The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜



byドミ(原案協力・東海帝皇)



(8)隠密部隊



風戸王国にやって来た正使の平次と副使の大滝は、王宮の正門前に到着しました。
しかし、正門は閉ざされたままでした。
これを見た大滝は、

「何やこれは!?正使が来たっつーのに、門を閉ざしたままとは、何て無礼なんや!?」

と怒気を露にしました。

その時、

「服部平次よ、お前が通るのはその門ではない。側門が目に入らぬか。そこをくぐって来るのだ」

との京介王の声が門の向こうから響いて来ました。

それを聞いた平次と大滝はその側門を見ました。
そして、

「な゛・・・!?」

大滝は言葉を失いました。

何故ならその門と言うのは、柴犬クラスの犬が漸くくぐれる程度の大きさの門だったからです。
つまり京介王は平次達に対し、その門を這ってくぐって来いと言ったのでした。

当然の事ながら大滝は顔が真っ赤になりました。
門を通らねば使者の役目が果たせず、かと言って門を這ってくぐれば物笑いの種とされ、平次達の恥となるばかりか、優作王や工藤王国全体の恥辱となるからです。

「どうします、公子?」

大滝は平次の方を見て言いました。
しかし平次公子は、何一つ慌てるそぶりを見せませんでした。
そして彼の口から、門扉を震わせるほどの大音声が発せられました。

「犬の国に使者として来た者は犬の門から入る、これは当たり前の事や。けどな、俺等はこの風戸王国に使者として来たんやから、この門から入る事はでけへんわい!!」



門の向こうで、ニヤニヤしていた京介王でしたが、それを聞いて顔から笑いが消えました。
何故なら、それをごり押しさせようものなら、風戸王国が人の王国ではなく犬の王国だと言う事を天下に喧伝するようなものだと言う事に気付いたからです。

「正門を空けてやれ」

京介王は苦々しく言い放ち、正門が開かれました。
平次と大滝は、堂々とした態度で正門を通り、王宮へと入って行きました。




『それにしてもこやつは・・・!』

京介王は、王の前に出ても物怖じする風もなく、使者として下座に居ながらも、まるで自分が格上であるかのように威風堂々としている平次を見て、心の中に更なる怒りが巻き起こっていました。
これは、自惚れている者特有の嫉妬の感情と言えるのですが、もとより京介王にその様な事が自覚できる筈もありません。

京介王は精一杯の虚勢を張って言いました。

「工藤王国には人がいないのか」

侮蔑を含んだ京介王の言葉に対し、平次公子はこう返答しました。

「工藤王国の首都の米花京にはたくさん居てるで?ざっと1万人ほどな。それで何で人がいないと言えるんや?」

京介王の言う「人」とは、勿論、その「人」の事では無く、人材が居ないのかという皮肉なのですが、平次公子はそれに気付かない振りをして、敢えてまともに受け止めて、平然と皮肉を返しました。
それを聞いて、残忍な闇を篭らせている京介王の目が微妙に揺れました。

「ならば何故お前が使者になったのだ!?」
「工藤王国には、使者を命ずる時の決まりがおうてな。賢王の下には賢者を使者として遣わし、愚王の下には愚者を使者として使わす事になってんねや。オレは愚者やからこの風戸王国に使者として来るのは当然の事やねん」

平次はそう京介王を思いっきりなめ切ったような言い方をしました。
京介王はカッと横を向きました。

『うぐぐぐ・・・、よくも俺を愚王とぬかしおったな・・・!!』

そう言いたいのを堪えた仕草なのです。
平次を侮辱すれば、たちまちその侮辱が己に数倍になって返って来ます。
それ故に京介王は、どう頭をひねっても平次をたじろかせるだけの言葉が思い浮かびませんでした。

『さすがやな、平次公子は。そして国王陛下の御慧眼の見事さよ』

このやり取りを見ていた大滝には、京介王を言い負かした平次公子が誇らしく思えました。



平次たちを引見した京介王ですが、腹の虫が納まらず、側近達に言いました。

「あの服部平次めに何としても恥をかかさなければ俺の気が収まらん。何か良い知恵はないか!?」

それを受けて側近の1人が進み出、

「明日使者達を供応なさるのでしょう。その時私が王宮の庭を通ります。陛下は席上から臣を呼び止めて下さいますよう」

と提案しました。

「ふむ、それで・・・」

側近の提案を聞きながら、京介王はようやく感情を鎮めた様な顔つきをし、やがて口元にゆがんだ笑いを浮かべました。









翌日、工藤王国の使者をもてなす供応の席が設けられました。
京介王は事の外機嫌がいい様子です。
副使の大滝はそれを伺い、

『やれやれ、狂介王の嫌がらせは昨日で終わったか』

とホッと胸をなでおろしました。
しかし、正使の平次は、

「まだまだ油断は禁物やで、大滝はん」

とそっとささやきました。
それを受けて大滝の表情がまた引き締まりました。



しばらくすると、京介王が顔を上げ、遠くを見るような目つきをしました。
庭の隅を人が通って行きます。
捕縛された在任が連行されて行く所のようでした。

『王宮の庭を罪人に踏ませるとは・・・』

大滝は嫌な感じを覚えました。
と同時に京介王は声を上げ、

「あれは何か?」

と近くの者を走らせました。
そして、役人と罪人とが供応の席に近づいて来て、地に座りました。
それを見た京介王は僅かに鼻を動かします。
それは、なにやら楽しみを堪えかねた感じに見えました。
早速京介王は近臣を使って罪人に問います。

「お前は何処の者だ?」
「工藤王国の者でございます」

これを聞いた大滝は、

『またしても・・・!』

と怒気をあらわにし、同時に京介王の悪意を感じました。
彼はちらりと平次の方を見たが、彼はいささかも動揺した素振りを見せていません。

『相変わらず肝がすわっとるなあ、平次公子は』

と大滝は感嘆しました。

「何の罪でそうなったのだ?」
「窃盗の罪でございます」

京介王の目に皮肉な笑いが表れた。

「工藤王国の人間は、もともと盗みが上手いのであろうか」

そう言いつつ京介王は、嫌な笑いを浮かべたまま平次を見ました。

平次は、その罪人の口調に、犯罪者特有の抑揚が無い事にとうに気付いていました。
平次はすかさず、からっと切り返しました。

「工藤王国には米花ツツジっちゅう、大輪の真っ赤な花をつける木がある。花の色から別名溶岩ツツジとも呼ばれとって、宮殿でも好んで植えられとる。この風戸王国には、濃い紫色の花をつける堤無津ツツジっちゅう木があるやろ?一見黒にしか見えへんから黒ツツジっちゅう別名もあって、色が地味やからあんまり好んで植えられん、気の毒な木や。で、実は米花ツツジと堤無津ツツジっちゅうんは、元々同じ植物なんや。植える場所によって花の色が変わるんで別のもんやと思われとるけどな。何でそないになるかっつーと、工藤王国と風戸王国では、水と土が違うからや。そのように、そのモンは工藤王国で生まれ育った時には盗みはしなかったのに、この風戸王国に入って盗みを働いたんや。この王国の水と土は、国民に盗みを上手くさせようとする所があるようやけど、どや?」

これを聞いた京介王は、顔色が次々と変化して、たまらず玉座に沈みこみました。

「陛下!」
「陛下!!」

左右の者が慌てて京介王の元に駆け寄りました。
これを見た平次は、

「どうやら国王陛下の体調があんま良う無いみたいなんで、これにて失礼させて頂くで」

と大滝と共に一礼をしてその場を後にしようとしました。

「おのれ・・・!このまま帰してなるものか・・・!」

知恵では完全に平次公子に負けてしまった京介王は、側近に合図を送りました。
槍や刀を持った手練れの者達が、王宮の奥から大勢走り出て来て、平次公子と大滝を取り囲みました。

「おのれ・・・卑怯な・・・!」

大滝は歯噛みしました。
とにかく平次公子だけは守り抜こうと、平次公子を庇う様に立ちはだかります。

京介王は、知恵で工藤王国の使者を辱めるのに失敗したので、今度は力尽くで平次公子達を葬ろうとしたのです。
勿論、工藤王国からは抗議が来るでしょうが、その時は「使者には非礼があったから手打ちにしたまで」とうそぶくつもりでした。




平次公子は油断なく身構えます。
多勢に無勢で、かなり危機的状況だと言えますが、こういう時にでも決して諦めないのが新一王子と平次公子に共通した部分なのでした。



ふいに、平次公子達を取り囲んでいた男達が、顔や腕や足を押さえ、刀を取り落とし、苦痛の声を上げて蹲ったり倒れたりしました。

「何事!?」

京介王自身は無事ですが、側近の者まで次々と倒れて行く様に、目を白黒させていました。

「公子、ご無事ですか!?」

不思議な装束に身を包んだ男が、平次に声を掛けて来ました。

「アンタは・・・『赤い彗星』のシャア・・・もとい、『赤い彗星のシュウ』やな。毛利王国に潜入しとったんやなかったんかい?」
「そうだったんですが・・・人使いの荒い陛下に、平次公子の一大事だから急ぎ帰って来るように言われましてね」

そう言いながら、「赤い彗星のシュウ」こと秀一は、腰に差していた剣を抜き放ち、油断なく身構えます。

秀一の装束は、遠い東の国で「ニンジャ」と呼ばれる隠密行動を取る人達が身に着けるものですが、流石に物知りな平次公子も、そこまでの知識はありませんでした。
ただ、全身を覆い隠して目立たないような格好でありながら、なおかつ動き易そうな服装だという事は見て取れました。

『けど格好は目立たなそうやけど、この赤い色は目立ちそうやなあ』

平次公子が心の中で突っ込みを入れます。
そう、秀一の格好は東の最果ての国の「ニンジャ」と同じですが、ただ一点が違っていました。
全身赤色だったのです。


秀一と同じような、こちらは黒い装束を身に纏った別の男が、秀一とは反対側でやはり平次を守るように立ちはだかります。

「私のような年寄りまで実戦現場で働かされる。工藤王国には人材が豊富なのか乏しいのか」

そう言った中年男性は、工藤王国軍中将で、特務部隊隊長のジェイムズでした。

もう一人同じ様な桃色の装束の者が、やはり平次を庇うように立ちはだかりました。
体型から見ると、女性のようです。

「文句言ったら駄目ですね〜。私などは〜、王太子妃様や侍女様達の教育係との〜、一人二役ですからね〜、いつも命令ばかりのジェイムズは楽なもんじゃないですか〜」

そう言ったのは、普段は蘭王女や和葉姫の教育係をしているジョディでした。

「ばかもん!いつも命令が楽だと思うな!情報を的確に分析して冷静に正確な判断を下さなければならんのだぞ!」
「そうですか〜?でもシュウの情報収集能力があればこそでしょ〜?」
「おい・・・2人とも・・・」

秀一が頭を抱え込みましたが、流石にそのような場面ではないと弁えていたのか、ジェイムズとジョディの軽口の応酬はすぐに終わりました。

工藤王国軍特務部隊の中でも特に優秀な中心メンバー3人が、他の任務を中断して平次公子の護衛に当たっていた事を、平次公子は知るところとなりました。


秀一が小声で平次に声を掛けて来ました。

「そうだ、王太子殿下より公子殿下へご伝言です。『無事で帰って来ねえとただじゃおかねえ』との事です」
「工藤〜、そないに俺の事を気遣ってくれてたんやな〜」

平次公子が思わず感涙を流しかけた時、秀一が更に容赦ない言葉を続けました。

「平次公子殿下が無事帰っておいでにならないと、和葉姫様が悲しまれる事になる。すると、その和葉姫をご覧になった蘭王太子妃殿下が辛い思いをなさるから・・・だから、蘭様の為に、無事に帰って来るようにとのご命令です」

平次公子の感涙が悔し涙に変わったのは、いたし方のない事でありましょう。









「王太子殿下、木下王国のフサエ王女殿下より書簡です」

新一は側近の者から、薄い石盤に書かれた書簡を受け取り、目を通しました。

「キャンベルガーデンへの招待・・・さて、どうするかな。行くとすれば、服部が無事戻って来てからだが」

最近、新一王太子には、実は少しばかり・・・いや結構大きな、悩み事がありました。

それは、蘭が新一王子と床を共にする事を何となく嫌がっているような避けているような感じがする事です。
結ばれた最初の頃よりも最近の方が、蘭が「夫婦生活」を嫌がっているような気がして仕方がないのでした。


愛を交わす歓びを覚え始めた蘭王女が、前にも増して声を出さずに居る事が辛くなり、それ故微妙な態度を取ってしまっているなどとは露知らない為の、新一王子の苦悩だったのです。







(9)に続く



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(8)の後書き座談会



平次「ちょお待てや。俺まだ風戸王国に取り残されたままやんか」
探 「諸般の事情により、予定の半分も進められなかったから・・・とのドミさんの言い訳です。次回は、多分服部君が帰って来て、工藤君達がキャンベルガーデンに旅立つ話になるらしいですね」
和葉「今回蘭ちゃん出て来てへんやん。ヒロイン不在なんて前代未聞や」
ワタル「まあまあ。連載が長いとそういう事もありますよ。主人公不在の回があったりね。もっとも今回の場合、単に予定より短くなった為だと思われますが」
園子「最後の部分、これって表なの?冷や冷やしたわ」
美和子「あら。元々ドミさんが書きたかったのは、まさしくその部分だから、仕方ないんじゃない?」
任三郎「となると・・・裏ぎりぎりの表現が続く、という事ですね」
歩美「ねえ、裏ってなあに?」
由美「こほん。裏ってね、子供の出番がないって事なのよ」
園子「ま、結果的に子供が出来る事はあり・・・もがっ」(美和子と和葉に取り押さえられる)
歩美「え〜〜〜っ?つまんな〜い!」
元太「ちぇ。また少年探偵団は出番なしかよ」
光彦「僕はまだ出番なしです。でも確か、キャンベルガーデンには元太くんと歩美ちゃんが同行するという話ですよ」
平次「それはええねんけど、俺を早よう工藤王国へ帰してや」


(7)「命がけの使者」に戻る。  (9)「疑惑の芽」に続く。