The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ (原案協力・東海帝皇様)



(7)命がけの使者



3日3晩に渡って続けられる宴・・・勿論、今回の主役である王太子夫妻も、国王夫妻も、出ずっぱりという訳ではありません。
そんな事をしたら体がもちませんからね。
いや、本当の事を言うと彼ら4人には、その位ものともしない体力があったりするのですが、緊急時に備えて休める時には休んでおかなくてはなりません。
もっとも、新婚の王太子夫妻が寝所に篭っている間、本当に休む事が出来たのかは謎ですが。


祝い客は次々とやって来ます。
拝謁を願い出る人も大勢居ました。
王太子夫妻も国王夫妻も、可能な限りこれに応えました。


その中に、風戸王国からやって来たという商人がありました。

「この度は新一王太子殿下のご結婚及び正式な立太子おめでとうございます。予想以上に美しく可憐なお妃様でございますね」

新一王子は蘭王女と並び、鷹揚に頷いて見せます。
こういったお客が今迄何人来たものやら、わからない位なのです。

「高名なる殿下が御結婚されると伺い、お祝いに参上しました。それで是非とも私が手に入れた宝石を献上致したく、こちらに持ってまいりました。磨けば美しいお妃様の身を飾るのにピッタリかと。何卒お受け取りを」

男は恭しく新一に大きな金剛石(ダイヤモンド)を差し出しました。
まだ原石ですが、透明度が高く大きく、それは素晴らしい物でした。

蘭王女は、困ったように新一王子の方を見遣りました。
蘭王女にもこれがどれ程に高価なものか見当は付くのです。
新一王子は蘭に頷いて見せ、商人に向き直って言いました。

「悪いけど、俺も妃の蘭もその様な物には興味が無くてね。気持ちは嬉しいが、どうぞお持ち帰り下さい」

と受け取るのを辞退しました。
するとその商人はガバとひれ伏し額を床に付けて懇願します。

「そのような事を仰らずに、どうぞお納め下さいませ。私の様なつまらぬ者がこの様な立派な宝石を持つと、この工藤王国を出た途端に間違いなく殺されます!私は生きて帰りたいのです!」

新一王子は蘭と顔を見合わせた後、その男の前に膝間付いて言いました。

「顔を上げて下さい。そして良ければ、どういう事か話を聞かせてくれないか」

商人は顔を上げ、事の次第を話し始めました。





その商人は風戸王国と工藤王国の国境近くの村に住む者でした。
その村は土地も痩せておりろくな作物が取れないのですが、スカーレットフラワーと呼ばれる赤い染料の原料となる植物の栽培には適していました。
村人達はそれから取れる染料(口紅や、衣服を赤く染めるのに使われる)の交易で、豊かとは言えないまでもまあまあゆとりある生活を送っていました。
しかし先代の王が亡くなった後、現在の京介王が本来王太子であった兄の子を殺して王位に就きますと、それが一変しました。
村人は厳しい重税に喘ぎ、国境を越えた工藤王国で残った僅かな物を売り捌く事で、何とか生計を立てていました。
工藤王国の商業保護政策で何とか生き延びて来た村ですから、この度の王太子婚礼を是非とも祝いたいと駆けつけました。

風戸王国側では道の整備もろくにしてくれていない為、道中崖崩れに遭い、幸いにも怪我はしませんでしたが、献上予定の品が谷底に落ちてしまいました。
商人は途方に暮れましたが、崩れた崖肌にキラリと光る物があり、よく見るとそれは金剛石の原石でした。
商人は喜び、それを王太子夫妻への献上の品としようと掘り出し、持って来たのでした。





話を聞いた新一王太子は言いました。

「成る程。しかし話を聞けばますます俺がそれを貰う訳にはいかない。そこまでして来て下さっただけでもありがたいと思います。それは発見者たるあなたの物だ、どうぞ村の為に・・・」
「ですが、強欲な京介王は、必ずや私が分不相応な宝石を持っている事を嗅ぎ付け、取り上げるだけでは済まず、口封じに私も殺してしまうでしょう。実は、村の特産の染料作りは秘伝なのですが、京介王にその秘伝を聞きだそうと拷問され死んでしまった者は、1人や2人ではありません。私は生きて村まで帰りたいのです」
「わかりました。そう言う事ならこれは俺が預かって置くから、数日ほど宿室にて沙汰を待つように」

そう言って、新一王子は男から原石を受け取りました。

「あ、ありがとうございます!!」

男は恭しく頭を下げ、宿室へと案内されて行きました。



そして新一王子は鈴木カンパニーの鈴木史郎を呼び出しました。
そして史郎に件の原石を渡して言いました。

「この宝石を現金に換えて欲しいのです」

史郎は目を見張って言いました。

「ほう、これは磨けば相当な値が付きそうですな。お任せ下さい、この素晴らしさに見合うだけの代価で売り捌いて見せましょう」



数日後、宝石を売った代価の砂金が商人に渡され、商人は何度もお礼を言いながら帰って行きました。




それからほどなく、商人はその砂金を使い、村上げて工藤王国へ移住して来ました。
工藤王国では色々な産業を起こそうと国中の地形・気候をつぶさに調査しており、スカーレットフラワーの栽培を行う為の準備をしている山間の土地がありました。
話を聞いた優作王は喜んで村の人達にこの土地を与えました。
そこは以前の村より土地も肥えており、普通の作物もよく出来ました。
村人達は豊かになり、染料の取引を一手に引き受けた鈴木カンパニーも潤い、工藤王国にも税収が入ってますます豊かになりました。

その顛末が世間に広がり、工藤王国の名声は更に高まり、対照的に風戸王国はますます評判が地に落ち、京介王は怒り狂いました。



ちなみに、売り捌かれた原石は綺麗にカットされたのですが、その際いくつかに分割され、その内の小さな部分が商人に返されました。
それはペンダントに加工され、スカーレットフラワーで染めた色鮮やかな絹布と供に、改めて新一王太子夫妻へと献上されました。

蘭王女は新一王子が鮮やかに事態を解決した事で更に夫への愛と信頼が深まり、感謝と誇りの気持ちでいつもそのペンダントを身に着けるようになりました。
美しい赤い絹地はドレスに仕立てられて、これも蘭王女へと渡され、公式の場で着るドレスのひとつとなりました。



  ☆☆☆



スコーピオン帝国からは青蘭女帝自らが祝いに訪れていました。

侍女4人が煌びやかに着飾った青蘭女帝を見て、こそこそと話し合っています。

「いくら一応表立って争うてる訳でのうても、仲がええ国いう訳でもあらへんのに、女帝自らお祝いに来るやなんて、何企んどんのやろ?」

和葉の言葉に美和子が言います。

「やっぱり国交があるからには、ポーズだけでも誠意を見せないといけないからじゃない?」

すると園子が鼻で笑って言いました。

「あの女帝、虚栄心が強いみたい。さっきから、調度品や御馳走のランクをチェック入れてるみたいだもん。多分、新しい王太子妃である蘭様の値踏みに来たんじゃないかしら」
「あの女帝さ〜ん、きちんと仕事している訳じゃ〜ないですし〜、国を空けてても〜何の問題もありませんですね〜。国でやっている事と言えば〜、綺麗な宝石と衣装を〜たくさんたくさ〜ん集める事と〜、美味しいものを食べる事と〜、美少年を何人も〜侍らす事ですね〜」

いつの間にか現れたジョディが、のほほんとした口調とは裏腹に辛辣な事を言いました。

「ジョディ先生、そんな話どこで仕入れてくるんですか!?」

園子の問いに、ジョディは笑って片目を瞑り、指を唇に当てて言いました。

「秘密で〜す。秘密が女を〜素敵な女性にするので〜すよ〜、覚えてて下さいね〜」





青蘭女帝は、挨拶する蘭王女を見て「私の方が勝った」と言わんばかりの顔でほくそえんでいます。
その態度が侍女4人から失笑を買っていました。

「どうだろ。蘭様の方がずっと綺麗なのにね」
「自惚れが強い人は、客観的に見る事が出来なくなっているのよ」
「大きな宝石や豪華な飾りで誤魔化してるだけだよね」
「せや、それと厚化粧でな」

園子と美和子と歩美と和葉が、このような会話をしているとは、青蘭女帝は夢にも思っていないでしょう。





テーブルの上には様々なご馳走が並び、誰でもが好きに食べて良い様になっています。
鹿肉のパイ、鶏の丸焼き、ハーブ入りシチュー、魚の燻製、新鮮な野菜のサラダ、様々なパン、卵とミルクと果物をふんだんに使った焼き菓子、ライム水やジュース、様々な産地のワイン・・・たくさんのご馳走が並んでいました。
けれど、スコーピオン帝国では普段の女帝の食事に山海の珍味を集めたもっと豪華なご馳走が供されていますから、「工藤王国では宴会のご馳走でさえこの程度」と馬鹿にしたような目で見て、殆ど手をつけませんでした。
そして、近隣の町村から来た者達が傍近くまで来て飲み食いしている姿を、ハンカチで口を押さえ嫌そうに見ていました。

「給仕をするお小姓達も、不細工ばかりね。美少年と言えるのはせいぜい王子と公子位じゃないの。それにあの2人は美少年って言っても線が細くなくて妙に生意気だから私の好みじゃないし。全く、こんな田舎、人も物もろくなのがありゃしないわ」

新一王子と平次公子は、一瞬ですが突然背中に悪寒が走り、訝しく思いました。
そしてそれが何故だったかは、作者しか知らない事実なのでした。

「フン。工藤王国は経済力があると言うから、どれだけのものかと思ったけれど・・・調度品も飾り付けも、質素なものじゃないの。王族達の身を飾る宝石すら、あんなに小さいなんて・・・!」

正式な場で優作王と有希子王妃が頭に頂いている冠には流石に大きな宝石が使われていますが、有希子王妃が身に着けているネックレスやドレスは、結構ゴージャスに見えて青蘭女帝が普段着で身に着けている物よりお金がかかっていない事はすぐに見て取れました。
王子のお妃様は、身を飾る宝石と言えばごく小さなエメラルドのピアスとやはりエメラルドが嵌め込まれた結婚指輪位です。
今日蘭王女が着ているドレスは、キャンベルガーデン特産の黄金色に輝く上質な絹地のもので、布をたっぷりと使いひだやフリルが付いていますが、宝石を散りばめるでもなく、刺繍を施すでもなく、結婚披露宴のドレスとしては(青蘭女帝から見て)地味に見えました。



さて、相手は曲がりなりにも一国の帝王ですから、新一王子は蘭王女を連れ、自分の方から挨拶に出向きました。
青蘭女帝は、

「あなたの国は大国ですから、さぞやご自慢になる様な宝があるでしょうね」

と言いました。
新一王子は、青蘭女帝の言葉に皮肉と嘲りがある事を正確に読み取り、内心苦笑しながら答えました。

「いやいや、宝と言うほどのモノはありませんよ」
「あら、そうですか。私の国には聊か誇るべきものがあります」
「ほう」
「それは大きさが拳程もある蛋白石(オパール)です。大きいだけではなく、その輝き・色とも素晴らしい物で、夜それを掲げますと、そのきらめきが宵闇を昼と見紛わんばかりに照らし出すほどです。それが10個もあります。もう少し小さい物ならいくつあるか数え切れない程です」

と新一を見下すように自慢げに言いました。
そう言う青蘭女帝の髪にもドレスにも、ネックレスにもブレスレットにも、ありとあらゆる所に美しく大きな宝石が輝いています。
青蘭女帝の宝石狂いは有名で、特に蛋白石には目がなく、大きな素晴らしい石をたくさんコレクションしているのです。
素晴らしい石があると聞けばその代価の為に民から搾り取ったり、宝石を持つ商人を脅すようにして代価をケチったりして手に入れて来たのでした。

「工藤王国は豊かだと聞いていましたが、新しいお妃様に宝石を買ってあげる事も出来ない程度なのでしょうか?それとも治安が悪くて宝石は仕舞い込む事しか出来ないのかしら?」

青蘭女帝のはっきりとした嘲りの言葉に、その場近くにいた工藤王国の者は皆顔色を変えました。

が、新一はそれに動ずる事も無く、顔色も変えないままに静かにこう切り返しました。

「帝は、素晴らしいお宝をたくさんお持ちのようですね。それは羨ましい事です。しかし、この工藤王国の宝とするところは、帝の宝とされるものとは少し違います」
「と、申されますと?」
「これはホンの一部ですが、王国の臣に服部平次と言う者があります。彼がいるお陰で、私は安心して行動をする事が出来ます。また、わが国の目暮大司教は、権力を私利私欲の為には決して使わず、常に民の事を考え自らはつつましい生活を送る実直な人柄です。他にも、有能で工藤王国の民達の平安を守る為に日々働く者達が大勢居ます。彼等が千里を照らす宝とも言うべき者達です。宵闇を昼と見紛わんばかりに照らし出すほどのモノではありません」

その言葉に、青蘭女帝の顔が引きつります。
新一王子は、工藤王国では人材こそ宝と考えている事を話したのですが、同時に人を人とも思わず財宝集めに余念がない青蘭女帝を思いっ切り皮肉ったのでした。
そして新一王子は、蘭の手をグッと握って更に言葉を重ねました。

「それに、妃の蘭は宝石で飾り立てたりする必要などありませんよ。なまじの宝石を付けたりしたら、おそらく宝石の方が負けてしまいますからね」
「そ、そうですか、ホホホホホ・・・」

青蘭女帝は、新一の強烈な皮肉に、引きつった笑いをしました。
おそらくその腸の中は煮えくり返っている事でしょう。
新一王子は顔色を変えた青蘭女帝を、澄まして見ていました。




青蘭女帝は気分が悪いと言ってその後すぐに退出し、それから間もなく工藤王国を去ってしまいました。

「新一くん・・・まだまだ若いね。皮肉はもう少しオブラートに包んで言うものだよ」
優作王が後でそう小言を言いましたが、有希子王妃や侍女達からは喝采を受けました。

青蘭女帝との顛末は、他の事ならいざ知らず蘭の事を言われると新一王子は頭に血が上り、どうしても言葉に刺が出てしまう事を、皆が認識した出来事でもありました。



「工藤〜、俺は嬉しいで!聞いてたで、青蘭女帝の前で俺を褒めてくれたんを。何のかの言うたかて、俺の事1番のダチや思うてくれてたんやな」

そう言って平次公子が新一王子の後ろから羽交い絞めのように抱きつきます。

「ええい!懐くな、鬱陶しい!あれはたまたまオメーの名を引き合いに出しただけで、他意はない!」

新一王子の言葉にヘラヘラとして平次公子が言います。

「そないに照れんかてええやんか、工藤〜vv・・・グハ!ゴホオッ!」

平次公子は、額に青筋を立てた和葉からアッパーカットを受け、更に投げ飛ばされて床に伸びてしまいました。

「新一殿下にすり寄るやなんて身の程知らずな事をするんやないで、平次!」

倒れた平次に仁王立ちになった和葉が冷たく声を掛けます。

「あの、和葉ちゃん・・・もう少し素直な事を言った方が・・・」

そう声を掛けた新一王子でしたが、和葉からギロリと睨まれ、その後の言葉を飲み込みました。
新一王子は、和葉が事もあろうに自分を恋敵と認識している事を察し、身の危険を感じてそれ以上何か言う事は控えたのです。



  ☆☆☆



「妃王国の第1王子、王太子殿下のおなりです」

その声に、蘭王女は顔を上げました。
妃王国の現国王夫妻は、蘭王女がまだ会った事のない祖父母であり、その第1王子と言えば英理の兄、蘭の伯父に当たるのです。
40代半ばになろうというその王子は、愛情の篭った瞳で静かに蘭王女を見詰め、蘭は零れ落ちそうになる涙を必死で堪えました。

「殿下、御妹君の嫁ぎ先である毛利王国の事で色々と大変で御心痛な中、わざわざお出で頂き、ありがとうございました」

新一王子が頭を下げて挨拶しました。

「いえ、他ならぬ工藤王国の慶事にどうして知らん振りが出来ましょう。本当だったら父王・母王妃自らが来たがっていたのですが、そうも行かず、私が名代として馳せ参じました。いずれ妹達の事で、工藤王国には協力を仰ぐ事になるやも知れません。その節は何卒宜しく頼みますよ」

優作王からの知らせで全てを承知している妃王国の第1王子は、新一王子へ隠し通さなければならない事情もわかっていましたから、蘭王女が自分の身内である事は綺麗に隠して言いました。

「国へ帰ったら、工藤王国の素晴らしい跡継ぎの事、その可憐な花嫁の事を父王達に真っ先に報告しますよ」

王子のその言葉に、蘭王女は祖父母やこの伯父達がどれだけ英理と自分達の事を案じてくれていたかを知り、零れ落ちる涙を見られない為に急いで俯きました。



妃王国の王太子はその後3日間工藤王国に滞在し、毛利兄弟達とも色々と話をした後帰って行きました。



  ☆☆☆



藤峰王国は、王位を息子に譲って隠居した前国王夫妻が孫の結婚式にやって来ました。

「ほほうほう。めんこい子じゃ。工藤王家は代々面食いの血筋と見えるのう」

藤峰王国の前王は蘭王女を上から下までじっくり見た後そう言って、妻である王太后からポカリと殴られていました。

藤峰王国の王太后は老いてなお美しく若々しく(何しろ有希子王妃のお母さんですからね)、優作王と新一王太子は内心で「あなたも人の事を言えない位面食いだと思うが」と突っ込みを入れていました。









結婚披露の宴が終わって暫らく経ちました。
村人達が工藤王国に移住してきて間もなくの事、優作王は風戸王国から書簡を受け取り考え込んでいました。

「父上。お呼びですか?」

新一王子が平次公子を伴って国王の執務室に入りました。

「ああ。実は、例の村の事で、京介王から抗議が来ていてね。わが国の民を帰せと言って来た」
「!ですが、父上、それは・・・!」
「ああ。今の時代、誰がどこに移り住もうが、基本的にはその人の自由だ。だが風戸王国では独自の法律で移住を厳しく禁止している。おまけに、彼らが納税を滞納しているとも言って来た。京介王の書簡では、村人の返還と未納の税金と慰謝料を工藤王国が支払うように言って来ている」
「また乱暴な・・・一旦こちらで受け入れたからには彼らはもうこの工藤王国の民。それに彼らは重税に喘ぎながらも律儀に税金を払って来たから滞納などはない筈。勝手な言い分の為にお金を払えとなどと、聞く必要があるとは思えませんね」

新一王子が溜息を吐いて言いました。
優作王は頷いて言います。

「もとより、そんな言いがかりを聞くつもりは毛頭ない。だが、一応正式に使者を立てて断りを言わなければならないと思っている。そこで、白馬大公や服部元帥とも相談の上、使者として平次君を遣わす事にした」

その言葉に、新一王子と平次公子は息を呑みます。

「行ってくれるか、平次君」
「俺で良ければ、喜んで」

優作王の問い掛けに、返事は即座に頷いて答えました。

「服部・・・」

流石に心配そうに平次を見遣る新一に、平次は笑って言いました。

「そないな顔すなや、工藤。難しい役どころなんはわかっとる。けど、それだけ期待されとる言う事やから、俺は立派に役目を果たして帰って来るで」



  ☆☆☆



和葉は、王宮内にある平次公子の部屋で、平次公子が使者として風戸王国へ赴くと聞き、愕然としていました。

「行ったらアカン、平次!殺されに行くようなもんや!」

和葉の叫び声に、平次は半目になって言います。

「アホ。誰がむざむざ殺されるかい、縁起でもない事言うなや」
「せ、せやかて・・・」

和葉はなおも心配そうに良い募ります。
平次は和葉をじっと見詰めて顔を寄せて囁きました。

「大丈夫や。けどそないに心配なんやったら、勝利の女神からのおまじないくれへんか?」
「お、おまじないって・・・んっ!」

和葉の言葉は、唇を平次の唇で塞がれて、途中で途切れてしまいました。

強張っていた和葉の体から力が抜け、崩れ落ちそうになるのを、平次がしっかり腰を抱き込んで支えます。

やがて平次は和葉から離れ、悪戯っぽい瞳で和葉を見つめて言いました。

「おまじない、確かに受け取ったで。これで何が来たかて大丈夫や」
「あ、アホ!」

目を潤ませて上気した頬の和葉は、平次の言葉に真っ赤になって怒鳴りました。

「な、何やねん、いきなり!あ、アタシ・・・初めてやったんやで!?」
「せやったら、なおの事ご利益ありそうやなあ。けど和葉のキス、俺が初めてあらへんかったら、今頃相手の男は殺されてんで」

平次が和葉の腰を抱きこんだままそう言います。

「何勝手な事言ってんねん!アタシは・・・!」
「和葉は俺のもんや。たとえ工藤にも他の誰にも渡さへんで」

平次の勝手とも言える言葉に、和葉は涙を零しました。

「アホ。アタシは誰のもんでもあらへん、勝手な事言いなや!」
「和葉。俺は冗談や酔狂で言うてるのと違う。和葉は俺の女や、そして俺は和葉だけの男や」

和葉は息を呑みました。
平次が、もしかして命を落とす事になるかも知れない難しい役目を前にして、和葉に自分の真情を伝えようとしている事に、ようやく気付いたのでした。
再び平次公子が和葉に口付けた時、和葉は抗いませんでした。




「平次・・・死んだりしたら絶対許さへんで」

長い口付けの後、和葉はそう言いました。
平次公子が不敵な目付きで言い放ちます。

「アホ。誰に言うてるんや。俺が死んだりする訳あらへんやろ。・・・けど、せやなあ。無事帰って来た時は、ご褒美くれるか?」
「ご褒美?」
「せや。そん時は、ホンマに和葉の事全部俺のもんにしてもうてええか?」

平次公子が言う意味を悟って、和葉は耳まで真っ赤になりました。

「ええで、約束しても。けど、無事に帰って来んと許さへんからな。もし平次が帰って来ぃへんかったら、そん時は・・・」
「そん時は?」

面白そうに和葉の顔を覗き込んで訊く平次を睨み付けて、和葉は言い放ちました。

「どこかの王子はんに押しかけ女房になってまうで!」
「・・・工藤は姉ちゃん以外女に見えてへんから無理やで」
「そん位わかっとるで、アホ!平次の知らん他所の国の王子はんや!」
「アホはそっちや。お前は俺の女や言うたやろ。和葉を他所の国に嫁入らせるやなんて、絶対させへん。絶対帰って来るで、首洗うて待っとれや」

一応は恋人同士となった筈の2人ですが、相変わらず憎まれ口を叩き合う間柄なのでした。









そして間もなく、平次公子は大滝1人を供として、工藤王国を旅立って行きました。
誰にも知らせず、見送りは和葉だけのひっそりした旅立ちです。
和葉を抱き締め、その唇に口付けをひとつ落とした平次の態度に、大滝は真っ赤になって顔を背けました。
平次は笑顔で手を振って馬上の人となり、和葉は平次の姿が見えなくなるまでは気丈に笑顔で手を振っていました。



  ☆☆☆



平次の前では気丈に振舞っていた和葉姫でしたが、平次が出発を見届けた後、その足で優作王と新一王子の所に訴えに来ました。

「何で平次を使者として遣わしたんですか?しかもお供が大滝はんたった1人だけや。何で新一殿下が行かへんで、平次を危ない目に遭わせるんですか!?もし平次に何か遭ったら、アタシ、たとえ王様と言えども絶対許さへんで!」

優作王と新一王子は、最初目を丸くして和葉を見ていましたが、和葉にとって腹立たしい事に、2人してニヤリと笑い顔を見合わせたのでした。

「和葉姫。もとより我らもみすみす平次くんという大切な人材を失う積りはない」
「せ、せやかて・・・!」

優作王が穏やかに言うのに、和葉は尚も食い下がります。

「和葉姫。実はこれ、服部自身も知らねえ事なんだけどよ、表立ってのお供は確かに大滝さん1人にしているが、本当はかなりの人数が付き添っている。工藤王国の誇る隠密部隊が動いてんだ。今回その総指揮を取っているのは、遠山近衛師団長・・・他ならぬ君のお父上だよ」

新一王子の言葉に和葉は息を呑みました。

「君のお父上が君を泣かせるような事は絶対にしない。俺だって服部を失う積りはない。どうか信じてくれねえか?」

新一王子の言葉に誠意を感じて、やはり不安は残るものの、和葉は頷きました。



  ☆☆☆



その夜、和葉は星に向かって祈りを捧げていました。

「平次。早う帰って来てや。平次に何か遭ったらきっとアタシ、生きて居られへんで・・・」



「フエ〜ックショイ!!」
「公子殿下、風邪ですか?いけませんな、大事な役目を前に」

旅の途中野営をしながらくしゃみをした平次公子を、お供の大滝が心配そうに見詰めました。

「心配あらへん。誰ぞ俺の噂でもしとんのやろ」

平次は、和葉が殊勝なお祈りをしている事も知らず、鼻を啜り上げながらそう言いました。
平次の頭を占めていたのは、これから対峙する風戸王国の京介王の事などではなく、無事帰った暁に和葉と過ごす筈の甘い時間への助平な妄想であったと言うのは・・・誰も知らない秘密だったのでした。







(8)に続く



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(7)の後書き座談会



ワタル「服部君と遠山さんがいち早くカップル成立とは予想外でしたね」
参悟「ある程度は各キャラのエピソードが決まってるけど、順番は書きながら考えているらしい」
重悟「そりゃまた・・・まあ我らが妹という事になった蘭さんも無事工藤君と結婚式を挙げ、まずはめでたしと言った所か?」
歩美「ねえねえ、この世界での新一お兄さんは、原作と同じ17歳なんでしょ?でも、男の人が結婚して良いのは18歳からじゃなかった?」
光彦「そう言えばそうですよねえ」
美和子「オホン、まあ日本でも昔はもっと若くして結婚してたのよ」
園子「そうそう、ひどい時は10歳に満たないのにお輿入れとか・・・流石にそんなだと実質上の結婚はもっと遅かったと思うけど」
元太「・・・?実質上の結婚って何だ?」
光彦「それは、籍を入れる事じゃないでしょうか?あ、でもそんなに昔から戸籍がきちんとあったんですかねえ」
由美「ゴホッゴホッ。ま、メルヘン世界では現代日本より結婚早いのが普通ね」
園子「ねえねえ、ところでこの世界では具体的に何歳から結婚可とされてるわけ?」
ワタル「それはね・・・少年探偵団の年齢と関係するんだよ」
歩美・元太・光彦「えええええ〜〜〜っ!?」
任三郎「つまり、『新一王子のお手が付いたらお妃様』に13歳設定の歩美ちゃんが入っているって事が鍵なのだね」
光彦「じゃ、じゃあ、この話では僕達も結婚するんですか!?」
参悟「いや、流石にそれはない。少年探偵団のメンバーはカップル成立まで、って事らしい」
元太「なんだよ、つまんねえの」
重悟「いくらこの世界では許されてる事と言っても、ドミさんも会長さんも、年端も行かぬ者達が一線を越える事に抵抗あるらしいからな」
探 「まあ今時は法律上結婚できなくても、中学生位が当たり前に一線超えてますが」
美和子「その点、原作でのコナン界男性陣は純情よね」
園子「で、服部くん、次回無事帰って来られるのかしら?」
和葉「縁起でもない事言わんといてや」


(6)「結婚式」に戻る。  (8)「隠密部隊」に続く。