げました。

目暮大司教の心にも迷いが生じていました。

『今の白鳥達は、明らかにこの婚礼を祝福していた。悪しき魔性の者が、白鳥に懐かれる筈がない。ワシの眼鏡違いだったのか?』



  ☆☆☆



婚礼に引き続き、そのまま教会で新一王子の正式な立太子の儀式が行われました。
儀式に参列した者も、そうでない者も、聡明で公正だと評判の王子が、可憐で美しいお妃様を迎え正式に立太子した事を心の底から喜びました。
教会の周囲をずっと白鳥達が飛び回っており、その事にも民達は喜びの声を上げました。







そしてその後は、お城の大広間と庭園を開放しての宴です。
この日ばかりは無礼講の宴会は、3日3晩に渡って続けられました。
警備は怠りませんが、身分を問わず誰でもがこの宴会に参加する事が許されていました。

それこそ、国中から慕われている王子様です。
その花嫁を一目見ようと、都中や近隣の町村から人々が集まりました。

招待を受けた外国の王侯貴族や外交官もやって来ています。
その中には、優作王から秘密裏に連絡を受けた妃王国の使者も混じっておりました。




(7)に続く



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(6)の後書き座談会



参悟「やれやれ。やっと本当に結婚式まで漕ぎ着けたぞ」
重悟「まだまだ問題は山積みで、先は長いぜ、兄貴」
青子「でも、良かったあ!蘭ちゃん、おめでとう!ってあれ?蘭ちゃんは?」
園子「宴会がまだ終わってないからね、忙しいのよ」
歩美「都や近隣の町村や外国からまでお客さんが来るなんて、大丈夫かなあ?」
紅子「オッホホホ、この私の魔力による防御は完璧ですわ!」
志保「それに、服部大公や白馬大公達がこういう場合でもきちんと働いてるしね」
探 「この世界では僕は毛利さんの息子になってしまったので、白馬大公が赤の他人というのが変な気分です」
和葉「あ〜、それは先々の事まで色々考えられてるらしいで」
平次「ぶっ飛んだ設定でも、原作設定を形を変えて生かしてあるいう事やな」
美和子「ねえそう言えば、魔女は涙を流したら魔力をなくすんじゃなかったっけ?紅子さん、悔し涙流してたけど大丈夫なの?」
紅子「それは原作設定と違ってここでは大丈夫らしいですわ」
快斗「まあ魔法が当たり前の似非メルヘン世界だからな」
平次「優作王の若かりし頃の話言うんは、アンデルセンやメルヘンの世界とはえらいかけ離れとるように見えるんやけど」
優作「ああ。実はあれ、史記が元になっているのだよ」
有希子「中国古典、と言う事は会長さんの得意分野ね」
和葉「せやったら、原案協力者の本領発揮言うところかいな」
平次「せやな。この先そう言うんが多なる予定やそうや」
園子「独自の設定って言えば、あれがそうよね、蘭の夫となった者に知れたら全てパアと言う・・・」
有希子「ああ、それねえ。だって普通に考えたらそれこそ新ちゃんに必死で隠す必要なんて何も無い。知って協力してもらう方が絶対良いに決まってるでしょ?」
和葉「せやな。けどそれやったら話がおもろなくなってまうな」
有希子「でしょでしょ?で、新ちゃんに全てを隠し通す為の苦肉の策があの設定だったのよ・・・あ、いっけな〜い、私、宴会の途中で抜け出してきたの、戻らなきゃ。優作、行くわよ。じゃ」

バタバタと優作・有希子が退場。平次も後を追って退場。

園子「ハア、お陰で私達は新一くんに隠し通す為にえらい苦労をしなきゃいけなくなったけどね〜」
真 「園子さん、頑張って下さい。私がいつでも助けに駆けつけますから」
園子「真さん・・・嬉しい!」
美和子「こらこらこら。誰なの、座談会中にいちゃついてるのは!?私達も宴会抜け出して来てるんだからね、行くわよ!」

侍女4人組がバタバタと退場。志保と紅子も後を追って退場。

ジョディ「やれやれ、宴会出席組のみなさんは〜、大変そうで〜す。何しろ3日3晩ですからね〜。ところで〜、私は今回やっと出番ありましたですけど〜。この先も果たして出番あるのでしょうかね〜、心配で〜す」
寺井「出番があったのならまだ良いじゃないですか、わたくしなど、設定だけでまだ影も形も・・・しくしく」
快斗「ドミさん、寺井ちゃんの事はほんっと〜に、きれいさっぱり!忘れ果てて居て、基本設定を見直して『あっしまった!』と言ってたらしいぜ」
寺井「とほほほほ」
参悟「まあ思い出したのなら、その内出番を作ってくれるだろうから、泣きなさんな」
目暮「ワシはやっぱりあまり良い役じゃなさそうだな」
光彦「いけませんよ、無実の人を色眼鏡で見たりしたら」
目暮「おいおいおい!そういう役なんだ、責めんでくれ」
阿笠「まあまあ。で、この先は、新一王子が焼き餅妬く話と、他のカップルのサイドストーリーが色々ある予定なんじゃな」
真 「焼き餅って・・・当て馬になるのは?」
智明「まあ大体予想がつきます、やれやれ」
探 「新出先生、原作の方では多分もう当て馬になる予定ないんでしょうね」
智明「先の事はわかりませんよ。でも、そう願いたいですね」



(5)「協力者達(あるいは陰謀仲間達)」に戻る。  (7)「命がけの使者」に続く。